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『盛衰:日本経済再生の要件』

以下では、私の新著の主要内容を紹介して行きたいと思います。新著は東洋経済新報社からおそらく7月に発刊される予定ですが、出版社がまだタイトルを決めていないので、暫定的に上記のタイトルとして内容を紹介して行きます。

第Ⅰ章 激変する世界経済環境と日本

今、世界は同時株安が進行している。何がそのきっかけになったのだろうか。直接の要因は、欧州における債務危機の泥沼化だ。

欧州の債務危機は、2009年10月に誕生したギリシャのパパンドレウ政権が、前政権が公表していた2008年の財政赤字の大きさが誤りというより粉飾決算に近いことを発見して大幅修正を行ったことから端を発した。ギリシャの財政赤字が大きいことが明るみに出ると、ギリシャの国債への不信が高まり、国債価値が減価し、金利が上昇した。

この債務危機はポルトガル、アイルランド、スペイン、イタリアなどに飛び火したため、EUは欧州安定化メカニズムなどの仕組みを創設して、金融機関の救済のために財政資金の投入の準備をした。さらにIMFも参加して危機の防止に備えた。

なぜ、債務危機が、金融や経済の危機を惹き起こすのだろうか。債務危機は、国の借金が嵩んで、返済が危ぶまれるまでに膨張することから始まる。返済が困難と考えられれば、その国債の価値は減価する。本当に借金返済ができなければ国債はただの紙くずになってしまうからである。ギリシャに限らず、借金をしている国の国債は、その国や、取引のある多くの国の銀行などの金融機関が保持している。国債の価値が下がれば、それらの金融機関の資本が毀損する。資本の毀損を補うために、金融機関は、新たに資金を調達する必要があるが、自力で調達が困難な場合には財政当局が財政資金を投入して救済する必要がある。金融機関はお互いにつながっているから、金融機関が一部でも破綻すると全体に波及するいわゆるシステミックリスクがあるからである。

EU諸国もIMFも救済のための投入資金を準備しようとしたが、4年前のリーマンショック以来、経済は低迷しており、なによりも経済回復のために世界諸国は膨大な財政支出をしてきていたので、EUの債務危機救済のために十分な財政資金をつぎ込むことができない。その結果、関係金融機関の破綻のリスクが高まり、金融機関は破綻を避けるために、貸し出しを抑制せざるを得なくなる。そうすると市場への資金供給が不足して信用収縮が起き、経済活動が抑制され、株価が低下するという悪循環がはじまり、それが世界に波及することになる。

欧州の債務危機では、ドイツやフランスをはじめ主要EU諸国やIMFなどがさまざまな形で、金融機関の救済と財政の安定化のために資金を用意する努力をしてきたし、同時に、債務危機に直面したギリシャなどの国に緊縮財政を要請したが、緊縮財政でつらい生活を強いられる国民が納得しない場合が多く、債務危機問題はあたかも”もぐら叩き”のようになかなか解決への展望が持てないまま深刻な事態がつづいている。ギリシャでは国民の納得が得られないため政権の組成ができず、一時、ギリシャのユーロ圏離脱が懸念された。それは欧州に大きな混乱を生むことから国債の減価とユーロの下落が進行した。イタリーは評判の悪いベルルスコーニ首相が退陣し、学者のモンティ博士が率いる内閣が画期的な政策で市場の評価を高めたが、解雇法制改革でやや頓挫した。そのうちに規模の大きなスペインの債務危機が進展して、ユーロ圏危機が再燃。フランスの大統領選挙で、メルケル ドイツ首相と組んで緊縮財政路線でユーロ圏の財政規律回復をめざしていたサルコジ大統領が、緊縮財政を批判する社会党首のオランド候補に破れたため、オランド氏の経済戦略が財政債務問題を深刻化しないかとの市場の懸念から、関係国の国債の減価、そして上記のような経路で、世界の株安が進行する事態となり、欧州債務問題には解決の出口が見えないなかで一進一退がつづいている。

