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2016年4月

スライスするアベノミクス

前回のエッセイで、2015年6月に発表された第三次成長戦略は、第二次成長戦略の取り組みをまったくふまえず、その構成は2013年の第一次成長戦略とほぼ同様で、内容はむしろ退化していることを指摘した。

安倍政権は2015年秋に小幅な内閣改造をして再出発したが、10月に入って、”一億総活躍”というスローガンを掲げて、「新三本の矢」と名付けた”成長戦略”の方向性を示した。”新三本の矢”はアベノミクスが第二段階に入ったことを示すものと位置付けられた。すなわち、第一段階はデフレを脱却するための戦略だったが、第二段階は”一億総活躍”のための戦略であるという。

一億総活躍とは、たとえば、子育て中の母親や高齢者も働けるなど、国民すべてが活躍できる環境を整備するといった意味のようである。そのための新三本の矢は以下のように説明された。

第一の矢:”希望生み出す強い経済” 目標は、2020年までにGDP600兆円を実現。
そのために、投資を促進し、生産性革命を起こし、賃金を引き上げて消費を喚起する。

第二の矢:”夢つむぐ子育て支援” 目標は、希望出生率1.8を実現。希望出生率とは子供を産みたい夫婦の希望の平均である。そのために、若者の雇用安定、三世代同居や近居、希望する教育ができるなどの環境を整備する。

第三の矢:”安心につながる社会保障” 目標は介護離職ゼロ。そのためには介護サービスの基盤整備、介護家族への相談機能強化、介護家族が休暇をとりやすい職場環境を整備する。

新内閣では”一億総活躍”戦略を政権発足当初から安倍首相を支えてきた側近中の側近、加藤勝信氏が担当し、関係各省をまとめて率いることになった。

これらのスローガンは耳に心地良いし、日頃とかく見過ごされやすい子育て中の母親や介護家族に焦点を当てることはそれなりに望ましい福祉ではある。アベノミクスは第一段階の強者優先の戦略から、第二段階には国民各層を巻き込む”inclusiveな総合的成長”戦略に進化したとする論者もいるが、果たしてそれで財政再建や社会保障充実のための財源を生む成長を実現できるだろうか。”inclusive”の概念には経済成長よりも「国民すべてに手を差しのべます」という政治的含意があるのではないか。

さらに、低所得の高齢者に3万円を支給するという政策が打ち出された。その予算は3600億円である。この給付は消費促進効果はともかく、1200万人という多数の高齢者へのより直接的なアピール効果が露骨に期待されているのではないか。

そのうえ、2015年10月には、安倍首相は2017年4月に予定された消費税の10%への引き上げに際して軽減税率の導入を指示した。軽減税率は創価学会婦人部が強く求めていたとされるが、エンゲル係数の高い低所得者より高所得者は食料品の消費額が高いから、低所得層に有利な再分配効果は必ずしもない。しかし11月には公明党が要求する食料品すべての税率を据え置く方式を安倍政権は丸呑みし、12月には「これは政局だ」として党内批判も封じたと伝えられる。経済法則に沿わない政局優先とは何か?それは7月に予定される参院選への対策だろう。今、日本国民がもっとも必要としている経済成長への努力を犠牲にしても7月の選挙を重視する、その背後にはいったい何の企図があるのだろうか?熊本地震以前まで意識されていたとされる憲法改正のためなのか?2013年から世界の注目を浴びて成長を求めて進められてきたアベノミクスは、ここへきて急速にスライスして行くように見える。

新三本の矢の1本として唱えられたGDP600兆円は、夢としては良いが、そこに到達する道筋が見えないと批判された。2016年4月19日、政府の産業競争力会議はそれを実現するための成長戦略の概要をまとめたと報道された。そこには「官民戦略プロジェクト」として第4次産業革命、サービス産業生産性向上、観光立国、環境投資など10分野のプロジェクトが盛り込まれているという。政府は5月下旬に予定される伊勢志摩サミット前に、成長戦略の詳細を確定するとされる。今度こそは現実的で本格的な成長戦略が策定されることを心から祈りたい。

(The Huffington Postへの投稿より
http://www.huffingtonpost.jp/haruo-shimada/abenomics_b_9744444.html


 

湖南大学の学生諸君との討論会

湖南省訪問と題した前回のエッセイで、湖南大学の学生諸君との討論会にふれましたが紙幅がなくてその内容に立ち入れなかったので、ここでその内容をやや詳しく紹介したいと思います。これを読まれると、学生諸君の能力の水準がわかると思います。

