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2013年6月

成長戦略『日本再興戦略』:加筆版

*数日前に同じテーマのエッセイを掲載しましたが、東京都議選を経て、エッセイの後段部分に加筆をしたので、あらためて掲載させて戴きます。

l. はじめに
 2013年6月14日、アベノミクスの本丸とされる成長戦略(文書では『日本再興戦略』と命名されている)が閣議決定された。

 アベノミクスが成功するかどうかの鍵を握るのが、この成長戦略だと、多くの論者が指摘してきたし、また安倍首相自身も”本丸”と表現する成長戦略の中味がどのようなものか、公式にその全貌が明らかにされたこの時点で、私達国民はその内容を承知し、私達なりの評価をする意義があるだろう。

 『日本再興戦略』はA4版で94頁に及ぶ大部の文書であるが、私のブログではその内容を要点をもらさずに簡潔にまとめ、後段で私なりの評価をすることとしたい。成長戦略の本文を読む時間のない読者にはとくに参考になると思う。

 まず、以下に、『日本再興戦略』の全内容を簡潔に紹介しよう。

ll. 『日本再興戦略』の概要

1. 総論

 1)成長戦略の基本的考え方
  ・アベノミクス:第三の矢
  ・攻めの経済政策、open, innovation, action
  ・今後10年間平均で、名目GDP 3%成長、実質2%程度の成長目指す

 2)成長への道筋
  ・民間の力を引き出す
  ・新陳代謝とベンチャーの加速
  ・全員参加・世界で勝てる人材
  ・女性、若者の能力活用
  ・新たなフロンティア創出

 3)成長戦略をどう実現していくか
  ・異次元のスピード
  ・国家戦略特区を突破口に

 4)進化する成長戦略
  ・成果目標(KPI)とPDCA

 5)成長への道筋”に沿った主要施策例 
  ・投資拡大:3年間で設備投資70兆円(2012年度63兆円)リーマンショック前
   の水準回復
  ・開業率が廃業率を上回る。英米並みの10%台(現状、5%台)
  ・ビジネス環境ランキングで先進国3位以内目指す。
  ・健康増進・予防・生活支援関連産業規模 2020年に10兆円(現状4兆円)
  ・医療関連産業規模と2020年に16兆円(現状12兆円)
  ・農林水産業を成長産業に
   ーコメの生産コストを10年間で平均4割削減、法人経営を5万法人に。
   ー6次産業の市場規模を2020年に10兆円(現状1兆円)
   ー輸出額を2020年に1兆円に(現状4500億円)
   ーこんご10年間で、6次産業化すすめ、農業所得倍増
   ー内外のエネルギー関連市場2020年までに26兆円獲得(現状8兆円)
   ーこんご10年間で、PPP/PFIの事業規模を12兆円(現状4.1兆円)
   ー女性(25〜44歳)の就業率をこんご10年間で73%にする(現状68%)
   ーこんご5年間で、一般労働者の転入職率を9%(2011年:7.4%)にする
   ーこんご10年間で、世界大学ランキングトップ100に10校以上。
   ー2020年までに留学生を倍増(大学生6万人→12万人へ)
   ーこんご5年以内に科学技術イノベーションランキング世界1位(現状5位)
   ー2018年までに貿易のFTA比率70%(現状19%)
   ー2020年に世界インフラ市場を官民一体で30兆円(現状10兆円)獲得。
   ー2020年までに対日直接投資残高を35兆円(現状18兆円)
   ー2013年に訪日外国人旅行者1000万人、2030年に3000万人。

2. 3つのアクションプラン

(1)日本産業再興プラン

 1)緊急構造改革プログラム(産業の新陳代謝の促進)
 ・民間投資を拡大、設備新陳代謝、イノベーションの源泉強化
  「産業競争力法案(仮称)」を夏に準備
 ・過剰規制を改革、新事業に挑戦できるしくみ
 ・過当競争を解消、事業再編、事業組み替え促進、収益力強化

 2)雇用制度改革・人材力の強化
 ・過度な雇用維持から労働移動支援型(失業なき移動の実現)
   雇用調整助成金(2012年1134億円)から労働移動支援助成金(同年:2.4億円)
 ・民間人材ビジネス活用、マッチング強化
 ・多様な働き方:労働時間見直し、多様な正社員、
 ・女性の活躍促進
  ー女性(25〜44歳)の就業率をこんご10年間で73%にする(現状68%)
  ー「待機児童加速化プラン」5年間。2年で20万人、2017年に40万人
 ・大学改革:スーパーグローバル大学創設。世界ランク100校のうち10校めざす。
 ・グローバル化人材力:
   日本からの留学生: 2020年12万人(現状6万人)
   海外からの留学生: 2020年30万人(現状14万人)「留学生30万人計画』
   高度外国人材:高度人材入国、滞在優遇制度

 3)科学技術イノベーションの推進
 ・「総合科学技術会議」の司令塔機能強化
 ・「戦略的イノベーション創造プログラム(仮称)」創設
 ・「革新的研究開発支援プログラム(仮称)」創設
 ・官民研究開発投資GDPの4%(うち政府投資は1%)目指す。

 4)世界最高水準のIT社会の実現
 ・公共データの民間開放、革新的電子行政サービス
 ・通信インフラ整備
 ・サイバーセキュリティー対策
 ・ハイレベルなIT人材の育成

 5)立地競争力のさらなる強化
 ・国家戦略特区の実現:WGで検討中
  ー都市居住空間活用:容積率、用途等土地利用規制見直し
  ー外国医師による外国人向け医療の充実:研修・教授・臨床研究中医療行為も
  ーインターナショナルスクール認可条件見直し
 ・公共施設運営の民間開放
 ・都市、空港・港湾など競争力向上
 ・金融・資本市場のインフラ・ソフト機能強化
 ・環境・エネルギー制約の克服

 6)中小企業・小規模事業者の革新
 ・地域のリソースの活用、結集、ブランド化
 ・中小事業者の新陳代謝促進
 ・成長分野に参入する中小企業の支援
 ・国際展開する中小企業の支援
 ・官民ファンドによる支援

(2)戦略市場創造プラン
 ・日本が国際的に強み、グローバルな成長期待できる戦略分野
  ー健康
  ーエネルギー
  ー次世代インフラ
  ー世界から稼げる地域

 1)国民の”健康寿命”の延伸
 ・健康増進、予防、生活支援、医薬品、医療機器、高齢者向け住宅など
           現在    2020年  2030年
 ・市場規模:国内:16兆円    26兆円  37兆円
       海外:163兆円   311兆円  525兆円
       雇用: 73万人   160万人  223万人
 ・健康寿命延伸産業の育成
   ー予防・健康管理推進、食の健康増進機能活用、
   ー医療・介護情報電子化促進、医療情報利活用と番号制度導入
   ー一般用医薬品のインターネット販売
 ・医療関連産業活性化、最先端の医療受けれる社会
   ー医療研究開発の司令塔「日本版NIH」創設
   ー先進医療の大幅拡大 「最先端医療迅速評価制度(先進医療ハイウェイ構想)」
   ー医薬品、医療機器開発、再生医療研究を加速させる制度・規制改革
   ー難病患者等の全国規模のデータベース構築
 ・良質な医療・介護へのアクセスと早い社会復帰のできる社会
   ー健康寿命延伸産業、医療・介護情報電子化促進(以上、再掲)
   ー医療・介護サービス高度化
   ー生活支援サービス・住まいの提供体制の強化
   ー安心して歩いて暮らせる街づくり
   ー地域包括ケアシステムの構築(高齢化対策)
   ーロボット介護機器開発5カ年計画

 2)クリーン・経済的なエネルギー需給の実現
 ・多様、多方向、ネットワーク化によるクリーン・低廉エネルギー社会
  ー再生可能エネルギー、高効率火力発電、蓄電池、次世代デバイス・部素材、
   エネルギーマネジメントシステム、次世代自動車、燃料電池、省エネ家電
   省エネ住宅、建築物の省エネ技術関連製品とサービス
            現在      2020年      2030年
  ー市場規模:国内  4兆円      10兆円     11兆円
        海外 40兆円      108兆円    160兆円
   雇用規模:   55万人       168万人    210万人
  ー再生可能エネルギー導入のための規制・制度改革
  ー浮体式洋上風力発電
  ー石炭火力発電の環境アセスメント
  ーメタンハイドレード等海洋資源の商業化
  ー電力システムの改革:小売り規制撤廃、送配電の部門の法的分離
  ー蓄電池の開発
  ―スマートコミュニティー
  ー住宅、建築物の省エネ基準の段階的適合義務化

 3)安全・便利で経済的な次世代インフラの構築
  ーインフラマネジメント、車両安全運転支援システム、宇宙インフラ整備
  ー市場規模    現在     2020年     2030年
    国内     2兆円    16兆円     33兆円
    海外     56兆円   167兆円    374兆円

 4)世界を惹き付ける地域資源で稼ぐ地域社会の実現
 ・農林水産物、食品、6次産業化、コンテンツ・文化など日本ブランド
  ー農業と関連産業の国内生産額 100兆円を2020年に120兆円に。
  ー農業就業者 40代以下の農業従事者を20万人から10年後40万人に。
  ー観光:訪日外国人旅行者消費額 1.3兆円を2030年に4.7兆円に。
  ー観光: 雇用25万人(2010年)を83万人(2030年)
  ー担い手への農地集約、耕作放棄地の発生防止、解消
  ー農商工連携による6次産業化
  ー新技術による農林水産物の高機能化、生産・流通システム高度化
  ー査証発給要件緩和、入国審査迅速化

(3)国際展開戦略

 1)戦略的な通商関係の構築と経済連携の推進
  ー貿易FTA比率を現在の19%から2018年までに70%に高める
  ーTPPの取組からRCEP(東アジア地域包括的経済連携)、日中韓FTA、さらにFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)に拡大発展めざす。

 2)海外市場獲得のための戦略的取り組み
  ーインフラ輸出戦略の迅速実施
  ー公的ファイナンススキームの充実
  ー潜在力ある中堅・中小企業等重点支援
  ー人材育成とグローバル化推進
  ークールジャパン、コンテンツ等の海外展開など戦略的推進
  ー日本食文化・産酒類の輸出促進

 3)我が国の成長を支える資金・人材等に関する基盤の整備
  ー対内直接投資の活性化(特区活用、政府の外国企業誘致の強化)
  ーグローバル化に対応する人材力の強化(再掲)

