« 『激変する世界と日本の針路』(4) | トップページ | 悪化する日韓関係:打開は可能か?(改訂版) »

悪化する日韓関係:打開は可能か?

Ⅰ. はじめに

 このところ日韓関係が急速に悪化している。2017年5月に韓国で文在寅政権が成立してから、日本人の神経を逆なでするような事件が相次いだ。たとえば、従軍慰安婦問題について2015年末に日韓両政府が「最終的かつ不可逆的解決」とした合意を事実上、反故にした。2018年末には能登半島西方海域で、韓国の駆逐艦が遠くから監視業務をしていた海上自衛隊の哨戒機にたいして攻撃用の射撃管制レーダーを照射した。

 さらに2018年10月末には大法院(韓国最高裁判所)が元徴用工の強制労働に対する個人損害賠償訴訟について、個人請求権は否定されないという新解釈を示して訴訟対象企業であった新日鉄住金の上告を退け、損害賠償を命じたソウル地裁に判決を支持し、同社が損害賠償を請求されることになった。

 しかし、これは1965年の日韓請求権・経済協力協定を否定することになるので、日本政府は同協定にもとづいて日韓協議を申し入れたが、文在寅政権の政府は応ぜず、そのことで1965年以来半世紀以上にわたってつづいた日韓の協力的な関係の根幹が崩れることを憂慮した安倍首相以下日本政府は事の重大性を韓国側に認識させる意味もあって韓国への輸出に関してこれまで提供してきた優遇措置(ホワイト国)を除去するという対応に出た。

 文在寅大統領以下韓国の政権はこの措置に激しく反発し、日本を糾弾するとともにWTOに提訴する準備に入り、一方では半導体製造部材などを日本に頼らずに自前で製造するために全力を傾注し、他方では日本製品不買運動や日本への旅行自粛など強力な反日運動を展開している。

 日韓関係のこうした悪化は、単に両国の問題だけにとどまらず、世界貿易に影響するとともに、日韓の協力を要としているアジア地域における安全保障体制にも隙間もしくは揺らぎを発生させかねない。トランプ政権はそれを心配して仲介の労を取ろうとの姿勢すら見せている。

 このエッセイでは、そうした日韓関係の展開を事実に即して跡付けて理解し、その意味を考え、膠着し悪化する関係を打開する方策を探る手がかりを得たいと思う。このエッセイでは最近数年の悪化する日韓関係の事実を展望しているが、日韓関係の展開を規定する要因は国内そして国際的な環境条件の歴史的展開に深く影響されている。そうした環境条件の理解なくして現在の日韓関係の動きの意味を立体的かつ総合的に捉えることは難しい。その課題はあまりに大きくて本エッセイの範囲を超えるので、その課題への挑戦はまた別の機会に譲りたいと思う。

 

Ⅱ. 日韓関係悪化の経緯

 1. 従軍慰安婦問題での裏切り

  第一は、慰安婦問題で、日韓の間で「最終的かつ不可逆的」な解決として合意された事項に、文在寅政権が異論を唱えて事実上、両国間で達成された合意を反故にしたことである。

  2015年12月28日に朴槿恵政権と日本政府が、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決で合意し、16年7月28日には元慰安婦を支援する「和解・癒し財団」が発足した。それを受けて日本政府は8月24日に財団への10億円拠出を閣議決定。ところが12月30日に韓国の市民団体が釜山の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像を設置した。

  韓国政府は日本政府と「最終的かつ不可逆的解決」に合意したのであるから、合意に反するこうした行為は当然厳しく取り締まるべきだったが、全く無策だった。それは両国間の信義にもとる態度であり、それへの抗議の意味を込めて日本政府は長嶺安政駐韓大使を一時帰国させた。2017年初頭は韓国は朴槿恵大統領糾弾の大衆運動で騒然としており、3月10日には韓国憲法裁判所が朴槿恵大統領罷免を決定した。後日、大統 領に就任した文在寅氏はこの少女像を抱擁し「彼女を寂しがらせないよう国民全体で慰安婦問題に取り組もう」と呼びかけた。

  5月10日に就任した文在寅大統領は11日に安倍首相と電話で会談し、日韓合意について「韓国国民の大多数が感情的に合意を受け入れていない」との見方を伝えた。そして7月31日、韓国外務省は慰安婦問題に関する日韓合意を検証する作業部会を省内に設置した。12月27日、作業部会は「合意に非公開な部分があった」として、合意に否定的な報告書を発表。これを受けて文大統領は合意に「重大な欠陥」があったとする声明を 発表。翌年1月4日には文氏は元慰安婦9人と面会し合意について謝罪を表明した。