湖南大学は1926年に創立、今年90周年を迎える中国南部の名門公立大学です。学生数は約3万人。本科生約21000人、研究生約14000人、教職員4300人。長沙市岳麓山のふもと154万m2の広大なキャンパスに展開する総合大学です。段躍中先生の要請で、学長、副学長主催の学生諸君のための討論会が実現しました。ちなみに討論会に先立って私の客座(員)教授任命式も挙行されました。

討論会は午後3時から5時頃まで約2時間。階段教室を埋める約200人の学生諸君が参加してくれました。まず私が冒頭で問題提起をし、その後は討論を行う形です。せっかくの機会なので、私は問題提起は中国語でしたいと要望し、つづく質疑は日本語もしくは英語でお願いしました。講演のタイトルは「日・中経済と日中関係」です。まず中国の近代史を振り返り、阿片戦争から辛亥革命、日中戦争、戦後の発展から習近平政権の新常態経済まで、日本については、日清戦争から日中戦争、太平洋戦争、戦後の復興・発展からアベノミクスまで振り返り、両国の直面する経済改革の課題を指摘し、日中両国の協力のメリットを述べるという約30分の講演でした。中国語の勉強を始めてまだ2年の私にとっては一大挑戦でしたが、学生諸君からすべて分かったと言ってもらったのは望外の喜びでした。

この講演をふまえて、学生諸君から次々と質問があったので、そのいくつかを紹介しましょう。

◯「島田先生は1997年から2006年まで政府の税調委員をしておられましたが、安倍政権では2014年の消費税引き上げにつづき、2017年4月に再引き上げを予定している。しかし経済は低迷しており、再引き上げは不況を誘引するおそれがある。国の内外に慎重論が高まっている中で安倍首相はリーマンショック級の衝撃でもなければ、引き上げをすると言明しているがそれは本気なのか?」(日本語)。私は、消費税引き上げの大局的意義を説明し、政治判断は消費者の対応をどう読むかによる、とコメントしました。

◯「日本の失われた20年と言われる長期デフレの要因として、島田先生は1980年代中盤以降のアメリカの円切り上げ要求を受けて輸出減少を恐れた日本政府が景気拡大策を取り続けてバブルが膨張したので、引き締めが遅れた分、強烈なバブル潰し政策がとられたことを挙げているが、原因は、産業構造、高齢化から教育まで多岐にわたるのではないか」(日本語)私は、質問を評価しつつ、中国など低賃金諸国との競合、経済減速による需給バランスの変化を付け加えた。

◯「中国からの留学生が多いのに日本からの留学生が少ない。日本人の中国理解を進めるには日本からの留学生をふやす必要があるのではないか」「最近の日本企業は元気がない。電化製品もスマホも韓国に負けている。日本産業をどう展望するか?」(英語)私は日中の賃金格差が半世紀の間に30倍も変化し、産業構造も大きく変わったという歴史的変化を説明し、留学生の興味も、得意な製品も大きく変わることを理解すれば、これからの展望も描けると説明。

◯「日本は急速に高齢化しているが、財政も膨大な赤字となっている日本は、これらの問題をどう克服していくのか?」(日本語)私は、人口構造が若かった時代にできた社会保障など分配構造を抜本的に変える必要があるが、選挙による民主政治ではそうした政策を取るのが困難。中国もやがて同じ問題に直面するが、選挙をしない国なので、やり易いかもしれない、とコメント。

◯「政府と企業の関係は国有企業から民間企業まで多様な形態があるが、民間企業が主体の日本では補助金など事実上、国家の支援もある。国の企業への関わりはこれからどう変化していくのか?」(英語)私は、日本は戦後でも国策の影響が強かったが時代があるが、次第に民営企業の時代になった。中国もやがて民営企業主導の時代が来るのでは、とコメント。

以上はごく一部の紹介ですが、私の講演の意味をしっかりとらえ、日本への強い問題意識をもって、3カ国語を駆使して、鋭い質問をしてくる学生の優秀さに強い印象を受けました。場面を替えて、今の日本の大学で、例えば韓国の教授を迎えて学生がこのような質問ができるとは想像できません。