Ⅲ. 『日本再興戦略』(政府の成長戦略)についての若干の評価

1. 成長戦略(『日本再興戦略』)の重要性
 政府の総合的な再生もしくは再興戦略はいわゆる3本の矢からなるアベノミクスと言われてきた。第一の矢である「金融戦略」は当初、株価の急騰と大幅な円安を演出して”大成功”と思われたが、5月23日の株価の大暴落以降、低迷している。その後の円レートの不安定な動きは、当初の市場の反応の大部分が、安倍首相や黒田日銀総裁の思い切った金融緩和宣言に対する市場関係者の“思惑”による大規模は投機的行動で惹起されたものであることが判明した。

 第一の矢がこれからも持続的効果をもつか否かはしたがってこれからの日本経済の成長展望にかかることが論理的に明らかになった。また、第二の矢である機動的な「財政戦略」も日本経済がこれから格段の成長で税収増を実現し得なければ、既定の財政再建目標を実現できないことが明らかになり、かりに財政再建が困難と市場が判断すれば、国債価格の暴落を含む危機的事態もあり得ないことではない。こうした展開を回避するためにはしたがって格段の経済成長が不可欠となる。こうした意味で政府の成長戦略『日本再興戦略』がアベノミクスといわれる政府の日本経済再生のための総合戦略の中で、基幹的役割を担っていることは明白である。

2. 成長戦略は本来、民間の役割
 上記の意味で、政府の成長戦略が市場や国民の期待形成のうえで極めて重要な役割を帯びていることは自明であるが、しかし、経済成長を推進する力のほとんどは民間の投資や消費そして勤労活動であり、また技術革新である。そうした活動の戦略的強化をはかること、すなわち、成長戦略も本来、民間が構想し実行するのが基本である。政府の役割はそれを支援することでしかない。政府のできることは、規制や制度や税制の改革などの手段で、民間の投資や勤労や消費活動がより活発に行われるよう条件を整えることである。

 経済政策をめぐる昨今の世間の議論は、この意味ではいささか異様である。それは、これから日本経済が望ましい成長軌道に載るかどうかはもっぱら政府の成長政策の責任であるかのような議論が横行していることだ。民間は政府の成長戦略を待つのではなく、むしろ本来実現したいことを熱烈に主張し、その実現を妨げる障碍を政府に取り除くようもっと声高に要請すべきである。経済を活性化できるかどうかはもっぱら民間の意欲と活力に依存しているのであり、政府の本来の仕事はそうした民間の力をより効果的に生かす環境整備をすることにある。

 今回の『日本再興戦略』には、この意味で大きな不足がある。それは『戦略』が数多くの政策項目を掲げている一方で、民間の潜在力が生かすための環境整備としての、大きな規制改革、制度改革、そして税制改革にほとんど踏み込んでいないことである。税制改革は前倒しで秋に成案を提示するとしているが、『再興戦略』では少なくともその方向を明示すべきだったのではないか。規制改革や制度改革については、後述するように、日本経済のこれまでの異様な長期停滞を打破するために必要な根本的な構造改革についての構想も指摘も見られないのは、明らかに力不足である。

 民間が、成長を主導するのはあたかも政府の責任であるかのような錯誤に陥っているのも異様であるが、政府があたかも民間経済主体のように産業活性化についてのアイデアを並べる一方で、本来、注力すべき環境整備や構造改革について踏み込んでいないという、民間と政府双方の役割認識の倒錯状況は奇妙である。

3. 限られた時間制約とはいえ、総花的、ホッチキス的政策集
 『日本再興戦略』には、多くの分野にわたって政策のテーマが羅列されている。序論に次いで、3つのアクションプランと命名された分野について政策案が羅列されている。まず、(1)日本産業再興プランでは、産業の新陳代謝の促進策、労働移動支援型の雇用対策、女性の就業率を高めるための保育支援の強化、科学技術イノベーションの推進、ITの普及、立地競争力強化策、中小企業支援、(2)戦略市場創造プランでは、健康・医療関連産業支援、エネルギー関連の支援策、次世代インフラ整備、輸出農業と観光、最後に(3)国際展開戦略では、TPPを契機に自由貿易圏を拡大、海外市場獲得のための諸施策、対日投資誘致、人材養成など。

 このリストは、良く見ると、霞ヶ関の省庁の担当分野を反映しており、安倍政権らしいニュアンスは、産業の新陳代謝と労働移動、女性就労支援のための保育所の強化、TPPを国際経済展開の契機にするなどの記述に見られるほかは、省庁総動員で項目並べをした形跡が良く窺われる。戦略市場創造プランと題して医療や農業戦略を特記しているが、その中味は民主党政権の「再生プラン」とあまり変わらない。すなわち官僚の作文であることが透けて見える。

 安倍政権発足以来、半年間でまとめるという時間制約の中で行われた作業なので、結局、霞ヶ関の作文に大半を依存せざるを得なかった事情は判るが安倍政権が何を本当に実現したいのか、その力点がこの文書からはなかなか伝わってこない。霞ヶ関省庁のアイデアをホッチキスでとめた文書との印象が強い。

4. 優先順位と実行プロセスが見えない
 限られた時間制約のなかで用意された文書なので、安倍総理が好んで使われる”私自身が岩盤を突き崩すドリルとなって” といった表現から期待される内容になかなかなっていないのは仕方がないかもしれない。

 しかし、そうした制約の中でも、安倍政権の政策の優先順位は何なのか、その優先課題を実現する具体的な取り組みの中味や道筋あるいは方法は何か、そしてその実行・実現プロセスの時間軸は何なのか、などを示すことはできたのではないか。

 戦略市場創造プランでは、健康関連、エネルギー関連、インフラ関連、農業関連などの分野で、2020年、2030年までに期待される市場規模や雇用規模が提示されているが、その根拠やどうしてそのような市場を創造するのかといった具体的ロードマップや方法論が示されていないだけに、『戦略』の中味の薄さもしくは空疎さを際立たせる結果になっている印象を禁じ得ない。

5. 自民党政権の実行力
 こうした戦略構想の作文は結局、霞ヶ関の官僚の手になりがちで、官僚は政策予算について直接的な利害関係のある多くの官庁や部局の利益を確保しようとするから、構想案は必然的に、関係省庁や部局の利益を誘導する作文のホッチキス集のようになる。前民主党政権の「成長戦略」や「再生戦略」も一部の政権幹部が骨太の政策思想や政策構想でまとめようと努力したにもかかわらず、結局、具体的な文章は官僚の作文になり、しかも、政党の内部に意見対立もしくは抗争があり、政権の指導力が弱体であったために、その作文ですら結局、実行も実現もできなかった。

 第二次安倍政権は、民主党政権にくらべ、省庁の利害を超えた政権の主張を実現する政治的な基盤がより強固であるように見える。政権の唱える国益を省庁益を超えて実現するために、菅義偉官房長官がしばしば ”要”の役割を果たしていると言われるが、6月15日、都内で開催された国際会議"Round Table Japan" で菅長官自身が語られた言葉は、そのあたりの事情を窺わせる。それは国益にかかわる重要テーマについては、担当もしくは関係閣僚2~3人と菅長官で機動的に関係閣僚会議(task force)を編成し、意思の統一をはかり、迅速・強力に省庁益を超えて政権のめざす国益を実現するということである。このような取り組みが、例えばTPP交渉参加の意思決定の下支えにも、また、アルジェリアへの政府専用機(これは自衛隊機の扱いになる)の派遣にも有効であったという。

 民主党政権時代には実行できなかったこのような政権内部の強力な意思統一のしかけが機能するとすれば、『日本再興戦略』の実行、実施にあたって国益の実現に向けての総合力の発揮、実現に向けての時間の短縮など、より効果的に政権が機能し、『再興戦略』がそれなりに実効があがり、市場や社会にも実質的効果を生むことを期待し得るかもしれない。

6. 何が求められているか
 今次安倍政権に上記のような実行力があるとすれば、とりわけ参議院選挙で勝利したのちは、安倍首相がしばしば言及される ”岩盤” を突き崩して日本経済の潜在能力が大きく発揮できるような改革に、本格的に取り組んでもらいたいものである。

 その”岩盤” とは一体何か。残念なことに、今回閣議決定された『再興戦略』にはその ”岩盤” の姿がほとんど描かれていない。姿が描かれないということは、それが攻撃の対象、改革の対象として意識されていないのか、それともそれは政治的利害にかかわるので、参議院選挙までは語りたくない、ということなのか。

 私見では、日本経済が近年 ”失われた20年” と言われるような長期低迷を経験せざるを得なかったのは、1970年代の”高度成長時代”以降、内外のメガトレンドともいうべき大きな環境条件の変化にたいして、日本経済が戦略的にも構造的にもほとんど適応して来なかったことにその根本的な原因があるように思う。そのことは拙著『盛衰:日本経済再生の要件』東洋経済新報社、2012年で詳述し、またこのブログでも再三にわたってその内容を紹介してきたので、ここでは詳説はしないが、日本経済が構造的な適応をし得なかった最大の理由は、高度成長時代に培われた既得権の利益構造が “岩盤” となって改革を阻んだということである。

 『再興戦略』の「戦略市場創造プラン」の中で掲げられている、医療、エネルギー、農業などの分野は、そうした岩盤がもっとも強固に定着している分野であるが、不思議なことに『再興戦略』ではそうした岩盤の存在と構造がほとんど言及されていない。これらの分野では、既得権で固められた岩盤を崩す事が日本経済の潜在成長力を実現するためにきわめて大きな効果をもつと考えられる。

 たとえば、農業について言えば、日本の農業の潜在的な成長可能性を妨げているのは、伝統的な小農構造を固定化させている農地制度、減反政策、であり、その背後にある農協の組合員維持、さらにその背後にある農村票の死守という政治的命題である。言い換えれば、日本の農業は、農村票の死守という旧自民党政権時代の政治的利害のために、近代化が遅れ、今日の衰退を招いたわけである。しかし現在の農村票を大半を占めるのは後継者も居ない高齢化した零細農家であり、彼らを、販売農業ではなく、社会的に有意義な活動に従事して戴きつつ所得維持のソフトランディングをはかるといった政策と併行して、農地の抜本的流動化、農地所有の自由化、減反政策の撤廃、などを行えば、生産力の高い大規模農家や農業企業が生産性を高めて生産量を増やし、日本の農業は”聖域”のコメの分野でも国際開放がすすみかつ輸出農業としての成長が期待できるはずである。岩盤を崩すというのはこのような戦略のことである。

