« 2018年4月 | トップページ

2018年5月

フランス: マクロン氏への期待と可能性

1. 奇跡の登場
 
 2017年5月7日に行われたフランスの総選挙はそれまでの予想を超える驚くべき結果となった。それまで極右の国民戦線を率いるルペン候補と中道系独立候補のマクロン氏に絞り込まれた大統領選の決選投票は、大方の予想を超えて、マクロン氏の圧勝となったのである。その結果は、

マクロン 66.1%(2075万票)、ルペン 33.9%(1064万票)

 エマヌエル・マクロン氏:39歳、オランド政権の経済相、中道系独立候補。対するマリー・ルペン氏が勝てば、彼女の主張にしたがってフランスもEU離脱をする可能性があった。多くの中産階級や経済人らはマクロンの勝利に安堵。

 この決選投票に前段の、第一回投票では、これまでフランスの政治の根幹になってきた共和党と社会党という大政党が大きく後退するという地殻変動が明白に現れた。4月23日に行われた第一回投票の結果は以下の通りである。

             マクロン       24%
             ルペン        21.3%
             フィヨン(共和党)  20.0%
             メランション(極左) 19.6%
             アモン(社会党)   6.4%

  大統領は上位2人の決戦投票で決まるので、この第一回投票結果によって、これまでフランス政治を リードしてきた中道右派共和党と左派の社会党候補が揃って破れるという前代未聞の事態となった。共和党と社会党の2大政党合わせても得票率は27%に過ぎず、社会党はたったの6%を獲得しただけだった。

  マクロン氏の選挙公約は:
    既成政党の刷新(ルペンと同じ)
    移民包摂・多様性の価値、欧州統合・独仏関係深化、ナショナリズム抑制、
    解放経済と国際協調の促進(以上はルペンと正反対)
 マクロン氏の支持派は、中大都市の住民と上中所得層などであった。一方、ルペン氏の支持層は、地方の低所得者層やラストベルト(経済成長に取り残された旧工業地帯)の労働者層などであることが投票結果の分析から明らかになった。


2.  マクロン大統領の政権と政策 

  マクロン氏の政策構想は大胆で画期的だが、実現可能性について、また大統領の実行力について当初、内外から疑義が提起された。

  例えば、マクロン氏は EUを連邦型にしたいと主張。そのためにはEUの財政統合を進める。具体的にはEU予算、財務相を置き、銀行同盟で規制と監督を強化するなどである。

   これに対して、理想は良いが、膨大な予算負担と事務量が必要となり非現実的。例えば、EU予算のために、フランスは現在の国家予算の半分もの付加的負担が必要になるとの批判。危機の回避なら加盟国間で緊急資金拠出など対応できる。極端な制度改革より市場原理を活用すべきだ、との批判。また、国内改革できるか?硬直的労働市場、莫大な政府部門とその非効率性、それらを解決することが宿題なのではないか、といった批判。さらに、マクロン氏は政治基盤がないので、そうした改革を主張して国民の支持得られるか?国民議会選挙で勝てるか、などの疑問が内外から提起された。


3.   国民議会選挙で圧勝

   こうした懸念や批判を尻目に、マクロン氏は2017年6月の国民議会選挙では、大統領の「共和国前進」が308議席と過半数(総数577議席)を獲得、中道連合を入れると350議席で6割を占めた。既存の共和党は113席、社会党は29議席、極右ルペン党首率いる国民戦線はわずか8議席にとどまった。
 
   マクロン大統領は議会で過半数と獲得したので、公約の公務員削減、財政再建、労働時間規制の柔軟化などこれまで主張してきた大胆な構造改革を提案。これにより、生産性を高め、フランス経済の再生を図る方針を強調した。


4.   マクロンの人気低下と上院選挙で後退

   これら改革提案はそれが国民や労働者の既得権の見直しを迫るものだったので、不人気だった。とりわけ緊縮財政で政府支出の8兆円削減や住宅手当の削減、またフランス軍幹部の大統領批判に対しての総司令官としての高飛車な反論の仕方などが国民の反発を招いた。

 
   8月になると支持率は4割以下となり、不人気だったオランド前大統領の同時期の支持率を下回った。しかし、8月、労組幹部に労働市場改革で合意取り付けるという画期的な成果を挙げ、その労働改革は59%の国民支持率を達成した。一方、マクロン氏は企業に対しては国内企業の損益状況で、海外で利益が上がっていても国内での損益状況が悪ければ解雇を可能にする税法改正を提案したが、これは経済界からは歓迎された。

   こうした動きをふまえた9月24日の上院選挙ではマクロン大統領の与党は後退した。「共和国前進」系正統派29議席から28議席(非改選9議席含む)へと議席を減らした。しかし、権限の大きい下院で過半数占めているので、マクロン陣営は所期の改革は追求できる、としている。ちなみに、上院の定数は348、今回はそのうち、171議席が改選された。なお、憲法改正には両院で3/5(555議席)以上の賛成が必要である。


5.   EU統合深化策提案(ソルボンヌ大学での講演)

 
   マクロン大統領は2017年9月26日、ソルボンヌ大学での講演で、 EUの統合深化策について画期的な提案を行った。その要点は以下のとおりである。  
    ・各国共通防衛予算
    ・急進的技術革新担うEUの専門機関
    ・利益あげた国での課税(グローバル企業のタックスヘブン利用阻止のため)
    ・法人税率統一(低税率国で生産:social dumping防止)
    ・富裕層減税capital gainsに同一税率(flat rate)

   マクロン大統領の改革提案は急進的でプロビジネスである。マクロン氏は大統領当選当初、既存の政治基盤を持たず、また政治指導力も未知数だったので、同氏が主張する改革が実行・実現できるのかについて懐疑的な見解が多かったが、その後、マクロン氏は国内のパワーネットワークをかなり掌握しており、意外にしたたか、という評価が増えている。 

   国内政治で地歩を固めつつ、特に、ユーロ共通予算の編成とユーロ財務相ポストの新設など懸案の財政統合に踏み出すものと見られる。一方、ドイツの選挙後、求心力が低下したメルケル首相も、マクロン氏の唱えるEU条約改正への取り組みには一定の理解を示している。

   しかし、彼女が率いる与党CDUは、2018年3月にようやく辿りついた大連合におけるメルケル氏のSPDにたいする妥協に不満で、SPDが主張してきたマクロン流のユーロ圏改革には反対もしくは消極的な態度を強めており、マクロン流のユーロ圏改革がどこまで進むかは現段階では不透明だ。


6.  労働組合との対決ーフランス国鉄労組のスト

   2018年4月3日、フランス国鉄(SNCF)の労働組合はフランス全土でストに突入した。スト初日の4.3.には、フランス国内の鉄道運行本数は、高速鉄道(TGV)は1/8、都市間移動の列車は1/5に減らされ、事前通告はあったが、一部の主要駅では人があふれ、自家用車の増加でパリ都市圏の道路は渋滞した。

   同労組は、4.3.から6月まで3ヶ月、5日に2日の頻度でストを続ける計画。フランスではストはたびたび起きているが、今回のストは早期に解決されなければ、2010年や2013年に発生した大規模ストに近いものとなると見込まれる。

   ストの理由は、3月にフランス政府が発表したSNCFに対する改革法案。社員の多くが終身雇用や年金優遇を受ける「鉄道員」として働くが、この運用区分をを今後の採用から廃止、同社を公的な法人から株式会社に改組し、規制も一般企業に近ずけるという改革。同社の累積債務は現在約545億ユーロ(約7.1兆円)。合理化でこうした債務も削減を見込む。

   マクロン大統領の改革は、これまで、労働者や公的部門が享受してきた特権的な保護や報酬を、大胆に見直し、組織の効率性と柔軟性を高めて、生産性を向上させ、フランス経済の活力と競争力を強化しようというものだが、その進め方は大胆で急進的なので、反発も強い。今回の鉄道労組のストは、トランプ大統領の経済改革が成功するか頓挫するかを占う重要な結節点になると見込まれる。トランプ政権は、このストでも妥協せず、改革を貫徹する姿勢で臨んでいる。

   トランプ大統領の大きな目標は、欧州とりわけユーロ圏の根本的な構造改革であり、それを実現するためには、まず国内で、不退転の指導力を示し、改革の成果を挙げることが必要になる。鉄道労組の全国ストは、トランプ氏の政治家としての指導力を試す重要な試金石になりそうだ。

ドイツの指導力への期待と陰り

1.  島田村塾ドイツ研修

 2017年7月、島田村塾では、恒例の海外探訪すなわち研修訪問でドイツを訪ねることにした。ドイツは、英国がEU離脱を決めて以来、とりわけ欧州の大国としてその存在感を増しており、しっかり勉強すべき国として村塾として選択したのである。

 この旅について企画を立て、アレンジをし、研修訪問の半分ほど現地で案内をするなど全面的に協力してくださったFranz Waldenberger博士にこの場を借りて深甚の謝意を表したいと思う。Waldenberger先生は今、ドイツの日本研究所の所長をしておられるが、本来はミュンヘン大学の経営学部の教授で、マクロ経済学、欧州経済、日本経済など幅広い専門を持たれた研究者である。Waldenberger 博士のご好意とご尽力で、普通なら会えない多くの方々に会い、貴重な勉強をすることができた。

 私たちの訪問は、実質、1週間の短い滞在期間だったが、その中で、ミュンヘン、ベルリン、フランクフルトなどの主要都市を訪ね、企業、地域行政府、議会などで、産業人、官僚、政治家、研究者など多様な人々に会って、様々な意見を聞き、知見を得ることができた。

 私は20年以上前に、日独文化交流プログラムの事務局の一端を担って、両国の学者、ジャーナリスト、企業や労働組合の幹部などの日独相互訪問と討論会の準備や運営を手伝っていたことがあり、その関係で、ドイツは数回訪ねたことがあるが、20年以上経って、訪ねたドイツは大きく様変わりしていた。

 ミュンヘンは当時と比べると一段と発展しており、多くのグローバル企業と中堅企業が集中して人々の生活も格段に豊かになっているように見えた。実際、ミュンヘンは近年ではドイツで最も繁栄した地域になっているようである。そのミュンヘン郊外で、休日を利用して、ダッハウの強制収用所跡を訪ねたのは有意義な経験だった。

 私も村塾の諸君も、イスラエルを訪ねるのは必修にしており、エルサレムのホロコースト記念館は何度か訪ね、第二次大戦中のヒットラーによるユダヤ人弾圧については一通り勉強したが、集団殺戮のアウシュウビッツはポーランドにあり、ドイツ本国で、ナチスの偏見によってユダヤ人はじめ多くの民族や人々が残酷な仕打ちを受けた強制収容所の発端となったダッハウ収容所の見学は当時のドイツやナチについて多くを考えさせられた。

