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2018年4月

北朝鮮と核ミサイル問題

l.   はじめに

 現在(2018年4月初旬)、世界の最大の懸念でありまた関心事は北朝鮮の核とミサイル開発問題だろう。北朝鮮はこの数年、核と長距離弾道ミサイルの開発を加速してきたが、それはアメリカ全土を核ミサイルで攻撃できる能力をほぼ入手できる段階に達してきたと考えられる。

 アメリカはそれは絶対に許容しない、ということで、国際社会に働きかけて北朝鮮に対する経済制裁を強化し、また必要であれば武力行使も辞さないという強硬な態度を取り続けてきた。日本はアメリカの同盟国として忠実に経済制裁路線にしたがっている。

 ところが、2018冬季(平昌ピョンチャン)オリンピックを契機に、韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領の呼びかけに、北朝鮮側が応じて、オリンピックに選手団と応援団を参加させることになり、その交渉のために板門店での交渉、そして韓国入りした北朝鮮の高官使節団への答礼として北朝鮮を訪れた文大統領の特使に、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)委員長自身が応対するという厚遇の中で、金委員長は、「トランプ大統領と会う用意がある」「非核化について検討しても良い」という驚くべき言質を与えたとされる。

 文大統領の特使達は間をおかずにホワイトハウスにトランプ大統領を訪ね、北朝鮮の金委員長との会見の報告をすると、トランプ氏は二つ返事で、「私が金委員長と会おう」と発言。この歴史的会見は5月末までに実現する、とされた。それを受けて、北朝鮮側は、ピョンチャン・オリンピックを利用しての”微笑外交”に引き続き、中国をはじめ、欧州各国と積極的な接触を展開している。特に、中国に対しては、金委員長が突然、列車で北京入りし、習近平首席に面会したことが事後、報道され世界を驚かせた。こうした一連の動きの中で北朝鮮の核ミサイル開発を巡って、いつ戦争になってもおかしくないという緊張感が急速にほぐれ、対話による解決への期待感が世界的に高まっている。

 対話による解決とは、非核化とはいえ、それだけの核ミサイル能力を確保した北朝鮮を事実上の核保有国として認めることになると思われる。それはアメリカ、中国、ロシア、欧州主要国のように既に核保有国となっている国々にとっては、それほどの衝撃ではないが、アメリカの核の傘を命綱としてこれまで60年以上にわたって平和と経済的繁栄を享受してきた日本にとっては、大げさに言えば、地盤が崩壊するほどの大きな影響をジワジワと受けざるを得ないだろう。

 北朝鮮の核とミサイル開発の問題は、世界平和にとって大きな脅威であるという同時に、特に日本にとっては国家の基本戦略を見直さなくてはならないほどの大きな負の影響をもたらすという意味で、極めて深刻な問題である。今回から数回にわたり、私は北朝鮮の核とミサイル開発問題の事実、意味、そしてその世界と日本に対する衝撃もしくは影響について考えてみたい。そしてそうした新しい歴史の段階で日本のとるべき方向について私見を述べたいと思う。

ll.    北朝鮮の核・ミサイル問題の深刻さ

 1. 核と弾道ミサイル開発に盲進する北朝鮮

    2017.11.29、北朝鮮は最新の火星15型弾道ミサイルの発射実験を敢行した。
   それはロフテッド軌道(真上に打ち上げ)で宇宙4800kmの高度に達した模様。
   日本海側では火の玉の落下が目撃されたとの証言もあった。大気圏突入の際、数千度
   で燃え尽きたと推定される。 

    韓国国防省の推定では、これは通常軌道だと1万3000kmほどは飛べる能力という。
   そうであるとすればその意味は重大だ。その飛距離は米国東海岸全域を射程内に収める
   ことになるからだ。この実験の直後、金正恩氏は「我々は核戦力を完成した」と宣言し 
   た。ただ、専門家筋は、この能力が実戦配備されるにはまだ少なくとも以下の3条件が
   満たされる必要があるとする。

    それは(1)弾頭の大気圏再突入を円滑に実現する技術、(2)精密誘導技術、3.
   弾頭が狙った通り爆発するか、という技術である。これらの意味で、実戦配備の技術
   や体制、また搭載核弾頭はまだ完成していないと見られる。これらの条件を満たすに
   は、 早ければ半年、遅ければ数年と専門家の見解にも幅があるが、それは結局、時間
   の問題と考えられる。

  2.  核保有国をめざす北朝鮮

    北朝鮮は真剣に核保有国をめざしている。核保有国とは仮想敵国から抑止されない
   核武力を持った国である。アメリカ東海岸に届く核弾頭つき長距離弾道ミサイルの保有
   は、一撃でアメリカの政治経済の心臓部に深手を負わせる能力であり、その能力を持た
   れてしまうとアメリカも簡単に抑止できなくなる。

  3.   北朝鮮の核保有国化と米、日への衝撃

    北朝鮮が核保有国化すると、アメリカは攻撃を抑制せざるを得ない。日本はアメリカ
   の核の傘を抑止力とする日米防衛体制の下で平和を享受してきたので、アメリカが北朝
   鮮の脅威に対して抑止力を使用しにくくなると日本の安全保障体制は根底から形骸化す
   る恐れが大きい。アメリカの核の傘のない日米安保は言うなれば”張り子の虎”だ。その
   影響は軍事だけでなく通商でも領土問題でも交渉力の低下は不可避。アメリカの抑止力
   の効かない場合の防衛戦略をどう構築するか、これからの日本が直面する最大の課題に
   なる。
 
    また、文在寅(ムンジェイン)韓国大統領は半日の確信犯であり、逆に北朝鮮に対し  
   ては融和を唱えて土下座外交も辞さない。今回の五輪外交は北の宣伝戦に極めて効果的
   に利用された。北朝鮮はオリンピックに平和の”楽団”を派遣して平和ムードを盛り上げ  
   た。そうした空気と国際社会衆目の中で米韓軍事演習はしにくい。事実、軍事演習は
   オリンピック後しばらく経って開始されたが、規模は通例よりはるかに小規模となっ
   た。北朝鮮の外交戦略の巧みさが光る。北は「非核化を検討する意思がある」とする
   が、これまでにも何回も交渉相手を騙してきた実績があり、現時点では、米朝トップ
   会談がどのような結果になるか予測はつきにくい。
     
  4)世界核拡散の危険 
    北朝鮮が核保有国になると、イラン、サウジなどの紛争国やテロ集団など多くが
   北朝鮮の跡を追って核武装を求める可能性がある。今、北朝鮮の核保有国化を阻止しな
   いと、世界の崩壊に繋がる核拡散は防ぎようがなくなる可能性がある。この段階に達し
   た北朝鮮問題の核とミサイルの脅威は、世界そして人類的な規模の大問題と言わざる
   を得ない。   
  

lll.    北朝鮮の弾道ミサイルと核開発の経緯

 1.   開発の経緯

  (1)核開発
    北朝鮮の創立者、初代労働党委員長の金日成の時代に、核ミサイル開発を構想したが
   国力がなく、夢物語だった。当時、友好国だったソ連、中国から技術面の支援が得られな
   かったのも困難の原因。1985年、北朝鮮はNPT(核不拡散条約)に加盟させられ、IAEA(国
   際原子力機関)の監視下に置かれた。
    
    しかし、冷戦終結(1980年代末)で、事態は大きく変化した。ソ連が崩壊し、同国の核
   ミサイル技術のノウハウが技術者と共に流出した。ちなみに核兵器の多くはソ連邦の一部
  (民族共和国)だったウクライナにかなり集中していたし、技術者も多かった。パキスタン、
   イラン、北朝鮮などは、これらの技術者の協力で核開発が可能になった面が大きい。新し
   い技術人材や資源を得て核開発に着手した北は1993年3月、NPTを脱退した。

  (2)弾道ミサイル開発
    過去20年ほどの間に、下記のミサイルが開発された。
   スカッド(短距離弾道)最大射程 300〜1000km
   ノドン(準中距離弾道)同1300km:日本全域
   テポドン1型(1500km):日本全域
   ムスダン(中距離弾道)2500〜4000km →グアム
   テポドン2型(大陸間弾道)6000km、テポドンの派生型は1万km以上の飛距離をもち、
   主に人工衛星打ち上げなどに利用された。ただし、2017.4頃までは成功率は極めて低
   かった。例えば、ムスダン2016.4 以降、8発中7発失敗している。これらは旧ソ連の技術
   を使って、北朝鮮で実用化を図ったものである。

  (3) 2017.5.からの様相変化
    ところが、2017年5月頃からミサイル開発の様相が大きく変化した。技術レベルが
   飛躍的に高まったのである。その経緯を振り返ると、開発は以下のように加速度的に
   進んだことがわかる。
   ・スカッド後継。5.29発射。海上艦船狙える。精密操縦誘導システム。誤差7m?
   ・北極星1型。潜水艦から発射。SLBM: submarine launched ballistic missile
   ・北極星2型。2.21、5.12.発射。北極星1型を地上型に改良。固体燃料、移動自由
     発射位置特定しにくく、攻撃されにくい。実用性は高い。
   ・火星12型(グァムを射程)、ムスダンの後継、ロフテッド軌道で、5.14発射。
     なお、8.19、9.15にも発射。ロフテッド軌道。日本上空通過、襟裳岬沖。
   ・火星14型(ICBM) 7.4,  7.28発射。アメリカ本土ほぼ全域射程内に。
   ・火星15型(ICBM) 最大飛距離13000km。東海岸含むアメリカ本土全部。

  (4) 大気圏への再突入問題
    このように飛距離は飛躍的に伸びたが、これらのミサイルを実用化する、すなわち
   実戦配備するにはまだいくつかの課題が残されている。

    2016.6.からロフテッド軌道で発射実験を6回行っている。それはムスダン1回、北極星
   2型が2回、火星12型が1回、そして火星14型が2回である。これらの発射はデータ収集が
   主たる目的であったと考えれる。ロフテッド軌道での発射を繰り返して行い、データを収
   集して搭載する核弾頭の実用化にメドをつけようということと思われる。
 
    ロフテッド軌道は真上に打ち上げて、真下に落下する軌道だが、大陸間のような長距離
   弾ミサイルの場合、大気圏に再突入する際の通常軌道の射角は10度くらいとされる。この
   入射角度でのデータはまだおそらく未入手だろう。もし大陸間長距離弾道ミサイルでその
   実験をするとすると、ミサイルはアメリカ大陸の周辺に打ち込まなくてはならない。それ
   はアメリカはじめ国際社会の激しい反発を引き起こすので、その規模の実験でデータを
   収集することは容易ではない。データとは、例えば、摩擦温度、振動、加速度、軌道の
   ブレと命中精度への影響などである。
  
 (5)搭載核弾頭
    北朝鮮の発表では、2017.9.3.に水爆実験は成功したという。それは火星14型に搭載
   する核弾頭を入手したということかもしれない。しかしそれを搭載するミサイルは現段階
   ではまだ未完成ではないか、と推測される。

  (6)長距離ミサイルの誘導システム   
     現在のICBMでは、計画軌道と打ち上げ後の位置の誤差を修正するのに、おそらく北
    朝鮮が利用していると思われる、ミサイルそのものに搭載される慣性航法装置とGPS
    だけでは不十分である。これはピッチャーが直球を投げるようなもので、何千キロ
    という長距離の行き着く先での誤差がかなり大きくなる、すなわち目標に打ち込めない
    リスクが大きいということである。

     アメリカでは、ミサイルの発射後、星の位置を測定して弾道ミサイルの軌道修正に利用
    する技術が確立している。例えば、ミニッツマンのような12000km級の大陸間弾道ミサ
    イルで、着弾地点での誤差は経ったの80mに抑えられるという。もっとも、北朝鮮は
    米軍のようなピンポイント攻撃は殻なずしも必要ない。北朝鮮のICBMはアメリカ軍の
    ようにミサイルサイロのような小さな目標でなく、大都市狙いなので80mもの精度は
    不要だが、誘導システムは不可欠だろう。また、核弾頭の小型化も必要だ。北朝鮮は
    彼らの戦略目標に合わせて、種を絞って開発を集中化する方向に注力しているのでは
    ないかと推察される。

lV.  北朝鮮はなぜ弾道ミサイルと核の開発に執着するのか

  1.  朝鮮戦争は終わっていない

     第二次大戦後73年がすぎ、朝鮮戦争勃発から58年が経過しているが、朝鮮
    戦争は現実にはまだ終わっていない。朝鮮半島では1953に南北朝鮮間で休戦協定が
    結ばれたが、未だ、38度線の休戦ラインを境に南北は軍事的に対峙しており現在でも
    休戦中の状態にある。

     北朝鮮は通常戦力は量は大きいが装備も古くて弱体。その中で長距離砲兵部隊と
    スパイなど特殊部隊とサイバー部隊は突出している。北朝鮮はこれまで25年にわたり
    核とミサイルに偏った軍備を進めてきたので軍備の実態は以上のように極めて偏って
    いる。北朝鮮は正規軍120万人と準軍隊20万人を擁している。それは全人口2500万人
    のうち、18人に1人が軍役についていることになる。ちなみに徴兵制を敷く韓国が、
    国民約75人に一人の比重。北朝鮮の人的資源は伸びきっていると言える。

     その現実の中で、国家体制存続の保証を取り付けるためアメリカに核ミサイル保有に
    よる核武力を認知させることが唯一の体制保障になるとの戦略に固執している。
  
  2.   冷戦後に孤立した北朝鮮

     北朝鮮は、ソ連も中国も、アメリカのように駐留軍を置いて守ってくれてはいない
    したがって、北朝鮮は自力で自国防衛をしなくてはならない。その意味でも戦争状態
    が続いていると言える。

     中国は、朝鮮戦争の際、人民解放軍の義勇兵(実際には中国軍)を大量に送り込み
    北朝鮮を助けた。この共闘は”血の同盟”と言われた。ソ連は、最新鋭のジェット戦闘
    機部隊を戦略的に派遣し、北朝鮮と中国の同盟軍を支援した。中ソの参加と支援が
    あって朝鮮戦争は初めて休戦に持ち込むことができた。これがなければ、圧倒的
    な米軍の戦力の前に金日成指揮下の北朝鮮は国家として崩壊していたはず。

     そのソ連が、まずゴルバチョフ時代、北朝鮮を見限って韓国に接近し、1990年に
    国交回復をした。1992年には韓国ロシア基本関係条約が締結された。中国も1992年
    に韓国と国交を樹立。1998年には中韓協力パートナーシップ、2008年には戦略的
    パートナーシップを締結し、互いの経済交流を深めている。こうした動きは北朝鮮か
    ら見れば裏切りの驚愕と見えたはず。そうした中で北朝鮮は事実上、国際的に孤立化
    した。これは例えば、アメリカが日本を飛び越して北朝鮮と国交回復した状況を想像
    すれば、北朝鮮にとっての深刻さが理解できるだろう。

     かつて、私が長女と一緒に、1990年スイスのダボス会議に参加した際、参加
    各国も行っているような北朝鮮のディナーミーティングに出席したことがあった。
    外国人の参加はわずかで、日本人は私達と読売新聞の記者が一人だけだった。参加者
    は皆、胸に金日成の徽章をつけており、彼らが口を揃えてソ連を厳しく非難してい
    たのが印象的だった。ソ連からは何も援助ないし、むしろ北朝鮮を妨害していると
    行った不満を述べていた。これはソ連が韓国と国交回復した頃の率直な感情だったの
    だろう。ちなみに私は帰国後、京都の公安係官から何度も訪問質問を受けたことが
    記憶に残っている。

