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2012年6月

増税の次はTPPで成長実現だ

この特別エッセイは、産経新聞の依頼で「正論」欄向けに書いたものです。エッセイは本日掲載されています。産経に掲載されたものは編集後のものですが、このエッセイは編集前の原稿です。御高覧賜われれば幸いです。

「増税の次はTPPで成長実現だ」

最近、伊藤憲一氏が主宰する日本国際フォーラムの勉強会で、韓国経済研究院長、崔炳鎰博士の韓国のFTA政策についての話を聴く機会があった。韓国はこれまでもシンガポール、チリなどと自由貿易協定を結んでいたが、最近は、アメリカやEUとの自由貿易協定の発効をはじめ、中国とも交渉を進めるなど極めて積極的に多くの国々と自由貿易協定戦略を展開している。TPP参加問題で手間取っている日本としては韓国がなぜ国際自由貿易戦略で”ブレーク”しているのか知りたいところだ。

崔博士によると歴史的な転機は1997年の金融危機をふまえた金大中大統領の決断だったという。資金流出がとまらない危機の中で、金大統領は世界市場の中で国家の信用を回復する手がかりとして主要な国々と自由貿易協定を結ぶという”新思想”を打ち出した。それを実現する道のりは険しかった。農業部門の反対など政治的ハードルは高かったが、可能性のある国々と粘り強く交渉が続けられ、10年前後してようやくシンガポール、チリ、メキシコなどと一連の協定が成立した。

2003年、盧武鉉政権は担当大臣も新設して、戦略的にアメリカや日本など大国との自由貿易協定をめざした。日本との協定は実現しなかったが、韓国は今や世界市場の61%を占める経済圏と自由貿易協定を結ぶことになり、貿易依存度の高い国として大きな経済メリットがあるほか、国内の競争が刺激されて経済効率が高まり、国際政治的プレゼンスが高まるなどのメリットも意識されているという。農業部門の反対には合理性が乏しいが、政府は、農家の所得保障や転業支援など手厚い政治コストを負担しても、自由貿易戦略を追求しないことの機会費用がいかに大きいかをロードマップを示しながら国民に説き続けてきた。大国とも小国とも協定を実現した韓国は今やどの国とも交渉する自信と用意があるという。

韓国のこの経験は、国家存亡の危機のなかで何とか活路を見いだすべく必死の決意で大戦略を構想し、それを懸命の努力で一歩一歩実現してきた国家のリーダーシップの貴重な教訓を私達に示唆している。韓国は大統領制だからそれができる、日本の議院内閣制ではそれは望むべくもない、という議論もあるかもしれない。韓国の”IMF危機”ほど急激ではないかもしれないが、日本の近年の状況は、タイタニック号のように巨船が静かに傾いて沈みつつある様相を呈している。20年近くもデフレが続くのは明らかに深刻な病状であり、国際的な地位の低下は歴然としている。首相の政治生命が一年もないという国家の欠陥が政治制度のせいならば、皆でその制度を替えれば良いではないか。制度も法律も国民のためにあるのであって、私達は制度や法律のために生きているのではない。

日本も韓国ほど貿易依存度は高くはないとはいえ、国際交易は日本の生命線である。野田首相は、昨年11月、「TPP参加のための協議に入る」と言明したが、その後は積極的な意思表明はない。日本の動きを見ていたカナダやメキシコがむしろ先行し、日本は取り残される状況だ。GATT東京ラウンド交渉を手がけた岡本行夫氏は、国際協定は創設メンバーとして参加するのが鉄則という。遅れて参加すると情報もなく既定条件を呑まされるのがオチだからだ。また交渉は人間がすることなので、交渉相手を知り信頼関係を築くまで時間がかかる。やろうと思ったからには国際交渉は政府の専管事項なのだから、一日も早く交渉を進め条約案を国会の批准にかけるべきだと岡本氏は言う。

野田首相の今の最優先事項は消費税引き上げであり、その一事でも大政局になりそうな不穏な空気の中で、その火の中にとてもTPP問題を投げ込むわけには行かない、ということかも知れない。総理の心労と苦労には同情せざるを得ないが、最前線で戦う総理の背後で、TPPを含め次やまたその次の改革戦略をしっかり構築する強力な参謀機能があるのかどうかが心配だ。もしあるのならば、そこでは、自由貿易や投資の促進は、国内経済構造の効率化もしくは強化になるという韓国当局者の認識を引用するまでもなく、農業や医療をはじめ市場開放や自由貿易に反対している部門こそ、規制と保護でなく開放的な競争と改革政策を断行すれば、実はこれからの日本にとって戦略的な成長部門になれるという展望をしっかり描いておいてもらいたいと思う。

例えば米作農家の大半は零細兼業で高齢化している。減反と保護をやめ彼らが農地を大規模農業者に貸して地代収入を得、健康、環境、観光農業など非産業農業で生き甲斐を見いだせるようにすれば産業農業の生産性は飛躍的に高まって輸出農業にさえなれる。医療は情報化の遅れが複合的に競争力と質の劣化を招いている。情報化と情報開示を徹底すれば医療の効率と質は大きく高まるはずだ。その恩恵はTPPに参加していてこそ輸出拡大で享受できる。正念場に立つ野田政権だが、次の戦略もしっかり準備しつつ、改革の信念を貫いてもらいたいと思う。
 

『盛衰:日本経済再生の要件』第Ⅴ章

V. 生かし得た震災の試練

東日本大震災から1年4ヶ月あまりが経とうとしている。大震災は日本にとって厳しくつらい経験だったが、これは日本を改革するためには天与の試練だったのではないかと思う。国民はめずらしく危機感を共有し「ガンバレ日本」の呼びかけの下に連帯感を強めた。世界諸国も日本に同情し支援の手をさしのべてくれた。この機会は日本の改革のために天佑とも言うべき希有の機会ではなかったかと思う。日本はこの貴重な機会を進化を止めているシステムを根本から改革するなど将来のために活用することができなかったが、本来は、この機会に何をすべきであったか、何が出来得たのか、をここで考えてみたい。

1. 東日本大震災の衝撃
 
東日本大震災は、1000年に一度とも言われるM9の激震、東北地方の沿岸を深々とえぐった高さ15mにも及ぶ津波、そして世界史上最悪ともいわれる福島第一原発の事故など、深刻な三重苦をもたらした。

こうした最悪の災害に直面して、被災者は我慢強く、秩序正しく行動し、他人への思いやりを示すなどの態度は諸外国に報道され賞賛さえ浴びた。全国から多くボランティアもかけつけた。地震でズタズタになったサプライチェーンなども民間企業の懸命の努力で予想以上に早く復旧した。諸外国は、物資、人材、技術などの支援を提供した。

アメリカは、Operation Tomodachi(トモダチ作戦)を発令して在日米軍だけでなく太平洋艦隊の主力部隊も日本の救済、復旧に強力な支援を提供してくれたことは特筆される。世界中が関心をもち応援してくれる中での、国民の危機感の共有と一体感の高揚は、そこに適切なリーダーシップがあれば、それは日本の再生へ大きなエネルギーを結集する貴重な機会になり得たように思う。

2. 天与の試練ー再生への奇禍

深刻、重大な危機は、ときに再生のための貴重な契機になり得る。日本人は歴史を振り返るとこれまでにも危機をその後の再生、発展のために契機、跳躍台にしてきた経験がある。たとえば、幕末の“黒船”の危機、関東大震災、そして何よりも最大の危機は太平洋戦争の敗戦だった。