 ベルリンはベルリンの壁の崩壊直後から2度ほど訪ねたことがあるが、今回のベルリンの印象は当時とは全く異なっていた。ベルリンは、壁によってソ連の共産主義体制と欧米の資本主義市場体制の東西地区に分断されていたため、壁の崩壊後も、その発展は大きく遅れていた印象があったが、今回訪ねたベルリンの印象は、ベルリン市が今、注力している目標でもある”Start Up City”としての全く新しい顔だった。ベルリンは今や、激しく変化する欧州の若者が参集する”自由都市”になっており、若々しい活力が満ちている様子が感じられた。

 一方、フランクフルトは伝統的な金融中心であり、ドイツ連銀も欧州中央銀行もマイン河を臨むビジネス街に位置し、悠然とした雰囲気を漂わせていた。折しも、英国がEU離脱を決め、かつての欧州の金融中心であったロンドンから世界の金融機関が流出を始める地殻変動を引き受ける年の自信と風格を感じさせた。

 以上、私たちが訪ねた都市の印象に触れたが、そのことを語るのは、本エッセイの本題ではない。村塾のドイツ訪問の詳細な記録はhttp://www.haruoshimada.com/shimadasonjuku/activities/world_travel/2017/germany/report/で閲覧できるので、興味のある方はそれを見て戴ければ幸いである。

2.  選挙の下馬評はメルケル陣営の圧勝

  私達がドイツを訪ねたのは、2017年7月下旬だったので、ドイツ総選挙の2ヶ月弱前だったが、ドイツではどこに行っても総選挙の最終段階であることを感じさせられた。この選挙戦は中盤でSPDが一時、勢いを増して、メルケル首相が率いるCDU・CSU連合を追い上げて話題を提供したが、それ以降は、やはりメルケル陣営が優勢となり、私達が訪ねた頃には、いつものメルケル神話、すなわち、選挙になると必ずメルケルが勝つ、という信仰がひろまっているように見えた。

 今回の総選挙でも、これまでのようにメルケル率いるCDU+CSUが圧勝し、第二党であるSPDが加わって与党大連合を組み、安定したドイツが再出発する、との印象を持って私達は帰国した。

3.   総選挙の結果

 そして9月23日に総選挙が行われたが、その結果の報道を見て、私は目を疑った。なんと、CDUは大きく後退し、SPDに至っては統一ドイツ発足後、最悪の結果になった。そして注目すべきは、最近、急速に伸びてはきたが、これまで連邦議会に進出する最低限の得票を確保できなかった極右政党のAfGが、大きく得票を伸ばし、なんと連邦議会に第3党としての議席を占めたことである。

以下、選挙結果を各党の得票率ならびに括弧内に前回選挙からの変化を記そう。
     1.  CDU+CSU    32.9 %(―8.6%)     246議席(ー65議席)
     2.  社会民主党(SPD) 20.5%(―5.2%)  153議席(ー40議席)
     3.  AfD 12.6%(+7.9%)   94議席(+94議席)
     4.  自由民主党(FDP) 10.7%(+5.9%)  80議席(+80議席) 
     5.  左翼党(Die Linke)  9.2%(+0.6%)  69議席(+5議席)
     6.  同盟(Bundnis) 90+緑の党(Die Grunen)8.9%(+0.5%)  67議席(+4議席)

 ここで、ドイツの議会の制度と政権成立の条件について少々説明しておきたい。ドイツ連邦は16州から構成されている。投票者は小選挙区の候補者と政党に記名して投票する。比例代表による法定定員は588議席、連邦総投票数で5%未満の党は連邦議会には議席を持てない。また小選挙区選出議席と比例代表議席は同数となっている。

 上記のような条件があるので、これまでAfGは連邦議会には進出できなかった。この最低得票率の足切り制度は、戦前のドイツでミュンヘンから出発し、バイエルン州で急激に伸びたヒットラー率いるナチスの政党がたちまちのうちに、連邦議会で第一党になり、ヒットラーの独裁を許す結果になったようなことを避けるいわば安全弁として上記のような条件を課したと言われる。

4.  政権組成の難題

 この選挙結果は、メルケル氏が率いるCDU+CSU与党連合だけでは、議席の過半数を確保できず、単独では安定政権を構成できないことを意味した。したがって、他の主要政党と大連を組むことが不可欠になった。当然の選択は、これまでも大連立を組んでいたSPDとの連立である。ところが、シュルツ党首が率いるSPDは頑なにこれを拒否した。

 SPDはこれまで3期12年という長期にわたってCDU+CSUと大連立を組んでいたが、その間、持続的に地盤沈下が進んでいた。とりわけ今回の選挙では、東西ドイツ統一以後、最悪の得票結果となり、SPDの党員や関係者の間で深刻な危機感が募った。彼らは、メルケル氏と連立を組んだ結果、メリットは全てメルケル氏に帰属してしまい、SPDは大連立に埋没し、独自のアピールができなかった。これ以上、連立を続けるとSPDは埋没どころか消滅しか寝ないという存亡の危機感を抱いた。

 SPDが連立に応じないので、メルケル氏は、FDP(自由民主党)とDie Grunnen(緑の党)と連立のための交渉を開始した。しかし、両党とも、CDUとは政策が大きく異なるので、連立交渉は不調に終わった。連立が組めないとなると、政権組成のために残される選択肢は二つになる。一つは少数政権を樹立すること。いまひとつは、再選挙である。少数政権では政策の採択と執行の能力が著しく低下して、ドイツの国家運営に多くの支障が生ずることが予想される。再選挙の選択肢はメルケル氏は否定しない、としたが、今回の選挙でこれまでの与党大政党が大きく後退し、極右のAfDが躍進したことなどを考えると、選挙結果はさらにドイツの政治を不安定化させることになる恐れが大きく、リスクが高い。

 総選挙が済んで、3ヶ月近くが経とうというのに、連邦政権が組成できないという事態は歴史的にも空前の異常事態である。内外から決められないドイツの政治に対する批判は当然高まった。そうした中で、12月に入ると、シュルツ党首が、連立は必ずしも拒否はしないという姿勢に変化した。12月8日には、メルケル氏と協議しても良いと言明したが、それでも、閣外協力という選択肢もあり、とにかく大連立の呑みこまれて埋没することは避けたい、という態度。

 SPDは2013~17年の大連立では成果は皆メルケル氏に帰属してしまい、その結果、2017の選挙は歴史的惨敗になった。したがって、何としても独自色を出したい。シュルツ氏は、仮に連立するにしても、フランスのマクロン大統領の主張に共鳴するような例えば、United States of Europeと言った思い切った構想をSPDの主張として公約に盛り込めないかなどの主張を展開した。12月16日には、シュルツ氏は、政権無きドイツは放置できない、しかし過去の大連立の延長は忌避する、との態度を再度強調した。

  18.1.13:MerkelーShultz 5日間のマラソン討議が行われ、党首合意が達成された。そこではドイツの経済と政治力挙げて欧州統合深化のためマクロン氏らと協力する、欧州予算に協力することにも、前向きな方向で一致したとされる。

  18.1.21のSPD党大会で大連立可否を決定する予定だったが、1.15. SPDのいくつかの地区代表と一般メンバー(特に左派と青年層)が、健保、住宅、移民、短時間労働者対応の政策が不充分として大連合に反対。SPDは2017.9.の選挙で史上最悪の結果になったのは、CDUとの大連立に埋没したためとして大連立忌避の傾向が強い。1.21の大会で承認される可能性が予断を許さなくなった。SPDが承諾しない場合は、残された手立ては総選挙のやり直ししかない。
 
5.   メルケル政権の指導力の低下と回復の可能性    

 メルケル氏主導の長期政権がつづいたドイツは、経済的に大きく躍進したと同時に政治的にも欧州の主軸としての存在感を高めてきた。今回の政権組成の未曾有の遅れに象徴されるメルケル氏の政治的凝集力の低下は、これからの欧州そしてより広い世界に向けてどのような意味を持つのだろうか。

 メルケル氏は、2005年、シュレーダー首相の後を受けて、ドイツで初めての女性首相としと登場した。それから2005→2017年の12年間、メルケル首相は長期政権を維持し、内外に絶妙のバランス感覚で指導力を発揮してきた。

 内外の際立った政策として、例えば、2008年のリーマンショックにつづく大不況に直面し、メルケル氏は金融安定化のために大胆な政策を敢行し、経済を回復に導いた。2010~2014年のギリシャ問題によるユーロ危機に際しては、EUの首脳をリードして解決に大きく貢献。また、2015年、東ウクライナ問題で、シャトル外交を展開し、ミンスク合意を取り付けた、など輝かしい成果を残している。

 2015年から急増した中東からの難民の受け入れに関しては、メルケル氏は、人道的観点からドイツとして大量の難民受け入れを宣言するとともに、EU各国にも受け入れ割り当てを提案したが、メルケル首相のこの難民受け入れ政策は内外から強い反発を招き、今回の総選挙における排他的な極右のAfDの急進に象徴される大きな社会政治変動にもつながったと言える。

 今回の総選挙でのCDUの敗北と政権組成の遅れに象徴されるメルケル氏の求心力と指導力の低下は、欧州そして世界におけるドイツの存在感を低下させたと言わざるを得ない。一方、2017年5月の総選挙で予想外の大勝を果たしたフランスのマクロン大統領は大胆で根本的なユーロ圏の改革を唱えているが、ドイツがフランスと協力して、このところ後退しつつあるように見えるEUの統合化と深化をどこまで推進できるかが問われている。

6.  大連立への険しい道とその成立

  2017.1.21のSPD党大会は、メルケル大連立体制に参加することに対する反論、Martin Schultz氏など党執行部への批判、またSPDの改革要求:難民問題(受け入れ制限 月1000人まで)、医療改革(公的保険と民間保険の格差解消)、雇用(有期雇用契約の大幅な制限)などを巡って紛糾したが、ギリギリ大連立に向けての協議に入ることについては了承された。ただ、シュルツ党首の指導力についての党内評価が大きく低下した。シュルツ氏の発言が責任回避的との印象を与えたことが響いたようである。

  SPD党大会でのギリギりの了承を受けてメルケル氏とシュルツ氏の間で、連立実現のための協議が行われ、大連合の閣僚指名も議題になった。シュルツ氏はドイツ国内政治にはこれまで参加しなかったが、EU議会の議長を務めるなど、国際派として自他共に許す地位にあった。しかし、大連立に対しSPD内で多くの反対論や批判論がある中で、シュルツ氏は大連立内閣が組成されれば当然と思われていた外相には就任しないことを早々と宣言せざるを得なかった。

  こうした動きの中で、メルケル氏は大連立内閣の主要閣僚に、SPDの若手人材やメルケル 批判派を多数、登用せざるを得なくなった。Jens Spahn、Daniel Gunter, バオル・ツィーミヤク氏などメルケル批判派が声を挙げ、世代交代を主張してくる中で、メルケル氏は そうした批判を受け止める姿勢を示すために、党の要である幹事長に、かねてミニ・メルケルと評された中堅の女性政治家、Kramp Karrenbauer氏を登用した。

