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米朝首脳会談への道程

 2018年4月27日、朝10時、朝鮮半島の休戦ラインにある板門店の空は穏やかな晴天に恵まれていた。この日は、第二次大戦後の朝鮮半島にとって歴史的な日として記憶されることになる。

 なぜなら、この日、1953年の朝鮮戦争休戦以来、北と南に分断されていた朝鮮半島の北朝鮮(朝鮮人民民主主義共和国)と韓国(大韓民国)の首脳が、初めて休戦ラインを超えて、板門店の韓国側にある「平和の家」で会談をし、共同声明に調印することになっていたからである。これまでに南北会談は3回行われたが、そのうち、2回はいずれも韓国の首脳が北朝鮮を訪ねて行われたもので、北の首脳が休戦ラインを超えて、韓国側に足を運ぶのは今回が初めてであり、その意味でも今回の首脳会談は歴史に記憶される出来事とされた。

 この日の歴史的瞬間を捉えようと、両国のメディアはもちろんのこと、世界中からメディアが参集してその経緯を世界に発信する態勢をとっていた。特筆すべきは、両首脳の休戦ラインを超えた解后と会談の様子が、メディアに対して同時中継が許可されていたことである。これは韓国側の事前の要請に北朝鮮側が応じたということでこれまでの両国の関係からは信じがたい決定であった。

 午前10時、休戦ラインの北側にある北朝鮮側の建物から、金正恩委員長が、多くのSPに囲まれて正面の会談を歩いており、ほどなくSPは離れ去り、金委員長が一人、休戦ラインの際に立つ文在寅韓国大統領に歩み寄り、二人で握手を交わす。その後、二人は互いに休戦ラインを二度超えて韓国側の「平和の家」で一つのテーブルを囲んで親しげに会話を交わす。双方とも映像が撮られていることを意識してか、精一杯の笑顔で友好的雰囲気を演出した。

 昼食は別々にとった後、再び、両首脳は会合し、その後、二人だけで散歩路を辿って、休戦ラインの近くに設営されたブルーの橋の中程のベンチに腰をかけ、40分ほど話し合い、最後に共同声明に署名の儀式が行われた。共同声明には、両国は、朝鮮半島の完全な非核化をめざし、半島の平和と繁栄と統一をめざして努力する趣旨が明文化された。

 この共同声明について、非核化の具体的な日程や方法などが書き込まれなかったので、不充分とのコメントもあったが、第一回の首脳会談としてはその意義は十分果たされたと言えるだろう。5月末か6月上旬には、金正恩氏とトランプアメリカ大統領との米朝首脳会談が予定されており、具体的な内容のある真の非核化への合意は、その会談のためにとっておかれたとも言える。言い換えれば、今回の南北首脳会談は、来るべき米朝首脳会談への予備段階としての役割は充分に果たしたというのが妥当な評価だろう。

  このブログでは、2018年4月12日に、「北朝鮮と核ミサイル問題」と題して、北朝鮮の近年の弾道ミサイルと核開発の問題を取り上げ、その歴史的経緯や、それが極東地域や世界に及ぼす影響や問題などについて詳しく解説した。北朝鮮の核とミサイルの無謀な開発は国際社会に深刻な脅威となっていたが、北朝鮮のミサイルや核実験の続行という危険な行動が、2018年冬の平昌オリンピックを契機とするオリンピックへの北朝鮮選手団の参加をめぐる韓国と北朝鮮のやりとりを通じて、にわかに北朝鮮が融和的態度をとり、友好ムードを盛り上げる態度に変わった。その流れを決定的にしたのが、3月8日、韓国代表団と金正恩委員長との会談の結果を報告するため、ホワイトハウスにトランプ大統領を訪問した際、トランプ氏が即刻、自分は金正恩委員長に直接会うと言明したことである。

 それ以降、北朝鮮は、おそらくそのための環境醸成のために韓国側と連携しつつ様々な対応をとり、今回の4月27日の首脳会談の開催となった。このエッセイでは、トランプー金正恩による米朝首脳会談に向けてどのような経緯があったかをやや詳しく振り返ってみたいと思う。

