米中ハイテク覇権戦争:その経過と展望(3)

Vll. ツキディデスの罠


1. Allison教授チームの研究:米中対立とツキィディデスの罠
ーツキディデスの罠
 ・ギリシャの歴史学者ツキディデスが描いた紀元前5世紀のスパルタとアテネの覇権戦争はその
  後ツキディデスの罠としてしばしば言及される。
 ・これは当時、地中海域で覇権国だったスパルタと追い上げてくるアテネとの間に緊張感が
  高まり、結局、ペロポネソス戦争でアテネが勝利して新たな覇権国となったという史実。
ーハーヴァード大学「トゥキディデスの罠研究」
 ・ハーヴァード大学ベルファーセンターの応用歴史学PT「トゥキディデスの罠研究PT」を主催
  したGraham Allison教授はこのPTで振り返って研究した過去500年の歴史の中で、新興国が
  覇権国を脅かしたケースと16件確認。
 ・そのうち12件で戦争が起きた、と報告。
    グレアム・アリソン『米中戦争前夜』(藤原朝子訳)2017、ダイヤモンド社
  
 ・ちなみに戦争に至った5件は:
     日本とアメリカー20世紀半ば
     日本vs中国ー19世紀末
     日本とロシアー20世紀初め
     ドイツとフランスー19世紀半ば
     イギリスとオランダー17世紀半ばから末
     ハプスブルグ家vsフランスー16世紀前半
 ートゥキディデスの罠に陥るのか
 ・明らかに中国が新興勢力として事実上の強力な覇権国であるアメリカを追い上げ。
 ・トランプ政権はその中国に対して経済力を減殺すべく高関税を賦課し、
 ・また戦略的に極めて重要な通信インフラの構築で世界をリードしている華為技術をはじめ
  とする先端ハイテク企業に対しアメリカ発の部品や技術の輸出禁止措置で制裁。  
  →事実上の戦争状態に近い緊張の高まり。こ
 ・これがトゥキディデスの罠に陥って本当の戦争に発展するのか、
  世界は今、固唾を呑んで注視。
 ー中国の追い上げ  
 ・アリソン教授は、覇権国アメリカに脅威感と警戒感を抱かせる近年の中国の激しい
  追い上げ現象を詳細に記述している。そのいくつかを例示。
  ・中国は2014、GDP(PPP)でアメリカを抜いた。
  ・一人当たり平均所得:1980、193ドル、2017、8100ドル以上
  ・世界同時不況(2008)以降、世界経済成長の80%は中国
  ・1996年から20年で420万kmの道路建設、高速道路網はアメリカの1.5倍長さ。
  ・中国高速鉄道網の全長は、全世界の高速鉄道網の全長を上回る。
  ・中国の国家開発銀行(対外投資)欧米の6大開発銀行の融資残高1300億ドルを上回る
   金額を国際開発PTに融資。
  ・対艦ミサイルで米空母を、衛星攻撃兵器で米軍事衛星を破壊できる非対称戦可能
ー米覇権低下への懸念
  ・中国の急速な台頭→アメリカの経済力の相対的低下→覇権の相対的低下への懸念
    アメリカ人は経済の優位はアメリカに不可分の権利。それはアメリカのidentityの一つ
    
  ・とりわけアメリカの中国involvement戦略への反省
    中国の1980s以降の急速な発展→中国の所得上昇→中産階級の増加→自由への欲求
    →アメリカ型民主主義への同調→世界経済への参加許容→WTO参加の許容
    その結果、世界貿易をテコに中国の成長加速、
  ・ところが、習近平政権は、中国強国化戦略、国際的影響力拡大戦略
     例:「一帯一路」「AIIB」「新型大国関係」
  ・習近平一強体制の恒久化(2017.10.第19回共産党大会、2018.3.三中全会憲法改正)
    
  ー中国への警戒感↑→中国への対抗措置
  ・オバマ政権:戦略的忍耐
  ・トランプ政権:高関税賦課攻撃→輸出減退→成長↓→報復関税↑→物価↑→国民生活圧迫
     ⇒中国経済の弱体化
 ー情報・諜報覇権侵食への警戒と対抗手段
  ・通信インフラは国防の根幹:通信は情報の授受と収集(諜報)の基本インフラ  
  ・5G(高速通信、超信頼・低遅延、同時多数接続の次世代インフラ)で中国先行
  ・通信インフラにbackdoor(秘密の情報摂取装置)を仕掛けておけば、超高速の
   uploadで瞬時に大量の情報を摂取することができる。そのインフラで世界をリードする
  ・HWを今、潰しておかないと覇権を維持する情報インフラの優位性を失う。
  ・HWは高度な国際分業と協業のメリットを生かして急発展してきた企業。HWが依存する
   アメリカ製もしくは発の枢要部品や技術を禁輸すれば、HWは糧道を断たれて衰滅する。


 2. 米中の思想と国家・世界観の相違  ーフランシス・フクヤマは冷戦の終了を見て「歴史の終わり」を唱えたが
  (「歴史の終わり?National Interest 1989」)
  ・サミュエル・ハンチントンはこれを批判。文明間の断層は深く激しく長期につづくので
   歴史が終わることはない、と主張(Foreign Affairs 1993)◉Book?
  ・現在の米中対立を見透す?
  ーアメリカ「自由、人権、平等、民主主義、個人主義」が基本。
   この思想と価値観は、近代を規定したフランス革命に由来。
  ・民主主義の政府のみ正統性あり。人民の人民による人民のための政府。
   政府の正統性は統治される人民が同意した時にのみ得られる。自由選択の選挙が基本。
  ・アメリカは自由に最大の価値:G.Washingtonとともにアメリカ建国の父と言われる
   Patrick Henry(初代Virginia州知事)”Give me liberty, or give me death.”
   
  ー中国:儒教文化「権威、序列、対立回避、面目重視、個人の権利と利益は社会そして国家
   に従属、調和的秩序は序列(分を弁える)でもたらされる。
  ・政治的正当性はその実績で与えらえる。実績ゆえに選挙は不可欠ではない。
   実績ゆえに一党独裁は正当化される。
  ・統治者は人民に安寧と豊かさをもたらせば良い。人権も個人の自由も本質ではない。
  ーこのように水と油ほど違う価値観の両国の共通項=極端な自己優越意識
  ・アメリカは自国の基本理念が普遍的と信じ、他国を折伏し強制しようとする。
  ・中国は自国の文化の優越性を誇示し文化序列で近隣諸国にその秩序尊重を要請。
  ーこの文明の対立が今日の米中対立の根底にある。
   
 3. アメリカの自己主張の矛盾
  ーAllison教授の問題提起:
   ・アメリカ人は「中国は私達と同じように振る舞うべきだ」と説教するのが好きだ。
    だが、本当にアメリカ人のようになって欲しいのか、もう少し慎重に考えた方が
    いいかもしれない。
   ・100年前にTheodore Rooseveltが「アメリカの世紀」の到来を自信満々で
    宣言したとき、アメリカはどのように振る舞っていただろう。
   ー米西戦争:
     1898.215.ハバナ湾でアメリカ軍艦メイン号爆発沈没。スペインの仕業として
     宣戦布告。アメリカはスペインを破りCuba独立、 Puertorico、Guam、
      Philippines割譲。
   ーパナマ運河:
     1903パナマの革命機運の乗じて海軍派遣。コロンビアを威嚇してパナマを国家と
     して承認。今日までつづく莫大な利権獲得。
   ーアラスカ国境問題:
     1867年にロシアから購入したアラスカのカナダ側国境に金鉱発見。権利を主張
     するカナダとイギリスを軍事力で威嚇して1903仲裁法廷でアメリカ主張の判決。
   ー米墨戦争:
     1836、多くのアメリカ人不法移民に占拠され、テキサス共和国がメキシコから独立を   
     宣言。1845、テキサス共和国がアメリカに併合されたがメキシコは認めず。テキサス
     を併合したアメリカは幾多の国境紛争に続き、1846.5.23に宣戦布告。47.1.13調印の
     条約で、カリフォルニア領有権。48.2.2.調印の条約でアメリカはカリフォルニア、 
     ネバダ、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコ、ワイオミング、コロラドの大半にテキサス
     同様の管理権を設定。この結果、メキシコは国土の1/3を喪失した。
 
    ー太平洋戦争直後、GHQ諮問委員会メンバーとして特に労働法策定に参画したHelen
      Mearsは著書「アメリカの鏡・日本(Japan: Mirror for Americans 1948)」執筆。
     その中で日本の戦略行動は欧米に見習ったもの。それは欧米の過去の鏡ではないか、
     と本質的な問題提起。
    ・Allison教授の問題提起にしたがえば、アメリカに見習うことは強欲な侵略国をめざす
     ことになる。
   
 4. 覇権戦争を回避する知恵はあるか?
    ーAllison教授は、米中戦争回避の知恵として以下を示唆。
      1. 新旧逆転に適応する
      2. 中国を弱体化させる
      3. 長期的な平和を交渉する
      4. 米中関係を定義しなおす。例えばアメリカから「新型大国関係」を提案。
    ーその意思と知恵が両当事者にあるか?

 


Vlll. ハイテク覇権戦争の展開と行方


 1. 中国の躍進と中国夢
  ー中国の近年の躍進は、単に開発途上国から先進国をめざす移行過程で、いわゆる中進国の
   罠に陥らないために先進的なアメリカの情報技術を学び、経済の質的向上を官民挙げて
   追求した成果。
  ・しかし、より大局的には、習近平主席が唱えるように、アヘン戦争以来の180年に及ぶ屈辱
   の歴史を克服し、本来の中国人民の力を発揮して共産中国建国100年にあたる2049年まで
   に経済的にもそしてその結果として真の強国になることをめざすという長大で真剣な国づく
   りの思想がその根幹にある。
  ・さらに言えば、中国の文明史は3000年の長さを誇り、アメリカ合衆国の歴史はまだ2世紀
   半に満たない。中国は2000年にわたって世界最大の帝国であった。そうした視野で強国
   中国の再興をめざしているとすれば、中国は容易に掲げた目標を下ろせないだろう。


 2. 収束への可能性  ー中国がこのような壮大な国家的野望の下に総力を挙げて取り組んでいる一方、アメリカも
   世界に君臨する覇権国として、中国に簡単に譲歩するわけにはいかない。とりわけ国家
   統治の価値観が大きく異なるだけに双方とも妥協は容易ではないだろう。
  ・トランプ大統領の最大の目的は大統領選に勝つこと。その限りで”Deal”もあり得る。
   しかし、中国への警戒感、敵対意識は、今や民主党も含めアメリカの主導層に広く
   強く浸透している。特に軍と諜報部門に警戒感が強い。
  ・中国はアメリカの関税攻撃に対して日中戦争中に”毛沢東”が唱えた”持久戦。”戦法。
   遭遇戦→陣地戦(今)→逆転攻勢。
  ・こうした状況では収束には時間がかかり、その可能性は見透せない。


 3. 世界の分断はあるか
  ・通信など中国のハイテク企業の対し、アメリカは彼らがこれまで依存してきた重要部品や
   技術の禁輸措置で締め付けを図っている。他方、華為技術など中国の企業はそれらを内製
   化する技術自立化を図っている。
  ・アメリカの締め付けと中国の技術自立化が進むと、これまで世界を包んでいたサプライ
   チェーンが分断され、大袈裟に言えば、世界はアメリカ経済圏と中国経済圏に分断する
   可能性も指摘されるが、そうなるか?
  ・米中の新冷戦が言われるが、かつての米ソ冷戦と違って、米中による世界経済の分断は
   起きないと考える。米ソ両国は経済的にはほとんど交流がなかったが、米中経済は依然
   として世界でもっとも相互依存、相互浸透の進んだ関係にあり、事実上分断は困難。
  ・両国はハイテクの部分では相互依存や浸透の程度は低下するだろうが、経済全体として
   は不可分の関係がつづくだろう。


 4. 日本への警告と課題
  ・米中間で敵対的な相互依存がつづく中で両勢力の中間にある日本は困難な選択と舵取り
   を迫られる。
  ・同盟国として安全保障については完全に米国依存をしてきた日本は、こうした米中関係の
   下では、これまでのような依存から協力と自立の関係に移行すべきだろうし、中国とは
   相互理解を深め経済協力を進める必要がある。
  ・米中関係も不安定な中で戦略的な共存を求めて常に変動すると考えられるから、その両勢
   力とポジティブな関係を維持するためには、日本はこれまでより遥かに両勢力について
   情報と理解を深め、外交的に敏速で巧みな対応をする能力を磨く必要があるだろう。   

米中ハイテク覇権戦争:その経過と展望(2)

V.   デジタル時代の安全保障の中国脅威論


1. 5Gの中国先行への米国の警戒感、脅威感
 ー5Gは最強の軍事・諜報インフラ
  ・通信ネットワークと機器は重要な軍事インフラ。軍の戦略配置や展開また戦闘行為を
   支えるのは情報。情報の伝達は軍事活動の実行を直接支える重要機能であると同時に
   敵の置かれた環境や状況を事前に知り、また常に監視する手段すなわち諜報活動の
   基礎でもある。
  ・5Gは次世代通信技術として、現在の4Gにくらべ遥かに高度な機能を持つ。
   例えば、大容量・超高速(10倍)、超信頼・低遅延(精確)、多数同時接続(100倍)など。
   軍事・諜報情報の伝達手段として5Gは超高度の性能を持ち、これを支配する者が
   軍事・諜報上優位に立つのは明らか。
  ・5Gの研究開発と実装で、現在、HWが世界をリード。これは中国の軍事・諜報活動の  
   世界優位を可能にするとの米国軍事・諜報関係者の強い懸念。
  
 ー中国の体制はAIと親和性が高い
  ・中国体制はトップに国民が政治的意思を委託。国民による審判(民主選挙)、野党による
   国会論戦、マスコミの批判もなく、効率的。プライバシーは軽視。14億国民からビッグ
   データを吸い上げ、AIで分析して国家目的に活用することは容易。
  ・こうして構築した国家的な情報収集・分析・操作能力を仮想敵国へん諜報活動に活用する
   ことは可能。
  ーHWは共産党の支援を受け共産党に従う企業
  ・2018.1.米上院情報委員会の公聴会。FBIの Christopher Rey長官「我々と同じ価値観を
   持たない外国政府に対し、恩義にある企業や組織が米国の情報通信ネットワーク上で力
   を持つリスクを深く懸念」
  ・HWは元将校が創業した人民解放軍と一体の企業。中国共産党政府の意を受けて活動する
   ハイテク企業という理解。
  ・そうした企業HWが次世代通信技術で世界をリードすることはアメリカの覇権への深刻な
   脅威。HWを叩くなら今。
  ーHWは危険企業?  
  ・21世紀覇権をめざす中国の尖兵がHW。5G時代に独走を許せば覇権を取られかねない。
   早く潰しておくべき?
  ・ FCC(連邦通信委員会)の懸念。もし通信機器やネットワークにバックドアの細工がある
   と、ここからデータが盗まれたりシステムが破壊されたりするリスクを懸念。
  ・HWは過去30年一度もそんな事故はないと反論。
  ーHWは共産党企業の決めつけは公正か
  ・米中ハイテク戦争の進展の中で、HWは共産党企業とのイメージが流布しているがそれは
   公正か?HWは共産党の支援で誕生し発展したのか?
  ・創業者任生非氏は若い頃、父母が共産党を支持していたにもかかわらず教員だったため。
   文革で牛小屋(牢屋)に閉じ込められ造反派から糾弾され続けた理不尽を納得できず、
   共産党に入党しなかったが、軍務中、全国科学大会に参加することになり仕方なく
   入党した。父母はそれを喜んでくれたという。創業者のこの経歴を知るならHWが共産党の
   助けで創業したことはあり得ない。
  ・HWは弱小民間企業だったので、国有企業のように資金も資源も人材も容易に得られなかっ
   た。従業員持ち株制を始めたのは当初は従業員から資金調達の意味もあった。大企業にな
   ってからでも、資金が足りず、会社を残す手立てとして米社に買収を打診したこともあっ
   た。国際展開に際して政府から国有企業並みの開発融資を受けたのは近年のこと。国家
   資金で成長したとは真逆な発展過程である。
  ・HWは世界92社から部品や技術を導入する国際協業を最大限に生かした企業であり、その
   うち1/3はアメリカ有力企業であることはHWはアメリカが育てた企業という方が適切。


 2. 5Gとは何か
 ー超高速で情報を収集(抜き取り)できる5G
  ・5Gは4Gに比べると10倍の通信速度。それはダウンロードの場合だが、アップロード
   でも6倍。それは従来よりはるかに早く端末から情報を吸い上げることができることを
   意味する。それはそれは軍、諜報部門、国家の需要に答える強力な武器。
  ー移動通信システムの進化。
    1Gは音声通話、
    2Gはメールやウェブ
    3Gはプラットフォームとサービス
    4Gは大容量コンテンツ
  ー通信の標準化と5Gのビジョン
  ・「国際電気通信連合」(ITU: International Telecommunication Union:
    通信に関する国際標準化団体)が標準化に先だって5Gのヴィジョンを検討。
  ・2015.9にビジョン(ITUーR M.2083)発表。5Gの3利用シナリオ明示。
     1.  高速大容量通信(eMBB: enhanced Mobile Broad Band)
               2.  超信頼・低遅延通信(URLLC:Ultra Reliable and Low Latency
                     Communications)
               3.   多数同時接続(mMTC:massive Machine Type Communications)
  ー5Gを実現する技術:
   1. 大容量通信:
    ・5Gに割り当てられた電波は3.7GHz帯、4.5GHz帯、そしてミリ波帯の28GHz帯
     の超高周波帯。
    ・基地局のアンテナを集積する技術、そのアンテナから減衰しやすい高周波の電波を高
     い指向性を持って端末に送る「ビームフォーミング」などの要素技術を組み合わせて
     4G時代の10倍以上の通信速度実現。具体的には5Gでは下り最大20ギガbps、上り
     最大10ギガbps水準を達成。上りの強化が画期的。
   2. 超信頼・低遅延通信:
     5Gの遅延は1ミリ秒。4Gの10分の1。短い経路で通信を完結する「エッジコンピュー
     ティング」や通信の制御系(C plain)と伝送系(U plain)を分離して並行できる技術
     などを組み合わせて、超信頼・低遅延通信を実現。
   3. 多数同時接続:
     4Gで基地局あたり100台ていどの端末に同時にアクセスできたのを、5Gでは100倍の
     1万台ていどの同時アクセスが可能になる。端末と基地局のやりとりの事前許可を省略
     するグラントフリー方式など多様な技術の組み合わせで実現。多数同時接続の性能は
     IoTで高い効力を実現。
  ーHWの5G戦略
   ・5Gの国際基準の設定では多くの国と大小の通信ベンダー欧州が主導権をとり、それに米
    国、韓国、日本が追随する形だが、欧州がHWを受け入れたので国際協調が成立。
   ・HWは優れた企業の国際的な協業を最大限に活用して5Gでも製品開発と供給を推進し、
    いくつかの領域で世界をリードする役割を果たしている。
   ・HWは通信機器の性能、価格(安さ)、製造と提供の速さ、サービスの良さに注力。
   ・開発とサービスの例として基地局。4Gの基地局は大きく重いものが多く、設置にも人手
    と時間がかかった。HWは5G基地局を1人で背負える程の小型化に成功し、設置の人件費
    と時間の節約に大きく貢献し、世界的に顧客から評価されている。
   ・米中ハイテク戦争で、アメリカがHWの5Gを使わないように世界に圧力をかけている。
   ・5G市場で大きな比重を占める欧州は2019.3.に「5Gネットワークのセキュリティーに対
    するEUの共通の取り組み勧告」を発表し、EU加盟国の取り組みと「EUの取り組み」に
    分け、HWとどう付き合うかを加盟国に委ねた。
   ・その後、トランプ大統領や米政府高官が欧州各国を訪問してHW排除に同調するよう
    要求したが、英国のメイ首相は拒否、フランスもドイツも独自基準で判断するとした。
   ・アメリカのHW排除の理由は機器の中にbackdoorwと呼ばれるスパイ装置が装着されて
    いる可能性が高いということ。欧州各国では独自の基準と装置で厳格に検査しており、
    HW製品に特段の疑念がないとしている。
   ・HWの松山キャンパスのサイバーセキュリティー館では、顧客の対して十分に納得がいく
          まで製品を検査する機会を提供しており、そうした状況下でスパイ装置を装着した製品
           を提供することはおそらく困難であり、またその理由もないのではと思われる。
         ・中国国有通信大手は11.1から5Gの商用サービス開始。50都市に13万基地局設置。
     
 3. 中国の諜報戦略への警戒
  ーHWの5Gは最強の諜報インフラ
  ・5G時代には世界中に散りばめられたスマホやPCなどの端末がネットに数秒繋がるだけ
   で、PC内部の大半のデータが瞬時に吸い上げられる最強の「諜報インフラ」となる。
   5Gの規格化で最多の特許保持はHW。5Gは諜報のためのインフラ。安価で効率的な
   インフラを提供しそこを通過するデータをすべて当局が押さえることができる。
 ー中国の「国家情報法」
  ・中国は2017.6.27.」は国家の安全強化のためとして、国内外の情報工作活動に法的根拠を
   与える「国家情報法」を制定施行した。2018.4改正)。同法は第7条で「いかなる組織も
   公民も法律に基づいて国家の情報工作を支持し、協力し、適合していかねばならない」と
   規定。
  ・さらに2017年初から、すべての企業と国民が、人民解放軍に協力することを義務付ける
   軍民融合促進法の審議も開始。
  ・このような法律の下では、すべての企業と国民は政府と軍の命令に従って要請された情報
   は提供せざるを得ない。こうした体制の下では、米国などが中国を軍事と諜報上、強く
   警戒せざるを得ないことも理解できる。
  ・ただ、多くの国々は中国のようにあからさまな法律などにはしていないが、政府はいざと
   いう時には暗号化したものも含め国民や企業などのあらゆる情報を確認できる体制が
   取られているようだ。
 ー中国は危険国家?
  ・上記のような国家体制の中国が情報化や情報インフラで世界をリードすることには国際
   社会から多くの疑念がもたれることは否定し難い。
  ・アメリカでは、中国が世界中から戦略的に役に立つ情報を多様な情報機器を使って収奪し
   国家目的に役立てているという観念が広く行き渡っているようだ。
  ・専門家の間では、いろいろな事例が認知されているようだが、2015年にアメリカで発見
   された電子機器のマザーボードに「Big Hack」という監視用の極小のスパイチップが
   組み込まれており、そのマザーボードは中国の下請け業社が作成したもので、それが官民
   に広く使われていたので、世間の関心を引いた。伊藤秀俊、松田学『米中知られざる
   仮想通貨戦争の内幕』2019 宝島社。
  ・中国が強い関心を集めているが、こうした問題は世界で多かれ少なかれ存在する深刻な
   問題の氷山の一角なのだろう。

