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2018年11月

Brexit の経緯と課題(3)

Ⅶ.  合意なし離脱の悪夢

○高まる合意なし離脱のリスク
ー英国とEUの合意なき離脱(No Deal Brexit)を回避するギリギリの期限は、離脱の条件や方法を
 規定する「離脱協定案」と離脱後の通商協定など将来の英EU関係の大枠を提示する「政治宣
 言」が2018年末までにいわゆるクリスマス合意として達成されることである。この期限をすぎ
 ると、EUの27加盟国で議会承認の手続きに要する少なくとも3ヶ月の時間を確保できないの
 で、合意は不成立となり、英国は合意なき離脱に漂流することになる。また、2018年末までに
 英国とEUが合意できるためには、いうまでもなく、英国側はその議案を議会で承認を済ませて
 いることが大前提となる。
ー2018年11月末現在では、メイ首相は英国案をなんとか内閣で承認させたが、12月の議会で
 承認されるか大きな不確定要因があり、前後は不安ぶくみだ。その意味で、残された時間が
 刻々と少なくなっていくのに反比例して、合意なき離脱のリスクが高まっている。

 ○合意なき離脱の被害
 ー産業界は合意なき離脱のリスクが高まる中で最悪のシナリオに身構え始めた。
 ー欧州トヨタ会長(ディディエ・ルロワ)は「工場の生産停止を避ける方法はない」
  トヨタのバーナストン工場は、部品在庫を4時間しか持たない。物流が滞れば一時生産停止。

 ー1日5000台のトラックが行き交う英仏海峡トンネルでは、合意なき離脱で移行期間が白紙に
  なると、19.3末から英仏国境で通関手続き必要。準備期間や施設が足りない。港湾当局は
  2分足止めでも27km超の渋滞となると想定。

 ー英南部のスウィンドンホンダ工場も部品在庫は半日分。トラックの通関が15分遅れると
  1.2億円のコスト増。

 ー独BMWの英工場。「ミニ」部品の6割がEU製。完成車を欧州大陸に輸出するまでシャフトは
  英仏海峡を4回渡る。そこで生産拠点の一部をすでにオランダに移転した。

 ーオランダやフランスは通関業務の急増に備えて、税関職員を数百人ずつ増員。
  英では5000人の増員が必要とされるが現状ではその手当は1000人どまり。

 ー英・EU感の2017年モノの貿易総額は約62兆円。合意なし離脱なら英GDPは最大10.3%
 (31兆円)縮小するという試算もある。
  EUについても域内GDPが長期的に1.5%減少の試算。IMFは「EU離脱に勝者はいない」と
  している。

○製造業の心配
 ーメーカーが懸念するのは、税関手続きが2019.3に復活し、輸入の停滞でサプライチェーン
 (部品供給網)が混乱すること。
 ー日本は、トヨタ、日産、ホンダ 合計80万台(2017)生産し、欧州各国に輸出。
 ーパナソニックは10月、欧州本社を英国からオランダアムステルダムに移転。
 ー英国拠点を縮小し、EUの人員を増やす動きが加速すれば英国産業の空洞化進む懸念。

○金融産業への影響
 ーCityの金融界も神経を尖らせている。多くの金融機関が一部機能をフランス、ドイツなどに
  移す方針を発表。
 ー合意ある離脱では、離脱後の2年間は現在の関係が実質的に変わらない「移行期間」が前提。
  しかし、合意なき離脱(無秩序離脱)になると移行期間もなくなり、突然の変更を迫られる
 ーこうした不確実性のために、企業は業務体制が決められないまま損失が拡大する。

 ○金融取引への障碍
  ー英・EU間のデリバティブや保険など金融取引の継続性に不安が強まっている。
  ー英中銀は、10月10日条件合意なしの離脱の場合、想定元本ベースで最大41兆ポンド
   (約6000兆円)のデリバティブが不安定な状態におかれると警告。

  ーIMFは合意なき離脱の場合、それは企業や経済に多大な損害を与え得ると警告。
   そのコストは国民生産の1~2%に及び、英国経済や財政運営に大きな障碍となる。


Ⅷ.  May首相のBrexit新協定案

 1. メイ首相のBrexit新協定案

○新協定案の骨子
ー新協定案は2018.11.14に公表された。協定案は585pにおよぶ文書で離脱協定案、市民の権利、北アイルランド問題など広範な課題を網羅している。
ーその要点は、英国はすべての財政的責任を果たし、離脱の結果、EU加盟国の負担が増えること
 のないようにする。英国は、400兆ないし450兆ユーロの負債を完済し、英国在住のEU市民に
 充分な権利を保障する。
ー2020年末までで合意された「移行期間」はEUと英国双方の合意で延長することができる。
ー北アイルランド問題(30job):北アイルランドへのbackstop(安全策)は英国全土がEUの
 関税同盟に残留することで保証される。これは、メイ首相のred lineであるアイルランド海峡
 や国境で税関審査をしないことを保証する。
ー北アイルランドに、どれだけ自由に商品がEU域内を流通できるかを規定するEU非関税規約が
 適用されても、英国はもっと基本的な非関税方式を北アイルランドに提供する。それによって
 関税、数量制限、原産地規則などは英国とEUの通商で適用不要になる。
ー公平なビジネス機会を保証するため、英国はEUの競争法などのルール、EU労働法、環境規制
 そして税制を遵守する。
ー英国とEUは共同委員会を設置し、アイルランド国境とその安全策の修正や廃止を決定する。
 これは双方が互いの誠意ある対応を保証するためのものである。 

ー労働党のCorbyn党首は、この案はまだ ”生焼け”と批判したが、一方、これを批判する
 保守党の強硬離脱派は自らの首を絞める結果になる。英国の最優先課題は「合意なき離脱」
 を回避することではないか、とFinancial Timesは論評(2018.11.15)

○ラーブ離脱相の内閣離脱
ーメイ首相のこの新協定案が公表されると、Dominic Raab 離脱担当相が辞任を宣言。
 彼は、メイ首相の案は、英国の誠実さへの脅威であり、保守党の公約違反であり、国民
 の信頼を裏切るもの、と辞任の理由を述べた。
ー彼の辞任につづいてEsther McVey労働・年金相が、首相は国民投票の結果を尊重していない
 として辞任。さらにSuella Barverman離脱担当副大臣、またShailesh Vara北アイルランド
 担当相も相ついで辞任した。
ーRaab離脱相の辞任は、パンドラの箱を開けたかも、メイ政権の終わりの始まりか、とも言わ
 れる。

○メイ首相の方針。
ーメイ首相は、この新提案をひっさげて、たとえ保守党が激動してもやり抜く覚悟。メイ首相は
 今後の方針について以下のように主張。
  ー11.25の緊急EU首脳会議で、離脱協定案とともに正式決定したい。 
  すでに585Pにおよぶ英EUは政治レベルでは合意済み。26p政治宣言案でも
  合意したので、11.25に向けて前進。
 ーモノの貿易で、野心的な自由貿易圏創造。サービス貿易でもWTOをはるかに上回る自由化
  を目指す。
 ー金融サービスは「同等性評価」の仕組みを相互に導入。
  (英金融機関はEUが金融規制を同等と認められればEU域内で営業可能)。
 ー20年末の移行期間については「最大1~2年」の延長が認められる。
  (なお、これまで延長は一回限りで合意があったが、いつまでの延長するかは未決定だった)
 

Ⅸ.  今後の展開

○各界の反応
ー強硬離脱派はメイ首相の新協定案に強く反発している。メイ首相不信任案を画策する動きも
 あるが、不信任投票を求める書簡を保守党に提出したリースモグ議員は「自身は首相に就任
 するつもりはない」としている。また、Boris Johnson議員は「協定案をなげすてよ」など
 舌鋒は鋭いが、代替策や自身の首相就任の意思は明言していない。

ーメイ内閣には、強硬離脱派に近い立場のMichael Gove環境相など数人が、新協定案の
 修正案をつくる動きがある。

一方、EU当局は、新協定案の再交渉に応ずることはないとの立場だ。EU加盟国の中には、この
 協定案の作成についてBarnier交渉官が譲歩しすぎたとする批判もあり、EUはこれ以上譲歩は
 できないのが実情。

ービジネス界はメイ首相の新提案を一応歓迎しているが、全面的に賛成という訳ではない。
 新協定案は、サービス業で英国が独自性を持つことを強調しているが、金融サービスに
 ついては、equivalence ruleが明記されており、英国の金融規制がEUと同等と評価された
 場合にのみEU内での営業が認められる。EUは金融規制が英国より厳しいので、金融産業
 をめぐる環境はこれまでより厳しくなることへの懸念がある。
 また、政界の混乱・激動を懸念して、万が一に備えた用意は怠らないとしている。

ーメディアは、新協定案が、大部の文章の割には具体性が乏しく、EUにたいする譲歩と妥協
 が多いとして厳しい評価が多い。交渉のし直しか、合意なき離脱の方が望ましいという声
 もある。

ーアイルランド共和国は、hard border(厳格な国境管理)を避けるback stop(安全策すなわち
 当面英国全土が関税同盟に残留することで、これまでの現状を維持する)を確保するよう
 強く要請。