 あるいは医療について言えば、近年までの医療行政が日本の医療の質の向上と成長産業としての可能性を抑制してきたということである。1960年に日本は 中進国としては画期的な国民皆医療、皆保険制度を確立した。健康保険証1枚を持参すれば日本中どこに行っても同様の質の医療サービスを受けられるという見事なシステムを確立していたし、また、国民所得に対する医療費負担も比較的少ない中で長寿化が進むなど理想的な成果を挙げていた。それが近年では医療保険制度は破綻に瀕し、地方や産婦人科、小児科などでは医療サービスが不足し、大都市では”3時間待って3分治療”や”たらい回し”など医療サービスの質の低下、そして病院や診療所の経営不振など弊害が危機的に増大している。

 その原因は何か。それは高齢化による医療費の増大、医療技術の進歩による医療単価の上昇、そして経済の長期停滞による国民の負担力の低下というメガトレンドの変化に対して、行政当局が価格と数量規制という計画経済的手法に過度に依存してきたことであり、市場活力の利用を妨げてきたことにある。とりわけ、医療保険がほとんど全て公的保険であって民間保険の極度に限定されていること、情報化のおくれによって医療費や診療成果が充分に開示されず市場機能が働かない事が大きい。公的保険であるためにその負担は事実上課税と同等であり医療費の増大に応じて患者負担の増加が不可避になるので、行政当局は逆に診療報酬制度などによって医療費増加を抑えようとして医療産業の成長性を阻害する結果になる。また情報化の遅れは市場機能の活用をさまたげるのである。 

 どうすれば、日本の医療は本来の成長産業としての活力を発揮できるだろうか。求められるのは、(1)民間保険を医療保険の半分くらいまで参入・浸透する道を開くこと、(2)自由診療と健康保険医療を制約無しに享受できる「混合診療」を全面的に解禁すること、(3)医療コストや診療成果が瞬時に判るよう医療の情報開示とインターネットによる情報の全国共有化、の3つを実現すれば日本の医療は見事な成長産業に進化するはずである。 

 エネルギーについて言えば、日本は数年前まで全電力供給の約3割を原発に依存してきた。それが福島第一原発の事故以来、ほとんど停止しているのであるから経済成長にとっては深刻な事態である。原発はたしかに安定したエネルギー供給源であり、その普及が戦後日本の高度成長を支えてきたことは否めない。しかし、国民は、福島第一原発事故を目撃し、甚大な被害も体験して、それまでの原発政策を推進してきた原発マフィアとでもいうべき当局者や関係者が唱えた”安全神話”に重大な欺瞞があることを本能的に察知して原発戦略には深い疑義と不信を抱いている。 

 政府と当局者に求められるのは、まず第一に、この国民の不信と疑義を解くために真摯は情報開示とていねいな説明、そして抜本的な安全戦略を講ずること、それは高い津波に耐えられる設備の構築、古い原子炉を最新式のものと入れ替え、想定外とされる大事故に備えた研究と訓練などである。巨額のコストがかかるが、国民の不信を解いて原発再稼働ができるとすればそのコストは吸収できる。そうした努力が福島第一原発事故以降の民主党政権でも安倍政権でもしっかり行われたとはいえない。なし崩し的に原発再稼働を進めれば問題はより沈潜して求めれる解決はより遠のくおそれがある。 

 同時に、原発はできるだけ早期に放射能の危険のない再生可能エネルギーによって代替されるべきである。また太陽エネルギーにもとづく自然の再生可能エネルギーの普及は、化石エネルギーをも代替するから、CO2などによる大気汚染も抑制される。日本は40年前、すなわち“石油危機”直後には、再生 可能エネルギーの研究、開発、普及で世界の先端にあったが、その後、原発の普及の影で大きく世界に遅れをとってしまっている。太陽光パネルは場所をとり高価と原発マフィアは喧伝しているが、耕作放棄地をはじめ日本には莫大な空き地があり、またスノコ型高架式のパネルなら市街地でも農地でも展開可能で、それらをフルに活用すれば原発の代替は充分に可能である。さらに洋上風力は造船ニッポンの技術によるメガフロートを活用すれば莫大な発電が可能であり、また世界三大火山国の日本の地熱発電の可能性は巨大である。新しいエネルギーのベストミックスは供給の大半を自然の再生 可能エネルギーに求め、原発は技術革新と安全保障に関連する研究・開発という戦略的意味で限定して継続するということだろう。もとめられているのはこのようなエネルギー戦略を真に実現しようというに政府と民間の真剣度である。

 これらの分野での既得権構造を崩す成長戦略の詳細については拙著『盛衰』で詳述しているので、興味のある読者は同書、または、このブログの2012年秋以降のエッセイを参照して戴ければと思う。 

 6月22日の東京都議選では、民主党が惨敗して第四党に転落したのに対し、自民党は59人の立候補者全員が当選するという勝利を収めた。7月の参議院選挙でもそうした力学がかなり働くと見込まれるが、参議院選挙を経て、安倍政権の政治基盤がより強化された暁には、是非、上記のようば本当の意味での ”岩盤” を崩す構造改革に本格的に取り組んでもらいたい、と思う。その意味では、安倍政権の成長戦略はこれからが ”勝負” ではないか、と思う。

成長戦略『日本再興戦略』:再考

l. はじめに

 2013年6月14日、アベノミクスの本丸とされる成長戦略(文書では
『日本再興戦略』と命名されている)が閣議決定された。

 アベノミクスが成功するかどうかの鍵を握るのが、この成長戦略だと、
多くの論者が指摘してきたし、また安倍首相自身も”本丸”と表現する成長戦略
の中味がどのようなものか、公式にその全貌が明らかにされたこの時点で、私達
国民はその内容を承知し、私達なりの評価をする意義があるだろう。 

 『日本再興戦略』はA4版で94頁に及ぶ大部の文書であるが、私のブログでは
その内容を要点をもらさずに簡潔にまとめ、後段で私なりの評価をすることとしたい。成長戦略の本文を読む時間のない読者にはとくに参考になると思う。

 まず、以下に、『日本再興戦略』の全内容を簡潔に紹介しよう。

ll. 『日本再興戦略』の概要

1. 総論

 1)成長戦略の基本的考え方
  ・アベノミクス:第三の矢
  ・攻めの経済政策、open, innovation, action
  ・今後10年間平均で、名目GDP 3%成長、実質2%程度の成長目指す 
 
 2)成長への道筋
  ・民間の力を引き出す
  ・新陳代謝とベンチャーの加速
  ・全員参加・世界で勝てる人材
  ・女性、若者の能力活用
  ・新たなフロンティア創出 

 3)成長戦略をどう実現していくか
  ・異次元のスピード
  ・国家戦略特区を突破口に

 4)進化する成長戦略
  ・成果目標(KPI)とPDCA

 5)成長への道筋”に沿った主要施策例 
  ・投資拡大:3年間で設備投資70兆円(2012年度63兆円)リーマンショック前
   の水準回復
  ・開業率が廃業率を上回る。英米並みの10%台(現状、5%台)
  ・ビジネス環境ランキングで先進国3位以内目指す。
  ・健康増進・予防・生活支援関連産業規模 2020年に10兆円(現状4兆円)
  ・医療関連産業規模と2020年に16兆円(現状12兆円)
  ・農林水産業を成長産業に
   ーコメの生産コストを10年間で平均4割削減、法人経営を5万法人に。
   ー6次産業の市場規模を2020年に10兆円(現状1兆円)
   ー輸出額を2020年に1兆円に(現状4500億円)
   ーこんご10年間で、6次産業化すすめ、農業所得倍増
   ー内外のエネルギー関連市場2020年までに26兆円獲得(現状8兆円)
   ーこんご10年間で、PPP/PFIの事業規模を12兆円(現状4.1兆円)
   ー女性(25〜44歳)の就業率をこんご10年間で73%にする(現状68%)
   ーこんご5年間で、一般労働者の転入職率を9%(2011年:7.4%)にする
   ーこんご10年間で、世界大学ランキングトップ100に10校以上。
   ー2020年までに留学生を倍増(大学生6万人→12万人へ)
   ーこんご5年以内に科学技術イノベーションランキング世界1位(現状5位)
   ー2018年までに貿易のFTA比率70%(現状19%)
   ー2020年に世界インフラ市場を官民一体で30兆円(現状10兆円)獲得。
   ー2020年までに対日直接投資残高を35兆円(現状18兆円)
   ー2013年に訪日外国人旅行者1000万人、2030年に3000万人

2. 3つのアクションプラン

(1)日本産業再興プラン 
 1)緊急構造改革プログラム(産業の新陳代謝の促進)
 ・民間投資を拡大、設備新陳代謝、イノベーションの源泉強化
  「産業競争力法案(仮称)」を夏に準備
 ・過剰規制を改革、新事業に挑戦できるしくみ
 ・過当競争を解消、事業再編、事業組み替え促進、収益力強化

 2)雇用制度改革・人材力の強化
 ・過度な雇用維持から労働移動支援型(失業なき移動の実現)
   雇用調整助成金(2012年1134億円)から労働移動支援助成金(同年:2.4億
   円)
 ・民間人材ビジネス活用、マッチング強化
 ・多様な働き方:労働時間見直し、多様な正社員、
 ・女性の活躍促進
  ー女性(25〜44歳)の就業率をこんご10年間で73%にする(現状68%)
  ー「待機児童加速化プラン」5年間。2年で20万人、2017年に40万人
 ・大学改革:スーパーグローバル大学創設。世界ランク100校のうち10校めざす。
 ・グローバル化人材力:
   日本からの留学生: 2020年12万人(現状6万人)
   海外からの留学生: 2020年30万人(現状14万人)「留学生30万人計画』
   高度外国人材:高度人材入国、滞在優遇制度

 3)科学技術イノベーションの推進
 ・「総合科学技術会議」の司令塔機能強化
 ・「戦略的イノベーション創造プログラム(仮称)」創設
 ・「革新的研究開発支援プログラム(仮称)」創設
 ・官民研究開発投資GDPの4%(うち政府投資は1%)目指す。

 4)世界最高水準のIT社会の実現
 ・公共データの民間開放、革新的電子行政サービス
 ・通信インフラ整備
 ・サイバーセキュリティー対策
 ・ハイレベルなIT人材の育成

