« ロシアの経済と国際政治 | トップページ | Brexit の経緯と課題(2) »

Brexit の経緯と課題(1)

Ⅰ.   はじめに

   1. Brexitへの世界の心配
  ー今、Brexitがどうなるかについて世界の関心というより心配が集中している。
   ーBrexitが経済にマイナスの影響をもたらすことは周知である。
  ーそれは、英国というEUの中ではドイツと並ぶ大きな経済国がEUの単一市場と関税同盟
   から離脱することで、英国とEU諸国との間でのヒト、モノ、カネの自由な流通が一定程度
   制約を受けるから、貿易や投資活動がそれだけ低下し、英国や欧州だけでなく関係する
   世界諸国の経済にマイナスの影響が及ぶからである。

  ーしかし、それ以上に現在、世界がBrexitのゆくえに大きな不安を抱いているのは、2018年
   11月25日、大きな曲折を経て、ようやく英国とEUの間で、離脱の協定について正式決定
   に漕ぎ着けたものの、英国議会で反メイ首相の動きが高まり、この協定案が12月の英国
   議会で否決される可能性が少なくないということだ。これが否決されると、Brexitは合意
   なき離脱になるか、はじめからの交渉のやり直しか、あるいは新たな国民投票か、と
   いった混乱に陥る。

   2. 合意なきBrexitの悪夢
  ー心配される合意なき離脱とは何を意味するのだろうか。
  ー英国はこれまでEU加盟国として、投資、貿易、金融、雇用、運輸などの面で、EU加盟諸国
   が共有する単一市場そして関税同盟のメリットとして、関税免除、投資や雇用の自由、国境
   なき金融ライセンスなどを享受してきた。

  ー合意なき離脱とは、2019年3月末日をもってこれらの特権が消滅し英国は第三国の扱いを
   受けることになるので、英国の国民や企業はもとより、英国に投資をしている欧州や世界
   の企業や英国を訪ねる人々などは、突然、これまで享受してきた特権が失われた状態に
   適応せざるを得なくなる。

  ーそうした激変への対応や適応には、多大な時間とコストがかかり、関係諸国や企業や
   人々は突然見透しのつかない膨大な損害を被ることになる。
  ーその危険が現状では現実となる可能性が少なくないのである。
  ーBrexitの行方についての最大の不安と心配はこの点にある。 

  3.  Brexit交渉過程の混乱と英国政治の劣化
  ー英国の離脱は2019年3月末に予定されているが、そこで離脱が秩序ただしく実施される
   ためには、離脱後の英国はEUとどのような通商関係になるのかについて両者の間に
   適切な合意が成立していることが前提条件になる。
  ーその合意が、EU当局者と英国政府との間で、ようやく2018.11.25に得られたが、これ
   から、二つの関門がある。一つは正式決定された協定案が、EU加盟27ヶ国の議会で
   承認されねばならない。どの手続きにはどんなに早くとも3ヶ月以上はかかるとされる。
   ギリギリのタイミングだが、その手続きは、離脱期日の2019年3月末までにはおそらく 
   完了するだろう。いまひとつは、英国議会での協定案の承認である。

  ー協定案をここまで持ってくるのに、多くの曲折があったが、メイ首相が最善と主張する
   この協定案に対し、英国議会(下院)では、野党のみならず、与党内にも”強硬離脱派”を
   中心に強い反対があり、さらにメイ政権を閣外協力で支えたきた北アイルランドのDUP(
   民主統一党が協定案に異論を唱えており、反対する可能性があるということだ。与党内
   の造反とDUPの反対があると、協定案が議会で承認されないリスクが高くなる。
  ー英国与党である保守党内の意見対立、さらには内閣内部の意見不一致で翻弄されてきた。
   英国の政治はかつて民主主義の模範とされたこともあったが、近年とくにBrexit問題が
   かかわるこの2年間の英国政治は、目を覆うばかりの劣化と言わざるを得ない。

  4.  EUの原則とBrexitの論理
  ーEUは民族国家を超えるポストモダーンの超国家体制を構築しようと努力してきたが、
   その核心は、EU全域にわたる単一市場と関税同盟に象徴されるヒト、モノ、カネの
   自由な移動である。これらはEU体制の基盤であり、一体として維持、確保されねば
   ならない。それがEUの大原則である。