この敗戦で、日本列島の都市という都市は爆撃で焦土と化した。日本の”帝国主義”を支えた海外の利権はすべて消失した。そして何よりも民間人と軍人を合わせて310万人の人々が死亡した。ふつうの国ならこれで消滅しても不思議ではないほどの壊滅的被害を被ったが、日本はそれから25年後に世界でアメリカに次ぐ第二の経済大国として不死鳥のように甦ったのである。世界はこれを”日本の奇跡”と称していくばくの賞賛、そして羨望また脅威の対象と見た。なぜ廃墟の中からそれほどの復興と発展が可能になったのか。

それは、ひとことで言えば、この重大な危機の中で、日本を戦争に追い込んだ基本的なしくみをすべて否定し、解体し、廃止した。その代表的なものは、軍隊、財閥、地主などである。そしてそれまでなかった平等な教育、労働組合の法認など一連の民主化が行われた。占領軍の指示もあったが、とにかくこうしてそれこそ抜本的な改革で、日本は、どの共産主義国よりも平等で、どの資本主義国よりも競争的な国家となった。身分差別もなく巨大企業もない平等かつ競争的な社会で、ひとびとは努力すれば成果が得られると信じて必死で働いた結果、世界の奇跡とされた経済発展を実現したのである。

3. 有事(戦時)協力

残念ながら今回の大震災でめだったことは政府の対応の遅れだった。後に”菅リスク”と言われるようになった当時の菅直人首相の組織を無視した独断的行動は対応を早めるよりも結果として遅らせることになったが、それ以上に、”ねじれ国会”が障碍となった面もある。菅首相は”大連立”をよびかけて”ねじれ”の弊害を超えようとした。大連立は水と油ほど考え方の違う民主党と自民党が組めば、多くの政策形成がたちゆかなくなるし、また第一党と第二党が連立すれば国民は選択肢を失い民主主義の否定のなる。自民党はこの呼びかけに応じなかった。それは了解できるが、しかしそれでは、この国家の緊急事態で自民党など野党は民主党政権に協力しないで良いのか、という重大問題が残る。

私見では、この場合は、有事として政党も国会議員も党派や政見を超えて国家のため、国民のために最大限の協力もしくは恊働をすべきではなかったか、と思う。東日本大震災は、有事というより、その惨禍の実態はむしろ ”戦時”というべきものではなかったか、と思う。東北地方の600平方キロにわたる沿岸部が津波でえぐりとられ、20000人余の人命が失われ(行方不明を含む)、世界史上最悪の原発事故が起きているのである。実際、世界諸国は、福島第一原発の事故を地球的に深刻なものと受け止め、多くの技術や軍事の専門家が注視している。わかりやすくいえば福島と近隣地区は大規模な核攻撃に晒されたと同様の被害を受けているのである。甚大な被害をともなう戦争状態にあるのであるから、国会は有事というより「戦時協力」体制に入るべきだった。

戦時協力の呼びかけは、与党からはし難い。むしろ自民党の谷垣総裁から申出るべきだった。協力はもちろん無条件ではない。一定期間協力し、復旧、復興のメドが経ったら、「総選挙」をするという条件である。

戦時協力で実現すべき政策は、与野党双方に大きな違いのない政策である。平時の多くの政策は思想が違いすぎるので、そう簡単には協力できない。戦時協力の政策テーマは、(1)救済、(2)復旧、(3)復興、(4)新たな国づくりへの取り組み、である。(1)から(3)までは、誰がやっても同様の課題だ。ただ、戦時協力体制があると計画と執行が迅速になるという重要なメリットがある。そして重要なのが(4)の新たな国づくりへの取り組みである。ここはとくに私見を述べたい。

4. 太陽経済都市圏構想。

今回の大震災と大災害で明らかになったことは、一方で、日本の原発には重大な欠陥があるという原発戦略の破綻、そして他方で、火力発電依存が高まって天然ガスや重油など燃料コストが膨大な負担となるだけでなく地球環境にも悪影響が出るという問題だ。そうした二重苦を超える重要な手がかりが、太陽エネルギーの活用である。

太陽エネルギーによる電力供給については、次次回のブログ(第Vll章)で詳述するのでここでは深くは立ち入らないが、東北の被災地に、太陽光発電や風力、地熱などの太陽エネルギーを活用する新しい発電基地を構築し、それを中核にこの地域を太陽エネルギーを活用する未来志向の都市圏にするという構想打ち出すべきだったのではないかと思う。

太陽エネルギーによる発電については太陽光発電がもっぱら関心を集めているが、実は、6種類ほどある。太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス、潮力・波力などである。太陽光発電はパネルが大きな面積を占めるのが難点とされているが、次次回のブログで紹介するように地上10〜20mほどのネット上にスノコ型にパネルを並べれば、下の地面は、あまり日陰にならずに活用できる。またデンマークは風力発電ですでに総電力の30%を賄っているが、遠浅の海底だから風車を立てやすい、日本は海がいきなり深くなるので、洋上風力は困難という見方があるが、造船立国の日本は、メガフロートを沖合の多数浮かべて風車を林立させることは得意なはずだ。

東北地方の被災した海岸を歩いていて、この地域こそ、上記のような太陽光パネルを岩手から茨城まで100kmほど構築し、沖合に数十のメガフロートを浮かべるなど、太陽エネルギー活用の先端地域とし、それを中心に、いうなれば「太陽経済都市圏」を展開すべきではないか、という思いを強くした。政府が数兆円のタネ銭を出して民間の投資を誘発すれば、内外から多くの企業や研究機関などがこの地域に参集するはずで、そうすれば、救済、復旧、復興という後ろ向きの事業だけでなく、未来志向の希望のある事業と雇用機会を生み出せたはずだ。そのプロジェクトは世界の専門家、知恵者、企業などに参加を呼びかける。そうすれば東北の被災地はまさに世界の知恵と熱意の中で注目を集めつつ未来のモデルとして再生してゆけただろう。

政府のタネ銭と書いたが、政府のこの財源は、増税ではなく政府保証の復興債で賄うべきだ。それでなくとも政府は債務危機状態に近いのに、政府保証の復興債の大量発行は国債価格の急落を誘因するのではないか、という懸念はあり得る。しかし上記のような希望のある政府の戦略と政策、そして民間の事業が参集する展望があれば、この地域を起点として経済成長が期待できる。経済成長が金利を上回る見込みがあれば、国債価格は維持できる。政府保証債は市場への影響を注視しながら数次に分けて適量を販売する。それは民間機関や投資家が購入するが、日銀は最初から保証するのではなく、市場の状況を見ながら必要があれば購入すればよい。上記の戦略を支えるこのような財源調達戦略を推進することはできたはずだ。

5. 新たな国づくり

国民が一体感と危機感を共有した3.11の未曾有そして希有の機会に、その国民のエネルギーを結集して、これまでの日本の衰退要因を一掃する根本的な改革戦略を政府は主導すべきだった。日本の衰退を助長してきた最大の要因は、高度成長後の日本に澱のように蓄積してきた変革を忌避する土壌である。これは平時に大きく変えることは容易ではない。国民が危機感と一体感を共有した大震災はそうした根本的な変革に挑む千歳一隅のチャンスだった。

その変革は、一方で、日本というシステムを40〜50年遅れにしている様々な分野の現状を、内外のメガトレンドの変化を見据えて根本的に変えることである。前章IVで、政治、行政、教育、農業、医療、企業モデル、産業構造などが時代遅れになっていることを述べたが、こうしたサブシステムを全面的に変革することだ。そして他方では、そうした変革をふまえて日本を、グローバル化が進む世界にふさわしく大きく開放する。平成の新たな開国を進めることだ。そうすれば日本は本来持っている潜在力を大きく生かすことができ、新しい時代の新しい繁栄を実現するたしかな手がかりを得ることができたはずだ。