 5)立地競争力のさらなる強化
 ・国家戦略特区の実現:WGで検討中
  ー都市居住空間活用:容積率、用途等土地利用規制見直し
  ー外国医師による外国人向け医療の充実:研修・教授・臨床研究中医療行為も
  ーインターナショナルスクール認可条件見直し
 ・公共施設運営の民間開放
 ・都市、空港・港湾など競争力向上
 ・金融・資本市場のインフラ・ソフト機能強化
 ・環境・エネルギー制約の克服

 6)中小企業・小規模事業者の革新
 ・地域のリソースの活用、結集、ブランド化
 ・中小事業者の新陳代謝促進
 ・成長分野に参入する中小企業の支援
 ・国際展開する中小企業の支援
 ・官民ファンドによる支援

(2)戦略市場創造プラン
 ・日本が国際的に強み、グローバルな成長期待できる戦略分野
  ー健康
  ーエネルギー
  ー次世代インフラ
  ー世界から稼げる地域

 1)国民の”健康寿命”の延伸
 ・健康増進、予防、生活支援、医薬品、医療機器、高齢者向け住宅など
           現在    2020年  2030年
 ・市場規模:国内:16兆円    26兆円  37兆円
       海外:163兆円   311兆円  525兆円
       雇用: 73万人   160万人  223万人
 ・健康寿命延伸産業の育成
   ー予防・健康管理推進、食の健康増進機能活用、
   ー医療・介護情報電子化促進、医療情報利活用と番号制度導入
   ー一般用医薬品のインターネット販売
 ・医療関連産業活性化、最先端の医療受けれる社会
   ー医療研究開発の司令塔「日本版NIH」創設
   ー先進医療の大幅拡大 「最先端医療迅速評価制度(先進医療ハイウェイ
    構想)」
   ー医薬品、医療機器開発、再生医療研究を加速させる制度・規制改革
   ー難病患者等の全国規模のデータベース構築
 ・良質な医療・介護へのアクセスと早い社会復帰のできる社会
   ー健康寿命延伸産業、医療・介護情報電子化促進(以上、再掲)
   ー医療・介護サービス高度化
   ー生活支援サービス・住まいの提供体制の強化
   ー安心して歩いて暮らせる街づくり
   ー地域包括ケアシステムの構築(高齢化対策)
   ーロボット介護機器開発5カ年計画

 2)クリーン・経済的なエネルギー需給の実現
 ・多様、多方向、ネットワーク化によるクリーン・低廉エネルギー社会
  ー再生可能エネルギー、高効率火力発電、蓄電池、次世代デバイス・部素材、
   エネルギーマネジメントシステム、次世代自動車、燃料電池、省エネ家電
   省エネ住宅、建築物の省エネ技術関連製品とサービス
            現在      2020年      2030年
  ー市場規模:国内  4兆円      10兆円     11兆円
        海外 40兆円      108兆円    160兆円
   雇用規模:   55万人       168万人    210万人
  ー再生可能エネルギー導入のための規制・制度改革
  ー浮体式洋上風力発電
  ー石炭火力発電の環境アセスメント
  ーメタンハイドレード等海洋資源の商業化
  ー電力システムの改革:小売り規制撤廃、送配電の部門の法的分離
  ー蓄電池の開発
  ースマートコミュニティー
  ー住宅、建築物の省エネ基準の段階的適合義務化

 3)安全・便利で経済的な次世代インフラの構築
  ーインフラマネジメント、車両安全運転支援システム、宇宙インフラ整備
  ー市場規模    現在     2020年     2030年
    国内     2兆円    16兆円     33兆円
    海外     56兆円   167兆円    374兆円

 4)世界を惹き付ける地域資源で稼ぐ地域社会の実現
 ・農林水産物、食品、6次産業化、コンテンツ・文化など日本ブランド
  ー農業と関連産業の国内生産額 100兆円を2020年に120兆円に。
  ー農業就業者 40代以下の農業従事者を20万人から10年後40万人に。
  ー観光:訪日外国人旅行者消費額 1.3兆円を2030年に4.7兆円に。
  ー観光: 雇用25万人(2010年)を83万人(2030年)
  ー担い手への農地集約、耕作放棄地の発生防止、解消
  ー農商工連携による6次産業化
  ー新技術による農林水産物の高機能化、生産・流通システム高度化
  ー査証発給要件緩和、入国審査迅速化

(3)国際展開戦略
 1)戦略的な通商関係の構築と経済連携の推進
  ー貿易FTA比率を現在の19%から2018年までに70%に高める
  ーTPPの取組からRCEP(東アジア地域包括的経済連携)、日中韓FTA、さらに
    FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)に拡大発展めざす。

 2)海外市場獲得のための戦略的取り組み
  ーインフラ輸出戦略の迅速実施
  ー公的ファイナンススキームの充実
  ー潜在力ある中堅・中小企業等重点支援
  ー人材育成とグローバル化推進
  ークールジャパン、コンテンツ等の海外展開など戦略的推進
  ー日本食文化・産酒類の輸出促進

 3)我が国の成長を支える資金・人材等に関する基盤の整備
  ー対内直接投資の活性化(特区活用、政府の外国企業誘致の強化)
  ーグローバル化に対応する人材力の強化(再掲)

lll. 『日本再興戦略』(政府の成長戦略)についての若干の評価

1. 成長戦略(『日本再興戦略』)の重要性

  政府の総合的な再生もしくは再興戦略はいわゆる3本の矢からなるアベノミクス
 と言われてきた。第一の矢である「金融戦略」は当初、株価の急騰と大幅な円安
 を演出して”大成功”と思われたが、5月23日の株価の大暴落以降、低迷してい
 る。その後の円レートの不安定な動きは、当初の市場の反応の大部分が、安倍
 首相や黒田日銀総裁の思い切った金融緩和宣言に対する市場関係者の“思惑”に
 よる大規模は投機的行動で惹起されたものであることが判明した。

  第一の矢がこれからも持続的効果をもつか否かはしたがってこれからの日本
 経済の成長展望にかかることが論理的に明らかになった。また、第二の矢である
 機動的な「財政戦略」も日本経済がこれから格段の成長で税収増を実現し得な
 ければ、既定の財政再建目標を実現できないことが明らかになり、かりに財政
 再建が困難と市場が判断すれば、国債価格の暴落を含む危機的事態もあり得ない
 ことではない。こうした展開を回避するためにはしたがって格段の経済成長が
 不可欠となる。こうした意味で政府の成長戦略『日本再興戦略』がアベノミクス
 といわれる政府の日本経済再生のための総合戦略の中で、基幹的役割を担って
 いることは明白である。

2. 成長戦略は本来、民間の役割

  上記の意味で、政府の成長戦略が市場や国民の期待形成のうえで極めて重要
 な役割を帯びていることは自明であるが、しかし、経済成長を推進する力の
 ほとんどは民間の投資や消費そして勤労活動であり、また技術革新である。
 そうした活動の戦略的強化をはかること、すなわち、成長戦略も本来、民間
 が構想し実行するのが基本である。政府の役割はそれを支援することでしか
 ない。政府のできることは、規制や制度や税制の改革などの手段で、民間の
 投資や勤労や消費活動がより活発に行われるよう条件を整えることである。

  経済政策をめぐる昨今の世間の議論は、この意味ではいささか異様である。
 それは、これから日本経済が望ましい成長軌道に載るかどうかはもっぱら
 政府の成長政策の責任であるかのような議論が横行していることだ。民間は
 政府の成長戦略を待つのではなく、むしろ本来実現したいことを熱烈に主張
 し、その実現を妨げる障碍を政府に取り除くようもっと声高に要請すべきで
 ある。経済を活性化できるかどうかはもっぱら民間の意欲と活力に依存している
 のであり、政府の本来の仕事はそうした民間の力をより効果的に生かす環境整備
 をすることにある。

  今回の『日本再興戦略』には、この意味で大きな不足がある。それは『戦略』
 が数多くの政策項目を掲げている一方で、民間の潜在力が生かすための環境整備
 としての、大きな規制改革、制度改革、そして税制改革にほとんど踏み込んで
 いないことである。税制改革は前倒しで秋に成案を提示するとしているが、
 『再興戦略』では少なくともその方向を明示すべきだったのではないか。
 規制改革や制度改革については、後述するように、日本経済のこれまでの
 異様な長期停滞を打破するために必要な根本的な構造改革についての構想も
 指摘も見られないのは、明らかに力不足である。

  民間が、成長を主導するのはあたかも政府の責任であるかのような錯誤に
 陥っているのも異様であるが、政府があたかも民間経済主体のように産業
 活性化についてのアイデアを並べる一方で、本来、注力すべき環境整備や構造
 改革について踏み込んでいないという、民間と政府双方の役割認識の倒錯状況
 は奇妙である。

 3. 限られた時間制約とはいえ、総花的、ホッチキス的政策集

 『日本再興戦略』には、多くの分野にわたって政策のテーマが羅列されて
 いる。序論に次いで、3つのアクションプランと命名された分野について政策案
 が羅列されている。まず、(1)日本産業再興プランでは、産業の新陳代謝の
 促進策、労働移動支援型の雇用対策、女性の就業率を高めるための保育支援の
 強化、科学技術イノベーションの推進、ITの普及、立地競争力強化策、中小
 企業支援、(2)戦略市場創造プランでは、健康・医療関連産業支援、
 エネルギー関連の支援策、次世代インフラ整備、輸出農業と観光、最後に
(3)国際展開戦略では、TPPを契機に自由貿易圏を拡大、海外市場獲得の
 ための諸施策、対日投資誘致、人材養成など。

  このリストは、良く見ると、霞ヶ関の省庁の担当分野を反映しており、安倍
 政権らしいニュアンスは、産業の新陳代謝と労働移動、女性就労支援のための
 保育所の強化、TPPを国際経済展開の契機にするなどの記述に見られるほかは、
 省庁総動員で項目並べをした形跡が良く窺われる。戦略市場創造プランと題して
 医療や農業戦略を特記しているが、その中味は民主党政権の「再生プラン」と
 あまり変わらない。すなわち官僚の作文であることが透けて見える。

  安倍政権発足以来、半年間でまとめるという時間制約の中で行われた作業
 なので、結局、霞ヶ関の作文に大半を依存せざるを得なかった事情は判るが
 安倍政権が何を本当に実現したいのか、その力点がこの文書からはなかなか
 伝わってこない。霞ヶ関省庁のアイデアをホッチキスでとめた文書との印象
 が強い。

