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2014年9月

安倍政権「新成長戦略」各論1.:企業統治と資本市場の改革

安倍政権の『新成長戦略』の柱のひとつが「企業統治と資本市場の改革」である。なぜこれが成長戦略の柱として重要なのか?それは以下の理由による。

日本経済は1990年代の後半から約20年間にわたって”失われた20年”といわれる停滞に陥っている。この期間は世界経済の歴史でも珍しい長期デフレの期間でもあった。安部政権の画期的な金融政策によって日本経済はデフレを脱却しつつあるが、依然として経済成長は低迷している。デフレ下では人々は消費を手控える傾向がある。なぜならモノやサービスの値段は時間が経つにつれてさらに安くなると期待されるから消費を先延ばししようとするからである。また企業家も投資を手控える。なぜなら製品の値段が低下する中では投資をしてもそれが売り上げ増加につながる可能性が低くなるからである。消費と投資が低迷すれば、経済成長は実現しにくい。つまり長期のデフレの中で定着した人々のデフレ期待の下で、経済成長が鈍化したことが低成長のひとつの原因である。

しかし、それだけだろうか。実は、日本の企業にも産業にも経済成長の原資である資本が適切に活用されない構造的原因があるのではないか。実際、近年、企業の内部に膨大な現預金が蓄積されている。最近ではそれが220兆円にも及ぶという統計がある(日銀の資金循環勘定、2013年4〜6月期、日経新聞2013年9月30日)。

一方、日本企業は、国際的に見て、他の先進諸国にくらべて資本の収益率が著しく低い。欧米の主要企業がだいたい15%以上であるのにたいして日本の主要企業はせいぜい5%程度である。(河原茂晴『日本企業の低いROEをどう説明するかー投資家に向けた対話の勧めー』KPMG Japan, 2014年7月28日)

これは資本が効率的、効果的に活用されていないことを意味する。いいかえれば、日本企業は資本をためこんで効果的に活用しないので投資も停滞し、生産性もあがらず、企業の成長が鈍り、結果として産業も経済も停滞するという構造的特質があることが示唆される。日本経済を成長させるためにはこのような構造的欠陥を改善、克服する必要がある。安倍政権の「新成長戦略」で「企業統治と資本市場の改革」が強調されているのはそのためである。

こうした構造的欠陥を定着させている原因は何だろうか。それは日本企業が過去半世紀にわたってその体内に沈殿させてきた制度的また構造的特質が大きくかかわっていると思われる。とりわけ日本企業の閉鎖的特質や存続を重んじるあまりにできるだけリスクを回避する性質が影響していると思われる。こうした特質は日本経済の高度成長時代以降にとりわけ定着してこたように思われる。

企業経営の閉鎖性についていえば、取締役会の特性がある。日本企業は最近まで内部昇進した幹部職員が取締役になり、外部からの役員を導入する例は稀であった。近年になって一部の開明的な企業が外部の役員(independent board member)を導入するようになったが、それでも多くの場合は社長の親しい友人であるなど真に独立性があるかどうか疑問の事例が多い。つまり、企業内部の暗黙の了解とは異なる視野をもつ外部からの本当に独立した役員がいないということであり、その結果は、企業の外部の広い市場のシグナルが企業内の意思決定に生かされないという欠点を免れない。それは企業がグローバル市場の激しい変化に立ち後れ、競争力が削がれ、成長が妨げられるという欠陥につながる。

また企業間関係についてみれば、日本の大企業は多くの系列企業や子会社を持ち、また銀行がこれらの企業や企業グループの経営監視で重要な役割を果たしてきた。企業グループの中ではお互いに株式の持ち合いが慣行化している。株式持ち合いのための株保有は業界用語で「政策株式」と言われ、株式の価値最大化すなわち企業価値最大化のために株に投資し株を保有するのではなく、営業関係などグループ企業間の永続的に関係を維持するために株式の持ち合いが行われる。その結果、企業経営にとって収益性の追求は第二義的になる。また銀行も融資先企業の株を保有する傾向が強い。日本の銀行は資産の保全を最優先するので、融資先の企業が収益性を高めるためにリスクの高い投資などをすることを必ずしも歓迎しない傾向がある。このような企業間関係の維持を優先する慣行が、企業活動の収益性を低めていることは否定できない。

いまひとつ重要なことは、株主の役割である。日本の株主の大部分はいわゆる”もの言わぬ株主”である。株式会社は本来、株主の利益最大化のために経営を行う組織であるが、株主の利益を最大化させるためには、株主が厳しく経営を監視し、企業経営にたいして意見を述べたり要求をしたり積極的に関与することが必要である。日本企業の経営について監視をしたり助言をしたりするのはこれまでもっぱら銀行などの金融機関であり、日本の株主は個人投資家も機関投資家もこれまでそうした役割をほとんどしてこなかった。このことは企業に株式の価値を高め企業の価値を高めさせるための圧力が弱いことであり、日本企業の低い収益性のひとつの原因とも言える。