  2月25日に発表された大連立内閣の閣僚名簿には、メルケル批判派であるSPDのSpahn氏が保健相、財務相にSPDのOlaf Scholz氏が登用された。現メルケル内閣からは官房長官のAltmeier氏が経済相に、また国防相にはVon de Alaien氏が留任した。SPD党内にも人事 抗争があり、大連立内閣で当初外相に予定されていたSigmar Gabriel氏がこの段階で突如引き下ろされ、法相候補だったが外交については全く未経験で未知数のHeiko Maas氏が指名されるというドンデン返しがあった。

  大連立への参加を公式に認めるかどうかのSPDの意思決定は最終的には党員投票にかけられれることになった。党員投票の結果は2018.3.4. 公表された。結果は、賛成66%、反対34%だった。この投票結果によって、2017年9月23日の総選挙から、半年近くを空費してようやく第4次メルケル大連合政権がスタートすることになった。

  しかし、大連合編成の過程で、上記のような混迷を続けた結果、誕生した内閣はメルケル氏への不満が凝縮された構成になっており、メルケル氏がこれまでのように欧州を代表する偉大なリーダーとしての采配を振るえる状況にはとてもなっていない。とりわけ財務相や外相という主要閣僚をSPDに譲らざるを得ず、しかも外相は外交は全く未経験という構成に対してCDU党内からは不満と批判が募っており、メルケル首相は困難な舵取りを迫られそうだ。

  実際、2018.4.15.にはCDU-CSUは議会会派の公式見解として、フランスのマクロン大統領が提案するEuropean Monetary Fund構想について明確な否定見解の報告書を提出した。これはマクロン大統領がユーロ圏改革の協議のためにベルリンを訪問する2日前というタイミングである。CDUのユーロ改革に対する否定的もしくは消極的態度はSPDからも批判されている。

  メルケル氏率いるCDUーCSUは、マクロン大統領の唱えるユーロ圏改革(EMF, Euro圏共同予算、Euro圏経済相設置など)は費用がかかり過ぎるとして批判を強めており、またNATOへの分担金負担支払いを引き上げることに対しても消極的である。

  マクロン大統領が登場し、欧州を代表する政治家のメルケル氏が力を合わせて、Euro圏の構造改革やEU統合進化のために画期的な注力をすることが、半年前までは、期待されただけに、メルケル氏の求心力低下、そして予想される指導力の当面の低下は誠に残念である。

米朝首脳会談への道程

 2018年4月27日、朝10時、朝鮮半島の休戦ラインにある板門店の空は穏やかな晴天に恵まれていた。この日は、第二次大戦後の朝鮮半島にとって歴史的な日として記憶されることになる。

 なぜなら、この日、1953年の朝鮮戦争休戦以来、北と南に分断されていた朝鮮半島の北朝鮮(朝鮮人民民主主義共和国)と韓国(大韓民国)の首脳が、初めて休戦ラインを超えて、板門店の韓国側にある「平和の家」で会談をし、共同声明に調印することになっていたからである。これまでに南北会談は3回行われたが、そのうち、2回はいずれも韓国の首脳が北朝鮮を訪ねて行われたもので、北の首脳が休戦ラインを超えて、韓国側に足を運ぶのは今回が初めてであり、その意味でも今回の首脳会談は歴史に記憶される出来事とされた。

 この日の歴史的瞬間を捉えようと、両国のメディアはもちろんのこと、世界中からメディアが参集してその経緯を世界に発信する態勢をとっていた。特筆すべきは、両首脳の休戦ラインを超えた解后と会談の様子が、メディアに対して同時中継が許可されていたことである。これは韓国側の事前の要請に北朝鮮側が応じたということでこれまでの両国の関係からは信じがたい決定であった。

 午前10時、休戦ラインの北側にある北朝鮮側の建物から、金正恩委員長が、多くのSPに囲まれて正面の会談を歩いており、ほどなくSPは離れ去り、金委員長が一人、休戦ラインの際に立つ文在寅韓国大統領に歩み寄り、二人で握手を交わす。その後、二人は互いに休戦ラインを二度超えて韓国側の「平和の家」で一つのテーブルを囲んで親しげに会話を交わす。双方とも映像が撮られていることを意識してか、精一杯の笑顔で友好的雰囲気を演出した。

 昼食は別々にとった後、再び、両首脳は会合し、その後、二人だけで散歩路を辿って、休戦ラインの近くに設営されたブルーの橋の中程のベンチに腰をかけ、40分ほど話し合い、最後に共同声明に署名の儀式が行われた。共同声明には、両国は、朝鮮半島の完全な非核化をめざし、半島の平和と繁栄と統一をめざして努力する趣旨が明文化された。

 この共同声明について、非核化の具体的な日程や方法などが書き込まれなかったので、不充分とのコメントもあったが、第一回の首脳会談としてはその意義は十分果たされたと言えるだろう。5月末か6月上旬には、金正恩氏とトランプアメリカ大統領との米朝首脳会談が予定されており、具体的な内容のある真の非核化への合意は、その会談のためにとっておかれたとも言える。言い換えれば、今回の南北首脳会談は、来るべき米朝首脳会談への予備段階としての役割は充分に果たしたというのが妥当な評価だろう。

  このブログでは、2018年4月12日に、「北朝鮮と核ミサイル問題」と題して、北朝鮮の近年の弾道ミサイルと核開発の問題を取り上げ、その歴史的経緯や、それが極東地域や世界に及ぼす影響や問題などについて詳しく解説した。北朝鮮の核とミサイルの無謀な開発は国際社会に深刻な脅威となっていたが、北朝鮮のミサイルや核実験の続行という危険な行動が、2018年冬の平昌オリンピックを契機とするオリンピックへの北朝鮮選手団の参加をめぐる韓国と北朝鮮のやりとりを通じて、にわかに北朝鮮が融和的態度をとり、友好ムードを盛り上げる態度に変わった。その流れを決定的にしたのが、3月8日、韓国代表団と金正恩委員長との会談の結果を報告するため、ホワイトハウスにトランプ大統領を訪問した際、トランプ氏が即刻、自分は金正恩委員長に直接会うと言明したことである。

 それ以降、北朝鮮は、おそらくそのための環境醸成のために韓国側と連携しつつ様々な対応をとり、今回の4月27日の首脳会談の開催となった。このエッセイでは、トランプー金正恩による米朝首脳会談に向けてどのような経緯があったかをやや詳しく振り返ってみたいと思う。

 以下、下記の項目に沿って事実経過を辿ってみたい。

1. 平昌冬季五輪への北朝鮮の参加と北朝鮮の融和攻勢
2. 3月5〜6日、訪朝した韓国特別使節団と北朝鮮金正恩委員長との会談とその意味、
3. トランプ大統領、訪米した韓国特別使節団代表に、3月8日、金委員長と会談の意向表明
4. 3月28〜29、金正恩委員長が極秘裏に北京に習近平国家主席を訪問
5. 4/17〜18 安倍首相とトランプ大統領、フロリダで首脳会談
6. 4/18 トランプ氏、ポンペオCIA長官(次期国務長官)の金正恩氏との会談を追認。
7. 4/20、朝鮮労働党、党中央委員会総会で、核・ミサイル実験中止、実験場廃棄と決定
8. 4/27、板門店での金正恩委員長と文在寅韓国大統領の南北首脳会談
9. 米朝首脳会談の背景、展望、課題


1.  平昌冬季五輪への北朝鮮の参加と北朝鮮の融和攻勢

 韓国の文在寅大統領は、従前より、北朝鮮との融和の重要性を説き、究極の目標として半島統一を希求してきたことは周知である。文氏は、韓国では金大中、盧泰愚大統領という左翼政党の系譜に連なる政治家で、彼はとりわけ強固な反日主義者であり、同時に北朝鮮との融和を強調してきた。2017年5月に大統領就任後、トランプ大統領の会談でも、トランプ氏の強硬路線に対して、北朝鮮との交渉の重要性を主張しつづけた。

 文氏は、2018年2月に開催される平昌オリンピックは、北朝鮮との融和ムードを国際的にアピールする絶好の機会と考えていたことは容易に想像できる。文大統領は2017年12月14日に北京に習近平国家主席を訪問し、北朝鮮問題は、対話による解決が重要であるとの共通の認識を確認している。

 北朝鮮側もこの機会を南との融和ムードを盛り上げるために利用できると考えたと推察される。2018年年明け早々、北朝鮮は韓国側との間で途絶えていた直通回線を2年ぶりに再会することに同意した。そして1月9日には、南北閣僚級会談で、北朝鮮は平昌五輪の成功のために全面協力を約した。この会談には、北朝鮮側からは、李善権、祖国平和統一委員長、韓国側からは趙明均統一相らが出席した。なお、この会談後、共同報道文が発表されたが、そこには、朝鮮半島問題は民族同士で、対話を交渉を通じて解決すると明記されており、これはアメリカなど超大国の影響を意識して釘を刺したものと言える。

 この会談直前の1月4日、文大統領はトランプ大統領と電話で会話をしたが、トランプ氏はその際、五輪開催中は米韓軍事演習を延期しても良いと発言したという。米国務省も南北会談は前向きな進展と評価。また1月10日、トランプ大統領はWall Street Jounarlとのインタービューで、金正恩氏と会えば、良い関係を築ける、発言したと伝えれらた。

 1月19日、韓国政府は、李洛淵首相への2018年業務報告で、平昌五輪を機に、米国と北朝鮮が直接対話に乗り出すよう「外交力を集中する」と述べた。

 北朝鮮は、平昌五輪に対して、アイスホッケーで南北合同チームで参加、また開会式には、金正恩労働党委員長の実妹である金正与氏、ならびに北朝鮮の序列2位である金永南最高人民会議常任委員長が代表として参加。2月9日の開会式にはアメリカからペンス副大統領も出席しており、北朝鮮代表との会談の打診をしたが、実現しなかったとされる。北朝鮮は大規模な「芸術団」と応援団も派遣し、大会中、融和ムードを盛り上げた。また北と南は選手団がそれぞれの国旗を使わず、白地にブルーの朝鮮半島をデザインした南北合同旗を用いた。文大統領は五輪期間中、北朝鮮の代表団に密着して歓迎に専心。韓国国内では合同チームや合同旗について批判の声も上がったと報道されたが、大きな盛り上がりにはならなかった。

 平昌五輪(2月23日終幕)後、金英哲(ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長ら北朝鮮高官代表団が2月25〜27日の3日間の行程で韓国を訪問、文大統領らと会談して27日帰国した。金英晢氏は、北朝鮮の韓国砲撃や韓国海軍艦艇などを指揮したとされ、韓国では警戒されている人物。3日間に渡る訪韓で韓国側首脳部との会談の内容は詳らかにされていないが、南北関係”前進”の重要性を強調したと報道された。


2 .   訪朝した韓国特別使節団訪朝と北朝鮮金正恩委員長との会談

 平昌五輪への北朝鮮の参加をめぐる一連の協議で、北朝鮮側から金正恩委員長の実妹を含む高官がたびたび訪韓したことへの返礼の意味も込めてか、韓国から3月5〜6日特別使節団が訪朝し、金正恩委員長を表敬して会談の機会を持った。