  ーメイ首相が現実案として提示する条件は、貿易は自由だが、移民は制限するなど、
   EUの大原則からは許容しがたいcherry picking(いいとこ取り)に映る。
  ー英国がEUから離脱で求めたことは多岐にわたるが、司法や様々な規制でEUから制約
   を受けずに独立性を確保すること、そして最大の要件は、移民受入れの制限だった。
  ー離脱のあり方をあえて大別すれば、それらの条件を完全に実現する強硬離脱(hard Brexit)
   といくつかの面でEUと妥協する穏健離脱(soft Brexit)とがある。メイ首相は当初は
   hard Brexitを掲げていたが、現実的な困難を踏まえて、次第にsoft Brexi路線に傾斜
   した。

  ーBoris Johnson氏ら強硬離脱派は、メイ首相の最近のsoft Brexit路線に対して、それでは
   一体何のためのBrexitだったのか、と激しく批判し、担当政務の辞任、造反、メイ首相
   不信任投票や議会での首相案否決の画策などで、意図的に混乱を掻き立てている。この
   対立構造が英国政治の劣化現象を助長している。

  ーダイナミックな国家運動としてのBrexitの全貌を理解し、世界に対するその意味を考える
   ことは容易ではないが、以下では、2016年6月の国民投票以降のBrexitの動きを事実を
   踏まえてできるだけ詳しく展望し、またその動きの背後にあるEUの理念や英国の政治
   の動きも見据えつつ、Brexitを理解しその意味と影響を考えることにしたい。
 

Ⅱ.   Brexitと離脱交渉の経緯

1. 2016.6.23の国民投票とBrexit
○国民投票の結果:
 ー2016年6月23日に行われた国民投票の結果は、Brexit派が僅差で勝利した。投票結果は
  51.9%対48.1%だった。投票のうちわけを見ると、青年層、高学歴層、ロンドンなど大都市
  の市民は残留を選択し、地方在住、低学歴者、中高齢者層はほどんど離脱派だった。国民の
  地域、学歴、社会階層などによって投票の傾向が明確に異なっていた。

○国民投票にいたる事情
 ー国民投票は2013年に当時のDavid Cameron保守党党首が、2015年総選挙で保守党が勝てば
  2017年末までに実行すると約束。その約束をした背景に、2015年に迎える総選挙をどう戦う
  かについてCameron党首は、対策に頭悩ませていたことがある。そのひとつは英国独立党が
  2006年以降急速に躍進し、2014年には27%という最高得票率を得たことに脅威をいだいた
  こと。また保守党内も一枚岩ではなく、党内意見の対立が深刻だったことがある。

 ーCameron党首はそうした内憂外患の状況の中で、保守党の分裂を回避し、人々の注意を国内  
  政治の外にそらすために、Brexitの可否を国民投票に委ねるという賭けに訴えた。Cameron
  党首は1975年のWilson首相(労働党首)の前例に学ぼうとした?Wilson首相がECに残留
  するか否かという設問で、対立する党内の争点の”外部化”をはかって国民投票を実施した
  結果、大差で残留が決定し、世論も集約されたという成功例である。

 ーEUに対する英国民の不満と批判は、英国主権が浸蝕される、移民の流入、社会保障の負担が
  高すぎる、環境規制が厳しすぎる、原発を抑制するために電力が高価になる、高いEU会費と
  その使い道、EU政府の過度な官僚主義などに対して募っていた。

 ーまた、英国は歴史的にEUに対して批判的であった。英国はEUには参加したが、Euroには
  非加盟である。英国はこれまでも独自の自己主張が強く、いうなればEUの問題児だった。
  英国はEUの理念にも理想にも基本的に関心はなく実利だけで付き合ってきたといえる。
  また、サッチャー首相の厳しいEU批判も(主権と自由の侵害)英国人の考え方に色濃く影響
  している。サッチャー首相は、英国の選挙民に選ばれてもいないEUの首脳や官僚が英国の
  国内問題にまで干渉するは英国の主権への干渉であり、自由の侵害だと強く批判していた。

 ー2015年5月の選挙結果は予想に反して保守党が大勝し、単独で政権を担うことになった。
  その結果を受けて、国民投票は2017年でなく2016年6月23日に前倒しされた。保守党の内部
  でも、さらに内閣の内部でもEU離脱如何については意見は分裂していた。

 ーCameron首相の盟友であるBoris Johnson前ロンドン市長を、Cameron首相は自身の後継者
  にと考えていたとされるが、そのJohnson氏がCameron氏を裏切り、離脱派の扇動者と
  なった。さらにCameron氏の盟友である法相のMichael Gove氏が離脱派に参加することと
  なったのは Cameron氏にとっては大きな打撃だった。