ー一方、北アイルランドのDUPの幹部は「議員の選択は、英国全体のために立ち上がるか
 EUの属国となるために賛同するか」と協定案を批判。協定案は将来の通商関係の内容
 が決定されるまで英国全体をEUの関税同盟に残す」として北アイルランドに配慮した
 内容だが、それでも北アイルランドだけに物品基準などEUの規制が残る内容に、DUP
 は「英本土から分断される」と強く反発。ちなみにDUPは頑迷なプロテスタント信者の政党
 で筋金入りのEurosceptic(欧州嫌い)である。

ー英メディアには、DUPと保守党強硬離脱派10人が反対して協定案は否決されるという
 観測もある。保守党は下院(650議席)で議長を除き315議席しかないので、協定案を
 承認するには10議席のDUPの協力が欠かせない。

○今後の展開
ーメイ首相に対する不信任投票で不信任が否決されれば、メイ政権は維持されるが、
 可決されると、首相選出の選挙になる。
ー12月の下院議会で新協定案が可決されれば、秩序あるBrexitに進む。
 否決されると1. 合意なき離脱、2. 再交渉、3. 再国民投票のいずれかになる可能性。
ー労働党から内閣不信任案が提出される可能性もある。
 不信任案が否決されればメイ内閣は継続。
 可決されると、メイ内閣は退陣。新たに総選挙になる可能性がある。

○11月25日、Brusselsの緊急首脳会議で正式決定
ー2018年11月25日、BrusselsでEU緊急首脳会議が開催され、メイ首相が提出したEU離脱新協定
 案は正式に承認された。これでBrexitの進捗は、しばらく前まで懸念された2018年末ギリギリ
 というタイミングより1ヶ月早まり、EU加盟各国議会での協定承認の手続きの時間に余裕が
 生まれる。しかし、英国内では、野党労働党が新協定案に反対するだけでなく多くの与党議員
 やメイ内閣に閣外協力をしてきた北アイルランドのDUPが反対に回る可能性があり、協定案が
 英国議会(下院)で承認されるかどうか、予断を許さない。否決されれば、合意なき離脱か、
 交渉のはじめからのやり直しか、場合によっては再国民投票が、現実の選択肢として浮上
 する。BrusselsでEU側との正式決定を確保したメイ首相の次の難問は議会をいかに説得する
 かになる。
 
ーBrexitの展望には、まだこのような大きな不確実性があり、年末にかけて正念場がつづく。


Ⅹ.   Brexitの意味するもの
 1. 国民投票選択の失敗
 ー2016年6月の国民投票の実施は、世界史にも記憶される最悪の政治判断だったというほかは
  ない。David Cameron首相は2013年当時から保守党内の亀裂や英国独立党などの急激な台頭
  に悩まされ、1975年、Wilson首相(労働党首)がEC残留をめぐって国民投票を実施し、世論
  の集約に成功した体験をおそらく参考にして、2015年保守党が総選挙で過半数を得た機械に
  EUに残留するか離脱するかの設問で国民投票を実施した。結果は僅差で離脱となった。

 ー選挙結果を分析すると、情報を持った大都市市民や若い国民は残留、地方の低学歴、熟年層
  は離脱を選択したことが明白だ。メディアで情報に接している人々は、EUを離脱することが
  経済的には大きなマイナスになることを知っていたので、当然、残留が多数と信じて投票に
  行かなかった人が多かったという。

 ー議会制民主主義の英国では、国家の正式な決定は議会でなされるので、制度的には国民投票
  は参考意見に過ぎない。実際、英国の高等法院は国民投票の法的拘束力についてそのような
  判断をくだしている。しかし、メイ首相は、国民投票の結果は、政治的に尊重すべきとして
  Brexitを政治方針として採択した。それは政治決定として理解されるが、これが、その後の
  すべての混乱の元になった。

 ーEU当局とのやりとりを通じて、Brexitの道程は容易ではなく、また膨大な経済的負担もしく
  は損失につながることが明らかになるにつれて、国民投票のやり直しを主張する人々が増え
  たが、法的議論はともかく政治の信義として国民投票の重さはもはや否定できなかった。
 
 2. Brexitに共底する世界の構造変化
 ー2016年6月のBrexitの選択は、その後の世界の多くの地殻変動現象の先がけとなった。たとえ
  ば2016年11月のトランプ氏の大統領当選がある。彼はナショナリズムと排外主義を強弁して
  はばからない異形な人物で、戦後70年間の世界史では考えられない政治家である。その後も
  欧州各地でそうした政治家や政治潮流の台頭が相次いでいる。その根底には、情報化が進み
  グローバル化が進み、世界規模での競争の激化で取り残された人々の不満と怒りの鬱積が
  ある。トランプ氏の登場は、彼個人の問題ではなく、トランプ現象とでも形容すべき現代
  経済社会構造の地殻変動の発現とみるべきだろう。
 
 ーEUは、二度の大戦の戦場となって莫大な犠牲を払った欧州の先覚者達が二度とこのような
  過ちを繰り返さないために、狭隘な国益を超えて、近代を超えるポストモダーンな超国家の
  政治組織として構想し、高い理想と強い決意と莫大な労苦を経て構築してきたいわば理想の
  超国家である。しかし、グローバル競争に取り残されたと考える人々にとっては、理想より
  も競争の脅威、とりわけ移民による身近な競争が耐え難い脅威に映るのであろう。Brexitは
  そうした世界史的な地殻変動の一つの発現形態と見ることもできる。

 3. メイ首相の奮闘と英国政治の堕落
 ーTheresa May氏は、Brexit問題については、残留派だった。しかし国民投票後の政治混乱の
  中で、本文で詳述したように、彼女は消去法で首相の重責を担うことになった。彼女は裕福 
  でも社会的に恵まれた家庭環境で育った人ではない。苦労して国会議員になった刻苦勉励の
  人である。しかし一旦、首相になったからには、国民投票の結果を彼女なりに重視して全力
  でBrexitを実現しようと苦闘してきた。言うなれば、彼女は責任感と使命感の塊のような
  人物である。

 ー彼女の苦闘は、本文を読んで戴ければ容易に理解されると思うが、EU27加盟国という巨大
  な集団を代表するMichel Barnier首席交渉官に象徴されるEU官僚機構とその集団を構成する
  27ヶ国の首脳との闘いはいうまでもないが、それ以上に、与党保守党の強硬離脱派といわれ
  るBoris Johnson, Michael Goveらの人々の内輪の反乱が彼女を背面からたえず危機にさらす
  ことになった。

 ーMacronフランス大統領は彼らが現実を軽視する嘘つきと表現している。敢えてつけ加えるな
  ら彼らの多くは信義を重んじない裏切り者と言わざるを得ない。彼らの裏切りのために多く
  の混乱が生まれ、英国、欧州そして英国と通商関係の深い日本など関係諸国は英国の政治 
  過程の理のない混乱と不確実性から多大な被害を被ってきた。英国はかつて民主主義の模範
  と目された時代があったが、Brexitに見られる英国の政治の劣化はまさに目を覆うばかりだ。

 ーまた、野党の労働党は今、左翼扇動家のCorbyn党首が率いているが、彼は国民投票時に残留
  を唱えたが全く行動をせず離脱派の勝利に結果として貢献した。2017年6月の総選挙では予
  算の裏付けのない無責任な政策を若者向けにアピール。彼は極端なユダヤ排斥主義者で国際
  社会で問題視されており、また労働党の影の内閣では、鉄道の再国有化など時代錯誤の政策
  綱領を唱えている。この労働党は、2017年6月の総選挙で大勝しているだけに、離脱協定案
  の下院否決や合意なき離脱の混乱の中で、保守党の内部分裂があれば、政権党として浮上
  する危険もある。

 ーメイ首相は、2017年6月、総選挙という賭けに出た。そして大敗を喫した。政権を維持する
  ために北アイルランドの地域政党DUP(民主統一党)の閣外協力を懇請したが、これが
  政権を困難な罠に陥れることになった。アイルランド国境問題は本文で詳述したので省略
  するが、2018年12月の下院議会で、離脱協定案を葬る鍵は実はDUPが握っている。彼ら
  は頑迷なプロテスタント信者だが、積年のアイルランド闘争の怨念で、深層では英国に
  悪意を抱いているようだ。メイ首相はこうした手強い人々を相手に、持病の糖尿病
  を抱えて、毎日インシュリンを打ちながら孤軍奮闘しているという。

 4. 合意なき離脱の打撃
 ー2016年後半から英国は政治とりわけ与党内の意見分裂の混乱で貴重な時間を浪費したため、
  Brexitプロセスの遅れを懸念したEU当局は、メイ首相が宣言した2019年3月末の離脱期日の
  後で、1年9ヶ月の「移行期間」を設定して秩序あるBrexitの実現を期待した。また、2018年
  11月25日にEU当局とメイ政権の間で正式決定された離脱協定案では、両者が合意すれば、
  「移行期間」をさらに一年程度延長することもあり得ると明記された。