  
4. アメリカの諜報戦略
(1)Snowden事件
・Edward Snowden:
 アメリカ合衆国安全保障局(NSA)および中央情報局(CIA)の元職員。NSAによる国際的監視網(PRISM)の実在を告発した。
・S氏はGardian紙にNSAの極秘ツールであるBoundless Informantの画面を示し、クラッパー
 国家情報長官が議会公聴会で否定した3月に合衆国内で30億件/月のインターネットと電話回線
 の傍受が行われていたことを明らかにした。
・標的になった情報は通話者の氏名、住所、通話内容のみならず、メタデータも収集。通話者双方
 の電話番号、端末の個体番号、カード番号、時刻、基地局情報から割り出して位置情報も収集。
・インターネット傍受はアプリケーションプログラミングインタフェースのような形のバックドア
 によるもので、コードネームPRISMと名付けられた検閲システムによって行われていた。標的
 情報は、電子メール、チャット、電話、ビデオ、写真、ファイル情報ビデオ会議、登録情報。
・通信傍受ではMS, Yahoo, Google, PalTalk, Youtube, Skyp, AOL Appleなどの協力が明白化。
 FBには2012年後半6ヶ月で、NSAから18000~19000個のユーザーアカウントについて情報
 提供依頼があったと報告。
・S氏によると、NSAは世界中で6.1万件のハッキング。そのうち数百万回以上が中国大陸と香港
 の政治、ビジネス、学術界を目標。中国へのハッキングは2009以降活発化。NSAには外国との
 共同作戦のための専門委員会も設置。
・Gardianは、S氏の極秘文書により、NSAが38カ国の大使館にも盗聴していたことスクープ。
 対象:日本、フランス、イタリア、ギリシャ、メキシコ、インド、韓国、トルコなど同盟国も。
・Washington DCのEU代表部への情報工作のケースでは、暗号機能つきのファクス内に盗聴器
 と特殊アンテナが仕組まれ、90人の職員のPC内のデータすべてを覗き見る手法で実施。
・フランスオランド大統領、ドイツ報道官らは「容認できない」と苦言。オバマ大統領は一般論
 として「諜報機関を持つ国ならどこでもやっている」と理解求めた。
・オリバーストーン監督『スノーデン』では、日本が同盟国でなくなった場合は電力システムを
 停止させられるなどのマルウェアを横田基地駐在時に仕込んだ」という内容が語られている。


(2)中国諜報技術はアメリカのコピー?  
 ・米国連邦通信委員会(FCC)はHWなど中国l通信機器メーカー製品の政府調達を禁止。 
   FCC委員長は「通信機器に密かに仕込まれたバックドアを用いて敵対的外国勢力がスパイ
   活動を行うことができる」と明言。それでは米国はなぜHWを通信スパイ企業として起訴
   しないのか。
 ・しかし米当局がHWを起訴した罪状は通信スパイでもなければ盗聴でもなかった。主に、
  金融詐欺、司法妨害、企業秘密窃盗で、盗聴やデータ不正アクセスの言葉は見当たらない。
 ・実はバックドアそのものを犯罪とするのは米国にとって都合が悪い。通信機器には基本的に
  開発上のバックドアが存在する。それは製品のリリースとともに閉鎖されるが、政府の要求
  するもの、あるいは意図的に仕込まれたものは残される。
 ・米政府関連機関のある開発エンジニアは「米国政府にはHWがスパイ企業と言えない理由が
  ある。それはHWは米国政府が開発した通信機器用のバックドア技術を転用しているので、
  バックドアを利用した通信スパイを禁止すると明言してしまうと、米国政府のバックドア
  利用も批判されかねないからだ」という。
 ・つまり、米国政府も利用しているバックドア技術を中国政府も使っていることを批判すると
  米国政府は自分で自分の首を絞めることになる。
 ・しかしアメリカの諜報部門にとっては、HWが5Gで覇権を取ることは、諜報システムの
  インフラを中国に支配されることを意味すると考えているようで、HWを潰しても阻止しなく
  てはならないようだ。

 


Vl.   中国の強国化戦略


 1. アヘン戦争以来の屈辱の歴史の超克
           ・中国は古代から近代まで東洋の圧倒的な超大国であり、文化の中心であり、
     最大の覇権国だった。 
    ・中国は特に1840~42年のアヘン戦争と1856年のアロー号事件で、イギリスに事実上
     植民地化され、欧米列強が相次いで中国に利権を設定し、つづいて20世紀前半には
     日本によって蹂躙されるに至った。
          ・中国は1980年代以降、鄧小平の指導による積極的な開放改革戦略で目覚ましい
     発展を遂げた。鄧小平は事実上の超大国への道を急進するこの期間、”韜光養晦
     (爪を隠して内に力を蓄える)という路線を堅持した。しかし、2012年、国家主席
     に就任した習近平主席は、中国の力を内外に誇示する戦略に転換した。
  2. 中国夢
    ・習近平主席は、盛んに”中国夢”を唱え、中国は今や、アヘン戦争以来170年の屈辱の
     歴史を乗り越え、中国人民にふさわしい世界の大国、強国になるのだと国民を鼓舞
     した。そのキャッチフレーズが”中国夢”である。
           ・習近平政権が追求する”中国夢”は、170年間の屈辱の歴史の克服と払拭そして欧米
                列強の歴史的横暴に対するリベンジであり、中国人民の国家的復権をめざすもので
               ある以上、それは実現せねばならぬ国家の基本戦略である。
    ・それを実現する最大の基礎は経済力、特に質の高い競争力に裏打ちされた経済力で
     ある。その戦略の重要な一環として、中国政府は「中国製造2025」というビジョン
     そして工程表を提示した。


  3. 中国建国100年強国構想
          ・中国は、2021(共産党創設100周年)を念頭に、
       2020:小康社会の全面完成
       2035 :社会主義現代国家建設
       2049(中華人民共和国建国100周年):社会主義現代化強国。
    ・そのためには創新(イノベーション)が基本戦略


      4. 「中国製造2025」に象徴される経済強国化戦略
   ・中国国務院が2015.5発表の産業政策『「中国製造2025」は、次世代情報技術や
     ロボットなど10の重点分野を設定、製造業の高度化をめざす。
         ・中国は建国100年の2049に「世界の製造強国の先頭グループ入り」をめざす。
          「中国製造2025」はその長期戦略の第一歩。
    ・発展途上国に多かれ少なかれ共通する国家主導発展戦略
      例:戦前・戦後の日本、19世紀のドイツ、1970年代以降の韓国、シンガポールなど。
  ー「中国製造2025」
   ・中国国務院が2015.5発表の産業政策『「中国製造2025」は、次世代情報技術やロボット
    など10の重点分野を設定、製造業の高度化をめざす。
   ・中国は建国100年の2049に「世界の製造強国の先頭グループ入り」をめざす。
   「製造2025」はその長期戦略の第一歩。
  
   ー製造強国への工程表
     1. 第一段階(2015→2025):製造大国(規模)→製造強国の仲間入り
     2. 第二段階(2025→2035):→製造強国の中等水準
     3. 第3段階(2035→2049):→製造強国の先頭グループへ躍進。
   ー「中国製造2025」重点10分野
    1.   次世代情報技術:
    2.   高度なデジタル制御の工作機械・ロボット
    3.   航空・宇宙設備
    4.   海洋エンジニアリング・ハイテク船舶
    5.   先端的鉄道設備
    6. 新エネ・省エネ自動車
    7.   電力設備
    8.  農業用機材
    9.   新素材
    10.  バイオ医薬、高性能医療機械


 5.  ハイテク覇権と台湾統一   
  ・中国の究極の戦略は、台湾統一。それは習近平の悲願。
   それができれば、ハイテクメガ企業、HW, TSMC, ホンハイは中国傘下。
  ・HW製品の約半分は、子会社のハイシリコン(海思半導体)が製品の心臓部となる
   コアチップを設計。その設計に基づいてTSMCが、台湾新竹、上海、南京の工場で
   受託生産。そのTSMCの半導体を組み込んだ製品を、ホンハイが中国各地の工場で生産。
  ・しかも任正非、張忠謀(モリスチャン)、郭台銘は旧友で一蓮托生。習近平とも密接
   (任正非はやや?)
  ・それだけに香港の若者反乱の波及効果を凝視。対応を誤ればその機会は永久に喪失。
  

米中ハイテク覇権戦争:その経過と展望(1)


l.  はじめに

 ・米中ハイテク摩擦が加熱している。ハイテク覇権国アメリカを中国の台頭が脅かす構図。
 ・アメリカは特に5Gで世界先端に立つ中国通信機器グローバル企業、華為(HW)潰しに注力。
 ・通信機器は軍事・諜報の重要インフラ。覇権国アメリカはこの優位を死守したい。
 ・覇権争いは戦争になった例が多く、世界は米中対立の行方を注視している。
 ・国家制度とその根本思想が異なる米中の妥協は困難?解決の可能性はあるか。
 ・ここでは事実経過を詳細に振り返り、ハイテク覇権争いの行方と課題を展望する。

 

ll.   孟晩舟氏の逮捕劇

1. 孟副会長の逮捕
・2018.12.8. 華為技術副会長の孟晩舟(Men Wanzhou)氏をカナダ司法当局が逮捕。
・孟晩舟氏は中国では中国産業界を代表する女性の経営者として人気が高く慕われている。
 彼女はファーウェイ社の創業者の娘。彼女は東日本大震災の際、いち早く日本に駆けつけ、
 数百基の基地局の復旧作業を指揮したことでも知られる。
・この逮捕にたいし、中国政府はカナダ当局に猛烈に抗議し、カナダ人関係者を別件で逮捕する
 という対抗策。国際関係は一気に緊張した。

2. 逮捕の容疑
 1. イランむけ禁輸違反。ファーウェイが香港の設立したダミー企業「スカイコム」を
  通じ、イランに2009~2014にわたり米企業の通信機器を納入した疑い。
 2.  アメリカの特許技術窃盗。特に2012.6~2014.9にかけてTモバイルUSの機密の窃盗。
 
3. 米中首脳会談(ブエノスアイレス、2018.12.1)
 ・ブエノスアイレスでの米中首脳会談首脳会談は中国側の要請で開催されたとされる。
 ・中国側はアメリカ製品や農産品を大量買い付けするに引き換え、関税25%への引き揚げ時期
  を3.1まで延期=執行猶予。
 ・アメリカはその90日間で以下の5項目について合意が得られなければ中国からの輸入のすべて
  に高率追加関税を課けるとの条件をつけた。

 ・5項目とは:
    (1)技術移転の強要をしない
  (2)知的財産権の保護
  (3)非関税障壁の撤廃
  (4)サイバー攻撃とサイバーによる窃取をやめる
  (5)サービスや農業貿易の障碍除去
    
 ・この交渉結果で中国がホッと一息ついた1週間後、2018.12.1に孟CEOの逮捕劇。
  アメリカ司法当局は周到な準備。
 ・このことをトランプ氏が首脳会談を終わるまで逮捕劇を知らされていなかったとされる。
  ジョン・ボルトン安保担当補佐官が故意に報告を怠ったためか。

ー上記の条件のうち4点はすでに2018年3月に公表されたUSTRの調査で技術移転の強制ならびに
 知的財産権の侵害の4つの手口として強調されていた。
 ・米政府の上記のような中国の知財侵害などへの批判の背景には、トランプ政権の貿易戦略
  大統領補佐官Peter Navaro氏の激しい中国批判がある。それが米国政府の中国批判の骨格 
  に。
 ・孟副会長逮捕は米中両国が第三国も巻き込んで、事実上の戦争状態ともいえるほどの緊張
  状態に入っていることを示唆。
 ・アメリカはなぜHWをここまで敵視して追求するのか?
 ・そこにはアメリカが国防上の理由で中国ハイテク企業を狙い撃ちにする制度条件が設定
  されている。


lll.    国防特別法とEntity List


 1.  米国の中国ハイテク企業締め付け戦略
 ー「米国防権限法」
 ・米国の中国ハイテク企業攻撃の根拠法。「2019年度米国防権限法(NDAA2019)」
 (2018.8. 上下両院で超党派の賛成多数で可決)。
 ・同法によれば、
 ・2019.8.13以降、下記5社製品を組み込んだ他社製品を政府などが調達することを禁止。
 ・20.8.13以降は5社製品を社内で利用しているだけで米政府とのいかなる取引も不可。
 ・この法律に基づき、米政府は、2020.8.から、ファーウェイなど中国ハイテク企業の製品を
  使用しているだけで米政府との取引禁止方針を打ち出す予定。
 ・米国が特に安全保障上のリスクがあるとして警戒しているのは下記の5企業。
    ・ファーウェイ、
    ・ZTE(中興通訴)
    ・杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)監視カメラ大手
    ・浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)
    ・海能達通信(ハイテラ)

 ーZTE攻撃
 ・2018.4.16  商務省はZTE(HWにつぐ中国第二位、世界4位の通信機メーカー、深圳市
  政府が経営する国有企業)を血祭り。ZTEがイラン、北朝鮮に違法輸出をしたとの嫌疑で、
  Entity List(後述)に記載、すべてのアメリカ企業に7年間すべての輸出を禁じた。部品の3割
  をアメリカ依存のZTEは倒産の恐れ。しかしロス長官が2018.6.7. ZTEに過去最高の罰則を課
  して制裁を解除。その後、商務省に対する報告に虚偽があったとして再指定。Qualcom や
  Intelが即座に取引中止したので、ZTEは今は生産停止状態。

 2. 米中交渉の展開と”5月の反転”
 ー米中交渉”5月の反転” 
  ・19.2.24、トランプ氏は交渉期限を3月1日でなく延長を提案。
   4月には交渉は順調に進んでいるとツィッター。
  ・5.10. 米側は「9割完成していた合意文書案の全7章を中国が大幅に修正して一方的に送付
   した、と反発し、2000億ドル規模の追加関税を10%から25%に引き上げた。この文章は
   習近平主席の中学時代の同級生で抜群の秀才だった劉鶴副首相が妥協して合意したものだ
   が、習近平氏はこんなものは受け入れられないと大幅に修正したといわれる。
  ・このどんでん返しを朱建栄教授は”5月の反転”と呼ぶ(朱建栄「参考消息 2019.7.12)

 ー譲る気のない中国
  ・直後に劉鶴副首相が訪米して協議したが、物別れに終わった。
   劉鶴氏はDCを離れる前、3つの原則に関しては譲らない、と中国メディアに語った。
   1. 追加関税を全て撤廃
   2.  貿易購入数量は合意を恣意的にかえるべきでない。
   3.  文書の均衡性を改善すべし。どの国にも尊厳がある。
  ・中国側はその交渉に最初から結果を期待せず、自分のペースに持って行こうとの作戦?

 3.  Entity List(2019.5)とその影響
 ーHWを敵と認定
 ・”5月の反乱”の直後、5.15. トランプ大統領「情報と通信技術とサービスのサプライチェーン
  の保護」大統領令にサイン。外国の敵から自国産業保護する国家緊急事態宣言
  ファーウェイを敵と規定、その台頭を国家緊急事態と認識。

 ーEntity ListにHW記載
 ・翌 5.16. 米国商務省はHWを米国の国家安全保障や外交に問題をもたらす懸念のある企業
  としてEntity Listに記載して公開した。

 ーEL記載の意味
 ・Entity List(特別規制対象)とは 商務省産業安全保障局(BIS)の輸出管理規則(EAR)に基づ
  く措置。米国の国家安全保障や外交に問題をもたらす(懸念のある)企業や組織、個人を
  Entity Listで公開し、該当品目の輸出を制限する。
 ・HWは2019.5.16から事実上アメリカ企業から部品など購入できなくなる。直接輸入だけで
  なく、他国からの米国製品の再輸入もできなくなる。

 ーELはHWの国際サプライチェーンの崩壊を意図
 ・HWは世界でも最も多くの国々の多くの企業と協力関係を高度に発展させている企業。国際的
  な分業と協業のメリットを最大限に生かして効率的な資源配分を達成し急速な成長を実現。
 ・HWは2018.10、大口取引先「92社リスト」発表していた。アメリカIT大企業33社含む。
  これらから110億ドルも半導体部品など調達してきた。スマホでは59%が海外製品依存。
 ・HWはこれまでグーグルのOS「アンドロイド」、ARMのCPU、Qualcomから年間5000万
  セットのコアチップを購入。HWのサプライチェーンの国際協力度は極めて高い。
 ・Entity List はHWの世界170カ国にわたるこうしたサプライチェーンの崩壊を意図。

 ーEL記載の海外への影響
 ・この措置を受けて、アメリカはもとより、世界各国でHWとの取引を停止する企業が続出。
  例:5月21日にはGgが基幹部品の提供停止、23日には英Arm社設計技術協力停止。その後、
  オランダの半導体製造大手AMSLは次世代装置の納入中止発表
  トランプ政権は政府高官を欧州諸国に派遣してHWとの取引禁止に同調するよう要請。
 ・Entity List記載の影響で、HWのスマホは4000万台の生産減、海外輸出は4割減少見込み。

 ーリスクを予想していたHW
 ・HWは深圳市郊外に広大な二つのキャンパスを持つ。欧州諸都市の美観を再現したテーマ
  パークのような開発研究機能が集中した松山キャンパス。また経営中枢機能と開発、生産、
  検査機能が集中した坂田キャンパス。
 ・これらのキャンパスには黒い白鳥(black swan)が泳ぎ、灰色の犀(gray rhinos)の作り物
  が置かれている。黒い白鳥は予期せぬリスク、灰色の犀は気づかぬうちに静かに悪化する
  リスクを表すという。創業者任正非氏が従業員に常にリスクへの備えを怠らぬよう留意
  させるもののようだ。
 ・今、HWを襲っているトランプ政権の攻撃はまさにblack swanが象徴するリスクだろう。
  そして世界最強の企業となったHWはそうしてリスクも想定していた。

 ー技術・部品内製化への取り組み
 ・これまで半導体の供給をアメリカや韓国企業に依存してきたHWは2004年、自前で半導体の
  設計をすべく、2004にハイシリコン(海思半導体)を設立。2019I売り上げ17.5億ドルで
  世界5位。1万人従業員。
 ・HWは今や、通信設備、スマホだけでなくCPU(中央演算処理装置)、コアチップ、AIの
  ような核心技術も自社で開発。しかし技術の総合的自立には時間がかかる。

 ーHWは活力強化
 ・逆風下、HW業績(2019前半)前年比23%増収(6.3兆円へ)。下期は楽観せず。
 ・研究開発強化のため、博士新人初任給3100万円で今年30人、2020には300人採用予定。
 ・2019.8.から5G対応スマホのを発売
 
4. 米中首脳会談(大阪、2019.6.29)と”持久戦”

 ーチキンゲーム
 ・5月中旬から6月末までは、報復関税の欧州。まさにチキンゲーム。 
  5.13. 中国が6.1に25%に引き上げる600億ドル規模の報復関税を発表。
  米側はさらに中国製品3805品目に3000億ドル規模の追加関税の第4弾を検討と言明
 ・5.28 国家発展改革委員会は、レアアースを対抗手段として使うと公言。
 ・中国メディアは「貿易戦争」 ”奉陪到底”(最後まで付き合ってやろうじゃないか)との
  論調で満ち溢れた。

 ー6月末、米中首脳会談へ(G20)
 ・習近平主席がG20にこない?トランプに合わない?の噂。
 ・6.10.トランプは「習近平が来なければ、中国からの全輸入品に追加課税する」とツイッター。
  北京は大阪の首脳会談をトランプが渇望していると読んだ?
 ・6.18、トランプ氏と習氏で電話会談。大阪での会談に合意。

 ー米中首脳会談(大阪:6.29)
  ・6.29.11.30から80分間、米中首脳会談。
  ・さらなる追加関税は見送り、
  ・期限付きなしに貿易交渉の再開に合意。
  ・ファーウェイに対する締め付け緩和の意向示す。
  ・任正非氏は7.2.緩和方針の効果は大きな影響なしとコメント 

 ー中国側のトランプ政権観察(朱建栄氏)
  ・トランプ政権は一枚岩でない。Ponpeo: 反中保守、 Lightheizer:締め付け派、
   トランプ氏、ディール重視。政権内は不一致。
  ・中国政権は一致。トランプ相手で良い。T氏は経済に徹しており、民主化、人権など問わ
   ない。再選が全て。ディールが可能。

 ー持久戦への戦略転換
  ・劉鶴の訪米と5月反転の際、中国首脳部内の認識に変化と新戦略の決定
  ・習近平氏は、貿易戦争の初期段階で「遭遇戦(予期せぬ戦い)」と表現、受け身。
  ・冷静に分析後、トランプは再選を最優先。貿易戦争の影響も米当局の予想より大。
  ・中国からの輸入に短期では代替案がない、
  ・政治局会議では、長い交渉に持ち込み、米側と我慢比べ、「持久戦略」を決定。
  ・「持久戦」には防御(遭遇戦)、互角の対抗(陣地戦)、逆転の3段階。
    参考:北京では2018末頃から毛沢東の「持久戦を論ず」が読まれている。

 ー為替操作国指定、WTO提訴、関税第4弾の脅し 
  ・2019.8.5.アメリカは中国を25年ぶり為替操作国指定。中国は強く指定に反発。  
  ・8.20.中国はWTOが米国の関税算定に誤りを指摘したことを受けて、これまでの過重を相殺
   する24億ドル(2600億円)分の報復関税をWTOに申請。
  ・8.23.米国は現行2500億ドル(26兆円)の制裁関税率を10.1に25→30%引き上げ発表。
  ・8.23.第4弾制裁関税(スマホなど消費財対象)3000億ドルを当初の10%から15%に引き
   上げ、12月実施予定。米産業界は一斉反発。

 ー再選がすべてのトランプ大統領
  ・10月10~11日閣僚級協議での部分合意。米農産品の輸入大幅拡大。知財保護、金融開
   放。一方、9.15予定の2500億ドル(27兆円)分関税引き揚げ見送り。HWは協議。
  ・トランプ氏はこれを歴史上最高ディールと自賛→選挙民に成果見せたい思惑。
  ・トランプ氏は部分合意の交渉場所として彼の票田激戦区のアイオワ州を示唆。