V.    北朝鮮を誤解させたアメリカの対北戦略

              北朝鮮が核開発に着手し始めた1994年、 アメリカは核開発の中止(核放棄)を要求
    した。しかし、その後24年間、クリントン、ブッシュJ, そしてオバマ大統領は抑止の
    ための軍事力使用をためらい、もっぱら国連による経済制裁と6ヶ国協議の対話に期待を
    かけたが、結局、その成果はなく、北朝鮮は上述のような核とミサイルの開発で長足
    の進歩を遂げた。
   
     クリントン政権時、米国は北朝鮮国内での核開発の凍結、国交正常化の道筋をつける
    枠組みで北朝鮮と合意をした。しかしそれは結局、反故にされたので、クリントン政権
    は、一旦は北への爆撃と地上軍攻撃を計画したことがあった。しかし地上戦が起きれ
    ば、韓国で100万人規模の民間人の犠牲者が出るというアメリカの研究機関の報告が
    あり、クリントン氏は攻撃の決断を躊躇した経緯がある。そして94.6.クリントン大統領
    は、カーター元大統領を特使として平壌に派遣した。そこで金日成はアメリカの派兵
    停止と新たな援助と引き換えに、核爆弾製造可能な黒鉛炉の導入と運転の停止を約束、
    見返りに軽水炉導入の「米朝枠組み」に合意した。その直後に金日成は死去した。

     クリントン政権はその合意を受けて1995年に「朝鮮半島エネルギー開発機構
   (KEDO)を設立。しかし、結局、北が核凍結を破棄して核施を再稼働させたため、2003
    年、枠組み合意は崩壊し、その後、北朝鮮は核と弾道ミサイルの開発を再開した。

     米朝枠組み崩壊後、2003年から6ヶ国協議(北、アメリカ、韓国、中国、ロシア、
    と日本)開始されたが、結果から見ると結局、北朝鮮による一次的な時間稼ぎに利用さ
     れただけと言えるだろう。6ヶ国はそれぞれ事情も違い、関心も違う。日本は拉致
     問題が重要だが、他の諸国はそれを共有しない。そうして齟齬を北朝鮮は巧みに
    「食い逃げ外交」に利用してきた。

     ブッシュJ大統領は北朝鮮をイラク、リビアと並べて「悪の枢軸」と非難し、テロ支援
    国家に指定した。しかし任期の末期(2008)にそれを取り下げている。

     オバマ大統領に至っては、北への軍事力行使というオプションを完全に放棄してし
    まった。こうした経緯を振り返ると、北朝鮮の核疑惑が顕在化した1993年からオバマ
    大統領の退任する2017年初までの24年間、アメリカは実質、何もせずに来たと言わざ
    るを得ない。その間に北朝鮮は実験を重ね、長距離弾道ミサイルと核弾頭の開発に注力
    してきた。 
  
     こうした対応が20年以上も続いたため、北朝鮮の内部には一つの神話ができたのでは
    ないかという観測もある。それは、北朝鮮が何をしてもアメリカは武力攻撃はしてこな
    い。「アメリカが北を怖がっているからだ」という考えがあったとすれば、それは妄想
    という他はない。ただ、日本がかつて、生産力が10倍も大きいアメリカを相手に太平洋
    戦争に挑んだ頃の日本のメディアの喧伝や軍部の戦略判断を思いやると、北朝鮮の”妄想”
    は四半世紀の経験の基づいているだけ、日本のかつての経験より”実証的”かもしれない。

Vl.   2016年から変わった米朝関係

 1.  アメリカの認識の変化

   北朝鮮の弾道ミサイルの開発が新段階に入り、米本土攻撃が現実味を帯びてきた2016
  年頃からアメリカの認識に変化が起きたようだ。アメリカはその頃から攻撃準備態勢に
  入ったと観測される。たとえば、2016.10.ネバダ州で核爆弾投下実験が行われ、それを
  ”公表”した。通常、このようなことは軍事上の秘密にされるのが常識だが、公表には、核
  の使用を辞さないとの意思表示が含まれていると見てとれる。そして、2016から2017に
  かけて北朝鮮を十分に射程内にとらえる最新鋭の大陸間弾道( ICBM)ミニットマンの発
  射実験を5回以上も行っている。

   2017.3.北朝鮮は日本近海に向けてテポドンの発射実験を4回行った。北朝鮮はそれは日本
  に設置されている米軍基地を攻撃目標と想定していると明言した。それは、アメリカの一部
  である在日基地に駐する米軍人を人質にとるということで重大な意味がある。ムスダンの成功は
  グアムを射程内に捉えるということだ。米本土の前にアメリカの一部である基地を照準としたのである
  しかし、オバマ大統領は戦略的忍耐(strategic patience)を続けた。

   オバマ大統領は、かつてシリアに対して、化学兵器などで一般民衆を殺害した時は、それを
  シリア政府が”Red Line”を超えたと見なし、その時は武力制裁も辞さない、としていたが、
  実際に、国連の機関が、明らかに化学兵器で殺害されたと見られる多数の民間の犠牲者の被
  害について報告したとき、オバマ大統領は、自ら示したレッドラインを超えても、議会に
   図って攻撃の判断を保留し武力攻撃を控えた。中国はそうしたアメリカの足許を見て
   南シナ海の埋め立てを進めたという観測がある。
      
 2.   トランプ大統領の登場

       2017.1.のトランプ大統領の登場を契機に、アメリアかはこれまで24年間の実質的放置か
   ら軍事力の行使も辞さない姿勢へ大きくを舵を切ることになった。実際、2017年4月、
   シリアのアサド政権が化学兵器を使ったとしてシリア政府軍の空軍基地を突如、ミサイル
   で攻撃した。しかもそれはトランプ氏がフロリダの”別荘”に迎えた習近平首席との会食中
   という劇的な行動で、それは北朝鮮への強烈なメッセージを意図されたものとされる。

    トランプ氏は独特のツィッターを使った”口撃”も繰り返しており、レトリックが激しい。
   例えば、2017.7に北朝鮮がグアム島攻撃を示唆した際には、「世界が見たこともないよう
   な炎と怒りに包まれるだろう」と述べ、また2017.9.19の国連演説では「防衛のために
   は、北朝鮮を完全に破壊する以外、選択肢はない」と公的に威嚇した。

    
Vll.    北朝鮮を非核化できるか

  1.  ”すべてのオプション(手段)はテーブルの上にある

    トランプ政権は「すべてのoptionはテーブルの上にある」と繰り返し警告しているが、
   これは必要なら武力攻撃も辞さないというメッセージである。
     
  2.   外交と経済圧力
    国際協力による外交圧力としては、国連安保理事会での合意がある。そこでは、北朝
   鮮の危険な朝鮮に対して非難と警告そして経済的な制裁協議の合意が段階的に強化され
   てきた。
 
    経済制裁による圧力としては以下のような対策が取られている。
    ・国際協調:北朝鮮の石炭など産品不買、北朝鮮に資材を不売、
     北朝鮮の収入を遮断:交流国への出稼ぎ収入、鉱産物販売収入、ミサイル収入など
     を遮断
     石油の禁輸:最近の制裁:国連合意(2017.12.22):石油製品9割禁輸
    ・これらの制裁は徐々に効果を発揮してきていると観測される。例えば、北朝鮮国内 
     の市場では外国品が姿を消し、ほとんど国産品となっているが、それは禁輸措置が
     影響を持ってきているので、当局は国産奨励しているからではないか。それは経済
     制裁への危機感の反映と考えられる。
   
  3.  軍事手段
   ー先制攻撃
     アメリカはしばしば先制攻撃を仕掛ける。アメリカが最後の手段として武力を選ぶ
    場合、国連、同盟国にすら相談せず、戦略的に最適のタイミングを選んで、
    一方的かつ強烈な一撃を加える。例えば、1990年湾岸、2001年アフガン、
    2003年イラク戦争などが前例だ。

     ただ、北朝鮮の場合、同盟国ソウルと日本に深刻な被害の可能性がある。ソウルは
    長距離砲兵隊の展開地から2〜30kmしか離れておらず、日本はノドン、テポドンの
    射程距離内にある。

  ー斬首作戦:
    こうした脅威に対してピンポイントで金正恩の殺害を図る斬首作戦が有効という見方
   もあった。それは事前の諜報で金委員長の可能な所在拠点を把握して超高精度の攻撃で
   殺害するというもの。これは金体制の崩壊を狙うが、崩壊後の安定化の見通しが立たな
   ければ混乱助長してむしろマイナス。あくまで非核化が目的なので、現体制は維持する
   方が現実的との見方が現在は主流。

  ー外科手術(surgical strike)
    これは、北朝鮮を迅速に効果的に”無力化”するための軍事作戦である。
    まず、手術の前には麻酔で神経を麻痺させる作戦。すなわち、サイバー攻撃で情報
   ネットワークを妨害して遮断し、通信を混乱させて機能不全状態にする。直後に、
   ミサイル発射装置、軍施設、司令装置などをピンポイントで攻撃して破壊する。
   その際、長距離砲兵隊(火砲8500門とされる)、戦車3500輌、核兵器とミサイル部隊
   と各種防空施設は重要な攻撃目標。それら所在場所の情報が鍵となる。

    第一次攻撃は最初の5〜6時間。東西海岸沖からの艦艇、潜水艦からのトマホーク。
   グアムから出撃のB1やB52など爆撃機による巡航ミサイル攻撃。
    第二次攻撃は第一次で破壊漏らした残存戦力や施設に:F16や海軍のFA18など
   有人戦闘爆撃機投入でwipe outする。

    こうした攻撃が迅速に実行されれば被害は最小限に抑えられ、例えば、韓国に在住する
   米民間人約20万人も移動の必要はないという見方もある。多数の人々の移動は戦闘を用意
   しているとうシグナルを敵に送ることになり、負の効果があるとされる。
   
      4.   迫るタイムリミット

    北朝鮮が火星15級ミサイルの大気圏突入データ収集と突入対応技術、着弾誘導
   精度向上技術と核弾頭の小型化を進めて実戦配備するのにかかる時間は今や秒読みの
   段階にあると見込まれる。そのX dayはいつか?アメリカ本土を射程に入れる核ミサイ
   ルが完成間近とすれば、アメリカは独自の情報で躊躇なく軍事行動起こす可能性がある。
    2018年平昌冬季オリンピックを契機に、北朝鮮が積極化した微笑外交、
   それに応ずる姿勢を見せているトランプ大統領。

    2018年2月以来、事態は大きく変化。次回のエッセイでは、現下の新展開について論じたい。

Brexit(英国のEU離脱)

Ⅰ.   はじめに

 英国は2016年6月の国民投票の結果、EU(欧州共同体)離脱を選択した人々が多かったので、その後の政治プロセスの中で、英国としてはEUを離脱することになった。ところが、その離脱を具体的にはどのような内容とプロセスで実現するのか、について、英国内、また政権党である保守党内でも意見は統一しておらず、さらに相手であるEU当局、またそれを構成するEU27ヵ国の政府との間でも、合意を達成することが容易ではない。

 現在(2018年春)の段階では、2019年の3月末に、EUを離脱(Brexit)することになっているが、その期限までに多くの交渉案件などについて合意を確定できるかといえば、事実上、困難との見方が多く、最近になってようやく、それ以降もさらに21ヶ月の”経過期間”(transitional period)を置くことでEU側と合意を見た。

 しかし、Brexitの内容とプロセスについては、依然として、多くの不明確な部分が多く、その全容はかなりの不確実性につつまれている。その事は、英国に投資をしている日本を含む世界の多くの企業にとって困難な問題を提起することになる。

 すなわち、Brexit以降、それらの企業はどのような条件で、英国やEU諸国の中で、投資、雇用、営業などをすれば良いか、その条件が不明確なので、企業に意思決定が迅速に的確にしにくいという企業経営にとっての大きな阻害要因となるからである。

 この問題には、多くの国々が関わるので、世界的にもさまざまな障碍要因となる。以下では、Brexitが国民投票で採択されてから今日に至るまでに、英国内で、またEUとの間で何が起き、何が決められたのか、を振り返り、、そしてこの先はどうなるのか、などの点について考えてみたい。


Ⅱ.   Brexit国民投票(2016.6.23)の結果

 2016年6月23日に行われた国民投票の結果は、Brexit派が僅差で勝利した。投票結果は51.9%対48.1%だった。投票のうちわけを見ると、青年層、高学歴層、ロンドンなど大都市の市民は残留を選択し、地方在住、低学歴者、中高齢者層はほどんど離脱派であり、国民の地域、学歴、社会階層などによって投票の傾向が明確に異なっていたことが判明している。

 このような投票結果の分布は、その底流に、技術進歩と知識層が推進するグローバル化の急速な流れから阻害された人々の根強い不満が色濃く反映していることが見てとれる。そのような技術革新やグローバル化に対する抵抗や反感が、このような投票結果に現れたようだ。グローバル化の流れの中でも、とくに移民の問題が多くの国民には容認しがたい問題だったようである。  


Ⅲ.   国民投票にいたる事情

  国民投票は2013年に当時のDavid Cameron保守党党首が、2015年総選挙で保守党が勝てば 2017年末までに実行すると約束。その約束をした背景に、2015年に迎える総選挙をどう戦うか についてCameron党首は、対策に頭悩ませていたことがある。そのひとつは英国独立党が2006 年以降急速に躍進し、2014年には27%という最高得票率を得たことに脅威をいだいたこと。また保守党内も一枚岩ではなく、党内意見の対立が深刻だったことがある。

 Cameron党首はそうした内憂外患の状況の中で、保守党の分裂を回避し、人々の注意を国内政治の外にそらすために、Brexitの可否を国民投票に委ねるといういわば賭けに訴えたようだ。

  これには、実は前例がある。1975年に、同様な党内の意見分裂に悩んだ当時のWilson首相(労働党首)がECに残留するか否かという設問で、対立する党内の争点の”外部化”をはかって国民投票を実施した結果、大差で残留が決定し、世論も集約されたという成功例である。 Cameron首相はこの前例をふまえて、国民投票に期待した可能性がある。

  EUに対する英国民の不満と批判は、英国主権が浸蝕される、移民の流入、社会保障の負担が高すぎる、環境規制が厳しすぎる、原発を抑制するために電力が高価になる、高いEU会費とその使い道、EU政府の過度な官僚主義などに対して募っていた。

  また、英国は歴史的にEUに対して批判的であった。英国はEUには参加したが、Euroには非加盟である。英国はこれまでも独自の自己主張が強く、いうなればEUの問題児だった。英国はEUの理念にも理想にも基本的に関心はな、実利だけで付き合ってきたといえる。また、サッチャー首相の厳しいEU批判も(主権と自由の侵害)英国人の考え方に色濃く影響している。

 サッチャー首相は、英国の選挙民に選ばれてもいないEUの首脳や官僚が英国の国内問題にまで干渉するは英国の主権への干渉であり、自由の侵害だと強く批判していた。

  2015年5月の選挙結果は予想に反して保守党が大勝し、単独で政権を担うことになった。

 その結果を受けて、国民投票は2017年でなく2016年6月23日に前倒しされた。保守党の内部でも、さらに内閣の内部でもEU離脱如何については意見は分裂していた。

   Cameron首相の盟友であり、Boris Johnson前ロンドン市長を、Cameron首相は自身の後継者にと考えていたとされるが、そのJohnson氏がCameron氏と裏切り、離脱派の扇動者となった。さらにCameron氏の盟友である法相のMichael Gove氏が離脱派に参加することとなったのは Cameron氏にとっては大きな打撃だった。