 ー移行期間を利用して、秩序ある離脱をするのが、合意ある離脱だが、英国議会が協定案を
  否決するようなことがあれば、英国は合意がないまま離脱の海に漂流する恐れがある。
  その場合には、上記の「移行期間」も適用されないことになる。すなわち、2019年3月末
  をもって突然、英国もEUも互いに第三国を相手にするのと同様の高い関税や数量規制や
  国境審査やヒト、モノ、カネ、サービスの制限措置などに直面することになる。

 ービジネスなどの組織は常にできるだけの確実な情報を元に意思決定をするが、合意なき
  離脱は、事前の準備ができない状況の中で、諸条件の激変に直面するので、産業活動は
  不確実性の衝撃の下で莫大の損害を被ることになる。

 5. Brexitの英国、欧州、世界への経済的impact
 ー一方、合意の下での秩序ある離脱は互いにできるだけの準備ができるから、合意なき離脱に
  よる以上のような衝撃は、回避あるいは少なくできるが、Brexitそのものは、英国、欧州
  そして英国と通商関係のある世界諸国にとって大きな経済的損失をもたらすことは避けがたい。
 ーそれはEUがこれまで提供してきた、EU内でのヒト、モノ、カネ、サービスの自由な移動が
  英国との間で、ある程度制限されることになるからである。IMFをはじめ多くの関係機関や
  調査研究機関は、Brexitが英国や欧州そして世界経済に数%から1%程度のGDP減少をもた
  らす可能性があると試算している。Brexitは政治が人為的に世界にもたらす最悪の災禍
  である。しかし、Brexitは何らかの形て実現されると思料されるので、私たちはまたも
  世界のこの不幸な現実に立ち向かっていかねばならない。

Brexit の経緯と課題(2)

Ⅲ.   通商協議開始と移行期間の設定

 1. 通商協議入りの停滞
  ○入り口の停滞
  ー2017年末、つまり国民投票から1年半かかってようやく離脱の三条件についてまがりなり
   にも暫定合意が得られ、Brexit本丸の離脱後の英国とEUの通商関係についての交渉が開始
   される段階になったが、それがなかなか進まない。

  ー離脱条件の一つとして基本合意されたはずの「清算金」についてEUから上積み要求が出
   出され、また2017年7月に予定された第二回交渉を前にしてメイ首相は、7.17. EU離脱を
   めぐり、移民制限や司法権の独立など英国の権利回復を優先すること、また単一市場から
   完全に離脱すると表明。2016.6の国民投票の民意を尊重するとして、強硬離脱路線を強調。

  ー7月20日に開催された第二回交渉では、「清算金」に関する英国とEUの溝が埋まらず、
   通商協議に入れるか展望開けず。英与党保守党内の議論もまとまらず、英国の交渉姿勢
   不確定。総選挙に大敗したメイ政権の求心力が著しく低下し、政治が動揺する中で、
   産業界には、英国とEUの交渉がまとまらず合意なき離脱という最悪のシナリオも
   あり得るのではないか、との懸念↑。

  ○メイ首相の来日
  ー2017年8月末、メイ首相が初来日。彼女は30社ほどの英企業幹部を引き連れての来日。
   Brexitで英国に直接投資している日本企業のつなぎとめ、とさらなる対英投資の勧誘
   を意図。その際、日本とのFTAも提案。これは彼女が主張しているGenuin Global
   Britainの手がかりの模索?日本はすでにEUとFTA交渉が大詰めにかかっているので
   行方の判然としないBrexitを抱えた英国に不用意に言質を与えるわけにはいかない、
   という消極姿勢の終始。

  ーちなみに、メイ首相が京都から東京に向かう前日、私はBBC世界TV放送で、メイ首相
   についてのコメントを求められた。「メイ首相のFTA提案に対して日本は消極的
   だが・・」とういう質問。私は「日本とEUとのFTA交渉の手前、日本政府として慎重
   にならざるを得ない。しかし日本人は英国を評価して応援しているので、頑張れ!」
   とメイ首相にエールを送った。

  ー2017.10、EU離脱第5回交渉。英国の政権内部で意見錯綜。「清算金」問題で停滞。
   通商協議への展望もてず。離脱交渉に残された時間が少なくなる中で、関係企業は
   英・EUの交渉決裂に備える動き↑。

 2.  移行措置の検討
 ー交渉がとりわけメイ首相の求心力の低下と保守党の内部混乱で停滞している一方、
  交渉の課題は膨大なので、EUは早くも暫定措置として「移行期間」設定の提案。
  EUと英国は、「移行期間」について2018年3月合意をめざす。しかし離脱の
  激変緩和措置としての「移行期間」については、延長の余地や各種権利の保持
  で溝が多く、交渉は綱渡り。

 ー2018.3.2. メイ首相はロンドンで演説。英国はEUと世界一緊密なFTAを結ぶ。
  英国は独自に規制を定める権限を取り戻す一方、製造業については無関税など
  の恩恵は維持したいと主張。May首相の見解にたいしてEU側は「いいとこ取り」
  と反発↑。FTA交渉が円滑に進むか予断を許さない。EUと合意が得られなければ
  2019年3月末の無秩序離脱のリスクも残る。

 ー英国とEUは、移行期間をめぐり暫定合意。2020年末まで1年9ヶ月の延長。
  2018.3.22開幕のEU首脳会議で、英離脱の「移行期間を2020年末までと設定し暫定合意。
  移行期間中の単一市場残留問題について4月から準備協議を開始することで暫定合意。
  しかし、アイルランド問題は複雑で、本格協議は先送り。なお英国はTPP参加の可能性を
  排除しないとした。

  3.  通商協議開始
 ー2018.3末でようやく本丸の通商協議に入るメドが立った。これからは時間との闘いとなる。
 ー2018.5. 金融の扱い焦点。BoE(イングランド銀行)は独立性、独自ルール設定を望む。
  Treasury(財務省)はCityの現状維持で税収を望む。EUは妥協案としてequivalence rule
  (同等原則)を提案。しかしEUのequivalence ruleは規制色が強い。英金融関係者は、City
  は競争力があるので、EUの統制志向は回避し、できるだけ自律性独自ルール設定力)を維持
  することが望ましい、との立場。

 ーこの点に関し、上述した私とCity of Londonの金融関係者が、「Cityは、英国のEU離脱で
  EUの単一市場や関税同盟のメリットを受けられなくなったとしても、これまでの世界最大
  の取引実績、技術・制度インフラ、そして何よりも金融人材の厚い蓄積があるので、それほど
  大きなダメージは受けないでやって行けると思う」と静かな自信を見せていたのが、印象に
  残る。


Ⅳ.   アイルランド国境問題
アイルランド国境問題とは何か
○北アイルランドとアイルランド共和国の国境
ーBrexitで最大の難関となったのが、アイルランド国境問題である。それは何か?そしてそれが
 なぜBrexitの最大の難関となるのか?

ーアイルランド国境問題とは、アイルランド島の北部にある英領北アイルランドと南部を占める
 アイルランド共和国の間の国境である。

ー英国の国民投票の結果としてBrexitの方針が採択されるまでは、英国本土も北アイルランドも
 アイルランド共和国も皆、EUの加盟国ないし加盟地域だったので、国境問題はなかった。
 EUは単一市場と関税同盟を採用しており、EU加盟国や地域の間では、ヒト、モノ、カネおよび
 サービスの流れは全く自由で、入国審査や関税検査などはなかったからである。

ーところが、Brexitが実現すると、北アイルランドと英国本土はEU非加盟となるので、北アイ
 ルランドとアイルランド共和国の間の約500kmにわたる国境では、ヒト、モノ、カネの移動
 についてチェックが必要になる。

○メイ政権のアキレス腱
ー単独では下院で過半数を確保できないメイ政権率いる保守党は、北アイルランドの地域政党
 DUP(民主統一党)の閣外協力でようやく過半数を維持している。このDUPは、2016年6月
 の英国の国民投票の際に、北アイルランドが全体として「残留」が多数だったのに、「離脱」
 を掲げ、また、厳格な国境管理には絶対反対の立場で、事実上国境管理のない国境のあり方
 を実現・維持することをメイ内閣への閣外協力の条件とした。

ー英国がEUを離脱、すなわち関税同盟を離脱すると、必然的に国境管理は英国のEU加盟以前の
 ように復活せざるを得ない。しかし、復活が不可避となれば、DUPは閣外協力から脱退し、
 そうなればメイ政権は崩壊する。それを避けるには、英国はEU非加盟国としてDUPの要求
 する事実上国境管理のない国境のあり方を実現するという難問を解決せねばならない。その
 現実的な具体策がこれまで(2018年11月)英国から示されてこなかったために、交渉は
 膠着状態で遅々として進まない。これがアイルランド国境問題がBrexitの最大の難関と
 なっている所以である。

 2. アイルランド国境の歴史的背景
 ○17世紀から20世紀初頭まで
  ー1600年代半ばに、イングランドの宗教改革後の混乱を受け、清教徒革命が起きて
   クロムウェルが政権を取ると、カトリックの巣窟だったアイルランドに侵攻して
   カトリック教徒の大虐殺が起こり、宗教戦争の様相。
  ーその後の名誉革命(1688年)の際にも、宗教が絡んで、オレンヂ公ウィリアムによる
   アイルランド遠征が行われ、イングランドが完勝してアイルランドは完全に植民地化。
  ーその後もアイルランドの対英反乱が繰り返され、手を焼いたイングランドは、徐々に
   アイルランド議会の権限拡大を認めるなど、現地プロテスタントを通じた支配を行っていく  
   が、差別された被支配カトリック教徒を服従させることはできなかった。