Vl.   アメリカの中国脅威論の先鋭化

 1. トランプ大統領と対中強硬派の岩盤
 ー再選優先とDeal重視のトランプ大統領
  ・トランプ大統領の最大の関心は2020年の大統領第二期再選の勝利。そのためにすべて
   の政策を投入。
  ・米中貿易戦争は、トランプ氏の2016年大統領選の公約。高関税賦課で中国からの輸入を
   減らして国内産業=雇用を増やす、という”重商主義”
  ・ハイテク戦争は”アメリカ第一主義”の手前、アメリカ覇権は固守すべし。そのためには
   中国覇権の尖兵となるHWは壊滅すべし。
  ・それらの公約を実現して選挙民の支持を固めることが最優先。そのためにはDealもある。

 ー対中強硬派の岩盤。
  ・アメリカは1980年代以降の中国のめざましい経済発展を見て、中産階級の勃興が欧米と
   価値観を共有する可能性を期待して中国をWTOなどに迎え世界的発展を支援。
  ・2012年、習近平体制の発足と2017年第二次習政権はその期待を裏切った。中国は欧米
   と価値観を共有するどころか、大国意識、敵対的、国家主導の経済軍事強化に邁進。
  ・これを危険そしてアメリカ覇権への脅威と見る政治家、軍部、諜報部、実業人が増えた。
   しかし、戦略的忍耐を唱えるオバマ政権下ではこれら対中強硬派の意見は前面に出難かっ
   た。トランプ政権誕生でホワイトハウスの方針が大転換し、対中強硬派の存在感が増大。
  ・ペンス演説はそうした声を象徴する。

 2.  ペンス副大統領演説(2018.10.2)は新冷戦の始まり?
   ・Michael Richard Pence(Mike Pence)氏のHudson Instituteでの講演
   ・1980年代以降の鄧小平主導「改革解放」戦略による中国の目覚ましい発展
    を踏まえて、米欧は中国の発展による自由化を期待し、中国をengage(取り込み)
    しようとWTO加盟も支持し、手を差し伸べてきたが、裏切られた。習近平政権
    は経済的に攻撃的、軍事力↑志向。
   ・アメリカは中国が不公正な貿易で米国に被らせた赤字を容認しない。
   ・中国共産党は「中国製造2025」を通じ、世界の先端産業の9割支配をめざしている。
   ・中国はここ数年、自国民への統制と抑圧を強化。少数民族への迫害↑。途上国に
    借金漬け外交を強要。台湾の孤立化を画策
   ・中国はトランプ政権の打倒を狙って、アメリカ国内政策と政治への干渉を強化。
   
       ・ペンス演説は、トランプ政権のみならず民主党の中国警戒・強硬派も含め、米国の
   establishmentの対中国観を集約・代表するものと受け取られている。
  ・米国の対中姿勢の根本的転換を示すー新冷戦の開始とも言われる。

 3. 米中経済安全保障再考委員会(USCC)報告(2018.11.14)
  ー米議会の超党派諮問機関、米中経済安全保障再考委員会(USCC)は2018.11.14、中国の
   ハイテク技術が米国の安保上のリスクになると警告する報告書公表。
   ー経済:
   ・多国間枠組みでは中国の不正な商慣行を十分是正できない
   ・外資企業は中国の報復を恐れ知的財産権保護を主張しにくい。
  ・中国がハイテク分野の国際標準で主導権握れば安全保障リスクに。
   ー安全保障:
   ・一帯一路を名目に整備した港湾は中国の軍事拠点にもなる。
 
4.「中国の危険への対応委員会」
・2019.3.「Committee on the Present Danger」(現在の危険に関する委員会)がワシントンで
 復活。政治・世論にキャンペーン
・歴史:最初に組織されたのは1950(トルーマン時)、敵対国はソ連。
・米ソ対立を軸とする冷戦の終結以降は、民族紛争やテロなど新しい危機↑。そこで2004
 テロとの戦争に対処するため CPDが再開。その後しばらく休眠状態。
・今回、CPDは広報活動と提言を通じて中国の脅威から米国を守ることを使命。自ら
 CPDC(Committee on the present danger :China)と自称。CIA,国務省、国防総省など政治
 軍事、宗教、人権分野の専門家が結集。影響力のある政治家も参加。

5. ペンス副大統領演説(2019.10.24)
・当初、2019夏頃に企画されていたが、2019.6.の米中首脳会談を避けて2019.10.24実施。

・中国の近年の成功の多くは米国からの対中投資による。米国は過去25年間で中国を再建したが
 そうした日々は終わった。米国は現在の中国を戦略的かつ経済的なライバルと認識。
・数百万人の少数民族と宗教的少数派がの宗教的文化的なアイデンティテイを共産党は根絶やし 
 にしようとしている。
・昨年(2018.10)のハドソン研究所での講演から1年経ったが中国は米中関係改善のための意味
 ある行動をとっていない。多くの分野で、中国の行動はさらに攻撃的で撹乱的になった。
・知的財産侵害を止めると2015に約束したのに、中国政府は侵害を支援しつづけている。
・中国はかつてない監視国家を構築し、その技術をアフリカ、南米、中東に輸出。
・この1年、中国の行動は隣国にさらに挑発的。南シナ海に対艦ミサイルを人工島に配置。
・日本の対中スクランブル2019には過去最高。尖閣列島周辺海域、中国は60日以上連続侵入。
・一帯一路使って世界中の港に足場。台湾の民主主義に圧力強化。
 香港問題は、共産党への嫌悪感の表象。

6. 中国情報強国への警戒
・GPS(アメリカ版位置測定衛星)は1978年に開始されてから全世界で活用されてきた
 が、2000年に開始された中国の通信衛星システム北斗(ベイドウ)を展開。中国政府は
 2018.12.27.全世界に向けた北斗のサービス開始を宣言。アメリカの稼働衛星31基に対し
 北斗は35基。これも FCCは警戒している。 
  
・大陸間海底ケーブルでもHWは巨大な存在。子会社HW marine networks(華為海洋網路)、
 2019末までに全世界で90ヶ所、延べ5.36万km海底ケーブル敷設予定。軍事強硬派には
 脅威。米政府は米中企業共同出資のケーブル設置阻止に動く。ネット分断の恐れ。

中国、驚異の情報革命はいかに実現したか(3)

Ⅴ.   モバイル決済の創始者アリババ
 1. アリババ創業の苦闘と馬雲
 ー世界最強の総合プラットフォーム企業。
  ・アリババドットコム(企業間取引 B to B)、淘宝網市場(タオバオ:C to C 取引)、
   天猫(Tモール)(B  to C 取引PF) 国内、天猫国際(T モールグローバル)
   など展開。
  ・アリババのネット通販取引総額(2016)は3兆元(51兆円)。Walmartはここまで 
    半世紀。ABはわずか13年。B2CタオバオやB2BのTmallだけでなく、ヘルス、エン
   タメ、スポーツ、ニューメディア、物流、決済、金融、クラウドコンピューティング
   サービスなどのビジネスインフラと共に構成されるエコシステム。
 ー苦闘の創業期
  ・ アリババ集団、浙江省杭州市高校教師 馬雲1999.3設立。当初企業間電子商取引
   サポート仲介サイトは苦難の連続。2000ネットバブル崩壊直撃→倒産の危機。
  
  ー淘宝(タオバオ)・アリペイで開けた運命
  ・復活の転機は2003.5.開始のC2Cの淘宝(タオバオ)。
   
  ・勝敗は決済サービス。eBayはCCなどの前払い(欧米一般的)。これはCC保有低く、
   決済成功率の低い中国市場に馴染まなかった。 馬雲は、ネット決済の中国独自の課題に
   気づき、米国Paypalの仕組みを参考にアリペイ(エスクロー第三者預託サービス)を中国
   で最初に導入。買い手が代金をアリペイの口座に預託。送付商品確認して問題なければ
   アリペイに支払い指示。そこで初めて売り手に代金支払われる。売手も買手も不安なし。
  ー前例のない決済サービス
  ・金融サービスの許認可のない民間企業が、決済サービスを行う前例なし。法律にも
   規定なし。「問題が起きれば僕が刑務所に行く」馬雲の決意で開発急ピッチ。
  ・2004.12.29、アリペイアカウントシステムが杭州で誕生。
  ・アリペイ促進策。全額補償キャンペーン、利用者の不安↓。利用者のリスクを全てアリペイ
   が負う。タオバオの決済、アリペイの利用率は7割に。手数料無料化:eBayとの差別化。
  ーインターフェイスを開放、加盟店を味方に
  ・2005.5. 担保取引と決済のインターフェイスを開放。タオバオ以外のEC事業者の
   利用促進。決済手数料無料、加盟店に奨励金。当初は皆慎重。しかしタオバオが
   アリペイ効果で年100%以上成長。皆アリペイ導入決断。アリペイは電子決済で
   自動的に各社取り分を計算。他の決済手段ではできない効率化がアリペイで実現。
  ーeBayに打ち勝つ
  ・中国ではeBayのシェアが圧倒的。アリババ・タオバオ導入後、eBayのシェア低下。
   2005シェア逆転、2007.9 馬雲はEC事業者大会で、アリペイ利用者5000万人突破を
   報告。翌年1億人。手数料にこだわったeBayは敗退、撤退。
  ーイノベーションの後追い規制
  ・2005、中国人民銀行は「決済精算組織管理弁法」を発表。アリペイのような第三者決済
   機関を対象に入れる意向。 2010.6.「非金融機関決済サービス管理弁法」発表、第三者
   決済サービス機関にライセンス。中国は新サービス発生、すぐに規制せず、発展を
   見守って後追いで規制。日本の民泊のように、既存業界保護で規制するのと対照的。
  ーアリババクラウド誕生
  ・2017.11.11(ダブル11、独身の日)取引高、1682億元(2.85兆円)。取引ピークには
   毎秒32.5万回。データベースの処理のピークは毎秒4200万回。ネット攻撃全て防御。
   2010以来の独自分散型処理技術。このクラウド技術がアリババの競争力の源泉。
         アリババの技術は進化つづけ、クラウドシステムのサービスをアリババ以外にも提供
     ー余額宝(ユエバオ)誕生
  ・2012証券監理委員会一行がアリババを訪問した際、無名のファンド天弘基金が出し入れ
    簡単でネットショッピングにも利用でき資産としても運用できるサービスを提案。
    アリペイと天弘は特別PTを編成して商品化。2013.3.監理委員会は販売事実上解禁。
    2013.6余額宝(ユエバオ)発売。利用者急増。アリペイはユエバオで収益を生み出す
    ウォレット(財布)として人気↑
   ーWeChat Payの追い上げ
    2012頃からTCのWechat Payが追い上げ。決済を通じて消費者との接点を確保できれ
    ば、より多方面での情報を取得できるので、アリババとテンセントは激しい入り口争奪
    戦に戦略的取り組み。こうした切磋琢磨からさらに多様な革新が生まれた。
Ⅵ.   SNSの王者テンセント
 1.  創業の挑戦と馬化騰
  ー巨大なプラットフォーマー
   SNSを起点としつつ非常に幅広く、ゲームなどデジタルコンテンツの提供、決済など金融
   サービス、AIによる自動運転、医療サービス、AWSのようなクラウドサービス、新小売
   の店舗展開。テクノロジーの総合百貨店。
  ーQQメッセンジャーサービス
   ・TCは馬化騰(Ma Huateng、Pony Ma)が1998.3.設立。馬化騰はシステムエンジニア
            出身。通信会社のシステム開発経験。オンラインコミュニケーションアプリØICQから
            スタート。OICQはイスラエルのMirabillis社のインスタントメッセンジャーICQから
    ヒント。ICQの中国語版であるインスタントメッセンジャーアプリ開発。アプリ名称を
    OICQとした。OはOpenの意味。
   ・ユーザーのデータをサーバーに保存できる仕組みやダウンロードの時間短縮のために
    ソフトサイズの縮小など工夫を重ねユーザー獲得。中国最大のメッセンジャーサービス
    に成長。ICQを買収したアメリカ企業から知財侵害訴えで、名称をQQに。
  ー会員向けQQ秀(QQshow)でネットカフェ席巻
   ・2000NTTドコモのiモードに触発されたチャイナモバイルが移動夢網(モンターネット)
    (モバイルインターネット)を開始。TCは6500万人の会員基盤を武器に提携したが、
    解消され、TCは自らユーザー確保の必要性を痛感して2003.1.会員向け有料サービス
   「QQ秀」(QQshow)開発。Virtual tool購入などで自己実現志向の若者に人気。これは
    マーケッティング部門の発案。後にTCの商品マネジャー制につながる。
  ー微信(WeChat)開発
   ・2007、初代i-phone発売。スマホ革命。中国ではシャオミやファーウェイの格安スマホ
    が普及。人々のライフスタイルが変わった。開発部隊の張暁龍がアメリカで先行している
    無料メッセンジャーアプリと同様なサービスの開発を馬化騰に提案。TCでは複数開発が
    進行していたが、馬化騰は重複コストよりスピード重視。社内レースで微信(WeChat)が
    勝利。2011,1,Wechatがリリース。これは後に「社内競馬制」に発展。
  ーWeChatは不可欠の生活インフラに
   ・スマホ大手の小米が類似の「米聯Mihao」リリース。当初はMihaoが先行。
    WeChatが改良重ねて人気↑。登録者、2012.3.1億人、2012.9.2億人、2013.1.
    3億人、改良と進化で、WechatはSNSサービスの域を超え、人々の生活スタイルと
    融合、必要不可欠になった。アリババも開発したがWechatに勝てず。SNSの王者に。
  ー公式アカウント開設
   王者TCには世間の批判や風当たりも強くなり、馬はビジネスインフラ「公式アカウント」
   の開放決断。サービス提供者と利用者をつなぐツール。購読、サービス、企業アカウント
   など。2018には2000万加入。多くの企業がこぞってTCの公式アカウント開設に。
 
    ー社会インフラとして共存努力
   TCとAlibabaのあまりに急激な発展は既存産業に衝撃。両社は2013年頃から全てのサービ
   スを自社提供に限らず、他企業と連携オープン戦略推進。TCは総合プラットフォーム企業
   として取引マーケット、決済、物流、クラウドシステムなど未来のビジネスインフラ提供
   をめざす。
   
Ⅶ.  後に続く革新企業群
 ー百度(バイドゥ)
  ・中国のグーグルとも称される。バイドゥ検索、地図、翻訳 動画ストリーミングサービス。
  ・中国政府の「次世代人工知能の開放・革新プラットフォーム」PTで委託
   AI 事業4事業者のうち、バイドゥが自動運転事業を受託。
   2013にはすでに自動車メーカーと協力して自動運転に取り組み。高精度3次元地図、
   ローカリゼーション(自動位置特定)、センシング・行動予測、運行プランニング、運行
   インテリジェントコントロールなど自動運転に関わる技術開発を進めていた。
  ・これらの蓄積の上で2017.4 自動運転プラットフォーム『アポロ計画」を発表。
   2018アポロ3.0。自動運転バス実装化。
  ー滴滴出行(Di Di):シェアリングエコノミー(交通)の最大手。
  ・創業者 程維は、元アリペイ社員。2012. 29歳で滴滴打車を設立。2015 滴滴出行に。
   創業時、反応乏しい。北京の冬、雪の日タクシーつかまらず、滴滴のアプリ使う人口コミ
   で広がる。アプリのデモで失敗。百度からスピンアウトの張博をチームごとスカウト。
   アプリの品質にこだわり。ハイレベル人材。マッチング成功率↑。
  ・類似会社が参入したが、成長加速の滴滴は引き離し続ける。テンセントの資本の入った
  「快的打車」と「焼銭大戦」と言われる値引き、報奨金の激しい競争。2015両社合併。
  ・2014.2. 上海、広州、深圳にUberが進出。両社市場獲得の熾烈な戦い。両社の消耗は
   大きく、2016.8.休戦。滴滴がUberブランドや業務データすべての資産を買収。
   Uberは見返りに滴滴の株式5.89%獲得。約70億ドルの権益獲得。
  ・2018.4. 滴滴登録運転手2000万。毎日2500万のオーダー処理、世界最大ライドシェア
   サービス。
 ー陸続とunicorn企業
  ・衆安保険(Insure Tec), センスタイム(AI)、廣視科技、科大訊飛、出門問問など
   ユニコーン企業群。
 

Ⅷ.   中国の可能性と課題

  1. 起業家精神と激しい企業間競争
 ー自立的起業家精神
 ・21世紀初頭にめざましく台頭した中国の新興企業群の際立つ特徴は、華為の創始者、任生非、
  アリババの馬雲(Jack Ma), テンセントの馬化騰(Pony Ma)などに共通する自立心の強い
  起業家精神である。これは日本で戦後の焼け野原から立ち上がった松下電器の松下幸之助、
  Sonyの井深大、ホンダの本田総一郎、確立した織機を脱却して自動車をめざした豊田喜一郎
  らを彷彿させる。
 ー激しい企業間競争
 ・今ひとつ、これら中国企業に共通するのは激しい企業間競争を勝ち抜いて今日の隆盛を達成
  している点だ。華為が国家の支持と支援を受ける国有企業との熾烈な戦いから浮上したこと
  と、アリババとテンセントをめぐるモバイル決済事業の激しい戦い、また滴滴出行とUberの
  市場シェア争いなど枚挙にいとまがない。
 ー国家はこうした民間活力を利用
 ・こうした経験は、彼らが国家主導で国家の支援を受けて成長したという批判が全く的外れで
  あることを物語る。政府はむしろこうした民間活力を事後的に利用してきたと言える。
2.  中国のDigital Transformation
ー中国のdigital transformationは加速する
 ・こうした創造的な企業群を追って多くの活力あるベンチャー企業群が生まれており、
  いわゆるユニコーンが陸続と成長している。彼らの企業力はdigital革命の潮流を踏まえ
  ますます強大になりつつある。
ー巨大人口とビッグデータの有利性
 ・14億人という巨大人口は超ビッグデータを生む基盤であり、この点では中国は他の諸国を
  を圧倒する。ビッグデータはDeep Learningを可能にし、AIによるその分析から次の
  イノベーションや新産業が発芽する。
ー巨大digital 企業のPF展開力
 ・そうしたビッグデータの有利性をあますところなく利用して多くのプラットフォーム
  企業が多様なサービスと繰り広げ、それがデータ革命をさらに促進するという循環が
  起きている。
3.  国家の戦略と執行力
ー新常態経済、「製造2025」、AI戦略
 ・中国が開発途上国から先進国への転換をはかる過程で、「新常態経済」「中国製造2025」
 「AI戦略」などの国家戦略が打ち出された。それらはそれまでの低賃金経済の量的成長では
 なく高賃金経済を支える質的高度化をめざした。
ー国家戦略と政策執行力
 ・21世紀に入っての中国の凄さは、それらの戦略や政策が机上の議論ではなく着実に
  そして確実に実行されていったことである。政府のそうした実行力を理解する必要が
  ある。
 ・ちなみに日本では、安倍政権の下、毎年6月に「経済財政諮問会議」ならびに
  「未来投資会議」が5.0ソサエティーの実現など総合的な政策案を公表しているが、その
  内容が確実に実現されることはあまりない。
ー政府の統制力、個人情報の活用力
 ・一方、中国では、個人の自由が制限され、国家の統制が優先する特質がある。それはデータ
  革命をより容易にする側面があると同時に、国際的批判の対象にもなっている。
 
 4.  中国から学ぶ時代
ー中国のinnovationから学ぶ時代
・中国はこれまで開発途上国の常として先進国の技術をコピーして発展してきた経緯があるが、本
 講義でつぶさに紹介したように、digital革命の多くの側面で中国はすでに世界をリードしつつ
 ある。中国の優れた面は率直に評価し、学ぶ必要がある。
ー中国の動向を注視しよう
・2012年の尖閣列島問題以来、日本は中国から目をそらし、彼らの発展の様相の理解を怠ってき
 たうらみがあるように思う。中国は多様な意味で日本にとって極めて重要な存在なので、その
 動向は注視しつづける必要がある。
ー中国企業との協業のメリット
・日本の企業は中国を対等の相手としてよく理解し協力し合えるところは協力してお互いの
 メリットを増幅するべきだろう。

中国、驚異の情報革命はいかに実現したか(2)

Ⅳ. 通信機器産業をリードした華為技術社


 1. 華為技術有限公司の目覚ましい発展
  ー世界最大・最強の通信機器メーカー
  ーたった30年の歴史で世界のトップへ
  ー次世代通信5G技術では世界をリード
  ーユニークな経営・人材管理戦略で注目