  Cameron氏はEU当局と交渉して、英国の要望をできるだけEU側に伝え、ある程度の理解と譲歩を得たので、残留が国益になるとの信念を強め、残留を強く訴えた。Cameron氏ら残留派は離脱がいかに国民にとって損になるか、残留が利益になるか、を詳細なブックレットにして選挙民に配布するなどしたが、結果的にはその内容は詳細すぎて人々には良く理解されなかったようだ。

  これとは対照的にJohnson, Gove氏らの離脱派は、「EU離脱で、外国人労働者の脅威が無くなる。EUに支払う負担が減る」ともっぱら情緒的に訴えた事が奏功したとされる。彼らは真っ赤なバスに「我々は毎週3.5億ポンドをブリュッセルに送金している。その金を医療充実に使える」と大書して全国遊説をした。それは、英国がEU本部に加盟国として毎年、支払っている分担金などが戻ってくる、という趣旨だったが、後述するように担金は戻るどころか、離脱の前提条件としてのこれまでの分担金などの未払い分を負担しなくてはならないことが判り、このスローガンは国民を欺く嘘であることが後日、明らかになった。

  また、離脱派の勝利後、離脱派のリーダー達の不可解な行動が世間を驚かせた。離脱派の急先鋒ファラージュ英国独立党党首は、投票直後に雲隠れし、Johnson氏は国民投票についての責任回避の発言をした。後日、EU離脱で債務清算金支払い義務が発生し、離脱が得にならないことなど離脱派の欺瞞行為が明らかになるにつれて、巷では「離脱派に騙された」「こんなことになるなら投票に行ったのに」「BrexitでなくBregretだ!」の悔悟の言葉も聞かれたという。


Ⅳ.   May首相の登場とhard Brexit宣言

 
  国民投票の結果、僅差とはいえ、離脱派が多数を占めたので、残留を主張していたCameron党首は辞任し、後任にTheresa Mary May首相が就任し、彼女は2017年3月に正式にBrexitを宣言してEU当局にその意志を通知した。ここでは、May首相就任の経緯と彼女のEU離脱宣言に至る経緯を確認して置くことにしたい。

 ーなぜMay首相になったのか?:

  保守党の党首選は2段階で行われる。まず、下院議員が選挙する。そして一般党員(現在12万人?)が選挙するという2段階だ。今回は、離脱運動を主導したBoris Johnson氏が当然の首相選挙の候補と目されたが、彼に対しては、長年の盟友Cameron氏を裏切って離脱派を宣言したことが、次期首相狙いの野心と見られて関係者の間で反感もあったため、Johnson氏は出馬を回避した。

   Johnson氏に代わって、Johnson氏の後ろ盾的な存在であり、離脱派の黒幕と目されていたMichael Gove氏が「ジョンソンには離脱問題を仕切る指導力がない」と自ら党首戦に出馬する意向を表明した。こうした経緯は、キャメロンがジョンソンに裏切りで刺され、こんどはジョンソンがゴーブに刺されるとう、あたかもシェイクスピアの戯曲さながらの展開だ。

 ーTheresa May(テリーザ・メイ)とはどんな人物?        

   Theresa Mayはいわゆるエリートの出身ではない。彼女は1956年10月1日、イングランド南部のイーストボーンで、イングランド国教会牧師の一人娘として誕生。父の影響で政治家を12歳から志す。公立進学校卒業、オックスフォード大学セント・ヒューズカレッジ進学し、地理学。卒業後、イングランド銀行を経て、決済サービス協会に勤務。傍らロンドン市の保守党区会議員。1997年ロンドン西部メイドンヘッド選挙区から立候補、下院議員に初当選。3度目の挑戦だった。 

   2010年の総選挙で保守党が勝利してキャメロン政権が誕生すると、内務大臣に任命。

  2015年第2次キャメロン政権でも留任。内務大臣は首相、財務大臣、外務大臣と並び国家の4大要職とみなされる。この要職を6年間無事に勤め上げた。彼女の人柄については残留派の重鎮とされるKen Clark氏が”Bloody difficult woman(ひどく難しい女)”と評したことが知られているが、これは”手強いヤツ”という程度の意味で、むしろ力量を認めた表現だろう。また彼女は世間ではとかくthe ice Queen or Cold Fishとも言われている。

  ー第一回投票(7月5日)の結果

   第一回投票の結果は、メイ199、レッドサム84、ゴーブ46で 最下位のゴーブが敗退。

 その後、対抗馬のレッドサムが決選投票前に7月11日に、選挙戦から撤退を表明したのでメイ氏が自動的に首相になった。この選挙プロセスは、メイ首相の正当性にやや問題があるとする見方もある。メイ氏はキャメロンの後継首相ではあるが、議員選挙も、党員(約15万人とされる)も経ていない。そして決選投票前にレッドサム候補が辞退をしたので党首選挙も経ていない。この問題は、メイ首相の中で、総選挙で国民の信を問う必要があるとの気持ちとして残ったようだ。

  ー当初の優柔不断:

   首相就任後しばらく(8〜9月)はメイ首相の発言は旗色不鮮明だった。彼女はもともと残留派だったので、国民投票は実は法的には参考意見に過ぎないという理由で、ウヤムヤにするのでは、との観測も一部にはあった。私見では、それができたら彼女はしたたかな政治家と思う。しかし、彼女はやがて「国民投票の結果は明白であり正当だ。離脱は離脱(Brexit is Brexit)。我々はそれを成功させる、との立場を明確にするようになった。

  ー10月保守党大会での宣言:

   彼女は10月の保守党大会で、強硬離脱(hard Brexit)と世界の英国という宣言とし、旗色を鮮明にした。党大会での演説で、彼女は、「大英帝国は独立国であり、司法制度でEUの支配は受けない。」「大英帝国はglobalな帝国であり、EUとも世界のあらゆる地域、国々とも友好関係を維持し発展させる。」「政府は必要なら市場に介入する。

  保守党は労働者のための党だ。」などの点を強調した。


Ⅴ.   国民投票の 正当性とEU離脱通告:

  ー国民投票でのEU離脱決定は妥当か?

   この点に関して2人の議員から「6月の国民投票には法的拘束力がない。参考意見でしかない。」との理由で、EU離脱に関する「第50条訴訟」が提起された。訴訟の審理は2016.10.13. 高等法院で開始。11.3には「議会の承認必要」と主張する原告側が勝訴した。メイ政権は直ちに上告。最終判断は最高裁で2018.1.に。予断は許さない。

   ー離脱通告:

    2017.3.29 リスボン条約50常に基づき、メイ首相はEU本部に”離脱”を正式に通告した。離脱期日は、2年後の2019.3.29となる。しかし、党内では依然、離脱派と残留派が対立して低次元の内部闘争が進行中。そのため。政治が混乱し、機能不全状態に陥っている。


Ⅵ.   6月8日の総選挙とMay首相の賭け敗北:

  メイ首相は、6月8日、総選挙を挙行した。彼女は総選挙によって、1. 総選挙を経た首相となること(その理由は上記)、そして 2. 圧倒的多数をとってとりわけEUに対する交渉力を高めることを目論んだ。しかし、結果は完全に裏目に出てしまった。

   6/8の英国総選挙でメイ首相率いる保守党は12議席も議席を減らし、318議席と過半数(326議席)をも割り込んだ。労働党は逆に229から262議席へと議席を大幅に増やした。そこでメイ首相は10議席を有する北アイルランド保守政党の民主党一党(DUP)に擦り寄り、閣外協力で合意を 得て、ようやく政権は継続できることになった。

  しかし、少数与党の脆弱さは否定できず、メイ首相の指導力の低下は目を覆うばかりである。与党内の意見対立もあり、交渉態勢も整わない。2017年7月に島田村塾の有志がドイツ研修旅行でベルリンを訪問した際、ドイツの人々は、離脱交渉のテーブルで英国交渉代表者達が書類ゼロで臨むFTの写真が英国側の準備不足を露呈していると指摘(失笑)していた。

  メイ首相は、単一市場からの脱退と移民制限を両輪とするhard Brexit路線を固持している。

 しかし、この政治情勢では、単一市場残留を主張するsoft Brexit派のパワーが高まるのは必至であり、先行きは極めて複雑だ。


Ⅶ.   離脱交渉の条件ーBrexit入り口での3つの障碍:

 1.  Brexit Bill(離脱請求書)、英国がEUに負っている債務の清算

   これは(EU予算の未払い分、EU官僚の年金負債、EIB(欧州投資銀行)融資の保証分など)であり、当初EUは600億ユーロ(8兆円)を要求したが、英国が特別扱いを要求。これにたいし、EU(メルケル氏)は”ルールはルール”として妥協しなかった。困難な交渉の結果、12月に入ってようやく英国側が400億〜450億ユーロ(5〜6兆円)を英国受け入れたので、原則合意が得られた。 

 2.  在英のEU市民と在EUの英国市民の権利保護

 3.  英国とアイルランド国境の問題

   アイルランド問題は17世紀の宗教革命から今日まで続く対立と紛争の歴史に血塗られた困難な問題である。現在はアイルランド共和国(南、カソリック多い)と北アイルランド(英連邦、北部地域、プロテスタントが多い)に分割されている。

   南北ともこれまではEU加盟国だったが、英国の離脱で、北が英国領である限り非加盟となる。 EUは南北国境をヒト、モノ、カネの自由流通を保証することを離脱の条件として要求している。 メイ首相は12.13〜14のEU首脳会議に向け、それを受け入れる意向を提示した。

 これにたいし、12.8.北アイルランドDUP(民主統一党)のフォスター党は閣外協力の撤回も辞さずと強硬に反対。自由流通・移動だとアイルランド共和国側から移民が北に無制限に入国することを排除できない。

  国境問題は今後の通称協議で継続審議ということで、12月13.14のEU首脳会議の段階では玉虫色で一応決着した。

  EU首脳会議(Brussels)では、英国はenough guaranteeを示したとして離脱条件に関するE.Commission Recommendationを承認した。


Ⅷ.   離脱交渉の条件ーBrexit入り口での3つの障碍:

     1. Brexit Bill(離脱請求書)、英国がEUに負っている債務の清算
      (EU予算の未払い分、EU官僚の年金負債、EIB(欧州投資銀行)融資の
     保証分など)当初600億ユーロ(8兆円)英、特別扱い要求。EU(メルケル
     氏)”ルールはルール”12月に入ってようやく400億〜450億ユーロ(5〜6
     兆円)を英国受け入れ、原則合意。 
 
     2. 在英のEU市民と在EUの英国市民の権利保護

     3.  英国とアイルランド国境の問題
      ・アイルランド問題は17世紀の宗教革命から今日まで続く対立と紛争の
        歴史。
        現在はアイルランド共和国(南、カソリック多い)北アイルランド
       (英連邦、北、プロテスタント多い)に分割。
      ・南北ともこれまでEU加盟国だったが、離脱で、北は非加盟。
                     EUは南北国境をヒト、モノ、カネの自由流通を離脱条件に要求。
                     メイ首相は12.13〜14のEU首脳会議に向け、それを受け入れる意向を提示。
      ・12.8.北アイルランドDUP(民主統一党)のフォスター党首から閣外
        協力撤回も辞さずと強硬反対。(自由流通だとアイルランドから移民
        が北に無制限に入国)
      ・国境問題は今後の通称協議で継続審議、玉虫色で一応決着
      ーEU首脳会議(Brussels)では、英国はenough guaranteeを示したと
        して離脱条件に関するE.Commission Recommendationを承認。


Ⅸ.   これからの通商交渉:

   これからの通商交渉については、以下のような順序で、交渉が進められるもの
   と予想される。

    ー2018.10まで:
     ・英政府、将来の対EU関係の要望を提示)(FTAなど)(国内法整備)
     ・移行期間の合意、21ヶ月(2018.3.決定)
     ・アイルランド国境問題解決(夏まで)

    ー2019.3.29まで:
     ・EU27国が離脱最終案承認
     ・離脱後の英とEUのFTA大枠決定

    ー2019.3.29→移行期間終了まで
     ・安全保障、治安、刑事協力枠組み協議・決定
     ・EUや非EU諸国との新FTA交渉:協定見直しは750件もあると予想され
      る(日経18.1.9)


Ⅹ.  経済に深刻な不確実性と負の連鎖効果をもたらす

  ー交渉担当、推進の能力:
    問題は果たしてこれだけの交渉を限られた期間にこなせるのか? 英国は
   国民投票後に国際貿易省を設立したが、貿易交渉ができる官僚の数と質が絶対
   的に不足している。離脱の期限に間に合わず、貿易協定交渉がタイムアウトにな
   れば、協定もなしに英国はEUから放り出される。そのような場合は相当の混乱
   は不可避。

  ーBrexitに伴う負の効果:
    国民投票直後はポンドレートが下落したため英経済は好況になった。しか
     し、ポンドレートは次第に低下し、英国経済は不況の様相が見えてきてい
     る。 
    EUメンバーとしての特権(非関税、金融パスポート:ライセンス、高技能移
    民)を失う損失は大きい。
 
    新体制の諸条件が不明で不透明。それは大きな不確実性であり、企業の投資
    の意思決定を阻害する。投資が縮小あるいは遅滞すれば経済に大きな負の効果
    をもたらす。

    英国経済だけでも離脱により長期的に年率GDP換算0.9%のマイナス予測が
     あるが、そうした負の効果は英国だけにとどまらず、世界経済の密接な相互
     依存関係をつうじて世界全体に負の波及効果をもたらす。

トランプ政権のアメリカ:(5) トランプ政権の展望と日本の対応

トランプ政権の展望と日本の対応

Ⅰ.  トランプ政権の展望

 トランプ政権のこれからを展望する上では、今後の経済情勢、アメリカ社会の分断傾向、民主党の実力をどうみるか、が重要と思われる。以下、それらのファクターについて考えてみよう。

 アメリカ経済の景気は今(2018年4月)絶好調である。株価は2018年春まで最高値だった。トランプ大統領が3月にアメリカが輸入する鉄鋼とアルミニウムについて高関税をかけると突然宣告し、中国がそれに対して対抗手段を発表したため、貿易戦争に発展しかねない状況となって株価が若干下落したが、景気情勢は今のところ好調でPowell連銀議長がさらなる金利引き上げを示唆するなど、むしろ加熱が心配される状況である。

 アメリカ景気は世界経済を主導しているが、この好況をトランプ支持者はトランプ経済政策のおかげと誤解しているふしがある。トランプ政権は発足以来、1年3ヶ月を経たが、その間に成立した経済の法律は大規模減税を謳う税制改革だけであり、それもこれから実施されるので、これまでのところ主要な経済政策はまだ何も始動していない。アメリカ経済と世界経済はここ数年好調を加速しているのは、リーマンショック以来行われた数々の構造改革政策や中央銀行の舵取りが奏功したものと評価すべきだろう。トランプ氏が忌避しているオバマ政権時代の経済政策がここにきて効果を産んでいると言える。

 ただ、トランプ氏の大減税、大規模インフラ投資などの掛け声が、株式市場に、大きな期待感を抱かせ、それが株価の急上昇に結びついた面は否めない。トランプ氏の支持者は新聞も読まない人々なので、今の好景気をトランプ政権のおかげと信ずる傾向があるようだ。この景気がまだ続くとすると、それは2018年11月の中間選挙で、トランプ陣営に有利に働く可能性がある。

 民主党系に限らず、アメリカの知識層は、トランプ政権は一期で終わると観測または願望する向きが多いようだが、トランプ氏が中間選挙で負けずにロシア・ゲートの追求をなんとかに逃げきれれば、トランプ政権は2020年以降の第二期に繋がる可能性は低くない。その可能性を強めるのは、上記の景気に対するトランプ支持者の誤解に加え、民主党の対抗力の弱さである。