  ーところがフランス革命からナポレオン戦争に至る過程で、カトリック教徒たちは、
   フランスに触発されて第反乱を起こし、さらにはナポレオンと軍事的に提携する動きを
   見せたことから、イングランドは、アイルランド議会を通じて、1800年には連合法を
   成立させ、翌年アイルランド併合に踏み切った。その結果、グレートブリテン連合王国
   はグレートブリテン&アイルランド連合王国になった。

  ーしかしアイルランドでは、人口でプロテスタントを大きく上回るカトリック勢力が
   反乱やカトリック差別の解消を求める大デモなどを通じ、徐々に英国議会内における
   政治勢力を伸ばし、20世紀に入ると自治に向かっていた。

  ○第一次大戦から北アイルランド紛争まで
  ーところがそれが実現されようとする矢先に第一次大戦が勃発して実現が遅れた。
   これを不満とした強硬派が、大戦に追われる英国の隙をついて、英国からの完全な
   独立を訴えて武装蜂起。その反乱は英国軍の武力で鎮圧されたものの、1918年の
   選挙で勝利した独立派は1919年1月には再び武装蜂起してアイルランド共和国の成立  
   を宣言。アイルランド独立戦闘に突き進んだ。

  ーこの独立戦争はおよそ1.5年にわたって続き、1921年12月にようやく休戦協定が
  成立。そして大英帝国とアイルランド共和国暫定政府の間で条約が結ばれ、アイルランド
  に英連邦内の自治領として「アイルランド自由国」の建国が許された。

 ーその際、プロテスタントの多いアイルランドの北部6州は大英帝国に留まることを選択。
  カトリックの多い南部の26州はアイルランド自由国に加わることを選択。その結果、
  アイルランドは北部6州からなる北アイルランドと南部26州からなる「アイルランド自由国」
  に分断。

 ーアイルランド自由国は、1922年に英国国王の名のもとに正式に発足したが、国内では
  異論が渦巻いていた。その不完全な分断状態が、再びプロテスタント対カトリックの争い 
  と結びついて激しい内戦になった。内戦は1922年から約1年続き、多くの犠牲者が出た。
 ーその後も、北アイルランドでは、英国のプロテスタント支配から脱して、南北アイルランド
  の統一を求める人々が半数近くを占めた。アイルランド自由国は1937年に英連邦から離脱
  したが、南北分断への不満はくすぶり続け、1960年代になると、北アイルランド内での
  カトリック差別への不満が武力闘争に転化し、3000人を超す死者を出す北アイルランド紛争
  が起こる。

○Good Friday Agreement(ベルファスト合意)
 ーその紛争解決に向けた長い和平プロセスを経てやっと「聖金曜日合意(ベルファスト合意)
  が結ばれたのが1998年4月。この和平合意によってアイルランドは国民投票によって憲法を
  改正し、北アイルランド6州の領有権主張を放棄した。

 ーその和平合意が実施され、やっと北アイルランドの自治政府が成立したのは2007年。
  そこでは統合派(プロテスタント)と民族派(カトリック)の両方の政党が代表を
  出しており、現在も微妙なバランスを維持している。

 ーしかし和平プロセスは英国やEUの経済支援もあって機能しており、孤立した和平反対
  の単発的なテロはあるが、政治問題としての北アイルランド紛争は決着している。

 ーEUは和平合意をサポートする目的で毎年数百億円相当の予算をアイルランド向けに支出
  している。(このEUの資金援助も北アイルランドが残留を支持した理由の一つ)。
  こうした歴史背景のもと、今回の国民投票では、北アイルランドは、離脱反対が55.8%
  を占めた。

 ー紛争中は治安当局がチェックしていた南北アイルランド国境は、和平の一環として自由に
  往来できるようになったが、英国が離脱したら、それが制限されかねない。さらに英国が
  離脱すると、南はEU,北は非EUということになり、関税問題も。またEUに残るアイルランド
  では、これまで通り、EU諸国から自由に移民がやってくる。その移民たちが理屈続きの北
  アイルランドに入ってくるのを国境管理なしで止められるかという差し迫った問題がある。

 ーまた離脱後、北アイルランドはEUから開発支援を失うので、経済水準向上という和平
  プロセスへの支持基盤を維持するため、これに代わる経済支援を英国が見つけなければ、
  という難問もある。

 ーアイルランド国境での「厳格な国境管理」に反対する北アイルランド人の心情を、ある
  政府高官は率直に語っている(日経2018.10.22)。「厳格な国境管理の復活は政治的、感情
  的に受け入れられない。北アイルランド紛争では3000人以上の犠牲者が出た。国境の復活が
  すぐ紛争とはならなくても国境警備官への攻撃などはありうる。経済も重要だ。英国は
  アイルランドにとって最大の輸出先。北と共和国の間では数千の中小企業がビジネスが
  行われ、ヒト、モノ、カネが行き交っている。合意なき離脱と国境復活のどちらを選ぶか
  は飢饉か疫病かを選択しろということだ。」
 
○メイ政権の提案、EUの代案、英国の与野党の見解
 ーBrexit実行後、英国はこのアイルランド国境で、厳格な国境管理のない国境という稀有の
  状態を実現しなくてはならない。EUは英国の直面するアイルランド国境問題という難問
  について「厳格な管理のない国境(no hard border)」を実現するという原則で英国と
  合意している。

 ー問題は、それをどのような形でいかに具体的かつ現実的に実現するかである。
 ーメイ政権は、後述するように2018年7月はじめに発表した政府白書(通称Chequer’s Plan)
      で、厳格な国境管理を回避する具体策としてITの先端技術を駆使して、関税事務所や関税
  手続きの目に見える作業なしで、事実上、関税業務を実現させる新しい入国審査や関税業務
  のあり方を提案した。しかし、これはこれまでには世界のどこでも実施されていない未踏の
  空想的な技術であり、現実性・具体性がないとしてEU首脳から全く評価されなかった。

 ーEU当局は、メイ政権が具体案を示せずに時間が浪費されることにしびれを切らし、2020
  年末までの「移行期間」については、北アイルランドだけを関税同盟に残すという案を
  提示したが、これに対しては、メイ首相が、それは英国を分断するに等しいので、全く
  認められない、と拒否した。

 ー具体的な解決策が見つからずに窮地に追い込まれたメイ首相は、2018年11月になって、
  英国の分断を回避し、かつ厳格な国境管理をしないで済む方策として、北アイルランドを含む
  英国全土をしばらくの間(当面は「移行期間」)、関税同盟に残すという対案を提案した。

 ー関税同盟に当面残留することについて、英国労働党は肯定的な反応を示したが、メイ政権内
  および与党保守党の強硬離脱派は激しく反発している。離脱後の英国が当面(明確な期限は
  未定)関税同盟に残留することは、その間、英国はEUの諸規則の制約を受けることになり、
  EUからの国家主権の完全回復を求めて選択された国民投票の趣旨に完全に反するという理由
  である。


Ⅴ.  Chequer’s plan、離脱相と外相の辞任

Chequer's plan
○Chequer’s Plan(メイ政権離脱白書)の公表
ー2018年7月はじめ、メイ首相は、離脱後のEUとの通商関係に関する英国政府(メイ政権)
  の基本方針を取りまとめた。これは98pにおよぶ文書で、将来の通商関係に関するメイ政権
  の方針を体系的に記述している。メイ首相は、彼女の別荘Chequer's Houseに内閣の関係
  閣僚を招いてこの案を提示・説明したことから、この文書は「白書」もしくはChequer's
  planと通称されることになった。

ーBrexitの交渉は、離脱の方法などを規定する「離脱協定案」と離脱後の通商協定
 など将来の英EU関係の大枠を提示する「政治宣言」に大別される。Chequer’s planは
 後者に当たる。

○白書の概要
ーその内容は、基調としてEUと特権的な関係(privileged link)を保持することを謳っている。
 英国はモノについての自由貿易域(free trade area)を維持し、アイルランド国境を含め国境の
 すべてにおいていかなる摩擦も回避するよう精緻に構築された仕組みによってEUの関税同盟の
 メリットを享受する。しかし、英国のGDPの80%を産出するサービスについては英国とEUとの
 間により緩やかな関係を提案。すなわちサービスについては英国は自律的にルールを設定でき
 る自由度を確保する、という趣旨。

ーモノの自由貿易地域では、アイルランド国境も含めてEUの関税同盟のメリットを享受し、国境
 のすべてにおいていかなる摩擦も回避するように精緻に構築された仕組みを活用する、として
 いるが、その焦点がアイルランド国境にあることは明らか。これまで繰り返し述べてきたよう
 に、この問題については、北アイルランドのDUPから国境管理のない国境を実現するよう厳し
 い注文がつけられている。この要請に答えるため、当初は、500kmの国境でなく、港あるいは
 海上でフェリーの上で税関業務をするという案も検討された模様。それはEU地域向けの商品
 の関税徴収を英国の税関が輸入側のEU加盟国側の税関に代わって行うことになるため、EU当局
 から主権にかかわる問題として棄却された。

