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2012年8月

『盛衰:日本経済再生の要件』第Ⅵ章(その2:雇用)

Ⅵ. 国民にまず安心と希望を(その2:雇用)

1. 希望の源泉は若者の雇用

第III章で、日本の病状のひとつとして”希望格差社会”現象を指摘した。希望格差の根底には雇用格差がある。今日の日本は、いわゆる日本型雇用の機会に恵まれている人びとが居る一方で、そうした優良な機会に恵まれない人びとが多数存在する社会になっている。日本は長期的に人口も労働力も大きく縮小する社会経済であるにもかかわらず、少なく見ても1000万人を越える若者が、失業、フリーター、ワーキングプアなどの形で、保障も展望も希望もない状態に置かれている。

雇用需要は生産活動の派生需要であるから、雇用を増やす最大の要因は生産活動が活発になること、マクロ的に言えば、経済成長が高まることである。今日の世界では多くの先進国はかつてのような経済成長を享受する状況にない。成長が不十分であっても、人びとの間で限られた雇用機会があるていど公平に配分されていれば若者が希望を失うような希望格差社会の進展は避けられるだろう。しかし日本ではマクロの雇用機会が増大しないばかりでなく、雇用機会の配分が著しく偏っているためにとりわけ若者が希望を持ち難い社会になっている。

雇用機会の偏った配分の最大の原因は、かつての高度成長時代に”日本的雇用”としてもてはやされた終身雇用、年功賃金、内部昇進などを特徴とする雇用制度が環境条件が、高度成長からグローバル化に浸食される低成長にかわっても依然として既得権として護持されているために、このしくみに参加できない若者やこのしくみから排除された人びとが、雇用機会に恵まれない階層として増え続けており、それが希望のない格差社会を生み出していると言える。

日本の再生のためには、前述したように、人びとが将来の生活保障について国を信頼すると同時に、未来について希望を持つことが最も基本的な条件になる。そしてその希望の源泉が、若者に努力すれば働く機会を手にすることができるという雇用の創出と配分にあることにまず十分に留意する必要がある。

2. 日本的雇用とは何だったのか。

1960〜70年代に、日本の雇用制度が、高度経済成長を支えた制度として世界的にも大いに注目されたことがあった。それは終身雇用、年功賃金、企業内組合、内部昇進などを特徴とする制度だった。

このような制度が成立し持続できたのは、実は経済の高度成長がつづいていたからである。成長が続いているので、企業は毎年、雇用を増やす必要にせまられ、新卒の一斉大量採用という慣行が成立した。経済が成長し、仕事が増え続けているので、企業はひとたび採用した若者を内部で訓練し昇進させ、解雇などは考えもしなかった。その結果、彼らは結果として長期雇用すなわちいわゆる終身雇用慣行が定着した。これは慣行であって終身雇用契約ではない。内部訓練を受けて熟練が高まるにつれて賃金率も上昇するので、結果として年功賃金が成立した。また、戦後の復興期に急激に組合が組織されたので、職能別や産業別の社会的組織基盤が形成されるいとまはなく、ほとんどの組合が企業別に組織された。これがのちに正社員としての比較的恵まれた雇用機会を独占する強力な既得権集団になった。

日本的雇用制度はこのように高度経済成長があったからその結果として実現したもので、これが高度経済成長を実現した原因ではない。強いていえば日本的雇用制度は高度経済成長と矛盾しない制度だった。そのような制度だから、1980年代後半以降、経済成長が鈍化し、マイナス成長を含む経済の長期停滞が続くようになるとその存立基盤そのものが弱体化もしくは崩壊する。しかし、一度、制度化されるとそこには組織上の既得権が蓄積するので、簡単には改革や変更はできなくなる。成長の鈍化やマイナスのもとで、雇用機会が全体として縮小して行く中で、”終身雇用”の既得権が強固に主張されると、若者や競争条件の劣る人びとはその既得権組織には入れず、あるいは排除されて外部に堆積するようになる。既得権が強ければ強ういほど、不当に多くの人びとが排除される格差社会が進展することになる。

既得権に固執する人びとも低成長のもとで、特殊な就業を強制されることになる。いわゆるサービス残業はその特徴的な例だ。配転や転勤そして残業などを受け入れなければ雇用の既得権を確保できない。また、かつてのように、夫が働き妻が専業主婦という家族モデルは崩壊し、多くの妻が何らかの就業をして収入を得ることが常態になると、かつてマルクスが言った「労働の価値分割」が起き、既得権に固執する労働者の労働内容はますます厳しく、家庭生活が犠牲になる例も増えてくる。