私はアジア諸国の大学との学生討論会をこれまで25年間主催してきていますが、20年前の中国では想像もつかない長足の進歩が人づくりの面でも実現していることにショックを受けました。彼らが10年、20年、30年後の中国を担うのです。人口減少でこれから小さくなる日本が人材面で大きな遅れをとるなら日本の将来は一体どうなるのでしょうか。想像したくない現実です。今回の湖南省訪問で一番学んだのはそうした現実をしっかり見据え、新たな覚悟でお互いに切磋琢磨していく必要を痛感したことでした。

(The Huffington Postへの投稿より
http://www.huffingtonpost.jp/haruo-shimada/discussion-in-hunan-universty_b_9734032.html

湖南省の旅

4月中旬に短期間ですが、中国の湖南省を訪問しました。訪問したのは省都、長沙と隣の婁底市です。湖南省は、毛沢東の出身地として知られていますが、そのほかにも多くの指導者を輩出して中国の近代化をリードしてきたところです。主な人々だけでも、太平天国の乱を収め思想家としても名高い曾国藩、孫文の辛亥革命を実現させた黄興、宋教仁、また劉少奇、胡耀邦、朱鎔基などは湖南省出身です。また湖南省は、7000万人を超える人口を擁し、経済、産業、交通、政治、文化など中国南部の中心といえる大きな省であり、省都、長沙は720万人の近代化された大都市です。

私は若手事業家の勉強塾「島田村塾」の有志10数人と長沙市を見学し、大学や企業も訪ね、官僚、事業家、学者など多くの人々と意見を交換しました。また、近郊の中都市、婁底市では曾国藩の旧居や農村地域を見学し、大学を訪ね、多くの人々と懇談をしました。

湖南省は中国では、政治革命の発祥地、経済と文化の中心地として知られていますが、日本からは直行便が週2便しかなく、上海や北京や大連などにくらべ日本ではまだあまり知られていない地域です。なぜその湖南省をたずねることになったのか、それは私の友人である段躍中先生との交流のおかげです。

段先生は日中の架け橋として知る人ぞ知る存在です。彼の多くの貢献の中で中国全土の若者のための「日本語作文コンクール」は特筆すべきでしょう。12年前からつづけている運動で、日本に行ったことのない若者が毎年2~5千人もこのコンクールに応募し、最優秀者を日本に招いています。これは本来、日本政府が実施するのがふさわしいような運動ですが、独力で各方面の賛同者を得て頑張っておられます。先生は日本僑報社を経営し、今の中国と日本のありのままの姿の相互理解のために18年間に300冊も出版しました。9年前から池袋で毎週日曜に「漢語角」という街頭中国語交流会をつづけ、また、「湖南省友の会」も運営しています。

彼は湖南省婁底市の出身ですが、北京で新聞記者を数年経験後、1991年に来日しました。まったく日本語ができない彼が生活のためにアルバイトをした上野駅構内の居酒屋の主人が仕事の後で彼に日本の新聞記事を読ませ、何日もの修練の後ではじめて正しく読めた時のお祝いの”生姜焼き”の味と主人の優しさを一生忘れないという義理堅い人物。日本人の良さを中国人に伝え、中国の現実を日本人に理解させるために獅子奮迅の活躍をしている段先生には頭が下がります。その段先生が、私が大切にしている島田村塾の若手事業家達に日本人が普段あまり行かない湖南省を紹介してくださる旅でした。

この旅ではいくつもの発見がありました。上海から中国版新幹線で4時間半ほどかけて湖南省長沙市に入りましたが、約1000kmの道中、真新しい高層ビル群が切れ目なくつづく壮観、しかしその多くが使用されていない姿に、近年の経済発展の凄まじさと、過剰投資・過剰設備の恐ろしさを実感した思いでした。
 
長沙の街は、ピカピカの高層ビル群、高架高速道路、車のラッシュで、かつて私が留学した頃の最盛時のシカゴを思わせる活況。女性は美しく化粧しファッショナブルで、人々は日本に親近感と興味をもっており、メディアが伝える冷却した日中政治関係とは別世界の日常の現実を体感させられます。

毛沢東は英雄というより神格化され、たゆとう湘江のほとりの広大な公園には若き日の毛沢東の胸像がスフィンクスのように聳え、婁底市郊外の曾国藩旧居を見学する人はひきも切らず、故郷の偉人を崇拝する伝統が印象的。極めつけは、私が講演の機会を得た湖南大学の学生諸君の対応、反応でした。世界諸国の学生に接してきた私は、彼らの優秀さ、分析力と理解力、積極性は、おそらく世界第1級と言えます。多くの問題をはらむ中国ですが、こうした人材を育てている事実が将来、何を意味するかを私達は率直に理解しておくべきでしょう。この点は重要なので、次の機会にやや詳しく紹介したいと思います。