 2. 華為技術有限公司の発展略史
  ー1987創業以来、今日までの32年の歴史を概観
  ー創業者、任正非氏。
   ・ 1944 貴州省安順市に生まれる。貧困地域。両親は学校教師。7人の子供を学校に
     通わせるため、満足に食事もできない貧困生活。
   ・1963 高校卒業後、重慶建築工程学院(現、重慶大学)に進む。
   ・1966 文化大革命の衝撃:両親は教師だったので、教育批判の標的にされ、牛小屋(反革
    命派の牢獄)に投獄、革命支持派だったが理解されず、思想改造追求で三角帽で吊し上げ
    られる10年悲惨な期間。この不条理は任氏の人生観におそらく強烈な影響。
   ・1970 人民解放軍工兵部隊入隊。父親問題で共産党に入党できず。
   ・1983 軍の非戦闘部門の規模縮小で所属部門は解散。退役。
    任氏は電子企業でセールスマネジャー。しかし商売を知らぬ悲しさ。TV売買をめぐる
    詐欺に巻き込まれ、責任を取って退任
  ー創業の苦労
・1987、任氏を中心に6人の共同出資者で資本金2万1000元(約31万円)、従業員14の 
    民間企業として深圳市で「華為技術有限公司」設立。当初は脂肪低減薬や墓石も販売。
   ・1988遼寧省のある農村の電信局長の紹介。香港の交換機メーカー康力公司の輸入代理店
    この香港企業が買収され、HWの代理店権利消失。
   ・1989、代理店からメーカーへの転換を決断。製造当初は部品すべてを他社から入手。
    その内簡単な部品は自主製造。2年後には主要部品は自主開発。
   ・任氏、交換機の技術はデジタルが主流になることを直感。デジタル交換機の製造決意。
  ー局用デジタル交換機自主開発
   ・1993に局用デジタル交換機の自主開発成功。1994から本格販売開始。    
    当時、通信機メーカー200社ほど。しかし局用デジタル交換機を自主開発したのは5社。
    創業期に農村部に派遣され、苦しい経験をした仲間が後のHWの幹部に。後の製販融合
    研究開発体制は、創業期の小さな組織が有していた研究開発・製造・販売の一体性の
    発展とも言える。局用交換機の技術ははるかに複雑。研究開発費は巨額。
   ・1992、任氏は構内用交換機で得た利益の大半を、局用交換機の研究開発に投資する決断。
  ー自主開発支える人材確保
   ・デジタル交換機の基幹技術はソフトウェア。優秀なソフトウェア研究開発技術者が鍵。
   ・自主開発のために任氏は華中科技大学や清華大学等に技術提携を働きかけるとともに
    人材の誘致を進めた。郭平は、華中科技大学の教授がHWを訪問した時に連れてきた
    卒業仕立ての青年。任氏に口説かれてHWの技術者に。彼はその後、華中科技大学の優秀
    な人材の周旋人役割も。
   ・HWの研究部門の責任者になった鄭宝用は、当時、清華大学教授とHWが締結した共同
    開発で派遣されてきた学生。華中科技大を卒業後そこで教師、1989に清華大学で博士
    課程に合格したが、博士を諦めてHWで開発責任者に。
   ・HWはさらに多くの優秀人材を誘致。その手段は破格の給料。元幹部の劉氏「上海交通
    大学教師の給料月給400元、HWは大卒新人1000元、修士1500、博士2000元。
    実績ある技術者には6000元も。
   ・全国の通信関係の教師と人脈。有能な技術者の人脈も徹底活用して人材集め。
  ー製品多角化へ飛躍
   ・2000年代初頭、パケット交換方式が主流になることを見越してルーター製品化。
    ちなみに伝統的通信機器メーカーのルーセントはルーターへの転換が遅れて衰退。
    HWには先見の明。
   ・2003、シスコの知財訴訟、HWがまだリバースエンジニアリングに依存していたこと
    を示す。
   ・2004、展示会で初めて3G端末機を展示。本格的に携帯端末市場に進出開始。
  ー国際展開
  ・国際市場進出は2段階:
    第一段階: 中東、アフリカ、南アメリカ等開発途上国。
    第二段階: 欧州、北米、日本等先進国に。
 ー経営戦略の強化
  ・HWは早くから製販統合型研究体制を進めていたが、IBMとの提携で、その経営
   方式から学んで IPD(Integrated Product Development:統合型製品開発)を
   核とした製販統合型研究開発体制確立。
  ・ サプライチェーン改革「ISC:Integrated Supply Chain:統合型サプライ
   チェーン体制確立
  ーハイエンドの製品開発と人材戦略
  ・1990年代中盤、HWはソフトウェア生産でプログラム作成等の下流業務が外注化。コスト
   削減で生産体制の効率化と高度化を達成。
  ・高度なソフトウェア技術を駆使して、さらにハイエンドなデータ通信用ルーターやアクセス
   サーバーなどの製品開発を推進。携帯端末事業も本格展開。
  ・こうした事業発展を支える人材戦略を強力に推進。例えば2001年理系大学新卒採用は
   5000人。当時200の理工系大卒は28万人(54人に1人はHWに)。
  ・HWの報酬
    大卒月7150元、修士8800元、博士10万元、そのほかに10万から16万元の持株配当。
   
 ー次世代通信技術5Gで世界通信機器産業をリード
  ・HWは次世代通信技術5Gで世界通信機器産業をリードしている。基地局設備など
   での競争力はその品質、価格、サービスなど総合的に突出しており、世界では
   スエーデンのエリクソン、フィンランドのノキアがそれにつづくが、技術的には
   HWは1~2年開発が先行しているとされる。
  ・アメリカは5G開発ではまだHWに匹敵する企業はないが、一方、HWの存在が
   安全保障上問題があると批判している。HWはこうした批判に対してはソース
   コードを開示するなど透明な説明に注力している。


 3. 1990年代以降の中国産業政策の転換:HW発展の背景
  ー鄧小平、改革開放戦略の推進
・1979、鄧小平は文革の後遺症を払拭すべく改革開放を打ち出した。ところが、1989の
   天安門事件で、学生の民主化運動を武力で鎮圧、国際社会から孤立。共産党内の改革派
   は後退。守旧派が主導権を握って改革開放路線は停滞。
  ・1992、鄧小平は上海や深圳、武漢など巡り、改革開放路線を説いた。”南巡講話”
  ー1980s末まで中国の通信事業は郵電部による中央集権管理
  ・経済改革前は、通信事業は郵電部(巨大な中央政府組織)によって運営。
 
  ー1990sに中央集権型旧体制を改革、競争的市場の形成
   1978以降、中央に集中していた権限を地方に移す地方分権が進められた。
  ・1988→1991、電気通信産業に関する権限が全国2500箇所の電信局に移転。
  ・1985. 高等教育制度改革で自主的職業選択制度導入。それまでは統一分配制度で就職指定
  ・これらの改革で、民間新興企業にも通信機器産業に参入の余地。
  ・1994~1998に進められた「政企分離」政策の下でも、通信機器の購入は実質的に
   地方政府が決定する状態が続いたので、通信機器メーカーは各地方政府に働きかけ。
   HWは受注確保のため、地方電信局とで合資企業を設立するなど努力。
  ー通信機器国産化の5企業
  ・1990s、通信自由化で通信需要が急増。通信産業に多くの企業が参入したが、それら200
   ほどの企業のうち、デジタル交換機自主開発に成功し存続したのは5企業。
     1. 巨龍通信設備有限公司(国有)
     2. 金鵬電子有限公司(国有)
     3. 大唐電信科技股有限公司(国有)
     4. HW技術有限公司(民間企業)
     5. 中興通訊(ZTE:半国有半民間)
  ー華為技術がなぜ突出したか
  ・その後巨龍は消滅、金鵬は主要5社から脱落、大唐は低迷。ZTEは存続したがHWの後塵
  ・企業連合型大組織は責任体制が不明確、政府資金受けると自立心が低下のリスク。
   その点、HWやZTEは自己責任で自律経営。
  ・特にHWは独特な経営理念と人材管理で傑出。単位制度の伝統の残る国有企業は、ヒト、
   モノ、カネの資源は優位だが、ソフトウェア技術者の管理に適した「戦略的人的資源
   管理」のようなあ革新的労務管理の導入は困難。


 4. ソフトウェア技術と研究開発人材戦略
  ーデジタル通信時代の中核技術はソフトウェア
  ・デジタル化は、通信機器製造の主要技術をハードからソフトに変えた。ソフトを生産する
   ソフトウェア技術者が最重要資源。ハードウェア基盤上に確立された先進国の国際分業
   システムに縛られずHWのような後発企業が対抗できる余地。
  ーソフトウェア技術を担う研究開発人材の戦略的活用
  ・ ソフトはすべて人間が生産。 ソフトは顧客=使用者の各種の要望を叶えやすい。
    顧客ニーズ重視はHWの核心。
   ・そのソフトウェアに経営資源を集中したHWの戦略は創業者任正非氏と若手技術者の密接
    なアライアンスから発展。
   ・HWの自主技術形成は若手技術者の高い専門性と社会経験豊かな壮年の創業者の経営能力
    から生まれた。
   ー研究開発人材の能力と意欲をいかに最大に発揮してもらうか
   ・HWは以下の戦略的人事管理システムで若手技術者の動機付けを最大化した。
     1. 能力主義的職能給制度
     2. 従業員持株制度、
     3. 裁量労働制
     4. 開放的内部昇進制。
   ・1990年代においても多くの研究開発人材が国有セクターに取り込まれていたので、
    新興民間企業HWが通常の方法で、優秀な研究開発人材を確保することは至難。
    この人事制度は、研究開発人材確保に役立っただけでなく、民間弱小なHWが同一産業
    の有力国有企業を押しのけて競争上の優位を確保する最大の要因ともなった。
   ー大量辞職事件:2007. 10月、6000人以上の集団辞職事件がニュースに。集団辞職者は
    辞職後それまでの終身雇用型のジョブナンバーから能力主義型の雇用者ナンバー制に
    移行するということで深圳市労働局が調査に入ったが辞職者に不満がないことが判明。
    その後、辞職者の大部分は再雇用。華為技術の関係者に聞き取りしたところ、
    売り上げの伸びない販売部門の職員が自主退職を申し出たことから発展した事件
    とのこと。華為技術では、成長過程でも従業員が中国の他企業と同様の終身雇用的
    期待感で勤務するのでなく”奮闘者”として活躍する人だけが勤務を続ける雇用管理
    を実現しようと努めており、この事件はそうした試行錯誤の一環?
   ー高度開発研究の環境整備:
   ・華為技術は深圳市近郊に、松山と坂田というテーマパークのように美しく整備された
    キャンパスを持つ。松山はまだ整備中だが、欧州12都市の景観を再現。松山には
    特に研究開発機能が集中。坂田は経営中枢、研究開発、検査施設が設置。美しい景観
    は精神ストレスが高まりがちな開発研究者の癒しを意図している。キャンパスの食堂
    は内容が良く、シリコンバレーで有名なGoogleの食事よりはるかに美味しい。日本贔屓
    の任氏の趣向で江戸時代の京都の街並みを再現した迎賓館もある。
   
 5. 華為技術の経営理念と実践
  ー誰もが参加するが、求められるのは奮闘者
・任正非氏は創業期から今まで企業経営、技術革新、人事労務管理などにつき、主に従業員
   を対象に毎年10~40回に及ぶ社内講話で多くを語ってきた。困難を知る者こそが経営を
   担うことができると繰り返し説いている。
  ー華為技術基本法
  ・ HWの経営理念は基本法に明記。基本法は1995年から検討開始、何度も全社的議論を経て
   制定1998年に全従業員に公表。基本法は6章103条にわたって詳細に規定されているが、
   それはHW諸規則の上位法ではなく、任正非の経営思想を体現。公表後、改正なし。
  ー従業員持株制度
  ・HWは従業員所有企業の形。従業員持株制はそれを象徴。
   ・給与と持株制で2元報酬制。持株制制定当初は、新興民間企業で政府からの資金支援も
   なく資本の自己調達の意味もあった。
  ・その後、会社法の制約もあり、従業員持株制度に使用されていた「株式」を「ファントム・
   ストック虚似受限股)と呼ぶ「擬似株式」に変更。多くの従業員は持ち株が重要な所得と
   資産形成の一環になっており、それが会社への帰属意識を高める要素に。
  ー任正非氏のいましめ
  ・任氏は日本を深く研究しており、高度成長後の日本企業の低迷を鋭く分析している。その
   一方で、華為技術は通信産業発展の世界と中国の流れに乗って成長してきており、深刻な
   困難を経験していない。日本人からすると美化しすぎに思えるが、長期低迷を克服しようと
   している松下電工などの日本企業の強さに学ぶべき、といましめている。
 

中国、驚異の情報革命はいかに実現したか(1)

Ⅰ.  はじめに


 1. 中国の目覚ましい情報経済の躍進
   ・中国の最近の情報化による経済の質的発展には瞠目すべきものがある。
 ・中国は2010年以降、GDP(ドルベース)で日本を追い越し、規模では経済大国に
  なったが、国民1人あたり所得はまだ低く、技術的にはまで世界水準にキャッチ
  アップしようという後発国の段階にあるとの印象を我々日本人の多くは持っていたの
  ではないか。
 ・それが近年、情報化が急速に進み、社会全体がデジタル技術で大転換をしており、
  また次世代通信技術である5Gでも世界をリードしているといったニュースが伝えられ
  るようになった。


 2. この急激な発展はなぜ、どのように起きたのか
 ・規模は大きくても、質的技術的にはまだ遅れていると思われていた中国が、最新の情報技術
  を取り入れ、社会・経済全体のデジタル転換を進め、通信技術でも世界の最先端に立つと
  いう急激な発展をどのように達成したのか。


 3. 中国の近年の変化を知らなかった日本
 ・中国の情報化、デジタル化の急激な発展は最近10年ほどの間に加速度的に実現したものと
  思われる。
 ・ところがそのニュースも実態も日本にはあまり伝えられず、その理解が不足している印象。
 ・この情報ギャップは、とりわけ、2012年の尖閣列島をめぐる日中対立が先鋭化し、日本企業
  排撃運動が高まった頃から日本にも”嫌中感情”が高まり、また中国の賃金コストの高まりを
  受けて日本企業の”中国離れ”が進んだ中で広まったように思われる。


 4. 中国の変化の実態を学び、中国の可能性と課題について考える。
 ・本講では中国の近年の驚異の情報革命の実態の事実を学ぶとともに、その背景、これからの
  可能性そして課題について考える。


Ⅱ.   中国DX(digital transformation)の躍進


 1. 時代はDX
 ー馬雲(Jack Ma) 2014.「時代はITからDT(データ・テクノロジー)へと移行する。
  ・データはガソリンと同様、経済活動の原動力になる」と発言。象徴的。
 ーデータ蓄積が促進するイノベーションと新産業
  ・消費者の購買行動、タクシー、モバイクなどの移動行動、金融取引などがモバイルで決済
   されるとそれらのデータは瞬時に蓄積される。そのデータ量が大きくなるほどまた個人
   認証や信用情報など内容が詳細になるほどデータは経済資源として価値が高まる。
  ・なぜなら、そうしたビッグデータはAIによるディープラーニングなどの分析を通して、
   個人行動や社会動態のより精確な把握・予測を可能にするからであり、そうした理解と
   予測はサービスを提供する企業の行動をより効率化させるだけでなく、新たな産業の創出
   などイノベーションを加速する可能性を持つからである。
   ー中国のデジタル経済規模、2016、22.6兆元(385兆円)、GDPの30.3%。
  ・中国の電子商取引、利用者4.67億人、取引額26.1兆元(443.7兆円)。世界全体の40%。
   モバイル決済(アリペイ、WeChat Payなど)の規模はアメリカの11倍。
   デジタル経済は中国全土で280万人(2016)の新規雇用。


 2. モバイル決済の爆発的普及
  ーモバイル決済の爆発的な普及で中国社会全体がdigital transformation潮流に。
  ・インターネット企業、アリババ、テンセントのようなPF企業、先端テクノロジー企業
   にデータとして蓄積された会話、画像、取引、コンテンツがAIによって解析、それを
   元に新しいサービスが生まれる。人と人、人と企業、企業と企業、人や企業の評価情報
   が蓄積。
  ・主役はアリババ、テンセント、それに続く世界レベルのスタートアップ企業。中国型
   イノベーションの大きな特徴。モバイル決済の普及が起点。アリペイと微信支付(Wechat
           Pay)がモバイル決済を巡って激しい競争を展開したことも大きい。


 3. モバイル決済はイノベーションの起点
  ・中国のイノベーションの発展は、アリババ集団の支付宝(Ali Pay)と騰訊控股(テンセン
   ト)の微信支付(We Chat Pay)の熾烈な競争が牽引したモバイル決済が起点。
  ・その背景には、スマホの普及とQRコードの活用。たちまちのうちにモバイル決済が中国
   全土に普及していた。その結果、世界の先頭を走るキャシュレス社会、デジタル経済圏
   誕生。金融サービス後進国だったからこその一大飛躍。
  ・モバイル決済でシェアリングエコノミーの新サービス↑。膨大な決済データが蓄積される
   ここから中国型のデジタル・イノベーションのサイクルが始動。個人の信用情報が整備。
   新たなサービスに活用。そこにベンチャーファンドなど資金が世界中から。AIなど最先端
   分野のベンチャー相次いで誕生。
  ・モバイル決済は、ビッグデータと画像認識やdeep learningなどのAI技術と融合
   2017後半から、無人スーパー、シェアリングエコノミー、スマートシティ
   など新サービスを生み出す。
  ・中国のモバイル決済は2013を機に爆発的成長。2013は2014の4倍以上。
   2016.の取引規模157.55兆元(2678兆円)、世界最大。都市の住民、財布持たず。
   
  ・Apple がiphone発売した2007がスマホ元年。その後を追って、シャオミなどスマホ
   メーカーが対応。徹底コスト削減、1000元で買えるスマホ、若い世代中心に急速普及。
   ネット人口急増、ネット接続端末スマホの普及が、モバイル決済の土台。2018.6.
   モバイル決済利用者は5.7億人、モバイル経由でシェア自転車利用する人は2.45億人


 4. 中国は今やイノベーション大国
  ・2017年特許出願:華為4024、ZET2965、インテル2637、三菱電機2521、
   クアルコム2013、ソニーが1735など。
   
  ・ AIスタートアップ企業は2542社。うち中国企業は592。AI分野の特許件数は1.57
   万件で、米国に次ぐ2位。かつてコピー大国と言われた中国が知財大国、イノベーション
   大国に劇的変貌。
   
 
Ⅲ.   新常態経済と情報革命への国家戦略


 1. 2010年以降の中国の成長低下と構造変化
 ー2010sから中国経済成長は鈍化
 ・中国経済は1978~2010年、高度成長期、実質年率9.6%、名目5.8%、世界3%→20%へ。
 ・しかし、2011~15年 実質7.8%、2015年は実質6.9%、2018年は6.5%。
 ・IMFは米中貿易摩擦の影響を考慮すると2019年の成長率は5.8%と予測。そうした特殊要因を
  別にしても成長率は低下趨勢にあり、2019年の6.1%から2024年には5.5%になると予測。
  
 ー発展の歴史的転換点を過ぎた中国
 ・経済成長率の低下それ自体は問題ではない。
 ・歴史的大転換期にある中国:(1)中進国のディレンマと (2)人口減少・成熟化が同時進行。
  ー中進国のディレンマ。賃金コスト↑で成長維持できるか。
 ・これまでは低賃金労働、外資と技術導入、競争力↑、輸出で成長:途上国型発展
  鄧小平主席「改革解放」戦略が効果。1970年代末から2000年代初頭、30年間10%成長
 ・しかし賃金コスト↑、賃金上昇、5~6年で倍増。克服するには産業構造近代化、
  自前のイノベーション必要。イノベーションできるかが課題。
 ー人口減少と成熟化
 ・労働力の無制限的供給は終焉(Arther Lewisの転換点)。労働力制限下の成長。
  賃金コスト↑。成長鈍化は必然。さらに成長するには生産性上昇。イノベーション不可欠。
 ・中国:中進国と先進国の課題が複合。
   
 2. 「新常態経済」の提唱
 ー習近平首席:2014「新常態」への移行を呼びかけ。
 ー「新常態」経済戦略の要点。
   1. 経済成長の減速認識、受け入れ、それに見合った経済戦略と政策の推進
   2. 労働力と資本投入による量的拡大からイノベーション(生産性向上と新産業・
     商品創造)による質的向上による経済成長めざす。  
   3. 供給サイド:サービス業、需要サイド:国内消費の発展めざす。
   4. 構造問題の改革、解決


3.  経済強国化戦略と「中国製造2025」
 ー中国建国100年(2049)強国構想
  ・2017、第19回共産党大会で提示
      ・2020:小康社会の全面完成(2021(共産党創設100周年)を念頭に、
  ・2035 :社会主義現代国家建設
  ・ 2049(中華人民共和国建国100周年):社会主義現代化強国。
  ・その実現には創新(イノベーション)が基本戦略
  ー中国製造2025」
   ・中国国務院が2015.5発表の産業政策『「中国製造2025」は、次世代情報技術や
    ロボットなど10の重点分野を設定、製造業の高度化をめざす。
   ・中国は建国100年の2049に「世界の製造強国の先頭グループ入り」をめざす。
    「中国製造2025」はその長期戦略の第一歩。
  
   ー製造強国への工程表
     1. 第一段階(2015→2025):製造大国(規模)→製造強国の仲間入り
     2. 第二段階(2025→2035): →製造強国の中等水準
     3. 第3段階(2035→2049): →製造強国の先頭グループへ躍進。
   ー「中国製造2025」重点10分野
      1.   次世代情報技術:
      2.   高度なデジタル制御の工作機械・ロボット
      3.   航空・宇宙設備
      4.   海洋エンジニアリング・ハイテク船舶
      5.   先端的交通設備
      6    省エネルギー、新エネルギー自動車
      7.   電力設備
      8.  農業用機材
      9.   新素材
     10   バイオ医薬、高性能医療機械


 4.  インターネットプラス、大衆創業・万衆創新
   ・「中国製造2025」は大企業向け
  ー大衆創業・万衆創新(双創)は個人ならびに中小零細企業向け
   ・李克強首相は2014.9. 天津ダボス会議で大衆創業・万衆創新(起業とinnovation推進)
    政策に初めて言及。
  ーインターネットプラス(互聯網+)(インターネットプラス)
   :あらゆる産業にデジタル技術の利活用を推進。サプライサイド政策
  ・2015.3.  第12期全国人民代表大会、第3回会議「政府活動報告」で
   「インターネットプラス」の行動計画策定。
  ・モバイルインターネット、クラウドやビッグデータ、I o Tなど製造業の近代化
   EC、インターネット金融、インターネット企業の国際市場の開拓・拡大を強力に
   支援する方針を明示。
  ・2015.5. 国務院は「中国製造2025」発表。
  ・2015.7. 「インターネットプラス政策」は創業・創新とサプライサイドの構造改革
   の柱としての「中国製造2025」と統合的に進展させる必要との指導意見。
  ・一連の政策には、中国政府の強い決意と危機感。


 5.  国家戦略としてのビッグデータ活用
  ー2016.3.16  全人代採択「中国国民経済・社会発展第13次5ヵ年計画要綱」
  (第13次5ヵ年計画)に「国家ビッグデータ戦略の実施」盛り込まれ、
  ビッグデータ活用が国家戦略に格上げ。
  ・生活者の買い物などのデータがビッグデータとして蓄積。購買履歴、交友関係、公共料金
   返済状況などから、個人の信用度スコアリング。タクシー配車サービスの都市交通情報
   から交通渋滞の予測と誘導。


 6.  AI大国戦略
   ・2017.3.デジタル経済(数字経済)が初めて李克強首相「政府活動報告」に盛り込まれた。
  ー2017.7 国務院「次世代人工知能発展計画」発表。
  ・今後10年でAIを中国経済成長の重要な推進力とすることをめざし3段階アプローチ策定。
   ・ステップ1.:2020までにAIの技術と応用で世界先進レベルに追いつき、1500億元規模
     のAI基幹産業と1兆元規模のAI関連分野実現
   ・ステップ2.:2025までに、AIの基礎的理論研究で重大なブレークスルーはかり、技術と
     応用で世界をリード。4000億元規模のAI基幹産業、5兆元規模のAI関連産業実現。
   ・ステップ3:2030までにAI基幹産業1兆元(17兆円)
     AI関連産業で10兆元(170兆円)
   ・中国を世界で主要な人工知能イノベーションセンターと人材育成基地に。
  ー2017.11. 国務院科学技術部は「国家次世代人工知能オープンイノベーションPF」
    PT指定。
   ・有力な企業Gの分担決定。国家の後押しで、AI分野での振興・育成策が実施段階に。
    ・百度(バイドゥー)→自動運転
    ・アリババ集団→スマートシティ
    ・テンセント→医療映像を中心としたヘルスケア
    ・科大訊飛(iFlytek)→音声認識。
 