 民主党は、2016年の大統領選で、いくつかの戦略的誤りを犯したが、その最大のものは、黒人、イスラーム、アジア系などこれまでマイノリティーと目されてきた人々の比重が増えつつあり、これまで差別を受けたり比較的恵まれない立場にあった彼らがやがて全体としてアメリカ国民の多数を占めるようになる長期的未来を見越して、彼らの地位向上を始め、彼らに主眼を置いた選挙戦略を推進した。

 それが、白人労働者に焦点を合わせたトランプ陣営との選挙戦に敗れた大きな原因のひとつと考えられる。それ自体は長期展望として間違いではなないが、次の大統領選は事実上、2019年から始まる。この1~1.5年ほどの短期間に、トランプ陣営に勝てる戦略をどのように再構成するのか、また、トランプ氏に対抗できる新しいスターを発掘、育成できるのか、民主党には大きな課題がある。そうした民主党の弱さを鑑みると、トランプ氏の第二期続投の可能性は低くないと思われる。


Ⅱ.  トランプ政権の挫折あるいは持続:日本と世界への影響

 そこでトランプ政権がロシア・ゲートその他の原因で挫折する場合、あるいはトランプ政権がロシア・ゲートを逃げ切って第二期も持続する場合の二つのケースについてその影響やそれに対して何をすべきか考えてみよう。

 1. 挫折のケース:
 トランプ政権が、挫折する場合として最もあり得るのは、ロシア・ゲートで弾劾・罷免されるケースであろう。その場合、トランプ氏の残任期間は、ペンス副大統領が大統領に昇格する。ペンス氏はトランプ氏よりも常識的なので、トランプ流の混乱はいくらか少なくなると思われるが、基本路線は変わらないだろう。

 2.  トランプ政権が持続するケース:
 トランプ氏がロシア・ゲートで破滅せず、2020の大統領選で勝利する場合、トランプ政権の第二期は、トランプ氏の基本政策が作動する時期になるので、私見では、かなりの混乱が拡大すると思う。とりわけ経済政策面で矛盾が噴出する恐れが大きい。トランプ氏の経済の基本政策は(1)大減税を謳う税制改革、(2)大規模インフラ投資、(3)保護主義的貿易政策の3つである。

 トランプ政権第二期には、新しいトランプ税制がフルに稼働する。この大減税はすでに完全雇用で加熱している経済に対して施行されるので、経済成長を増幅する余地はほとんどない。したがって減税の財源の調達は、政権の目論見よりはるかに困難になる。それでなくても累積しているアメリカの財政赤字はさらに増大し、減税の財源負担は、結局、勤労大衆にかかってくる。それはトランプ氏を支持していた人々の負担になるので、”裏切り”と映るだろう。

 また、1兆ドル以上とされる巨額なインフラ投資の財源は手当が困難で、それも結局、勤労大衆の負担になるだろう。さらに、保護主義的な貿易政策は、2018年3月のトランプ氏の鉄鋼、アルミニウムへの関税大幅引き上げが貿易戦争の引き金を引きかねない状況からも推察されるように、結局、輸入中間財の価格上昇がアメリカ国内の物価を上昇させ、勤労大衆の実質賃金低落を通じて彼らの生活水準の実質的引き下げとなる恐れが大きい。

 このようにトランプ経済政策は、支持者達に負担を強いる”self-defeating”な帰結をうむ恐れが大きく、それは事態の経済的悪化のみならず政治的反発と混乱を生み、そのネガティブな衝撃はアメリカのみならず、全世界に波及する恐れがある。日本は、トランプ政権が持続するとこのような事態になり得る可能性をふまえ、そのような事態に備えた”プランB”を今から用意するべきではないかと思う。

 
Ⅲ.   トランプ現象の底流と日本の対応

 トランプ現象は、トランプ氏個人の個性に由来する部分もあるが、大局的には、より大きな社会の潮流の変化によるものと思われる。それは技術革新とグローバリゼーションの急速な流れに取り残された大衆の不満の鬱積が生み出した現象だからである。したがって、現代社会の”トランプ現象”は仮にトランプ氏が失脚しても消失しない。また次のトランプ型の政治家が取り残された人々の不満を吸収して登場する可能性が高い。

 この現象は、アメリカだけでなく、Brexitショックに揺れる英国でも、nationalismと排他主義が勃興する欧州でも同様に見られる。日本では、その現象はそれほど表面化してはいないように見えるが、底流では共通していると考えられる。

 近年、世界を席巻しつつあるこの現象は、第二次世界大戦後に、世界諸国が協力して営々として築きあげてきた発展と繁栄のパラダイムを壊す可能性がある。その地殻変動を克服する救済策はまだ見えていない。産業革命以来の世界の経済発展は、幾度もその矛盾が累積し、破壊的結果をもたらす中で、人々の叡智と努力によって克服されてきた。トランプ現象はそうした人類史的な大きな問題を我々に投げかけているように思う。

トランプ政権のアメリカ:(4) ロシアゲート

ロシア・ゲートがトランプ政権崩壊の最有力因

Ⅰ.  はじめに

 トランプ政権はその発足当初から、クレムリンとの隠された関係が問題とされた。トランプ氏は以前から、資金洗浄に関わるなどロシアとの黒い関係が取りざたされて来たが、2016年の大統領選の最中に、ロシアが民主党本部にハッキングなどのサイバー攻撃を仕掛け、マル秘の情報を手に入れて、それを踏まえて多くのフェイクニュースをSNS上で流すなど、クリントン陣営攻撃を行って、選挙結果に重大な影響を及ぼしたのではないか、また、クレムリンにそうすることをトランプ陣営が働きかけたのではないか、との疑惑が持ち上がった。

 もしこれが事実なら、これはアメリカの民主主義を外国勢力を使用して破壊しようとしたわけであるかから、重大な国家反逆罪ともいうべき犯罪となる。アメリカは三権分立の民主国家であり、その疑いについて、司法当局も調査を進めており、その疑いがある程度立証されれば立法機関である議会がそれなりの対応をとることになる。トランプ氏はさまざまな手段でこの疑惑を否定し、追及を回避しようとしているが、これがトランプ政権の暗部に関する米国最大の事件となっている。

 もし、その疑惑が立証され、議会がそれをアメリカの民主主義に対する妨害もしくは破壊行為であると認定すればトランプ大統領は弾劾され、トランプ政権は崩壊するだろう。しかし、その疑惑が充分に立証されないか、あるいは立証されたとしても議会が、弾劾に踏み切らなければトランプ政権は存続し、それはアメリカだけでなく、世界に対しても重大な意味を持つことになるだろう。このエッセイでは、トランプ氏のこのロシア・ゲートについて事実を追いつつ、考えたいと思う。


Ⅱ.  大統領選でのロシアのネット妨害

 2016年の大統領選をつうじて、クレムリンが情報機能を使って、選挙に介入しているのではないかという疑惑が取りざたされた。

 それは、ロシアの、おそらくクレムリンの関係者が、サイバー攻撃などで、民主党本部の機密情報を入手し、それを利用して、クリントン候補を意図的に陥れるために、フェイク(偽)ニュースを、例えばウィキリークスなどを使ってネット上に散布したのではないかという疑惑である。

 大統領選は、多くの世論調査の結果による限り、選挙戦が事実上開始された2015年から。本番の2016年中とつうじて、クリントン候補への支持率がトランプ氏を上回り続けた。ところが、11月8日の結果では、大方の予想に反して、トランプ氏が選挙人獲得数で圧勝し、大統領に当選してしまったのである。

 アメリカの大統領選挙制度は、George Washington初代大統領の時代からの制度で、大統領選の勝敗は、国民の投票数ではなく、各州に割り当てられた選挙人の獲得数で決まる。これは通信が発達していなかった時代に、アメリカ大陸という広大な地域で選挙を行うには必要な知恵だったのだろうが、今日の高度情報社会ではいかにも古色蒼然とした奇妙な制度である。しかし制度は制度なので、アメリカはこの制度に従って大統領選を行っている。この制度では、選挙人は各州の人口などに比例して定められているので、人口の多い州を制した候補が選挙人を総取りするので、影響の大きい17州がスイング州とされている。

 選挙の結果は、スイング州での獲得選挙人はトランプ候補が290人、クリントン候補が227という大差だった。選挙人の数は総取り制度なので、このような結果となったが、これらのスィング州全体の投票数では、なんとHillary Clinton候補が7万票ほどトランプ氏を上回っていたのである。また、全米での獲得票数では、Hillary候補は、トランプ氏を290万票上回っていたことが判明している。

 スィング州での票獲得数で、Hillary候補がたったの7万票しか下回っていなかったことは、トランプ氏のロシア疑惑に対して重要な意味を持つ。それは、ロシアの情報関係者がHillary攻撃のフェイクニュースをネット上に散布したとすると、新聞も読まず、ネットの情報に偏りがちな最近のアメリカの大衆がフェイクかどうかの判断もつかずに、Hillary離れを起こしたことは容易に想像される。またそれがロシア・ゲート関係者の狙いでもあった。

 例えば、一億人を超えるスィング州の投票者のうち、こうしたフェイクニュースの影響で、反Hillaryになり、トランプに投票した人は少なく見ても100万人程度はいただろう。もしこうしてフェイクニュースの妨害がなければ、これらの人々はHillaryに投票していただろうから、選挙結果は、おそらくHillaryの圧勝になったに違いない。つまりロシア・ゲートはアメリカの民主主義の健全性を崩壊させる上で深刻な意味を持っているということである。


Ⅲ.   オバマ大統領の怒り、ロシア外交官追放

 オバマ大統領は、この件をおそらく確信しており、早くも(あるいは遅きに失したかもしれないが)9月の中国、杭州で開催されたG20の会場で、プーチン氏に「大統領選へのサイバー攻撃での干渉をやめない場合、深刻な結果を伴う」と直接警告したことを12月に明らかにした。その時、プーチン大統領はそんなことは知らぬと嘯いていたようだ。

 大統領選がトランプ氏の圧勝に終わった後で、我慢できないオバマ氏は2016.12.7、米政府として民主党全国委員会に対するサイバー攻撃について「ロシア政府が指揮した」と断定し、名指しで非難声明を発表した。そして2016.12.29. ロシアのサイバー攻撃による米大統領選への干渉に対し、ロシア外交官35人の国外退去の制裁措置を発表したのである。


Ⅳ.   トランプ大統領への疑惑の発端

  オバマ大統領のこうした行動を別とすれば、トランプ大統領のロシア・ゲート疑惑の発端は英情報機関OB、Cristopher Steele氏が書いた35p(17章)の文書、通称ドシエー(dossier)とされる(尾形聡彦『乱流のホワイトハウス』2017)。

 この文書が書かれたのは2016年秋とされるが、FBI等米情報機関が信憑性を調査し、濃厚な疑惑があるということで、2017年1月第1週に、情報機関幹部がオバマ大統領とトランプ次期大統領ほか一部の政府高官に提出した。政府情報機関はこの時点ではまだオバマ政権下だったので、この文書を要所に配布することで簡単には消せなくしたのはオバマ大統領の指示か、とも憶測される。

 このニュースをCNNは1.10夕方のニュースで同文書を情報機関が調査中と報道した。その夜、オンラインメディアのBuzzFeedが35p全文をネットに掲載、騒ぎは一気に広まった。トランプ氏が1/11午前、初めての記者会見の席上、CNNとBZをフェイクニュースと罵倒し、大荒れとなった記者会見にはこうした背景があったのである。


Ⅴ.  フリン疑惑と解職

 2016.12.29.フリン氏がトランプ陣営幹部(クシュナー?)の指示でロシアのキスリャク駐米大使と電話で5回ほど会談したとする疑惑が表面化した。それはフリン氏がロシア大使にたいし国連のイスラエル占領地入植非難決議に反対してくれれば、アメリカのロシアにたいする経済制裁を緩和するという趣旨の会話だったと伝えられた。

 その件を、1.12.ワシントンポストが情報機関の盗聴の結果として報道した。2.8.フリン氏はその疑惑を否定。2.9.それを受けてペンス副大統領はCBSのインタビューでそうしたことは一切なしと言明した。ということは、フリン氏はFBIにも副大統領にも虚偽の説明をしていたことになる。それは充分、偽証罪に相当する。トランプ大統領は2.13.フリン氏を迅速に解任した。これは予想外に早い決断と思われたが、オバマ氏らからフリンは危険と事前に警告があったというのがもっぱらの観測である。


Ⅵ.  Comey CIA長官解任

    2017.5.9, トランプ大統領は、Comey CIA長官を突然解任した。トランプ氏はHillary候補のメール疑惑調査の不手際を理由としてが、それは表向きの理由で、本当は、Comey氏はトランプ氏のロシア関連疑惑について調査を始めたことを危険視して妨害行為に出たとうのが、関係者のもっぱらの受け止め方だった。

 2019.6.9. Comey元長官は議会で証言し、トランプ氏から”フリンの捜査を止めよ”との圧力がかかったと証言した。もしそれが事実ならトランプ氏は司法妨害の罪に問われることになる。


Ⅶ.  Mueller検察官の任命

 2017.5.17、トランプ氏のロシア・ゲート疑惑に関してRobert Mueller特別検察官が任命された。任命したのはRosenstain 司法省副長官である。本来ならSessions司法長官が任命するはずだが、Sessions長官はトランプ氏のロシア・ゲートに関しての議会証言に偽証の疑いが持たれており、この件についてはノータッチとされていたからである。特別検察官はその捜査活動について、ホワイトハウスを含む行政機関等から規制や影響をされずに独立に活動ができることが法制度的に保証されている。

 Mueller氏は、前CIA長官であり、解任されたComey長官の前任者である。Mueller氏はベトナム戦争でも戦功をあげた勇者として国民的人気があり、正義を貫く検察官僚として評判が高く、CIAの長官職の任期10年を延長し、12年長官を務めた人物である。

 Mueller特別検察官は2017.8.5.大陪審招集し、トランプJr、マナフォート氏の疑いなどを調査した。トランプ氏はMuellerを解任しようと画策しているとの噂がもっぱらだが、下院は解任したら再度任命するとトランプ氏に警告している。


Ⅷ.  被疑者起訴

 2017.10.30 Mueller特別検察官はトランプ氏の選挙対策本部の幹部であったPaul Manafort氏とGeorge Papadopoulos氏を起訴した。起訴の理由はウクライナのヤヌコビッチ大統領から多額の顧問料を受け、さらに資金洗浄に関わった疑いである。

 さらに2017.12.3:フリン氏を偽証罪で追訴。フリン氏は司法取引に応じた。トランプ氏はフリン氏を解任した理由として「副大統領とFBIに嘘をついたから」としていたが、トランプ氏が本当の事態を認知していたならトランプ氏は司法妨害の罪に問われることになる。


Ⅸ.  トランプのロシア疑惑

  トランプ氏のロシア疑惑は広範かつ多様にだが、その主要なものは以下のように整理できるだろう(中島精也氏)。

    1. ロシア政府と共謀して選挙妨害
    2. 捜査過程での司法妨害
    3. ロシアへの機密漏洩
    4. トランプ就任前の二重外交(フリン)
    5. 資金洗浄(ロシア関係者がトランプ資産購買)
    6. モスクワでのセックススキャンダル


Ⅹ.  弾劾の可能性

 トランプ氏がロシア・ゲート疑惑に絡んで、大統領選をロシアの力を借りて妨害するなどの行為をしたことが明らかになれば、それは国家反逆罪にも相当する罪であり、議会の権能に定められた弾劾が適用される可能性がある。以下、弾劾の手続きと可能性についてここで整理しておこう。

弾劾(impeachment)の手続きとその可能性:

 1. 下院本会議が過半数で弾劾訴追を決定し、その結果を上院へ伝える      
 2.  上院では最高裁長官が議長となり弾劾裁判が行われる。そこでは、下院が議決
       した弾劾訴追項目を審議する。それぞれの項目につき、有罪か無罪の採決がなさ
       れる。2/3以上が有罪に賛成すれば大統領は罷免される。

大統領の弾劾は、下院、上院の2段階で審議し、決定を下すのはあくまで議会。従って、その決定は議会の構成が大きく左右することになる。

 参考としてこれまで弾劾で解任されそうになった大統領は、戦後ではNixon氏とClinton氏である。Nixon大統領は、1974年、下院司法委員会が弾劾訴追を決定したところで、自ら辞任した。一方、Clinton大統領は、1998.12. 下院本会議が弾劾訴追を決定。99年に始まった上院での弾劾裁判で無罪となり、罷免を免れた。

 クリントン氏の時は上下両院とも共和党が多数を占めていたので、弾劾裁判まで進んだと言える。ニクソン氏の場合は、彼が辞任した1974年には中間選挙があり、ニクソン弾劾に反対した下院議員はほとんどが落選し、逆に民主党が大躍進をした。Nixon氏は民主党優位の議会構成では弾劾・罷免は不可避と判断し、自らの名誉と守るために辞任したとされる。

 2017.4時点での機会の構成は、
  下院(定数 435。欠員4)共和党238、民主党193。共和党員の20数人必要
  上院 共和党52人のうち19人賛成必要
となっており、中間選挙の結果が事態を左右するが、そこでは世論の動向が決定的。

  トランプは就任100日目のWashington PostやABCの世論調査では2016年11月に投票者した人々の96%がトランプ氏に再び投票すると回答しており、支持率4割を維持している。従って、トランプ氏はこの岩盤にほんのすこし浮動票を乗せるだけで勝利できる可能性が高い。ただし、選挙はやって見なければ判らないのが通例であり、2018年11月の中間選挙で民主党が勝てば、状況変わる可能性も十分にありうる。その場合は、トランプ大統領は弾劾・罷免されるだろう。

トランプ政権のアメリカ:(3) トランプ政権の基本経済政策

トランプ政権の基本経済政策:減税、インフラ投資、貿易:喧伝と現実

Ⅰ.   はじめに

 トランプ政権の基本経済政策は、減税、インフラ投資、そして貿易政策がそ主なものと言える。これらについてもトランプ氏は選挙戦中から声高に喧伝していたので選挙公約と言って良いだろう。

 これらのうち、減税については、超大型減税を2017年末に議会で成立させたので、トランプ氏は大きな公約の一つは実現させたと言える。インフラ投資についてはお題目は唱えているが、その中身は詰められておらず、まだ喧伝の段階だろう。

 貿易ないし通商については、トランプ氏は2018年3月8日、突然、アメリカに対する世界の主要な鉄鋼とアルミの輸出国に対して、鉄鋼は25%、アルミは15%の関税を上乗せすると発表し、世界の貿易相手国のみならずホワイトハウスの中でも大きな波紋を引き起こした。

 以上のトランプ政権の経済政策の主要3項目について展望しよう。


Ⅱ.   税制改革(大型減税)

 2017.4.26 トランプ政権の税制改革(大型減税)案がホワイトハウスから発表された。これはMnuchin財務長官とGary Cohn CEA(経済諮問会議)議長が協力して用意したものとされる。

その主な内容は:
 1. 法人税の税率を15%とする
 2. 所得税の最高税率を引き下げ、同時にこれまで7段階だった課税率を3段階に簡素化する。
 3. 相続税の廃止。
というものだった。

 税制改正のような主要な政策は、米国では、議会の審議と法案作成のプロセスを経て、法律化され、実施に移される。まず、議会で法案が作成され、審議を経て、法律として制定され、それから政策として実施されるという段取りを踏む。言い換えれば、政権(ホワイトハウスと政府の省庁=税制の場合は財務省)は法律の原案を作成して議会に提案する。法案そのものは議会が作成する。議会では上下両院でそれぞれ審議して、法案を策定し、互いに調整して、法律化するという手続きを踏む。議会が法案を策定する作業には通常、半年はかかる。

 今回の場合、このプロセスは意見調整に手間取って、かなり遅れ、2017年11月にまず、下院で法案が策定され、ついで上院でも策定。そして年末ギリギリに上下両院の法案(両院で調整したいわば折衷案)が策定され、両院の合意を得て、法律として制定された。

 このような手続きを経て成立したトランプ政権の新しい税法の要点を以下に記そう。

   1.  法人税率を 21%に引き下げ。これまでは34%だった。
 2.  個人所得税:最高税率39.6%を37%に引き下げ。
   税率区分7段階を3段階へ。これによって税率の細かな差で支払わなければならなかった
   税を回避できる人々がいくらか増え、若干の減税効果が見込まれる。
   基礎控除の引き上げ。
 3.  資金還流のための税制。企業の海外留保金に一時的に重税を課し、資金還流を促進する。
   海外子会社からの配当への課税を廃止して配当による資金還流を促進する。
 4.   投資促進税制:例えば固定資産取得の即時償却など。

 このような措置により、減税規模は、10年間で約1.5兆ドルになると見込まれる。

 このトランプ税制に対しては以下のような批判が提起されている。

  1. これは大企業と金持ち優遇だ。法人税率をこれまでの34%から21%へ引き下げることはアメリカの歴史上もかつてない大幅減税になるが、その恩恵は企業所得の大きな大企業ほど大きい。同様に、所得の高い金持ちほど所得税率の引き下げの恩恵は大きい。所得税では税率区分を少なくして、細かい税率区分ので徴収されていた所得税をいくらか減らす工夫が中間所得層のためにこらされたが、その効果はわずかなものである。

 すなわち、トランプ税制は、大企業やトランプ氏のような大金持ちが得するものであって、多くの中間あるいは低所得層には恩恵はほとんどないということだ。留意すべきは、トランプに投票した人々は後者の階層であり、トランプ氏の経済政策は支持者に不利になる、いうなれば、Self Defeatingな効果を持つ可能性が高いということである。

 2. 減税は、それを賄う予算措置が必要である。減税で国家の財政収入そのものを減らすことはできないからだ。トランプ税制を賄う費用は2兆ドルにのぼるとされる。トランプ政権は、減税によって経済成長が刺激されるから、経済成長から得られる増収で、減税の費用は賄えると主張している。しかし、多くの専門家は、トランプ政権の成長予測は毎年1%ていどの過大推計になっていると指摘している。すなわち、トランプ税制が施行されると遠からず、アメリカの財政赤字は大きく膨らんでゆくということだ。

 3.  現在のアメリカ経済は絶好調を謳歌しており、労働市場は超完全雇用状態となっている。

  Fed(連銀)議長に新任したPowell氏は、このようないわば加熱状態のアメリカ経済なので適切に利上げを続けていく必要があると指摘している。そのような状態の経済では、本来は大減税は不要であり、むしろそれは成長を刺激するよりインフレを加速する可能性が高い。

  完全雇用状態のアメリカ経済をさらに加熱させるような大減税は通常の経済運営としては正当化されないということである。

 4. 元財務長官であり、ハーバード大学総長であったLawrence Summers氏は、トランプ税制改革はとても税制改革といえるような代物ではなく、単なる思いつき案であり、したがって多くの弊害が危惧されると警告している。
 
 トランプ氏は、この法案の議会通過は、トランプ政権の大勝利であると自賛し、その大減税がアメリカ経済をいかに活性化するか大いに喧伝するよう政府を鼓舞した。しかし、上記のような問題だらけの税制改定の欠陥と弊害は、私見では、それが実施されれば1〜2年で明白になるだろう。

  新税制は、大企業や金持ちを優遇するが、減税によって財源不足は拡大し、その財源は、結局、勤労大衆の負担増となる。そして、完全雇用時の大規模減税は、経済成長を促進するよりも、インフレを加速し、悪くすればインフレ下の不況(Stagflation)につながりかねないことが危惧される。


Ⅲ.   インフラ投資

 インフラ投資はトランプ政権の経済政策の目玉である。これはトランプ氏が選挙戦中から強調していたもので、選挙公約である。トランプ氏は、選挙戦中は、1兆ドルのインフラ投資と喧伝していたが、最近では、1.5兆ドルと増額しているようである。

 たしかに、アメリカ経済は基本的なインフラの多くが老朽化している。道路、港湾、電装網、発電設備等々、枚挙にいとまがない。老朽化しているインフラの補強や更新あるいは新設はたしかに必要である。

 トランプ氏の1兆ドルのインフラ投資公約に、株式市場は敏感に反応した。そのような投資が行われるとすれば建設、交通、通信産業などには莫大な注文が集中するであろうから当然、これらの産業を中心に、株価の高騰が予想される。市場関係者は、実際に株価の上昇が起きる前に大規模投資をして儲けるのが習い性になっているから、トランプ大統領就任前から株式市場は急騰を始めた。それはその後も続いて、2018年初頭でも株式市場はfeever状態になっている。

 株式市場が思惑で加熱している反面、この大規模インフラ投資についての具体案はまだほとんどない。投資の具体案と並んで、重要なことは、その大規模投資の財源についての具体策も2018年春の段階ではほとんど明らかになっていないどころか議論もないことである。1兆ドルの大規模投資の財源をどうするのか、借金なのか、それを連邦債で調達するのか?いずれにしても、それがアメリカの財政赤字の累積を増幅することは明らかである。それは最終的には誰が負担するのか。借金か、連邦債による次世代への事実上の課税か、それとも、中間層、勤労者層への税負担か。トランプ氏のインフラ投資構想も、結局、彼の支持者に負担を課す、”self defeating” か ”voter deceiving”の政策に帰結するおそれが大きいように思える。


Ⅳ.    貿易政策

 トランプ氏は選挙戦中から、アメリカの労働者の雇用機会は中国、日本やドイツのようなアメリカに大量に輸出している国々によって奪われており、雇用を取り戻すために、それらの輸出国に対して高い関税をかけると主張していた。

 トランプ氏の主張は、米国の貿易収支の対外赤字は相手国の不公正貿易によるものという思い込みにもとづいている。彼の認識では、これらの国々は為替レート低め誘導や非関税障壁などによる事実上の輸入制限によって、米国の貿易赤字を増幅しているというものだ。

 この認識は、すでに述べたように、基本的に誤まっている。2国間の貿易不均衡は、それぞれの国の国内貯蓄と投資のバランスによって決まってくる。例えば、米国では貯蓄が投資より少ないので、対外収支は赤字になる。逆に中国は貯蓄が投資より多いので、対外収支は黒字になる。これはマクロ経済の投資・貯蓄バランスと対外収支の定義式である。アメリカの貿易赤字を減らしたいのであれば、トランプ氏が本来やるべきことは、アメリカ国内の貯蓄を増大(消費を抑制?)して投資を増やし、生産性を高めて、輸出競争力を高めることだ。そうした経済構造の転換なくして貿易収支を変えることは困難である。

 トランプ氏がこのように主張して、関税引き上げなどによる貿易制限を示唆していたため、2017年には、それを見越して、輸入品に対する駆け込み需要がむしろ高まり、米国の貿易赤字は大きく増加した。そして、トランプ流の貿易制限が実現すれば、輸入価格は上昇するから、アメリカでは輸入インフレが加速し、それは結局、労働者の実質賃金を引き下げるという形で労働者の利益を損なう結果になることは十分に予想されることである。

 トランプ氏のこのような主張に対しては、当然、多くのエコノミストも、国際社会からも批判の声が高まり、また、アメリカ国内の産業界からもこうした考え方はアメリカの国内産業の生産性向上を妨げるものだ、との批判の声が上がった。

 しかし、トランプ氏は、突如、2018年3月1日、米国の鉄鋼とアルミニウムの輸入増加が、米国の安全保障上の脅威になっているという理由で、それらについて輸入制限を発動するとの方針を発表した。鉄鋼とアルミニウムは防衛に欠かせない産業なので、保護する必要があるという理屈であり、これは米国通称拡大法232条にもとづく措置であるという。鉄鋼については25%、アルミニウムについては10%という新たな関税を上乗せするという措置である。

 そして、3月8日、鉄鋼とアルミニウムの輸入を制限するという文書に署名し、その発動は3月23日とした。その際、メキシコとカナダは北米自由貿易協定の再交渉中なので、当面、その適用から除外するが、その他の国々は日本など同盟国も含め、適用するとした。

 最大の輸入制限対象国となる中国はこの措置に、強く反発し、中国国務院は、4月1日、米国産の豚肉やワインなど計128品目に最大25%の関税を上乗せすると発表し、4月2日から発動した。これにたいし、米国は、中国の知財産業などを標的にしたさらに大規模な制裁措置を準備していることを発表するなど、対立と対抗措置はエスカレートし、文字通り貿易戦争に発展しかねない様相となっている。これは重大なテーマなので、改めてブログの新しいエッセイで取り上げたいと思う。

トランプ政権のアメリカ:(2)国際協力への無理解と阻害行為

国際協力体制への無知と無理解そして阻害と破壊

 今回のエッセイでは、前回の「トランプ新政権への懸念と実際」を受けてトランプ氏がいかに国際協力体制の意義と重要性について無理解であるだけでなく、そもそも無知であり、また国際協力への諸国の努力をいかに阻害あるいは破壊しようとしてきたかを事実を振り返りながら述べたいと思う。

1.  TPP離脱とTPPのその後の展開

 トランプ大統領は、選挙戦の頃から、TPPはひどい国際協定だと非難し、大統領に当選すると、ホワイトハウスの執務の第一日目に、アメリカはTPPから離脱すると公表した。そして実際、大統領としての執務初日に、大統領令で離脱を命令した。

 TPPは今日の世界で、おそらく最も先進的かつ総合的な国際自由貿易協定である。アメリカが離脱する前にTPPに参加した12か国のGDP総計に占めるアメリカの比重は約6割に達していたのでアメリカが離脱するとTPPは自然消滅するのではないか、との観測もあった。またベトナムなどいくつかの国々にとっては大きなアメリカ市場に関税なしで輸出できることが魅力だったので、アメリカが参加しないなら、自分たちも参加しないという意向を示したこともあった。

 しかし、やがてアメリカ抜きでもここまで精緻に皆で協議してきた画期的自由貿易協定を消滅させるのは長期的には世界にとって大きな損失だとの見方で多くの国々も賛同し、特に残った11ヵ国中最大の市場を持つ日本が主導して交渉が進められた。そして2017.11.9にベトナムのダナンで”TPP11についての大筋合意”が達成され、2018年3月8日午後、チリのサンティアゴには11ヵ国で署名が行われた。

 トランプ大統領は、2018年1月末、スイスのダボスで開催されたダボス会議に初めて出席し、TPPについては、その内容が、アメリカにとってもっと有利になるよう改定されるなら、TPPに復帰しても良いと述べた。その真意は今のところまだ判然としないが、TPP11の参加各国はアメリカのために内容を変更することには慎重な態度をとっている。

 
2.   フリーライダー非難と無知

 トランプ氏は大統領選の最中に、たびたびアメリカの防衛戦略の同盟国に対して暴言とも言える非難を繰り返していた。それは、日本、韓国、ドイツなどはアメリカに防衛をおんぶするだけで本来負担すべき費用を払っていない。彼らはフリーライダー(ただ乗り)だ。日本について、もし適切な負担をしないなら、アメリカは日本から米軍を引き上げても良い。そしてさらに、アメリカの核の傘がなくなる日本が自国を守るために核武装が必要と考えるならそうすればよい、とまで言及した。