  こうした文政権の言動によって、元慰安婦の一部や支援団体は、文政権が「合意」を破棄するのではないかとの期待感を高めたことが推察される。文政権の康京和(カンギョンファ)外相は2018年1月9日この問題に対する新方針を発表したが、そこでは日本政府に対して日韓合意の再交渉は求めなかったが、日本に対して「自発的な真の謝罪」を要請した。この対応に韓国の支援団体らは不満で合意の破棄を改めて求めた。日本政府は「合意」を無視してさらなる謝罪を求める韓国政府の要求には一切応じないとしている。

  慰安婦問題は、その後、知日派として知られる文喜相(ムンキサン)韓国国会議長が米国ブルームバーグ通信とのインタビューで「天皇(平成)が元慰安婦の手を握って本当に申し訳なかったと言えば、問題はすっかり解消される」と述べたと同通信が1月9日に明らかにした。日本側はこの発言に抗議し、発言の撤回と謝罪を要求したが、彼はそれを拒否した。韓国反日派の対日批判の強硬化はとどまるところを知らない。

 2. レーダー照射問題

  それは2018年12月20日に起こった。能登半島西方海域で監視業務をしていた海自のP-1哨戒機に対して韓国海軍駆逐艦(クアンゲト・デワン)から射撃管制レーダー(FCレーダー)が輻射された事件である。現場海域では距離1000m程度離れたところで上記の韓国艦、海洋警察庁警備艦および小型船が作業しており、海自機は一定の距離を置いて近接。第二回の近接時に海自機はFCレーダーを探知。直ちに距離を離して5000m程度の距離から継続監視をしたが、その際にも複数回のFCレーダー波を探知した。海自機はFCレーダーの意図確認のため無線電話をかけたが韓国艦からは応答なし。

  FC レーダーの照射は、攻撃準備のためのレーダー照射なので、不測事態の発生または不時の交戦防止のため、各種国際規則で禁じられている。また通常、どの国でもFCレーダーの照射のためには艦長の許可が義務付けれられているので、もしFCレーダーが照射されたとすればそれは何らかの理由による意図的な行為と言わざるを得ない。
  
  海自ではレーダー波の受信結果を詳細に検討し、FCレーダーであるとの確証を得たが、韓国側が事実を否定しつづけるので、その波動音を開示した。これに対して韓国側はその波動音を逆用して、それは海自の捏造であるとし、日本を糾弾する動画を作成して8ヶ国語で世界にアピールした。

  一方、海自の事実究明への呼びかけには韓国側は全く応じなかったので、海自は呼びかけは無意味と判断して、取りやめるに至った。


 3. 元徴用工個人補償問題

  文氏は大統領に就任後も、元徴用工の補償問題は、国家間では解決しているとの認識を示したかと思えば、就任100日後の記者会見(2017年8月25日)では、「両国間の合意は個人の権利を侵害できない」と発言して、個人補償請求の権利があるとの認識を示し、それまでの両国政府の考え方を事実上覆した。

  日本と韓国の政府は1965年、日韓請求権協定を締結し、元徴用工の補償については「完全かつ最終的に解決された」(協定第二条)との合意をし、韓国歴代政権もその理解を踏襲してきたが、2012年に韓国大法院(最高裁判所)が元徴用工の個人の請求権は国家間の合意に含まれていないとして請求権を認める判断を下している。

  そして2018年10月30日、韓国大法院は、元徴用工が新日鉄住金を相手取って損害賠償を求めた訴訟の差し戻し上告審で、同社の上告を棄却した。この決定で、2013年にこの元徴用工に賠償を認めた2013年7月のソウル高裁の判決が確定した。この判決の意味は極めて大きい。現在でも元徴用工を名乗って賠償請求をしようとしている予備軍は少なくとも数百人はいるとされ、この判決を契機にそうして損害賠償請求が陸続と拡大することが懸念される。しかしそれよりももっと本質的なことは、それは1965年に日韓請求権協定と経済協力協定という両国のそれ以降の関係を基本的に規定する国際協定を覆すもので、その協定に基づいて推進されてきた日韓両国間の協力関係を根本的に崩壊させる危険を含むということである。