 金委員長は、歓迎の夕食会に、実妹の金与生氏や夫人の李雪主氏まで同席させるなど異例の歓迎をした。特別代表団との4時間半に及ぶ会談の席で、金委員長は、朝鮮半島の非核化に言及し、また米国首脳と会談の用意があると発言したと伝えられたが詳細は明らかにはされなかった。

 文在寅大統領の特使として訪朝し、6日に帰国した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長が記者会見で、会談の要点を報告した。
ー4月末に、板門店で、第3回南北首脳会談を開催
ー首脳間のホットラインを設置
ー北朝鮮は朝鮮半島の非核化の意思を表明。
 北に対する軍事的脅威が解消され、北の体制の安全が保障されるなら核保有は意味ないの意。
ー北は、非核化問題の協議および米朝関係正常化のために米国と対話する用意がある。
ー対話が続く間は、北は追加の核、ミサイル実験をしない。核兵器を南に向けて使用しない。

  この会談では、「非核化」が重要だが、非核化を実現するための具体的なステップや行動についての言及はなかったという。


3.  トランプ大統領、訪米した韓国特別使節団代表に3月8日、金委員長と会談の意向表明

 トランプ大統領は、3月8日、文在寅韓国大統領の特使としてホワイトハウスを訪問した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長と徐薫(ソ・フン)国家情報委員長と面会した。鄭氏によると、鄭氏は正恩氏の「トランプ大統領と可能な限り早い時期に会いたい。直接会って話すれば、大きな成果を出すことができる」と伝え、さらに、正恩氏の本気度を感じた、と強調したという。するとトランプ氏は、大きくうなずきながら「よし会うぞ」と即答したという。

  ホワイトハウスにはWest Wingと呼ばれる庭に向かって開かれた記者団や訪問団などとのオープンな会見場所がある。ここは大統領が重要な問題を比較的オープンに発表する時に良く使われるが、トランプ大統領の特別な計らいで、鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長らの韓国特別使節団代表はこの場所で、内外の記者に対して会見を行ったという。
  トランプ大統領と韓国特別使節団との会見につき、大統領報道官は以下の声明を発表した。
 ートランプ大統領は金正恩氏との会談を受け入れる。
 ー会談の詳細な日程と場所は未定
 ーすべての制裁と最大限の圧力は継続

 鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長の記者発表要旨
 ー金正恩氏が非核化の意志を示すとともに、核実験、弾道ミサイル発射実験を控えると約束
  したとトランプ氏に伝達
 ー正恩氏は韓米合同軍事演習の継続に理解
 ー正恩氏はトランプ氏とできるだけ早い会談を熱望
 ートランプ氏は正恩氏と5月までに会うと発言


4.   金正恩委員長が極秘裏に北京に習近平国家主席を訪問

 3月25日夜、中朝国境の町、遼寧省丹東市の駅に、深緑色の特別列車が滑り込んできた。周囲は厳戒態勢。自ずから北朝鮮の首脳が中国に列車で訪問してきたとわかる。目ざとい中国人の野次馬が「太っちょの三男坊」の訪中とネットに書きたてたので、金正恩委員長の中国訪問は事実上、知られていたといえるが、金正恩氏の隠密の北京訪問が公式に発表されたのは、3月28日、中国国営新華社と北朝鮮の朝鮮中央通信のニュースだった。

 訪問は3月25日夜から28日まで足掛け4日間。その間、習近平夫妻は金正恩夫妻を2回食事でもてなし、会談、そして夫妻で見送るなど最大限の歓待だったようだ。会談の詳細は明らかにされていないが、金委員長は、朝鮮半島非核化について、北朝鮮の体制が保障されなら非核化を実行する意思はあると強調したとされる。

  Financial Times 3月29日版は、習氏と金氏の関係は、あたかも父親が非行の息子をさとすようだった、いまや従順になった息子とstern and benevolent(厳しくも寛大な)父親、と表現している。実際、金正恩氏は、父親の金正日氏から王朝を譲り受けていらい、北朝鮮の対中国関係を取り仕切っていた義理の叔父にあたる張成沢国防委員会副委員長を処刑、実の兄、金正男氏をマレーシアで殺害、また中国にとって外交上重要な節目でも無謀な核・弾道ミサイル実験を繰り返して中国の面子をつぶすなど”乱行”もしくは”悪行”を繰り返してきたから、今回の神妙な訪問がそのように表現されるのもわかる。

 金氏にとっては、トランプ氏との会談を前にして、これまでのような国際的孤立状態では甚だ心細いので、かつては”血の同盟”を誓い合ったこともある大国、中国の後ろ盾が欲しかったのであろうし、一方、中国にとっては、トランプー金の直接会談で事態が決まってしまうことは、中国の影響力の低下を意味するから、なんとしてもここで北朝鮮の後見人の役割を演じて、国際的影響力を確保したかったといえよう。この会談はそうした意味で両者の利害が一致するので、北朝鮮からの再三の会見要請に、このタイミングで中国が応じたというのが真相と推察される。


5.  安倍首相とトランプ大統領、フロリダで首脳会談

 4/17〜18、安倍首相はトランプ大統領とフロリダで首脳会談を行った。両首脳の会談は2017年11月、トランプ大統領がアジア歴訪の際に日本に最初に立ち寄った時の会談以来、半年ぶりである。この間、国際情勢はとくに北朝鮮問題をめぐって大きく動いた。とりわけ2月以来、北朝鮮が急に融和ムードを演出する”微笑外交”に転じてから、極東をめぐる国際関係は激動した。

 冬季オリンピックを利用した文在寅韓国大統領と北朝鮮の金正恩委員長の掛け合いはあたかも出来レースのように進み、日本はこの重要局面でプレイヤーの役割が果たせず、いわば観客の立場で、置き去りにされた印象を持つ向きの多かったのではないか。日本にはこの局面でカードがなく、ひたすらアメリカと協調して、北朝鮮が完全な非核化を実行するまで経済制裁などの圧力をかけ続けるとアメリカに強調する以外に打つ手はなかったように見える。

 そうした状況の中での日米首脳会談だった。フロリダでの初日は、ゴルフ好きの両首脳がまずゴルフを楽しみ、それから、安全保障問題を中心に議論した。そこで、安倍首相は、北朝鮮が完全な非核化を実行するまで圧力をかけ続けるべきだ、との既定路線を強調したようだ。その際、拉致問題について、米朝首脳会談でトランプ氏が北朝鮮に誠意ある対応をするようにと要請した。

 そして、翌日の経済討議に進む予定だった。ところがそこで異変が起きた。安倍首相との初日の会談を終えた夜、トランプ氏は、ツイッターに次のように書き込んだのだ。「TPPは日本などがアメリカを復帰させようと望んでいるようだが、あれは最低だ。2国間の取引の方がアメリカの労働者にとってははるかに有利に交渉できる」と。安倍首相は、トランプ氏が1月のダボス会議でTPP復帰を匂わせて以来、その復帰を実現させるためにあらゆる環境整備を進めてきた。首脳会議2日目は経済が議題なのでそれが主題になるはずだった。

 Financial Times 4月19日号は、”これが最も重要な同盟国に対する仕打ちか?しかも安倍首相がスキャンダル問題で最も困っている時に、これ以上最悪な振る舞いはない”と批判している。トランプ氏は3月にいきなり鉄鋼とアルミについて高い付加関税をかけると宣言したが、その後、NAFTA交渉相手のカナダ、メキシコ、また欧州はじめ多くの同盟国は当面その適用除外とした。同盟国で適用除外になっていないのは日本だけである。日本は中国のように報復措置はとらず、ひたすら恭順にしているのに、この仕打ちは何だ、とFT社説は率直のトランプ氏を批判している。

 米朝交渉を控えて、世界諸国が、世界の安全と平和のためにそれぞれどのような役割を演じられるか工夫と努力をしている時に、北朝鮮の核とミサイルなどの影響を韓国と並んで最も受けやすい立場で、しかも経済的には世界に大きな貢献をしている日本は、トランプ氏から見れば全く何の価値もないように見えるのだろうか。


6.   4/18 トランプ氏、ポンペオCIA長官(次期国務長官)の金正恩氏との会談を追認

 トランプ大統領は、4/18ツイッターで、「マイク・ポンペオが、先週、北朝鮮で金正恩と会談した。会談は順調で、良い関係を構築できた。・・首脳会談の詳細を今調整中だ」と書いた。ポンペオ氏の訪朝は17日にワシントンポスト紙が報じたが、同紙によると、訪朝期間は4月1日のイースター休暇の間。ポンペオ氏は3月13日に国務長官に指名されたばかりで、訪朝当時はまだCIA長官のままだった。

 トランプ氏は前国務長官のTillerson氏とは見解のそりが合わず、トランプ氏は国務省を重視せず、CIAの情報機能を重用する傾向がある。CIAでは昨年5月に「朝鮮ミッションセンター」を立ち上げ、北朝鮮や韓国の情報機関と頻繁に連絡をとって情報活動を進めているようだ。しかし、国際問題は過去の経緯や政策問題が前提になることが多く、国務省にはそのための専門家が多いが、単なる情報機関であるCIAの重用はリスクがあると指摘する向きも多い。トランプ式外交の特徴が吉と出るか凶と出るか、見守る必要がある。


7.  朝鮮労働党、党中央委員会総会で、核・ミサイル実験中止、実験場廃棄と決定

 北朝鮮の朝鮮中央通信は、金正恩委員長が、4月20日、党中央委員会の報告で、「核実験や中長距離ミサイル、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射も必要がなくなり、北部核実験場も使命を終えた」と報道した。総会はこの日採択した決定書で、核実験とICBMの発射実験と中止し、北朝鮮北東部・豊渓里(ブンゲリ)の核実験場を廃棄すると表明した。

 これは新たな実験をしないと発表しているだけで、それが非核化に具体的にどのように繋がるのかの道筋が見えないこと、また、これまで4半世紀の間、北朝鮮は、非核化をすると何度も宣言して、その都度、制裁の解除や援助を獲得してきたが、結局、それらの約束は一つも守らなかったという経緯があるので、今回の発表は、”口先だけ”と取る向きが多い。


8.    板門店での金正恩委員長と文在寅韓国大統領の南北首脳会談

 そして4月27日、史上3度目になる今回の歴史的南北首脳会談が板門店で開催された。その状況についてはやや詳しく冒頭に述べたので、ここでは、両首脳による「板門店宣言」の要点と、ここにいたまでの非核化についての首脳などの発言の経緯を整理しておきたい。

○南北首脳による板門店宣言の要旨
ー完全な非核化と通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認
ー朝鮮半島の非核化のため、国際社会の支持と協力と得るよう努力
ー今年中に終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換
ー南北と米国の3者または、南北と米国、中国の4者による会談の開催と推進
ー南北首脳で定期的に会談
ー文在寅大統領が秋に平壌を訪問。