4. 優先順位と実行プロセスが見えない

  限られた時間制約のなかで用意された文書なので、安倍総理が好んで使われる
 ”私自身が岩盤を突き崩すドリルとなって” といった表現から期待される内容
 になかなかなっていないのは仕方がないかもしれない。

  しかし、そうした制約の中でも、安倍政権の政策の優先順位は何なのか、その
 優先課題を実現する具体的な取り組みの中味や道筋あるいは方法は何か、そして
 その実行・実現プロセスの時間軸は何なのか、などを示すことはできたのでは
 ないか。

  戦略市場創造プランでは、健康関連、エネルギー関連、インフラ関連、農業
 関連などの分野で、2020年、2030年までに期待される市場規模や雇用規模が
 提示されているが、その根拠やどうしてそのような市場を創造するのかといった
 具体的ロードマップや方法論が示されていないだけに、『戦略』の中味の
 薄さもしくは空疎さを際立たせる結果になっている印象を禁じ得ない。

5. 自民党政権の実行力

  こうした戦略構想の作文は結局、霞ヶ関の官僚の手になりがちで、官僚は
 政策予算について直接的な利害関係のある多くの官庁や部局の利益を確保しよう
 とするから、構想案は必然的に、関係省庁や部局の利益を誘導する作文の
 ホッチキス集のようになる。前民主党政権の「成長戦略」や「再生戦略」も
 一部の政権幹部が骨太の政策思想や政策構想でまとめようと努力したにも
 かかわらず、結局、具体的な文章は官僚の作文になり、しかも、政党の内部に
 意見対立もしくは抗争があり、政権の指導力が弱体であったために、その作文
 ですら結局、実行も実現もできなかった。

  第二次安倍政権は、民主党政権にくらべ、省庁の利害を超えた政権の主張を
 実現する政治的な基盤がより強固であるように見える。政権の唱える国益を
 省庁益を超えて実現するために、菅義偉官房長官がしばしば ”要”の役割を果た
 していると言われるが、6月15日、都内で開催された国際会議"Round Table
  Japan" で菅長官自身が語られた言葉は、そのあたりの事情を窺わせる。それは
 国益にかかわる重要テーマについては、担当もしくは関係閣僚2〜3人と菅長官で
 機動的に関係閣僚会議(task force)を編成し、意思の統一をはかり、迅速・強力
 に省庁益を超えて政権のめざす国益を実現するということである。このような
 取り組みが、例えばTPP交渉参加の意思決定の下支えにも、また、アルジェリア
 への政府専用機(これは自衛隊機の扱いになる)の派遣にも有効であったと
 いう。

  民主党政権時代には実行できなかったこのような政権内部の強力な意思
 統一のしかけが機能するとすれば、『日本再興戦略』の実行、実施にあたって
 国益の実現に向けての総合力の発揮、実現に向けての時間の短縮など、より
 効果的に政権が機能し、『再興戦略』がそれなりに実効があがり、市場や
 社会にも実質的効果を生むことを期待し得るかもしれない。

6. 何が求められているか

  今次安倍政権に上記のような実行力があるとすれば、とりわけ参議院選挙
 で勝利したのちは、安倍首相がしばしば言及される ”岩盤” を突き崩して
 日本経済の潜在能力が大きく発揮できるような改革に、本格的に取り組んで
 もらいたいものである。

  その”岩盤” とは一体何か。残念なことに、今回閣議決定された『再興戦略』
 にはその ”岩盤” の姿がほとんど描かれていない。姿が描かれないということ
 は、それが攻撃の対象、改革の対象として意識されていないのか、それとも
 それは政治的利害にかかわるので、参議院選挙までは語りたくない、という
 ことなのか。

  私見では、日本経済が近年 ”失われた20年” と言われるような長期低迷
 を経験せざるを得なかったのは、1970年代の”高度成長時代”以降、内外の
 メガトレンドともいうべき大きな環境条件の変化にたいして、日本経済が
 戦略的にも構造的にもほとんど適応して来なかったことにその根本的な
 原因があるように思う。そのことは拙著『盛衰:日本経済再生の要件』
 東洋経済新報社、2012年で詳述し、またこのブログでも再三にわたって
 その内容を紹介してきたので、ここでは詳説はしないが、日本経済が
 構造的な適応をし得なかった最大の理由は、高度成長時代に培われた既得権
 の利益構造が “岩盤” となって改革を阻んだということである。

  『再興戦略』の「戦略市場創造プラン」の中で掲げられている、医療、
 エネルギー、農業などの分野は、そうした岩盤がもっとも強固に定着して
 いる分野であるが、不思議なことに『再興戦略』ではそうした岩盤の存在と
 構造がほとんど言及されていない。これらの分野では、既得権で固められた
 岩盤を崩す事が日本経済の潜在成長力を実現するためにきわめて大きな効果
 をもつと考えられる。

  たとえば、農業について言えば、日本の農業の潜在的な成長可能性を妨げて
 いるのは、伝統的な小農構造を固定化させている農地制度、減反政策、であり、
 その背後にある農協の組合員維持、さらにその背後にある農村票の死守という
 政治的命題である。言い換えれば、日本の農業は、農村票の死守という旧自民党
 政権時代の政治的利害のために、近代化が遅れ、今日の衰退を招いたわけで
 ある。しかし現在の農村票を大半を占めるのは後継者も居ない高齢化した
 零細農家であり、彼らを、販売農業ではなく、社会的に有意義な活動に従事
 して戴きつつ所得維持のソフトランディングをはかるといった政策と併行して、
 農地の抜本的流動化、農地所有の自由化、減反政策の撤廃、などを行えば、
 生産力の高い大規模農家や農業企業が生産性を高めて生産量を増やし、日本の
 農業は”聖域”のコメの分野でも国際開放がすすみかつ輸出農業としての成長
 が期待できるはずである。岩盤を崩すというのはこのような戦略のことである。

  同様なことは、医療、エネルギー、さらには、教育、政治、行政などの
 分野にもあてはまる。これらの分野での既得権構造を崩す成長戦略について
 は拙著『盛衰』で詳述しているので、興味のある読者は同書、または、この 
 ブログの2012年秋以降のエッセイを参照して戴ければと思う。

  参議院選挙を経て、安倍政権の政治基盤がより強化された暁には、是非、
 本当の意味で ”岩盤” を崩す構造改革に本格的に取り組んでもらいたい、
 と思う。その意味では、安倍政権の成長戦略はこれからが ”勝負” では
 ないか、と思う。

アベノミクス成否の鍵は「成長戦略」その二

lV. 成長戦略づくりの仕組みと段階的情報提供

1. 成長戦略構想検討機関の錯綜

政府の成長戦略構想の検討機関は、(1)産業競争力会議(議長:安倍晋三首相、担当:甘利明経済産業相)、(2)規制改革会議(議長:岡素之住友商事相談役)、(3)経済財政諮問会議(議長、安倍晋三首相)、(4)IT総合政策本部(議長:安倍晋三首相)、がそれぞれの課題領域について構想をまとめ、6月中旬の公表に向けてとりまとめることになっている。

産業競争力会議が成長戦略の策定については中核的な役割を果たす事が期待されているが、産業の活力を最大限に発揮させるためには規制改革が重要であり、規制改革会議の役割は大きい。また、経済全体のバランスや長期的視点も不可欠であり、その意味では、経済財政諮問会議の役割も極めて大きい。経済の効率化のためにはITの活用は不可欠で、IT総合政策本部の役割も重要である。

これらの併存する機関の役割は相互に独立ではなくお互いに深くかかわっており、課題として重複するものも多い。それらの提案をどのように総合的に効果的に組み合わせるのかという相互調整に大きな問題があることは早くから指摘されてきた。

それだけでなく本丸の産業競争力会議そのものについても、その議論の経緯を見ると、特定産業を成長期待産業として支援するいわゆるターゲットポリシー的な発想と、民間産業・企業の活力を最大限に発揮させるには企業が自由に活躍できる市場環境の整備がもっとも大切で、そのためには市場の規制撤廃ないし規制改革や法人税引き下げのような税制改革が必要という発想が、当初から並立もしくは対立して大局的観点から整理も統合もされずに議論がやや発散している印象がある。

こうした検討機関の役割分担や設計そのものに、議論が大局的、合理的に、統合され難い難点があるように思われる。とはいえ、規制改革会議以外の3つの会議はすべて安倍晋三首相が議長なので、最終とりまとめには安倍首相が識見と指導力を発揮して大局的総合的でメリハリのある統合化された戦略にとりまとめられることを期待したい。

さらに、農業の土地問題や医療の混合診療問題のように、農協や農林水産省あるいは医師会や厚生労働省のような強力な利害関係者をかかえる分野については成長戦略で言及しにくいという状況、あるいは7月の参議院選挙をひかえて集票上微妙な領域については踏み込み難いという問題もあるとされるが、実際、これらの政治的に敏感な問題はすでに先送りされてきているようだ。

2. 段階的情報提供、4/19、5/17、6/5

政府の「成長戦略」は6月中旬に公表されることになっているが、これまでに、4/19、5/17、6/5に安倍首相から、第一弾、第二弾、第三弾という形で中間的な情報開示が行われてきている。

第一弾(4月19日):
安倍首相が成長戦略として示した施策は以下のとおりである。

 (1)健康長寿社会の実現
  ー再生医療の実用化を促す法整備
  ー医療機器で第三者機関による認証容認
  ー医療機器メーカーを認可制から登録制に
  ー医療研究の司令塔「日本版NIH」の創設

 (2)全員参加の成長
  ー転職者への訓練費用の助成の充実
  ー3ヶ月のお試し雇用の制度を充実

 (3)若者育成
  ー資格取得を後押しする制度創設
  ー公務員試験で”生きた英語”を必須に
  ー大学生の就職活動は3年生の3月から

 (4)女性の役割
  ー役員に1人は女性を登用
  ー幼稚園の長時間預かりを推進
  ー事業所内保育の助成要件を緩和
  ー14年度までに20万人分の保育の受け皿
  ー3年間の育児休業推進
  ー助成金による”学びなおし”プログラム

なお4月14日の時点で、甘利大臣は成長戦略に盛り込むべき主な論点を提示したが、そこには「戦略市場創造」として日本版NIHの創設、石炭火力発電の建設、都道府県主導の農地集約、「産業再興」として成長産業に転職促進、待機児童ゼロに向け対策強化、首相主導の特区新設、さらに「国際展開」としてTPPなど経済連携、最先端インフラの輸出支援などが含まれていたことを参考のために付言しておきたい。