  この問題はとりわけ重要なので、以下に項をあらためてやや詳細に説明することにしよう。

 

Ⅲ. 元徴用工個人補償問題

 元徴用工に対する個人補償問題について、日本政府は1965年の朴正煕政権の韓国との合意で完全に解決済みとの立場を堅持している。なぜなら日韓両国が戦後国交正常化に向けて14年間の交渉を経てようやく締結した日韓請求権・経済協力協定の第二条には「請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決された」と明記されているからだ。そして日本は韓国に当時の額で8億ドルに上る経済援助を提供することとした。

 8億ドルは当時の韓国の国家予算2年分に相当する額である。朴政権はこの資金を韓国経済発展のためのインフラ整備や鉄鋼産業など主要産業の支援のために活用し、その結果、韓国経済が「漢江(ハンガン)の奇跡」とされる目覚ましい経済成長を達成したことは良く知られている。高度成長する韓国に対して日本企業も積極的に投資し、韓国の企業と日本企業の間には、密接な相互補完関係が築かれ、その後の日韓の深い産業連携に基づく経済発展が促進されたことは周知である。

 この間、国家と国家の合意で補償問題は解決済みと理解されたが、それとは別に個人の補償問題はしばしば提起された。元徴用工の個人補償の訴訟は、該当する日本企業に対して提起されたが、日本での裁判結果は、1965年の日韓合意の理解の下で、ことごとく原告敗訴に終わっている。一方、韓国では、文在寅政権が発足するまでは、歴代の政権で個人補償の問題は韓国の国家が責任を持って対応するという理解が維持された。

 たとえば、革新系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権でさえ、2005年、請求権協定に伴う日本の3億ドルの無償協力に関し「強制動員被害補償の問題解決の資金が包括的に勘案されている」との見解を表明。元徴用工の個人が日本企業に賠償を求める問題の解決の責任は韓国政府が持つべきだとの認識である。ちなみに盧武鉉氏は文在寅氏の師匠でもある。

 ところが2012年、韓国大法院は、徴用工の賠償請求を退けた高裁判決に関し、個人請求権は消滅していない、との初判断をしめして審理を差し戻した。その理由は、個人請求権消滅について韓日両政府の意思の合致があったと解する十分な根拠がない。1965年の請求権協定は両国政府の政治的合意であって「不法な植民地支配に対する賠償を請求する交渉ではなかった」という理屈づけである。これは誠に勝手な事後解釈というほかはない。しかし2018年10月30日の大法院の判決は、この2012年の判決を踏襲する形で、元徴用工が強制労働の「慰謝料」を要求する権利は認められるとの判断をしめした。

 この判断にもとづき韓国大法院は10月30日、徴用で強制労働をさせられたとして新日鉄住金を相手に損害賠償を請求していた韓国人4人の訴訟の差し戻し上告審で、同社の上告を退ける判決を言い渡した。この判決によって、4人に請求全額の計4億ウォン(約4000万円)の支払いを命じたソウル高裁判決が確定した。

 元徴用工の損害賠償請求訴訟は、10月末時点で、上告審では新日鉄住金と三菱重工、2審では両社ならびに不二越、日立造船、そして3審では日本企業の約90社が対象になっている。これらの訴訟で損害賠償を請求している原告は遺族は1000人以上にのぼる。韓国政府の推計では、損害賠償が可能なら請求をしたい元徴用工は22万人にのぼるという。実際、新日鉄住金の上告審への大法院の判決が出てから、支援団体による追加訴訟への動きが加速している。彼らは大法院が賠償命令を確定させた日から「原則6ヶ月、最長3年」の間は新たな訴訟を起こせると理解して訴訟準備を進めている。

 2019年1月8日、新日鉄住金に賠償を命じた元徴用工訴訟で、韓国の大邸(テグ)地裁浦項支部が同社の韓国内資産の差し押さえを認める決定を下した。日本政府は韓国の裁判所による資産差し押さえ通知が新日鉄住金社に届いたことを確認し、1月9日、秋葉剛外務次官が外務省に李洙勲大使を呼び、文書と口頭で、日韓請求権協定にもとづく政府間協議を正式に申し入れた。ちなみに日韓請求権協定では第3条で協定の解釈や実施をめぐる紛争は外交協議によって解決する、と明記されている。