 以下、下記の項目に沿って事実経過を辿ってみたい。

1. 平昌冬季五輪への北朝鮮の参加と北朝鮮の融和攻勢
2. 3月5〜6日、訪朝した韓国特別使節団と北朝鮮金正恩委員長との会談とその意味、
3. トランプ大統領、訪米した韓国特別使節団代表に、3月8日、金委員長と会談の意向表明
4. 3月28〜29、金正恩委員長が極秘裏に北京に習近平国家主席を訪問
5. 4/17〜18 安倍首相とトランプ大統領、フロリダで首脳会談
6. 4/18 トランプ氏、ポンペオCIA長官(次期国務長官)の金正恩氏との会談を追認。
7. 4/20、朝鮮労働党、党中央委員会総会で、核・ミサイル実験中止、実験場廃棄と決定
8. 4/27、板門店での金正恩委員長と文在寅韓国大統領の南北首脳会談
9. 米朝首脳会談の背景、展望、課題


1.  平昌冬季五輪への北朝鮮の参加と北朝鮮の融和攻勢

 韓国の文在寅大統領は、従前より、北朝鮮との融和の重要性を説き、究極の目標として半島統一を希求してきたことは周知である。文氏は、韓国では金大中、盧泰愚大統領という左翼政党の系譜に連なる政治家で、彼はとりわけ強固な反日主義者であり、同時に北朝鮮との融和を強調してきた。2017年5月に大統領就任後、トランプ大統領の会談でも、トランプ氏の強硬路線に対して、北朝鮮との交渉の重要性を主張しつづけた。

 文氏は、2018年2月に開催される平昌オリンピックは、北朝鮮との融和ムードを国際的にアピールする絶好の機会と考えていたことは容易に想像できる。文大統領は2017年12月14日に北京に習近平国家主席を訪問し、北朝鮮問題は、対話による解決が重要であるとの共通の認識を確認している。

 北朝鮮側もこの機会を南との融和ムードを盛り上げるために利用できると考えたと推察される。2018年年明け早々、北朝鮮は韓国側との間で途絶えていた直通回線を2年ぶりに再会することに同意した。そして1月9日には、南北閣僚級会談で、北朝鮮は平昌五輪の成功のために全面協力を約した。この会談には、北朝鮮側からは、李善権、祖国平和統一委員長、韓国側からは趙明均統一相らが出席した。なお、この会談後、共同報道文が発表されたが、そこには、朝鮮半島問題は民族同士で、対話を交渉を通じて解決すると明記されており、これはアメリカなど超大国の影響を意識して釘を刺したものと言える。

 この会談直前の1月4日、文大統領はトランプ大統領と電話で会話をしたが、トランプ氏はその際、五輪開催中は米韓軍事演習を延期しても良いと発言したという。米国務省も南北会談は前向きな進展と評価。また1月10日、トランプ大統領はWall Street Jounarlとのインタービューで、金正恩氏と会えば、良い関係を築ける、発言したと伝えれらた。

 1月19日、韓国政府は、李洛淵首相への2018年業務報告で、平昌五輪を機に、米国と北朝鮮が直接対話に乗り出すよう「外交力を集中する」と述べた。

 北朝鮮は、平昌五輪に対して、アイスホッケーで南北合同チームで参加、また開会式には、金正恩労働党委員長の実妹である金正与氏、ならびに北朝鮮の序列2位である金永南最高人民会議常任委員長が代表として参加。2月9日の開会式にはアメリカからペンス副大統領も出席しており、北朝鮮代表との会談の打診をしたが、実現しなかったとされる。北朝鮮は大規模な「芸術団」と応援団も派遣し、大会中、融和ムードを盛り上げた。また北と南は選手団がそれぞれの国旗を使わず、白地にブルーの朝鮮半島をデザインした南北合同旗を用いた。文大統領は五輪期間中、北朝鮮の代表団に密着して歓迎に専心。韓国国内では合同チームや合同旗について批判の声も上がったと報道されたが、大きな盛り上がりにはならなかった。