グローバル化が浸透して、企業が低賃金の国々の企業と直接・間接に厳しい競争を迫られ、専業主婦世帯が少数派になるという家族形態の変化が進展し、労働者の種類や労働の内容が多様化するという複雑かつ大規模な変化が進行するなかでも、日本の政府の雇用政策は依然として、かつての高度成長時代のモデルから変化していない。すなわち、政府の雇用政策はもっぱら企業に雇用を期待し企業に依存する形から脱皮していない。1970年代の石油危機不況の中で、生産が著減しても雇用を維持する企業に「雇用調整給付金」をあたえる制度が創られたが、いまもってその仕組みは変わっていない。労働者の就業、転職、キャリア形成パターンが当時とは大きく変わっているのに、雇用政策が旧態依然であるために多くの矛盾が拡大している。


3. 若年層の深刻な雇用実態

若年層の雇用実態は、かなり深刻である。たとえば、失業率は全年齢平均4〜5%のほぼ2倍の8〜10%(15〜24歳)であり、35歳未満の失業者数は140〜160万人に達している。また、フリーター(フリーアルバイター)は厚生労働省の推計では200万人台だが、内閣府の推計では400万人台だ。厚生労働省の推計値の定義は「正社員を希望しないでパート、アルバイトを希望する人」という非現実的なもので、内閣府は正社員も希望するがフリーターにならざるを得ない人を含めている。内閣府の定義の方がはるかに現実的だろう。

また、近年、ワーキングプア(WP)という低所得階層が注目されている。これはフルタイムで働いても生活維持さえも困難、あるいは生活保護の所得水準にも満たない就労層を指す。WP階層は近年、増え続けており、総世帯の2割におよぶという推計もある。非正規労働者は雇用労働者のほぼ1/3に達しており、およそ1800万人と推計されるが、このうちのかなりの部分がWPと推測される。

これらの人びとは、雇用が不安定で所得が低いだけでなく、しっかりした訓練の機会にも恵まれず、将来に希望も展望も見いだせない状況に置かれている。こうした不完全な就業、不安定な雇用は、そのままにしておけば拡大再生産されざるを得ない。

日本は長期的に労働力が大幅に減少していくことが予測されている。2010年の労働力は6590万人で労働参加率は59.9%だが、労働政策・研修機構「労働力需給の推計」(2007年)によれば、これから人口が大きく減少していくなかで、2050年には労働参加が進むケース(59.4%)でも5164万人、進まないケース(53.7%)では4669万人に減少すると予測されている。30数年間で労働力は1500万人から1800万人も減少すると見込まれている。将来、このような少なくなる労働力を構成する中核となる人びとは現在の若年層である。その若年層の1000万人以上もの人びとが失業や不完全就業、不安定雇用の状態におかれて、まともな訓練も、保障も安心も展望もない状態にあるとすれば、いったい誰が少なくなる貴重な労働力の中核となるのか。今日の若年層の雇用問題は、彼ら自身の不幸であるだけでなく、日本経済の将来に深刻な影を投げかけるものと言わざるを得ない。

4. 雇用慣行と労働・生活保障政策の大転換を

こうした深刻な事態が急速に進展しているにもかかわらず、日本の雇用は、企業の雇用慣行の面でも、また政府の政策の面でも、かつての高度成長時代の制度と運用を踏襲するだけで、メガトレンドの大きな変化をふまえて問題を解決して行こうという取り組みがほとんど見られないのは誠に残念で多いに憂慮すべき事態である。

企業の雇用についていえば、その最大の問題は、労働者の労働条件は、労働者がどのような雇用上の地位にあるかによって決められており、労働の内容や成果によって決められていないという点にある。20世紀初頭から国際労働機関(ILO)は同一労働同一賃金の原則貫徹を唱えているが、日本の雇用実態は、その原則から大きくずれている。同様の仕事をしていても正社員であるか、非正社員であるかによって労働の報酬や待遇が大きく異なっている。いわゆる日本型雇用の仕組みに守られて既得権をもった労働者の待遇が守られれば守られるほど、そうして仕組みに守られない労働者の待遇は悪化し、劣化する。