残念なことに、3.11後の日本はそのような方向に動かなかった。2009年の総選挙で国民の大多数が選んだ民主党政権は、高校の生徒会のような未熟な政権で失敗を繰り返し、2010年の参議院選挙で国民は修正を試みたが、それは皮肉にも”ねじれ国会”を生み、ねじれに不慣れな政治家達は政策を実行することができず日本は膠着状態にはいってしまった。組織を指揮した経験のない菅首相は、大震災という未曾有の災害に自分で直接細部まで口を出してかえって組織の機能を止めてしまい、救命と再生の手術をするべき貴重な時間を半年も浪費してしまった。野田佳彦首相は民主党政権でははじめての”ノーマル”な政治家だが、野党対策より党内のねじれ構造に足をとられて異様な苦労を強いられている状況だ。こうした状況も結局は国民の選択の結果だ。

政局がどのように展開するか、今、あまりにも不透明要素が多いが、日本が本当に再生をはかるには何をすべきなのか、今こそ国民は、ひとりひとりそれなりに自覚をする必要がある。なによりもそれが私達ひとり一人の運命を決めるのだから。このブログでは、そのためには何をすべきなのか、以下、7章にわたって私見をのべて行きたいと思う。

 

 

 

『盛衰:日本経済再生の要件』第Ⅳ章

第lV章 進化のとまった日本型システム

日本はかつて高度成長時代といわれた1960年代から1970年代にかけて、めざましい成長をつづけるその経済システムが、世界から驚異と羨望で見られたことがあった。日本システムは驚異的な経済成長を可能にする優れたシステムとの評価が広まった時代があった。ところが、今日の日本のシステムは、その時代以降、内外に大きなメガトレンドの変化があったにもかかわらず、その当時のままで進化を止めているように見える。

日本では少子化、高齢化がすすみ、人口が急速に減少している。高度成長時代とは正反対の環境変化である。ところが日本のさまざまなシステムは、人口が若く若年層が沢山居たときのままなので、雇用や年金など産業や生活面に多くの矛盾がでてきている。また世界では、グローバル化が進んだ。情報技術の進歩と普及で、国境の意味がうすくなり、世界単一市場での競争が当然になり、また新興国が大きく力をつけてきている。日本のビジネスのやり方は依然として高度成長時代の成功物語りにとらわれており、新たな時代に乗り遅れているように見える。

日本システムが進化を止めて、時代に遅れている実態を、いくつかの側面や部門で検証してみよう。

1. 過大な供給構造

日本の産業構造は、供給力過大の構造になっている。主要産業の企業の数が象徴的だ。世界に輸出できるような企業はどこの国でもあまり数が多くない。自動車ならアメリカは2.5社なのに日本は7社。家電はアメリカは無し、ドイツ、スエーデン、フランスなど1〜2社なのに日本は12社もある。これは参入さえすればやっていけた高度成長時代の遺物である。近年は激しい競争と環境変化の中で、どこの国でも大きな構造調整が行われたが、日本はそれが進んでいない。それは次に時代を見通して戦略的に構造調整をすることが、政府でも民間産業でも行われなかったことの結果である。需要の拡大が行われずに過大な供給構造を遺したままでは、デフレ圧力も高まることになる。

2. 企業の時代遅れのビジネスモデル

日本の企業は依然として高度成長時代に確立した下請け企業をかかえた垂直統合、自前調達の身内主義、閉鎖体質とガバナンスの弱さから抜けきれていない。日本は技術開発の水準はまだ高く、多くの分野で世界の先端を行く技術開発の成果がある。ところが、新技術や新製品が開発された直後は、日本企業の世界シェアは非常に高いが、しばらく経つと、世界シェアがどの分野でも大きく低下する傾向が見られる。それは企業が世界の力のある企業に市場で劣後することを反映している。

電子や情報、通信など先端産業でもそうした傾向が顕著だ。そこには共通の欠点があるように見える。それは、グローバル化した世界市場に日本企業が対応していないという欠点だ。今日の世界の主要企業は新興国などの生産力を積極的に取り入れてグローバルな生産構造を構築している。自社のもっとも枢要な技術やノウハウはブラックボックスに入れてしっかり守るが、製品の製造などはコストの安い新興国に大幅に移譲してグローバルな生産力が強化している。これに対し、日本の主要企業は自前主義と垂直統合構造を残しているために、グローバル競争では劣後することになる。また日本企業のガバナンスも身内主義、閉鎖体質、情報開示の遅れなどによって、外部の市場情報が経営の意思決定に反映し難いため、環境条件のメガトレンドの変化に遅れがちとなる。


3. 時代錯誤の農業

農業はどこの国でも改革の抵抗勢力だが、日本の場合には、農業の構造がとくに半世紀も時代遅れになっているために、深刻な事態となっている。日本の農業は、生産額でたった2割しか占めないコメの農家が農家の大多数を占めており、コメの生産性がそうした特殊な構造の下で見かけ上極端に低いため、市場開放も自由な競争もできずに矛盾が蓄積している。

第二次大戦後の経済発展過程で、経済の生産性が向上していくなかで、農業は大規模化などの近代化が遅れたため、所得水準が低く留まった。これは実は大農化させずに、膨大な農村票を維持しつづけた政治の帰結だった。小農のままで所得向上をはかるために1960年から40年近くにわたって政治的に米価引き上げが行われ、また経済発展にともなう人々のコメ離れの効果をうすめるために多額の補助金をつけた減反が1970年から行われた。その結果、日本の農業は、近代化が遅れ、政治的な高い米価と多くの零細農家が存在する異様な構造になっている。


4. 過度な規制と統制で劣化した医療

日本は開発途上国段階であった半世紀前には、途上国としては極めて先端的で効果的な医療政策と国民医療を実現していた。1960年の導入された国民皆医療と皆保険制度により国民は健康保険証一枚あればどこでも一定の治療が受けられることが保障された。ほどなく日本は世界最長寿国となり、また国民の年齢構造が若かったために国民医療費も少なくて済んだ。ところがその後、高齢化が進んでマクロの医療費が高まり、医療技術が高度化して医療単価が高まり、経済が低成長時代に入ってマクロの医療費負担能力が低下するなどメガトレンドが変わり、医療財政が逼迫することになった。

政府はメガトレンドの変化に対して、医療行政の規制と統制を強化する方向で対応したため、需要の増大に対して質量ともに適正な医療サービスを供給しにくくなり医療の質が劣化したのである。医療の分野でもまた進化を止めたシステムの弊害が顕著になっている。


5. 時代錯誤の教育と質の劣化

日本の教育は、戦後の高度成長の時代までは、高度成長をささえる重要なインフラとして機能し成果を挙げた。高度経済成長は、基本的にアメリカなどの優れた技術やノウハウを導入し、それを日本的に翻訳し勤勉で順応性のある労働力をふんだんに投入して国際競争力を高めるという方式で実現したものであり、先進国の技術や知識を急速にそして組織的に導入し吸収するために規格大量生産型の教育制度が構築され効果的に機能した。

しかし、高度成長の結果、日本の所得が高まり、日本が先進国の一角を占めるようになると、こうしたフォロワー(後追い)型の人材育成方式は機能しなくなった。先例のない市場や社会で、自ら考え、問題を発見し、自ら解を見つけることが必要になっているが、日本の教育はこうした要請に今のところほとんど対応できていない。


6. 時代遅れの政治と行政

第二次大戦後の政治は、敗戦の廃墟の中から世界第二の経済大国への発展を可能にしたすぐれたリーダーシップに恵まれた。講話条約を結び、また朝鮮戦争に巻込まれずに日本の舵をとった吉田茂、日米安保条約を対等条約に修正した岸信介、所得倍増を達成した池田勇人、経済成長と沖縄返還を実現した佐藤栄作、列島改造や日中国交回復を実現した田中角栄など世界的にみてもキラ星の指導者が戦後政治を牽引したが、金丸氏以降の自民党は劣化した。また、行政も、”霞ヶ関”は世界最強のシンクタンクとさえ言われた時代があったが、やがて自民党が長期政権にあぐらをかいて劣化するとともに官僚の権能と組織が自己増殖をするようになって、政治と行政が相乗効果で劣化を促進する悪循環が進行することになった。