○厳格な国境管理を避ける夢の技術
ーそうした試行錯誤の結果、Chequer’s Planでは、最先端のITを駆使した目に見えない方法で
 事実上の税関業務を行うという夢物語が語られている。具体案はつまびらかでないが、例えば
 貿易商品にICチップを埋め込んで、税関吏の現場での作業なしに、関税審査などが実行される
 といった未来志向の構想のようだ。しかし、このような技術はこれまで世界のどこでも実用
 されたことがなく、近い将来に実現する保証もないので、EU首脳からは問題外と批判された。

ーメイ首相はこれまで、離脱後には関税同盟を脱退するとの方針を掲げてきた。EUはそれなら
 FTA が唯一の選択肢と主張。しかしFTAなら原則として税関手続きの復活が不可避となる。
 またEUへの輸出品が英国製であることを証明する原産地規則も適用される。

○白書の特質
ー今回のChequer’s Planでの英国提案の自由貿易圏は「関税ゼロで税関手続きも不要」という
 現状の恩恵を享受しようというもので、英国にとってかなり都合の良いことを書き並べている
 が、メイ首相がホンの半年前まで主張していた強硬離脱路線からは大きく転換し、穏健離脱(soft Brexit)にむけて舵を切ったことは明らか。

ーまた、英国GDPの8割を占めるサービス(金融が大きい)については、英国は自律的に独自の
 ルールを設定する権能を保持するという原則論を掲げている。すなわちサービスについては
 独自色を強調しているが、詳細かつ具体的な言及はない。

ー一方、離脱後もEUからビザなし短期観光・ビジネスを容認し、企業間異動や高度人材、留学生
 受け入れを促進するとしている反面、移民の受け入れについては制限するという基本的立場を
 主張している。

2.  白書への批判:EU当局と英国強硬離脱派
○EU当局者の批判
ーこれにたいし、EU当局者は、英は「いいとこ取り」と警戒。EUの首席交渉官(chief
  negotiator)であるMichel Banier氏は、英国はモノの取引だけで単一市場型のメリットを享受
 して、サービスやヒトの移動の分野をそうした扱いから除外することは許されないと警告し、        英とEUがあたかも合同の関税領域にいるような状況つくるIT技術の実現性についても疑問を
 呈した。

○英国強硬離脱派の批判
ー一方、白書の提案は、英国が離脱後もEUルールに縛られることを意味する。離脱後は英国はEU
  ルールの作成や変更に関与できないため、一方的な順守迫られることになる。EU離脱で国家
  主権を取り戻すことを訴えてきた強硬離脱派から見るとメイ首相の提案は譲れない一線を
  超えた?

3.  離脱相と外相の辞任
○離脱相と外相の辞任
ーそして破壊的な事態が起きた。7.6のChequer’s Houseでの閣議で、メイ首相穏健離脱方針に
 閣議全閣僚が同意したが、7.8夜、Davis離脱担当相が辞任。同氏は2016年7月から離脱担当相
 として交渉に当たってきたが、M首相の穏健離脱方針に反発した。さらに、デービス離脱担当相
 につづき、D担当相辞任発表の15時間後、ジョンソン外相が7.9辞任した。

ー両氏の辞任の引き金は、離脱後のEUとの経済関係の交渉方針を決めた7.6の特別会議。
 M首相は10時間を超えるマラソン閣議で、EUとの自由貿易圏創設、工業製品の規格・基準の
 EU との共通化を提案。強硬派からは関税同盟に残るとEUに譲歩を迫られやすい弱い立場に
 なるとして批判。ジョンソン氏ら強硬離脱派はEUの単一市場から撤退し、他国と自由貿易を
 拡大すべしと主張。

○メイ首相不信任の動きも
ー保守党の規定では、党議員の15%(48人)の同意で、不信任投票が開始できる。メイ内閣は
 危機的状況に陥った。


Ⅵ.  Saltzburg9月臨時EU首脳会議、Brussel10月EU首脳会議

SaltzburgEU臨時首脳会議
○Saltzburgでの臨時EU首脳会議の開催
ー2018,9.20〜21にかけてSaltzburgでEUの臨時首脳会議が開かれた。EUは英国に対して
 アイルランド国境問題の具体的な解決策をはじめ、離脱後の通商関係をついての
   workable(実装可能)な構想を提示するよう宿題を出していた。Chequer’s Planはメイ
 政権のそれへの回答という位置付けだったが、その白書が公表されると、EUの首席
 交渉官Michel Barnier氏はじめ多くの関係者から厳しい批判が寄せられた。

ーEU当局は、問題の重大性に鑑み、2018年10月の定例首脳会議の一ヶ月前に、臨時の
 EU首脳会議を開催し、メイ首相を招いて、より率直に英国案について、EU加盟国首脳
 の意見を伝え、改善を求めようとしたものと思われる。

ーEU首脳は、メイ首相が登場する前にすでに意見を述べ合い、メイ首相が登場した時には
 あたかも待ち構え得て批判・攻撃するような形になった。

ー首脳の発言のいくつかを紹介しよう。フランスのBruno Le Maire蔵相は、Chequer’s planは
   欧州の基本信条を掘り崩すもので、これを認めることは欧州の終焉を意味する。英国はEUを
 離脱するが単一市場のメリットはすべて享受するというのではそれは欧州主義の否定だ。
 マクロン大統領は、2016年の離脱派の勝利は、容易な解決策しか考えない嘘つきの人々が
 仕組んだものと批判し、Brexitはコストと帰結を伴うことを知るべきだ、と強調。
 デンマーク、ベルギー、オランダなど英国と密接な通商関係を持つ国々からは、英国の
 このような「いいとこ取り」が許されるなら、我々の国は地盤沈下してしまう。

 ーDonald Tusk EU委員長は、「Chequer’s Planは”いいとこ取り”で、具体的な提案が
  なく、その主張はEUの単一市場の仕組みを崩すものだ」と批判し、10月の定例EU
  首脳会議までに4週間あるから、それまでにより良い案を提示してもらいたい」と
  要望した。

 ー総攻撃を受けたメイ首相は、かなり激昂して「Donald Tuskは、我々の提案は機能
  しない。それはEUの単一市場を掘り崩すものだ、と非難したが、彼はそれがどのように
  掘り崩すのか、その理由も具体的説明もない。そして対案も示さない。Brexit交渉の
  全過程をつうじて、私は常にEUに敬意を払ってきた。貴方方も英国に対して少しは
  敬意を払うべきではないか」と論駁。

 ーSatzburgの顛末を伝えた報道機関は、このサミットの意味するところは、これは
  論理の対決というより力の対決であり、力で勝るEUが英国提案を”いいとこ取り”
  として批判し拒絶したということ(Financial Times, 2018.9.22.) また、英国政府
  は自らの力を過信して、失敗した。これは正義の有無ではなく力の有無が左右した
  場面だった、と論評。

 ー結局、定例の10月18.19のEU首脳会議での最終決着は事実上断念され、懸案は
  11/17〜18の臨時首脳会議に持ち越されることになった。

2. 英国保守党大会
 ○メイ首相、保守党大会乗り切り
 ー018.10.3.保守党大会が開催。大会では、メイ首相が閉幕前に演説。持論の主張を繰り返した
  が、力がこもっており、大会の空気を主導。「「必要なら無秩序離脱も恐れない!」と自ら
  の離脱方針を維持する立場を強調、迫力あり。Boris Johnson氏らも演説したが、具体的内容
  に乏しく、しかもメイ首相に対抗して保守党党首を奪取しようという気迫なし。大会はメイ
  首相ペース。メイ首相の国内での復活を感じさせた。

3.  国民投票の再投票問題
 ○再投票問題への関心の高まり
 ー労働党は関税同盟の維持などEUとの関係重視を求め流が、メイ首相の離脱については
   拒否する構え。労働党では党員の9割が再投票支持。
 ー再投票の運動を推進するジョン・カー上院議員(EU条約の離脱条項策定に携わった)はなぜ
  に答えて”informed concent” だ。

 ースコットランド国民党の党首は、英国下院の35名の議員はもし再投票になれば疑いなく
  参加して英国のEUとの交渉が決定的な結果を産むよう議会をつうじて働きかける、とした。

  ○再投票は民主主義の毀損
 ー再投票の最大の被害は、democracyの毀損(Financial Times2018.10.8 )
 ー再投票は国民を分裂させる(Financial Times◉)
 ー再投票をすれば、今度はEU残留が多数を取るのでは、との観測が多々なされるが、私が
  2018.10末に懇談をしたロンドンの金融や大学の関係者は、民主主義国家としてあの国民
  投票の再投票をさせることは考えられない、との見解。それは国民への信義の問題という。

4.  10月EU首脳会議
○10月首脳会議の重要性
 ー10月17〜18に予定されているEU首脳会議を前に、バルニエ交渉官は今回の首脳会議が
  合意なし離脱を回避できるのかどうかの「決定的瞬間になる」とした。

 ーこの会議では、英国を除くEU27加盟国の首脳らは17日の夕食会で英国離脱を議論。
  一方、英国は16日に開く閣議でEUへの妥協案を協議する方針。交渉打開につながる
   提案をメイ首相が示せるかが鍵。