企業がこれから強い決意をもってめざすべきは、雇用の立場による処遇ではなくあくまで労働者が提供する労働サービスの質と内容によって公正な処遇をすることである。そのためにもっとも重要なことは企業が労働サービスの質をしっかり評価することである。日本は長い間、終身雇用・年功賃金の慣行に漬かってきたために、仕事の内容や質を評価することがなおざりにされてきた。労働の質と内容によって雇用機会が配分されることになれば、正社員でなくとも、努力すれば正当な待遇を得られるという希望が生まれ、若い人びとが動機づけられる環境ができる。

一方、政府の政策も大きく見直されるべきである。日本の労働・雇用政策は労働者家計は夫が働き、妻が専業主婦という古典的なモデル、そして経済は持続的に成長しているという大前提の下で構築され運用されてきている。成長する経済で雇用機会を提供する企業にもっぱら依存し、企業の雇用を支援する形の雇用政策が行われてきた。前述した「雇用調整給付金」のような政策はその象徴的なものである。また近年、民主党政権では、派遣労働の制限や最低賃金の引き上げで、労働条件の向上を目論んだが、これは雇用が生産の派生需要であり、人びとの雇用は労働市場の競争の中で決定されるという経済の基本を全く理解していない愚策だった。市場を理解しないこのようば机上の愚策は、かえって力の弱い、立場の不利な労働者の雇用機会を奪うことになるからである。

政府当局が直視して理解すべきは、いまや、かつての専業主婦家計は少数派になっており、また持続的な経済成長もなく、グローバル化による低賃金地域との競争が国内経済にも浸透しつつあるという現実である。家計も雇用のあり方も多様化し、高度成長もない経済実態の中では、人びとのキャリア形成は多様化し、その複雑・多様なキャリアをつうじて生活を確保することが求められている。労働政策も生活保障政策もそうした雇用と労働市場の実態をふまえて、人びとが環境条件がめまぐるしく変わる中で最適なキャリアパスを実現できるよう支援する形に進化すべきである。情報技術の長足の進歩は、個人別のキャリア形成を政策的にも支援できるだけの技術基盤の整備を可能にしている。マイナンバー制が近々導入される予定だが、これには所得や納税のデータだけでなく、教育、訓練、雇用などのデータも加えて、個々の労働者が必要な時に適切な教育や訓練や職業情報の提供を受けられるようデータベースを構築し、適切な運用をはかるべきであるし、技術的にはそれは既に可能である。必要なことは政府がそうした現実を認識して、これからの時代に個々の労働者に真に役立つ雇用政策を実行しようという意志と決意をもつことである。

第二に解雇法制を見直すことである。日本の解雇法制は40年前の高度成長時代に定着した判例にもとづいて運用されており時代錯誤となっている。解雇は指名解雇と整理解雇に大別されるが、高度成長時代には指名解雇は不当であるとしてよほどの場合でなければ認められなかった。整理解雇は不況などで職場が無くなる場合であり一定の条件下では認められたが、そのためには雇い主は解雇を回避するために最善を尽くすこととされており、その条件の一つに、新規採用をすると整理解雇は認められないということがあり、整理解雇をするためには新規採用ができないという実態がある。近年、不況になると新規採用が全面停止され若年者が雇用されなくなるということが繰り返されてきているが、その原因の一つがこの時代錯誤の硬直的な解雇法制の運用である。今、必要なことは、労働者の勤務態度や努力、成績などを勘案して公正に弾力的に雇用条件を運用し、能力と成果をあげている若年者などを活用する道をもっと開くと同時に、既得権にしがみついて成績のあがらない労働者は多段階で次第に雇用条件を引き下げていくことである。そのような合理的、弾力的な雇用行動を支えるために、解雇法制の変更あるいはすくなくともその弾力的な運用を抜本的に進める必要がある。

第三に、ワーキングプアの増大をふまえた新しいセーフティネットを構築することである。国際競争の激化や家族形態の変化、就業のあり方の多様化などの背景のもとで、フルタイムで働いているのに生活を維持することすら困難という階層が増大している。現状のセーフティネットは、失業保険や生活保護など、いずれも安定的な雇用からなんからの事情ではずれた、いわば事故に対する安全弁として設計されており、派遣労働やアルバイトが一般化し、共稼ぎが常態でしかも離婚率が高まっているような社会を前提としてはいない。不安定雇用が常態として続いていても、また離婚や片親で子育てをしなくてはならない常態でも、最低限の安心ができるような新しいセーフティネットを構築する必要がある。

  

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