さらに、日本では年金基金のような大規模な資金がこれまでもっぱら安定志向で国債など債権に大部分が振り向けられ、株式のような比較的ハイリスクだが、ハイリターンも期待できる金融商品にはほとんど資金配分がなされなかった。世界諸国では金融と投資の専門家を動員して年金基金のような公的性格の強い資金でも出来るだけハイリターンを得られるような投資に配分している。日本にはGPIF(Goverment Pension Investment Fund)という年金の運用ファンドがあり、130兆円という莫大な資金をこれまでリターンの低い国債など債権で運用してきたが、経済成長を促進するために国民の資金をリスクはあってももっと成長性の高い分野に投資して活用するためにはこうした基金のport folioをより収益性の高い分野への比重を高める形で変化させて行く必要がある。

安倍政権の「新成長戦略」はこうした企業統治の在り方や行動パターンそして資本市場における資金の配分の在り方といった基本的な構造を変えて行こうという取り組みで、その方向性と意欲は高く評価される。問題はこうした構造と制度の改革がどれほど実際に企業の行動を変え、投資活動がその収益性と高めるかにかかっている。

安倍首相は2014年6月3日、経団連の定期総会で演説し、企業が内部留保を成長に振り向けるために上場企業向けの企業統治(corporate governance)の指針策定を成長戦略に位置づける考えを示した。社外取締役を活用し、守りの経営を攻めの経営にする。また300兆円ともされる内部留保を投資に向けるようにしたい、と力説した。経済界では安部政権による賃上げ要請につづく異例の政治介入なので、警戒感が強いとされるが、安倍首相の意欲は強い。

以下、「新成長戦略」で描かれているいくつかの主要な改革について摘記しよう。

(1)会社法改正:取締役会に独立社外取締役を導入するための制度改革。
「改正会社法」は2014年6月20日の参院本会議んで可決され、成立した。「改正会社法」は、社外取締役の選任を促すことで、企業統治の強化をめざしている。企業は最低1人の社外取締役を選任すべき、としている。ただし、今回の改正では選任の義務化は見送られた。しかし、選任しない企業は株主総会でその理由を説明しなければならない。義務をするかどうかは改正法施行から2年後にあらためて検討することとしている。

社外取締役の導入は、上述のように企業の意思決定が内部昇進の幹部だけで閉鎖的に行われるという状況を打破し、企業の内部の論理にとらわれない社外独立取締役の意見を積極的に取り込んで、外部のより広い市場や社会の変化やニーズを企業戦略の策定に生かそうという考え方である。

安倍政権の新成長戦略では、改正会社法の成立を受けて、上記の社外取締役の選任とならんで、日本版stewardship codeの策定ならびにcorporate governance codeの策定方針を記述している。

(2)ガバナンスコードの策定。
企業価値最大化のためにガバナンスコード(governance code)を策定することを「新成長戦略」で打ち出している。「戦略」は、金融庁と東京証券取引所が2015年6月の株主総会シーズンまでにコーポレート・ガバナンス・コード(企業統治のための企業の行動規範)を策定することとしている。

日本企業がこれまで企業価値最大化に消極的だったのは「会社の存続」が経営の最大の動機づけだったからと考えられる。倒産や買収される危険をさけるには新規事業への挑戦などのリスクを取らない方が良い。また従業員出身の経営者を中心とした組織や、債権保全を最優先する銀行が経営監視を主導してきた歴史が背景にある。日本の経営者のまわりには会社存続を重視する利害関係社が多く、価値最大化をのぞむ少数株主の声はとどきにくかった。

価値最大化を求めるならガバナンスの責任を負う取締役会の見直しが必然となる。ガバナンスコードの内容がどうなるかは今後の検討によるが、たとえば、独立社外取締役の役割と人数、中長期の業績に連動した取締役報酬、買収防衛策の在り方、などが課題となると推察される。ちなみに先進経済でガバナンスコードがないのは日本とアメリカくらい。ただ、アメリカでは日本とは対照的に株主の厳しい経営監視が経営者と資本生産性の向上に駆り立ててきているのでcorporate governance をめぐる事情は全く異なる(日本経済新聞、2014年7月29日)。

(3) Stewardship codeの導入。
機関投資家が投資家の期待や要望を反映して、投資先企業に経営方針等に関してより多くの情報を集め研究するとともに、どのような経営改善を望むか、どのような場合に議決権行使をするかなどの方針を表明するなど、企業の株式を保有する機関投資家向けに定められた行動規範。これはこれまでの日本の常態であった“もの言わぬ株主”を脱却して株主が投資先企業の経営改善のためにもっと積極的な役割を果たすべきとの考えを規模が大きく専門知識をもつ機関投資家が率先してそうした役割を果たすための制度である。

その背景には、資産運用の委託者の利益を実現するとともに、投資先企業の長期的成長を促進して経済全体の発展につなげるため、機関投資家は積極的な役割を果たすべきとの理念がある。英国では2010年に導入された。日本では英国などの先行例を参考にして2014年2月に金融庁がこれをまとめた。そこでは7つの原則が掲げられているが、法的拘束力はない。