  ーEUと英国は各国の議会承認の手続きの時間を確保するため、10月首脳会議で
  (1)離脱の手順や条件などを定めた「離脱協定案」、
  (2)通商協定など将来関係の大枠を示す「政治宣言」の合意をめざしてきた。
   しかし、英国内の離脱方針をめぐる混迷で交渉は停滞。
  ー9月中旬、ザルツブルグで開いた非公式EU首脳会議では10月合意を断念。代わり
   に、EUは10月首脳会議で、交渉の「最大限の進展」(トウスクEU大統領)を 
   確認できれば、11月17〜18に臨時の首脳会議を開いて合意をめざすと表明。
   その進展がなければ「合意なき離脱」が一気に現実になる。

○首脳会議の結果
ー10.17〜18開催のブリュッセルEU首脳会議。行き詰まる交渉の打開策描けず。
  11月の最終合意をめざしてきた英・EUは最終期限をクリスマスまで伸ばしたが、
  実現のハードルは下がっていない。
 ーEUのトウスク大統領は「十分な進展はなかった」と18日、首脳会議閉幕後の記者
  会見で淡々と語った。
 ーアイルランド紛争の再発を避けるために英・EUはno hard border(厳しい国境管理
  を避ける)で2017.12に合意。英国は具体的な解決策を示すと約束したがEUの
  理解をも得られる妙案を出せていない。

 ○EUの暫定案
 ーこの問題では、EUは、まず、英国がEU関税同盟から完全離脱する2020末までに
  解決策を見つけられなければ、北アイルランドのみを関税同盟に残す、と提案。
 ーメイ政権はこれに反発。最長2021末まで英国全体を関税同盟に残す案を6月に公表。 
 ーEUは英提案が、21年末以降の国境管理の復活を避ける安全策(back stop)を欠いている
  と批判。
 ー開幕直前の14日、EU当局は(1)EUが英国全体を関税同盟に当面残す英提案を受け入れ、
 (2)英提案が機能しなかった場合の「第二の安全策』としてEU提案も残すとの暫定案を提示

  ○消えた暫定案
  ー暫定合意案に、Boris Johnson氏ら強硬離脱派は「投げ捨てるべきだ」と激怒。これでは
   アイルランド問題の解決策がみつからなければ、英国は永久に関税同盟に残り、離脱後
   もEUルールに縛られ続ける、と猛反発。

  ーメイ首相は、EUとの合意を急げば、メイ政権の強硬派閣僚が更に複数辞任するとの観測。
   メイ首相はそこで土壇場で合意案に「待った」をかけた。14夕、ラーブ英離脱担当相は
   急遽ブリュッセルにバルニエ交渉官を訪ねてメイ首相の懸念を伝達。暫定合意案は幻に。

 ○合意期限を12月に延期
  ー10.16、バルニエ首席交渉官は、英を除く27加盟国閣僚らに「合意なし」の
   離脱を避けるための交渉の最終合意期限は12月になるとの見通しを伝えた。
  ーただ、以降期間中の英国はEUの法律や規制に縛られ、EUへの拠出金の支払い
   義務も残る一方で、EUの意思決定に参加できない。英国の主権回復を掲げて
   きた強硬派を中心に以降期間を短くすべき、との声も根強い。

 ○メルケル首相の発言
  ーメルケルドイツ連邦首相は、EU首脳会議は、もっと柔軟な考え方で、Brexitの
   進展を阻害しているアイルランドの国境問題の解決に取り組むべきではないか、
   と発言。

 ○10月首脳会議以後の展開
 ー10.20. EUのトウスク大統領は移行期間の延長を「英国が決断すれば各国首脳も肯定的に
  検討するだろう」
 ー一方、英与党保守党の強硬離脱派は、延長案は、問題解決の先延ばしに過ぎないと反発。
  移行期間が伸びれば英国がEUルールに従い、EU予算に拠出する期間が長引くから。
 ー閣外協力の北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)も移行期間延長は国境管理の
  厳格化をしない保険にはなっていないと批判。DUPは本土と北アイルランドの分断に強く
  反対し、具体策を求め続けてきた。

 ○アイルランド問題で浮上した二つの打開策成立せず
  1. 物理的な国境は設けない代わり、双方の地元の工場など生産拠点で、製品が安全基準を
   満たしているかなど通関に必要な手続きをする。英政府はこれで厳格な国境管理の回避
   と判断? しかし、動物検疫や食品検査は国境でのチェックが必要。また、DUPは明確
   な国境がなくても通関手続き自体が事実上の国境と問題視。英国分断の関税障壁ができる
   なら予算案に反対と声明。
  2.  メイ首相は11日夕関係閣僚集めて「Ir 問題解決まで一定期間、英国全土を関税同盟に
   残す」案を提示。10月14日のラーブ離脱相とBarnier交渉官で一致、17日のEUサミット
   で大枠合意めざした。しかし、この案には保守党内強硬離脱派が反発。問題解決策が
   みつからないで、英国が永久に関税同盟に残り、EUルールに従い続ける中途半端な離脱
   になることを懸念。

  ージョンソン氏は「閣僚は首相案に反乱せよ」と主張。メイ首相はこの案を強行すれば閣僚
   辞任や予算審議で造反を懸念。この案も断念した。
  ー17日のEUサミットで設定されたクリスマスまでという期限に、合意なき離脱を回避できる
    かの、まさに正念場。

Brexit の経緯と課題(1)

Ⅰ.   はじめに

   1. Brexitへの世界の心配
  ー今、Brexitがどうなるかについて世界の関心というより心配が集中している。
   ーBrexitが経済にマイナスの影響をもたらすことは周知である。
  ーそれは、英国というEUの中ではドイツと並ぶ大きな経済国がEUの単一市場と関税同盟
   から離脱することで、英国とEU諸国との間でのヒト、モノ、カネの自由な流通が一定程度
   制約を受けるから、貿易や投資活動がそれだけ低下し、英国や欧州だけでなく関係する
   世界諸国の経済にマイナスの影響が及ぶからである。

  ーしかし、それ以上に現在、世界がBrexitのゆくえに大きな不安を抱いているのは、2018年
   11月25日、大きな曲折を経て、ようやく英国とEUの間で、離脱の協定について正式決定
   に漕ぎ着けたものの、英国議会で反メイ首相の動きが高まり、この協定案が12月の英国
   議会で否決される可能性が少なくないということだ。これが否決されると、Brexitは合意
   なき離脱になるか、はじめからの交渉のやり直しか、あるいは新たな国民投票か、と
   いった混乱に陥る。

   2. 合意なきBrexitの悪夢
  ー心配される合意なき離脱とは何を意味するのだろうか。
  ー英国はこれまでEU加盟国として、投資、貿易、金融、雇用、運輸などの面で、EU加盟諸国
   が共有する単一市場そして関税同盟のメリットとして、関税免除、投資や雇用の自由、国境
   なき金融ライセンスなどを享受してきた。

  ー合意なき離脱とは、2019年3月末日をもってこれらの特権が消滅し英国は第三国の扱いを
   受けることになるので、英国の国民や企業はもとより、英国に投資をしている欧州や世界
   の企業や英国を訪ねる人々などは、突然、これまで享受してきた特権が失われた状態に
   適応せざるを得なくなる。

  ーそうした激変への対応や適応には、多大な時間とコストがかかり、関係諸国や企業や
   人々は突然見透しのつかない膨大な損害を被ることになる。
  ーその危険が現状では現実となる可能性が少なくないのである。
  ーBrexitの行方についての最大の不安と心配はこの点にある。 

  3.  Brexit交渉過程の混乱と英国政治の劣化
  ー英国の離脱は2019年3月末に予定されているが、そこで離脱が秩序ただしく実施される
   ためには、離脱後の英国はEUとどのような通商関係になるのかについて両者の間に
   適切な合意が成立していることが前提条件になる。
  ーその合意が、EU当局者と英国政府との間で、ようやく2018.11.25に得られたが、これ
   から、二つの関門がある。一つは正式決定された協定案が、EU加盟27ヶ国の議会で
   承認されねばならない。どの手続きにはどんなに早くとも3ヶ月以上はかかるとされる。
   ギリギリのタイミングだが、その手続きは、離脱期日の2019年3月末までにはおそらく 
   完了するだろう。いまひとつは、英国議会での協定案の承認である。

  ー協定案をここまで持ってくるのに、多くの曲折があったが、メイ首相が最善と主張する
   この協定案に対し、英国議会(下院)では、野党のみならず、与党内にも”強硬離脱派”を
   中心に強い反対があり、さらにメイ政権を閣外協力で支えたきた北アイルランドのDUP(
   民主統一党が協定案に異論を唱えており、反対する可能性があるということだ。与党内
   の造反とDUPの反対があると、協定案が議会で承認されないリスクが高くなる。
  ー英国与党である保守党内の意見対立、さらには内閣内部の意見不一致で翻弄されてきた。
   英国の政治はかつて民主主義の模範とされたこともあったが、近年とくにBrexit問題が
   かかわるこの2年間の英国政治は、目を覆うばかりの劣化と言わざるを得ない。