湖南省は、上海や北京にはない、活力と息吹き、伝統と誇り、そして生活感があり、やがて世界の大国になろうとする中国のあたりまえの力強さを実感させてくれたように思います。

(The Huffington Postへの投稿より
http://www.huffingtonpost.jp/haruo-shimada/trip-to-hunan_b_9725640.html

アベノミクス:後退した第三次成長戦略

安倍政権は、2014年6月に策定した第二次成長戦略で、戦後政権でははじめてといえるほど全面的かつ本格的に構造改革に取り組んだ。その内容については特に資本市場と企業統治、農業改革、労働改革の分野に焦点を合わせて、前回までのエッセイでやや詳しく紹介した。これらの分野は”岩盤規制”といわれるほど既得権が強固に浸透しているので、政権が改革に懸命に取り組んでも改革の趣旨を実現するにはなお多大な課題が残されていることを前回までに説明した。

安倍政権は、2015年6月22日に、「日本再興戦略2015」と題して第三次成長戦略を閣議決定し発表した。第二次戦略でかなり踏み込んだので、第三次では残された課題に取り組み、成長戦略の改革の趣旨を実現するものと人々は期待しただろう。私もその一人だった。ところが、その分厚い戦略の内容を読んで思わず愕然とした。

第三次成長戦略は、当然、前年の第二次戦略の成果をふまえ、そこで残された重要課題の解決もしくは進展のために注力するものと期待したが、そこでは第二次戦略の成果も課題もほとんど記述されておらず、戦略の主要部分は、第一次戦略と同じ3つのアクションプランだった。それは、1.日本産業再興プラン、2.戦略市場創造プラン、3.国際展開戦略の3つだが、その内容は第一次戦略にくらべてもむしろ後退している。第1次戦略にくらべ、大学の役割が強調されているのが強いていえば新味のようだが、それも、内容はイノベーションへの期待で終わっている。

第三次戦略では、3つのアクションプランに入る前の総論に多大なスペースを割いている。まず、アベノミクスは第三次戦略から第二段階に入ったとする。第一段階は需要創出をめざしたが、その成果があったので、第二段階では人口減少経済での供給サイドの強化をめざすという。その基本は生産性向上で、未来型投資に注力し、大学の役割に期待し、ローカルアベノミクスと称して地域のサービス産業、農林水産、ヘルスケアや観光産業を支援するという。

総論では、未来型、生産性革命、イノベーション・ナショナルシステム、基幹産業化、稼ぐ力、個人の潜在力強化など派手なキャッチフレーズが踊るがその内容を見ると、どれも抽象的で、具体的な手がかりや実態が見えない。それなのにKPI、PDCA、目標・工程管理、政府一体取り組みなど、掛け声ばかりが目立つ作文以上のものではない。

3つのアクションプランには具体的内容があるように見えるが、精読すると、「大学改革」以外は、ほとんど第一次戦略の内容の焼き直しかむしろ希薄化でしかない。もっと具体的な内容はないか探すとようやく戦略の最後に、改革のモメンタムと称して「改革2020」を推進するとしている。その内容は、1.自動走行技術、2.分散型エネルギー資源活用、3.先端ロボット技術、4.医療のインバウンド国際展開、5.観光立国のショーケース化、6.対日投資拡大にむけた誘致方策である。おそらく第三次戦略でのもっとも具体的内容はこの6項目だろう。しかし、これらはすでに民間部門で企業が事業として取り組んでいるもので、国家がその命運をかける成長戦略というべきようなものではない。

日本を長期のデフレから脱却させ、望ましい成長軌道に乗せるというふれこみで、華々しくスタートした”アベノミクス”の熱意は一体どこへ行ってしまったのだろう。第二次成長戦略まではその取り組みは世界的にも注目されていた。第三次成長戦略は世界はおろか国内のメディアでもほとんど取り上げられなかった。それは取り上げるべき具体的内容がないからなのだろう。

アベノミクスの成否の鍵を握る成長戦略が空疎な作文に終わるのであれば、アベノミクスに命運をかけざるを得ない私達国民にとってもそれは甚大な問題である。アベノミクスは今、どこへ向かおうとしているのか、今後のエッセイでその後の展開を追ってみることにしたい。

