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戦後日本の経験とこれからの選択(2)

Ⅴ.    安倍政権とアベノミクス

 1. 安倍政権の企図:デフレ脱却とインフレ経済実現

  ー安倍晋三氏は、2000年に持病の潰瘍性大腸炎のために1年だけで政権降板を余儀なく

   され、再起の可能性をうかがっていたが、彼をささえる菅義偉氏とともに、日本を長期

   デフレから救済することを大義に政権奪取をめざした。

  ーまず最初の関門である自民党総裁選で勝利し、ひきつづいて民主党の野田政権と対峙し

   野田首相から2012年12月に政権奪取に成功した。

 

  ー安倍晋三氏は盟友の菅義偉氏とともに、当時、アジア開発銀行の総裁だった黒田東彦氏

   らと、デフレ脱却戦略に関する勉強会をつづけており、政権担当の際には、超金融緩和

   の金融政策を中心に財政政策、成長のための構造改革などの構想を練っていた。

 

 2. 3本の矢:超金融緩和、積極財政、成長戦略

  ー政権を担当することになった安倍晋三氏らは、デフレ克服と成長実現のための戦略を、

   超金融緩和、積極財政、成長戦略からなる”三本の矢”という政策パッケージとした打ち

   出した。

  ーこの政策パッケージは、総合的、体系的で理解しやすく、海外でも注目されることに

   なった。以下、三本の矢のそれぞれについてその狙いと内容そして評価について述べる。

 

 3. 超金融緩和:物価低迷、膨大なベースマネー、見出せぬ出口戦略

  ー第一の矢は金融政策で、とくに超金融緩和である。

  ーデフレを脱却するにはマネーサプライと潤沢にすることが求められる。しかし、不況下で

   貨幣需要が低迷している時には通常のマネーサプライ(貨幣供給)を増やすことができな

   い。そこで、貨幣需要がない中でも貨幣供給を増やせる方策として、日銀が市場の金融資

   産(公債など)を購入する代金の形で市場の貨幣供給(ベースマネー)を増やす方策を

   採択した。

 

  ー黒田日銀総裁は、着任早々、2年間でベースマネーを2倍にし、2%のインフレを目指すと

   宣言した。

  ーこの宣言をうけてベースマネー供給がふえはじめると世界の投資家が貨幣供給増加期待の

   もとに反応し、株価が急騰し、為替レートが低下した。

  ー当初は輸入物価の上昇などもあり、物価指数がいくらか上昇したが、2014年の夏以降、

   原油価格の低落もあって物価はほとんど上昇せず今日に至っている。

 

  ー第一の矢の成果としては、株価の上昇以外、インフレ実現など当初の目的は果たされて

   いない。

  ーまた重大な副作用として、500兆円を上回るGDPを超えるベースマネーが蓄積しており、

   日銀のバランスシートを正常化する”出口戦略”をどう実現するか、その見通しと手がかりが

   見えないことがある。これは中長期に日本経済運営の深刻かつ重大な課題である。

 

 4. 積極財政:財政赤字の累積、財政規律消滅、財政・経済破綻のリスク

 ー第二の矢は財政政策で、とくに積極的な財政運営と財政再建の達成を目的とする。

 ー財政出動は、通常の予算編成でも、災害等特別の事態に対する補正予算でも積極的に

  実行され、それなりの役割を果たしたことは首肯できるが、財政支出額が次第に膨張

  したことは否定できない。

 

  ーその結果、2010年に日本政府が国債公約した2020年には基礎的財政収支(primary

       balance)の均衡達成という財政健全化目標は2017~8年頃には達成不可能となった。

  ーさらに、累積財政赤字の膨張は、国際的にみても歴史的にみても類例のない規模に

   達している。2019年には累積財政赤字のGDP比は240%に達していたが、2020年に執行

   された新型コロナ対策のための大型財政支出を加算すると、2021年には260%となると

   見込まれる(IMF試算)。

 

  ーこのような異様な財政赤字の累積は、財政政策の安定的な運用を困難にするだけでなく、

   多様な経済的、社会的、自然的ショックがトリガーとなり、日本経済を財政破綻されには

   経済破綻に追い込むおそれがある。そのリスクを克服するための政策の検討は現時点では

   なされていない。

 

 5. 成長戦略:わずかな成果と困難な構造改革

  ー第一次成長戦略2013.6. 日本産業再興、国際展開戦略、国際展開戦略:抽象的。

 

     ー第二次成長戦略(2014.6)