  4.  EUの原則とBrexitの論理
  ーEUは民族国家を超えるポストモダーンの超国家体制を構築しようと努力してきたが、
   その核心は、EU全域にわたる単一市場と関税同盟に象徴されるヒト、モノ、カネの
   自由な移動である。これらはEU体制の基盤であり、一体として維持、確保されねば
   ならない。それがEUの大原則である。

  ーメイ首相が現実案として提示する条件は、貿易は自由だが、移民は制限するなど、
   EUの大原則からは許容しがたいcherry picking(いいとこ取り)に映る。
  ー英国がEUから離脱で求めたことは多岐にわたるが、司法や様々な規制でEUから制約
   を受けずに独立性を確保すること、そして最大の要件は、移民受入れの制限だった。
  ー離脱のあり方をあえて大別すれば、それらの条件を完全に実現する強硬離脱(hard Brexit)
   といくつかの面でEUと妥協する穏健離脱(soft Brexit)とがある。メイ首相は当初は
   hard Brexitを掲げていたが、現実的な困難を踏まえて、次第にsoft Brexi路線に傾斜
   した。

  ーBoris Johnson氏ら強硬離脱派は、メイ首相の最近のsoft Brexit路線に対して、それでは
   一体何のためのBrexitだったのか、と激しく批判し、担当政務の辞任、造反、メイ首相
   不信任投票や議会での首相案否決の画策などで、意図的に混乱を掻き立てている。この
   対立構造が英国政治の劣化現象を助長している。

  ーダイナミックな国家運動としてのBrexitの全貌を理解し、世界に対するその意味を考える
   ことは容易ではないが、以下では、2016年6月の国民投票以降のBrexitの動きを事実を
   踏まえてできるだけ詳しく展望し、またその動きの背後にあるEUの理念や英国の政治
   の動きも見据えつつ、Brexitを理解しその意味と影響を考えることにしたい。
 

Ⅱ.   Brexitと離脱交渉の経緯

1. 2016.6.23の国民投票とBrexit
○国民投票の結果:
 ー2016年6月23日に行われた国民投票の結果は、Brexit派が僅差で勝利した。投票結果は
  51.9%対48.1%だった。投票のうちわけを見ると、青年層、高学歴層、ロンドンなど大都市
  の市民は残留を選択し、地方在住、低学歴者、中高齢者層はほどんど離脱派だった。国民の
  地域、学歴、社会階層などによって投票の傾向が明確に異なっていた。

○国民投票にいたる事情
 ー国民投票は2013年に当時のDavid Cameron保守党党首が、2015年総選挙で保守党が勝てば
  2017年末までに実行すると約束。その約束をした背景に、2015年に迎える総選挙をどう戦う
  かについてCameron党首は、対策に頭悩ませていたことがある。そのひとつは英国独立党が
  2006年以降急速に躍進し、2014年には27%という最高得票率を得たことに脅威をいだいた
  こと。また保守党内も一枚岩ではなく、党内意見の対立が深刻だったことがある。

 ーCameron党首はそうした内憂外患の状況の中で、保守党の分裂を回避し、人々の注意を国内  
  政治の外にそらすために、Brexitの可否を国民投票に委ねるという賭けに訴えた。Cameron
  党首は1975年のWilson首相(労働党首)の前例に学ぼうとした?Wilson首相がECに残留
  するか否かという設問で、対立する党内の争点の”外部化”をはかって国民投票を実施した
  結果、大差で残留が決定し、世論も集約されたという成功例である。

 ーEUに対する英国民の不満と批判は、英国主権が浸蝕される、移民の流入、社会保障の負担が
  高すぎる、環境規制が厳しすぎる、原発を抑制するために電力が高価になる、高いEU会費と
  その使い道、EU政府の過度な官僚主義などに対して募っていた。

 ーまた、英国は歴史的にEUに対して批判的であった。英国はEUには参加したが、Euroには
  非加盟である。英国はこれまでも独自の自己主張が強く、いうなればEUの問題児だった。
  英国はEUの理念にも理想にも基本的に関心はなく実利だけで付き合ってきたといえる。
  また、サッチャー首相の厳しいEU批判も(主権と自由の侵害)英国人の考え方に色濃く影響
  している。サッチャー首相は、英国の選挙民に選ばれてもいないEUの首脳や官僚が英国の
  国内問題にまで干渉するは英国の主権への干渉であり、自由の侵害だと強く批判していた。

 ー2015年5月の選挙結果は予想に反して保守党が大勝し、単独で政権を担うことになった。
  その結果を受けて、国民投票は2017年でなく2016年6月23日に前倒しされた。保守党の内部
  でも、さらに内閣の内部でもEU離脱如何については意見は分裂していた。

 ーCameron首相の盟友であるBoris Johnson前ロンドン市長を、Cameron首相は自身の後継者
  にと考えていたとされるが、そのJohnson氏がCameron氏を裏切り、離脱派の扇動者と
  なった。さらにCameron氏の盟友である法相のMichael Gove氏が離脱派に参加することと
  なったのは Cameron氏にとっては大きな打撃だった。

 ーCameron氏はEU当局と交渉して、英国の要望をできるだけEU側に伝え、ある程度の理解と
  譲歩を得たので、残留が国益になるとの信念を強め、残留を強く訴えた。Cameron氏ら残留
  派は離脱がいかに国民にとって損になるか、残留が利益になるか、を詳細なブックレットに
  して選挙民に配布するなどしたが、結果的にはその内容は詳細すぎて人々には良く理解され
  なかった。

○劣質な離脱派の政治家
 ー対照的にJohnson, Gove氏らの離脱派は「EU離脱で、外国人労働者の脅威が無くなる。EU
  に支払う負担が減る」ともっぱら情緒的に訴えた事が奏功したとされる。彼らは真っ赤な
  バスに「我々は毎週3.5億ポンドをブリュッセルに送金している。その金を医療充実に使える」と大書
  して全国遊説をした。それは、英国がEU本部に加盟国として毎年、支払っている分担金などが
  戻ってくる、という趣旨だったが、後述するように担金は戻るどころか、離脱の前提条件
  としてのこれまでの分担金などの未払い分を負担しなくてはならないことが判り、この
  スローガンは国民を欺く嘘であることが後日、明らかになった。

 ーJohnson, Gove氏らはこのように目的のためには手段を選ばない人々であることをこの事実
  は示しているが、それにしても、明らかな虚偽で国民を扇動しようというやり方は事実上の
  詐欺師であり、このような種類の人々が政界で大きな顔をしている英国政治はひどく劣化して
  いるといわざるを得ない。

 ーまた、離脱派の勝利後、離脱派のリーダー達の不可解な行動が世間を驚かせた。離脱派の
  急先鋒ファラージュ英国独立党党首は、投票直後に雲隠れし、Johnson氏は国民投票につい
  ての責任回避の発言をした。後日、EU離脱で債務清算金支払い義務が発生し、離脱が得に
  ならないことなど離脱派の欺瞞行為が明らかになるにつれて、巷では「離脱派に騙された」
  「こんなことになるなら投票に行ったのに」「BrexitでなくBregretだ!」の悔悟の言葉も
  聞かれたという。

 ーBrexitという世界の歴史的一大ドラマを理解するで、その登場人物の中にこのような劣質な
  人々が居るということを私たちは銘記しておく必要がある。彼らの行動がその後の展開の
  中でも事態を混乱させ、進行を妨げる大きな要因になるからだ。

 ーちなみに、2018年10月末、私が小池百合子知事のお供をしてロンドンで東京ーシテイオブ
  ロンドンの協力協定アピールのイヴェントに参加した際、都知事のための晩餐会で同席した
  シテイオブロンドン次期市長予定であるAlderman of the City of LondonのWilliam Russel
  氏が「ボリスと私はイートン校で同級だったが、彼は全く信用できない男だ」と酷評してい
  たのが印象的。また、ジョンソン氏がかつて日本を訪問したとき、日本の中学校でラグビー
  のプレーをし、その際、中学生のプレーヤーに手加減なしに体当たりして批判を浴びた話は
  一般にも知られている。
 
2. メイ首相の登場とHard Brexit宣言
 ー国民投票の結果、僅差とはいえ、離脱派が多数を占めたので、残留を主張していたCameron
  党首は辞任し、後任にTheresa Mary May首相が就任し、彼女は2017年3月に正式にBrexitを
  宣言してEU当局にその意志を通知した。ここでは、May首相就任の経緯と彼女のEU離脱宣言
  に至る経緯を確認しておこう。

○なぜMay首相になったのか?:
 ー保守党の党首選は2段階で行われる。まず、下院議員が選挙する。そして一般党員(現在12万
  人?)が選挙するという2段階だ。今回は、離脱運動を主導したBoris Johnson氏が当然の
  首相選挙の候補と目されたが、彼に対しては、長年の盟友Cameron氏を裏切って離脱派を
  宣言したことが、次期首相狙いの野心と見られて関係者の間で反感もあったため、Johnson
  氏は出馬を回避した。

 ーJohnson氏に代わって、Johnson氏の後ろ盾的な存在であり、離脱派の黒幕と目されていた
  Michael Gove氏が「ジョンソンには離脱問題を仕切る指導力がない」と自ら党首戦に出馬
  する意向を表明した。こうした経緯は、キャメロンがジョンソンに裏切りで刺され、こんど
  はジョンソンがゴーブに刺されるとう、あたかもシェイクスピアの戯曲さながらの展開だ。