中国、驚異の情報革命はいかに実現したか

しばらくご無沙汰しましたが、また新たにブログエッセイを掲載したいと思います。テーマは「中国、驚異の情報革命はいかに実現したか(1)〜(3)」です。


中国の情報革命は近年急速に進んでおり、中国経済もそのDX(digital transformation)で質的向上を遂げています。この実情はこれまで日本では必ずしも充分に伝えられていなかったように思います。そこには2012年の尖閣列島を巡る日中対立以降、メディアなどの関心が中国から離れたこと、また中国の賃金コストの上昇傾向の中で日本企業の中国離れが進んだこと、などの背景があったかと思います。しかし、私達にとって隣国中国の重要性はますます高まっており、今回はこのブログで中国情報革命の実態とダイナミズムを報告したいと思います。

悪化する日韓関係:打開は可能か?(改訂版)

日韓関係が急速に悪化をしており、このブログでも前回(8月9日)にそのことについて書かせて戴きましたが、その後さらに状況が深刻になってきています。この問題について、日本側の主張は法的には正当ですが、国際関係についてはそれ以外の考慮もあり得るかもしれません。そうした観点も含めて私の考察をさらに進めてみましたので、ここに成果を記させて戴きたいと思います。御興味のある方には、御高覧を戴ければと思います。

「悪化する日韓関係:打開は可能か?」

Ⅰ.   はじめに

 ー日韓関係が急速に悪化している。
 ー従軍慰安婦問題、元徴用工個人補償問題、輸出管理規制強化、そしてついに(GSOMIA)軍事情報包括保護協定の破棄にまで発展した。
 ー事態がここまで悪化すると、日韓のみに限らず、北東アジア、世界にも影響する重大な問題。
 ー事態の理解、今後の対応の方向性について冷静な判断をもつ必要。
 ーそのためには、まず、急速な悪化の経緯を知る必要。
 ーそして悪化の背景と意味を理解する必要。
 ーその上で、今後の対応について冷静な判断の手がかりを考えたい。


Ⅱ.  日韓関係悪化の経緯

 1. 従軍慰安婦問題での裏切り

  第一は、慰安婦問題で、日韓の間で「最終的かつ不可逆的」な解決として合意された事項に、文在寅政権が異論を唱えて事実上、両国間で達成された合意を反故にしたことである。

  2015年12月28日に朴槿恵政権と日本政府が、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決で合意し、16年7月28日には元慰安婦を支援する「和解・癒し財団」が発足した。それを受けて日本政府は8月24日に財団への10億円拠出を閣議決定。ところが12月30日に韓国の市民団体が釜山の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像を設置した。

  韓国政府は日本政府と「最終的かつ不可逆的解決」に合意したのであるから、合意に反するこうした行為は当然厳しく取り締まるべきだったが、全く無策だった。それは両国間の信義にもとる態度であり、それへの抗議の意味を込めて日本政府は長嶺安政駐韓大使を一時帰国させた。2017年初頭は韓国は朴槿恵大統領糾弾の大衆運動で騒然としており、3月10日には韓国憲法裁判所が朴槿恵大統領罷免を決定した。後日、大統領に就任した文在寅氏はこの少女像を抱擁し「彼女を寂しがらせないよう国民全体で慰安婦問題に取り組もう」と呼びかけた。

  5月10日に就任した文在寅大統領は11日に安倍首相と電話で会談し、日韓合意について「韓国国民の大多数が感情的に合意を受け入れていない」との見方を伝えた。そして7月31日、韓国外務省は慰安婦問題に関する日韓合意を検証する作業部会を省内に設置した。12月27日、作業部会は「合意に非公開な部分があった」として、合意に否定的な報告書を発表。これを受けて文大統領は合意に「重大な欠陥」があったとする声明を発表。翌年1月4日には文氏は元慰安婦9人と面会し合意について謝罪を表明した。

  こうした文政権の言動によって、元慰安婦の一部や支援団体は、文政権が「合意」を破棄するのではないかとの期待感を高めたことが推察される。文政権の康京和(カンギョンファ)外相は2018年1月9日この問題に対する新方針を発表したが、そこでは日本政府に対して日韓合意の再交渉は求めなかったが、日本に対して「自発的な真の謝罪」を要請した。この対応に韓国の支援団体らは不満で合意の破棄を改めて求めた。日本政府は「合意」を無視してさらなる謝罪を求める韓国政府の要求には一切応じないとしている。

  慰安婦問題は、その後、知日派として知られる文喜相(ムンキサン)韓国国会議長が米国ブルームバーグ通信とのインタビューで「天皇(平成)が元慰安婦の手を握って本当に申し訳なかったと言えば、問題はすっかり解消される」と述べたと同通信が1月9日に明らかにした。日本側はこの発言に抗議し、発言の撤回と謝罪を要求したが、彼はそれを拒否した。韓国反日派の対日批判の強硬化はとどまるところを知らない。

 2.  レーダー照射問題

  それは2018年12月20日に起こった。能登半島西方海域で監視業務をしていた海自のP-1哨戒機に対して韓国海軍駆逐艦(クアンゲト・デワン)から射撃管制レーダー(FCレーダー)が輻射された事件である。現場海域では距離1000m程度離れたところで上記の韓国艦、海洋警察庁警備艦および小型船が作業しており、海自機は一定の距離を置いて近接。第二回の近接時に海自機はFCレーダーを探知。直ちに距離を離して5000m程度の距離から継続監視をしたが、その際にも複数回のFCレーダー波を探知した。海自機はFCレーダーの意図確認のため無線電話をかけたが韓国艦からは応答なし。

  FC レーダーの照射は、攻撃準備のためのレーダー照射なので、不測事態の発生または不時の交戦防止のため、各種国際規則で禁じられている。また通常、どの国でもFCレーダーの照射のためには艦長の許可が義務付けれられているので、もしFCレーダーが照射されたとすればそれは何らかの理由による意図的な行為と言わざるを得ない。

  
  海自ではレーダー波の受信結果を詳細に検討し、FCレーダーであるとの確証を得たが、韓国側が事実を否定しつづけるので、その波動音を開示した。これに対して韓国側はその波動音を逆用して、それは海自の捏造であるとし、日本を糾弾する動画を作成して8ヶ国語で世界にアピールした。

  一方、海自の事実究明への呼びかけには韓国側は全く応じなかったので、海自は呼びかけは無意味と判断して、取りやめるに至った。

 3.  元徴用工個人補償問題

  文氏は大統領に就任後も、元徴用工の補償問題は、国家間では解決しているとの認識を示したかと思えば、就任100日後の記者会見(2017年8月25日)では、「両国間の合意は個人の権利を侵害できない」と発言して、個人補償請求の権利があるとの認識を示し、それまでの両国政府の考え方を事実上覆した。

  日本と韓国の政府は1965年6月22日に東京で、日韓基本条約を締結し、その中で日韓請求権協定として元徴用工の補償については「完全かつ最終的に解決された」(協定第二条)との合意をし、韓国歴代政権もその理解を踏襲してきたが、2012年に韓国大法院(最高裁判所)は元徴用工の個人の請求権は国家間の合意に含まれていないとして請求権を認める判断を下している。

  そして2018年10月30日、韓国大法院は、元徴用工が新日鉄住金を相手取って損害賠償を求めた訴訟の差し戻し上告審で、同社の上告を棄却した。この決定で、2013年にこの元徴用工に賠償を認めた2013年7月のソウル高裁の判決が確定した。この判決の意味は極めて大きい。現在でも元徴用工を名乗って賠償請求をしようとしている予備軍は少なくとも数百人はいるとされ、この判決を契機にそうして損害賠償請求が陸続と拡大することが懸念される。

  しかしそれよりももっと本質的なことは、それは1965年の日韓基本条約という両国のそれ以降の関係を基本的に規定する国際協定を覆すもので、その協定に基づいて推進されてきた日韓両国間の協力関係を根本的に崩壊させる危険を含むということである。

  この問題はとりわけ重要なので、以下に項をあらためてやや詳細に説明することにしよう。


Ⅲ. 元徴用工個人補償問題

 元徴用工に対する個人補償問題について、日本政府(当時、佐藤栄作政権)は1965年の朴正煕政権の韓国との合意で完全に解決済みとの立場を堅持している。なぜなら日韓両国が1951年のサンフランシスコ講和条約を受けて、戦後国交正常化に向けて14年間の交渉を経てようやく締結した日韓基本条約で明記された日韓請求権・経済協力協定の第二条には「請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決された」と明記されているからだ。そして日本は韓国に当時の額で8億ドルに上る経済援助を提供することとした。

 8億ドルは当時の韓国の国家予算2年分に相当する額である。朴政権はこの資金を韓国経済発展のためのインフラ整備や鉄鋼産業など主要産業の支援のために活用し、その結果、韓国経済が「漢江(ハンガン)の奇跡」とされる目覚ましい経済成長を達成したことは良く知られている。高度成長する韓国に対して日本企業も積極的に投資し、韓国の企業と日本企業の間には、密接な相互補完関係が築かれ、その後の日韓の深い産業連携に基づく経済発展が促進されたことは周知である。

 この間、国家と国家の合意で補償問題は解決済みと理解されたが、それとは別に個人の補償問題はしばしば提起された。元徴用工の個人補償の訴訟は、該当する日本企業に対して提起されたが、日本での裁判結果は、1965年の日韓合意の理解の下で、ことごとく原告敗訴に終わっている。一方、韓国では、文在寅政権が発足するまでは、歴代の政権で個人補償の問題は韓国の国家が責任を持って対応するという理解が維持された。

 たとえば、革新系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権でさえ、2005年、請求権協定に伴う日本の3億ドルの無償協力に関し「強制動員被害補償の問題解決の資金が包括的に勘案されている」との見解を表明。元徴用工の個人が日本企業に賠償を求める問題の解決の責任は韓国政府が持つべきだとの認識である。ちなみに盧武鉉氏は文在寅氏の師匠でもある。

 ところが2012年、韓国大法院は、徴用工の賠償請求を退けた高裁判決に関し、個人請求権は消滅していない、との初判断をしめして審理を差し戻した。その理由は、個人請求権消滅について韓日両政府の意思の合致があったと解する十分な根拠がない。1965年の請求権協定は両国政府の政治的合意であって「不法な植民地支配に対する賠償を請求する交渉ではなかった」という理屈づけである。これは日本から見れば勝手な事後解釈というほかはない。しかし2018年10月30日の大法院の判決は、この2012年の判決を踏襲する形で、元徴用工が強制労働の「慰謝料」を要求する権利は認められるとの判断をしめした。

  この判断にもとづき韓国大法院は10月30日、徴用で強制労働をさせられたとして新日鉄住金を相手に損害賠償を請求していた韓国人4人の訴訟の差し戻し上告審で、同社の上告を退ける判決を言い渡した。この判決によって、4人に請求全額の計4億ウォン(約4000万円)の支払いを命じたソウル高裁判決が確定した。

  元徴用工の損害賠償請求訴訟は、10月末時点で、上告審では新日鉄住金と三菱重工、2審では両社ならびに不二越、日立造船、そして3審では日本企業の約90社が対象になっている。これらの訴訟で損害賠償を請求している原告は遺族は1000人以上にのぼる。韓国政府の推計では、損害賠償が可能なら請求をしたい元徴用工は22万人にのぼるという。2018.10.の大法院判決は原告1人につき1億ウォン(約875万円)損害賠償。22万人に支払えば総額は1.925兆円に達する。

  2019年1月8日、新日鉄住金に賠償を命じた元徴用工訴訟で、韓国の大邸(テグ)地裁浦項支部が同社の韓国内資産の差し押さえを認める決定を下した。日本政府は韓国の裁判所による資産差し押さえ通知が新日鉄住金社に届いたことを確認し、1月9日、秋葉剛男外務次官が外務省に李洙勲(イスフン)大使を呼び、文書と口頭で日韓請求権協定にもとづく政府間協議を正式に申し入れた。ちなみに日韓請求権協定では第3条で協定の解釈や実施をめぐる紛争は外交協議によって解決する、と明記されている。

  2019年1月9日、文在寅大統領は年頭の記者会見で、「元徴用工を巡る大法院判決を韓国政府は尊重しなければならない。日本政府は不満があっても、基本的にはどうしようもないという認識を持つべきだ」と言明した。

  なお、大法院の判決の直後、韓国の李洛淵(イナギョン)首相は、「司法の判断を尊重し、関係省庁や民間の専門家などと諸般の要素を総合的に考慮して対応策を講じていくとの政府見解」を述べたが、その後は明確な対応はなく、個人の賠償問題の責任は韓国政府にあるという1965年の日韓合意の考え方については態度を曖昧にしたままだった。上記の文大統領の言明は曖昧から踏み込んで、1965年の日韓合意の精神を明らかに否定したものと言える。

  その後、河野太郎外務大臣をはじめ政府当局は韓国側に何度も重ねて政府間協議をの開催を催促したが、韓国側は日本側の要請に応じていない。一方、原告団や支援団体は訴訟対象の日本企業の差し押さえた資産を現金化する準備をしている。早ければ2019年8月にも現金化が開始される可能性がある。これを放置すれば、問題は他のアジア諸国などで解決済みの賠償問題を再燃させかねない取り返しのつかない事態になる恐れもあるので、日本政府は危機感を強めている。

  政府では韓国側が再三の協議申し入れにも応じてこないので、協議が開催できない場合、次のステップとして協定に位置付けられた「仲裁委員会」の開催を申し入れることを検討した。仲裁委員会はは日本、韓国、第三国の委員で構成されるが、第三国の委員を選ぶためにも日韓の協議が必要だ。しかし外務省の担当者などには「委員の選任は容易ではない」との見方が強い。 

  
  日本政府は国際司法裁判所(ICJ: International Court of Justice)への提訴も視野に入れ、すでに国際裁判専門の弁護士選定などの準備を進めている。しかし、韓国側は訴えに応ずる義務がある「義務的管轄権」を受諾していないため、審理が実現する可能性は低い。こうしてみると日本が国際社会にその正当性を訴えられる環境条件は極めて限られているといわざるを得ない。

  こうした中にも、3月15日には韓国地裁が不二越の資産仮差し押さえを決定、3月22日には韓国地裁が三菱重工業の資産差し押さえを決定、4月4日、元徴用工らが日本コークス工業など4社を相手取り追加訴訟、4月29日、元徴用工らが三菱マテリアルなど9社を相手取り追加訴訟、5月1日、原告側が日本製鐵と不二越の資産売却手続きに着手するなど、事態は時事刻々悪化している。

  こうした事態を受け、自民党内では強硬な意見が台頭してきた。例えば、駐韓大使の一時帰国、訪日ビザの免除停止、韓国製品の輸入関税の引き上げや日本にある韓国企業の資産差し押さえなどの対抗措置を求める声があがった。

  2019年6月19日、韓国外務省は日本と韓国の企業が自発的に資金を出し合い原告と和解する案を日本政府に提示したと明らかにした。これに対し、河野太郎外務大臣はツィッターで「韓国の国際法違反の状態を是正することにならず、受け入れられない」と拒否。韓国側は、日本がこの案を受け入れるなら、日韓請求権協定にもとづく二国間協議に応ずる用意があるとした。日本政府は日本企業に負担を求める韓国側の案は両国の請求権問題の完全かつ最終的な解決をうたった1965年の日韓請求権協定に反するとして拒否の立場だ。

  安倍首相は2019年6月28と29日にかけて大阪でG20サミットを議長として開催した。韓国は安倍首相との首脳会談を望んだが、安倍首相はこれに応じなかった。2日間のサミットで、両首脳が接近したのは、28日の会議と夕食会で安倍首相が各国首脳を迎えた時だけだった。

  その背景には韓国が6月19日に公表した日韓の企業が自発的に資金を出し合って原告と和解する案があった。日本側は事前に提示された段階でこれを拒否していたが、それにも関わらず韓国政府はこの案を公表した。文氏は6月26日の聯合ニュースなどとのインタービューで「現実的な解決案だ」とし、安倍首相に会談を呼びかけて「この機会を活用できるかは日本にかかっている」と日本側の責任を強調していた。

  これまでの経緯の中で、文氏は「司法の判断を尊重する」としてきたが、1965年の日韓請求権・経済協力協定を守る意思があるのかは明確にしていない。日本政府側には文在寅大統領は、この半世紀以上、日韓協力の基盤となってきたこの合意の見直しを提起してくるのではないか、との疑念と警戒感がある。


Ⅳ. 対韓国輸出規制管理強化

  日本政府は2019年7月1日、韓国にたいし、半導体製造などに必要なフッ化水素など3品目の輸出管理につき「外国為替および外国貿易法」(外為法)に基づき規制を強化すると発表した。対象の3品目は、半導体の洗浄に使うフッ化水素、不マートフォンのディスプレーに使われるフッ化ポリイミド、半導体の基板に塗る感光剤のポリイミド。

   韓国はこれまで輸出手続きを簡略化する優遇措置を受けられる27カ国の「ホワイト国」の一つとして認定されていた。今回の措置は韓国をこのホワイト国から外すということである。

  
   これら3品目は、半導体大国・韓国を狙い撃ちにするには最も効果的とされる。いずれも日本が世界で7~10割近いシェアともち、サムソングループ、LGグループ、SKハイニックスなど韓国企業はほぼ全量を日本から調達している。

   しかし、韓国製の有機ELパネルやNAND型フラッシュメモリーではサムスンが4割の世界シェアを持っており、それらの部品提供を受けている日本メーカーには影響が出る可能性もあり、対韓国輸出規制の強化はやがて世界のサプライチェーンを混乱させる恐れがある。

   安倍首相は、7月1日、読売新聞とのインタービューで「国と国との信頼関係の上に行ってきた措置を見直したということ」とし、韓国との信頼関係が損なわれたため管理強化に踏み切ったとの考えを示した。政府には、徴用工問題が日韓関係の根幹をゆるがす深刻な問題であることを韓国側に認識させるべきだとの考えが強い。

   一方、韓国の成允模(ソンユンモ)産業通商資源相はソウルで「韓国大法院の判決に対する経済報復措置であり、WTO提訴をはじめ対応措置をとっていく」と述べた。Financial Times紙(電子版)は「日本の自由貿易の偽善を露呈するもの」と批判。ある外電は、安倍首相は政治問題に経済的武器を使うトランプ流の戦術を採用したようだが、結局、損害は自らにも及ぶとコメントした。

   この事案を担当する経済産業省は輸出規制導入の理由について「不適切な事案が発生したから」としているがその内容は守秘義務として説明していない。また世耕弘成経済産業相は「輸出管理を適切に実施するため、運用上の対応をしている」とし、韓国側のWTO協定違反との批判にたいしては、日本側はGATT21条の「安全保障上の例外措置」であって違反ではない、と説明している。7月12日、日韓事務レベル会合に出席した韓国当局者は、日本側がWTOの協定違反には当たらないと主張したのにたいし「理解も納得も同意もできない」と述べた。

   一方、安倍首相は7月3日、日本記者クラブ主催の党首討論会で「1965年の日韓請求権協定で互いに請求権を放棄した。国と国の約束をたがえたらどうなることか、ということだ」「約束を守らないうえは今までの優遇措置は取らない」と述べており、最高責任者の見解では、輸出規制強化措置の理由は明らかというべきだろう。

   日本政府は対韓国輸出規制を二段階で実施する方針だ。第一段階はリスト規制として対象品目を上記3品目に限定して7月4日に発動された
が、第二段階は非リスト規制として8月末以降に発動されると見込まれる。そこでは韓国をホワイト国から除外し、食品や木材などを除く全品目のうち、経産省が指定する品目のすべてが対象となる。

 
   7月18日、韓国外務省は、日本政府が1965年の日韓請求権協定にもとづいて要請していた仲裁委員会の設置に応じない方針を正式に示した。一方、日本政府による事実上の対抗措置とみられる半導体材料の輸出規制強化では、韓国がWTO(世界貿易機関)に提訴すべく準備をしている。

   7月23、24日、WTOの一般理事会がジュネーブで行われた。韓国は日本の輸出規制強化問題をWTOの第一次審査の前段階である2国間協議のテーマとして取り上げるべく参加国の賛同を求めたが、一般理事会は加盟164カ国・地域に共通する貿易課題を議論するのが主な目的なので、加熱する日韓の対立の解決になぜ一般理事会が使われるのか、この段階では参加国の理解は必ずしも得られなかった。しかし韓国の代表者は記者会見で「反応がなかったことは韓国側の提案が支持された証拠だ」述べた。

   注意すべきは、韓国はWTOを舞台にした貿易紛争ではかなりの実績があることだ。例えば直近では、福島など東北8県の水産物に対する韓国の輸入禁止措置を、日本がWTOルール違反として訴え、一審では勝訴したにも関わらず、2019年4月の最終審では逆転敗訴した苦い経験もある。

   この時、一審で敗訴した韓国が最終審で勝つべく入念な準備をしたと言われる。あるWTO関係者は、韓国は最終審での口頭尋問に備え、ジュネーブのホテルに約2週間、缶詰になって予行練習したと打ち明けたという。今後、韓国は大規模はロビー活動を含め、周到に準備してくる可能性がある。

   ポンペイオ米国国務長官は、ASEAN地域フォーラムが開かれるバンコクで、7月31日、河野太郎外務大臣と韓国の康京和(カンキョンファ)外相と懇談し、日韓対立の仲介役を買って出る意向を示し懇談したが、具体的な成果はなかった。ポンペイオ長官の行動は数週間前にトランプ大統領が必要なら仲介役を買って出ても良いと述べたことを受けてのことと思われる。

   そして2019年8月2日、政府は輸出管理を簡略化する優遇対象国から韓国を除外する政令を閣議決定した。半導体材料の韓国向け輸出管理の厳格化につづく第二弾である。8月7日に公布し、28日に施行する。韓国むけの輸出の際に食品と木材を除くほぼすべての品目に経済産業省が個別審査を求めることができるようになる。

   日本政府が韓国を優遇対象から除外する政令改正を閣議決定したことについて、文在寅氏は「今後起きる事態の責任も全面的に日本政府にある」とし、「盗っ人たけだけしく大口を叩く」と日本を批判した。日本の措置に応じて我々も段階的に措置を強化する」と言明。文氏の発言を受けて、洪楠基(ホン・ナムギ)経済副首相は「韓国も優遇対象国から日本を外し、輸出管理を強化する」と表明した。