これらの例だけでも判るように、1970年代から日本というシステムは明らかに進化を止めてしまっている。それは経済成長の成功体験で利益を得た人々や組織が多くの既得権を得て、変化を拒絶するようになったことが大きな原因ではないか、と思われるが、世界でも国内でも、冒頭にふれたように、メガトレンドが急速に変化しているなかで、システムが進化を止めれば、国も経済も劣化しない方が不思議である。進化を止めた日本システムという現実が、今日の日本の停滞と衰退の最大の原因になっているように思う。

 

 

 

 

八重洲ブックセンターでの出版記念セミナー&サイン会のお知らせ

来る7月27日(金)に八重洲ブックセンターで、私の新著『盛衰:日本経済再生の要件』(東洋経済新報社)の出版記念セミナーならびにサイン会を行います。

出版記念セミナーは、7月27日(金)18:30〜20:00頃八重洲ブックセンター本店の8Fギャラリーで行います。(八重洲ブックセンターTEL03-3281-8201)

当日は、八重洲ブックセンターに相当数の本を用意しておきますが、御購入御希望の方は、前もって下記に御予約をされると確実かと思います。

八重洲ブックセンターTEL03-3281-8201

この新著は、以前もこの欄で御紹介しましたように、下記の12章から校正されています。

l:激変する内外の経済環境
ll:再生をめざす日本ー政府の取り組み
lll:日本の病状ー累積した負の遺産
lV:進化のとまった日本型システム
V:生かし得た震災の試練
Vl:国民にまず安心と希望を
Vll:新たなエネルギー戦略
Vlll:新時代の国際立国
lX:戦略農業のすすめ
X:医療を強力な成長産業に
Xl:住宅産業の大きな可能性
Xll:観光産業の躍進

また、新著の序文の原稿をこのほど書きましたので、一足早くなりますが、ブログに掲載(後掲)致します。新著の趣旨はこれを読んで戴くと良くおわかりになると思います。

出版記念セミナーで皆様にお会いし、できれば御質問を戴きながら、いろいろな議論をできればと楽しみにしております。

どうぞふるってお出かけ下さい。

島田晴雄

<<序文>>

 この国の将来はどうなるのだろうか。高齢化が加速し人口減少が続くなかで衰退していくしかないのか。それともこうした状況の中でも新たな繁栄の道を求めることはできるのか。これは今の、そしてこれからの日本にとって、また私達ひとり一人にとっておそらく最大の関心事にちがいない。この問いに私なりの解をもとめて私はこの本を書いた。

 日本はこれまで”失われた20年”と言われるほど、低迷がつづいた。世界史でも稀なほどデフレが長期化し、経済の活力が削がれてきた。20年ほど前には日本は一時、一人当たりGDPが世界最高水準になったことがあったが、それ以降はつるべ落としにその地位が低下してきている。政府の累積財政債務がGDPの2倍以上にもなり、国債暴落の危険もあり得る財政危機への状況が深まっている。低成長の中で雇用機会が縮小し、社会は安定した雇用にめぐまれた人とそうでない人々とに分裂した様相を呈している。しかも高齢化はまだ30〜40年間は昂進すると見込まれ、高齢依存人口を現役人口がどう支えるかという問題が深刻化している。

 日本が深く依存している世界経済も、近年ますます不安定になっている。ユーロ圏の財政債務危機は、金融をつうじて、世界経済の下ブレリスクを増幅している。4年前のリーマンショック以来、それまで世界経済の大黒柱であったアメリカ経済という支柱が傾き、また他方で新興諸国の台頭もあり、混迷と多様化が加速している。より長期的には、資本主義市場経済の歴史的発展を可能にしてきた地球上のフロンティアが、地理的にも、エネルギーでも、金融面でも飽和し、拡張の余地が消失しつつあるように見える。そうした環境条件のメガトレンドをふまえて私達は新しい繁栄の方向を求めなくてはならない。

 3年前に、日本の国民は大きな政治的選択をした。それまで半世紀以上にわたって日本の政治をしきってきた自民党政権を見限り、民主党に政権を託したのである。国民は民主党が新しい時代にふさわしい政治をしてくれるものと期待した。しかし、その期待は、鳩山、菅政権の失政で、幻滅と失望に変わった。野田政権は、消費税引き上げによる財政規律の回復をめざし、政治生命を賭けるとして懸命な努力をつづけているが、民主党内の異論にも妨害され、国民の支持は低迷している。ねじれ国会と党内抗争で”決められない政治”に失望した国民は、過激な主張でアピールする地域の政治勢力に期待を寄せる異様な状況になっている。

 メディアはもっぱら政治を批判するが、それは天に唾するようなものである。政治家を選挙で選ぶ民主主義では、政治のレベルは民度を上回ることはできない。今、問われているのは、政治家以上に、私達国民自身が自らの選択に責任をもつのか、この国を自分が選んだ政治家に本当に託す覚悟があるのか、である。国民にその責任と覚悟があってはじめてそれにふさわしい政治が成立するだろう。

 この複雑で不透明な状況を見つめていると、多くの問題や障碍とならんで、同時に多くの可能性も潜在していることに気づく。日本経済は低迷し衰退しつつあるように見えるが、その根因は、半世紀前に”世界の奇跡”とまで言われた高度成長の時代に確立し世界から賞賛と羨望を集めた”ジャパンシステム”がその後、進化せずに、いまや日本経済の桎梏となっていることにあるように私には思われてくる。政治も、行政も、教育も、企業モデルも、雇用の制度も政策も、産業構造も、年金も、エネルギー政策も、農業も、医療も、あらゆる日本のサブシステムが、この半世紀の間、ほとんど進化していない。

 他方では、この半世紀に世界は、情報化、グローバル化、環境制約の激化、人口爆発などメガトレンドの潮流が大きく変わった。日本では、高齢化、少子化が加速し、人口が収縮する中で、財政難が増幅しつつある。環境条件のこれだけの巨大な潮流変化の中で、自らのシステムが進化しなければ、衰退するのはあたりまえであり、むしろ衰退しなければおかしい。

 そのことは逆に言えば、メガトレンドの変化をとらえ、新しい環境条件をしっかり見据えて、40〜50年も古くなった現在のシステムを、覚悟を決めて、新たな環境にふさわしい仕組みに変革していけば日本にはまだまだ大きな可能性と潜在力はあるということである。

 昨年3月、東日本を大規模で深刻な大震災が襲った。それは日本列島に歴史的な大災害をもたらし、その深刻な現実を凝視せざるを得なかった私はつき動かされるような思いで、『岐路:3.11と日本の再生』(NTT出版、2011年)を著したが、この国家的な悲劇は、しかし、日本が現状の逼塞そして衰退状況を打破するために、天与の試練でありまた希有の機会になり得たように思う。なぜなら、全国民が「日本がんばれ」の危機意識を共有した希有の瞬間だったからである。それを日本再生へのエネルギーに結集する政治リーダーシップの欠如が日本の不幸であった。

 その機会を逸し、日本は平時にもどったが、日本の再生をめぐる状況はさらに厳しさを増している。しかし可能性は依然として残っている。その可能性を潜在から顕在化し現実のものとするのは我々、現役世代の、次の世代に対するつとめではないか。政府も日本の再生をめざして戦略構築と政策展開に注力しているが、それは予算をつけやすい目先のリストで日本の病状の根本にメスを入れていないために上滑りしているのが残念だ。私は、日本経済の複雑な病状をまず診断し、国民が安心して国を信頼し、希望をもって仕事に取り組める基礎条件を明らかにしたうえで、日本が新しい環境条件のもとでその潜在力を大きく開花させるには何をしたらよいのか、を多くのサブシステムについてひとつずつ分析し私なりの処方箋を描いて見た。