 トランプ氏はこうした発言にどこまで本気なのか、どこまで責任を取るのか、を私は危惧した。もしこれが本当なら日本は、日米安保条約に調印した1952年以来の安全保障戦略を根本から見直さなくてはならないからだ。トランプ政権に関する前回のエッセイで、私は島田塾の事業家の方々と2017年4月にトランプ政権調査のためにアメリカを訪問したことに触れたが、そうした調査訪問を企画したのは、このような点の真偽を知るためでもあった。

 この問題は、その後、James Mattis国防長官の日本訪問で、少なくとも表面的には氷解したと思う。私は島田村塾という若手事業家の勉強塾を主宰しており、そこでは2年間のプログラムの中で一度は必ず沖縄に、日本の戦争の歴史と安全保障の問題を考えるために訪問 することにしている。その際、米軍の協力が得られる限り、アメリカが国外に保有する最大 の空軍基地とされる嘉手納空軍基地を訪ねることにしている。

 嘉手納基地は旧嘉手納町の町域の8割以上を占有し、隣接する2つの町にまたがる広大な基地である。この広大な基地については日米安保条約に基づき、インフラや施設そして基地運営のための多くの人権費など、およそ米軍人の給与と戦闘機の費用など以外はほとんど負担している。日本の米軍駐留経費の負担は、全体で、74.5%に達している。もしこれ以上の負担をするとなれば、米軍士官・兵士の給与や戦闘機の費用まで負担することになる。それでは米軍はアメリカ合衆国の軍隊ではなく、日本の傭兵集団になるだろう。実際、同盟国の韓国は40.0%、ドイツは32.6%の負担という。要するに、トランプ氏はこうした事実を全く知らずに暴言を吐きつづけていたと思われる。

 Mattis国防長官は、2017年2月初頭に来日し、安倍首相、稲田防衛大臣と階段をしたが、会談後の2月4日の記者会見で、「日米安保は他国の見本」と称賛した。Mattis氏は、任命直後、アメリカでは”Mad Dog(狂犬)”の異名をとる人物と日本ではもっぱら伝えられた。

 それは、海兵隊の将軍としてアラブ各地での戦闘を指揮し、「ゲリラを撃ち殺すのは気持ちが良い」と言ったとされることなどからそうした評判になったもののようだが、Mattis氏を良く知る人々の間では、米軍きっての読書家であり、敬虔で冷静、沈着な名将と評価されている。彼はトランプ氏の暴言が問題を起こさないうちに早期に同盟国を訪ねて問題の沈静化をはかったのだろう。そのニュースがトランプ氏の耳に入ることをMattis氏はおそらく期待しただろうが、TVとSNSしか見ないトランプ氏がそれを知ったかどうかは不明である。

 3.   イスラム入国制限とその後

 トランプ氏は執務開始直後、矢継ぎ早に大統領令を打ち出した。それは選挙期間中に数々の暴言ともいえる発言(大統領になればそれらは撤回しない限り、公約と受け取られる)を繰り返したが、それを真に受けて投票した支持者に対するパフォーマンスでもあったと思われる。TPP離脱に次ぐ、早い段階に、彼は、イスラム教徒の入国を禁止する大統領令に署名した。

 トランプ氏によれば、アメリカ大統領は自国民の安全を守る使命がある。近年多発しているテロ事件にはイスラム教徒が多く関わっているので、国民の安全を守るためにイスラム教徒の入国を禁止するという命令である。この大統領令で入国が禁止されたのは多くのイスラム教国のうちたったの7ヵ国であった。それらの国々はトランプ氏が経営するホテルやゴルフ場がないことが共通項であることが後で判明した。トランプ氏の公私混同は目に余るものがあるが、これもその例だろう。なお、イスラム教徒入国禁止という極端な大統領令を背後で推進したのが、トランプ氏の選挙戦で最も影響力があったという外国人排斥主義のSteve Bannon氏であったと言われる。

 この大統領令は、あからさまな人種差別であり、人種差別を無くそうと努力してきたこれまでのがアメリカ合衆国の歴史的方向性に逆行し、法的にも問題が多い。そうした違法性に着目して、直後から、ワシントン州や、サンフランシスコ市の連邦地裁が、2017年2月中に、この不当な入国禁止令にたいして、差し止め命令を発した。差し止め命令が有効な間、入国禁止は実行できないことになる。また、この極端な差し止め命令に対して多くのハイテク企業が批判の声をあげた。なぜなら、アメリカはこれまで世界から多くの多様な人々と才能を集めて、産業発展を実現してきたのであり、ハイテク企業は今やアジアや東欧、イスラムなど多くの民族の才能と努力で成り立っているからである。

 トランプ大統領は裁判所の差し止めに対し、大統領令を修正して抵抗した。そして2017年6月26日に、連邦最高裁が大統領の修正入国禁止令につき、条件付きで発効を容認する決定を行った。それは家族への合流、留学手続きが完了している入学者などは除外するということで、入国禁止の範囲をやや狭めた決定である。トランプ氏はこの決定を”偉大な勝利”と自賛している。

 4.   地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」離脱 

 
 トランプ大統領は 2017.6.1、ホワイトハウスで声明を発表し、地球温暖化対策の国際枠組みであるいわゆる「パリ協定」は「非常に不公であり米国に不利益。他国の利益を優先するもの」として激しく非難し、この協定から離脱すると宣言した。

 これはトランプ氏の選挙戦中の公約でもあり、それを実現したということだが、パリ協定は195ヶ国が署名するこれまでにない大きな広がりを持った協定であり、世界最大の産業力を持ち、しかも最大のCO2排出国である米国の離脱はこの国際協力の目的を実現するためには大きな打撃となるトランプ氏の離脱宣言の具体的理由はアメリカ国内の石炭産業支援にあると言わる。

 すなわち石炭産業に従事する労働者の雇用を守るというのがトランプ氏の選挙公約だが、アメリカの石炭産業は衰退産業でもあり、また自動化で雇用量は極めて少ない。

 石炭産業の雇用を守る効果より、地球温室効果を防ぐための様々な技術革新や新産業の発展がもたらす雇用機会を失うことのマイナスの効果がはるかに大きいことは多くの専門家や研究機関が明らかにしており、トランプ氏のこの決定は極めて非合理的である。当然のことながら、多くのハイテク企業はトランプ氏の決定に強く反発している。なぜならパリ協定から離脱することで、アメリカは地球環境保護のための国際的なルール設定から疎外されるので、環境技術の開発に大きな遅れをとるからである。

 
 また進んだ技術を持ち、しかも世界最大の温室ガス排出国であるアメリカの離脱は国際協力を阻害するものとして国際社会は厳しく批判している。どう見ても正当化の困難はパリ協定離脱の意思決定は、国際協定推進にオバマ大統領が熱心であったことからオバマ氏への”意趣返し”が、トランプ氏の真の動機かもしれない。

 5.    NATOでの無知とG7、G20での態度とメルケル首相

 2017年5月、NATOの首脳会議に出席したトランプ氏は意外にもNATOの役割を評価する発言をした。その理由として9.11.テロの際、NATOが集団自衛権条項発動してテロリストの戦いに協力したことなどを挙げた。トランプ氏は大統領選挙戦中NATOは時代遅れで何の役にもたっていないとの批判を繰り返していたので、意外感をもって、受け止められた。

 ちなみにトランプ氏は見方を変えたのか、と聞かれ、「私はゴルフ場の経営だけをやってきたので、NATOなど知らなかった。勉強してそれが役にたっていることが判った」と答えたと伝えられているが、もしそうなら彼は大統領になるべきではなかった。

 それほど無知な人が世界最大国の大統領になることは世界にとって甚だしい迷惑でありトラブルの因となる。大統領選終盤のTV討論で、Hillary Clinton候補がトランプ氏を指差して”You are unqualified”と繰り返し批判していたことに同感である。

 
 NATOの会議では、トランプ氏は欧州のNATO加盟国が国防費のGDP比2%の負担をするよう強く要請した。その一方で、ブラッセルのNATO本部にある「米欧相互防衛の誓い(pledge)」には敬意を表さなかった。これは歴代米国大統領としては初めてのことであり、それが単に冷戦時代の欧米の対ソ協力としてNATOが設立されたことなどを単に無知で知らなかったのかどうか、何れにしても欧州首脳はトランプ氏の態度にいたく失望したという。

 2017.5.28、メルケル首相はミュンヘンのビアホールで解されたCDUの友党であるCSUの大会で、 “The times we can fully count on others are somewhat over・・” と発言して世界から注目された。これは言外に欧州はもうトランプのアメリカには期待できない、と述べており、バランス感覚が売り物のメルケル氏のこの控え目な発言のニュースは世界を駆け巡った。

 メルケル氏はその前にトランプ氏をホワイトハウスに訪ねた時には握手をトランプ氏に拒否されており、もともとトランプ氏には好感はもっていなかったと思われるがこの時のNATOの会議での彼の傍若無人さに呆れ、無知に失望したのではないか。またその後、イタリーでのG7とドイツでは7月にHumburugでのG20が開催されたが、トランプ氏はいずれでも首脳の間に嫌悪感を持たれたように思われる。

 6.   イラン核協定破棄問題。

 2017年10月上旬:トランプ氏はイランが核合意を順守していないと声高に非難した。イランの核合意とは、2015年に結ばれたイランと米欧6ヶ国の合意の核開発の自制をめぐる合意ある。それはイランが今後10年間、核開発をしないと約束するなら、それまで30年間続いた経済制裁を解除する、というもので、オバマ大統領の平和外交の象徴的成果とされるものである。

 トランプ氏はそのイランがテロ組織の支援をしており、合意を順守していないと 難癖をつけ、この合意を破棄しても良いと脅しをかけた。合意の結果、アメリカは これまでの経済制裁を解除し、イランは国際社会に復帰し、世界の多くの国々や企業がこれを機会に、イランとの経済交流を深めようとしてきた矢先である。

 トランプ氏の難癖に対して、イランは猛反発し、アメリカとイランの対立が再燃しかけている。この間までは対立は激化する可能性があり、イランはアメリカがそうした主張を続けるなら戦争も辞さないと反発している。この不穏な動きはそれでなくとも摩擦の多いこの地域にさらに地政学的な紛争のリスクを増幅することになりかねない。

 2017.10.14. トランプ氏は議会に「イラン包括法を提出した。トランプ包括法案では、違反の場合の罰則などオバマ条件と変わらない。ただ、経済制裁を再開するかどうかの判断権能を議会に付与したことは今後、国際社会に混乱を招く恐れがある。

 いずれにせよ、米欧6ヵ国が正式の手続きを踏んで慎重に判断して決めた合意をトランプ氏の一存で反故にするようなアメリカにたいしては、今後、国際信用が大きく損なわれる可能性がある。

 7.    中国対応、4月フロリダ会談、11月北京会談、習首席の勝ち?

 2017年4月、トランプ氏は中国の習近平首席をフロリダの自称別荘「冬のホワイトハウス」Ma la lago(これは実は会員制のクラブで、トランプ氏の別荘ではない。トランプ氏がそこに要人を招いて首脳会談をするので、特別警戒など、Ma la lago側 は大いに迷惑しているとも伝えれる)に招いた会談をした。

 この首脳会談で、トランプ氏は中国に、北朝鮮への圧力を強化し、核やミサイル の開発を制御するよう要請した。その際、夕食会でデザートが配られた頃、トランプ氏は習近平氏に、シリアの政府軍基地に対してミサイル攻撃をした、と突然、通告した。これは「武力の行使も辞さない」という意志を見せつけるトランプ流の示威力外交で、この行動にたいしてはその後、アメリカ世論の受けも良い。トランプ氏の報告を聞いて習近平氏は賛意を示したと発表されているが事実は定かではない。

 トランプ氏は中国が北朝鮮を制御してくれるなら、それへの見返りとして、これまで中国を罵ってきた、通貨操作国、不当貿易国などの非難は取り下げるとした。

 会談後、トランプ氏は、「こちらを手伝おうという国を批判することはない。これが私流のDeal(取引)だ」と胸を張ったという。

 中国側もトランプ氏にたいしてお土産を持ってきていた。それは米中の貿易促進のための「100日計画」と喧伝されたが、アメリカはそれを貿易赤字削減策と理解し、一方、中国側は経済交流促進策と理解するという具合に、明らかに同床異夢だった。

 その後、トランプ氏は、中国は北朝鮮に対する制裁、制御に積極的でないとして、貿易慣行への批判を再開している。

 2017年11月、両首脳は北京で再び直接の首脳会談を行った。これはトランプ氏にアジア歴訪の旅の一環として行われたものである。トランプ氏は中国にたいして北朝鮮へのさらなる圧力の強化を要請したが、中国はその場では確約しなかった。習氏はトランプ氏を明と清の王朝の皇帝が住んだ故宮でもてなした。これは破格の待遇だったが、国内では、10月の共産党大会で国家主席第二期就任を圧倒的多数の指示できめ、一強体制を確立した習近平氏には何に批判はなかった。

 トランプ氏は、米中関係は最重要であると強調し、直接、貿易観光の批判を避けた。それだけでなく米中の貿易不均衡は前任者オバマのせいだ、としてあらぬ方向に矛先を向けた。中国は2500億ドル(28兆円)にのぼる商談の締結を提案したが、これは民間ベースのことであり、どれだけ進むかはこれからの展開にかかるだろう。11月の第二次米中首脳会談は終始、第二期政権体制を確立して自信に満ちた習近平氏のペースで習近平氏の優勢勝ちだった。

 8.   貿易収支と不当貿易の主張、America First空回り、しかしAPECなど妨害

 トランプ氏は、アジア諸国歴訪中も、またその一環としてAPECの会議に臨んだ時もアメリカとアジア諸国の貿易不均衡の原因がアジアの対米貿易国の不当貿易と主張し、中国、日本、そして他のアジア諸国を非難した。

 トランプ氏のこの批判は、重商主義者の批判とも言えるが、彼が市場経済の原理を全く理解していないことを反映している。貿易不均衡は基本的に当該国の投資と貯蓄のバランスの問題に帰着する。アメリカのように国内貯蓄が投資を下回っている国は、貿易赤字になり、逆に中国のように貯蓄が投資を上回っている国は貿易黒字になる。投資・貯蓄バランスと対外貿易収支の関係は、マクロ経済の”定義式”であって、貿易慣行とは基本的に無関係である。トランプ氏はペンシルバニア大学を出ているというが経済理論に全く無知のように思える。

 したがって、彼がAmerica Firstを主張して、具体的には、関税、国境税、企業立地への介入によってアメリカの貿易赤字を減らそうとしているがそれは空回りするほかはない。もし彼が正しくその目標を実現したいのなら、アメリカ国民に消費を抑制して貯蓄を増やし、あらゆる手段で労働生産性を高める努力と鼓舞するべ気だろう。

 11月のアジア歴訪は、訪問国でも、APEC会議でも不当貿易非難を繰り返し、企業立地に介入するなど、効率的に構築されたSupply chainの展開を妨げて、国際経済システムの円滑かつ効率的な運行をいたずらに阻害する破壊的結果につながるだけだった。

 9.   メキシコの壁、NAFTA再交渉、WTO問題

 トランプ大統領は選挙戦中から、メキシコからの不法移民の侵入を遮断するためにメキシコとの国境に高い壁を構築する。その費用はメキシコ側に払わせると主張していた。 

 
 大統領になってすぐ、トランプ氏はメキシコ側に壁の費用負担を要請した。これに対してメキシコ大統領は強く反発し、トランプ氏のワシントンDCへ来て話し合わないか、との呼びかけを拒否した。メキシコが対応しないので、結局、壁は米国の費用で建設することになった。