4月19日の首相説明は、若者、女性、また高齢者といった社会階層をとりわけ意識しているように見える。7月の参議院選挙の投票者層が念頭に置かれていたかもしれない。

第二弾(5月17日):
安倍首相は5月17日、都内で講演し、成長戦略のうち、とくに企業競争力強化と農業支援に力点を置いた項目を発表した。

(1)企業の競争力強化
  ー民間の設備投資額を3年間で現在より1割増の70兆円規模にすることをめざす
  ー海外でのインフラ受注額を20年に現在の3倍の30兆円をめざす
  ー燃料電池車:住宅地にも水素スタンド設置
  ー自動走行車:企業ごとに障碍となる規制を緩和
  ーリース活用投資:リース会社が設備を貸しやすくする規制緩和

(2)農業活性化
  ー農業所得:10年間で倍増
  ー農林水産品の輸出:20年までに1兆円に倍増
  ー農地集約:耕作放棄地を集約して貸し出す
  ー農家の輸出所得を倍増:国ごとに戦略策定、加工・販売会社と連携

(3)クール・ジャパン、観光
  ー訪日外国人数:現在の年間800万人前後を2000万人に
  ー訪日外国人:東アジア向けのビザ発給緩和
  ー放送コンテンツの輸出促進:5年後までに現在の3倍以上に
   著作権の一元窓口を置き、放送枠も確保

(4)大学教育
  ー大学の外国人教員、3年間で倍増。1500人を目指す

その後も政府は、6月中旬に発表する「成長戦略」に盛り込むべき内容を部分的に明らかにしている。

ひとつは、5月29日に開いた「産業競争力会議」で、今後3年間を「集中投資促進期間」として企業の国内投資を加速させるための政策を集中的に実施する。また、今後5年間を「緊急構造改革期間」として過当競争にある業界の再編を促し、さらに勤労者が成長期待部門に転職しやすい環境を整備して産業競争力の底上げをはかる、などの方針を確認した。
同時に、成長戦略の数値目標(国内市場規模、雇用)を明らかにした。
            現在       2020年      2030年
 ー健康・医療:  12兆円、50万人 21兆円、143万人  30兆円、201万人
 ー次世代インフラ 1兆円、 5万人 13兆円、 65万人  25兆円、170万人
 ー観光      1.3兆円、25万人           4.7兆円、83万人
 ー農業      100兆円     120兆円、40万人(40歳以下倍増) 

いまひとつは、6月6日に開く「経済財政諮問会議」で、”社会保障を聖域とせず”
以下の骨太の方針を明記し、閣議決定をするとした。

 ーアベノミクスの3本の矢の効果を持続するには財政健全化は極めて重要。
 ー社会保障支出も聖域化せず、必要な見直し、重点化、効率化をする。
 ー社会保障は”中福祉・中負担”を目指す。
 ー国・地方の基礎的財政収支(PB)赤字のGDP比を2015年度までに半減、
  2020年度までに黒字化。21年度以降は債務残高を安定的に引き下げ。
 ー財政健全化目標に向けた具体的な「中期財政計画」と策定。

第三弾(6月5日):
安倍首相は6月5日、都内の「内外情勢調査会」で講演し、成長戦略第三弾の主要ポイントについて講演した。さらに、政府は「産業競争力会議」を開催して、成長戦略の素案を示した。以下、政府素案の概要を紹介する。

(1)日本産業再興プラン
 1)企業支援
 ー開業率を10%台に引き上げ
 ー3年間で設備投資を10%増の70兆円にふやす
 ー2020年までに黒字の中小企業を140万社に倍増
 (産業競争力法案)
 (個人保証制度の見直し)
 2)雇用・人材力
 ー2020年までに20〜64歳の就業率を80%に
 ー5年間で6ヶ月以上の失業者を2割減
 ー高度人材認定の外国人を増やす
 (ハローワークの民間解放)
 (転職者受け入れ企業への助成金を創設)
 3)科学技術・IT
 ー5年以内に技術力の世界ランキング1位
 ー8年後に政府情報システムの運用費を3割圧縮
 (政府全体の科学技術関連予算の戦略的策定)
 (第4世代携帯電話の実用化へ制度整備)
 4)立地競争力
 ー20年までに世銀ビジネス環境ランキングで世界3位以内
 (国家戦略特区の実現)
 (公共施設運営の民間解放)
 (空港・港湾など産業インフラの整備)

(2)戦略市場創造プラン
 1)医療・健康
 ー20年までに健診受診率を80%に
 ー20年までにメタボ人口を08年度比で25%減
 (医療情報の電子化促進・番号制度導入)
 2)農業
 ー20年までに農林水産物・食品の輸出額を1兆円に。
 ー10年間で農業・農村の所得を倍増
 3)観光
 ー30年までに訪日外国人旅行客を3000万人に
 (ビザ発行要件の緩和)

(3)国際展開戦略・貿易
 ー18年までにFTA比率を70%に
 ー20年に対内直接投資残高を35兆円に
 ー20年までにインフラ輸出の受注を30兆円に
 (TPPなど自由貿易を拡大)
 (外国人が暮らしやすい環境づくり)
 (海外展開支援の窓口一本化)

3. 政策アピールと見えぬ根本の構造改革

以上、2013年4月から6月にかけて3段階にわけて発表されてきたアベノミクスの「成長戦略」の概要を紹介した。これらをつうじて得られる印象をいくつか指摘しよう。印象とは、ここで示された成長戦略がはたして企業、投資家、勤労者、消費者などにとって日本経済がこれから逞しく成長してゆく可能性を実現するための政府の戦略として期待が持てるのか、日本のこれからの成長の可能性について私達が自信をもてる手がかりを提供してくれるのか、という視点からの印象である。

(1)税制、規制改革など、企業の競争条件や人びとの生活条件を抜本的に改善する基本的な政策が見えない。部分的な優遇税制や医薬品販売のインターネット販売など、細かな政策は散見されるが、それらは企業がこれまでより格段に投資しやすくなる、あるいは消費が拡大するような環境条件を整備するものではない。

(2)多くの数値目標が掲げられているが、それらがどのような政策によって実現されるのか、そのたしかな道筋が見えない。しかも目標年次が2020年といった遠くの目標が多く、これだけでは評価のしようがない。

(3)真に骨太の戦略が見えない。そもそも日本経済が失われた20年といわれる停滞と低迷をつづけざるを得なかったのは、どのような原因によるものなのか、その反省と分析にもとづいて戦略は構築されるべきだが、それが見えない。アベノミクスの特徴である第一の矢は金融戦略であり、日銀による貨幣供給の不足が原因だったと主張したいのかもしれないが、金融緩和のアナウンス効果は、すでに5月の株大暴落ではげ落ちている。日本経済を根底から底上げする構造改革の基本がこれまでの成長戦略のアピールからは窺われない。

(4)3段階にわたる成長戦略の概要から得られる印象は、経済産業省をはじめとする官庁の担当部局の作文の寄せ集め、いいかえればホッチキス政策提案集である。これは前民主党政権の成長戦略あるいは再生戦略にも共通してみられた特徴である。民主党政権は政治家達の経験不足・力量不足もあって結局、成長戦略についてはほとんど着手もされずに失敗したが、安倍政権の成長戦略はその外見を見るかぎり民主党政権のものと大差がないように見える。

(5)市場はこの成長戦略をどう評価するだろうか。安倍首相が、成長戦略第三弾と銘打って都内で講演したのは6月5日正午すぎだった。東京株式市場は午前中、成長戦略への期待感もあってかいくらか相場は上昇したが、講演後、株価は500円を超える今年3番目の大幅下落をしめした。株価は期待や思惑や売買取引で変動するので単なる参考指標に過ぎないが、しかし、このところつづいた下落傾向が、成長戦略第三弾すなわち6月14日に予定される閣議決定案のほぼ全容があきらかにされた瞬間に大きく下落したことは、市場が成長戦略で将来への成長期待をもったとはいえないことだけは明らかのようだ。

残念ながら安倍首相自らアベノミクスの本丸という「成長戦略」は市場や私達の期待を満たすものではないように見える。最後に、成長戦略は本来どのような要件を満たすことが求められるか、若干の私見を述べたい。

V. 求められる成長戦略の要件

1. 成長戦略の基本は人びとや企業の活力発揮の環境づくり

成長戦略の基本は人びとや企業がその活力を充分に発揮できるような環境条件を政府が用意することである。企業も、勤労者も、消費者も、投資家もそれぞれ与えられた環境条件の中で最善をつくそうとする。その努力が努力が報いられ、人びとや企業がさらに努力をしようとより強い意欲をもちたくなるような環境条件を整備することが政府の戦略の最大の要件である。

政府が個々の産業部門についてどうあるべきかを指図するのは成長戦略としては二義的であり、主役はあくまで民間である。民間の企業、勤労者、投資家、そして生活者は自らの活動をしやすくするためにもっと主体的に主張し、政府に要望してもよいし、またすべきである。政府はそうした要望をふまえて最大限の規制改革や条件整備をすべきである。

2. 競争環境の整備

そうした観点から見ると「成長戦略」に関してこれまで明らかにされた内容は、とりわけ規制改革や税制改革などの面で、人びとや企業の活動を活性化するための環境条件の整備としてはまだ踏み込み不足である。6月中旬の「成長戦略」に向けてさらなる規制改革、税制改革、法整備などに踏み込めるかどうか期待したい。

都市、とりわけ東京のような日本の経済・情報機が集中する都市の機能を、抜本的に高めることは日本の成長にとって戦略的な意味をもつ。産業、生活、文化、情報機能を、国際的水準を上回るないしリードできるように高めるためには、特区制度による抜本的な規制改革や特別法の適用が求められるし、また、物理的にも5〜600mへの高層化、大深度建設など思い切った転換が必要だ。都市競争力の抜本的強化と革新は競争環境整備の象徴的実例となるはずだ。