 平昌五輪(2月23日終幕)後、金英哲(ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長ら北朝鮮高官代表団が2月25〜27日の3日間の行程で韓国を訪問、文大統領らと会談して27日帰国した。金英晢氏は、北朝鮮の韓国砲撃や韓国海軍艦艇などを指揮したとされ、韓国では警戒されている人物。3日間に渡る訪韓で韓国側首脳部との会談の内容は詳らかにされていないが、南北関係”前進”の重要性を強調したと報道された。


2 .   訪朝した韓国特別使節団訪朝と北朝鮮金正恩委員長との会談

 平昌五輪への北朝鮮の参加をめぐる一連の協議で、北朝鮮側から金正恩委員長の実妹を含む高官がたびたび訪韓したことへの返礼の意味も込めてか、韓国から3月5〜6日特別使節団が訪朝し、金正恩委員長を表敬して会談の機会を持った。

 金委員長は、歓迎の夕食会に、実妹の金与生氏や夫人の李雪主氏まで同席させるなど異例の歓迎をした。特別代表団との4時間半に及ぶ会談の席で、金委員長は、朝鮮半島の非核化に言及し、また米国首脳と会談の用意があると発言したと伝えられたが詳細は明らかにはされなかった。

 文在寅大統領の特使として訪朝し、6日に帰国した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長が記者会見で、会談の要点を報告した。
ー4月末に、板門店で、第3回南北首脳会談を開催
ー首脳間のホットラインを設置
ー北朝鮮は朝鮮半島の非核化の意思を表明。
 北に対する軍事的脅威が解消され、北の体制の安全が保障されるなら核保有は意味ないの意。
ー北は、非核化問題の協議および米朝関係正常化のために米国と対話する用意がある。
ー対話が続く間は、北は追加の核、ミサイル実験をしない。核兵器を南に向けて使用しない。

  この会談では、「非核化」が重要だが、非核化を実現するための具体的なステップや行動についての言及はなかったという。


3.  トランプ大統領、訪米した韓国特別使節団代表に3月8日、金委員長と会談の意向表明

 トランプ大統領は、3月8日、文在寅韓国大統領の特使としてホワイトハウスを訪問した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長と徐薫(ソ・フン)国家情報委員長と面会した。鄭氏によると、鄭氏は正恩氏の「トランプ大統領と可能な限り早い時期に会いたい。直接会って話すれば、大きな成果を出すことができる」と伝え、さらに、正恩氏の本気度を感じた、と強調したという。するとトランプ氏は、大きくうなずきながら「よし会うぞ」と即答したという。

  ホワイトハウスにはWest Wingと呼ばれる庭に向かって開かれた記者団や訪問団などとのオープンな会見場所がある。ここは大統領が重要な問題を比較的オープンに発表する時に良く使われるが、トランプ大統領の特別な計らいで、鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長らの韓国特別使節団代表はこの場所で、内外の記者に対して会見を行ったという。
  トランプ大統領と韓国特別使節団との会見につき、大統領報道官は以下の声明を発表した。
 ートランプ大統領は金正恩氏との会談を受け入れる。
 ー会談の詳細な日程と場所は未定
 ーすべての制裁と最大限の圧力は継続

 鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長の記者発表要旨
 ー金正恩氏が非核化の意志を示すとともに、核実験、弾道ミサイル発射実験を控えると約束
  したとトランプ氏に伝達
 ー正恩氏は韓米合同軍事演習の継続に理解
 ー正恩氏はトランプ氏とできるだけ早い会談を熱望
 ートランプ氏は正恩氏と5月までに会うと発言


4.   金正恩委員長が極秘裏に北京に習近平国家主席を訪問

 3月25日夜、中朝国境の町、遼寧省丹東市の駅に、深緑色の特別列車が滑り込んできた。周囲は厳戒態勢。自ずから北朝鮮の首脳が中国に列車で訪問してきたとわかる。目ざとい中国人の野次馬が「太っちょの三男坊」の訪中とネットに書きたてたので、金正恩委員長の中国訪問は事実上、知られていたといえるが、金正恩氏の隠密の北京訪問が公式に発表されたのは、3月28日、中国国営新華社と北朝鮮の朝鮮中央通信のニュースだった。