(The Huffington Postへの投稿より
http://www.huffingtonpost.jp/haruo-shimada/abenomics_b_9677502.html
 
 
 
 

 

アベノミクス:第二次成長戦略:労働改革

労働改革はアベノミクスの成長戦略の中でも最重要な改革である。2014年6月に閣議決定された第二次成長戦略では、働き方の改革、解雇の金銭補償、派遣労働法の改正、外国人材の活用が重要な改革項目として掲げられており、閣議決定の前から安倍政権では規制改革会議や産業競争力会議などが中心となって取り組みを進めてきたが、もっとも重要な働き方の改革は労働組合や厚生労働省などの抵抗が激しく、改革は入り口以上には進んでいない。

働き方の改革として、安倍政権では、労働時間規制を見直して成果報酬制度を広く導入することを目指した。日本では占領下で定められた労働基準法によって、労働者はすべからく基本的に労働時間に基づいて報酬が支払われることになっている。これは戦後に吹き荒れた「民主化」の「成果」で、職場における身分差別撤廃がねらいだった。戦前の日本ではホワイトカラー(職員)は年俸ないし月給、ブルーカラー(工員)は日給にもとづく月給であり、現在の欧米諸国の慣行と類似していた。ちなみにアメリカではホワイトカラーエグゼンプションとして経営者予備軍であるホワイトカラーは労働法の適用除外であり、労働時間でなく成果に基づく年俸が基本である。
 
世界でも珍しいホワイト、ブルー共通の労働規制によって身分差別から解放された作業労働者達の勤労意欲は高まり、戦後しばらくは生産面で大きな効果があった。しかし、現代ではブルーカラーの比率は2割ほどで、大部分は広い意味のサービスに従事する。サービス労働の価値はベルトコンベヤーの時間ではなく、顧客や注文主の評価なので本質的に成果報酬がふさわしい。実際、製造業の比重の高かった時代は日本の労働生産性は世界でも高い方だったが、サービス経済化の進んだ近年は欧米主要国の中では最低に落ちこんでいる。

安倍首相は、2014年5月に成果報酬を基本とするホワイトカラーエグゼンプションの導入を指示したが、その後の制度設計の過程で、労働組合や厚生労働省などの強力な抵抗があり、結局、2015年2月に、年収1075万円以上のディーラーやコンサルタントなど特殊な専門職に限定して適用が認められるにとどまり、最大の改革はまだ入り口にさしかかったに過ぎない。

解雇の金銭補償は、法的には解雇が極めて困難な日本では、経済環境変化への企業の適応が遅れ競争力が阻害される弊害が高まっており、安倍政権では法的に困難な解雇でも金銭補償で解決する方式を提案したが、解雇には絶対反対したい労働組合、補償金を払いたくない中小企業主などの抵抗が強く、審議はまだ本格化していない。

派遣労働法は、民主党政権時代に、派遣労働は一部の特殊職種以外は原則禁止とされたが、自民党などが、派遣労働法の改正を提議し続けてきた。その趣旨は、派遣労働を利用する企業ばかりでなく、短時間就労などを望む勤労者や派遣をつうじて経験を積みたい勤労者にとっても使いやすい法制度を実現しようということである。法案の審議は民主党などの強い抵抗で2度廃案に追い込まれたが、2015年9月、ようやく衆議院で可決・成立した。企業は人を替えれば同じ仕事を派遣労働者に任せつづけられるようになる。これは一定の成果といえる。

外国人材の活用は、短期的には東日本大震災の被災地復興やオリンピック向けの建設需要、高齢化にともなう介護労働需要などの高まりに応じた建設労働者や福祉労働者の供給を増やす必要、長期的には人口減少社会や国際化の進行に応じた外国人材の量・質両面での需要拡大に対応する政策である。従来、外国人材の活用は、日本人にできない料理人など特殊職種以外は「研修実習制度」による活用に限られていた。それは一定の研修を経た人材はこれまで3年間は実習できるという制度だったが、2014年に実習は5年まで、帰国後再就労を含めると最長8年まで拡張された。さらに国際化の進展にともなう高技能人材を活用するため入国資格の範囲拡大が現在検討されている。

しかし世界各国が競って迎え入れようとしているいわゆる「高度人材」についての環境整備は着手もされておらず、そもそも日本は主要国では珍しく移民法も制定していないので、有能な外国人材にとっては日本の条件があまりにも不透明で人材獲得競争には乗り出すこともできないのが現状だ。