後述するように、この問題は、日本にも重要な他山の石となっている。欧州債務危機の発火点となったギリシャの政府債務のGDP比は150%台だが、日本のそれはすでに220%に近づいており、政府債務の大きさだけ見れば、日本の方がはるかに深刻な債務状態にある。それではなぜギリシャが危機になって、日本は危機になっていないのか。ひとつには日本では消費税が5%であって、ギリシャや欧州諸国の25%前後の付加価値税の水準よりはるかに低い。つまり、いざ必要となれば、日本はまだ20%も消費税を引き上げる余地があり、借金をかなりのていど返済する潜在能力をもっているから、いわば”執行猶予”の扱いになっていること。いまひとつは、日本の国債はほとんどが郵貯や銀行など日本の金融機関が保有しているので、逃げ足のはやい外国投資家の被害を受けにくい、などの理由が考えられる。しかし、日本は後述するように、政府の総債務と民間の純金融資産をくらべる限り、今年、純債務国になる可能性が高い。そしてすでに国債の8%程度は外国の投資家が所有している。そこで、消費税の引き上げが注目されるわけだが、この引き上げが政治的な理由でできないことになれば、日本の債務危機はギリシャ以上の深刻さに陥っているという評価が世界でなされないとは限らない。野田政権が今、必死になって消費税引き上げ法案を成立させようとしている背景には、このことが強く意識されているはずである。

それにしても、世界の経済環境は近年、なぜこのように不安定で混迷を深めているのだろうか。これは4年前のリーマンショックに象徴された世界金融危機、そして世界大不況の後遺症がまだ治っていないこと、さらに言えば、あの世界経済危機を契機にして、世界経済のあり方が歴史的に大きく転換し、世界はこれまでとは質的に異なる新しい時代に入ったということかもしれない。

リーマンショックは、金融工学を駆使して、各種のデリバティブ(金融派生商品)を開発して膨大の利益を獲得していたアメリカの新しい情報金融産業が、アメリカ経済の2006年のチョットしたつまずきによる成長期待の頓挫から、デリバティブの上昇メカニズムに逆回転が生じ、膨れ上がったデリバティブの情報金融資産が急激に縮小したことから起きたといえる。デリバティブ商品の残高は、リーマンショック直前には、M1,M2などの伝統的通貨のストック量の数倍もあったといわれるが、それが一気に崩壊したショックは、想像を超えるものがある。これらの商品を陸続と生み出し世界最強といわれたアメリカの投資銀行群は、このショックを経て、リーマンブラザースのように消滅するか、あるいは銀行の傘下にはいるかなどして、すべて存在形態が変わらざるを得なかった。この衝撃は、しかし実は、世界史におけるもっと大きな転換を象徴したように私には思える。

それは第二次大戦後の世界を60年以上にわたって支え、基本的な枠組みを提供してきたパックスアメリカーナ体制が大きく変質したということである。パックスアメリカーナ体制、すなわちアメリカ帝国による世界の支配体制は、1945年にはじまった。それは19世紀からつづいたパックスブリタニカ(大英帝国支配体制)を継承したものだったが、アメリカは当時、80カ国ほど存在した世界経済のGDPの半分以上を一国で独占するほどの力があった。戦後復興のために、アメリカはドルを基軸にした固定為替制度を敷き、ドルはいつでも金に交換できるという盤石の体制の下で世界経済の復興を主導した。この体制はアメリカの圧倒的な経済力の下でしばらくは安定的に機能したが、やがてアメリカは、ドイツや日本が復興してくると、貿易赤字に悩むようになった。そして1971年、8月15日、太平洋戦争で日本が降伏した記念日を選んで、ニクソン大統領は、固定為替制度から変動為替制度への転換を発表した。私はこれを、パックスアメリカーナ体制が、盤石の第1期から、不安定で変動する第2期への変質した歴史的転換点と見る。しかしその後も、アメリカは、経済・産業はもとより軍事力、資源、サービス、情報通信、教育など文化力でも圧倒的な超大国であり、変動体制ながら世界経済の支柱でありつづけた。とりわけ1990年代以降は4%に近い経済成長率を実現し、世界最大の消費国として日本をのぞく世界諸国の高度成長を支えた。しかし、この体制が、2008年のリーマンショックを契機に大きく変質したのである。アメリカ経済は、中国など新興国が台頭する中で、これまでのように圧倒的な力で世界経済をささえることはできなくなった。国内経済の低迷の中で、アメリカは成長するアジア市場に売り込みをはかる”ふつうの国”になった。いうなれば、世界経済はかつてのような大黒柱を失い、多様化し、そしてきわめて不安定な時代に移行したのである。