 訪問は3月25日夜から28日まで足掛け4日間。その間、習近平夫妻は金正恩夫妻を2回食事でもてなし、会談、そして夫妻で見送るなど最大限の歓待だったようだ。会談の詳細は明らかにされていないが、金委員長は、朝鮮半島非核化について、北朝鮮の体制が保障されなら非核化を実行する意思はあると強調したとされる。

  Financial Times 3月29日版は、習氏と金氏の関係は、あたかも父親が非行の息子をさとすようだった、いまや従順になった息子とstern and benevolent(厳しくも寛大な)父親、と表現している。実際、金正恩氏は、父親の金正日氏から王朝を譲り受けていらい、北朝鮮の対中国関係を取り仕切っていた義理の叔父にあたる張成沢国防委員会副委員長を処刑、実の兄、金正男氏をマレーシアで殺害、また中国にとって外交上重要な節目でも無謀な核・弾道ミサイル実験を繰り返して中国の面子をつぶすなど”乱行”もしくは”悪行”を繰り返してきたから、今回の神妙な訪問がそのように表現されるのもわかる。

 金氏にとっては、トランプ氏との会談を前にして、これまでのような国際的孤立状態では甚だ心細いので、かつては”血の同盟”を誓い合ったこともある大国、中国の後ろ盾が欲しかったのであろうし、一方、中国にとっては、トランプー金の直接会談で事態が決まってしまうことは、中国の影響力の低下を意味するから、なんとしてもここで北朝鮮の後見人の役割を演じて、国際的影響力を確保したかったといえよう。この会談はそうした意味で両者の利害が一致するので、北朝鮮からの再三の会見要請に、このタイミングで中国が応じたというのが真相と推察される。


5.  安倍首相とトランプ大統領、フロリダで首脳会談

 4/17〜18、安倍首相はトランプ大統領とフロリダで首脳会談を行った。両首脳の会談は2017年11月、トランプ大統領がアジア歴訪の際に日本に最初に立ち寄った時の会談以来、半年ぶりである。この間、国際情勢はとくに北朝鮮問題をめぐって大きく動いた。とりわけ2月以来、北朝鮮が急に融和ムードを演出する”微笑外交”に転じてから、極東をめぐる国際関係は激動した。

 冬季オリンピックを利用した文在寅韓国大統領と北朝鮮の金正恩委員長の掛け合いはあたかも出来レースのように進み、日本はこの重要局面でプレイヤーの役割が果たせず、いわば観客の立場で、置き去りにされた印象を持つ向きの多かったのではないか。日本にはこの局面でカードがなく、ひたすらアメリカと協調して、北朝鮮が完全な非核化を実行するまで経済制裁などの圧力をかけ続けるとアメリカに強調する以外に打つ手はなかったように見える。

 そうした状況の中での日米首脳会談だった。フロリダでの初日は、ゴルフ好きの両首脳がまずゴルフを楽しみ、それから、安全保障問題を中心に議論した。そこで、安倍首相は、北朝鮮が完全な非核化を実行するまで圧力をかけ続けるべきだ、との既定路線を強調したようだ。その際、拉致問題について、米朝首脳会談でトランプ氏が北朝鮮に誠意ある対応をするようにと要請した。

 そして、翌日の経済討議に進む予定だった。ところがそこで異変が起きた。安倍首相との初日の会談を終えた夜、トランプ氏は、ツイッターに次のように書き込んだのだ。「TPPは日本などがアメリカを復帰させようと望んでいるようだが、あれは最低だ。2国間の取引の方がアメリカの労働者にとってははるかに有利に交渉できる」と。安倍首相は、トランプ氏が1月のダボス会議でTPP復帰を匂わせて以来、その復帰を実現させるためにあらゆる環境整備を進めてきた。首脳会議2日目は経済が議題なのでそれが主題になるはずだった。