   
    さらに8月5日、韓国政府は、主要な部品・素材の国産化に向け研究開発投資に7年間で7.8兆ウォン(約8600億円)をあてると発表した。日本政府が輸出優遇国から韓国を除外したことへの対応策で100品目を戦略品目に指定した。このうち日本が輸出管理を強化した半導体材料3品目を含む20品目は1年以内に「脱日本依存」を達成するとしている。

    ところで、8月8日、「外国為替および外国貿易法」(外為法)に基づいて輸出規制の管理をする立場にある経済産業省が、7月初に輸出管理を厳格化すると発表してからはじめて半導体3品目の一部(サムソン向けレジストと見られる)を許可すると発表した。世耕弘成経産相は「韓国政府から『禁輸措置』との批判があり例外的に公表した」が、審査は公正に実施していると説明した。

    しかし、韓国政府は8月12日、安全保障に関わる戦略物資の輸出管理の優遇対象国から9月中に日本を除外すると発表。日本の輸出管理強化への報復である。

    そして8月15日の光復節(日本の併合から解放された記念日)に、文在寅大統領はそれまでの強烈な日本批判のトーンを緩和し、「日本が対話と協力の道に出てくれば喜んで手を握る」と述べ、日韓対立の沈静化に期待をにじませたと受け取られた。


Ⅴ.   軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄

    それから1週間経った8月23日、韓国政府は日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA:General Security of Military Information Agreement)の破棄を日本政府に通告した。協定は毎年更新することになっており、8月24日までにどちらかが破棄を通告しなければ、自動延長される。それを韓国政府は一方的に破棄通告することで協力体制を終了させたのである。

    この協定は、日韓両国が暗号情報や戦術データなどの防衛機密を共有するもので、当初は2012年に締結の予定だったが、韓国からの申し入れで2016年に締結された。2016年は北朝鮮が長距離ミサイルの発射と核実験を加速させていた時期にあたる。日米と米韓はそれぞれ安全保障条約を締結しているが、日韓両国ではこれは唯一の安全保障がらみの条約であり、アメリカを頂点として日本と韓国がいわば二等辺三角形の底辺として日米韓の安保体制を支える構造の重要な道具である。

     この情報共有体制は、例えば、北朝鮮のミサイルの軌跡を分析したり予測したりする時に役に立つ。韓国国防省はミサイル発射直後の情報をいち早く入手できる立場にあるが、着弾点近くの情報は日本のイージス艦などの情報収集がより精確であるとされ、日米韓の情報を迅速に総合することで、この地域の防衛体制の運営がより的確になる効果がある。

 
     日韓の対立が、元徴用工問題から輸出管理の強化問題へと発展する中で、韓国は(GSOMIA)を更新するかどうか検討するとして、日本から譲歩を勝ちとる材料としてきた経緯がある。日本政府は安全保障問題は取引に使うべきものでないとして更新を要請しつづけてきた。

     最近になって、韓国の態度に懸念を深めたアメリカは7月22日にビーガン北朝鮮担当特別代表を、同月下旬にはボルトン大統領安全保障補佐官、8月上旬にはエスパー国防長官を派遣して韓国に慎重な対応を促してきた。韓国政府内でも国防省筋はGSOMIAの継続を望んだが、大統領府の強硬派の意見が押し切ったとされる。

     8月23日にGSOMIAを発表した韓国当局者は「事前に米国の理解を得ていた」と主張したが、ポンペイオ国務大臣はじめ米国政府の高官は異口同音に「強い懸念と失望」として韓国政府の言い分を真っ向から否定した。これは同盟国に対する批判表現としては異例の強さである。

     韓国大統領府の関係者は発表後の記者会見で、文大統領が8月15日の光復節での演説で日本批判を抑制したにも関わらず日本側が無反応だった態度は「外交努力」を欠いていると批判し、これがきっかけであることを匂わせた。

     日米の安全保障関係者には、文大統領は安全保障の意味を理解していないのではないかとの疑念も生じているが、韓国大統領府関係者には、日米韓の密接な協力を前面に出すことは朝鮮民族の南北融和のさまたげになるという全く異質な考えもあるようだ。そこには文大統領が南北の融和と民族の統一を何よりも重要視するのに対して、日米は現状の南北の対立を前提として地域の安定と安全を確保するという安全保障観の大きな相違が伏在している。

     安全保障観の相違はともかくとして、GSOMIAの突然の破棄がこの地域の安全保障にどのような弊害とリスクを孕むかについては後述する。実際、破棄発表の翌日8月24日、北朝鮮は新型の短距離ミサイル2発の発射実験敢行した。それまでは、8月5日から20日までの米韓合同軍事演習への反発と位置付けていたミサイル発射をこの時点で行う意味は明瞭だろう。     


Ⅵ.    文在寅氏の思想と政権の体質

  今回の日韓関係の悪化の意味と背景そしてこれからを考えるには、文在寅という人物と彼の政権のあり方を理解する事がまず何よりも重要と思われる。

  太平洋戦争直後、朝鮮半島は米ソの勢力によって38度線を境に事実上分割統治されたが、1948年8月15日、李承晩がソウルで「大韓民国」建国を宣言。その直後、9月9日に金日成が「朝鮮民主主義共和国」の成立を宣言した。李承晩は併合時代の日本統治に反発してアメリカに亡命し、ハーバード大など最高学府に学ぶとともに朝鮮独立運動に一身を賭けたが、38度線をソ連に提案したアメリカに失望し批判を深めた。

  李承晩大統領失脚後、韓国の政治は”保守”と”革新”陣営の激しい相克の歴史を刻むが、私見では、保守というよりも日本の力を認めそれを利用しようという陣営と、革新というより反日・容共の陣営の対立図式と理解した方が解りやすいように思う。

  日本利用派の先駆は朴正煕大統領だ。朴は日本の帝国陸軍で訓練を受けた軍人(日本名は高木正男)だが、1961年クーデターで政治の主導権を握った。1965年朴正煕政権は時の佐藤栄作政権との間で日韓基本条約を締結した。基本条約に付随して元徴用工補償問題の原点になる「請求権協定」も締結された。この条約締結の見返り?として日本は韓国に8億ドルに及ぶ資金提供を行い、それがインフラや基幹産業の整備に注入されて後に「漢江(ハンガン)の奇跡」の原動力と言われたことは上述した。

  軍事ジャーナリストとして活躍している高橋浩祐氏はこの日韓基本条約の性格と韓国人の見方について鋭い観察をしている「RONZA」(2019.8.17)。その要点はこうだ。基本条約が結ばれた頃は冷戦がアジア地域でも深刻化していた時で、アメリカは共産勢力に対する防波堤として日韓の国交正常化そして基本条約の締結を急がせた。

  その頃、日本は高度経済成長の真っ最中で、所得は急速に上昇し、国際的にもアジア開発銀行をアメリカと組んで創設するなど存在感を高めていた。一方、韓国はまだ開発途上で一人当たりGDPは日本の1/8に過ぎず、日本の援助で高度成長のきっかけを掴みたい朴政権は日韓の国力の圧倒的な差の下で「不平等条約」を結ばされたという思いを問題意識のある韓国人は抱いているという。

   朴正煕大統領は自分の部下に暗殺されたが、朴政権の日本利用の系譜はその後、全斗換、李明博、朴槿恵政権への受け継がれていく。

   これに対して、日韓併合を民族の屈辱と捉え、日本の戦争についての謝罪も賠償も不十分で、戦後の体制を日本に根本から反省させ、日本を利用しようとしてきた”保守派”のこれまでも清算させねばならないという強烈な反日、そして必然的に親北朝鮮の流れがある。それは尹ボ善、盧泰愚、金泳三、金大中、盧武鉉、そして文在寅に受けつがれる。その系譜の中でも、文在寅は特別に強力な反日そして容共派と言える。

   それは単に思想的な信条だけでなく、彼の場合には、経済的そして国際政治的力量も、彼の理想を実現するために充分にあると自分自身考えていること、そしてそれは単に画餅でなくそれなりの実績を挙げているという自信に裏付けられた行動に結びついているという点で、彼の先輩達にはない強烈さを秘めていると言える。

   一つには、現在の韓国の経済力が彼の先輩達の時代とは比較にならないほど高まっていることがある。1960年代には韓国の一人当たりGDPは日本の1/8だったが、近年では名目的には日本の85%、実質的には同等以上。サムソンなど主要先端企業は世界市場で大きなシェアを誇っている。

   今一つは、親北派の悲願である南北対話を金委員長と手を取り合って休戦ラインを超えるという劇的な形で実現したばかりでなく、トランプ大統領に接近して米朝首脳会談の契機をつくったという自覚が国際政治のリーダーとしての自己認識となっている。

   これらの経済的ならびに国際政治的プレゼンスの高まりは相対的に韓国にとって日本の地位と重要性を低下させる。一方の安倍首相は日本憲政史上最長の首相になるなど国内的また国際的リーダーとして強い自己認識を持っており、互いに容易に譲歩や妥協はしない状況になっている。

   ちなみに、文在寅氏は1953年、韓国南部の巨済島の生まれ。両親は現在に北朝鮮地域出身のいわゆる「失郷民」で、今も叔母が北朝鮮にいる離散家族。大学時代、朴正煕政権を批判する民主化運動に参加して逮捕、服役を繰り返す。出所後、司法試験に合格するが前歴から検事や判事にはなれず、人権弁護士として知られていた盧武鉉と出会い、合同法律事務所設立。盧武鉉が大統領当選後は最側近として青瓦台で要職を歴任。

   盧武鉉は退職後、親族らが相次いで贈賄容疑で逮捕され、自身も検察の聴取を受け2009年5月自宅裏山の崖から投身自殺。文在寅は盧武鉉の国民葬を取り仕切ったあと政界入り。2012年大統領選に出馬、統合民主党の有力候補になったが、セヌリ党の朴槿恵に惜敗。しかしセヌリ党の内紛や崔順実事件で「共に民主党」は党勢回復。文在寅も朴槿恵大統領糾弾の1000万人ローソク集会などを推進し、朴大統領弾劾免職後は彼自身選挙を経て大統領となった。

   元駐韓国全権大使武藤正敏氏は大統領選直前の文在寅氏になんとか面会をすることができたが、彼は日韓関係の発展などには全く興味はなく、もっぱら北朝鮮との融和、竹島など日本との領土問題そして歴史問題に関心が集中していた印象を受けたと記している。武藤正敏『韓国人に生まれなくてよかった』1917年。南北融和と民族統一が最大の目標で、北の核は自己防衛で韓国攻撃はあり得ないと確信している模様。 

   日本の輸出管理強化に直面して文在寅氏は8月5日、「南北の経済協力で私達は一気に日本に追いつくことができる」と発言。高橋浩祐氏は文在寅氏の頭の中では 韓国にとっての敵性国家は北朝鮮ではなく日本になっているのではと思わせる発言と指摘している。    


   
Ⅶ.     日韓政府対立の展開と影響

   日韓政府の対立は、安倍政権が政治的動機から輸出管理強化という経済的手段にを採用したことから、アジア地域だけでなくより広い世界のサプライチェーンに混乱を発生させる可能性が出てきた。すなわち日韓の対立は日韓のみに限られず世界経済に波及する可能性があるということである。

   それだけでなく輸出管理強化という手法は、日本はトランプ流の経済的脅迫を採用するのか、あるいはFT誌が「日本の自由貿易主義は欺瞞だ」とコメントするなど国際社会での理解が得にくい。経済産業省は日本の輸出品が例えば北朝鮮に流れるなどのことがないよう韓国当局が充分に管理しているかといった安全保障上の管理であり、韓国の現状の管理を全面的に信頼できない面があるので、規制を強化すると説明している。実際、審査を厳格にした結果、レジストなど一部の製品については輸出を許可して”公正性”を演出している。日本政府は公式にはそのような技術的側面を強調しているが、それが国際世論の支持を得るように戦略を工夫し最大限の努力を傾注して行くことが肝要だ。

   一方、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄に至った日韓両政府の対立の展開は、東アジア地域での安全保障協力の重要な一環が損なわれたということで、日米韓の安保協力体制にほころびが発生したことを意味する。それは小さなほころびかもしれないが、協力体制の機能不全はいわゆる「力の空白」を生む恐れが大きい。実際、北朝鮮は軍事情報共有体制の欠陥を突くかのように短距離ミサイルの実験を繰り返している。また2019年7月末にはロシアの早期警戒管制機が竹島周辺で領空侵犯をし、また中国とロシアの核搭載可能な爆撃機が韓国の防空識別圏に侵入するなどの事件が発生している。日韓両国の対立が激化して協力が不在であることを見透かしての挑発であるように思われる。本当に力の空白が生じた時には他の力が介入してくることは歴史が繰り返し証明している。


Ⅷ.    今後の対応について

  それではこの事態にはどのように対応すれば良いか。

  文在寅氏とその政権の主眼は南北の融和と民族の統一にあり、その先には南北の協力強化と統一すら志向されていると思われる。また自国の国力増加の認識と自分の国際的役割の高まりの自覚から日本の地位と重要性は大きく低下しており、日本への妥協や譲歩の可能性はますます遠のいている。

  文在寅氏の歴史問題へのこだわりは強く、1965年の日韓基本条約は日韓の国力の大きな格差の下で強制された不平等条約であるから歴史的に清算しなくてはならないとの信念は固く、それが2018年10月の大法院判決を「尊重する」との発言に反映している。文政権の底流には1965年の日韓基本条約は全面的に見直すべきとの考えがあっても不思議ではない。併合時代の日本帝国の統治の正当性を弾劾し、謝罪と全面的な賠償を請求しようという考えである。

  一方、日本政府は1965年の日韓基本条約は正当な国際条約であって二国間の約束の遵守は信頼関係の基礎と考える。さらに言えば、この条約は1951年のSF講和条約の規定に基づいている。SF講和条約では日本への賠償請求は大半の締結国が放棄したが、日本でなくなった地域との請求権問題は特別に取り決めを締結して解決すると規定した。韓国とはこの規定をふまえ65年に請求権協定を含む日韓基本条約を結んだ。この協定を改定することは戦後体制を規定してきたSF講和体制の前提も崩しかねない。

  しかも仮に日本が徴用工の個別補償に応ずると、それは請求権を一括して処理したことになっているアジア諸国で、賠償問題を敢えて蒸し返すことにつながりかねず、日本としては断じてそうした展開は認めることはできない。

  このように考えると、日韓の直面する対立の問題には、文在寅政権が続く限り解決の手がかりも可能性も見えにくい。

  こうした状況と条件を前提にすると、日本が採りうる対応は、日本が国際条約を順守する法的正統性について国際的理解を叶う限り求める努力を行う一方、文在寅政権の韓国の日本との信義や信頼を無視した要求や行動には取り合わず、無視ないし静観するのが成熟国としての合理的対応ということになろう。

  それはそれとして、最近、旧知の韓国知識人達とこの問題について深く語り合う機会があり、その中でこれからの日本の対応のあり方として参考になる示唆を得たように思うので、この機会に触れておきたい。これは8月末にベトナムで行われた国際プロジェクトに参加した際のことで、彼らは日本を良く知り、私と協力してこの国際プロジェクトを長年実行してきたことからも親日派の知識人である。教授達とこの問題について深く意見交換する機会があった。

  そのひとり、R教授によると、韓国の多くの人々は、慰安婦が戦時に日本の兵隊にレイプされたのに、日本からは”心からの謝罪”がない。そこに、韓国を信頼できない国としてホワイト国リストから外すという仕打ちを受けたので、反日感情が炎上した、という。その限りでは文喜相国会議長の発言に共感する人々も多いという。

  M教授は、今回の日韓対立問題は、法的正義と道義的正義の二面があり、法的には安倍政権の主張には理がある。しかし、国際関係は法的ルールだけで処せない道義的側面もあるのではないか。1965年の日韓基本条約は日韓の経済力に大差がある時に、しかも冷戦たけなわで日韓関係正常化へのアメリカからの圧力もある中で結ばされたいわば不平等条約である。対等な関係で条約を結びたいという道義的な意味も理解しても良いのではないか。

  比喩的に言えば、江戸時代末期に欧米列強との国力の大きな格差の下で日本が結ばされた安政の不平等条約について日本は大いに不満を持ったが、日本の国力が高まる中で、陸奥宗光らの活躍で不平等条約を30年以上経た後にようやく改正した故事もあるではないか、と指摘した。

  R教授は、慰安婦問題への謝罪について言えば、日本は本当に韓国と信頼関係 を築こうとしているのか、という疑問があるという。その問題を考える時、参考にされるのが、ナチドイツのホロコーストに対する謝罪のあり方がある。私もこの問題は学んでいるが、戦後ドイツはイスラエルはじめ被害を与えた多くの国々に対して”信頼できる関係”を構築することを最大の目標として、謝罪も賠償も真剣に行ってきた経緯がある。

  日韓関係の改善には、法的正義だけでなく、日本が隣国韓国と真に信頼できる関係を築こうという意思があるかも問われているように思う。法的正義を貫くと同時に隣国との信頼をどう構築するか、日本が近隣諸国とこれからの長い将来に向けてどのような国際関係を築きたいのか、政治家のみならず私達国民全体としてこの機会に改めて考える価値があるように思う。

悪化する日韓関係:打開は可能か?

Ⅰ. はじめに

 このところ日韓関係が急速に悪化している。2017年5月に韓国で文在寅政権が成立してから、日本人の神経を逆なでするような事件が相次いだ。たとえば、従軍慰安婦問題について2015年末に日韓両政府が「最終的かつ不可逆的解決」とした合意を事実上、反故にした。2018年末には能登半島西方海域で、韓国の駆逐艦が遠くから監視業務をしていた海上自衛隊の哨戒機にたいして攻撃用の射撃管制レーダーを照射した。

 さらに2018年10月末には大法院(韓国最高裁判所)が元徴用工の強制労働に対する個人損害賠償訴訟について、個人請求権は否定されないという新解釈を示して訴訟対象企業であった新日鉄住金の上告を退け、損害賠償を命じたソウル地裁に判決を支持し、同社が損害賠償を請求されることになった。

 しかし、これは1965年の日韓請求権・経済協力協定を否定することになるので、日本政府は同協定にもとづいて日韓協議を申し入れたが、文在寅政権の政府は応ぜず、そのことで1965年以来半世紀以上にわたってつづいた日韓の協力的な関係の根幹が崩れることを憂慮した安倍首相以下日本政府は事の重大性を韓国側に認識させる意味もあって韓国への輸出に関してこれまで提供してきた優遇措置(ホワイト国)を除去するという対応に出た。

 文在寅大統領以下韓国の政権はこの措置に激しく反発し、日本を糾弾するとともにWTOに提訴する準備に入り、一方では半導体製造部材などを日本に頼らずに自前で製造するために全力を傾注し、他方では日本製品不買運動や日本への旅行自粛など強力な反日運動を展開している。

 日韓関係のこうした悪化は、単に両国の問題だけにとどまらず、世界貿易に影響するとともに、日韓の協力を要としているアジア地域における安全保障体制にも隙間もしくは揺らぎを発生させかねない。トランプ政権はそれを心配して仲介の労を取ろうとの姿勢すら見せている。

 このエッセイでは、そうした日韓関係の展開を事実に即して跡付けて理解し、その意味を考え、膠着し悪化する関係を打開する方策を探る手がかりを得たいと思う。このエッセイでは最近数年の悪化する日韓関係の事実を展望しているが、日韓関係の展開を規定する要因は国内そして国際的な環境条件の歴史的展開に深く影響されている。そうした環境条件の理解なくして現在の日韓関係の動きの意味を立体的かつ総合的に捉えることは難しい。その課題はあまりに大きくて本エッセイの範囲を超えるので、その課題への挑戦はまた別の機会に譲りたいと思う。

 

Ⅱ. 日韓関係悪化の経緯

 1. 従軍慰安婦問題での裏切り

  第一は、慰安婦問題で、日韓の間で「最終的かつ不可逆的」な解決として合意された事項に、文在寅政権が異論を唱えて事実上、両国間で達成された合意を反故にしたことである。

  2015年12月28日に朴槿恵政権と日本政府が、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決で合意し、16年7月28日には元慰安婦を支援する「和解・癒し財団」が発足した。それを受けて日本政府は8月24日に財団への10億円拠出を閣議決定。ところが12月30日に韓国の市民団体が釜山の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像を設置した。

  韓国政府は日本政府と「最終的かつ不可逆的解決」に合意したのであるから、合意に反するこうした行為は当然厳しく取り締まるべきだったが、全く無策だった。それは両国間の信義にもとる態度であり、それへの抗議の意味を込めて日本政府は長嶺安政駐韓大使を一時帰国させた。2017年初頭は韓国は朴槿恵大統領糾弾の大衆運動で騒然としており、3月10日には韓国憲法裁判所が朴槿恵大統領罷免を決定した。後日、大統 領に就任した文在寅氏はこの少女像を抱擁し「彼女を寂しがらせないよう国民全体で慰安婦問題に取り組もう」と呼びかけた。

  5月10日に就任した文在寅大統領は11日に安倍首相と電話で会談し、日韓合意について「韓国国民の大多数が感情的に合意を受け入れていない」との見方を伝えた。そして7月31日、韓国外務省は慰安婦問題に関する日韓合意を検証する作業部会を省内に設置した。12月27日、作業部会は「合意に非公開な部分があった」として、合意に否定的な報告書を発表。これを受けて文大統領は合意に「重大な欠陥」があったとする声明を 発表。翌年1月4日には文氏は元慰安婦9人と面会し合意について謝罪を表明した。

  こうした文政権の言動によって、元慰安婦の一部や支援団体は、文政権が「合意」を破棄するのではないかとの期待感を高めたことが推察される。文政権の康京和(カンギョンファ)外相は2018年1月9日この問題に対する新方針を発表したが、そこでは日本政府に対して日韓合意の再交渉は求めなかったが、日本に対して「自発的な真の謝罪」を要請した。この対応に韓国の支援団体らは不満で合意の破棄を改めて求めた。日本政府は「合意」を無視してさらなる謝罪を求める韓国政府の要求には一切応じないとしている。

  慰安婦問題は、その後、知日派として知られる文喜相(ムンキサン)韓国国会議長が米国ブルームバーグ通信とのインタビューで「天皇(平成)が元慰安婦の手を握って本当に申し訳なかったと言えば、問題はすっかり解消される」と述べたと同通信が1月9日に明らかにした。日本側はこの発言に抗議し、発言の撤回と謝罪を要求したが、彼はそれを拒否した。韓国反日派の対日批判の強硬化はとどまるところを知らない。