 本書が脱稿したのは5月の連休時だった。その後、出版社の編集作業に時間がかかったが、その間、大飯原発の再稼働、消費税の民自公3党合意、ギリシャ再選挙などいくつかの顕著な展開があった。本書が7月に出版されるまでには、日本でも選挙がらみの重要な動きがあるかもしれない。そうした展開は、本書の分析をふまえるとより良く意味が理解されると思う。

 本書の対象は複雑かつ重層的しかも流動しているので、分析と執筆の作業にはかなりの時間と労力を費やすことになった。その長く重い道のりは多くの方々の助力に支えられてようやくここに到達することができた。お世話になった方々は、関係問題領域の専門家、政策関係者、関係省庁の担当官、政治家、経営の実務家など多数にのぼる。この場を借りて、これらの人々の熱心な支援に心から御礼を申し上げたいと思う。その中でも、私の研究所の稲生尚子秘書とリクルートワークスの戸田淳仁氏にはデータの収集や整理、分析などでとりわけ労を煩わせた。また、東洋経済新報社の川島睦保出版局長、井阪康志氏には編集から出版にいたるまで懇切の支援を戴いた。ここに記して感謝申し上げたい。

 本書が、この混迷する日本の明日を切り開くために努力されている方々に多少なりとも参考になれば望外の幸せである。

 紫陽花の季節に。
 島田晴雄
 

『盛衰:日本経済再生の要件』第Ⅲ章

第lll章 日本の病状ー累積した負の遺産

日本経済を人体に例えればいくつかの深刻な病気にかかっている状態と言える。ここでは5つの病状について述べよう。それらが複合して日本経済の活力を弱めている。

1. 経済の低落傾向と長期デフレ

日本は1990年代初頭に、日本の歴史はじまって以来、はじめて所得水準で世界トップに立った。OECDの統計で、1993年に、正確にはルクセンブルグに次いで2位になったが、世界トップクラスに立ったと言える。ところがその後はつるべ落としに順位が低下しており2008年は19位。その後ややランクが上昇しているのはリーマンショック後、為替レートが著しい円高になったことを反映している。この低下傾向は世界諸国の進歩の中で日本が取り残されてきたことを明白に物語る。

日本の停滞は、長期デフレによっても裏付けられる。世界諸国とくらべると日本がとりわけ1990年代末から現在にかけて20年近くの長期にわたってデフレ傾向が続いていることが目立つ。デフレがつづくと人々はもっと安くなってからモノを買おうとするから消費が沈滞する。また、経営にとっては、商品の価格が下がるのでこれまでと同じだけ働いても売り上げは減る。売り上げが減る状況のなかで設備投資をすることは損失を拡大するおそれがあり、投資が減退する。消費と投資が減れば、経済は萎縮していく。つまりデフレは経済を萎縮させる重度の糖尿病のような病と言える。

デフレはなぜ起きるのか。デフレは貨幣現象であり、貨幣の供給(マネタリーベースMB:民間銀行の中央銀行預金と現金の合計)が需要に対して相対的に少ないとデフレになるという理論があり、その観点からは、MBをコントロールできる立場にある日本銀行がデフレ克服に対して積極的でないという批判がある。たしかに、日本銀行の近年の行動を精査すると市場に対してマネタリーベースを増やしてデフレ克服をはかるというメッセージを積極的に送ってこなかったという批判は免れないように見える。日銀が積極的なシグナルを送ることは人々のインフレ期待を刺激することにはなるだろうが、それがデフレ収束の十分条件になるかどうかはわからない。

藻谷浩介氏はその著書『デフレの正体』の中で、デフレの主因は人口縮小であると主張され注目を集めたが、それでは人口の縮小している国がデフレに陥っているかを調べると、例えば、台湾や韓国は日本より出生率が低く人口縮小が速い。またシンガポールは日本と同等の人口縮小状況だが、いずれの国もデフレではない。日本は「失われた20年」と自嘲するほど人々はバブル崩壊以来、先行きに悲観的になっており、また政府も明確で強力な成長戦略を実施できないでいるが、台湾、韓国、シンガポールは政府が強力な成長戦略を推進しており、人々の成長への期待感も強い。それを見ると、人口減少が原因なのではなく、将来への期待感とそれを裏付ける積極的効果的な成長戦略の有無が、違いを生み出しているようだ。逆に言えば、近年の日本が、過去の成功体験と既得権にしばられて、環境条件の大きな変化に適応できずに進化を止めてしまっていることが、経済の沈滞とデフレに象徴される萎縮現象を招いているように思われてならない。

2. 累積債務と経済危機の危険

日本政府総債務は前章でも見たように、2012年度末には1140兆円にのぼると予想される。家計の純金融資産は2010年度で1115兆円であったから、おそらく今年度中に日本は純債務国に転落する。

日本はかつては国債発行には極めて慎重で、財政規律は厳格に守ってきた。しかし、1975年、石油ショックで大幅な税収減が見込まれたため、特例法を定めて赤字国債を発行した。その後、バブル崩壊で不良債権問題が深刻化し、資産リスク規制が強化される中で、国債の安全神話がひろまり、金融機関は国債を積極的に引き受けるようになった。また国債のリスク評価をゼロとしたBIS(国際決済銀行)の規制も背景にあった。こうした環境条件の変化もあって日本政府は国債発行によって安易な財源調達をはかるようになり、国債発行残高はうなぎ上りに上昇し、今日では、GDPの倍以上もの政府債務が累積することになった。

このような国債発行残高の累積は、国債価格の下落、国債への資金供給の低下、金融機関破綻のリスク拡大と政府による救済、財政赤字のさらなる拡大、金融機関の買い入れ不能とさらなる国債価格下落への悪循環を加速させ、パニックを惹き起こすおそれがある。またパニックを回避できたとしても国債価格の低下が金利の上昇につながり、政府債務のさらなる膨張と投資の抑制による生産性の低迷による衰退を促進するおそれもある。こうしたリスクは、債務の累積がパニックや経済の衰退をもたらすという意味で、人体に例えれば、循環器の劣化が心臓疾患や脳梗塞につながるという病状に似ている。

3. 希望格差社会

1980年代の日本は一億総中流時代と言われた。経済が成長していたので、誰でも努力すれば、良い学校、良い就職、良い結婚が出来、中流の生活をする期待が持てた。ところが、バブルが崩壊し、デフレが長期化するにつれて、雇用機会が全体として収縮し、安定した雇用機会を確保できる人々が居る一方、努力してもそうした機会に恵まれない人々が他方に堆積するようになってきた。山田昌弘教授はそれを「希望格差社会」と呼んでいる。

それは一種の社会の分裂現象であり、価値観の分裂した社会である。安定した雇用機会に恵まれず、希望を持てない人々にとって民主党マニフェストのバラマキは効果的だった。そうした分裂社会では、政策を共通に理解すること、社会に共通すべき政策を執行することがとりわけ困難になる。これは人に例えれば、分裂症のような病気にかかっているような状況である。

4. 東日本大震災と後遺症

そんな複合疾患にとらわれている日本を東日本大震災が襲った。複合疾患で体力を落としている人が突然、事故に見舞われて大怪我をしたような状況である。

M9の地震は、その衝撃で公汎な地域に被害を与えただけでなく、15mもの巨大の津波を引き起して東北地方を中心に60km2の地域を破壊しつくし、2万人の命を奪い、また福島原発の深刻な事故を誘発した。深くひろく傷ついた被災地は、一部を除いてまだほとん復興していない。