(The Huffington Postへの投稿より
http://www.huffingtonpost.jp/haruo-shimada/abenomics-work-innovation_b_9667340.html

アベノミクス:第二次成長戦略:農業改革と課題


今回はアベノミクスの成長戦略の目玉である農業改革を取り上げたい。それは2014年6月に閣議決定された第二次成長戦略の中でしっかり記述されている。農業改革はいわゆる「岩盤規制」の改革であり、多くの改革項目の中で最も困難なものとされてきたが、第二次成長戦略はその課題に正面から取り組んだ。この改革は2013年頃から準備され、戦略の発表後も改革作業は続けられているが、困難な対象であるだけに、課題も多く残されている。

改革の眼目はつぎの3つに集約される。それは減反政策の廃止、農協の改革、農地政策の改革である。以下、それぞれの改革の意義と改革がどこまで進められ、何が残されているかを述べよう。

(1)減反政策の廃止:
 減反政策とは、米の作付けを減らした(減反)農家には、減反による減収の相当部分を補助する政策である。第二次大戦後の日本は、占領下の農地改革で生まれた多数の小規模自作農家を、食糧供給を確保するため食糧管理制度の下で政策的に米価を決めて保護してきた。しかし、1970年代頃から、国民の食生活パターンの変化が進み、需給バランスが逆転したため、米の過剰供給を回避して農家の所得を守るため減反を奨励するこの政策が導入されたのである。

減反制度ではしかし生産を減らしても農家の所得は維持されるので、農家の生産性向上への意欲を削ぐ弊害がある。TPPが実施されると農業も国際競争にさらされるので、米も含め生産性向上が求められる。そこで2013年11月に政府は減反制度を5年後に廃止することを決定した。これは”岩盤規制”で守られた農業の既得権益に踏み込んだ画期的な改革だが、この改革の本旨は生産性が高く技術革新力のある農家や農業者を生み出すことにあり、そのためにはそうした農業者育成のための総合的な戦略をこれから本格的かつ強力に進める必要がある。これは減反政策廃止以上に大きい残された課題である。

(2)農協の改革
 農協の基本は、地域の農家が集まって相互に支援したり切磋琢磨する活動であり、そうした地域農協は世界各国に存在する。日本の特異性はそうした地域農協の上に全国の巨大組織が君臨していることだ。安倍政権の規制改革会議は2014年5月に、JA全中(全国農協中央会)の地域農協への指導権と監査権を廃止、JA全農を株式会社化し経営を効率化させる、地域農協の金融事業を農林中金に売却させて地域の事業リスクを減らす、などの改革案を提示した。この改革案は当然、既得権を失う農協全国組織と関係勢力からの激しい抵抗にあったが、総理はじめ政権側の努力で相当程度改革は実現した。しかし、地域農協が自由に存分に活動できるためにはさらに多くの改革が必要だ。

(3)農地政策の改革
 現代日本農業の構造的欠陥の最たるものは、占領下に法定された「農地法」により土地所有が多数の零細農家の小規模所有のままであり、大規模農家が土地を集約することも、企業が農地を所有することも困難であるため、生産性の向上が進みにくいことだ。零細農家の大部分は高齢化しているなかで土地所有の改革が遅れると日本農業は遠からず衰滅するおそれさえある。

今回の改革では、企業が農地を利用するためには参加しなくてはならない「農業生産法人」への出資上限が25%から50%未満に引き上げられ、「農業委員会」の委員が農家の互選でなく市町村長の任命になったこと、また土地の集約などを仲介する農地バンクが創設されたこと、が主な内容だ。企業が土地を所有して高生産性の農業をするためには出資比率は50%以上であり、また、農地バンクの機能は大幅に強化される必要がある。

アベノミクス第二次成長戦略で手がけられた農業改革は、これまでの政権が手を入れることもできなかった戦後占領体制以来の岩盤規制に取り組んだことは高く評価されるが、改革の目的を実現するには、企業の土地所有自由化や高生産性で革新力のある農業者の育成など多くの大きな改革作業が残されており、これこそは安倍政権がさらに全力をあげて取り組むべき課題だろう。
 
(The Huffington Postへの投稿より
http://www.huffingtonpost.jp/haruo-shimada/agriculture-japan_b_9657212.html

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