○非核化をめぐるこれまでの首脳発言の経緯
ー2018.3.5.
  金正恩と韓国特使団による会談(韓国政府発表)
  ・北朝鮮に対する軍事的脅威が解消され、体制の安全が保証されるなら、核を保有する理由
   はない。
  ・非核化問題の協議と米朝関係正常化のために、米国と対話する用意がある。
  ・対話がつづく間、追加の核実験や弾道ミサイル発射など挑発を再開しない。

 ー2018.3.26.
   中朝首脳会談での金正恩氏の発言(中国外務省発表)
  ・「遺訓に基づき、半島の非核化に力を尽くす」
  ・「朝米首脳会談と行うことを願っている」
  ・「南朝鮮と米国が善意をもって我々の努力に応じ、平和の実現のために段階的で同時並行
    的な措置が取られるのであれば、半島の非核化問題は解決にいたることが可能になる」

 ー2018.4.9.
   朝鮮労働党中央委員会政治局会議(朝鮮中央通信)
  ・金正恩氏が北南関係の発展方向と朝米対話の展望を深く分析して評価

 ー2018.4.20.
   朝鮮労働党中央委員会総会
  ・金正恩氏「核実験や中長距離ミサイル、ICBMの試射も必要なくなり、北部核実験場も
   使命を終えた。

 ー2018.4.27.
   南北首脳会談での板門店宣言
  ・南北は完全が非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認。

 
9.   米朝首脳会談の背景、展望、課題

 最後に米朝首脳会談の背景、展望そして課題についてコメントしておきたい。

 まず、背景として、なぜ2018年に入って急転直下、これまで4半世紀にわたって想像することもできなかった米朝首脳会談がにわかに実現する方向になったのか、その背景を考えたい。

 
 第一は、これまで、核兵器を持つこと、しかもそれがアメリカの首都や東部の大都市を攻撃できるICBMに搭載できる核兵器であることは、北朝鮮の悲願だった。朝鮮戦争で血の同盟を誓った中国も、ゴルバチョフ以降のロシアも、北朝鮮にとっては敵国である韓国と1990年代初頭に国交を結び経済協力協定まで結ぶという状況変化の中で北朝鮮は国際的に孤立した。

 その孤立の中で、金王朝の存続を保証できる唯一の条件が上記の核・ミサイルによる攻撃能力であると金親子は考え、その実現に邁進してきたのである。世界最強のアメリカは北朝鮮の核兵器開発を阻止しようとしたが、果たせず、北朝鮮はアメリカが本気で武力行使に踏み切らないので、クリントン、ブッシュ、オバマ歴代アメリカ政権の足元を見て、核とミサイル開発を続けた。

 ところが、トランプ政権は対応が違った。トランプ氏は「すべての選択肢はテーブルの上にある」と武力行使も排除しない姿勢を示したが、トランプ氏は、世界情勢にも歴史にも疎い、というより興味がなく、Dealだけを信ずるいわば興行師である。彼はただ、2000年の大統領選に勝てば良い。そのためには、北朝鮮からの核ミサイルの脅威は「俺がつぶした」と選挙民の前で勝ち誇れればよい。そのためには、場合によれば本当に武力行使をするかもしれない。

 これまで常識あるアメリカの歴代大統領を見てタカをくくってきた北朝鮮、特に金正恩氏はアメリカの段違いの武力と、それを場合によれば使うかもしれないというトランプ大統領の実際的な脅威を、状況を分析するうちに理解したのだろう。日本の首相として初めて北朝鮮の金正日氏と対峙し拉致被害者の帰還を実現した小泉純一郎氏の感想を聞いたことがある。小泉元首相は、「アメリカは軍事力をただもっているだけでなく、毎年のように実戦で使っているので、その本当の戦力は圧倒的だ」と指摘しておられた。それを金正恩氏も理解し、トランプ氏に会いたいと韓国の特別使節に伝えたのだろう。

 一方、韓国の特別使節団からその報告を聞いたトランプ氏は、これはDealで生きてきた俺がやらざるを得ない。国務省の秀才どもに任しておいてはできるものもできなくなる、ということでその場で「会おう」と決断したのだろう。以上が、私の考える、今回の米朝首脳会談の背景である。

 次に、それでは交渉はどうなるか、その結果はどうなるか、すなわち展望を考えたい。北朝鮮は4月27日の南北首脳会談で、半島の完全非核化を目標とすると言い、それは板門店宣言にも書き込まれた。「完全非核化」はまさにキイワードであり、それがどのように実現するのか、世界中が固唾を飲んで見守っている。

 その言葉自体は明白だが、実際に、それが何を意味するのか、どのようにして実現していくのか、ということになると、そこには核兵器やミサイルの種類、どの段階で何をするのか、査察はどうするのか、査察で本当にわかるのか、などなど莫大な可能性の組み合わせがある。また朝鮮半島の非核化という場合、半島には北朝鮮だけでなく韓国もあり、韓国には米軍が常時駐留しており、必要とあれば核を動員することはわかっている。したがって、朝鮮半島の非核化とはそれも含む膨大な分野ということになる。

 私はある会合で、韓国大統領外交安保特別補佐官、文正仁氏の講演を聞いたことがある。氏は非核化ひとつをとっても上記のような多様な解釈と複雑なステップがあり得るので、その実現には膨大な交渉、査察、実行の手続きが要ると述べておられたのが印象的である。その文正仁氏が今年5月に入って「休戦協定を平和協定にするなら、米軍の存在は不要になる」という解釈を示して韓国首脳部で物議を醸したと報道されたが、論理的にはそうした可能性も排除できないということだろう。以上のように、米朝首脳会談の展望は、誠に複雑かつ不透明というほかはない。

 ちなみに、文正仁氏は、半島統一についても言及した。文在寅韓国大統領は二言目には民族の悲願として「半島統一」を叫んでいる。文正仁氏によると、統一にもいろいろな種類と段階があり、南北が完全に普通の単一国になることは困難でも、国家連合や連邦のような様々なヴァリエーションで将来像を描くことは可能との見方を示され、統一も全くの夢物語ではないことを感じさせられた。

 最後に課題、特に日本の課題について述べたいと思う。上記のような複雑な可能性の枝が森のように入り組んでいる中で、気の短いトランプ大統領が、自分の選挙第一(彼は実はAmerica firstではなく、Trump Firstなのだ)に結論を出すとどうなるか。それは要するにアメリカの自分の選挙区に核弾頭つきミサイルが飛んで来なければ良いのである。それを選挙民に約束すれば彼は次期大統領に再選されると信じているのだろう。

 それだけが条件ならば、金正恩氏も乗りやすい。核弾頭つき大陸間弾道弾をトランプ氏が見ている前で廃棄し、その生産設備も発射装置も破壊すれば良い。その他の兵器は温存できる。それもすべて廃棄なら彼は当然、米軍の半島からの撤退を要求するだろう。その他の兵器の中には何年も前に完成されたノドン、テポドンなどの中距離弾道弾は当然含まれる。日本全土はそうした中距離弾道弾の着弾域にある。

 それらはアメリカの脅威ではないから、トランプ氏が核ICBMの廃棄で良しとするなら、アメリカは北朝鮮が攻撃しない限り、アメリカが北朝鮮を攻撃することはない状態、すなわち、北朝鮮の事実上の核保有国化が実現することになる。その時、これまで日本を守ってきた日米同盟の「核の傘」はただの番傘になってしまう。

 すなわち日本の課題は、核の傘が形骸化もしくは事実上失われた状況の中で、国家と国民の安全と平和をどう守れば良いかというまさに朝鮮戦争以降、65年間、一度も真剣に検討したことのない問題に直面するということだ。

 一部の人々は、核保有国に対抗できる軍事力を持てば良いというかもしれない。なるほど日本には何十基も原発があって核技術はあり、プルトニウムは大量に保有しており、人工衛星打ち上げ技術も世界水準であるから、その気になれば10年も経たないうちに技術的にはそうした軍事力は持てるかもしれない。しかもそれは最も安易で安価な対抗手段かもしれない。

 しかし、戦後、唯一の被爆国として平和戦略を追求してきた日本民族と日本を取り巻く国際社会にとってそれは困難な選択だろう。それでは、核の傘がない状況で、この険しい国際状況の中で、信頼され、尊敬され、したがって安全が保障されるような国づくりと国際関係に陶冶を進めていくにはどうすれば良いか、それがこれからの日本にとって真の課題であると思う。

島田村塾三期生有志の中国湖南省研修訪問:とりわけ現地での議論の内容の紹介

Ⅰ.   はじめに

 島田村塾の有志と私は、2018年4月19日から22日まで、中国湖南省を訪問した。島田村塾では2年前にも同地を訪問して大変、有意義な経験と学びをしたので、前回の訪問の際に全面的にご指導を戴いた段躍中先生(日本僑報社)にお願いして、今回も充実したプログラムを企画・運営・ご指導を戴いた。まずはじめに段先生の格別のご厚情とご指導に心から感謝申し上げる次第である。

20180421_2

 今回の報告は、前回の湖南省訪問の報告や通例に島田村塾の海外研修旅行の報告とはかなり趣を異にする。今回は、現地での学生諸君や応対してくださった政府機関などの方々との質疑やdiscussionの内容を詳しく報告することとした。そうした理由の一つは、前回(2016年)の湖南省訪問で、湖南省や湖南大学などの訪問先については詳細に説明(英語)したが、今回も訪問先はかなりダブルので、そうした説明は省略することとしたこと。

 今一つの理由は、今回、湖南大学での学生諸君との質疑の質は前回にも増してかなり高度で充実していたので、最近の中国の一流大学の学生諸君の知的水準と彼らの関心事を、私のこの報告でやや詳細に伝えたかったこと、また湖南省の湘潭県(長沙市の隣の県)経済開発特区での議論は、かなり突っ込んだもので私の長いコメントに対し相手方が最終的に大いに共鳴されたので、意味があったのではないかと思い、日中の議論の一つの有益な例としてこの報告で紹介したいということ、である。

 今回の研修旅行の日程の概要、ならびに参加者については参考のために以下に記します。

○研修旅行日程の概要
4月19日(木)9:25羽田発(JL081)にて上海へ、上海市内にて「歓迎昼食会」、
       長沙へ移動(高速鉄道)、長沙市内にて夕食会、長沙泊
4月20日(金)午前  長沙市内見学(馬王堆漢墓 他)、湖南大学学長主催「昼食会」、
       午後 島田晴雄先生特別講演会(於:湖南大学)、
       湖南省政府主催「夕食会」、長沙泊
4月21日(土)午前 毛沢東旧居見学、午後 湘潭県経済開発特区視察、
       湘潭県政府主催「夕食会」、長沙泊
4月22日(日)長沙出発、上海経由、14:00上海(浦東)発(JL876)にて帰国

○参加者リスト
島田晴雄、段躍中、倉持茂通、宮澤伸幸、磯野謙、秋山友紀、松田梨奈、阿座上正博、神内佑大、欧陽延軍


Ⅱ.  湖南大学でのセミナーでの質疑応答

 湖南大学は中国各地に展開するおよそ20ほどの一流大学の一つで、中国でももっとも歴史の長い名門大学である。湖南省は現代中国の創始者毛沢東を始め、胡耀邦、劉少奇、朱鎔基ら戦後を代表する中国指導者だけでなく清帝国を太平天国の乱から救った英雄、曽国藩などを輩出した特別な地域で、その中核的学塾としての伝統を守る湖南大学は、5万人の学生を始め多くの研究者と優れた研究・教育の成果をあげる誇り高い総合大学である。

 私は2年前の訪問の際に、同大学で、学生諸君200余名と教職員のために講演・討論会を行い、客座(客員)教授の名誉を戴いたが、今回も段献忠大学学長はじめ教職員ならびに段躍中先生の御尽力で同様の講演と質疑の貴重な機会を戴いた。私の中国語での30分に及ぶ講演『世界における中国と日本の地位と役割』のあとで、学生諸君と英語ならびに日本語での質疑があったが、彼らの質問の的確さの背後にある鋭い関心と問題意識が特に印象的だったので、以下で、その内容を詳細に報告したいと思う。なお私の中国語の講演は、私の中国語ブログ『島田中文説』(http://www.haruoshimada.net/chineseblog/2018/05/post-1969.html)に再録されているので、興味のある方はご参照ください。以下は、その講演に続く学生諸君との質疑の詳細の紹介です。

201804202
○男子学生、ビジネスカレッジ、英語

 Q:日本では労働者の労働時間が長く、超過勤務(残業)や過労死などが深刻な問題になっていると聞いています。この現象は、勤労者の生活の質(Quality of working life)にとっても重要な問題を提起していると思います。政府はこの問題に対してどのような政策対応をしているのでしょうか?