 ところで新日鉄住金にたいして原告側の弁護士は同社が3%超を保有する韓国製鉄大手ポスコ株を名指しした。ただ同社が持っているのはポスコ株の現物ではなくADR(米国預託証券)なので差し押さえが可能な「韓国内の資産」には該当しないと見られる。三菱重工業については差し押さえ可能な韓国内の資産はほぼ皆無とされる。しかしむしろ両社は例外で、多くの企業は差し押さえ可能な資産を韓国内に保有している。不二越は元徴用工との訴訟で、2000年に韓国人の元女子挺身隊員に「解決金」を支払って和解した。


 日本政府は11月はじめに、訴訟を受けているまたは受ける可能性にある日本企業に対して数次にわたって説明会を開催し、元徴用工の損害賠償問題は、1965年の日韓合意で解決済みであり、企業が賠償する責任はなく、決して安易に妥協しないよう、そしてまず日本政府に相談するよう繰り返し指示した。1社でも損害賠償に応ずれば、それが「蟻の一穴」になって、これまで半世紀以上にわたって日韓の信頼と協力関係を支えてきた法的基盤が瓦解しかねないからである。

 2019年1月9日、文在寅大統領は年頭の記者会見で、「元徴用工を巡る大法院判決を韓国政府は尊重しなければならない。日本政府は不満があっても、基本的にはどうしようもないという認識を持つべきだ」と言明した。なお、大法院の判決の直後、韓国の李洛淵(イナギョン)首相は、「司法の判断を尊重し、関係省庁や民間の専門家などと諸般の要素を総合的に考慮して対応策を講じていくとの政府見解」を述べたが、その後は明確な対応はなく、個人の賠償問題の責任は韓国政府にあるという1965年の日韓合意の考え方については態度を曖昧にしたままだった。上記の文大統領の言明は曖昧から踏み込んで、1965年の日韓合意の精神を明らかに否定したものと言える。

 その後、河野太郎外務大臣をはじめ政府当局は韓国側に何度も重ねて政府間協議をの開催を催促したが、韓国側は日本側の要請に応じていない。一方、原告団や支援団体は訴訟対象の日本企業の差し押さえた資産を現金化する準備をしている。早ければ2019年8月にも現金化が開始される可能性がある。これを放置すれば、取り返しのつかない事態になるので、日本政府は危機感を強めている。

 政府では韓国側が再三の協議申し入れにも応じてこないので、協議が開催できない場合、次にステップとして協定に位置付けられた「仲裁委員会」の開催を申し入れる方針。仲裁委員会はは日本、韓国、第三国の委員で構成されるが、第三国の委員を選ぶためにも日韓の協議が必要だ。しかし外務省の担当者などには「委員の選任は容易ではない」との見方が強い。 
  
 日本政府は国際司法裁判所(ICJ: International Court of Justice)への提訴も視野に入れ、すでに国際裁判専門の弁護士選定などの準備を進めている。しかし、韓国側は訴えに応ずる義務がある「義務的管轄権」を受諾していないため、審理が実現する可能性は低い。こうしてみると日本が国際社会にその正当性を訴えられる環境条件は極めて限られているといわざるを得ない。

 こうした中にも、3月15日には韓国地裁が不二越の資産仮差し押さえを決定、3月22日には韓国地裁が三菱重工業の資産差し押さえを決定、4月4日、元徴用工らが日本コークス工業など4社を相手取り追加訴訟、4月29日、元徴用工らが三菱マテリアルなど9社を相手取り追加訴訟、5月1日、原告側が日本製鐵と不二越の資産売却手続きに着手するなど、事態は時事刻々悪化している。こうした事態を受け、自民党内では強硬な意見が台頭している。例えば、駐韓大使の一時帰国、訪日ビザの免除停止、韓国製品の輸入関税の引き上げや日本にある韓国企業の資産差し押さえなどの対抗措置を求める声があがっている。

 2019年6月19日、韓国外務省は日本と韓国の企業が自発的に資金を出し合い原告と和解する案を日本政府に提示したと明らかにした。これに対し、河野太郎外務大臣はツィッターで「韓国の国際法違反の状態を是正することにならず、受け入れられない」と拒否。韓国側は、日本がこの案を受け入れるなら、日韓請求権協定にもとづく二国間協議に応ずる用意があるとした。日本政府は日本企業に負担を求める韓国側の案は両国の請求権問題の完全かつ最終的な解決をうたった1965年の日韓請求権協定に反するとして拒否の立場だ。