 ーCameron氏はEU当局と交渉して、英国の要望をできるだけEU側に伝え、ある程度の理解と
  譲歩を得たので、残留が国益になるとの信念を強め、残留を強く訴えた。Cameron氏ら残留
  派は離脱がいかに国民にとって損になるか、残留が利益になるか、を詳細なブックレットに
  して選挙民に配布するなどしたが、結果的にはその内容は詳細すぎて人々には良く理解され
  なかった。

○劣質な離脱派の政治家
 ー対照的にJohnson, Gove氏らの離脱派は「EU離脱で、外国人労働者の脅威が無くなる。EU
  に支払う負担が減る」ともっぱら情緒的に訴えた事が奏功したとされる。彼らは真っ赤な
  バスに「我々は毎週3.5億ポンドをブリュッセルに送金している。その金を医療充実に使える」と大書
  して全国遊説をした。それは、英国がEU本部に加盟国として毎年、支払っている分担金などが
  戻ってくる、という趣旨だったが、後述するように担金は戻るどころか、離脱の前提条件
  としてのこれまでの分担金などの未払い分を負担しなくてはならないことが判り、この
  スローガンは国民を欺く嘘であることが後日、明らかになった。

 ーJohnson, Gove氏らはこのように目的のためには手段を選ばない人々であることをこの事実
  は示しているが、それにしても、明らかな虚偽で国民を扇動しようというやり方は事実上の
  詐欺師であり、このような種類の人々が政界で大きな顔をしている英国政治はひどく劣化して
  いるといわざるを得ない。

 ーまた、離脱派の勝利後、離脱派のリーダー達の不可解な行動が世間を驚かせた。離脱派の
  急先鋒ファラージュ英国独立党党首は、投票直後に雲隠れし、Johnson氏は国民投票につい
  ての責任回避の発言をした。後日、EU離脱で債務清算金支払い義務が発生し、離脱が得に
  ならないことなど離脱派の欺瞞行為が明らかになるにつれて、巷では「離脱派に騙された」
  「こんなことになるなら投票に行ったのに」「BrexitでなくBregretだ!」の悔悟の言葉も
  聞かれたという。

 ーBrexitという世界の歴史的一大ドラマを理解するで、その登場人物の中にこのような劣質な
  人々が居るということを私たちは銘記しておく必要がある。彼らの行動がその後の展開の
  中でも事態を混乱させ、進行を妨げる大きな要因になるからだ。

 ーちなみに、2018年10月末、私が小池百合子知事のお供をしてロンドンで東京ーシテイオブ
  ロンドンの協力協定アピールのイヴェントに参加した際、都知事のための晩餐会で同席した
  シテイオブロンドン次期市長予定であるAlderman of the City of LondonのWilliam Russel
  氏が「ボリスと私はイートン校で同級だったが、彼は全く信用できない男だ」と酷評してい
  たのが印象的。また、ジョンソン氏がかつて日本を訪問したとき、日本の中学校でラグビー
  のプレーをし、その際、中学生のプレーヤーに手加減なしに体当たりして批判を浴びた話は
  一般にも知られている。
 
2. メイ首相の登場とHard Brexit宣言
 ー国民投票の結果、僅差とはいえ、離脱派が多数を占めたので、残留を主張していたCameron
  党首は辞任し、後任にTheresa Mary May首相が就任し、彼女は2017年3月に正式にBrexitを
  宣言してEU当局にその意志を通知した。ここでは、May首相就任の経緯と彼女のEU離脱宣言
  に至る経緯を確認しておこう。

○なぜMay首相になったのか?:
 ー保守党の党首選は2段階で行われる。まず、下院議員が選挙する。そして一般党員(現在12万
  人?)が選挙するという2段階だ。今回は、離脱運動を主導したBoris Johnson氏が当然の
  首相選挙の候補と目されたが、彼に対しては、長年の盟友Cameron氏を裏切って離脱派を
  宣言したことが、次期首相狙いの野心と見られて関係者の間で反感もあったため、Johnson
  氏は出馬を回避した。

 ーJohnson氏に代わって、Johnson氏の後ろ盾的な存在であり、離脱派の黒幕と目されていた
  Michael Gove氏が「ジョンソンには離脱問題を仕切る指導力がない」と自ら党首戦に出馬
  する意向を表明した。こうした経緯は、キャメロンがジョンソンに裏切りで刺され、こんど
  はジョンソンがゴーブに刺されるとう、あたかもシェイクスピアの戯曲さながらの展開だ。