 トランプ政権は2017FY後期予算にそのために15億ドル分を載せるよう議会に要請した。しかし、財政の壁で政府閉鎖を避けるため、共和党が反対し、これは実現していない。

 10.  NAFTA再交渉

 NAFTA(北米自由貿易協定)の抜本的な見直しもトランプ氏の選挙公約だった。その趣旨は、NAFTAのおかげで隣国のメキシコやカナダで生産された産品がアメリカ市場に低いあるいは非関税で流入してくるので、アメリカ国内の雇用機会が奪われるので、条件を見直し、安い産品がアメリカに容易に流入できないようにしたい、ということである。

 この交渉を担当するのはUSTR(US通商代表部)だが、その代表としてトランプ 氏が選んだ、Lighthauser氏の承認手続きが遅れ、2017.8.になって通商交渉はようやく始動した。トランプ政権では、アメリカ第一主義の旗印の下、NAFTA域内国との貿易赤字の削減を明記するよう迫った。これに対し、カナダとメキシコは貿易赤字の削減明記に反発している。

 一方、アメリカ国内の産業界は原産地規制強化に反対している。アメリカ産業は メキシコやカナダから安価に部品などを調達できるメリットが失われるとしてトランプ流のNAFTA見直しには反対している。トランプ氏は交渉がうまく行かないならNAFTAからの脱退も有り得るとしている。トランプ氏のNAFTA見直しについては、このように内外の批判が高まっており、トランプ流の強硬姿勢を貫けるか、その可能性は高くないだろう。

 
 11.   WTO批判

 トランプ氏はWTOは不公正で機能していないと批判している。2017年春にWTOに提出された意見書の冒頭には「アメリカは他国が決めたルールに従う意図も義務 もない・・」と通商に関してルールに基づく国際協力を全面否定するような文言が 書き込まれていることをFinancial Timesが報道したことがあった。この原案はトランプ氏に極端なNationalismを焚きつけてきたSteve Bannon氏が書いたと伝えられる。

  WTOはそもそもアメリカ政府が戦後の通商に関するルールづくりが不充分だ、としてクリントン政権時代にアメリカ政府が主導して実現した経緯がある。なぜ戦後の通商に関する国際ルールづくりが不充分だったのか。それは第二次大戦後、戦後体制構築のために金融や通商などで世界経済を管轄する国際機関づくりに必要が叫ばれ、金融ではIMP, 貿易ではITO(International Trade Organization)などの組織が策定されたことがあった。

 これはアメリカ主導の構想だったが、アメリカ議会がITO設立を承認しなかった ために、暫定的なGATT(General Agreement ofTrade and Tariff)という組織でその後、半世紀をやりこなしてきた。クリントン時代に初心に還っって本格的な通商管轄の世界機関を作ろうということでWTOが設立れたという経緯がある。

 それをアメリカの大統領であるトランプ氏が壊そうというのである。2017年末に至り、アメリカはWTOの基幹委員会に任命しているアメリカの委員を選任しないとし、WTOの組織運営妨害の挙に出た。2017.12.13、WTO閣僚会議ではアメリカの反対で6年ぶりに宣言が採択できなかった。トランプ政権のこのような横暴を抑制できなければ、WTOそのものが機能不全になり、崩壊の恐れもあるという指摘もある。

 12.   イェルサレムをイスラエル首都に認定

 トランプ氏は2017年末、イェルサレムを、アメリカはイスラエルの首都と認定すると発表して国際的な物議を醸し、イスラエル周辺のアラブ諸国などで激しい反対運動が起きている。

 イェルサレム=首都宣言も、トランプ氏の選挙公約である。トランプ氏の宣言は、実はかつてアメリカで策定された法律に基づいている。その法律は議会で多数を得て成立したものだが、それ以降、歴代の大統領はこの問題の国際的な難しさを考慮して法律があっても、その法律に基づいて、例えば、アメリカ大使館を今のテルアビブからイェルサレムに移すなどの行動は慎重に避けてきた。

 イェルサレムは周知のようにユダヤ教の聖地であると同時に、キリスト教、イスラム教の聖地でもあり、過去、数千年の間にその支配権は戦いを経て幾度も変更されてきた。そのイェルサレムに対してトランプ氏がイスラエルの首都宣言をすることは、いたずらに、残り火に不要な油をそそぐようなもので、百害あって一利なしの行為である。トランプ氏はユダヤ人脈と深いつながりがあり、最愛の娘イヴァンカの婿クシュナーはユダヤ人である。彼の判断がまた公私混同なのかどうか、いずれにしても理解に苦しむ暴挙というほかはない。

  以上、トランプ氏の国際問題への対応を、事実を追って述べてきた。彼の一連の発言や行動は、彼が国際問題についていかに無知であるか、また、国際協力の意義や重要性をいかに理解していないか、そして、彼の行動が、意図的かどうかはともかく、結果的に世界に無用な混乱をもたらし、世界の繁栄と平和に害をもたらしているかが、以上を振り返ると明白だろう。

トランプ政権のアメリカ:(1) トランプ新政権への懸念と実際

 私がこの日本語ブログ「話題の泉」にエッセイを書くのは久しぶりですが、これからはこれまでより規則正しく定期的にエッセイを載せるようにしたいと思います。私は、日本語のブログの他に、英語ブログ ”Shimada Talks”, そして中国語ブログ「島田中文説」を書いています。

 英語ブログでは、主として、日本の話題、とりわけ政府の経済政策などについてのエッセイを定期的に書いて行きたいと思っています。中国語ブログでは、日本や中国そして国際関係などについての私の感想を書いています。

 この日本語ブログでは、主として、世界諸国の状況や問題などについて、解説し、感想を述べたいと思います。

 今回はそうしたブログの新たな方針に沿っての、まず最初に、今、世界に無用な混乱を引き起こしているアメリカのトランプ政権について、その誕生から最近までの事態を振り返り、数回にわたって私の観察と感想をやや詳しく記したいと思います。

 トランプ政権が誕生して1年2ヶ月が経ちましたが、このエッセイ「トランプ政権のアメリカ」では以下のようなテーマについて逐次、これまでの経過やその意味を説明し、私の感想も付け加えたいと思います。

  Ⅰ.   トランプ新政権への懸念と実際
  Ⅱ.   国際協力体制への無知を無理解そして阻害と破壊行為
  Ⅲ.  トランプの基本経済政策:減税、インフラ投資、貿易政策
  Ⅳ.  ロシア・ゲート:トランプ政権崩壊の”地雷”
  Ⅴ.  トランプ政権は持続するか、日本の対応
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Ⅰ.   トランプ新政権への懸念と実際

 1. トランプ政権への懸念

 トランプ氏が2016年11月8日のアメリカ大統領選で勝利した時、私はショックとともに大いなる懸念もしくは憂慮を禁じ得なかった。それは彼の大統領選中の言動のその粗野な振る舞いと、それ以上に、その内容が明らかに情報、知識、理解の不足と偏見からくる極端な破壊的な主張だったからである。

 独善的アメリカ第一主義、イスラム系民族や女性蔑視など多くの問題があったが、日本に直接関係するものだけを拾っても、例えば、日本の貿易は不公正であり、私は日本と中国に奪われた仕事の機会をアメリカの労働者のために取り返す、TPPはアメリカに不利な国際体制になるので大統領就任時に離脱する。日本は安全保障のフリーライダーであり、アメリカの駐留軍の費用を払っていない。充分に払わないのであれば、米軍の引き揚げもあり得るなど、無謀な発言が相次いだ。

 彼は明らかに、経済と安全保障についての国際協力の意味と意義を理解しておらず、反国際主義を主張しつづけていた。トランプ氏は選挙中に多くの暴言を吐いたが、選挙中の発言は、選挙民相手の約束であり、それは公約である。もし大統領としてそれを実行するなら日本と世界にとって重大な脅威になる。日本は1952年にサンフランシスコ講和条約ならびに日米安保条約に調印してから65年にわたってアメリカの抑止力すなわち核の傘の下で、平和を享受し、経済発展を実現してきたが、もし米軍が日本から引き上げるとなれば、日本は中国やロシアなど軍事大国と凶暴な北朝鮮などの脅威にたいし、これまで考えもしなかった自力で自分を守るという新たな安保戦略を構築しなくてはならなくなる。この一事をとってもトランプ氏の主張があまりに過激であり、もし実行されたら大変なことになるのは自明である。トランプ政権は果たして日本にとってそれほど極端で危険な存在なのだろうか?


2.  2017年4月のアメリカ調査訪問とその結論

 この基本的な疑問に答えを見つけるため、島田塾に参加する経営者の有志を募り、私は、そのトランプ氏の主な政策がおそらく出揃うと考えられた政権発足後100日に近い4月中旬に、ワシントンDCとNYを訪れ、多くのオピニオン・リーダーや共和党系から民主党系までいくつかのシンクタンクを訪ねて、議論をつうじて情報を収集し、かつトランプ政権とトランプを大統領にいただくアメリカについて理解を深めることとした。

 私達は事前に私達の問題認識について詳細なレポートを先方に送り、できるだけ短い時間で議論をつうじて深く詳細な情報が得られるよう努めた。面会した言論人やシンクタンクの専門家は極めてオープンに対応してくれ、大いに議論をすることができた。それを踏まえて、私達は暫定的な結論を得た。それは、トランプ氏は、乱暴だが、日本は彼を相手にしてやりこなせるというものだった。なぜか?なぜなら、トランプ氏は発言は過激だが、詰めが甘い。トランプ氏は大統領として行政の最高責任者だが、アメリカの立法と司法の仕組みは強固にできており、トランプ氏の思いつきはこうした重い仕組みの中で簡単には実現しにくい。トランプ氏は行動は我儘で放埓だが、政治家としても人間としても実力はあまりなく、要するに”大した人間ではない”ので、やりこなせる、という結論である。


3.  安倍首相のトランプ氏への取り組み

   トランプ氏という前代未聞の人物の大統領就任という事実を前にして、安倍首相の対応は迅速かつ極めて効果的だった。大統領選からほどない11月17日夕方、安倍首相は、まだ大統領に就任していないトランプ氏をNYのトランプタワーに訪ねて懇談した。同席したのは娘のイヴァンカ氏とフリン補佐官(予定)ら数人。安倍首相はゴルフ好きのトランプ氏のために特製の高価なゴルフクラブを贈呈した。この行動は外交としては異例だったが、トランプ氏が安倍首相にたいして好感を持ったことは明白だった。安倍首相はトランプ氏に気性を綿密に調査してこの行動をとったとされる。

 2017年2月11〜13日、安倍首相は大統領に就任したトランプ氏を公式に訪問した。この訪問はしかし異例ずくめだった。ホワイトハウスで最初の首脳会談が行われたが、トランプ氏は記者団の前で安倍首相と握手した際に、19秒間も手を離さなかった。見かけによらず潔癖症のトランプにしては異例とされる。しかも訪問はホワイトハウスで終わらずに、トランプ氏のフロリダの別荘、Mala la goでも首脳会談が行われた。ちなみにここはトランプ氏の個人別荘ではなく会員制のクラブなので、関係者は警護に多大な迷惑を被り苦労をしたとされる。両首脳は首脳会談と並行してゴルフを1.5ラウンド(27ホール)も楽しんだ。食事は公式と準公式を合わせ5回に及んだ。これは米国の外交史上空前とされる。FT紙は二人の関係を”Bromance”と表現した。男同士の愛である。トランプ氏は安倍首相を異例ずくめの”大歓迎”でもてなしたということだ。

 この19秒間に及ぶ握手については、後日談がある。朝日新聞の機動特派員であり、ホワイトハウスの記者団の中ではほとんど唯一の外国人メンバーとして活躍している尾形聡彦氏が、この情景を撮影し録音していたが、この時、二人の握手の際に日本人の複数のカメラマンが、おそらく「こちらを向いてください」などと叫んだところ、トランプ氏は安倍首相に「彼らは何を言っている?」と尋ねた。それに対して安倍首相が「Look at me」とだけ言葉を返したので、トランプ氏は安倍首相の顔を覗き込むような不自然な姿勢で19秒間手を離さなかった様子が明確に記録されて居た。それがどれほど奇妙な情景だったかは、英語の判る人ならすぐ想像がつくだろう。

 またトランプ氏が2017年11月のアジア歴訪の旅の最初の国として日本を訪問した。その際、安倍首相は彼をまずゴルフでもてなしたことは周知だろう。日本訪問の締めくくりの記者会見の際、トランプ氏は途中まで、当局が用意したと思われる原稿を読んだ。それは日本がどれほど優れた国かを外交辞令として書いてあった。ところがトランプ氏は突然、原稿を置き、安倍首相に向かって、”We are the first, Japan is the second. OK?”と念を押したのだ。録画されたこの情景は通常のメディアでは報道されないが、これを見せてくれた尾形氏は、日本を代表する安倍首相に対してかくも失礼なトランプ氏のもの言いが象徴する日米関係の現状を深く憂慮せざると得なかったという。

 安倍首相の一連の行動を、アジアや欧州の首脳の一部には安倍首相はトランプ氏に媚びすぎているという批判的な見方もあるようだがt、私見では安倍首相の行動は日本にとってはそれなりに国益をもたらしたと言える。性格異常者とも言われるトランプ氏からここまでの信頼の勝ち得たことは安倍首相の用意周到な調査と行動力の成果であり、それは高く評価すべきだろう。しかし尾形氏の見せてくれた情報の示唆するところも過小評価はできない。


4.  知識の欠如と不勉強

 トランプ氏は、既成のワシントン主導の政治を破壊してもらいたいと望む熱烈な支持者の投票によって大統領に選ばれたという事情があるので、これまでの政治家の常識から大きく逸脱することは想定内のことであるとはいえ、彼の知識の欠如と、必要な情報を学ぼうとしない態度は常軌を逸している。

 冒頭に、選挙戦中に日本は米駐留軍の経費の負担が少なくフリーライダーだ、と批判したことに触れたが、トランプ政権発足一ヶ月後にJames Mattis国防長官が日本を訪れ、日本の安全保障協力は模範的と褒めた。日本はアメリカの同盟国としては最も経費負担率が高いことはマティス長官始め関係者は良く知っていたのだが、トランプ氏は全く知らなかった。また、彼は選挙戦中、NATOは何の役にも立っていないとこきおろしていた。それが5月にNATO本部を訪ねてからその役割を高く評価するようになった。大統領はなぜ意見が変わったのか、とメディアに聞かれて、「自分はゴルフ場の経営者だったから、そんなことは知るわけがなかった」と答えたと伝えられている。それほど無知なら大統領選に出るべきではない。Hillary Clinton氏がTV討論で毎回 ”You are unqualified”と批判していたのは正論だ。

 また彼の不勉強は周囲を困惑させている。ホワイトハウスでは、早朝に大統領が主に安全保障の専門家を呼んで世界情勢の分析をブリーフィングすることが慣例になっている。これは1959年に勃発したキューバ危機で、ケネディ大統領とソ連のフルシチョフ第一書記が、一触即発で核戦争になりかねない危機をギリギリの駆け引きで回避した時以来、ホワイトハウスは世界の安全保障を担っているという自覚から慣例化してきた。ブリーフィングは数人の専門家がそれぞれ数枚以上のレポートを提示して説明する。1時間から2時間ほどかけて熱心に情報共有する。ところが、トランプ氏は、そんなレポートは読めないから1枚以下にしろ、時間は短く、もっと遅い時間から始めろ、という。彼は毎日、遅くまでTVを観、早朝にツィッターを書いて寝るため、朝寝坊で早朝の勉強会はしたくないというのだ。