 Financial Times 4月19日号は、”これが最も重要な同盟国に対する仕打ちか?しかも安倍首相がスキャンダル問題で最も困っている時に、これ以上最悪な振る舞いはない”と批判している。トランプ氏は3月にいきなり鉄鋼とアルミについて高い付加関税をかけると宣言したが、その後、NAFTA交渉相手のカナダ、メキシコ、また欧州はじめ多くの同盟国は当面その適用除外とした。同盟国で適用除外になっていないのは日本だけである。日本は中国のように報復措置はとらず、ひたすら恭順にしているのに、この仕打ちは何だ、とFT社説は率直のトランプ氏を批判している。

 米朝交渉を控えて、世界諸国が、世界の安全と平和のためにそれぞれどのような役割を演じられるか工夫と努力をしている時に、北朝鮮の核とミサイルなどの影響を韓国と並んで最も受けやすい立場で、しかも経済的には世界に大きな貢献をしている日本は、トランプ氏から見れば全く何の価値もないように見えるのだろうか。


6.   4/18 トランプ氏、ポンペオCIA長官(次期国務長官)の金正恩氏との会談を追認

 トランプ大統領は、4/18ツイッターで、「マイク・ポンペオが、先週、北朝鮮で金正恩と会談した。会談は順調で、良い関係を構築できた。・・首脳会談の詳細を今調整中だ」と書いた。ポンペオ氏の訪朝は17日にワシントンポスト紙が報じたが、同紙によると、訪朝期間は4月1日のイースター休暇の間。ポンペオ氏は3月13日に国務長官に指名されたばかりで、訪朝当時はまだCIA長官のままだった。

 トランプ氏は前国務長官のTillerson氏とは見解のそりが合わず、トランプ氏は国務省を重視せず、CIAの情報機能を重用する傾向がある。CIAでは昨年5月に「朝鮮ミッションセンター」を立ち上げ、北朝鮮や韓国の情報機関と頻繁に連絡をとって情報活動を進めているようだ。しかし、国際問題は過去の経緯や政策問題が前提になることが多く、国務省にはそのための専門家が多いが、単なる情報機関であるCIAの重用はリスクがあると指摘する向きも多い。トランプ式外交の特徴が吉と出るか凶と出るか、見守る必要がある。


7.  朝鮮労働党、党中央委員会総会で、核・ミサイル実験中止、実験場廃棄と決定

 北朝鮮の朝鮮中央通信は、金正恩委員長が、4月20日、党中央委員会の報告で、「核実験や中長距離ミサイル、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射も必要がなくなり、北部核実験場も使命を終えた」と報道した。総会はこの日採択した決定書で、核実験とICBMの発射実験と中止し、北朝鮮北東部・豊渓里(ブンゲリ)の核実験場を廃棄すると表明した。

 これは新たな実験をしないと発表しているだけで、それが非核化に具体的にどのように繋がるのかの道筋が見えないこと、また、これまで4半世紀の間、北朝鮮は、非核化をすると何度も宣言して、その都度、制裁の解除や援助を獲得してきたが、結局、それらの約束は一つも守らなかったという経緯があるので、今回の発表は、”口先だけ”と取る向きが多い。


8.    板門店での金正恩委員長と文在寅韓国大統領の南北首脳会談

 そして4月27日、史上3度目になる今回の歴史的南北首脳会談が板門店で開催された。その状況についてはやや詳しく冒頭に述べたので、ここでは、両首脳による「板門店宣言」の要点と、ここにいたまでの非核化についての首脳などの発言の経緯を整理しておきたい。

○南北首脳による板門店宣言の要旨
ー完全な非核化と通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認
ー朝鮮半島の非核化のため、国際社会の支持と協力と得るよう努力
ー今年中に終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換
ー南北と米国の3者または、南北と米国、中国の4者による会談の開催と推進
ー南北首脳で定期的に会談
ー文在寅大統領が秋に平壌を訪問。

○非核化をめぐるこれまでの首脳発言の経緯
ー2018.3.5.
  金正恩と韓国特使団による会談(韓国政府発表)
  ・北朝鮮に対する軍事的脅威が解消され、体制の安全が保証されるなら、核を保有する理由
   はない。
  ・非核化問題の協議と米朝関係正常化のために、米国と対話する用意がある。
  ・対話がつづく間、追加の核実験や弾道ミサイル発射など挑発を再開しない。