○Theresa May(テリーザ・メイ)とはどんな人物?        
 ーTheresa Mayはいわゆるエリートの出身ではない。彼女は1956年10月1日、イングランド
  南部のイーストボーンで、イングランド国教会牧師の一人娘として誕生。父の影響で政治家を12歳から
  志す。公立進学校卒業、オックスフォード大学セント・ヒューズカレッジ進学し、地理学。卒業後、
  イングランド銀行を経て、決済サービス協会に勤務。傍らロンドン市の保守党区会議員。1997年
  ロンドン西部メイドンヘッド選挙区から立候補、下院議員に初当選。3度目の挑戦だった。

 ー2010年の総選挙で保守党が勝利してキャメロン政権が誕生すると、内務大臣に任命。
  2015年第2次キャメロン政権でも留任。内務大臣は首相、財務大臣、外務大臣と並び
  国家の4大要職とみなされる。この要職を6年間無事に勤め上げた。彼女の人柄について
  は残留派の重鎮とされるKen Clark氏が”Bloody difficult woman(ひどく難しい女)”と評
  したことが知られているが、これは”手強いヤツ”という程度の意味で、むしろ力量を認めた
  表現だろう。また彼女は世間ではとかくthe ice Queen or Cold Fishとも言われている。

○第一回投票(2016年7月5日)の結果
 ー第一回投票の結果は、メイ199、レッドサム84、ゴーブ46で 最下位のゴーブが敗退。
  その後、対抗馬のレッドサムが決選投票前の7月11日に、選挙戦から撤退を表明したので
  メイ氏が自動的に首相になった。この選挙プロセスは、メイ首相の正当性にやや問題が
  あるとする見方もある。メイ氏はキャメロンの後継首相ではあるが、議員選挙も、党員
  (約15万人とされる)も経ていない。そして決選投票前にレッドサム候補が辞退をした
  ので党首選挙も経ていない。この問題は、メイ首相の中で、総選挙で国民の信を問う必要
  があるとの気持ちとして残ったようだ。

○当初の優柔不断:
 ー首相就任後しばらく(8〜9月)はメイ首相の発言は旗色不鮮明だった。彼女はもともと
  残留派だったので、国民投票は実は法的には参考意見に過ぎないという理由で、ウヤムヤ
  にするのでは、との観測も一部にはあった。私見では、それができたら彼女はしたたかな
  政治家と思う。しかし、彼女はやがて「国民投票の結果は明白であり正当だ。離脱は
  離脱(Brexit is Brexit)。我々はそれを成功させる、との立場を明確にするようになった。

○10月保守党大会での宣言:
 ー彼女は10月の保守党大会で、強硬離脱(hard Brexit)と世界の英国という宣言とし、
  旗色を鮮明にした。党大会での演説で、彼女は、「大英帝国は独立国であり、司法制度で
  EUの支配は受けない。」「大英帝国はglobalな帝国であり、EUとも世界のあらゆる
  地域、国々とも友好関係を維持し発展させる。」「政府は必要なら市場に介入する。
  保守党は労働者のための党だ。」などの点を強調した。

 ー議会では、こうしたhard Brexit路線に対する異論もあり、2016年11月頃には残留派
  の圧力が高まる一幕も。その結果、英国の対EU交渉の軸がぶれる傾向も。
 ーメイ首相は、2017.1.17あらためて離脱方針を表明。英国はEUの単一市場から完全に
  撤退する。そして移民制限を優先。EUはじめ世界諸国と新たな関係を構築して安定的な
  発展を確保する、内容。いわゆるhard Brexit路線の再確認である。

 ーMay首相は、2017年1月19日、スイスのダボス会議で、EUを離脱する英国は、真の
  グローバル国家(genuin global Britain)をめざす。そしてEUを含む世界中の友邦と
  対応なETAを結ぶ、と演説したが、聴衆も少なく、期待した注目は浴びなかった。

○国民投票でのEU離脱決定は妥当か?
 ーこの点に関して2人の議員から「6月の国民投票には法的拘束力がない。参考意見でしか
  ない。」との理由で、EU離脱に関する「第50条訴訟」が提起された。訴訟の審理は
  2016.10.13. 高等法院で開始。11.3には「議会の承認必要」と主張する原告側が勝訴
  した。メイ政権は直ちに上告。最高裁は2018年1月に ”rules for democracy” として
  高等法院の上告を棄却。国民投票は民主主義の原則として尊重される、とした。

 3. EUへの離脱通告と2017年6月8日の総選挙
○離脱通告:
 ー2017.3.29 リスボン条約50常に基づき、メイ首相はEU本部に”離脱”を正式に通告した。
  離脱期日は、2年後の2019.3.29となる。しかし、党内では依然、離脱派と残留派が対立
  して低次元の内部闘争が進行中。そのため。政治が混乱し、機能不全状態に陥っている。