 2. レーダー照射問題

  それは2018年12月20日に起こった。能登半島西方海域で監視業務をしていた海自のP-1哨戒機に対して韓国海軍駆逐艦(クアンゲト・デワン)から射撃管制レーダー(FCレーダー)が輻射された事件である。現場海域では距離1000m程度離れたところで上記の韓国艦、海洋警察庁警備艦および小型船が作業しており、海自機は一定の距離を置いて近接。第二回の近接時に海自機はFCレーダーを探知。直ちに距離を離して5000m程度の距離から継続監視をしたが、その際にも複数回のFCレーダー波を探知した。海自機はFCレーダーの意図確認のため無線電話をかけたが韓国艦からは応答なし。

  FC レーダーの照射は、攻撃準備のためのレーダー照射なので、不測事態の発生または不時の交戦防止のため、各種国際規則で禁じられている。また通常、どの国でもFCレーダーの照射のためには艦長の許可が義務付けれられているので、もしFCレーダーが照射されたとすればそれは何らかの理由による意図的な行為と言わざるを得ない。
  
  海自ではレーダー波の受信結果を詳細に検討し、FCレーダーであるとの確証を得たが、韓国側が事実を否定しつづけるので、その波動音を開示した。これに対して韓国側はその波動音を逆用して、それは海自の捏造であるとし、日本を糾弾する動画を作成して8ヶ国語で世界にアピールした。

  一方、海自の事実究明への呼びかけには韓国側は全く応じなかったので、海自は呼びかけは無意味と判断して、取りやめるに至った。


 3. 元徴用工個人補償問題

  文氏は大統領に就任後も、元徴用工の補償問題は、国家間では解決しているとの認識を示したかと思えば、就任100日後の記者会見(2017年8月25日)では、「両国間の合意は個人の権利を侵害できない」と発言して、個人補償請求の権利があるとの認識を示し、それまでの両国政府の考え方を事実上覆した。

  日本と韓国の政府は1965年、日韓請求権協定を締結し、元徴用工の補償については「完全かつ最終的に解決された」(協定第二条)との合意をし、韓国歴代政権もその理解を踏襲してきたが、2012年に韓国大法院(最高裁判所)が元徴用工の個人の請求権は国家間の合意に含まれていないとして請求権を認める判断を下している。

  そして2018年10月30日、韓国大法院は、元徴用工が新日鉄住金を相手取って損害賠償を求めた訴訟の差し戻し上告審で、同社の上告を棄却した。この決定で、2013年にこの元徴用工に賠償を認めた2013年7月のソウル高裁の判決が確定した。この判決の意味は極めて大きい。現在でも元徴用工を名乗って賠償請求をしようとしている予備軍は少なくとも数百人はいるとされ、この判決を契機にそうして損害賠償請求が陸続と拡大することが懸念される。しかしそれよりももっと本質的なことは、それは1965年に日韓請求権協定と経済協力協定という両国のそれ以降の関係を基本的に規定する国際協定を覆すもので、その協定に基づいて推進されてきた日韓両国間の協力関係を根本的に崩壊させる危険を含むということである。

  この問題はとりわけ重要なので、以下に項をあらためてやや詳細に説明することにしよう。

 

Ⅲ. 元徴用工個人補償問題

 元徴用工に対する個人補償問題について、日本政府は1965年の朴正煕政権の韓国との合意で完全に解決済みとの立場を堅持している。なぜなら日韓両国が戦後国交正常化に向けて14年間の交渉を経てようやく締結した日韓請求権・経済協力協定の第二条には「請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決された」と明記されているからだ。そして日本は韓国に当時の額で8億ドルに上る経済援助を提供することとした。

 8億ドルは当時の韓国の国家予算2年分に相当する額である。朴政権はこの資金を韓国経済発展のためのインフラ整備や鉄鋼産業など主要産業の支援のために活用し、その結果、韓国経済が「漢江(ハンガン)の奇跡」とされる目覚ましい経済成長を達成したことは良く知られている。高度成長する韓国に対して日本企業も積極的に投資し、韓国の企業と日本企業の間には、密接な相互補完関係が築かれ、その後の日韓の深い産業連携に基づく経済発展が促進されたことは周知である。

 この間、国家と国家の合意で補償問題は解決済みと理解されたが、それとは別に個人の補償問題はしばしば提起された。元徴用工の個人補償の訴訟は、該当する日本企業に対して提起されたが、日本での裁判結果は、1965年の日韓合意の理解の下で、ことごとく原告敗訴に終わっている。一方、韓国では、文在寅政権が発足するまでは、歴代の政権で個人補償の問題は韓国の国家が責任を持って対応するという理解が維持された。

 たとえば、革新系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権でさえ、2005年、請求権協定に伴う日本の3億ドルの無償協力に関し「強制動員被害補償の問題解決の資金が包括的に勘案されている」との見解を表明。元徴用工の個人が日本企業に賠償を求める問題の解決の責任は韓国政府が持つべきだとの認識である。ちなみに盧武鉉氏は文在寅氏の師匠でもある。

 ところが2012年、韓国大法院は、徴用工の賠償請求を退けた高裁判決に関し、個人請求権は消滅していない、との初判断をしめして審理を差し戻した。その理由は、個人請求権消滅について韓日両政府の意思の合致があったと解する十分な根拠がない。1965年の請求権協定は両国政府の政治的合意であって「不法な植民地支配に対する賠償を請求する交渉ではなかった」という理屈づけである。これは誠に勝手な事後解釈というほかはない。しかし2018年10月30日の大法院の判決は、この2012年の判決を踏襲する形で、元徴用工が強制労働の「慰謝料」を要求する権利は認められるとの判断をしめした。

 この判断にもとづき韓国大法院は10月30日、徴用で強制労働をさせられたとして新日鉄住金を相手に損害賠償を請求していた韓国人4人の訴訟の差し戻し上告審で、同社の上告を退ける判決を言い渡した。この判決によって、4人に請求全額の計4億ウォン(約4000万円)の支払いを命じたソウル高裁判決が確定した。

 元徴用工の損害賠償請求訴訟は、10月末時点で、上告審では新日鉄住金と三菱重工、2審では両社ならびに不二越、日立造船、そして3審では日本企業の約90社が対象になっている。これらの訴訟で損害賠償を請求している原告は遺族は1000人以上にのぼる。韓国政府の推計では、損害賠償が可能なら請求をしたい元徴用工は22万人にのぼるという。実際、新日鉄住金の上告審への大法院の判決が出てから、支援団体による追加訴訟への動きが加速している。彼らは大法院が賠償命令を確定させた日から「原則6ヶ月、最長3年」の間は新たな訴訟を起こせると理解して訴訟準備を進めている。

 2019年1月8日、新日鉄住金に賠償を命じた元徴用工訴訟で、韓国の大邸(テグ)地裁浦項支部が同社の韓国内資産の差し押さえを認める決定を下した。日本政府は韓国の裁判所による資産差し押さえ通知が新日鉄住金社に届いたことを確認し、1月9日、秋葉剛外務次官が外務省に李洙勲大使を呼び、文書と口頭で、日韓請求権協定にもとづく政府間協議を正式に申し入れた。ちなみに日韓請求権協定では第3条で協定の解釈や実施をめぐる紛争は外交協議によって解決する、と明記されている。

 ところで新日鉄住金にたいして原告側の弁護士は同社が3%超を保有する韓国製鉄大手ポスコ株を名指しした。ただ同社が持っているのはポスコ株の現物ではなくADR(米国預託証券)なので差し押さえが可能な「韓国内の資産」には該当しないと見られる。三菱重工業については差し押さえ可能な韓国内の資産はほぼ皆無とされる。しかしむしろ両社は例外で、多くの企業は差し押さえ可能な資産を韓国内に保有している。不二越は元徴用工との訴訟で、2000年に韓国人の元女子挺身隊員に「解決金」を支払って和解した。


 日本政府は11月はじめに、訴訟を受けているまたは受ける可能性にある日本企業に対して数次にわたって説明会を開催し、元徴用工の損害賠償問題は、1965年の日韓合意で解決済みであり、企業が賠償する責任はなく、決して安易に妥協しないよう、そしてまず日本政府に相談するよう繰り返し指示した。1社でも損害賠償に応ずれば、それが「蟻の一穴」になって、これまで半世紀以上にわたって日韓の信頼と協力関係を支えてきた法的基盤が瓦解しかねないからである。

 2019年1月9日、文在寅大統領は年頭の記者会見で、「元徴用工を巡る大法院判決を韓国政府は尊重しなければならない。日本政府は不満があっても、基本的にはどうしようもないという認識を持つべきだ」と言明した。なお、大法院の判決の直後、韓国の李洛淵(イナギョン)首相は、「司法の判断を尊重し、関係省庁や民間の専門家などと諸般の要素を総合的に考慮して対応策を講じていくとの政府見解」を述べたが、その後は明確な対応はなく、個人の賠償問題の責任は韓国政府にあるという1965年の日韓合意の考え方については態度を曖昧にしたままだった。上記の文大統領の言明は曖昧から踏み込んで、1965年の日韓合意の精神を明らかに否定したものと言える。

 その後、河野太郎外務大臣をはじめ政府当局は韓国側に何度も重ねて政府間協議をの開催を催促したが、韓国側は日本側の要請に応じていない。一方、原告団や支援団体は訴訟対象の日本企業の差し押さえた資産を現金化する準備をしている。早ければ2019年8月にも現金化が開始される可能性がある。これを放置すれば、取り返しのつかない事態になるので、日本政府は危機感を強めている。

 政府では韓国側が再三の協議申し入れにも応じてこないので、協議が開催できない場合、次にステップとして協定に位置付けられた「仲裁委員会」の開催を申し入れる方針。仲裁委員会はは日本、韓国、第三国の委員で構成されるが、第三国の委員を選ぶためにも日韓の協議が必要だ。しかし外務省の担当者などには「委員の選任は容易ではない」との見方が強い。 
  
 日本政府は国際司法裁判所(ICJ: International Court of Justice)への提訴も視野に入れ、すでに国際裁判専門の弁護士選定などの準備を進めている。しかし、韓国側は訴えに応ずる義務がある「義務的管轄権」を受諾していないため、審理が実現する可能性は低い。こうしてみると日本が国際社会にその正当性を訴えられる環境条件は極めて限られているといわざるを得ない。

 こうした中にも、3月15日には韓国地裁が不二越の資産仮差し押さえを決定、3月22日には韓国地裁が三菱重工業の資産差し押さえを決定、4月4日、元徴用工らが日本コークス工業など4社を相手取り追加訴訟、4月29日、元徴用工らが三菱マテリアルなど9社を相手取り追加訴訟、5月1日、原告側が日本製鐵と不二越の資産売却手続きに着手するなど、事態は時事刻々悪化している。こうした事態を受け、自民党内では強硬な意見が台頭している。例えば、駐韓大使の一時帰国、訪日ビザの免除停止、韓国製品の輸入関税の引き上げや日本にある韓国企業の資産差し押さえなどの対抗措置を求める声があがっている。

 2019年6月19日、韓国外務省は日本と韓国の企業が自発的に資金を出し合い原告と和解する案を日本政府に提示したと明らかにした。これに対し、河野太郎外務大臣はツィッターで「韓国の国際法違反の状態を是正することにならず、受け入れられない」と拒否。韓国側は、日本がこの案を受け入れるなら、日韓請求権協定にもとづく二国間協議に応ずる用意があるとした。日本政府は日本企業に負担を求める韓国側の案は両国の請求権問題の完全かつ最終的な解決をうたった1965年の日韓請求権協定に反するとして拒否の立場だ。

 安倍首相は2019年6月28と29日にかけて大阪でG20サミットを議長として開催した。韓国は安倍首相との首脳会談を望んだが、安倍首相はこれに応じなかった。2日間のサミットで、両首脳が接近したのは、28日の会議と夕食会で安倍首相が各国首脳を迎えた時だけだった。日本政府は早い段階から首脳間の公式会談は見送る方針だったが、結果的には短時間の接触すらなかった。

 その背景には韓国が6月19日に公表した日韓の企業が自発的に資金を出し合って原告と和解する案があった。日本側は事前に提示された段階でこれを拒否していたが、それにも関わらず韓国政府はこの案を公表した。文氏は6月26日の聯合ニュースなどとのインタービューで「現実的な解決案だ」とし、安倍首相に会談を呼びかけて「この機会を活用できるかは日本にかかっている」と日本側の責任を強調していた。

 これまでの経緯の中で、文氏は「司法の判断を尊重する」としてきたが、1965年の日韓請求権・経済協力協定を守る意思があるのかは明確にしていない。日本政府には文在寅大統領は、この半世紀以上、日韓協力の基盤となってきたこの合意の見直しを提起してくるのではないか、との疑念がくすぶっている。

 

Ⅳ. 対韓国輸出規制管理強化

 日本政府は2019年7月1日、韓国にたいし、半導体製造などに必要なフッ化水素など3品目の輸出管理につき「外国為替および外国貿易法」(外為法)に基づき規制を強化すると発表した。対象の3品目は、半導体の洗浄に使うフッ化水素、不マートフォンのディスプレーに使われるフッ化ポリイミド、半導体の基板に塗る感光剤のポリイミド。

 韓国はこれまで輸出手続きを簡略化する優遇措置を受けられる27カ国の「ホワイト国」の一つとして認定されていた。経産省は、韓国をホワイト国から外す。経産省は安全保障にかかわる品目について、外為法にもとづき管理している。今回3品目を規制することとした理由については「不適切な事案があった」としか指摘していない。当面は3品目が対象だが、これからはそれ以外の製品についても個別申請が必要になる。審査には通常90日ていどかかる。政府は基本的に輸出を許可しない方針で事実上の禁輸措置になるとみられる。

 これら3品目は、半導体大国・韓国を狙い撃ちにするには最も効果的とされる。いずれも日本が世界で7~10割近いシェアともち、サムソングループ、LGグループ、SKハイニックスなど韓国企業はほぼ全量を日本から調達している。しかし、韓国製の有機ELパネルやNAND型フラッシュメモリーではサムスンが4割の世界シェアを持っており、それら部品提供を受けている日本メーカーには影響が出る可能性がある。対韓国輸出規制の強化はやがて世界のサプライチェーンを混乱させるので関係者全体に被害が及び、貿易規制の強化は結局、勝者が居ない結果になると見込まれる。

 安倍首相は、7月1日、読売新聞とのインタービューで「国と国との信頼関係の上に行ってきた措置を見直したとういこと」とし、韓国との信頼関係が損なわれたため管理強化に踏み切ったとの考えを示した。政府には、徴用工問題が日韓関係の根幹をゆるがす深刻な問題であることを韓国側に認識させるべきだとの考えが強い。

 一方、韓国の成允模(ソンユンモ)産業通商資源相はソウルで「韓国大法院の判決に対する経済報復措置であり、WTO提訴をはじめ対応措置をとっていく」と述べた。Financial Times紙(電子版)は「日本の自由貿易の偽善を露呈するもの」と批判。ある外電は、安倍首相は政治問題に経済的武器を使うトランプ流の戦術を採用したようだが、結局、損害は自らにも及ぶとコメントした。

 経済産業省は輸出規制導入の理由について「不適切な事案が発生した」としているがその内容は守秘義務として説明していない。また世耕弘成経済産業相は「輸出管理を適切に実施するため、運用上の対応をしている」とし、韓国側のWTO協定違反との批判にたいしては、日本側はGATT21条の「安全保障上の例外措置」であって違反ではない、と説明している。7月12日、日韓事務レベル会合に出席した韓国当局者は、日本側がWTOの協定違反には当たらないと主張したのにたいし「理解も納得も同意もできない」と述べた。

 一方、安倍首相は7月3日、日本記者クラブ主催の党首討論会で「1965年の日韓請求権協定で互いに請求権を放棄した。国と国の約束をたがえたらどうなることか、ということだ」「約束を守らないうえは今までの優遇措置は取らない」と述べており、最高責任者の見解では、輸出規制強化措置の理由は明々白々というべきだろう。

 日本政府は対韓国輸出規制を二段階で実施する方針だ。第一段階はリスト規制として対象品目を上記3品目に限定して7月4日に発動されたが、第二段階は非リスト規制として8月末以降に発動されると見込まれる。そこでは韓国をホワイト国から除外し、食品や木材などを除く全品目のうち、経産省が指定する品目のすべてが対象となる。

 
 7月18日、韓国外務省は、日本政府が1965年の日韓請求権協定にもとづいて要請していた仲裁委員会の設置に応じない方針を正式に示した。一方、日本政府による事実上の対抗措置とみられる半導体材料の輸出規制強化では、韓国がWTO(世界貿易機関)に提訴すべく準備をしている。

 7月23、24日、WTOの一般理事会がジュネーブで行われた。日本の韓国に対する輸出規制強化がWTOのルール違反に当たるかどうかを韓国側は論点とすべく問題を提起したが、韓日の議論は平行線だった。韓国は日本の輸出規制強化問題をWTOの第一次審査の前段階である2国間協議のテーマとして取り上げるべく参加国の賛同を求めたが、一般理事会は加盟164カ国・地域に共通する貿易課題を議論するのが主な目的なので、加熱する日韓の対立の解決になぜ一般理事会が使われるのか、この段階では参加国の理解は必ずしも得られなかった。しかし韓国の代表者は記者会見で「反応がなかったことは韓国側の提案が支持された証拠だ」と述べた。

 注意すべきは、韓国はWTOを舞台にした貿易紛争ではかなりの実績があることだ。例えば直近では、福島など東北8県の水産物に対する韓国の輸入禁止措置を、日本がWTOルール違反として訴え、一審では勝訴したにも関わらず、2019年4月の最終審では逆転敗訴した苦い経験もある。

 この時、一審で敗訴した韓国が最終審で勝つべく入念な準備をしたと言われる。あるWTO関係者は、韓国は最終審での口頭尋問に備え、ジュネーブのホテルに約2週間、缶詰になって予行練習したと打ち明けたという。今後、韓国は大規模はロビー活動を含め、周到に準備してくる可能性がある。

 ポンペイオ米国国務長官は、ASEAN地域フォーラムが開かれるバンコクで、7月31日、河野太郎外務大臣と韓国の康京和(カンキョンファ)外相と懇談し、日韓対立の仲介役を買って出る意向を示し懇談したが、具体的な成果はなかった。長官の行動は数週間前にトランプ大統領が必要なら仲介役を買って出ても良いと述べたことを受けてのことと思われる。

 2019年8月2日、政府は輸出管理を簡略化する優遇対象国から韓国を除外する政令を閣議決定した。半導体材料の韓国向け輸出管理の厳格化につづく第二弾。8月7日に公布し、28日に施行する。韓国むけの輸出の際に食品と木材を除くほぼすべての品目に経済産業省が個別審査を求めることができるようになる。

 日本政府が韓国を優遇対象から除外する政令改正を閣議決定したことについて、文在寅氏は「今後起きる事態の責任も全面的に日本政府にある」とし、「盗っ人たけだけしく大口を叩く」と日本を批判した。日本の措置に応じて我々も段階的に措置を強化する」と言明。文氏の発言を受けて、洪楠基(ホン・ナムギ)経済副首相は「韓国も優遇対象国から日本を外し、輸出管理を強化する」と表明した。
   
 さらに8月5日、韓国政府は、主要な部品・素材の国産化に向け研究開発投資に7年間で7.8兆ウォン(約8600億円)をあてると発表した。日本政府が輸出優遇国から韓国を除外したことへの対応策で100品目を戦略品目に指定した。このうち日本が輸出管理を強化した半導体材料3品目を含む20品目は1年以内に「脱日本依存」を達成するとしている。

 

Ⅴ. 文在寅氏の思想と政権の体質

 戦後の韓国政治には二つの大きな党派の潮流がある。これは通常、保守と革新と表現されるが、私見では、その形容はあまり適切でない。私は、保守というよりは日本を認め日本の力を利用しようとする流れと革新というよりは反日と容共の流れと表現した方が適切であるように思う。前者は朴正煕大統領から朴槿恵が象徴した流れであり、後者は金大中から盧武鉉を経て文在寅に至る流れである。

 この二大政治潮流は、時に拮抗し、時に交代して戦後の韓国の政治史を特徴付けてきたが、その中で、文在寅は後者のもっとも先鋭的な政治家であると言える。彼は前任の朴槿恵大統領を引きずり降ろし、朴槿恵氏が達成した日本との関係をすべて否定し破壊し去る力学を懸命に追求しているように見える。彼の行動を理解するには、それをこうしたより大きな構図の中に位置付けて見る必要があるように思う。

 今日の政治現象を理解するには、戦後の大韓民国成立以来の政治の流れのみならず、日本が朝鮮を併合していた”日帝時代”、さらにそれ以前の歴史の残滓も知る必要がある。こうした展望は本エッセイの範囲を超えるので、また別に機会に考察して見たいと思う。

 

Ⅵ. 日韓政府対立の波及効果

 日韓政府の対立は、安倍政権が政治的動機から輸出規制強化という経済的手段にを採用したことから、アジア地域だけでなくより広い世界のサプライチェーンに混乱を発生させる可能性が出てきた。すなわち日韓の対立は日韓のみに限られず世界経済に波及する可能性があるということである。

 また、日韓の協力は、アジア地域における安全保障体制の要である。それが適切に機能しなくなることは、いうなればこの地域に力の空白が生ずることを意味し、それは必ず他の力の介入によって安全保障の均衡が動揺もしくは崩れる危険を意味する。日韓が2016年に締結した(GSOMIA)軍事情報包括保護協定の更新方針を検討するかもしれないと韓国が示唆することは、とりわけ北朝鮮が中距離ミサイルによる攻撃力を高めているこの時期にきわめて危険なことであり、また最近、竹島に接近したロシア、中国の空軍機を韓国機が威嚇射撃をしたなどの事象は看過できない危険をはらんでいる。アメリカのトランプ政権が日韓の対立緩和の仲介を申し出るのはそれなりの意味がある。

 日韓対立の先鋭化は単に両国やこの地域に限らず世界大の経済そして安全保障の安定を確保するうえでも大きな意味があることに留意する必要がある。

 

Ⅶ. 解決の可能性と方向性

 日韓の対立は解決の方向もしくは糸口がないかのように見える。しかし対立は解決ではなくとも改善させることは必ず可能なはずだ。改善とは、国内そして国際社会で経済面でも安全保障面でも無用な破壊、損害、動揺を起こさないようなあり方を確保することだ。