  1)企業統治と資本市場の改革

  2)競争力強化法(2013年12月制定)

  3)TPP参加と交渉プロセス

  4)農業改革

  5)働き方の規制改革

  6)女性の活躍支援:

  7)地方創生:

  8)社会保障:

  9)医療改革:

    10)国家戦略特区

  11)賃金引き上げ

  12)法人税引き下げ:2018年29%へ(5年間で7 %)

  

   ー第三次成長戦略(2015.6)抽象的、実質進展なし。

 

 6. 新3本の矢:一億総活躍構想(2015.11)とアベノミクスの変質

 

  「一億総活躍」(2015年11月)

  ―第一の矢:”希望生み出す強い経済”⇨2020年までにGDP600兆円

  ―第二の矢:”夢つむぐ子育て支援”⇨2020年代半ばまでに希望出生率1.8 実現

  ―第三の矢:”安心につながる社会保障”:介護離職ゼロ

 

  ・意外に高い海外の関心:先進成熟国はどこも人口高齢化と労働力増加の低減で潜在成長力

   の低下に直面。 安倍政権の「一億総活躍」と「新3本の矢」は先進成熟諸国にとって注目

   すべき実験との評価もある。

 

 7. 安倍首相の”活躍”、願望と挫折

 ー安倍晋三氏は2020年9月、突然、持病の「潰瘍性大腸炎」の悪化を理由に首相の座から

  降板した。安倍首相はそれまで連続在位7年8ヶ月。それは戦後最長記録であるだけでなく

  2021年8月末の自民党総裁の任期を全うすれば、明治以来の日本憲政史上最長記録となる。

 ーその栄光を前にしてなぜ首相を降板したのか、については諸説がある。

 

 ー安倍首相は経済政策としてのアベノミクス、また長期在任中の外交実績にも特筆すべきもの

  があり、さらに日本国憲法の改正やロシアからの北方4島の返還などを歴史的業績(レガシ

  ー)として達成したいとの悲願もあった。

 

 ー安倍首相の業績は一見輝かしいものがあるが、冷静に判断すると、アベノミクスにしても

  上記のように総合的には成功していない、また外交としてアメリカのトランプ大統領と個人

  的信頼関係を築いたとされるが、国益にはなっていない。ロシアとの北方領土問題は前進は

  見られない。中国の習近平政権とは改善の兆しはあるが信頼関係は見られない。憲法改正は

  糸口もついていない。これらを勘案すると、安倍首相は持病を口実に退陣したのではないか

  との見方もある。

 

 

Ⅵ.  菅政権と政策ミックス

 

 1. 自民党の力学と菅政権の誕生

 ー安倍首相の突然の退陣声明をうけて、自民党ではさっそく次の総裁選びに入った。

 ーこれまで次の総裁候補として長らく名乗りをあげていたのは、安倍政権の最初の自民党

  幹事長経験者である石破茂氏。また、安倍政権で外務大臣や政調会長を経験した岸田文雄氏

  も最近は2021年9月の安倍首相任期満了を見越して積極的にアピールしていた。

 

 ー自民党総裁選は当初、石破氏と岸田氏の事実上の一騎討ちと見られたが、選挙直前になって

  長らく安倍政権の官房長官を務めた菅義偉氏がにわかに立候補。そしてたちまち、自民党の

  7派閥のうち石破、岸田閥をのぞく5派閥の全員一致支持(すなわち自民党の8割以上)をと

  りつけて総裁選では圧勝した。

 ー菅氏を支持した5派閥は足掛け8年間に亘る安倍政権で既得権を享受してきたって政治家

  集団。石破氏はその既得権構造に切り込もうとしていたので、5派閥はこれまでの既得権を持

  続するため菅支持、石破降ろしに殺到したと言える。自民党の典型的な利益原理作用の帰

  結。

 

 ー菅氏は、秋田県の寒村でイチゴ栽培を営んでいた農家の長男。高卒、集団就職で横浜に来て

  段ボール工場などアルバイトを転々とし、法政大学に籍を置いて空手部に所属。その後、横浜

  を地盤とし、通産大臣ともなった小此木彦三郎氏の秘書を経験、39歳で横浜市議、48歳で

  衆議院議員初当選。その後、梶原静六氏、などの薫陶を得て、政界で頭角をあらわし、第一

  次安倍政権では総務大臣。安倍氏が失意の退陣後は一貫して安倍氏をささえつづけ、捲土

  重来した安倍政権では官房長官を務め続け、官僚の人事などを一手に引き受けて実力を

  磨いた。

 