 また ”専門家”という人種の説明を受けたくない。自分はビジネスマンだから現場の直接の情報を知りたいと言い、ある同盟国の秘密機関から大統領に伝えられたIS戦線の情報を、こともあろうにロシア大使に漏らして深刻な事態になりかけたことがある。これがトランプ好みの現場情報なのかもしれないが大統領がそれでは危険極まりない話である。

 2017年の夏にRex Tillerson国務長官がトランプ氏を”moron(バカ)”と呼んだとあるメディアが10月に報道して物議を醸した。Tillersonn氏はその報道を否定しなかったが、Tillerson氏はこんなバカな男と仕事をするのが耐え難かったのだろう。その後、Tillerson氏は2018年3月、突然、理由もなく解任された。また、トランプ氏がいかに異常性格で偏執的であるかを、彼の腹心中の腹心と目されていたSteve Banon氏がホワイトハウスに入り浸っていたジャーナリスト?のMichael Wolf氏に洗いざらい漏らしていたことが、Banon氏が夏に解職されて半年後にWolf氏が”Fury and Fire”という暴露本で明らかにして騒ぎになった。それがトランプ・ホワイトハウスの実態なのだろう。


5.  行政体制の不備、一年経って実績なし、主要側近の解任につぐ解任

 トランプ政権の特徴の一つは歴代のホワイトハウスでも際立って行政府の業務執行体制の整備が遅れていることだ。大統領が変わると、特に、その政党が変わるとワシントンの行政府の幹部は総入れ替えになる。幹部は政治任命なので、大統領が直接・間接に任命する。その数は任命の仕方によっても違うようだが、私達がトランプ政権の研究のため4月に訪ねた時には、政治任命の530人のうち、23人しか決まっていないというのがもっぱらの説だった。その後、NYTが7月17日付で報道(日経新聞7.19)したところでは、主要幹部ポスト210のうち、承認が33人、未承認が177人ということである。就任後、一年経った2018年1月でも、おそらく幹部のうち半分前後はまだ決定していない状況だろう。

 行政府の政治任命幹部の任命が遅れているのは、一つには、議会で民主党が反対して承認人事が遅れるということもあるが、大統領自身による任命が遅れていることが大きいとされる。2016年の選挙戦中、民主党系の政治家や官僚などが、トランプ氏の暴言があまりに激しく悪評なので、2016年の夏に、彼ら約130人ほどがトランプ候補を否定する「Never Trump Letter」に共同署名したことがあった。執念深いトランプ氏はこれら有力政治家や官僚を良く覚えていて、彼らのみならずその一派や関係者は指名のリストから綿密に排除していると言われる。そのため、共和党系の多くに有能な人材が候補からはずされてしまう。その影響も大きいとされる。

  政府の幹部任命の遅れは政府の機能発揮を著しく阻害している。トランプ氏はアメリカの力を取り戻すとして国防予算の大幅増額には熱心だが、それを賄うためにも、国務省などの予算は大幅に削減すると主張している。トランプ政権発足後、国務省などの省は、何ヶ月も幹部が決まらず、現場の職員も削減されたため、例えば、Tillerson国務長官は、外国と交渉する際にも、通常なら随行するはずの次官や局長、課長などのスタッフの補佐がない状態がしばらく続く有様だった。トランプ任命の幹部職員が絶対的に不足したため、しばらくはオバマ任命の職員が代行を務めたことが珍しくなかった。

 トランプ氏は、大統領就任後、”やる気”と”実力?”を見せるためか、彼の一存で実行できる大統領令”executive order”を矢継ぎ早に打ち出した。その数は、就任後、数ヶ月で30本以上に及んだ。TPP離脱、イスラム系の入国制限など非常識な大統領令が相次いだ。しかし、議会の承認を必要とする本格的な立法と伴う政策は、議会野党の反対や与党の造反などがあって遅々として進まなかった。就任後、一年経って、トランプ氏が主張していた本格的な政策案の中で曲がりなりにも議会を通過したのは、2017年末ギリギリに成立した税制改革(通称、減税法案)法だけである。

 また、主要側近がつぎつぎに退任に追い込まれ続けたのもトランプ政権の特徴だ。トランプ政権は当初から、ホワイトハウスの幹部や政府長官などを、家族、軍人、イデオローグ(思想的扇動者)で編成した異様な政権だった。

 ところが、そうした腹心のはずの幹部が、つぎつぎに解任され、辞職に追い込まれ、あるいは辞任した。例を挙げれば、2017年2月には、最側近と言われたMIke Flynn大統領補佐官(安全保障担当)が解任された。ロシア疑惑に絡んだ解任だった。2017年5月には James Brien Comey Jr. FBI長官が突然解任。大統領はクリントン候補のメール疑惑の処理の瑕疵を理由に挙げたが、実情は、ロシア疑惑の深まりを予防した解任だった。2017年7月には、Spicer報道官、Reince Priebus首席補佐官、そしてScaramucci広報部長が相次いで更迭された。ホワイトハウスでは人事を巡る闇の闘争が繰り広げられ、忠誠心だけを重視する大統領による見せしめ人事だった。

 そして2017年8月には選挙戦中からの腹心中の腹心だったSteve Banon首席戦略官兼上級顧問が解雇された。路線の微妙な乖離、ホワイトハウス内の権力闘争、社会的不評など多くの原因が絡んでいるようだが、トランプ氏にとってあまりに過激なイデオローグは重荷に感じられるようになったのかもしれない。Banon氏は上述のように、後にMichael Wolf氏の暴露本「Fury and Fire」の中でトランプ氏への不満をぶちまけている。

 2018年3月6日、トランプ政権の(NEC)委員長でNational Economic Committee経済政策を支える主柱だったGary David Cohn氏が、トランプ氏が突然打ち出すことにした世界各国の鉄鋼、アルミニウムの対米輸出品に対するそれぞれ25%、10%という高率関税賦課の方針に反対して辞任した。Cohn氏はGoldman Sachs社の社長を長年務めビジネスリーダーとして評価が高く、根っからの自由貿易主義者だったので、経済減速を無視したトランプ氏の暴挙に我慢がならなかったのだろう。

 トランプ氏はCohn NEC委員長の後任に、Larry Kudlow氏を指名した。Kudlow氏は保守系のTV評論家として一般に良く知られている。Kudlow氏はレーガン政権時代にホワイトハウス入りした経験もあるが、近年は、インフレなき経済成長を唱えて、トランプ氏の共感を得たようだ。それはトランプ氏の推進する大型減税で企業は投資が出来、生産性が向上する結果、物価を引き下げることができるので、インフレなき成長ができるという主張で批判の多いトランプ減税を支持したいる。

 その直後、2018年3月13日、突然、米国外交政策を担う責任者である Rex Tillerson国務長官が、トランプ氏によって解任された。その解任の仕方はトランプ流そのものだが、曲がりにも自分が任命した政府の最高官にたいして失礼極まるものだった。トランプ氏は13日朝9時前にツィッターでTillerson氏解任の意向と後任人事を伝えたが、Tillerson氏がトランプ氏から直接聞いたのはその3時間後、大統領専用機からの電話だったという。

 Tillerson氏とトランプ大統領は初めから路線のズレがあり、2017年の夏、内輪の安全保障に関する会議の際、Tillerson氏がトランプ氏を”moron(バカ)と呼んだという騒動”に象徴されるようにトランプ氏を信頼していないなど人間的ズレもあったようだ。Tillerson氏は北朝鮮問題についても外交的解決を主張し続けていたが、折しも、トランプ氏は金正恩氏との面会受諾を即決した直後で、一貫して交渉による解決を志向してきたTillerson氏との個人的な乖離が修復不能域に達していたようだ。

 Tillerson氏の後任に、トランプ氏は、Mike Pompeoを指名した。Pompeo氏は陸軍出身で下院議員から2015年5月、トランプ氏によって解任されたComey前長官の後任としてCIA長官に任命されていた。Pompeo氏はイラン核合意は最悪の協定として批判、CIAによる拷問と容認し、イスラム教徒の入国禁止も支持しており、トランプ氏は”思考回路を共有できる”ので、この重要な仕事を任せたという。

  その後、3月23日には、安全保障担当の最高補佐官だったHerbert Raymond MacMaster前陸軍中将も解任された。MacMaster補佐官は2月に解任されたFlynn補佐官の後任だが、厳格な軍人らしくホワイトハウスの綱紀引締めにも尽力していた。トランプ氏は彼の話は理屈が多く時間が長いと不満を漏らし、相性が悪かったようだ。

 MacMaster補佐官の後任に、トランプ氏は、John Bolton元国連大使を任命すると3月22日ツィッターで表明していた。Bolton氏はBush Jr.政権で国務次官や国連大使を歴任し、最近はトランプ氏に外交や安保政策で個人的に助言していた。北朝鮮やイラクへの攻撃を主張するなどタカ派のネオコン(新保守主義者)として知られている。


6.  オバマ全否定とオバマケア

 トランプ氏の政策?選択や行動を見ていると、ある共通項が浮かんでくる。それは、トランプ氏の政策選択や行動が、不自然なほど、オバマ否定で貫かれたいるということだ。その筆頭がオバマケアの否定と対案の提出で、これはトランプ氏の最大の選挙公約だった。さらにTPPの政権初日の離脱宣言。TPPはオバマ大統領が日本に参加を呼びかけ、菅直人首相がそれに前向きの態度を示したが、本格的に参加をオバマ氏に伝えて、参加交渉に入ったのは安倍首相である。それをトランプ氏は最悪の協定として離脱した。イラン核合意も最悪と称して否定を辞さないとした。リーマンショックを経て、オバマ大統領が金融機関の行動を監視するために提案し立法化されたDodd-Frank法に対してもトランプ氏は敵愾心をむき出しに、否定しており、さらに、オバマ大統が60年に及ぶ経済制裁を解除して国交を回復したキューバとの国交回復にもトランプ氏は難癖をつけて厳しい条件を課そうとしている。トランプ氏の”オバマ全否定”ともいうべきこの悪意に満ちた態度と政策行動は、いったい、何故なのか?

 この問題について、おそらく最も的確に詳しい情報を提供してくれている尾形聡彦氏(朝日新聞機動特派員)著『乱流のホワイトハウス』に描かれた要点を紹介しよう。

(1)ホワイトハウス記者協会ディナーの一件

 トランプ氏はメジャーなメディアのニュースをフェイク(嘘、偽物)として批判するが、実はトランプ氏自身、競争相手についてフェイクの情報を撒き散らしてのし上がってきた人物。そのトランプ氏がオバマ大統領を陥れようとして、2011年頃『オバマはアメリカ生まれではないので、大統領になる資格がない。オバマのケニアにいる祖母は彼がケニア生まれと言っている」などと言いふらした。この中傷は無視できないほど大きくなり、ホワイトハウスは堪り兼ねて、オバマ氏が1961年8.4にホノルルで生まれたことを示す出生証明書の原本の写真を公表するという異例の対応をした。

 
 その直後、2011年4月30.日に、恒例のホワイトハウス記者協会ディナーが開催された。これは100年も続いている伝統行事だが、この年はワシントンDC のヒルトンホテルで開かれた。ここにはトランプ氏もメラニア夫人を伴って参加し、最前列に陣取って居た。(ちなみに2017年の同ディナーはトランプ欠席)。

 この席で、恒例の大統領スピーチに立ったオバマ氏は、上記の出生証明書をスクリーンに大写しさせ、壇上からトランプ氏に向かって、「この出生証明書問題を一段落させられたことを誰よりも幸せに思っているのはドナルドだ」「だって、これで彼は、他の重要問題にやっと集中できるだろうからね。例えば、我々が月面着陸をフェイク(偽装)していたとか」と痛烈にトランプ氏のこれまでのフェイクに満ちた言動を公衆の面前で皮肉った。会場は爆笑に包まれ、トランプは公衆の面前で恥をかかされた。尾形氏は会場でこの情況を目撃したという。

 この事件が、トランプ氏が根に持ってオバマ氏の全否定に走っていることの大きな一因ではないかと思われる。それはトランプ氏の側近で政治アドヴァイザーであるRoger Stone氏が2017.1の公共放送PBS番組で以下のような発言をしたことでも想像される。「トランプが大統領選に出る決意をしたのはあの夜だったと思う。大統領選に出て皆に見せつけてやる、とね」。

(2)オバマケアの否定と代替案の顛末

 さて、トランプ氏のオバマ大統領の全否定の最大の目玉は、オバマ大統領が主導したアメリカの医療保険の大改正、いわゆるオバマケアを否定し代替案を立法化するという件である。

 オバマケアは、「アメリカは先進国であるのに、なぜ国民皆保険がないのか?」という国民の年来の疑問と不満に答えようとして構想されたものである。2009年に大統領に就任したオバマは、政権初期、民主党が上・下両院で多数を占めていた政治的条件をテコに、医療保険制度改革を歴史的事業として打ち出した。

 オバマケア(Barack Obama’s Affordable Care Act)は、保険会社に、無保険者や病歴のある人にも手頃な値段の保険を提供させる内容で、個人や中小企業には保険に加入するために補助金をだし、個人に保険加入を義務付けた。10年間の政府支出は1.3兆ドル(140兆円)に登る。そのおかげで無保険者は約半分の2500万人に減ると見込まれた。

 この構想に共和党関係者は当初から反対し、Repeal Obama care! は共和党の大スローガンとなった。トランプ大統領は政権発足100日目の4月29日までにオバマケア廃止法案を議会で通過させることを企図した。トランプ氏の求めに応じて共和党執行部は3月初旬、オバマケア廃止のための代替案を提出した。それは保険加入義務を廃止し、病歴があっても保険に入れる仕組みの一部は維持するもの。ところがオバマケアが廃止されると、これまで大きく減っていた無保険者が急増するとの試算CBO(議会予算局)が公表し、世論の風向きが変わった。

 結局、トランプ大統領はこの代替法案を下院に提出断念することを2017.3.24断念した、というより断念に追い込まれた。それは主として共和党の党内事情の読みによった。共和党は下院(計435議席、空席5)で237の過半数を占めていたが、党内では、オバマケアの全廃を求める強硬派と、無保険者の増加を懸念する穏健派の双方から反発が出ており、投票直前の読みでは30人近くが反対する見通しで、過半数確保が難しい情勢であることが判明した。トランプ氏は自ら説得に乗り出したがその壁は崩せず、結局3.24、提出を断念したという訳である。これは、彼にとっては無残な敗北だった。トランプ政権の支持率も前週より5%低下し30%に落ちた。トランプ氏はこの挫折で失意に陥ったことは想像に難くない。これがキッカケでトランプ氏がその後、議会対策などでも現実路線に転換したという見方もある。

 その後、2017.5.4にオバマケアの代替法案はようやく下院を通過した。これはなんと217対213の僅差だった。そこれはなお共和党員20人反対を防ぎきれなかった。アメリカの立法制度では、下院の法案作成と承認、そして上院の法案作成と承認があり、その双方をすり合わせた法案が両院を通過して初めて法律になる。オバマケア代替法案の場合、下院で作成・承認された法案を上院が修正し、それが通過すれば立方される。したがってその手続きとして、2017.6.22に上院共和党執行部が修正代替法案発表した。しかしその後の審議過程では7月から8月にかけて3回も否決され、結局、修正案の採決は断念せざるを得ないことになった。

 これを不満とするトランプ大統領は2017.10.11に大統領令を発し、オバマケアの規定弱めることを命令した。その趣旨は小企業とその従業員がオバマケア規制に従わなくて良いという大統領令である。その結果、現実のオバマケアの運用がその効果がそれだけ薄められることになるが、この傷だらけのプロセスを経て、現在、オバマケアの実効性は低下したが帰結はウヤムヤになっている。

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