この大震災は、原発事故の後遺症として、全原発(大飯原発を除く)の停止による深刻な電力不足、石油や天然ガスなど原燃料輸入費の膨張、そして福島原発近隣地域の非居住区化と被害者の生活破壊ならびに公汎な放射線汚染の社会的弊害という被害を遺している。

5. 超高齢化社会の到来

日本はすでに世界でもっとも高齢化した国であるが、こんご30〜40年間は高齢化がさらに昂進する。現在、65歳以上が人口に占める高齢化率は23%だが、21世紀に中頃には40%に達すると見込まれる。

高齢化は、医療、年金、介護をはじめ多大な社会的コストを伴う。また高齢化は地域によって進展度合いが異なる。首都圏はかつて若年層が大量に流入したため平均年齢が低かったが、現在この人々が急速に高齢化しており、これからの高齢化は首都圏で特に進むと見込まれる。そこでは体力、精神力、判断力の衰えた依存人口を誰がどのように支えるかが重大な個人、社会、そして政府の課題となりつつある。

人に例えれば、老齢になって骨が弱まり縮小する骨粗総症の状況に似ている。日本を再生させるという課題は、経済を人体に例えれば、重度の糖尿病を患い、心臓発作や脳梗塞に襲われるリスクの高まった循環器系の病にかかっており、自身も分裂症である人が、事故で大怪我をし、その上、骨粗総症が急速に進んでいる、という重病人に、何とかして生命力を取り戻し、元気に成長させるといった大変な課題である。事態は容易ではないが、経済の症状とその原因を緻密に診断すれば、おのずから回復から成長への適切な処方箋は描けるはずである。そしてそのための基礎体力は日本経済にはまだ十分に備わっていると筆者は考えている。


『盛衰:日本経済再生の要件』第Ⅱ章

第ll章 再生を目指す日本ー政府の取り組み

財政危機が懸念される中で、政府は、財政健全化の取り組みを進めている。それはどのようなものなのか、ここで確かめておこう。

野田政権は、「社会保障と税の一体改革」政策を実現しようと、目下、懸命に国会対策にとりくんでいる。その柱は、いうまでもなく、新たな財源としての消費税の増税である。現在の案は、2段階の増税案であり、2014年4月に、地方消費税と合わせて消費税率を現行の5%から8%に引き上げ、2015年10月にさらに10%に引き上げるというものだ。そこから得られる13兆円ばかりの増収分で、子育て支援、医療・介護、貧困対策を充実させ、また年金改革に取り組むとしている。

この「社会保障と税の一体改革」を予定どおり実現できれば、財政健全化にあるていど資することができると見込んでいる。政府は2010年6月に、「健全化の年次目標」を新たに定めたが、それは、遅くとも2020年度までに国・地方の基礎的財政収支(PBプライマリーバランス)を黒字化する、そして途中の2015年度までに赤字の対GDP比を2010年度にくらべて半減するというものだった。そして、「一体改革」が実現できれば、赤字幅は「一体改革」を行わない場合にくらべて、GDP比で約1.5%ポイントていど削減される。しかしそれでも2015年度PBはマイナス3.3%もあり、2020年度までに黒字化をめざす健全化計画が想定する2015年度の半減化目標であるマイナス3.2%水準に0.1%足りない。ここで「一体改革」が実現しなければ、PBは2015年度でもマイナス4.8%も残り、その後も改善しないと予測される。

政府は、一方で、「成長戦略」を掲げて、経済成長を促進しようとしており、この戦略が成功するシナリオでは、2015年度にはPB赤字はマイナス2.6%に減少、2020年度の目標年次にはマイナス1.4%まで縮小するとしている。これは実は、「成長戦略」と「一体改革」の双方が計画どおり実現しても、目標年次に財政健全化は実現できないことを示している。2020年度にPBを黒字化するには、もっと効果的な成長戦略とさらなる増税が必要であることを政府の試算は示しているのである。

前章でも述べたように、政府の財政健全化計画が成功しなければ、日本は国債などの借金を返せない国という市場の評価となり、GDP比でギリシャよりはるかに多額の財政赤字をかかえた日本経済の前途には暗雲が漂うことになる。

ここでしのびよる財政危機の実態について事実を確認しておこう。日本政府の財政赤字の対GDP比は220%に近づいておりギリシャの160%よりはるかに大きいことは繰り返し述べてきたが、これが財政危機の引き金を惹く一つの契機として、日本が純債務国に転落するということがある。日本政府の総債務は、国債、借入金、地方政府債務、社会保障基金債務などからなるが、2011年度末には1090兆円ほどだったが、2012年度末には1140兆円ほどに増加すると見込まれる。一方、家計の金融資産は2010年度で1480兆円ほどあると推計されるが、そのうち、300兆円ほどは生命保険の契約額と住宅ローンなどなので、純金融資産は、1115兆円ほどである。したがって、政府の総債務と家計の純金融資産をくらべる限り、2012年度末には日本は純債務国になる可能性が高い。

純債務国になったから直ちに大きな変化があるというわけではないが、日本が財政健全化の有効な手だてが打てないと市場で評価されると、国債価格が下落し、金利が上昇し、それが政府債務を膨張させて財政危機を加速するおそれがある。また金利の上昇は投資を抑制して生産性向上を妨げ、中長期的に経済を劣化させるおそれもある。

日本は戦後の経済発展過程では財政規律を厳守してきた。ところが、1975年の石油危機後の不況下で、特例法を定めて赤字国債を発行することになり、1990年代のバブル崩壊後の不況下で特例国債の発行が増え、政府債務が累増することになった。小泉政権は2006年に財政健全化計画をさだめ2011年度までに国と地方の基礎的財政収支の黒字化を明記したが、リーマンショック後、麻生政権は目標達成を大幅に延期した。一方、民主党は野党時代は自民党より厳しい財政健全化目標を掲げたが、2009年の小沢代表の時におそらく選挙対策のためか財政再建目標を外した。2010年6月、菅政権下で、2020年度までに国と地方のプライマリーバランスを黒字化するという財政再建目標を再設定し、2015年度にはPB赤字のGDP比を2010年度より半減するとした。

財政健全化と合わせ、高齢化社会での社会保障の改革・充実を謳って、政府は、2011年7月、社会保障と税の一体改革を行う方針を固め、2012年1月に「社会保障と税の一体改革素案」を定めた。この中で、政府は、2014年4月と2015年10月の2段階で消費税を現行の5%から10%に引き上げ、そこから期待される増収分の12.8兆円を社会保障のさまざまな分野(子育て支援、医療・介護、貧困・格差対策、年金の財源補足など)の機能強化に使うとした。

この「一体改革」は、消費税引き上げが主眼であるとして、自民党など野党よりも民主党内の小沢グループなどの反発・抵抗がはげしく、2012年3月末の党内調整でも8日間のマラソン協議を余儀なくされた。その後、野田総理はじめ民主党執行部は野党との協議をねばり強く呼びかけたが、野党はしばらく応じなかった。野田総理は党内批判勢力の巨魁である小沢一郎氏と6月初旬に2度にわたる会談で「一体改革」の必要性を訴えたが物別れに終わり、その後、野田執行部は急速に、自民党、公明党との協議に注力し、野党の主張を大幅にとりいれる形で6月14日に3党の合意にこぎつけた。そこでは、結局、消費税引き上げが合意の中心であり、社会保障や年金問題は、これからつくる「国民会議」で議論するとして事実上棚上げされた。この合意に対して依然として民主党内では小沢グループなどが執行部批判をつづけており、この3党合意が消費税法案として結実するには曲折があり得るが、この合意は政治的には大きな意味をもつと考えられる。