3. 不活用資源の活用

今とりわけ、成長戦略の重要性が叫ばれるのは、日本経済がこれまで20年近くにわたって長期デフレに沈み、停滞・低迷をつづけてきたという重い事実があり、その停滞をいかに打破するかが求められるからである。経済成長はもっとも簡単にその要素を分解すると労働力の増加と技術革新の掛け合わせである。日本はこれから人口減少が長期的にさらに加速することが判っており、製造企業の生産性もすでに国際的にも高く、ものつくりは大切だが、それらによる成長の余地は限られている。むしろこれまで活用されなかった資源の活用に成長の余地がある。世界の論者は異口同音に、女性の能力と社会サービス(とりわけ高齢化の下での医療・健康サービス)を挙げている。自然エネルギーや環境などにも大きな開拓の余地があるだろう。安倍政権の今次、成長戦略には、そうした未踏の資源を本格的に活用しようとの太い戦略が見えない。

4. 潜在力ある部門の構造改革

また農業、医療、エネルギーなども大きな潜在成長力を秘めた部門である。「成長戦略」ではたしかにこれらの分野の成長を促進するとして多くの政策が提示されている。たとえば農業では耕作放棄地の利用が提案されており、それは有意義だが、日本の農業は、減反政策の撤廃、完全な自由化、耕作地の流動化をすすめるとともに150万軒を超える零細・高齢農家を産業農業でない社会的に意義のある健康、教育、観光、環境農業に誘導することなどによって世界でも突出して生産性と品質の高い戦略農業に転換することができるはずだ(詳しくは拙著『盛衰:日本経済再生の要件』東洋経済新報社2012年参照)。

同様に医療でも、ほとんど公的保険に依存する構造をあらためて、民間保険を大幅(大半でも良い)に活用し、自由診療を推奨し、病院と支払い機構の事務をインターネット化するなど総合的な情報化をすすめることで強力な成長産業になり得る。エネルギーも、原発の安全対策を根本的にあらため、かつ充分な情報開示をして国民の信頼を取り戻したうえで必要な原発を再稼働して経済成長の基盤を確保し、その間、太陽光、風力、地熱発電の開発と利用を強力にすすめてできるだけ早いうちに世界でもっとも自然エネルギーを活用する国となるという戦略を本気ですすめれば日本のエネルギー産業は世界の成長産業のモデルとなるだろう。

安倍政権の「成長戦略」が閣議決定は6月14日に予定されるようだが、まだ、改善の余地はあり得るはずで、ロスタイムのいま一歩のシュートを期待したい

アベノミクス成否の鍵は「成長戦略」その一

l. はじめに

滑り出し絶好調だったアベノミクスと日本経済の動向がこのところいささか不透明になってきている。とくに5月24日の株価の急落とその後の乱高下ともいうべき不安定さは日本経済の今後について何かしらの不安を感じさせる。

前回の一連のエッセイで、アベノミクスが成功するかどうかの鍵を握っているのは「成長戦略」だ、ということを強調した。政府の「成長戦略」は6月中旬頃(おそらく6月14日)に発表されることになっており、現時点(6/1)ではまだ構想を固めている段階のようだが、これまでにも主として安倍首相の講演などの形で、ありうべき成長戦略の要点が示されてきた。

6月に公表されることになっている成長戦略が内外の投資家、企業、そして人びとに成長への期待、展望そして自信を与えるようなものなら、3月中旬に掲載した前回のエッセイの“良いシナリオ”のようにすべては好循環し、アベノミクスが成功するだけでなく、日本経済もようやく本格的な回復ないし再生に向けて進む事ができるだろう。逆に「成長戦略」が人びとを失望させるようなものであった場合には、”悪いシナリオ”に陥って日本経済の前途は暗くなるだろう。

このエッセイでは、最近まで「成長戦略」についてメディア等で伝えられる情報にもとづいて、きたるべき「成長戦略」がどのようなものになるかを推測しつつ評価を試みたい。「成長戦略」が公表される前にこのような推測評価をすることには無論いささか無理があるが、これまでの散発的なメディア情報からもあるていどの推論はできるように思われるし、それはまた今後の日本経済の動向や方向をどう考えるか、また生活者や事業家はどう対応すべきか、などを考えるうえでも一定の手がかりになるように思われるからである。

このエッセイは当初は1回で全て掲載するつもりでしたが、書いているうちに分量がいささか長くなったので、2回にわけて掲載します。第一回は、アベノミクスの3本の矢を最近の経済動向との関連で展望・評価し、アベノミクスが成功するためにはとりわけ「成長戦略」が大切であることを体系的に明らかにするところまで、そして第二回は、その議論を受けて、政府の成長戦略がどのような機関によって構想されてきているのか、また、安倍首相が構想過程で、第一弾(4月19日)、第二弾(5月17日)、第三弾(6月5日)としてさみだれ的に開示した部分的内容をふまえつつ、おぼろげに推察される成長戦略の特徴を紹介し、「成長戦略」に本来もとめられる要件は何か、を論ずることとしたい。

ll. アベノミクスと最近の経済動向

1. 金融戦略と市場の反応

アベノミクスの第一の矢である金融戦略については私は前回のシナリオで詳しく述べたので、ここでは繰り返さないが、安倍総理がいわゆる”リフレーショニスト”の理論にのっとって、日銀のベースマネー供給を思い切って増やすと宣言したことが内外の市場に強い反応を呼び起こして、株価が急騰し、同時に、為替レートが急減したことは記憶にあたらしい。

なぜ市場がこのような反応をしたのかについては、日本がそれまで20年近く長期デフレ状況に沈んでおり、また、2008年のリーマンショック以来、欧米など主要国の中央銀行がデフレを回避するために思い切った量的緩和を敢行してベースマネーを大きく増加させたのに対して、日本銀行がベースマネー供給の増加を比較的少量に抑えつづけたことが、日銀にはデフレ回避の強力な意思がないという印象を市場に与え、また、デフレで自然に増価する円が世界市場で買われたこともあって円高傾向がつづいたという特異な状況があったところに、安倍首相がベースマネー供給の大幅増大をはじめあらゆる手段を動員してデフレと闘うという明確な意思を強力に訴え、その考えをもっとも鋭角的に実行するとされた黒田東彦氏(前アジア開銀総裁)を日銀総裁に推薦し、その黒田氏が、着任早々の4月はじめに、年率2%のインフレ目標を実現するために向こう2年間でベースマネーを2倍に増やすなど”異次元”的な金融緩和政策をとると明言するに及んで、日本株が大量に買われ数日間で日経平均が12000円から13500円へと急騰し、また思惑で為替投機に拍車がかかって円安がさらに進展した。

株価の急騰と為替レートの低落は、主に、海外の大手投資家、投機家が主導した形跡が濃い。実際、ゴールドマンサックスのジム・オニール会長が野田佳彦前総理が解散を約束した翌日の昨年11月16日に全世界の支店と主要顧客に、安倍政権になることを見越して日本株買いを推奨したことは良く知られている。日本経済は本来大きな可能性をもった経済であるのに、20年近くもデフレに沈潜していたこと自体が、世界的には異様な現象であり、そうした閉塞状況を安倍政権がつき破るとすれば、経済の基調が大転換する可能性がある、その可能性を株価の急騰という大相場で演出して大量の利得を得ようという戦略的意図が世界の主要投資家・投機家にあったとしても不思議ではない。実際、11月から2月頃までの株価の急騰は外資の大量買い付けが主導した相場であったことが判明している。円安もまた日銀の異次元的な金融緩和姿勢で円が大量に供給されつづけることを見越して世界の市場で為替への投機が集中的に行われて円安が急激に進む結果になった。

株価は実際、昨年11月の中旬から5月の半ばまでの半年間に日経平均で7割以上、上昇し、12月末の安倍政権誕生からみても6割以上上昇した。株価のこの急騰は一部投資家のみならず日本中に明るい希望を感じさせ、また円安で輸出関連企業の業績は大幅な向上が見込まれ、もしくは実際に、業績が向上し、金融緩和を先取りして不動産や高額商品の購入が活発化するなど景気実態にも一定の効果が生まれた。これらの現象をもたらした安倍政権の「第一の矢」すなわち金融戦略はそれまでの日本の経済社会を覆っていた暗い霧を吹き飛ばしたという意味で、見事な成功を収めたと言えよう。しかし株価や為替の動きの大半が実態の変化というよりは外資の主導した演出、そして思惑の投機によるところが大きかったという意味では、ある種の蜃気楼のような部分があったといえるかもしれない。Financial Times紙など海外のメディアではアベノミクスが連日のように題材とされたが、その中には市場のこうした反応自体、あまりにも現実とかけ離れているという指摘もあった。

2. 財政戦略と財政再建

政府は政権発足早々、1月15日の閣議で、2012年度最後としての大規模な補正予算を決定した。これは緊急経済対策と銘打たれ、事業規模で20兆円超、うち国に補正予算としては13.1兆円にのぼる史上2番目の大型補正だった。アベノミクスの第二の矢は積極的・機動的財政政策というふれこみだったので、この素早い緊急経済対策はそれを象徴するものとされた。

もうひとつの事情は、政権交代直後であったため、年度の本格予算を早急に編成するには時間が足りず、政府はまず大型の補正予算を執行して、時間をかせぎ、2013年度予算はしっかりと編成するといういわゆるシームレスな15ヶ月予算の方針で臨んだわけである。緊急経済対策はねじれ国会ではあったが2月26日に参議院でギリギリ可決されて成立。その後、国債元利払いを除けば70.4兆円となる大型13年度予算が5月に成立した。

この緊急経済対策として打ち出された大型補正予算は、しかし、財政再建計画からみると事実上の大幅後退といわざるを得ない。周知のように、日本の財政再建計画は2000年代初頭の小泉政権時代に抜本的な緊縮政策とともに財政再建が志向され、計画どおりにすすめば、2013年度にプライマリーバランスの均衡もしくは黒字が達成されることになっていた。ところが2008年にリーマンショックが勃発し、世界的に需要後退が起きるなかで、日本でも麻生政権が大型補正予算と連続して編成するなど、小泉政権時代の財政再建路線は一時棚上げ状態となった。民主党政権の菅総理内閣で2010年に財政再建計画があらためて構想され、2010年度のプライマリーバランス(PB)赤字を2015年度に半減し、2020年度に均衡もしくは黒字化することを目標にかかげた。菅内閣で財務大臣を担当した野田佳彦大臣(後の首相)はこれを国際公約とした。財政規律を回復する日本の決意を示すために、消費税の引き上げはその時から不可欠のコミットとなったのである。この財政再建路線は安倍第二次政権にも継承されている。