 ー官房長官時代、菅氏は首相の座への願望も意思もなしと言い続け、他意のない政治家として

  大方の安心感を確保していたが、それが安倍退陣後は直ちに実力者二階俊博氏の下に駆けつ

  けて総裁選への全面支援をとりつけるなど電光石火の行動は常人の想像を超える面もある。

 ー菅氏は田舎の農家の息子、苦労人、官房長官として新年号「令和」をTVで色紙で見せたこと  

  で茶の間の顔「令和おじさん」となるなど、実直な庶民としてのイメージを巧みに売り込ん

  だとも言える。

 

 ー菅氏は、立候補の際、”安倍政策の継承”をうたったが、その後の政策行動は安倍路線とは

  ほとんど無関係。安倍氏がアベノミクスや地球外交などで内外にその構想と行動力をアピール

  していたのと比べると、菅氏にはそうしたアピールはほとんどない。

 ーその菅義偉とはどのような人物なのか、そのリーダー像はまだ未知の部分がほとんどのよう

  だ。

 

 2. 実務家首相の政策案:デジタル庁、官庁改革、CV対策、不妊治療健保適用、

   オリンピック

 ー菅氏は個別具体的な政策を提案して実行する実務化的能力にたけている。以下、

  菅首相が提案し推進しようとしている政策を列記する。

 

 ーデジタル庁:日本がDXの推進に著しく遅れたという認識と反省の下に、2021年

  の春をめざしてデジタル庁を設置し、とりわけ行政のデジタル化を総合的に推進

  しようという構想。平井卓也氏を担当大臣に据えて設置の準備をすすめている。

 

 ー官庁改革:河野太郎氏を担当大臣に任命して、もろもろの行政改革や官庁の縦割りの

  打破をめざしている。河野氏はまず行政手続きにおける印鑑の廃止を提起している。

 

 ーCV対策は最重要としているが、菅政権発足と同時に日本はCV感染第三波が高まって

  いる。菅首相は経済回復の起爆剤として安倍政権の時代から観光・飲食業救済のための

 「Go To キャンペーン」を進めているが、CV対策に目ぼしい取り組みは見られない。

 

 ー菅氏は総裁選の公約として不妊治療を保険適用とすると公約しており、これは技術的

  問題を解決すれば実現はできる。

 

 ーオリンピックは2021に実現することをIOCのバッハ会長と合意したが、世界のCV感染

  が高まっている中で、ワクチン接種の実施も見据えながら、どう実現するか課題は多い。

 

 ー菅氏は以上のような具体政策を進めるとしているが、それらを貫く全体構想が見えない

  という批判が内外から寄せられている。菅氏は「国民の当たり前の生活を守る」「国民の

  食い扶持を確保する」とつねづね提唱しているが、政策構想として魅力がない。

 

 3. 大局戦略:2050年CO2実質ゼロ、RCEP参加

 ー菅氏は施政方針演説で、2050年までにCO2実質ゼロを掲げた。これはEUなどの強い

  方針や中国の2060年目標に同調したともいえる。これを実行するには政府、産業、

  国民が総力をあげて取り組む必要があるが、それを国債公約したことは評価できる。

 

 ー菅政権は2020年11月に、中国がかかわる唯一の大型FTA(自由貿易圏)であるRCEP

 (東アジア地域 包括的経済連携) へ正式に参加すると表明。

 

 ーこれは米中対立が深まるなか、これまで対米従属一辺倒の姿勢が顕著だった日本が中国に

  対して経済的には中国との協調を国際的に見える形で大きく踏み出したという意味で重要な

  一歩と評価できる。

 

 4. 菅政権の展望

 ー菅政権は、退任した安倍晋三首相の残任期間が任期であり、それは2021年9月。

  2021年9月には総裁選で新首相を選び直す必要がある。そこで菅首相が再選されるか

  どうかが日本の政治にとって重要な節目になる。総裁選の前か後には総選挙で国民の信任

  を問う必要がある。

 ー総選挙では、現状では立憲民主党などが代表する野党勢力が自民党に勝つことは困難と思わ

  れるので、総裁選で選ばれる自民党の新政権が国民の信任を得ることは確実と考えられる。

 