それは与党民主党と自民党・公明党など野党との政策協定であり、「大連合」への地ならしという意味があり得るからである。それは大阪市橋下市長率いる「維新の会」への対策、また小沢グループへの民主執行部ならびに自民党の対策という高度に政治・政局的な意味があり得るからである。「維新の会」は各種世論調査では圧倒的な人気を得ており、現状のまま総選挙に入れば、一気に政党成りをするだろう「維新の会」が第一党にすらなりかねない勢いがある。3党合意はそうした脅威に対する既成大政党の共同防御線とも言える。また、小沢一郎氏に対する脅威と嫌悪感では輿石幹事長を除く民主党執行部も自民党も公明党も共通しており、この合意で小沢勢力外し、もしくは消極的な小沢包囲網が意図されたとも言える。

そうした政局論はともかく、財政再建にしろ、社会保障の充実にしろ、年金の改革にしろ、その成否を占うのは、日本経済の成長の可能性である。わかりやすく言えば、日本の支払い能力である。成長をいかに実現するかは政権の最大の課題である。民主党政権では菅首相時代の2010年6月に「新成長戦略」を策定し、その実現を目指した。野田政権では、2011年8月大震災を受けて「日本再生のための戦略」として復興やエネルギー新政策もとり入れてそれまでの成長戦略を再編成した。そして2011年12月に「日本再生の基本戦略〜危機の克服とフロンティアへの挑戦〜」を策定し、(1)震災・原発事故からの復活、(2)経済成長と財政健全化の両立、(3)3つのフロンティア、(4)新たなフロンティアへの挑戦、の4本柱で、より総合的に新しい時代の日本の成長への戦略を描こうとしている。

この構想はそれなりに総合的で成長への戦略図のように見えるが、どこをどのようにして成長を実現していくのかをより具体的に見て行くと、そこには大きな疑問をもたざるを得ない部分があまりにも多い。

たとえば、(1)グリーンイノベーションで50兆円の環境関連新規市場と140万人の新規雇用を創出するとしているが、その鍵を握るのは、原発でもない化石燃料でもない太陽エネルギー活用をどこまで進めるか、であることは明白である。日本は40年前には太陽エネルギー活用で世界の先端を拓いたが、いまや、欧州諸国や中国にも劣後する状況である。なぜそんなことになったか、の原因を究明しそれを逆転する戦略を描く必要があるのに、その根本問題への切り込みがない。

(2)ライフイノベーションで医療、介護、健康などの分野で新規市場50兆円、雇用284万人を創出するとしているが、かつて医療技術と国民皆医療の先進国だった日本が今や薬剤、器機、サービスでも大きく遅れてしまったことの原因究明がなく夢だけを描いている。原因は本書で詳しく論ずるように市場機能の無視、情報化の怠慢、自由診療の抑制、民間保険の不活用、過度の平等主義など明白であり、その根本を改革することで成長が大きく促進される可能性を看過している。

(3)アジア経済戦略では、アジア太平洋自由貿易圏を構築し、アジアの成長を取り込むとしているが、その前段であるTPP参加の条件整備さえできずに夢物語になっている。TPP参加のためには、本書のIX章で詳述するように農業の根本的かつ現実的耕造改革が鍵になるはずだが、そうして視点がまったく欠けた夢物語りになっている。

また農林水産業の成長産業化や金融戦略も掲げられているが、いずれも根本問題を看過した作文に終わっており、そこから成長への現実的可能性が拓けてくるとは思えない。雇用や人材戦略に至っては、「出番と居場所のある国」「新しい公共」「トランポリン型社会」など、真面目に労働市場の現実と現在の欠陥を見つめ、それを解決・克服しようとする視点が全く欠けているまさに信じ難い作文となっている。

これらの方針を細分化し、いくらかずつ予算をつけて「成長戦略」と称しているが、これでは財政再建や社会保障の充実や雇用問題の改善など、できるはずはない。「成長戦略」の4文字だけ述べることで、あたかも政府は宿題をしているように政権当局者は答弁しているが、私達は、その内容に立ち入って精査し、批判し、より現実的な対案を出す必要がある。なぜなら、こんな作文に終始している官僚や政策担当者は、とても本当に真面目に経済を見つめて仕事をしているように見えないからである。

私は本書で、これらを批判的に精査するとともに、より現実的な解決策を示していきたいと思う。

『盛衰:日本経済再生の要件』

以下では、私の新著の主要内容を紹介して行きたいと思います。新著は東洋経済新報社からおそらく7月に発刊される予定ですが、出版社がまだタイトルを決めていないので、暫定的に上記のタイトルとして内容を紹介して行きます。

第Ⅰ章 激変する世界経済環境と日本

今、世界は同時株安が進行している。何がそのきっかけになったのだろうか。直接の要因は、欧州における債務危機の泥沼化だ。

欧州の債務危機は、2009年10月に誕生したギリシャのパパンドレウ政権が、前政権が公表していた2008年の財政赤字の大きさが誤りというより粉飾決算に近いことを発見して大幅修正を行ったことから端を発した。ギリシャの財政赤字が大きいことが明るみに出ると、ギリシャの国債への不信が高まり、国債価値が減価し、金利が上昇した。

この債務危機はポルトガル、アイルランド、スペイン、イタリアなどに飛び火したため、EUは欧州安定化メカニズムなどの仕組みを創設して、金融機関の救済のために財政資金の投入の準備をした。さらにIMFも参加して危機の防止に備えた。

なぜ、債務危機が、金融や経済の危機を惹き起こすのだろうか。債務危機は、国の借金が嵩んで、返済が危ぶまれるまでに膨張することから始まる。返済が困難と考えられれば、その国債の価値は減価する。本当に借金返済ができなければ国債はただの紙くずになってしまうからである。ギリシャに限らず、借金をしている国の国債は、その国や、取引のある多くの国の銀行などの金融機関が保持している。国債の価値が下がれば、それらの金融機関の資本が毀損する。資本の毀損を補うために、金融機関は、新たに資金を調達する必要があるが、自力で調達が困難な場合には財政当局が財政資金を投入して救済する必要がある。金融機関はお互いにつながっているから、金融機関が一部でも破綻すると全体に波及するいわゆるシステミックリスクがあるからである。

EU諸国もIMFも救済のための投入資金を準備しようとしたが、4年前のリーマンショック以来、経済は低迷しており、なによりも経済回復のために世界諸国は膨大な財政支出をしてきていたので、EUの債務危機救済のために十分な財政資金をつぎ込むことができない。その結果、関係金融機関の破綻のリスクが高まり、金融機関は破綻を避けるために、貸し出しを抑制せざるを得なくなる。そうすると市場への資金供給が不足して信用収縮が起き、経済活動が抑制され、株価が低下するという悪循環がはじまり、それが世界に波及することになる。

欧州の債務危機では、ドイツやフランスをはじめ主要EU諸国やIMFなどがさまざまな形で、金融機関の救済と財政の安定化のために資金を用意する努力をしてきたし、同時に、債務危機に直面したギリシャなどの国に緊縮財政を要請したが、緊縮財政でつらい生活を強いられる国民が納得しない場合が多く、債務危機問題はあたかも”もぐら叩き”のようになかなか解決への展望が持てないまま深刻な事態がつづいている。ギリシャでは国民の納得が得られないため政権の組成ができず、一時、ギリシャのユーロ圏離脱が懸念された。それは欧州に大きな混乱を生むことから国債の減価とユーロの下落が進行した。イタリーは評判の悪いベルルスコーニ首相が退陣し、学者のモンティ博士が率いる内閣が画期的な政策で市場の評価を高めたが、解雇法制改革でやや頓挫した。そのうちに規模の大きなスペインの債務危機が進展して、ユーロ圏危機が再燃。フランスの大統領選挙で、メルケル ドイツ首相と組んで緊縮財政路線でユーロ圏の財政規律回復をめざしていたサルコジ大統領が、緊縮財政を批判する社会党首のオランド候補に破れたため、オランド氏の経済戦略が財政債務問題を深刻化しないかとの市場の懸念から、関係国の国債の減価、そして上記のような経路で、世界の株安が進行する事態となり、欧州債務問題には解決の出口が見えないなかで一進一退がつづいている。