 ー2018.3.26.
   中朝首脳会談での金正恩氏の発言(中国外務省発表)
  ・「遺訓に基づき、半島の非核化に力を尽くす」
  ・「朝米首脳会談と行うことを願っている」
  ・「南朝鮮と米国が善意をもって我々の努力に応じ、平和の実現のために段階的で同時並行
    的な措置が取られるのであれば、半島の非核化問題は解決にいたることが可能になる」

 ー2018.4.9.
   朝鮮労働党中央委員会政治局会議(朝鮮中央通信)
  ・金正恩氏が北南関係の発展方向と朝米対話の展望を深く分析して評価

 ー2018.4.20.
   朝鮮労働党中央委員会総会
  ・金正恩氏「核実験や中長距離ミサイル、ICBMの試射も必要なくなり、北部核実験場も
   使命を終えた。

 ー2018.4.27.
   南北首脳会談での板門店宣言
  ・南北は完全が非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認。

 
9.   米朝首脳会談の背景、展望、課題

 最後に米朝首脳会談の背景、展望そして課題についてコメントしておきたい。

 まず、背景として、なぜ2018年に入って急転直下、これまで4半世紀にわたって想像することもできなかった米朝首脳会談がにわかに実現する方向になったのか、その背景を考えたい。

 
 第一は、これまで、核兵器を持つこと、しかもそれがアメリカの首都や東部の大都市を攻撃できるICBMに搭載できる核兵器であることは、北朝鮮の悲願だった。朝鮮戦争で血の同盟を誓った中国も、ゴルバチョフ以降のロシアも、北朝鮮にとっては敵国である韓国と1990年代初頭に国交を結び経済協力協定まで結ぶという状況変化の中で北朝鮮は国際的に孤立した。

 その孤立の中で、金王朝の存続を保証できる唯一の条件が上記の核・ミサイルによる攻撃能力であると金親子は考え、その実現に邁進してきたのである。世界最強のアメリカは北朝鮮の核兵器開発を阻止しようとしたが、果たせず、北朝鮮はアメリカが本気で武力行使に踏み切らないので、クリントン、ブッシュ、オバマ歴代アメリカ政権の足元を見て、核とミサイル開発を続けた。

 ところが、トランプ政権は対応が違った。トランプ氏は「すべての選択肢はテーブルの上にある」と武力行使も排除しない姿勢を示したが、トランプ氏は、世界情勢にも歴史にも疎い、というより興味がなく、Dealだけを信ずるいわば興行師である。彼はただ、2000年の大統領選に勝てば良い。そのためには、北朝鮮からの核ミサイルの脅威は「俺がつぶした」と選挙民の前で勝ち誇れればよい。そのためには、場合によれば本当に武力行使をするかもしれない。

 これまで常識あるアメリカの歴代大統領を見てタカをくくってきた北朝鮮、特に金正恩氏はアメリカの段違いの武力と、それを場合によれば使うかもしれないというトランプ大統領の実際的な脅威を、状況を分析するうちに理解したのだろう。日本の首相として初めて北朝鮮の金正日氏と対峙し拉致被害者の帰還を実現した小泉純一郎氏の感想を聞いたことがある。小泉元首相は、「アメリカは軍事力をただもっているだけでなく、毎年のように実戦で使っているので、その本当の戦力は圧倒的だ」と指摘しておられた。それを金正恩氏も理解し、トランプ氏に会いたいと韓国の特別使節に伝えたのだろう。

 一方、韓国の特別使節団からその報告を聞いたトランプ氏は、これはDealで生きてきた俺がやらざるを得ない。国務省の秀才どもに任しておいてはできるものもできなくなる、ということでその場で「会おう」と決断したのだろう。以上が、私の考える、今回の米朝首脳会談の背景である。

 次に、それでは交渉はどうなるか、その結果はどうなるか、すなわち展望を考えたい。北朝鮮は4月27日の南北首脳会談で、半島の完全非核化を目標とすると言い、それは板門店宣言にも書き込まれた。「完全非核化」はまさにキイワードであり、それがどのように実現するのか、世界中が固唾を飲んで見守っている。