○Theresa May(テリーザ・メイ)とはどんな人物?        
 ーTheresa Mayはいわゆるエリートの出身ではない。彼女は1956年10月1日、イングランド
  南部のイーストボーンで、イングランド国教会牧師の一人娘として誕生。父の影響で政治家を12歳から
  志す。公立進学校卒業、オックスフォード大学セント・ヒューズカレッジ進学し、地理学。卒業後、
  イングランド銀行を経て、決済サービス協会に勤務。傍らロンドン市の保守党区会議員。1997年
  ロンドン西部メイドンヘッド選挙区から立候補、下院議員に初当選。3度目の挑戦だった。

 ー2010年の総選挙で保守党が勝利してキャメロン政権が誕生すると、内務大臣に任命。
  2015年第2次キャメロン政権でも留任。内務大臣は首相、財務大臣、外務大臣と並び
  国家の4大要職とみなされる。この要職を6年間無事に勤め上げた。彼女の人柄について
  は残留派の重鎮とされるKen Clark氏が”Bloody difficult woman(ひどく難しい女)”と評
  したことが知られているが、これは”手強いヤツ”という程度の意味で、むしろ力量を認めた
  表現だろう。また彼女は世間ではとかくthe ice Queen or Cold Fishとも言われている。

○第一回投票(2016年7月5日)の結果
 ー第一回投票の結果は、メイ199、レッドサム84、ゴーブ46で 最下位のゴーブが敗退。
  その後、対抗馬のレッドサムが決選投票前の7月11日に、選挙戦から撤退を表明したので
  メイ氏が自動的に首相になった。この選挙プロセスは、メイ首相の正当性にやや問題が
  あるとする見方もある。メイ氏はキャメロンの後継首相ではあるが、議員選挙も、党員
  (約15万人とされる)も経ていない。そして決選投票前にレッドサム候補が辞退をした
  ので党首選挙も経ていない。この問題は、メイ首相の中で、総選挙で国民の信を問う必要
  があるとの気持ちとして残ったようだ。

○当初の優柔不断:
 ー首相就任後しばらく(8〜9月)はメイ首相の発言は旗色不鮮明だった。彼女はもともと
  残留派だったので、国民投票は実は法的には参考意見に過ぎないという理由で、ウヤムヤ
  にするのでは、との観測も一部にはあった。私見では、それができたら彼女はしたたかな
  政治家と思う。しかし、彼女はやがて「国民投票の結果は明白であり正当だ。離脱は
  離脱(Brexit is Brexit)。我々はそれを成功させる、との立場を明確にするようになった。

○10月保守党大会での宣言:
 ー彼女は10月の保守党大会で、強硬離脱(hard Brexit)と世界の英国という宣言とし、
  旗色を鮮明にした。党大会での演説で、彼女は、「大英帝国は独立国であり、司法制度で
  EUの支配は受けない。」「大英帝国はglobalな帝国であり、EUとも世界のあらゆる
  地域、国々とも友好関係を維持し発展させる。」「政府は必要なら市場に介入する。
  保守党は労働者のための党だ。」などの点を強調した。

 ー議会では、こうしたhard Brexit路線に対する異論もあり、2016年11月頃には残留派
  の圧力が高まる一幕も。その結果、英国の対EU交渉の軸がぶれる傾向も。
 ーメイ首相は、2017.1.17あらためて離脱方針を表明。英国はEUの単一市場から完全に
  撤退する。そして移民制限を優先。EUはじめ世界諸国と新たな関係を構築して安定的な
  発展を確保する、内容。いわゆるhard Brexit路線の再確認である。

 ーMay首相は、2017年1月19日、スイスのダボス会議で、EUを離脱する英国は、真の
  グローバル国家(genuin global Britain)をめざす。そしてEUを含む世界中の友邦と
  対応なETAを結ぶ、と演説したが、聴衆も少なく、期待した注目は浴びなかった。

○国民投票でのEU離脱決定は妥当か?
 ーこの点に関して2人の議員から「6月の国民投票には法的拘束力がない。参考意見でしか
  ない。」との理由で、EU離脱に関する「第50条訴訟」が提起された。訴訟の審理は
  2016.10.13. 高等法院で開始。11.3には「議会の承認必要」と主張する原告側が勝訴
  した。メイ政権は直ちに上告。最高裁は2018年1月に ”rules for democracy” として
  高等法院の上告を棄却。国民投票は民主主義の原則として尊重される、とした。

 3. EUへの離脱通告と2017年6月8日の総選挙
○離脱通告:
 ー2017.3.29 リスボン条約50常に基づき、メイ首相はEU本部に”離脱”を正式に通告した。
  離脱期日は、2年後の2019.3.29となる。しかし、党内では依然、離脱派と残留派が対立
  して低次元の内部闘争が進行中。そのため。政治が混乱し、機能不全状態に陥っている。

○6月8日の総選挙:May首相の賭けと敗北:
 ーメイ首相は、6月8日、総選挙を挙行した。
 ー実は、キャメロン政権は、固定議会任期法を成立させて自らの解散権を縛っていた。その下
  では、現勢力の任期が満了する2020年まで有権者に信を問う機会はないと誰もが思い込んで
  いた。しかし、メイ首相は、総議席650の2/3の賛成で総選挙に持ち込める規定に目をつけて
  突如4月18日に解散に打って出ると宣言。コービン党首が率いる労働党はこれに応じた。
 
 ー彼女は総選挙によって、1. 総選挙を経た首相となること(その理由は上記)、そして 
  2. 圧倒的多数をとってとりわけEUに対する交渉力を高めることを目論んだ。実際、選挙
  の下馬評はメイ氏率いる保守党が不評のコービン氏率いる労働党に圧勝するという予測で
  一致していた。

 ーところが選挙結果は、予想外に保守党の大敗。メイ氏の賭けは完全に裏目にでた。その結果
  はその後のBrexitの展開を深刻に制約することになる。選挙を動かしたのは若者の投票行動
  と言われる。労働党の若者におもねる授業料無償化、福祉増額、鉄道の再国有化などの公約
  が若者を引きつけたとの解釈もあるが、2016.6の国民投票にまさかBrexitになるとは思わ
  ず、投票に行かなかった若者が投票したことが大きいのではないか。

 ー6/8の英国総選挙でメイ首相率いる保守党は12議席も議席を減らし、318議席と過半数
 (326議席)をも割り込んだ。労働党は逆に229から262議席へと議席を大幅に増やした。
  そこでメイ首相は下院で10議席を有する北アイルランド保守政党の民主党一党(DUP)に擦り
  寄り、閣外協力で合意を得て、ようやく政権は継続できることになった。

 ーしかし、少数与党の脆弱さは否定できず、メイ首相の指導力の低下は目を覆うばかり。
  与党内の意見対立もあり、交渉態勢も整わない。メイ首相は、単一市場からの脱退と移民
  制限を両輪とするhard Brexit路線を固持している。しかし、この政治情勢では、単一市場
  残留を主張するsoft Brexit派のパワーが高まるのは必至であり、先行きは極めて複雑だ。

4. 離脱の3条件と原則合意
 1.  Brexit Bill(離脱請求書)、英国がEUに負っている債務の清算
   これは(EU予算の未払い分、EU官僚の年金負債、EIB(欧州投資銀行)融資の保証分など)
  であり、当初EUは600億ユーロ(8兆円)を要求したが、英国が特別扱いを要求。これに
  たいし、EU(メルケル氏)は”ルールはルール”として妥協しなかった。困難な交渉の結果、
  12月に入ってようやく英国側が400億〜450億ユーロ(5〜6兆円)を英国が受け入れたので
  原則合意が得られた。 

 2.  在英のEU市民と在EUの英国市民の権利保護
 3.  英国とアイルランド国境の問題
   アイルランド問題は17世紀の宗教革命から今日まで続く対立と紛争の歴史に血塗られた
  困難な問題である。現在はアイルランド共和国(南、カソリック多い)と北アイルランド
 (英連邦、北部地域、プロテスタントが多い)に分割されている。

   南北ともこれまではEU加盟国だったが、英国の離脱で、北が英国領である限り非加盟と
  なる。 EUは南北国境をヒト、モノ、カネの自由流通を保証することを離脱の条件として要求
  している。 メイ首相は2017.12.13〜14のEU首脳会議に向け、それを受け入れる意向を提示
  した。

   これにたいし、12.8.北アイルランドDUP(民主統一党)のフォスター党首は閣外協力
  の撤回も辞さずと強硬に反対。自由流通・移動だとアイルランド共和国側から移民が北に
  無制限に入国することを排除できない。国境問題は今後の通称協議で継続審議ということ
  で、12月13.14のEU首脳会議の段階では玉虫色で一応決着した。

    EU首脳会議(Brussels)では、英国はenough guaranteeを示したとして離脱条件に
   関するE.Commission Recommendationを承認した。以上が、英国のEU離脱条件に
   関する原則合意である。それをふまえて、Brexitは、本丸の通商条件の交渉に入ること
   になる。

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