ちなみに7原則は以下のとおりである。

  1. 投資家責任を果たすための方針の策定と公表
  2. 利益相反に関する方針策定
  3. 投資先企業の状況把握
  4. 投資先企業との対話をつうじた問題改善
  5. 議決権行使の方針や結果公表に関する方針の策定
  6. 議決権行使結果など顧客や受益者への定期報告
  7. 投資先企業の知識を深める。

日本では生命保険会社や信託銀行などの機関投資家が受け入れを表明している。2014年6月現在、導入機関は120におよぶ。GPIFも導入を表明している。GPIFでは議決権行使の方針などもつくり、投資先の経営監視機能を強化するとしている。経営改革を促す事で企業業績が改善すれば株価上昇、運用成績も向上。議決権行使をしやすいように株主総会の集中を緩和する兆しもある。(日経新聞、2014年6月10日)

(4)GPIFの運用方針の積極化
GPIF((年金積立金管理運用独立行政法人)は年金基金など約130兆円を運用する世界最大級の公的資金運用団体だが、これまで安定性を志向して国債などリスクが比較的少ないと思われた債権を中心に運用をしてきた。年金基金は国民の最大の金融資産でもあり、その大規模な資産をもっと収益性の高い分野で運用すべきとの方針を安部政権では掲げてGPIFの運用方針の改革を求めている。

実際、安倍首相は2014年1月、スイスで開催されたダボス会議でもGPIF改革を国際的に明言した。安倍政権の新成長戦略の策定に先立って5月23日に発表された自民党日本経済再生本部の成長戦略「日本再生ビジョン」ではGPIFの運用方針と運用体制の改革を強調している。これまでのような国債偏重の方針を修正し、債権の比重を減らして株式などより高い資本収益を期待できるリスク資産をふやす、また、運用体制を改革して資産運用のプロによる運用委員会を立ち上げることなどを提言している。この改革案は2013年11月に発表された「公的年金の運用改革に関する有識者会議」(伊藤隆敏委員長)の提言ならびに「ビジョン」執筆者である塩崎恭久議員の持論も強く反映している。

ちなみに具体的にはどのように運用方針を改革することが望ましいかについて、伊藤隆敏教授は、私案として、国内株の基本割合を20%まで増やすのが望ましいとしているとされる。運用ルールではその基準の上下10%の変動は認められることになっているので、30%までは株を買えることになるので、市場の注目を集めた。伊藤氏は海外基金の株式比率を考えれば20%後半が普通という。新たにGPIFの運用委員長に就任する米沢康博教授は6月はじめに、株式20%を視野に入れる意向を表明した。(日経新聞、2014年)一方、安倍政権のこうした動きに対して、GPIFの当事者や直接の監督官庁である厚生労働省の担当幹部らには抵抗感が強い。Financial Timesは、有識者会議の提言とそれにつづく金融庁の報告を受けてGPIFの三谷理事長のインタビューの記事をはやくも2014年2月の時点で報道している。その一部をここに紹介しておこう。

November 2013, advisory board hand picked by Mr.Abe urged that GPIF(goverment pension investment fund) to swap bonds for stocks without   delay, and FSA’s report a month later endorsed the proposal as one of half a dozen ways to boost Japan’s capital market immediately.

GPIF president Mr.Takahiro Mitani “such demands are unfair on an institution which has been functionally independent from the gov. since 2006. Takatoshi Ito’s call for trillions of yen of bonds showed that he “lacks  understanding of the practical issues of this portfolio.
 
Changes to the GPIF’s investment approach should be outlined by the end  of 2014, and would be gradual subject to guidance in coming months from the health, labor and welfare ministry, which supervises public pension funds.

安倍政権の方針に対するこうした批判や抵抗は、年金局長のような厚生省幹部やGPIFの運用委員会委員(小幡績『GPIF:世界最大の機関投資家』東洋経済新報社2014)などにも根強い。それをふまえてGPIFの積極的な運用方針がどのように実現するかが、安倍政権の成長戦略のmomentum(勢い)のひとつを決めることになる。

(5)JPX日経400インデックス:

2014年1月に開発・導入された「JPX日経400インデックス」は、日本企業がROE向上の重要性をもっと認識し、ROEの向上に向けて企業戦略を見直して尽力すべきという安部政権や専門家の主張を裏付ける役割を果たしている。

JPX日経400の選定基準は大別して3つ:

 1. スクリーニング
   上場3年未満、債務超過、過去3年営業赤字、過去3年最終赤字、
   市場流動性などによるスクリーニング
 2. 総合スコアー定量スコア
   3年平均ROEの順位スコア     40%
   3年累積営業利益の順位スコア   40%
   基準日時点の時価総額の順位スコア 20%
 3. 定性スコア
   独立社外取締役の選任ー2名以上
   IFRS採用または採用決定
   決算情報の英文開示 TDNet
 (河原茂晴『日本企業低いROEをどう説明するかー投資家に向けた対話の勧めー』KPMG Japan, 2014年7月28日)

このようなインデックスが株式市場で広く認識されるようになると、投資家の資金がこのインデックスで高いスコアを達成している企業のより多く向かうようになり、日本の主要企業からROE重視の経営が普及していくことが期待される。

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