 その言葉自体は明白だが、実際に、それが何を意味するのか、どのようにして実現していくのか、ということになると、そこには核兵器やミサイルの種類、どの段階で何をするのか、査察はどうするのか、査察で本当にわかるのか、などなど莫大な可能性の組み合わせがある。また朝鮮半島の非核化という場合、半島には北朝鮮だけでなく韓国もあり、韓国には米軍が常時駐留しており、必要とあれば核を動員することはわかっている。したがって、朝鮮半島の非核化とはそれも含む膨大な分野ということになる。

 私はある会合で、韓国大統領外交安保特別補佐官、文正仁氏の講演を聞いたことがある。氏は非核化ひとつをとっても上記のような多様な解釈と複雑なステップがあり得るので、その実現には膨大な交渉、査察、実行の手続きが要ると述べておられたのが印象的である。その文正仁氏が今年5月に入って「休戦協定を平和協定にするなら、米軍の存在は不要になる」という解釈を示して韓国首脳部で物議を醸したと報道されたが、論理的にはそうした可能性も排除できないということだろう。以上のように、米朝首脳会談の展望は、誠に複雑かつ不透明というほかはない。

 ちなみに、文正仁氏は、半島統一についても言及した。文在寅韓国大統領は二言目には民族の悲願として「半島統一」を叫んでいる。文正仁氏によると、統一にもいろいろな種類と段階があり、南北が完全に普通の単一国になることは困難でも、国家連合や連邦のような様々なヴァリエーションで将来像を描くことは可能との見方を示され、統一も全くの夢物語ではないことを感じさせられた。

 最後に課題、特に日本の課題について述べたいと思う。上記のような複雑な可能性の枝が森のように入り組んでいる中で、気の短いトランプ大統領が、自分の選挙第一(彼は実はAmerica firstではなく、Trump Firstなのだ)に結論を出すとどうなるか。それは要するにアメリカの自分の選挙区に核弾頭つきミサイルが飛んで来なければ良いのである。それを選挙民に約束すれば彼は次期大統領に再選されると信じているのだろう。

 それだけが条件ならば、金正恩氏も乗りやすい。核弾頭つき大陸間弾道弾をトランプ氏が見ている前で廃棄し、その生産設備も発射装置も破壊すれば良い。その他の兵器は温存できる。それもすべて廃棄なら彼は当然、米軍の半島からの撤退を要求するだろう。その他の兵器の中には何年も前に完成されたノドン、テポドンなどの中距離弾道弾は当然含まれる。日本全土はそうした中距離弾道弾の着弾域にある。

 それらはアメリカの脅威ではないから、トランプ氏が核ICBMの廃棄で良しとするなら、アメリカは北朝鮮が攻撃しない限り、アメリカが北朝鮮を攻撃することはない状態、すなわち、北朝鮮の事実上の核保有国化が実現することになる。その時、これまで日本を守ってきた日米同盟の「核の傘」はただの番傘になってしまう。

 すなわち日本の課題は、核の傘が形骸化もしくは事実上失われた状況の中で、国家と国民の安全と平和をどう守れば良いかというまさに朝鮮戦争以降、65年間、一度も真剣に検討したことのない問題に直面するということだ。

 一部の人々は、核保有国に対抗できる軍事力を持てば良いというかもしれない。なるほど日本には何十基も原発があって核技術はあり、プルトニウムは大量に保有しており、人工衛星打ち上げ技術も世界水準であるから、その気になれば10年も経たないうちに技術的にはそうした軍事力は持てるかもしれない。しかもそれは最も安易で安価な対抗手段かもしれない。

 しかし、戦後、唯一の被爆国として平和戦略を追求してきた日本民族と日本を取り巻く国際社会にとってそれは困難な選択だろう。それでは、核の傘がない状況で、この険しい国際状況の中で、信頼され、尊敬され、したがって安全が保障されるような国づくりと国際関係に陶冶を進めていくにはどうすれば良いか、それがこれからの日本にとって真の課題であると思う。

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