○6月8日の総選挙:May首相の賭けと敗北:
 ーメイ首相は、6月8日、総選挙を挙行した。
 ー実は、キャメロン政権は、固定議会任期法を成立させて自らの解散権を縛っていた。その下
  では、現勢力の任期が満了する2020年まで有権者に信を問う機会はないと誰もが思い込んで
  いた。しかし、メイ首相は、総議席650の2/3の賛成で総選挙に持ち込める規定に目をつけて
  突如4月18日に解散に打って出ると宣言。コービン党首が率いる労働党はこれに応じた。
 
 ー彼女は総選挙によって、1. 総選挙を経た首相となること(その理由は上記)、そして 
  2. 圧倒的多数をとってとりわけEUに対する交渉力を高めることを目論んだ。実際、選挙
  の下馬評はメイ氏率いる保守党が不評のコービン氏率いる労働党に圧勝するという予測で
  一致していた。

 ーところが選挙結果は、予想外に保守党の大敗。メイ氏の賭けは完全に裏目にでた。その結果
  はその後のBrexitの展開を深刻に制約することになる。選挙を動かしたのは若者の投票行動
  と言われる。労働党の若者におもねる授業料無償化、福祉増額、鉄道の再国有化などの公約
  が若者を引きつけたとの解釈もあるが、2016.6の国民投票にまさかBrexitになるとは思わ
  ず、投票に行かなかった若者が投票したことが大きいのではないか。

 ー6/8の英国総選挙でメイ首相率いる保守党は12議席も議席を減らし、318議席と過半数
 (326議席)をも割り込んだ。労働党は逆に229から262議席へと議席を大幅に増やした。
  そこでメイ首相は下院で10議席を有する北アイルランド保守政党の民主党一党(DUP)に擦り
  寄り、閣外協力で合意を得て、ようやく政権は継続できることになった。

 ーしかし、少数与党の脆弱さは否定できず、メイ首相の指導力の低下は目を覆うばかり。
  与党内の意見対立もあり、交渉態勢も整わない。メイ首相は、単一市場からの脱退と移民
  制限を両輪とするhard Brexit路線を固持している。しかし、この政治情勢では、単一市場
  残留を主張するsoft Brexit派のパワーが高まるのは必至であり、先行きは極めて複雑だ。

4. 離脱の3条件と原則合意
 1.  Brexit Bill(離脱請求書)、英国がEUに負っている債務の清算
   これは(EU予算の未払い分、EU官僚の年金負債、EIB(欧州投資銀行)融資の保証分など)
  であり、当初EUは600億ユーロ(8兆円)を要求したが、英国が特別扱いを要求。これに
  たいし、EU(メルケル氏)は”ルールはルール”として妥協しなかった。困難な交渉の結果、
  12月に入ってようやく英国側が400億〜450億ユーロ(5〜6兆円)を英国が受け入れたので
  原則合意が得られた。 

 2.  在英のEU市民と在EUの英国市民の権利保護
 3.  英国とアイルランド国境の問題
   アイルランド問題は17世紀の宗教革命から今日まで続く対立と紛争の歴史に血塗られた
  困難な問題である。現在はアイルランド共和国(南、カソリック多い)と北アイルランド
 (英連邦、北部地域、プロテスタントが多い)に分割されている。

   南北ともこれまではEU加盟国だったが、英国の離脱で、北が英国領である限り非加盟と
  なる。 EUは南北国境をヒト、モノ、カネの自由流通を保証することを離脱の条件として要求
  している。 メイ首相は2017.12.13〜14のEU首脳会議に向け、それを受け入れる意向を提示
  した。

   これにたいし、12.8.北アイルランドDUP(民主統一党)のフォスター党首は閣外協力
  の撤回も辞さずと強硬に反対。自由流通・移動だとアイルランド共和国側から移民が北に
  無制限に入国することを排除できない。国境問題は今後の通称協議で継続審議ということ
  で、12月13.14のEU首脳会議の段階では玉虫色で一応決着した。

    EU首脳会議(Brussels)では、英国はenough guaranteeを示したとして離脱条件に
   関するE.Commission Recommendationを承認した。以上が、英国のEU離脱条件に
   関する原則合意である。それをふまえて、Brexitは、本丸の通商条件の交渉に入ること
   になる。

« ロシアの経済と国際政治 | トップページ | Brexit の経緯と課題(2) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1441035/74675964

この記事へのトラックバック一覧です: Brexit の経緯と課題(1):

« ロシアの経済と国際政治 | トップページ | Brexit の経緯と課題(2) »