 A:   これは大変、良い質問です。なぜなら、これはまさに現在の日本政府すなわち安倍政権が”働き方改革(work way reform)”というテーマで最も重要な政策課題として取り組んでいる問題だからです。

   働き方改革には二つの重要な側面があります。ひとつは、残業を減らし、労働時間を減らして、勤労生活の質を高めるという課題、いまひとつは労働の報酬を労働時間ではなく成果に対して支払う、”成果報酬(pay by performance)”制度の導入です。後者のテーマは、経済のサービス化が進む現代にはますます重要な課題になりつつあります。サービス労働はベルトコンベアーの製造業とは異なり、その成果は必ずしも労働時間に比例しません。労働時間は短くても工夫と努力で大きな成果を挙げることができるからです。

   安倍政権は、働き方改革という政策を進める上で、この二つの課題に取り組んで来ました。労働時間の短縮は残業時間の上限を設けるなど、進展して来ました。その一方で、成果報酬制度の導入は足踏みしています。成果報酬を導入するために、政府は”脱時間給”という考え方を労働組合や経営団体に受け入れてもらうよう努めて来ましたが、労働組合などは抵抗しています。
 
   今次国会に、政府は、成果報酬制度の導入を含む”働き方改革”の法案を提議しました。厚生労働省は、そのための審議の資料として、成果報酬制度で働く勤労者の労働時間が比較的短いという統計データを示しましたが、そのデータの信憑性に疑義が持たれ、野党から激しい攻撃を受けたため、政府は結局、働き方改革法案から、”成果報酬”制度導入の部分を削除することを余儀なくされました。欺瞞のあるデータを提示した厚生労働省の作為とは思いたくありませんが、これは安倍政権にとっては打撃でした。

   なぜなら、労働時間短縮と成果報酬制度の組み合わせで、働き方改革はバランスがとれるからです。労働時間短縮だけでは、労働コストの上昇になりますが、仕事の質ないし生産性向上を刺激する成果報酬制度と合わせて、労働生活の質の向上と経済の効率化が同時に実現されるからです。

○女子学生、ビジネスカレッジ、英語

 Q:  トランプ大統領は、アメリカが輸入する鉄鋼やアルミニウムに対して高い付加関税を課しました。アメリカに大量の鉄鋼を輸出している中国は大きな影響を受けるので、中国は対抗措置としてアメリカから輸入する農産物に対して報復関税を課すと発表しています。このような応酬は、貿易戦争に発展するのでしょうか?このような状況の中で、日本はどのような立場をとるのでしょうか。日本はどう対応するのでしょうか?

 A:  トランプ大統領が、3月に鉄鋼については25%、アルミニウムについては10%の付加関税をかけると言明しました。一部の同盟国や、NAFTA改革を協議中のカナダとメキシコ以外は、例外なく、この関税を適用するとしています。日本も例外ではありません。中国は構造的に鉄鋼生産の過剰設備を持ち、過剰生産せざるを得ず、アメリカに対する最大の鉄鋼輸出国なので、最大のターゲットにされています。

   中国は、アメリカの関税攻撃に対して、アメリカから輸入する農産物に高い関税をかけるという対抗処置をうちだしました。これは特にトランプ大統領の支持基盤である中西部の農民層を狙ったとも言われています。これに対してトランプ氏はさらなる対抗処置を講ずる用意があると脅しをかけています。

   しかし、中国は最近、これまで外資を厳しく制限していた金融市場の抜本的な開放政策を宣言しました。例えば100%外資でも参入可能にするとしていますが、それが実現すれば、数年以内に金融産業は大きく国際化されるでしょう。中国の政策当局は、金融のような基幹産業でも、開放できる実力を身につけたとの自信を持ったのでしょう。トランプ氏のさらなる攻撃目標はIT産業や知的財産権問題とも言われています。

   こうした状況の中で、大きな鉄鋼輸出国である日本は、比較的、冷静に対応しています。その理由は、日本からアメリカに輸出される鉄鋼は高品質の特殊鉄鋼が多く、それらは品質で差別化されているので、高関税を付加されてもアメリカの需要産業は買わざるを得ないという競争上の優位がある場合が多いからです。そのため、今のところ、日本はアメリカに日本を付加関税の対象から除くよう要望は出していますが、アメリカの対して中国のような対抗措置はとっていません。

   トランプ氏は、日本に対し、日本はアメリカを利用するばかりで、アメリカ製品に対して十分な市場開放をしていないと非難しています。アメリカは、これから日本に対して、特別な市場開放を迫ってくる可能性はあります。また、トランプ氏は、一度離脱したTPPに、もしアメリカに対してより良い条件を提供するなら、復帰しても良いと言っていますが、TPP11を推進してきた日本政府は11ヵ国で合意されたTPPの条件は原則的に変えないという立場です。

○女子学生、ビジネスカレッジ、英語

 Q:   日本の右翼(right wing)について聞きたい。日本では近年、右翼の活動が活発化していると聞きますが、実際は?日中関係は、かつては友好な関係の時もあったが、最近の日中関係は必ずしも友好とは言えない。”右翼”の活動の活発化で、友好関係の前進が阻害されないだろうか。

 A.:   まず、貴女は、右翼という言葉で何を意味しているのか、具体的にどのような勢力や人々を指しているのかを知りたいと思います。

  日中関係について言うと、戦後の日中関係の正常化(国交回復)に最大の貢献をしたのは田中角栄氏と思います。田中首相は、毛沢東時代、周恩来総理と交渉をして日中国交回復を実現しました。田中氏は戦後日本の最大の政治家と思う。彼は保守本流の政治家で日中国交回復という大事業を成し遂げたが、右翼ではない。

 一方、戦後日本には、ソ連のコミンテルンの影響を受けた共産党があり、それらと深い関係を持つ社会党、その後の民主党などの系譜がある。彼らは、中国共産党にも親近感を持つだろう。コミンテルンの影響下で発展したという意味では兄弟のような関係とも言える。これらは日本では一般に”左翼”と呼ばれている。

         ただ、日本では、これらの勢力は単に政権党に対して批判するだけで、国家を治める対案を提示してこなかった。彼らの主張は、現代社会から遊離した非現実的なもので、責任ある政治勢力ではない。しかし、国民の間に一定の支持はある。2009年から3年間、この流れを汲む民主党が政権をとった時期があったが、結果は、日本の混乱と衰退で無残だった。

   安倍首相については、国際的にもナショナリストという評価があるし、日本では”右翼”という人々もいる。しかし、彼は責任ある政治指導者である。一般に、政治家は皆、ナショナリストではないか。トランプ氏はAmerica Firstを標榜しているが、どの国のでも政治家は自国優先、自国firstは常識だろう。ただ、トランプ氏のAmerica Firstはその他の国々を犠牲にしても構わないという極めてegoisticなAmerica Firstなので、世界的指導者としては無責任でむしろ危険な存在だ。世界諸国のまともな政治家の”自国first”は、世界の共存、共栄のバランスをふまえての自国firstだ。

   日本の政治は基本的に”保守勢力”の政治。彼らは野党の批判は十分認識した上で政治を行なっている。それが責任ある政治ということである。単純に、日本の政治にRight wing(右翼勢力)の影響がある、とするのは、表現として不適切であり、実体の理解を妨げる危険がある。

 ○男子学生、法学部、英語

  Q:  日中交流は重要と思うが、メリットと同時に、ジレンマがあるのではないか。中国が台頭し、存在が大きくなってくると、国際社会には、それが国際秩序を変えようとしている、という懸念が高まる。とりわけ、アメリカは、中国の発展が、国際経済を大きく巻き込む ”一帯一路(One belt, one road)” やそれを支えるAIIBのような発展につながること、また、特に、”2025年情報化計画” などがアメリカを脅かす可能性があると認識して、中国の発展を抑え込もうとしている。

   日本にとって、中国の発展はどのような意味を持ち、どのように受けとめられているのか。中国の発展は、日本にとって、脅威なのか、それとも機会(チャンス)なのか、見解を聞かせて戴きたい。

  A:  結論的には日本にとって中国の発展は機会(chance)と考える。しかし、機会とするには日中双方にとって多くの努力が必要。

    中国の発展が世界に脅威を与えるように見えるのは、それが世界秩序に変更を迫るように思われるからだ。既存の世界秩序とは、覇権国やその勢力が確立した秩序。現在の世界ではそれは欧米諸国が確立した秩序だ。それは、例えば、自由、人権、競争、民主主義などに象徴される秩序でである。これはフランス革命、英国の産業革命、アメリカ合衆国の独立など欧米諸国の発展を通じて醸成され、確立された。

    後発国が覇権国を追い上げる過程で、両者の間では対立関係が先鋭化することが多い。よく知られた「ツキディデスの罠」はアテナとスパルタの対立が戦争に発展した故事からの教訓を説いたもの。近代では、19世紀の英国とロシアの”Great Game”と言われた対立、20世紀前半の日本の急激が発展による欧米列強との対立、そして現在に米中対立などはその例。このような後発国と覇権国の対立は、世界史を通観すると、約2/3は戦争になっている。

    欧米の秩序や価値観から見れば、中国は明らかに異質。異質の中国が発展し、その世界におけるプレゼンスを高めることは、そのままなら確かに欧米にとって脅威だろう。日本は今、建前として欧米の価値観を受容している。そうであるとすれば、中国の発展について欧米と同様の脅威感を共有するのだろうか?