 安倍首相は2019年6月28と29日にかけて大阪でG20サミットを議長として開催した。韓国は安倍首相との首脳会談を望んだが、安倍首相はこれに応じなかった。2日間のサミットで、両首脳が接近したのは、28日の会議と夕食会で安倍首相が各国首脳を迎えた時だけだった。日本政府は早い段階から首脳間の公式会談は見送る方針だったが、結果的には短時間の接触すらなかった。

 その背景には韓国が6月19日に公表した日韓の企業が自発的に資金を出し合って原告と和解する案があった。日本側は事前に提示された段階でこれを拒否していたが、それにも関わらず韓国政府はこの案を公表した。文氏は6月26日の聯合ニュースなどとのインタービューで「現実的な解決案だ」とし、安倍首相に会談を呼びかけて「この機会を活用できるかは日本にかかっている」と日本側の責任を強調していた。

 これまでの経緯の中で、文氏は「司法の判断を尊重する」としてきたが、1965年の日韓請求権・経済協力協定を守る意思があるのかは明確にしていない。日本政府には文在寅大統領は、この半世紀以上、日韓協力の基盤となってきたこの合意の見直しを提起してくるのではないか、との疑念がくすぶっている。

 

Ⅳ. 対韓国輸出規制管理強化

 日本政府は2019年7月1日、韓国にたいし、半導体製造などに必要なフッ化水素など3品目の輸出管理につき「外国為替および外国貿易法」(外為法)に基づき規制を強化すると発表した。対象の3品目は、半導体の洗浄に使うフッ化水素、不マートフォンのディスプレーに使われるフッ化ポリイミド、半導体の基板に塗る感光剤のポリイミド。

 韓国はこれまで輸出手続きを簡略化する優遇措置を受けられる27カ国の「ホワイト国」の一つとして認定されていた。経産省は、韓国をホワイト国から外す。経産省は安全保障にかかわる品目について、外為法にもとづき管理している。今回3品目を規制することとした理由については「不適切な事案があった」としか指摘していない。当面は3品目が対象だが、これからはそれ以外の製品についても個別申請が必要になる。審査には通常90日ていどかかる。政府は基本的に輸出を許可しない方針で事実上の禁輸措置になるとみられる。

 これら3品目は、半導体大国・韓国を狙い撃ちにするには最も効果的とされる。いずれも日本が世界で7~10割近いシェアともち、サムソングループ、LGグループ、SKハイニックスなど韓国企業はほぼ全量を日本から調達している。しかし、韓国製の有機ELパネルやNAND型フラッシュメモリーではサムスンが4割の世界シェアを持っており、それら部品提供を受けている日本メーカーには影響が出る可能性がある。対韓国輸出規制の強化はやがて世界のサプライチェーンを混乱させるので関係者全体に被害が及び、貿易規制の強化は結局、勝者が居ない結果になると見込まれる。

 安倍首相は、7月1日、読売新聞とのインタービューで「国と国との信頼関係の上に行ってきた措置を見直したとういこと」とし、韓国との信頼関係が損なわれたため管理強化に踏み切ったとの考えを示した。政府には、徴用工問題が日韓関係の根幹をゆるがす深刻な問題であることを韓国側に認識させるべきだとの考えが強い。

 一方、韓国の成允模(ソンユンモ)産業通商資源相はソウルで「韓国大法院の判決に対する経済報復措置であり、WTO提訴をはじめ対応措置をとっていく」と述べた。Financial Times紙(電子版)は「日本の自由貿易の偽善を露呈するもの」と批判。ある外電は、安倍首相は政治問題に経済的武器を使うトランプ流の戦術を採用したようだが、結局、損害は自らにも及ぶとコメントした。

 経済産業省は輸出規制導入の理由について「不適切な事案が発生した」としているがその内容は守秘義務として説明していない。また世耕弘成経済産業相は「輸出管理を適切に実施するため、運用上の対応をしている」とし、韓国側のWTO協定違反との批判にたいしては、日本側はGATT21条の「安全保障上の例外措置」であって違反ではない、と説明している。7月12日、日韓事務レベル会合に出席した韓国当局者は、日本側がWTOの協定違反には当たらないと主張したのにたいし「理解も納得も同意もできない」と述べた。

 一方、安倍首相は7月3日、日本記者クラブ主催の党首討論会で「1965年の日韓請求権協定で互いに請求権を放棄した。国と国の約束をたがえたらどうなることか、ということだ」「約束を守らないうえは今までの優遇措置は取らない」と述べており、最高責任者の見解では、輸出規制強化措置の理由は明々白々というべきだろう。