 ーそうすると、2021年9月の総裁選で菅義偉氏が選ばれるかどうかが鍵となる。菅政権の事実

  上の生みの親となった二階俊博幹事長は、総裁選は無投票で菅義偉氏選出で良いのではない

  かと発言している。これは2020年9月の総裁選を戦った石破茂氏が選挙母体となる自身の

  派閥の代表を2020年11月に降りたことなども考慮した発言と思われるが、現状では菅義偉

  氏が2021年9月の総裁選で選出され、菅政権は長期政権となる公算が大きいと思われる。

 

  

Ⅶ.   米中対立時代の日本の舵取り

 

 1. 米中対立時代の日本の立場と舵取り

 ー米国と中国の対立が、トランプ政権時代にトランプ大統領による中国輸出品に対する高率

  制裁関税の賦課や、華為技術社などのハイテク企業をEntity listに入れて国際経済から締め

  出すなどのハイテク覇権闘争によって事実上の戦争といえるほどの緊張関係になっている。

 

 ー日本は「日米安保条約」によって米国との軍事同盟国となっており、日本の防衛を全面的に

  米国に依存しているため、米中対立の中、日本政府は中国ハイテク企業の排除などの米国

  の要請に従う判断と態度をとっている。

 ーアメリカのがトランプからバイデン政権に代わっても、アメリカの中国批判はつづくと思わ

  れる。バイデン氏は同盟関係を重視するとしているので、米国の中国批判に日本に同調を

  要請してくる可能性はむしろ高いと想像される。

 

 ー一方、日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、日本企業の対中投資も大規模に浸透

  しているので、中国との経済関係の維持・強化は日本の経済活動にとっては不可欠。

 ー中国と良好な関係を維持することは日本の経済的存続にとってきわめて重要であり、バイ

  デン政権がおそらく同調を要請してくる中国の人権問題批判への対応については難しい

  判断を迫られるだろう。

 

 2. 日本独自の価値の認識と戦略の追求

 ーこうした難しい舵取りが必要とされる中で、日本はむしろ独自の価値を主体的に主張し、

  それを基軸に、米国や中国にたいして是々非々で対応することが必要ではないか。

 

 ー自由貿易の確保や推進、あるいは、地球環境の維持と改善は、地球社会全体の安定や発展

  に資する人類共通の価値であり、それを日本が総力をあげて推進することは適切だろう。

 ーその意味で、菅政権が、2050年までに温暖化ガスの実質ゼロを追求するとしたこと、また

  中国が長くかかわってきた自由貿易権RCEPへの参加を表明したことは高く評価できる。

 

 

Ⅷ.   新時代の日本と新しい日本人への期待

 1. 日本経済の展望:人口減少と高齢化、繁栄の後遺症、活力の低下?

  ー日本経済が直面する最大のそして長期的問題は、人口の減少と高齢化である。

   人口減少は日本経済の成長能力を厳しく制約する。また高齢化はその社会的費用を

   負担するため財政赤字の累積を加速しており、日本の近年の累積財政赤字の蓄積は

   なにがしかのショックで、日本の財政破綻そして経済破綻を引き起こす危険を孕んで

   いる。

 

  ー日本経済は太平洋戦争敗戦の焦土の中から奇跡の復興を実現し、1950年代後半から

   1970年代前半にかけて高度成長を達成した。しかし、1980年代後半のバブルの膨張と

   崩壊の過程で、バランスシート不況を経験した日本企業は、負債返済にとらわれた後ろ

   向きの経営となり、かつての繁栄の後遺症で萎縮している。

 

  ー近年、世界はDXという歴史的な技術パラダイムの転換の中で、激しい技術革新によって

   社会も経済も急速に変化し進展している。それを担っているのは多様な世界の切磋琢磨

   を経て登場している異能な才能の人材群である。近年の日本に欠けているのはそうした

   活力ある人材群である。

 

 2. 新世代の成長をいかに支援するか

  ーしかし、そうした人材群の候補生は、新世代の日本人のなかに多く散見する。

   大学生諸君の中には、かつてのように中央官庁のエリートや財閥系大企業の幹部をめざす

   よりは、自分で事業を創業し、世界的視野で異文化交流を深め、ネットネィティブ世代と

   してDXを体現し、地球環境や人類の健康増進に貢献しようと志す人材が少なくない。

 

  ー彼らにとっては、国籍や人種は制約にならない。世界のイノベーションは国別や企業別で

   なく、国境を超え、文化を超えるオープンイノベーションが常態になりつつある。

  ー日本にとって必要なことは、こうした才能ある新世代に、制約なく成長し活躍できる場と

   環境と必要な支援を提供することではないか。

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