後述するように、この問題は、日本にも重要な他山の石となっている。欧州債務危機の発火点となったギリシャの政府債務のGDP比は150%台だが、日本のそれはすでに220%に近づいており、政府債務の大きさだけ見れば、日本の方がはるかに深刻な債務状態にある。それではなぜギリシャが危機になって、日本は危機になっていないのか。ひとつには日本では消費税が5%であって、ギリシャや欧州諸国の25%前後の付加価値税の水準よりはるかに低い。つまり、いざ必要となれば、日本はまだ20%も消費税を引き上げる余地があり、借金をかなりのていど返済する潜在能力をもっているから、いわば”執行猶予”の扱いになっていること。いまひとつは、日本の国債はほとんどが郵貯や銀行など日本の金融機関が保有しているので、逃げ足のはやい外国投資家の被害を受けにくい、などの理由が考えられる。しかし、日本は後述するように、政府の総債務と民間の純金融資産をくらべる限り、今年、純債務国になる可能性が高い。そしてすでに国債の8%程度は外国の投資家が所有している。そこで、消費税の引き上げが注目されるわけだが、この引き上げが政治的な理由でできないことになれば、日本の債務危機はギリシャ以上の深刻さに陥っているという評価が世界でなされないとは限らない。野田政権が今、必死になって消費税引き上げ法案を成立させようとしている背景には、このことが強く意識されているはずである。

それにしても、世界の経済環境は近年、なぜこのように不安定で混迷を深めているのだろうか。これは4年前のリーマンショックに象徴された世界金融危機、そして世界大不況の後遺症がまだ治っていないこと、さらに言えば、あの世界経済危機を契機にして、世界経済のあり方が歴史的に大きく転換し、世界はこれまでとは質的に異なる新しい時代に入ったということかもしれない。

リーマンショックは、金融工学を駆使して、各種のデリバティブ(金融派生商品)を開発して膨大の利益を獲得していたアメリカの新しい情報金融産業が、アメリカ経済の2006年のチョットしたつまずきによる成長期待の頓挫から、デリバティブの上昇メカニズムに逆回転が生じ、膨れ上がったデリバティブの情報金融資産が急激に縮小したことから起きたといえる。デリバティブ商品の残高は、リーマンショック直前には、M1,M2などの伝統的通貨のストック量の数倍もあったといわれるが、それが一気に崩壊したショックは、想像を超えるものがある。これらの商品を陸続と生み出し世界最強といわれたアメリカの投資銀行群は、このショックを経て、リーマンブラザースのように消滅するか、あるいは銀行の傘下にはいるかなどして、すべて存在形態が変わらざるを得なかった。この衝撃は、しかし実は、世界史におけるもっと大きな転換を象徴したように私には思える。

それは第二次大戦後の世界を60年以上にわたって支え、基本的な枠組みを提供してきたパックスアメリカーナ体制が大きく変質したということである。パックスアメリカーナ体制、すなわちアメリカ帝国による世界の支配体制は、1945年にはじまった。それは19世紀からつづいたパックスブリタニカ(大英帝国支配体制)を継承したものだったが、アメリカは当時、80カ国ほど存在した世界経済のGDPの半分以上を一国で独占するほどの力があった。戦後復興のために、アメリカはドルを基軸にした固定為替制度を敷き、ドルはいつでも金に交換できるという盤石の体制の下で世界経済の復興を主導した。この体制はアメリカの圧倒的な経済力の下でしばらくは安定的に機能したが、やがてアメリカは、ドイツや日本が復興してくると、貿易赤字に悩むようになった。そして1971年、8月15日、太平洋戦争で日本が降伏した記念日を選んで、ニクソン大統領は、固定為替制度から変動為替制度への転換を発表した。私はこれを、パックスアメリカーナ体制が、盤石の第1期から、不安定で変動する第2期への変質した歴史的転換点と見る。しかしその後も、アメリカは、経済・産業はもとより軍事力、資源、サービス、情報通信、教育など文化力でも圧倒的な超大国であり、変動体制ながら世界経済の支柱でありつづけた。とりわけ1990年代以降は4%に近い経済成長率を実現し、世界最大の消費国として日本をのぞく世界諸国の高度成長を支えた。しかし、この体制が、2008年のリーマンショックを契機に大きく変質したのである。アメリカ経済は、中国など新興国が台頭する中で、これまでのように圧倒的な力で世界経済をささえることはできなくなった。国内経済の低迷の中で、アメリカは成長するアジア市場に売り込みをはかる”ふつうの国”になった。いうなれば、世界経済はかつてのような大黒柱を失い、多様化し、そしてきわめて不安定な時代に移行したのである。

しかも、その変化の背景には、さらに大きな世界のメガトレンドというべき潮流の変容が起きている。地球のエネルギー制約はかつてとは比較にならないほど厳しくなっている。40年前の石油ショック以前は、原油は1バレル1ドル程度だったが、石油ショックのあとで、10ドルになり、リーマンショック以降は、100ドルに近づいている。基本エネルギーの価格が100倍になってこれまでの経済システムがそのまま円滑に機能すると期待するには無理があるだろう。地球環境の制約もはるかに厳しくなっている。人口問題も深刻だ。世界は人口爆発で、食糧と水の供給制約が懸念されている一方、日本、欧州、東アジア、中国などでは前人未踏の高齢化が進み、これまでの社会システムが耐えられるかが問われている。

水野和夫氏はその著『終わりなき危機、君はグローバリゼーションの真実を見たか』(2011年)の中で、近年の日米英などの利子率(10年国債利回り)の著しい低下に着目し、17世紀から20世紀までつづいた近代資本主義市場経済体制そのものが原理的な矛盾を孕んだまま大きな人類史的な限界の逢着したのではないか、と極めて興味ある問題提起をしている。中谷巌氏は、水野氏の思索に触発され、近著『資本主義以後の世界:日本は「文明の転換」を主導できるか』(2012年)で、世界の3大フロンティア(地理、情報金融、エネルギー)が消滅するなかで世界経済に矛盾が拡大するのは、近代資本主義市場経済の原理そのものに自己否定的矛盾が内包されているからで、これからは競争原理に変わる新たな原理(たとえばgiving)を模索すべきではないか、と問いかけている。また、小宮山宏氏はかねてより課題先進国としての日本の可能性を示唆しつづけているが、近著『日本創造「プラチナ社会」の実現に向けて』(2011年)、高齢化、環境制約、エネルギー制約、資源制約がもっとも厳しい日本こそ、大きなマイナスに見えるこれらの制約を、思想と戦略の大転換で克服する未来志向のプラチナ社会構想を唱えている。

以上に見たように、日本をめぐる世界経済環境は、欧州債務危機による信用収縮などの懸念をはじめ不安定で混迷しているが、実は、それはリーマンショックに象徴される世界の大規模な金融・経済危機を経て、世界経済の仕組みがアメリカというかつての支柱を失って、世界史的なあらたな変動期に入っていることの反映ともいえる。さらに言うなら、近代資本主義市場経済の円滑な機能を可能にしてきた地球上のフロンティアが消滅しつつあり、世界は人類史的な新たな模索の時代にはいったと思えるようなメガトレンドの変化が進行しつつある。そうした環境条件の変化と変動の中で、日本は近年、低迷というより衰退をつづけているが、その日本の再生をどのようにはかっていけば良いのか、次回以降、順次、基本テーマを論じていきたいと思う。次回は、こうした状況の中で、近年、日本政府はどのような経済政策を追求してきたか、あるいは追求しようとしているか、そこにはどのような問題があるのか、を展望し、吟味したいと思う。

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