 日本政府は対韓国輸出規制を二段階で実施する方針だ。第一段階はリスト規制として対象品目を上記3品目に限定して7月4日に発動されたが、第二段階は非リスト規制として8月末以降に発動されると見込まれる。そこでは韓国をホワイト国から除外し、食品や木材などを除く全品目のうち、経産省が指定する品目のすべてが対象となる。

 
 7月18日、韓国外務省は、日本政府が1965年の日韓請求権協定にもとづいて要請していた仲裁委員会の設置に応じない方針を正式に示した。一方、日本政府による事実上の対抗措置とみられる半導体材料の輸出規制強化では、韓国がWTO(世界貿易機関)に提訴すべく準備をしている。

 7月23、24日、WTOの一般理事会がジュネーブで行われた。日本の韓国に対する輸出規制強化がWTOのルール違反に当たるかどうかを韓国側は論点とすべく問題を提起したが、韓日の議論は平行線だった。韓国は日本の輸出規制強化問題をWTOの第一次審査の前段階である2国間協議のテーマとして取り上げるべく参加国の賛同を求めたが、一般理事会は加盟164カ国・地域に共通する貿易課題を議論するのが主な目的なので、加熱する日韓の対立の解決になぜ一般理事会が使われるのか、この段階では参加国の理解は必ずしも得られなかった。しかし韓国の代表者は記者会見で「反応がなかったことは韓国側の提案が支持された証拠だ」と述べた。

 注意すべきは、韓国はWTOを舞台にした貿易紛争ではかなりの実績があることだ。例えば直近では、福島など東北8県の水産物に対する韓国の輸入禁止措置を、日本がWTOルール違反として訴え、一審では勝訴したにも関わらず、2019年4月の最終審では逆転敗訴した苦い経験もある。

 この時、一審で敗訴した韓国が最終審で勝つべく入念な準備をしたと言われる。あるWTO関係者は、韓国は最終審での口頭尋問に備え、ジュネーブのホテルに約2週間、缶詰になって予行練習したと打ち明けたという。今後、韓国は大規模はロビー活動を含め、周到に準備してくる可能性がある。

 ポンペイオ米国国務長官は、ASEAN地域フォーラムが開かれるバンコクで、7月31日、河野太郎外務大臣と韓国の康京和(カンキョンファ)外相と懇談し、日韓対立の仲介役を買って出る意向を示し懇談したが、具体的な成果はなかった。長官の行動は数週間前にトランプ大統領が必要なら仲介役を買って出ても良いと述べたことを受けてのことと思われる。

 2019年8月2日、政府は輸出管理を簡略化する優遇対象国から韓国を除外する政令を閣議決定した。半導体材料の韓国向け輸出管理の厳格化につづく第二弾。8月7日に公布し、28日に施行する。韓国むけの輸出の際に食品と木材を除くほぼすべての品目に経済産業省が個別審査を求めることができるようになる。

 日本政府が韓国を優遇対象から除外する政令改正を閣議決定したことについて、文在寅氏は「今後起きる事態の責任も全面的に日本政府にある」とし、「盗っ人たけだけしく大口を叩く」と日本を批判した。日本の措置に応じて我々も段階的に措置を強化する」と言明。文氏の発言を受けて、洪楠基(ホン・ナムギ)経済副首相は「韓国も優遇対象国から日本を外し、輸出管理を強化する」と表明した。
   
 さらに8月5日、韓国政府は、主要な部品・素材の国産化に向け研究開発投資に7年間で7.8兆ウォン(約8600億円)をあてると発表した。日本政府が輸出優遇国から韓国を除外したことへの対応策で100品目を戦略品目に指定した。このうち日本が輸出管理を強化した半導体材料3品目を含む20品目は1年以内に「脱日本依存」を達成するとしている。

 

Ⅴ. 文在寅氏の思想と政権の体質

 戦後の韓国政治には二つの大きな党派の潮流がある。これは通常、保守と革新と表現されるが、私見では、その形容はあまり適切でない。私は、保守というよりは日本を認め日本の力を利用しようとする流れと革新というよりは反日と容共の流れと表現した方が適切であるように思う。前者は朴正煕大統領から朴槿恵が象徴した流れであり、後者は金大中から盧武鉉を経て文在寅に至る流れである。