しかしながら、安倍第二次政権における2013年初頭のこの大型補正予算の策定は、この財政再建計画の実現を事実上困難にするといわざるを得ない。なぜなら2010年度におけるプライマリーバランス(PB)はGDP比6.7%であり、2015年度にはその半分の3.2%にする計画だった。ところが、今回の補正予算を執行すると2013年度のPB赤字は33.9兆円(GDP比6.9%)となることが財務省から経済財政諮問会議に報告された。これは昨年8月段階で予測された2013年度PB赤字25.4兆円よりはるかに大きく、2015年度に上記の目標を達成するためには、今後、2年間で17兆円の政府支出を節約しなければならない。それは小泉政権が2006年から10年間で節約するとした16.5兆円より大きく、既定の財政再建計画を達成することは事実上困難になったということである。

財政再建計画を事実上先送りした安倍内閣の財政政策を、内外の市場関係者は注視している。もし財政再建が中期的に不可能、もしくは政府は財政再建を実現できないと市場が評価すれば、日本の政府国債の価値は市場の評価を得られず、何かのきっかけで暴落することもあり得る。そうすると金利は急騰し、政府債務が雪だるま式に膨張するというギリシャがかつて陥ったと同様の債務危機に陥る危険もあり得る。

また、経済成長が実現するのに時間がかかっている間に、物価上昇がすすめば国民の実質賃金や所得はむしろ低下することになる。そこから来る消費停滞を財政政策で補うためにさらに補正予算を組むようなことになると債務危機への悪循環は歯止めを失う。これも大きなリスクである。

「アベノミクスの第二の矢」に問われることは、この事態をふまえて、一刻も早く財政再建に向けてのあらたな道筋もしくは戦略を組み直して内外の市場の信認を確保することである。積極果敢な財政政策も意義はあるが、同時に、財政再建を達成するという財政規律回復の決意を内外の市場関係者にしっかり示すために、経済成長戦略、消費税引き上げ、そして最大の財政支出項目である社会保障支出の効率化ないし削減を組み合わせた戦略を再構築して内外に提示する必要がある。

いまひとつ、懸念があり得るのは、日銀の黒田総裁が言明した向こう2年間でベースマネーストックを倍増するという公約が、財政規律に対してもつ意味である。ベースマネーを異次元的に増やすために、日銀はこんご2年間にわたった毎月7兆円ていどの国債を購入するとしているが、これは見方によれば、膨れ上がる政府債務を中央銀行がファイナンスすると解釈されうる。このことが政府が財政再建の責任を放棄したものと理解されると、日本の通貨の信認は崩壊するおそれがある。借金を返済できない国に通貨の価値は保持できないからである。アベノミクスに伏在するこのようなリスクも市場は意識しているのではないか。

対岸のアメリカでは、バーナンキ連銀総裁が大規模に展開してきた量的緩和政策もそろそろ手じまいの出口を探すべきだとの議論が高まっている。日本はアメリカが量的緩和を縮小しようとしているときに大規模な量的緩和を敢行することになるが、それは世界市場で進行する需要の収縮の負担を日本のリスクで引き受けるようなものとも言える。そのつけを結局、日本国民が払わせられる危険をどのように回避するか、政策当局者に最大限の注意を喚起したい。

3. 株価趨勢の急変と投資家の関心

金融戦略の上述の効果が一過性に終わるか、それともあるていど持続するかの鍵を握るのが、アベノミクスの”第三の矢”すなわち「成長戦略」である。外資の投資家は昨年11月から大量買い付けで大相場を演出しており、日本経済が適切な成長戦略によって次のエンジンに火がつくならば、さらなる上昇を期待して投資をつづけるだろうが、もしたしかな成長が見込めないならば、おそらく現状で彼らがピークと判断するあたりで利益を確定して引き上げるのは当然である。それが5月なのか、それとも自民党政権がなりふりかまわず注力するはずの参議院選の7月なのか、あるいは成長戦略が期待されて秋以降まで付き合うのか、さまざまな推測があり得た。その意味でどのような「成長戦略」が提示されるのかが、アベノミクスの成否のみならず日本経済のこれからを大きく規定することになる。

5月23日の東京株式市場は突然、暗転した。5月の連休明けの7日から22日まで日経平均は一気に1938円(14%)も上昇。ところが23日、取引開始後、さらに300円ほど上昇した後、相場は一転、昼前から午後にかけて1400円以上も下げた。翌日、反発上昇があったが、また急落。5月30日まで結局2038円(13%)下落。株式市場はその後も乱高下を繰り返しながら下落基調がつづき、6月3日にはとうとう13200円台まで下落した。

この激しい動きの背景には何があったのか。5月23日の段階では、中国の経済統計の一部が停滞を示唆していたことがキッカケになったと報道されたり、また、アメリカでこれまで大規模に実施されてきた量的緩和政策を見直して出口を探す議論が出てきたことが背景にあるとの指摘も行われているが、直接的かつ大きな動きは外資系ファンドの行動パターンの変化である。上述のように昨年11月からの東京市場における株価の急上昇は、外資系ファンドの戦略的投機によって引き起された面が大きい。彼らは日経平均で半年間に7割も相場を引き上げる投機を敢行したが、当然、最大の儲けを実現するピークがどこか、いいかえれば、利益を確定して撤退するタイミングはどこかを探っていたと見られる。彼らは、日銀の黒田総裁のベースマネー倍増宣言に象徴される日本の金融政策の大転換を背景に、株価急騰相場を演出したが、アベノミクスがこの後、金融戦略だけでなく、たしかな成長戦略によって実体経済の活性化を実現する展望があるかないかを注視していたと見られる。

5月23日に端を発する株価の急落は、外資系のヘッジファンドによる株価指数先物の数千億円ないし兆円規模の大量売りによって主導されたことが判明している。彼ら大規模投機家の売り判断は、波動のピークをどう見るかという極めてダイナミックな専門的判断によるが、しかし、同時に、日本経済が今後投資をつづけるに足る実体を用意しつつあるか、という観察もあるように思われる。というのは、日本経済がアベノミクスによってこれまで活かされていなかった成長資源を解き放ち日本がその潜在成長力をフルに発揮する可能性があるなら、中長期で投資をしつづけることが儲けにつながるからである。今回の彼らの大量売りが、日本経済のこれからの可能性を見限ったのか、それとも単なる現段階の利益確定で、これから相場を急落させておいて、また底入れを見据えた”買い”にはいるのか、は予想の限りではないが、現時点で、これまで大相場を演出してきた外資系の大規模投機家、投資家達が、日本経済がこれから大相場を維持するだけの成長可能性を示せるかどうかについては、当面は、積極的な期待をしていないことだけは確かのようだ。

もっとも、日本の株式相場は、すべて外資に支配されるわけではない。日本の機関投資家も個人投資家も多数、参加をしており、彼らが日本経済の可能性をどう判断してどう投資するか、本来は彼らが、外資のヘッジファンドなどに掻き回された後の市場をささえてゆく主役のはずである。6月には主要企業の業績が発表される。アベノミクスによる円安などをふまえて業績が改善した企業も多い。また6月中旬には政府の「成長戦略」もいよいよ発表される。それらをふまえて大混乱の後に日本の投資家がどれだけ相場を回復し支えて行けるか真の実力が問われることになる。

lll. アベノミクスの成否は「成長戦略」にかかる

1. 良いシナリオ
「アベノミクス」がこれまで失われた20年と言われるデフレと停滞の呪縛を断って、日本経済をその本来の成長力を発揮できる軌道に載せることができれば、それは大成功である。それはどのようなシナリオで実現できるのか。

第一の矢である金融戦略は、日本が変わるという期待感を内外の投資家、投機家にもたせ、株価の急上昇と円安を演出した、という意味で、第一段階として見事な成功を収めたといえる。第二の矢である財政戦略は、2013年初頭に機動的な財政出動というふれこみで13兆円におよぶ大型補正予算がくまれたが、これは経済の回復が思わしくなければ、日本の財政再建目標の予定どおりの実現を困難にするやや危険な要素も含んでいる。第一の矢の株価上昇の勢いを維持できるのか、第二の矢の財政の負担を吸収できるのか、は結局、第三の矢である「成長戦略」が日本経済の成長可能性について投資家、企業、一般国民に自信をもたせるものになるのか、に大きく依存することになる。

「成長戦略」が成長への自信をもたせることに成功すれば、急落した株価も漸次回復し、企業業績もさらに改善し、投資と雇用がふえ、消費が増大し、日本経済は安定的な成長軌道に進むことになる。成長が持続する展望が開ければ、前人未到の高齢化とその社会的費用の津波のような増大が迫っている日本経済にとっても、社会保障の改善にも取り組むことができる。

2. 悪いシナリオ
 他方、悪いシナリオはどう進展するのか。「成長戦略」が投資家、企業、一般国民に自信をもたせることができなければ、主として外資系のファンドなどの投機で演出された株価急騰の大相場はくずれ、国民の経済成長への期待感が後退する。それは消費にも影響するから、企業の投資や雇用判断にも影を落とす。

一方、投機で進んだ円安は、外資による日本株放出によってさらに円安となり、また、中長期的には原発停止状態の日本のエネルギー輸入増大など構造的円安要因などによって定着する可能性が高く、それは日本の食糧やエネルギーなど物価上昇圧力となる。さらにアベノミクスがかかげるインフレ志向は金利上昇を招く。経済成長の展望が遅れる、もしくは開けなければ、名目賃金・所得は上昇し難いから、むしろ人びとの実質賃金・所得が低下するおそれもある。

金利の上昇は、すでに1200兆円に達している政府の累積財政債務を膨張させる。
債務の膨張は、財政再建の展望を困難にし、政府国債の価値を減額させるおそれがある。それはまた金利上昇を促進し、債務危機への悪循環がはじまるおそれがある。また、国債価値の減少は銀行など金融機関の資本を毀損し、金融危機を惹起させる危険もある。経済成長が遅れて実質賃金が下降する状況下で、さらなる財政支出による経済刺激を試みると、それは財政再建への見通しをさらに後退させ、国際価値の急落の引き金を引く危険もあり得る。

3. 良いシナリオを担保する成長への期待と自信
 以上のように、アベノミクスが成功するか否かは、当面のところ「成長戦略」が投資家、企業、一般国民に、将来にむけて自信とたしかな期待をもたせることができるかどうかに大きく依存していることがわかる。これほど重要な「成長戦略」だが、6月中旬に発表されるとされる成長戦略が、どのように構想され、どのような形になるのか、これまでに散発的に提供され、あるいは報道されてきた情報をもとに推測して見よう。

ー以上、第一回ー

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