    しかし、日本は第二次大戦前は、日本特有の価値観、国家観を奉じかつ主張していた。それは皇国史観にもとづいた”神の国”という国家観。神の国だから鬼畜米英に負けることはありえないという価値観で国民を戦争に駆り立てた。

    その日本は1952年、サンフランシスコ講和条約を契機に、急遽、それまでの価値観を捨て、米欧と価値観を共有すると宣言した。欧米は、市民革命や独立戦争などの試練を経て、このような価値観を醸成したが、日本は、被占領状態解除のいわば条件として、欧米流の価値観を受け入れたのであって、自分の努力で勝ちとったものとは言えない。

    日本は歴史的には、中国から1000年以上にわたって文明を吸収し、それを消化して日本の伝統や価値観を醸成、構築してきた。日本は、中国的価値観や国家観を研究してきた歴史があり、中国的価値観を理解する素地がある。中国は3000年に及ぶ世界でももっとも長い文明史があるが、多くの民族が入り乱れて王朝が変遷する歴史なので、必ずしも一貫していない。中国はそれ自体、異民族、異文化の葛藤と共存を繰り返してきた。

    現在の中国は、習近平国家主席の指導力の下で、中国的価値観と国家観を内外に向けて強く主張し始めている。これは現代中国の経済発展を主導した鄧小平が唱えた”韜光養晦(爪を隠して実力を磨く)”の考え方とは対照的。習近平体制で求められる価値観や国家観が何を意味し、何を求めるのか、を日本はもっと研究し、理解する必要がある。

    日本は、歴史的、文化的、地政学的にそれができる立場にある。ツキディデスの罠に陥ってはならない。共存・共栄の行き方を示せる可能性がある。その時、中国の発展は日本にとって、脅威ではなく、機会になるだろう。

  ○女子学生、外国語学院院生、日本語

  Q: 中国とアメリカの間で貿易戦争になりかねない対立が高まっています。最近、アメリカは中国のハイテク企業のアメリカ進出を禁止しました。トランプ氏は、鉄鋼やアルミへの高関税の付加、投資活動の制限、輸入制限措置の強化などの排他的、攻撃的政策を発動していますが、その理由は何なのですか?トランプのこのような対外通商政策は、アメリカにとって、また世界にとってメリットになるのでしょうか。中米対立がますます激化しそうな状況ですが、そうした中で、日本は、アメリカか中国か、どちらに付くのでしょうか?

  A:   たしかに貿易や通商をめぐる米中対立は大いに懸念されます。貿易戦争に発展するかどうかと言えば、その可能性はなくはありません。しかし、最近の中国は金融など重要な面で開放政策を発表するなど、対立の激化や紛争を避ける方向に努力しており、私はその努力は評価しています。

    トランプ氏がこうした排他的、また攻撃的通商政策を仕掛けてくる理由は明白です。トランプ氏は選挙中から、アメリカの労働者の雇用機会は中国の不当貿易で騙しとられ(rip off), 奪われた(ship off)のだから、それをとり返してやる、と繰り返し発言していた。それは彼の公約となった。その手段としてトランプ氏は必要なら40%もの高関税をかけると脅していた。今回、その公約を、鉄鋼には25%、アルミには10%という関税を付加することで実行した。

    トランプ政権のこうした行動が、アメリカや世界にメリットがあるかと言えば、それは全くない。逆にデメリットが大きく拡大する。なぜなら中国や日本からアメリカに輸出される鉄やアルミ製品は、アメリカ企業の製品の原材料や工作機械などに使われる生産材である。これらに高関税がかかると、アメリカ企業製品の価格が上昇し、生産量は下がる。これはアメリカ経済や消費者にとって悪影響を及ぼす。世界にとっても同様の影響で、価格上昇と生産縮小につながり世界市場は収縮する。

    実際、1930年代の大不況後、アメリカのSmoot Hawley法に基づく、関税引き上げが国際的な関税引き上げ競争を加速させ、それが第二次大戦の引き金になったという説もある。第二次大戦後の世界は、その誤ちを繰り返さないため、アメリカ主導で、自由貿易と守るための国際協力の枠組みを整備してきて。その仕組みをアメリカ大統領であるトランプ氏が、アメリカ第一のスローガンの下で、事実上、私利私欲の暴挙を行っていることは誠に残念。

    このようなアメリカと中国の対立の中で、日本はどちらに付くのか、という質問ですが、経済面では、日本は自由貿易と国際協力という戦後のアメリカが主導してきたシステムを活用して発展を実現してきた。TPPもその延長線上にある。
    一方、安全保障面では日本は日米安保が基本。日本の安全は今はアメリカに依存している。どちらに付くかは、経済と安全保障の総合的判断の結果。日本は経済では自由貿易を標榜しているが、パートナーとしての中国の重要はますます高まっている。中国とどのような関係を築くかについては先の質問者への答えのような努力が必要。

  ○男子学生、日本語

   Q:    日本では人口の減少と高齢化が進んでおり、労働力が不足していると聞いている。日本は移民が必要ではないか。日本政府や人々は、移民についてどう考えているのかを聞きたい。

   A: 移民はこれからの日本にとって極めて重要な課題と思います

    日本では現在、移民を厳しく制限しています。実際、日本には日本に受け入れる人々を管理する法律としては入国管理法と難民認定法しかなく、移民法も整備されていません。それが象徴するように、日本には移民を受け入れるための戦略もありません。

     移民受入の必要については、戦後、労働力不足の局面で、3回ほど議論が高まった時期がありました。それらは、高度成長で労働力が不足した1960年代、バブルで労働力が不足した1990年代、そして人口の長期的減少と高齢化によって長期的に労働力不足が懸念される現在です。

     歴史的に見れば、日本は移民で成立した国と言えます。5000年前には日本列島には縄文人と呼ばれる先住民がいました。彼らは主として南洋方面からの人種と思われます。3000年前頃に、中国やモンゴルを起源とする弥生と呼ばれる異人種が日本列島に参入し、縄文人は大部分排除されました。そして日本に古代文明が芽生えてから今日に至る2000年間は、日本には大量の移民受入れはありませんでした。

     私は日本では移民の推奨者です。ただ、移民はしっかりした受入の準備なしに受け入れると社会の低層に追いやられて差別される傾向があり、彼らにとっても気の毒ですし、受け入れた国でも深刻な社会問題となります。そうした弊害を避けるために、私は移民を受けるなら、7つの基本的人権を保障して受け入れよと主張しています。それらは、失業保険、医療保管、傷害保険などの公的保険や生活保護、住居で差別されない権利、子供が教育を受ける権利、地方選挙権などです。そして多くの国で法制化されている「移民法」を整備することは日本の基本的な課題です。

     世界史を見ても成熟国で移民を受け入れずに存続した文明はおそらく無いので、移民問題はこれからの日本にとって大変重要な課題です。

  ○男子学生、3年生、日本語

   Q:日本の職場の現状について伺いたい。特に職場慣行について聞きたいのだが、女性が差別されており、正規労働者と非正労働者との間の所得格差は大変、大きいと聞いている。それは本当か。また、女性が外で労働するためには、家事と外の仕事のバランスをうまく取らなくてはならず、そのあたりは日本では政策的にどのように対応しているのか。

   A:  確かに日本の職場で、男女間の格差はある。しかし、格差は次第に縮小している。女性でも、資格や高い技能を持った女性には男性との間で基本的に格差はない。

     しかし企業の中には、仕事の内容がほぼ同じでも、職位で工夫して女性の仕事には別の名称をつけて事実上、格差を維持している場合もある。ただ、こうした実情も時間の経過とともに着実に改善してきている。例えば、男女平等とされるアメリカでも40年前には、女性医師は非常に少なく、医学部に学ぶ女性が少なかった時代がある。それが今では、女性が医師の過半を占めている。日本はこうした状態を30年遅れで追随している。

     女性は家事労働の負担があるとされるが、日本の女性の外での仕事志向は高い。女性の外での就業を妨げる要因の一つは家事の負担。しかし、家事の負担は、技術の進歩で、年々減少している。例えば、洗濯機、掃除機、炊飯器などの電化製品やロボットの使用などで急速に減っている。企業の職場観光も影響する。また家族や夫の理解も大きい。しかしこれらの全般にわたって女性の外での就業を妨げる要因は減少し、女性の就業は増加の傾向にある。

  ○女子学生、日本語

   Q:日本での就職に興味があります。日本の職場では中国人への差別がありますか?

   A:  昔は、中国人が日本で就職するには困難があった。学卒の就職でも中国人は不利だった。私は大学で教えていたが、20年ほど前までは中国人の学生は日本での就職に苦労していた記憶がある。

     しかし、最近は、中国人社員へのニーズが高まり、需要が増えている。ユニクロなどはその代表的な例。中国人材への需要が増えているので、能力さえあれば差別はない。中国人材への需要は大きく増えているので、実情をよく調べて就職活動をすることをお勧めする。

20180420by

Ⅲ. 湖南大学MBAの学生諸君との対話

 学部学生諸君との大会場での質疑応答の後で、別室のセミナールームで経営大学院のMBAコースの院生諸君と座談会を行った。この座談会では、島田村塾の塾生諸君と湖南大学院生諸君との対論が主な趣旨であった。

中国院生: 今の国際情勢では、日中が協力してビジネスチャンスを増やすべき時。対日貿易に関わるビジネスチャンスをどう増やすかが課題と思う。

中国院生:私は日本企業のあり方などは映画やドラマで知る程度。日本では職人気質の技能者がおり、それが日本の工業の基礎になっていると聞く。しかし、今はITで毎日技術が変化しているので、職人気質だけでは対応が難しい時代になっているのではないか。

中国院生:仕事の仕方は、中国では、まずプロジェクトを立ち上げ、細かいところは後で詰める。日本はむしろ細部から積み上げて、全体を完成させる方式のようだ。

欧陽:私は投資業務に関わっているので、沢山の企業の現場を見てきているし、多くの調査分析もしている。その経験から言うと、日本はmicro innovation は強いと思う。hardware のkey components, consumer electronics製品、semi-conductor,などは強い。これに対し、ITのサービスは中国が優れている。ITはデータの規模が競争力も源泉になるので、人口が多い国が有利になる。日本は細かい部分は強い。ただ、中国も進歩している。お互いに、長所を組み合わせて双方とも発展することは可能と思う。

島田:中国政府は、今後10~20年以内に、中国の自動車を全てEV化するという大方針をうちだしたが、それは自動車産業の現場にはどのようなimpactをもたらしたのか?

中国院生:自動車生産のvalue chainは企業集団(中国企業、JV, 外資の独資など)や地域によっても大きく異なるので、一概にはいい難い。どのようなvalue chainを作るかが鍵になる。

欧陽: 中国の自動車の生産ラインでは、high endのロボットが足りない。

中国院生:生産ラインの完全なロボット化は、テスラでもできない。中国は技術を海外から獲得してきた。J way社はその国産化を進めている。low end,  middle endのロボットは今めざましく進歩している。

松田: 私は自動車部品製造メーカーの社長をしているが、私の業界では、給料を日本の2~3倍出しても日本の熟練技能者が中国企業に引き抜かれる例が後を絶たない。中国のITは例えばAI搭載機器などの形でも大きく進んでいる印象だ。

中国院生:私はMBAの院生として中国国内企業を見学する機会は多いが、租州には多くの日本企業が進出している。そうした企業の現場を見学したいができるか?