 この二大政治潮流は、時に拮抗し、時に交代して戦後の韓国の政治史を特徴付けてきたが、その中で、文在寅は後者のもっとも先鋭的な政治家であると言える。彼は前任の朴槿恵大統領を引きずり降ろし、朴槿恵氏が達成した日本との関係をすべて否定し破壊し去る力学を懸命に追求しているように見える。彼の行動を理解するには、それをこうしたより大きな構図の中に位置付けて見る必要があるように思う。

 今日の政治現象を理解するには、戦後の大韓民国成立以来の政治の流れのみならず、日本が朝鮮を併合していた”日帝時代”、さらにそれ以前の歴史の残滓も知る必要がある。こうした展望は本エッセイの範囲を超えるので、また別に機会に考察して見たいと思う。

 

Ⅵ. 日韓政府対立の波及効果

 日韓政府の対立は、安倍政権が政治的動機から輸出規制強化という経済的手段にを採用したことから、アジア地域だけでなくより広い世界のサプライチェーンに混乱を発生させる可能性が出てきた。すなわち日韓の対立は日韓のみに限られず世界経済に波及する可能性があるということである。

 また、日韓の協力は、アジア地域における安全保障体制の要である。それが適切に機能しなくなることは、いうなればこの地域に力の空白が生ずることを意味し、それは必ず他の力の介入によって安全保障の均衡が動揺もしくは崩れる危険を意味する。日韓が2016年に締結した(GSOMIA)軍事情報包括保護協定の更新方針を検討するかもしれないと韓国が示唆することは、とりわけ北朝鮮が中距離ミサイルによる攻撃力を高めているこの時期にきわめて危険なことであり、また最近、竹島に接近したロシア、中国の空軍機を韓国機が威嚇射撃をしたなどの事象は看過できない危険をはらんでいる。アメリカのトランプ政権が日韓の対立緩和の仲介を申し出るのはそれなりの意味がある。

 日韓対立の先鋭化は単に両国やこの地域に限らず世界大の経済そして安全保障の安定を確保するうえでも大きな意味があることに留意する必要がある。

 

Ⅶ. 解決の可能性と方向性

 日韓の対立は解決の方向もしくは糸口がないかのように見える。しかし対立は解決ではなくとも改善させることは必ず可能なはずだ。改善とは、国内そして国際社会で経済面でも安全保障面でも無用な破壊、損害、動揺を起こさないようなあり方を確保することだ。

 政治現象は、指導者とそれを支える大衆の思想、判断、選択と行動によって左右され規定される。安倍晋三首相は、日本憲政史で最長の権力保持者の栄誉を担うことがほぼ確実視される政治家であり、残された時間にそれにふさわしいレガシーを残そうとするだろう。安倍首相が1965年の日韓合意にこだわるのは韓国程度の国に彼の歴史的偉業をこの時点で汚されたくないという思いが作用したとしても不思議ではない。

 一方、文在寅氏は自分が師と仰いだ盧武鉉氏を反面教師としてその失敗を繰り返さないため、国民の支持を最大限に確保する行動を追求する。民族統一を掲げて米朝指導者に働きかけるという自意識も、また多くの面で日本に劣らない経済力を確保したという自信もあり、日本に対しては戦争責任の追究の手をさらに強化したいとの思いがあるだろう。

 彼ら指導者の行動はしかし国民そして国際社会の理解と支持があってはじめて実現する。韓国の国民は戦前の日本のように扇動されやすく、また韓国の国際アピールはより効果的に見える。日本の国民は対韓国の問題についてはそれほど敏感でもなくおそらく興味もない。また日本の国際アピールはかなり拙劣だ。

 こうした国民と国際社会と前にして、両国がその関係を改善するには、国民と国際社会にまず正確で多面的で詳細な情報をわかりやすく提供することが大前提ではないか。

 日韓両国の対立行動を展望して、両国政府の行動と思想がどれほど国民と国際社会に理解されているかが甚だ心もとない気持ちを禁じ得なかった。両国の指導者と政府が国民と国際社会への情報提供を充実し、彼らの理解と支持を確保して、国民と国際社会の迷惑にならない政治選択をすることを望みたい。

« 『激変する世界と日本の針路』(4) | トップページ | 悪化する日韓関係:打開は可能か?(改訂版) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 『激変する世界と日本の針路』(4) | トップページ | 悪化する日韓関係:打開は可能か?(改訂版) »