しかも、その変化の背景には、さらに大きな世界のメガトレンドというべき潮流の変容が起きている。地球のエネルギー制約はかつてとは比較にならないほど厳しくなっている。40年前の石油ショック以前は、原油は1バレル1ドル程度だったが、石油ショックのあとで、10ドルになり、リーマンショック以降は、100ドルに近づいている。基本エネルギーの価格が100倍になってこれまでの経済システムがそのまま円滑に機能すると期待するには無理があるだろう。地球環境の制約もはるかに厳しくなっている。人口問題も深刻だ。世界は人口爆発で、食糧と水の供給制約が懸念されている一方、日本、欧州、東アジア、中国などでは前人未踏の高齢化が進み、これまでの社会システムが耐えられるかが問われている。

水野和夫氏はその著『終わりなき危機、君はグローバリゼーションの真実を見たか』(2011年)の中で、近年の日米英などの利子率(10年国債利回り)の著しい低下に着目し、17世紀から20世紀までつづいた近代資本主義市場経済体制そのものが原理的な矛盾を孕んだまま大きな人類史的な限界の逢着したのではないか、と極めて興味ある問題提起をしている。中谷巌氏は、水野氏の思索に触発され、近著『資本主義以後の世界:日本は「文明の転換」を主導できるか』(2012年)で、世界の3大フロンティア(地理、情報金融、エネルギー)が消滅するなかで世界経済に矛盾が拡大するのは、近代資本主義市場経済の原理そのものに自己否定的矛盾が内包されているからで、これからは競争原理に変わる新たな原理(たとえばgiving)を模索すべきではないか、と問いかけている。また、小宮山宏氏はかねてより課題先進国としての日本の可能性を示唆しつづけているが、近著『日本創造「プラチナ社会」の実現に向けて』(2011年)、高齢化、環境制約、エネルギー制約、資源制約がもっとも厳しい日本こそ、大きなマイナスに見えるこれらの制約を、思想と戦略の大転換で克服する未来志向のプラチナ社会構想を唱えている。

以上に見たように、日本をめぐる世界経済環境は、欧州債務危機による信用収縮などの懸念をはじめ不安定で混迷しているが、実は、それはリーマンショックに象徴される世界の大規模な金融・経済危機を経て、世界経済の仕組みがアメリカというかつての支柱を失って、世界史的なあらたな変動期に入っていることの反映ともいえる。さらに言うなら、近代資本主義市場経済の円滑な機能を可能にしてきた地球上のフロンティアが消滅しつつあり、世界は人類史的な新たな模索の時代にはいったと思えるようなメガトレンドの変化が進行しつつある。そうした環境条件の変化と変動の中で、日本は近年、低迷というより衰退をつづけているが、その日本の再生をどのようにはかっていけば良いのか、次回以降、順次、基本テーマを論じていきたいと思う。次回は、こうした状況の中で、近年、日本政府はどのような経済政策を追求してきたか、あるいは追求しようとしているか、そこにはどのような問題があるのか、を展望し、吟味したいと思う。

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