島田:それは大いに可能と思う。私は日本に留学している中国の研究者の高度研究の助成金の審査員をしているが、多くの中国人研究者が日本企業の研究調査に携わっている。良い研究計画を用意し、人脈をたどっていけばできるはずだ。

中国院生:私は社会的な課題に応えるビジネスに関心がある。そうしたビジネスinnovationの可能性はあるか?

島田:日本には今、ITやゲノム解析など最先端の技術を活用した医療ベンチャーが多く台頭している。一方、中国からは特に富裕層の人々が大量に、日本に良い医療を求めてやって来る、いわゆる医療ツーリズムが成長している。中国の健康保険システムは、未整備で多くの大衆はその欠陥の被害を受けている。そうした状況の中で、多くの富裕層の中国人が中国には期待せず、日本の医療を求めてやって来る現象が高まっている。日本でも最新技術を持った医療機関や医療研究ベンチャーがそれを受け入れている。ここには中国ベンチャーが介在する余地が多様にあるのではないか、そしてそれは社会的な課題に応えることでもある。


Ⅳ.   湘潭県経済開発区

  20180421_3 湘潭県は湖南省州都長沙市に包摂される自治体だが、ここは毛沢東をはじめ中国の数々の指導者の活躍の場となり、経済活動も盛んな意欲の高い自治体。その経済開発区の本部を訪問して県幹部と懇談をしたが、その議論が、日中の相互理解にとって重要な内容に触れるものとなったので、以下にそこでの議論の内容を紹介したいと思う。

 段副主任:湘潭県は外国企業誘致に関心が高い。医療や自動車部品などの分野はその例だ。(段副主任ー中国共産党湘潭縣委員会副書記、縣長段偉長氏)

 
 島田: 自動車産業のsupply chainはご当地ではどうなっている?自動車は数万点の部品を組み立てて製造される。その調達網は複雑に広域にわたって構築されるので、地域間の協業が大切なはず。ここではそれがどのような構造になっているのか知りたい。特に中国政府が、10~20年先には、自動車を全てEVにするという大方針を打ち出したので、自動車産業のsupply chainは根本的な構造変化を迫られるハズ。それがどう受け止められどのような対応が始まっているのか知りたい。

 中国側: 政府の2016~2020計画では、政府はEV公用車の支援をするとしている。2020年までには16万台が目標。当地ではEV生産はまだ5%に過ぎない。全国的には吉林省には自動車産業が集中している。北京汽車やVWも。日本からは、トヨタ、ホンダ三菱などが進出している。

 島田:私達の仲間の、磯野謙氏は、「自然電力」という企業を立ち上げ、電力の地産・地消を進めている。地産・地消なら送電線は不要。地域の発展と独立に役立つ。中国は広大なので、電力の地産・地消はとくに地域の発展と自立に貢献できると思う。

 
 磯野:中国の電力事業には外資は参入できるか。

 中国側:外資は参入できるが、それは発電機や発電所の分野だ。電力供給サービスは政府の管轄だ。

 磯野:100%外資は参入できるか?

 段副主任:それはものによる。

   太陽光発電は、中国では設備品質がもうひとつと思う。必ずしも成功していない。外資の対中投資は、投資に興味があれば原則全てOKだ。投資拠点作りたければそれもOK. 現状の上に何かプラスアルファの開発を進めてくれるような投資は大歓迎。

   湘潭県の特産は、コメ(ビーフン)、豚(豚料理)、ハスの実。

   また地中鉱産物「海泡石」の埋蔵量は豊富。海包石は炭酸の原料になるが、9億トンと推定。
 島田:それら地中埋蔵物は輸出するのか。

 段: 輸出はしない。海外の先進技術を持った企業が中国に進出し、地元企業を共同開発をしてくれるのはとくに歓迎だ。今は開発はもっぱら地元の中小企業が担っている。

 段:今ひとつ、湘潭県は長い歴史と伝統にもとづく人文と文化の蓄積が豊かだ。

   私達は当地で、文化産業を育てたいと思う。湘潭県は朝鮮戦争で中国軍の総司令官として米軍と戦った彭徳懐将軍の出身地であり、水墨画の巨匠、斉白石の生地でもある。近年韓国人が当地の文化に興味を持ち、文化産業の企業も進出して文化交流を進めている。

   日本の企業やNPOの進出に期待したい。そして文化産業と文化交流の発展に貢献してもらえたら、と思う。

 島田:文化産業に育成と交流は大賛成。ここでそうしたことを考える上で、巨視的な視点からコメントしたい。とりわけ日本との関係について少々時間を戴いて述べたいと思う。

 
            日本は古来、中国から文化、文明を学んできた。奈良時代以前、日本には人々が話す日本語はあったが、文字はなかった。中国は3000年も前から漢字を開発した超先進国。

   日本は中国からその文明を学ぶために、役人、僧侶、学者などが遣唐使、遣隋使などとして訪中、留学して中国文明を学習し、吸収し、その過程で、中国の行政制度や仏教などの宗教も導入された。奈良時代の朝廷では、おそらく例えば今日の日本で日本語と英語が併用されるような形で、中国語がそのまま話されていたのではないか。

    平安時代に入って、日本では仮名文字が開発された。それには宮廷の学問のある女官たちが大きく貢献したと言われる。仮名文字、平仮名などが開発され、それと漢字を組み合わせた日本独自の言語体系が発展した。この時代以来、近世まで、中国は1000年以上にわたって日本の師範だったと言える。日本の知識人は中国を尊敬し、憧れた。明治時代まで、日本の知識人は中国文化に親しんでいた。優れた知識人には、中国古来のエリート養成制度である「科挙」に合格するほど中国文化に通暁する人々もいた。彼らにとっていわゆる四書五経は薬籠中の教養だった。

    1850年代以降、欧米列強の圧力が日本にも及んできた。欧米諸国は、産業革命で強化した工業力を背景に国力を増強し、軍備を拡大し、アジア諸国の収奪を企んだ。中国はその餌食となり、アヘン戦争、アロー号事件などで搾奪された。欧州列強の暴威に対して無力だった清王朝を見限って、太平天国を樹立する太平天国の乱が起きた。これは清帝国そのものが直面する危機となるので、湖南省を代表する知識人でありかつ武人だった曽国藩が兵を起こして反乱を平定し、清帝国を救ったことは有名。

    欧米列強の脅威は日本にも及んだ。1853年のアメリカペリー艦隊による開国への圧力に続き、英、仏、ロシアなどが通商を求めて日本に圧力をかけたが、これは日本にとっては半植民地化への脅威だった。日本は、植民地化を避けるために、”文明開化”の掛け声とともに、欧米文明を猛烈に吸収した。

    幕末の開国以来、わずか20~30年間で、日本は西欧文明を急速に吸収した。それは科学・技術、経済・産業、行政制度、文化、医学など広範に渡り、明治20年頃には、これらのすべてが日本語に翻訳され、日本で学べるようになった。日清戦争に敗れ、科挙の制度を廃止した中国から、日本で西欧を学ぶために年間1万人にも及ぶ多数の中国のエリートが日本に留学したほどである。日本に留学した中国人の中で湖南省出身者が最多だったことは特筆されよう。そうした中でも、中国文化は日本の知識人にとって不可欠の教養であり続けた。

    ところが第二次大戦後、中国は日本の知識人にとって尊敬の対象になりにくくなった。それは、中国が、毛沢東時代、共産主義を強調するあまり、中国の宗教を否定し、古来の自らの文化遺産を尊重しなくなったからである。自らの文化遺産を軽視する中国は、日本の知識人にとって尊敬や憧憬の対象になりにくくなった。

    私は、かつて、中国社会科学院の副院長から次のような質問を受けたことがある。「日本人にはアメリカが好きな人が多く、中国を嫌いな人が多いと聞く。アメリカは先に戦争で原爆で罪のない日本国民を30万人も殺し、日本全土を焦土にし、310万人もの日本人の命を奪った。中国は日本に侵略されたが、日本を侵略したことは一度もない。それなのに、なぜ、日本人はアメリカが好きで、中国を嫌うのでしょうか?」

    これは大変重要な質問であった。私は次のように答えた。「確かに戦争中、アメリカは無差別爆撃などで、民間人も子供も含めて310万人の命を奪い、日本全土を焦土にしたので、日本人はしばらくアメリカを憎みました。しかし、ほどなく日本人のアメリカを憎む感情は薄れ、むしろアメリカを好きになり、アメリカを憧れる人々が増えてきました。

    それはAmerican way of lifeが日本人を魅了したからでしょう。自動車、電化製品、摩天楼、ハリウッドの映画、大学、等々。アメリカは日本人留学生を大量に受け入れました。それはまず、Fulbright上院議員の提案で、第二次世界大戦集結で、用済みになった大量の兵器の売却代金を、世界各国からの留学生の奨学金に充てたのです。そのおかげで日本だけからでも数十万人の留学生がアメリカの大学で学んだのです。それは多くに若者がアメリカを理解し、好きになり、そして尊敬する基礎になりました。

    実は、日本政府は、戦後の復興過程にも拘らず、経済援助の一環として毎年、数万人の中国人留学生をを受け入れてきました。その数は、戦後の半世紀で数十万人に及びました。その他にも多くの民間や私費留学生が日本に留学したので、その総数は200万人規模に達しているでしょう。その半数くらいの人々は日中の通訳ができるでしょうから、中国で日中の通訳のできる人は100万人はいるでしょう。それに比べ、日本人で日中の通訳ができる人は1万人もいるでしょうか。私は何度もこれまで中国を訪れていますが、日本人の通訳に日中の通訳をしてもらった経験はありません。

    日本に留学した中国人が日本を好きになったかどうかには様々な説がありますが、日本がまだ貧しい時代に、多くの中国人留学生に奨学金を提供してきた事実は注目すべきであり、留意すべきです。

    中国は今、世界中に、500箇所にも及ぶ「孔子学院」(Confucious School)を設立して中国語と中国文化の普及に努めていますが、私は中国に、むしろ、大規模な世界からそして日本からの留学生招聘計画を推進してはどうかと提案したいと思います。例えば、日本から毎年10万人の留学生を招いてはどうでしょう。それは日本の若い世代の中国理解を深め、中国ファンを増やし、中国を尊敬する次の世代を形成する上で大きく貢献するに違いないと思います。

    私はその意味で、段副主任が言われる文化交流の振興には大賛成です。」

 段副主任:習近平主席もこれから文化外交、文化交流に注力するとおっしゃっています。

 島田:文化戦略は、ソフトパワーの平和戦略で、大いに推進する価値があると思います。

« 2018年4月 | トップページ