 政治現象は、指導者とそれを支える大衆の思想、判断、選択と行動によって左右され規定される。安倍晋三首相は、日本憲政史で最長の権力保持者の栄誉を担うことがほぼ確実視される政治家であり、残された時間にそれにふさわしいレガシーを残そうとするだろう。安倍首相が1965年の日韓合意にこだわるのは韓国程度の国に彼の歴史的偉業をこの時点で汚されたくないという思いが作用したとしても不思議ではない。

 一方、文在寅氏は自分が師と仰いだ盧武鉉氏を反面教師としてその失敗を繰り返さないため、国民の支持を最大限に確保する行動を追求する。民族統一を掲げて米朝指導者に働きかけるという自意識も、また多くの面で日本に劣らない経済力を確保したという自信もあり、日本に対しては戦争責任の追究の手をさらに強化したいとの思いがあるだろう。

 彼ら指導者の行動はしかし国民そして国際社会の理解と支持があってはじめて実現する。韓国の国民は戦前の日本のように扇動されやすく、また韓国の国際アピールはより効果的に見える。日本の国民は対韓国の問題についてはそれほど敏感でもなくおそらく興味もない。また日本の国際アピールはかなり拙劣だ。

 こうした国民と国際社会と前にして、両国がその関係を改善するには、国民と国際社会にまず正確で多面的で詳細な情報をわかりやすく提供することが大前提ではないか。

 日韓両国の対立行動を展望して、両国政府の行動と思想がどれほど国民と国際社会に理解されているかが甚だ心もとない気持ちを禁じ得なかった。両国の指導者と政府が国民と国際社会への情報提供を充実し、彼らの理解と支持を確保して、国民と国際社会の迷惑にならない政治選択をすることを望みたい。

『激変する世界と日本の針路』(4)

本エッセイ「激変する世界と日本の針路」は、私が2019年1月28日に行った島田塾の年頭講演の講演メモを、今回から4回に渡って掲載するうちの第4(最終)回です。

Ⅶ.   安倍長期政権とレガシー
 1. 安倍第三期政権の誕生
 ・2018.9.21.安倍首相は自民党総裁選に勝ち、順当に行けば、2021.9まで3年間、自民党総裁
  の地位を確保。現在の自民党と安倍一強の状態が続けば、あと3年間、首相の地位も事実上
  確保したことになる。その暁には、安倍首相は、日本の憲政史上最長の首相となる。

  安倍氏が総裁選に勝って、史上最長の首相になり得るのは、自民党の総裁任期について規約
  変更が行われたからだ。その議論は2016年頃から自民党内で提案されるようになり、2017年
  の自民党総会で、これまでの連続最長3年2期から3年3期までの延長が認められた。
 
 ・今次、総裁選の対抗馬は、石破茂氏。総裁選では、安倍氏が国会議員と一般党員票の69%
  を獲得。総投票数553のうち、安倍氏は議員票329、党員票224を得た。石破氏は議員票は
  73だったが、党員票181を獲得して予想外の善戦と言われた。

 ・石破氏が党員票の45%を獲得した事実は重い。安倍一強態勢の中で、地方の一般党員といえ
  ども、反安倍に票を投ずることはそれなりの覚悟と勇気が要る。それにも関わらず、45%
  もの安倍批判票が出たことは、自民党員ですら安倍氏にたいするある種の”不信感”が根強い
  ことを示唆する。一般国民ならなおさらだろう。

  ・安倍氏の人気は2016年後半から急速に低下していた。それは安倍氏の任命した閣僚などに
   不始末や不祥事が頻発して任命責任を問われる事態がつづいたこと。それ以上に、森友
   問題や加形学園問題など安倍氏自身が関わったのではないか、と猜疑を持たざるを得ない
   ようなスキャンダルが政界のみならず世上の大きな関心事となったことが大きい。

  ・これに対して、安倍首相は、野党の追及も巧みにかわし、問題を官僚機構の欠陥として
   その改善に注力するという建前で、結局、問題解明はされずに、2017年10月の総選挙の
   勝利で、事実上の幕引きとなった。国民の多くが、正面からの説明を避けて問題の隠蔽
   を図る安倍首相の態度や対応に、不信感を募らせたことは否定できない。一般党員の45
   %が批判票を投じたことには、このような背景があったと思われる。

  ・国民は安倍氏の努力を評価する一方、安倍氏の性格や手法について一定の疑念や不信を
   抱いているだけに、残された3年の任期をフルに活用して、大多数の国民をなっとくさせる
   骨太の政治を今ことしてもらいたいと思う。


2.  歴代政権のレガシーと安倍首相の意欲
 ・安倍氏はその任期を全うすると、国民が良く記憶しているどの首相よりも任期は長くなる。
  例えば、吉田茂、鳩山一郎、岸信介、佐藤栄作、田中角栄、中曽根康弘、小泉純一郎など。
 ・任期満了が視野に入ると、政治リーダーは、国民の記憶に残るレガシーづくりに注力する
  ようになる。それは国民の関心を最後まで引きつけ、また、歴史に名を残すためである。
  安倍氏もおそらく例外ではないだろう。

 ・日本の歴代の首相は、どのようなレガシーを残したか?
  国際政治面では、吉田茂氏はサンフランシスコ講和条約を締結した。鳩山一郎氏は日ソ国交
  回復を達成した。佐藤栄作氏は沖縄返還を実現した。田中角栄氏は日中国交回復を実現
  した。小泉首相は北朝鮮と平壌宣言に合意し、拉致被害者の一部帰国を実現した。

 ・また、国内政治や経済政策の面では、田中内閣は”列島改造”を成し遂げ、中曽根内閣は国鉄
  民営化を達成し、小泉内閣は郵政民営化を実現した。

 ・これら歴代首相の業績に比して、安倍首相の業績は何か?

3.  国際政治面でのレガシー
 ・国際政治面では、日米関係、日中関係、日露関係が重要。

 ー日米関係:
 ・安倍政権は良好な日米関係を発展させるために注力した。オバマ大統領やトランプ大統領
  と個人的な信頼関係を築くために傑出した努力をしたことは評価される。
 ・制度的にも”積極的な平和主義”にもとづき軍事的な協力を強化する安保条約の改定、武器
  輸出三原則の緩和による日米協力の強化、米国からの武器輸入を拡大する安全保障大綱の
  見直しなどは米国から歓迎されている。日米関係の強化と発展は重要で評価すべきだが、
  これらはレガシーというよりはルーティンの充実。

 ー日中関係:
 ・2015年の尖閣列島問題以来、日中の政治的関係は冷却していたが、日中国交回復40周年に
  当たる2018年には、李克強総理の訪問はじめ関係がやや進展し、2019年には習近平主席の
  訪日も企画されているようだが、これは多分に、トランプ氏の貿易戦争に対する中国の味方
  づくりの意図?
 ・2018年10月には安倍首相が中国を訪問し、習近平主席と会談したが、両国の関係強化
  を謳ったものの実質的進展はなかった。日本にとってこれから中国の重要性は政治的にも
  経済的にも大きく高まることは確実だが、信頼できる関係を築くには、相互理解を大きく
  深める必要がある。中国は安倍首相の政治スタンスに疑念を持っており、安倍首相も本格的
  な信頼醸成を進めようと考えているのか、大きな課題が残る。
 
 ー日露関係:
 ・安倍首相はプーチン大統領と、24回も会談しており、個人的に親密な関係。
 ・安倍首相の最大の関心は北方領土の返還。これをレガシーにしようとの思いがにじむ。
  しかしプーチン大統領は手強い交渉相手であり、北方領土の返還が実現するかは不透明。
  2018年9月にプーチン大統領が提起した平和条約先行案に乗って、結局、良くて主権なき
  2島返還と多大な経済協力に終わる可能性。
 ・果たして北方領土の返還を今、多大なコストを払って追求することが国益か検討必要。
  名目的一部返還がありえても、それはレガシーには相当しないのでは。
 
4. 国内政治と経済政策でのレガシー
 ・憲法改正、アベノミクス、そして累積財政赤字問題が重要。

 ー憲法改正:
  ・憲法改正は安倍首相がおそらく最大のレガシーとして実現したい課題だろう。
  ・1955年の自民党結党の趣旨の一つは自主憲法の制定であり、レガシーにしたい意欲
   はわかるが、それを今、拙速で追求することが国益になるか疑問。
  ・現実的な改正案の焦点は、憲法9条の2項を残したままで「自衛隊」の項を付加する?
   それ自体論理矛盾であり、公明党や批判的世論への妥協。むしろ2項削除で自衛隊を  
   位置付ける石破案の方が判りやすい。しかしそれは拙速で追求すべきはない。
  ・戦後、現代史の教育をしてこなかった日本では、国民の理解が不十分。そこで拙速な
   改憲の推進は、いたずらに左右の不毛な論争を助長するだけで国益とは遠い。むしろ
   現代史教育の充実に注力すべきではないか。

 ーアベノミクス:
  ・安倍内閣が提唱し推進してきたアベノミクスは、重要な経済戦略であり、一定の成果
   を挙げている。これがレガシーになるか、以下に詳細に検討。
 
  ・総合評価:アベノミクス5年=45点
        第三期安倍政権経済政策評価=25点
 
Ⅷ.    アベノミクス5年の評価
 1.  第一次アベノミクス:三本の矢
  ・安倍内閣の目標:デフレの脱却、財政再建、持続的経済成長
  ・それを実現するための三本の矢

  1)第一の矢:金融    
  ・デフレは貨幣供給の不足が原因との認識
  ・黒田東彦日銀⇒異次元的金融緩和
   2013年4月言明:
    ベースマネー供給を2年間で2倍:130兆円から270兆円へ⇒2年以内に2%インフレ達成
  ・世界投機→円安→株価↑、2012末8000円から2013.5、1.5万円、最近2万円強、
   企業利益↑
  ・インフレ:2013年やや↑、2014年央から失速、その後も2%目標に届かず。
  ・ベースマネーストックはGDPに匹敵(500兆円)、出口戦略の大きな課題

  2)第二の矢:財政政策
  ・機動的積極的財政政策:大型財政支出、年次予算と補正予算(災害対応、消費税対策等)
  ・財政再建目標(2020年、基礎的財政収支Primary balance均衡or黒字)遠のく。
    →莫大な財政赤字(GDP比220~240%)→財政危機の可能性

  3)第三の矢:成長戦略
 ー第一次成長戦略は、2013年6月に閣議決定。その内容は:
    ・日本産業再興プラン:(産業、人材の新陳代謝:「産業競争力法案」)
    ・戦略市場創造プラン(健康、エネルギー、次世代インフラ、稼げる地域育成)                
    ・国際展開戦略プラン(FTA比率を19%から70%へ)。TPP 、RCEP (東アジア地域
    包括的経済連携) FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)華々しい提案だがいささか抽象的。

  ー第二次成長戦略、安倍首相は自ら岩盤規制に穴を開けるドリルの刃になる覚悟と称して、
   2014年6月に発表した。これは確かに意欲的な構造改革戦略で分量も詳細に見れば
   数千項目に及ぶ膨大な計画で、海外では、The Third Arrow ではなくThe Thousand
    Needlesと評されたが、それなりに評価された。

   ー内容は主な分野だけでも:
     1)企業統治と資本市場の改革
     2)競争力強化法(2013年12月制定)
     3)TPP参加と交渉プロセス
     4) 農業改革
     5)働き方の規制改革
     6)女性の活躍支援:
     7)地方創生:
     8)社会保障:
     9)医療改革:
     10) 国家戦略特区
     11)賃金引き上げ:
     12)法人税引き下げ:2018年29%へ(5年間で7%)

   ーこれらの取り組みのめぼしい成果は(1)企業統治と資本市場の改革はコーポレート
    ガバナンスや収益率の改革を通じて日本の企業行動や資本市場に一定の改善。
   (3)TPP参加と交渉プロセスは参加12ヶ国とのマラソン交渉を成し遂げそのための
    農業を始めとする国内の構造改革もかなり進展した。(4)農業改革は減反制度の廃止、
    農地所有制度の改革、農協改革など困難な分野に相当な進捗があった。

   (5)働き方の規制改革では、成果報酬制度や解雇の金銭補償などが実質的に進まなかった
    のは残念。(6)女性の活躍支援も声だけ。(8)社会保障は構造改革の本丸だが、ほと
    んど何も進まなかった。(9)医療改革は混合診療改革に一定の進捗が見られたが、膨大
    な重要項目はほとんど触れられなかった。意欲的な取り組みは大いに評価されるが、
    構造改革の困難さが浮き彫りにされた。

  ー第三次成長戦略は、2015年6月に発表された。その柱は生産性向上、イノベーション、
    サービス産業、ローカルアベノミクスとされ、その主な内容には、産業の新陳代謝の
    促進、雇用制度改革・人材力の強化、大学改革・イノベーション、市場創造などが並んだ
    が、実質的な内容がほとんどなく失望。安倍首相の関心がもっぱら新安保法制に注がれ
    た時期のため?安倍政権の経済戦略に取り組む熱意がこの頃から感じられなくなった。

 2. 第二次アベノミクス:一億総活躍を実現する新三本の矢
  「一億総活躍」(2015年11月):若者も高齢者も、女性も男性も、障害や難病の人も、一度
   失敗をした人もみんなが包摂され活躍できる社会」と定義。それを実現する三本の矢:

  ー第一の矢:”希望生み出す強い経済”⇒2020年までにGDP 600兆円   
      投資促進、生産性革命、イノベーションベンチャー創出力強化、成長担う人材創出、
      名目成長率3%を実現しつづけていけば2020年には600兆円達成可能。

  ー第二の矢: ”夢つむぐ子育て支援”⇒2020年代半ばまでに希望出生率 1.8 実現
      若者の雇用安定と待遇改善、サービス産業生産性向上、結婚支援充実、妊娠・出産・育児
      支援、子育て支える三世代同居・近居しやすい環境づくり、多様な保育サービス充実、
 
   ー第三の矢:”安心につながる社会保障”: 介護離職ゼロ 
     高齢者ニーズに対応した介護サービス基盤、介護人材の確保、高齢者に多様な就労機会確保、
     障害者、罹病者の活躍支援、介護家族が介護休業、休暇をとりやすい職場環境

   ー海外の高い関心と期待:(The Economist とAdam Posen FT)
            ・”Overhyped, under appreciated” The Economist July 30, 2016
            ・Adam Posen “Abe’s stimulus is a lesson for the world” FT, 2016.8.3.
        先進成熟国はどこも人口高齢化と労働力増加の低減で潜在成長力低下に直面。
     安倍政権の「一億総活躍」は先進成熟諸国にとって注目すべき挑戦・実験。

 3. アベノミクス5年の総合評価
  1)経済成長
   ・景気回復:2012.12に開始、2019.1に74ヶ月、戦後最長。
     いざなぎ景気(57ヶ月)、小泉景気(73ヶ月)
   ・景気回復の実感がない?
     安倍景気:経済成長率1%強、いざなぎ景気(平均10%)は高度成長期
     安倍景気回復は困難な環境:
      サービス化で生産性成長1%、労働力減少-0.7%、純潜在成長力0.3%
     潜在成長力を上回る長期成長は評価できる。
   ・評価:▲
 
  2)サプライサイド:労働力参加↑
   ・潜在成長力を上回る経済成長必須の時代
     デフレギャップ(総供給ー総需要)が縮小ないし解消
     総供給力↑必須:技術革新で生産性向上、人口減少化で労働力↑

   ・労働力率↑戦略課題:女性、高齢者労働力率↑の実績↑
     労働力率:近年(最近5年ほど)女性の労働力率の高まりによって労働力人口が増加
     する傾向。2017年労働力人口:6528万人(前年を1%↑)。97年の過去最高6557
     に迫る。女性とシニアの労働参加↑で15~69歳女性労働力率67%(2012)→68.2
     (2017)。女性の就業率、今やアメリカ以上。しかし、2025年には限界?↓予期。
  ・評価:▲

  3)自由貿易圏の推進
   ・TPP:2018年12月発効
     アメリカが2017.1.に離脱した後も粘り強く協力、推進。
     11カ国、6億人、アメリカ除いてもなお大きなシェア
     もっとも進化した総合的自由貿易協定。物品、サービス、知的所有権など。
   ・日欧自由貿易協定:2019年2月発効
     5億人の大きな先進国市場
     世界の自由貿易枠組み維持に大きな役割
  ・評価:●

  4)働き方改革
    ・「働き方改革」はアベノミクスの成長戦略の中で最重要と位置づけられた改革
      ・日本はサービス経済化が進むにつれて労働生産性が主要国に比べて立ち遅れ。
     それは日本の労働時間にもとづく賃金制度が、労働の成果が問われるホワイトカラー
     労働になじまないため。また雇用制度が硬直的で環境変化に対応しにくい欠陥も。

    ・安倍政権は成長戦略の構造改革として「成果報酬制度」と「解雇の金銭補償」を
     提案したが、労働組合、野党の反対、そして労働省の抵抗もあり、2013年の問題提起
     から5年を要して2018.6.29に成立した「働き方改革の関連法」は生産性向上にかけた 
     安倍首相の企図とはかけ離れたもの。
    ・「解雇の金銭補償」は門前払い、「成果報酬制度」は年収1075万円以上の非常に少数
     の対象者に限られ、その反面、労働時間短縮と賃金の格差是正には厳格な規制と監督
     が課せられることになり、企業の負担が高まる反面、労働生産性向上の効果は
     ほとんど望めない結果となった。
    ・評価:✖️

  5)外国人労働力の導入
   ・2018.6.5「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」で”外国人の受け入れを
    拡大するため、新たな在留資格と創設”と課題提起。
   ・政府部内の検討と国会審議を経て、2018.12.8. 「出入国管理・難民認定法(入管難民
    法)」改正案は参院本会議で可決、成立。
   ・在留資格として「特定技能1号」と「特定技能2号」を新設。
    1号には、技能実習3年の経験または日本語と技能試験に合格すれば資格取れる
     ただし、家族帯同は不可。単純業務14業種想定。
    2号は、さらに高度な試験に合格。家族帯同・事実上の永住可。
   ・特定技能者は、2019.4から5年間で34万人想定
   ・特定技能で見込む14業種:介護6万、外食5.3.、建設4、ビルクリーニング3.7、農業3.7.
   ・入国在留管理庁へ格上げ。300人増員。
   ・参考:在留外国人263万人。うち働く外国人218万人:
     永住・結婚45.9万人、留学アルバイト29.7、技能実習25.8、専門研究23.8
  ・評価:▲

  6)インフレ目標
   ・安倍政権の経済戦略の主眼はデフレ脱却。
   ・黒田日銀はインフレ目標2%追求。
   ・2013年にはややインフレは高まったが、2014年中頃から停滞。以降、1%強にとどまる
   ・デフレマインドの定着?
   ・2%実現目標の先延ばし。果たして2%実現に固執し、ベースマネー供給を増やし続ける
    ことは必要か?出口戦略の困難などむしろ弊害が大きいのではないか。
   ・アベノミクスの主眼だったインフレマインド醸成は失敗?
  ・評価:✖️
  アベノミクス5年の総合評価:▲、▲、●、✖️、▲、✖️=45点
 
 
Ⅸ.    安倍政権の新たな経済政策
1.  消費税引き上げと対策
  ・2019.10。消費税8%→10%への引き上げ予定。
  ・増税にともなう消費減への対応として、2兆円ほどの対策を2019年度予算に盛り込み。
  ・消費税2%増税にともなう国民負担増はそのままでは5.6兆円。軽減税率1兆円、教育無償化
   1.5兆円を差し引くと、実質国民負担増は3.2兆円。
  ・増税対策約2兆円:
    キャッシュレス決済でポイント還元5%、0.3兆円(オリンピックまで9ヶ月)
    プレミアムつき商品券 0.2兆円
    住宅ポイント制度給付金 0.2兆円
    住宅ローン減税、自動車税減税、防災・減災公共事業 1.3兆円
  ・対策後の実質負担は1.1兆円
  ・5.6兆円の増税にたいしてここまで対策をとる必要があるのか?増収は1.1兆円止まりに。
  ・増税の消費への影響を過度に懸念? 財政健全化に資さない増税の意味はあるか?
 ・評価:✖️
 
 2.  教育無償化
 ・教育無償化論は2017.10.総選挙の論点として急浮上。安倍首相は、消費税8%→10%の2%
  増税で期待される5.6兆円の増収分をこれまでは財政健全化に使う方針だったのを、3兆円
  ほど教育と社会保障の充実に使う使途変更をしたいので、総選挙で国民の信を問いたいと
  した。なぜか教育無償化は野党もこぞって主張していつの間にか社会通念化?

 ・教育無償化は、義務教育の前後すなわち保育と高校の無償化を企図。当初、2兆円規模
  想定。そのうち0.3兆円は安倍氏は産業界から支援期待とした。2019年度予算では結局
  1.5兆円を見込む。

 ・教育無償化には意味があるか?保育と高校教育はほとんどの家庭がすでに負担しており、
  「無償化」による若干の支援は家庭への付加給付となり、進学促進になるかは疑問。
 ・むしろ優秀で意欲もあるが、家庭の困窮で進学や学業持続が困難な学生をきめ細かく
  重点的に支援すべきではないか。
 ・また優秀な学生に留学などさらなる支援で出る釘を伸ばす支援の方が人材戦略として
  は効果的ではないか。
 ・安倍政権の「教育無償化」にはバラマキによる選挙対策の色彩?
・評価:✖️
 
3.   2019予算
 ・2019年度予算は史上最大の101兆4564億円。
 ・歳入は税収62.49兆。新規国債発行32.66兆(税収が増えたので、国債発行は3.1%↓)
 ・歳出は、社会保障34.59兆(自然増)、消費税対策2.28兆、防衛5.26兆など。
 ・社会保障改革手付かず。財政再建さらに遠のく。
・評価:▲
 
4.   技術革新による生産性の向上
 ー産業競争力会議報告 2018.6.15.
  ・「未来投資戦略218:”Society 5.0” ”データ駆動社会”への変革」

  ー「新しい経済政策パッケージ」(2017.12.8.閣議決定)
   ・2020までの3年間を、生産革命・集中投資機関とし、大胆な税制、予算、規制改革
   ・Society 5.0の実現に向け、最先端、総合取り組み
    第四次産業革命の社会実装、現場のデジタル化と生産性向上、データを共有財産とする
   ・GDP600兆実現

  ー生活と産業の変容
   ・自動化:移動、物流革命で人手不足、移動弱者解消
   ・次世代ヘルスケアシステム構築
   ・遠隔、リアルタイム化:地理的、時間的制約の克服
   ・経済の糧:分散型セキュリティー(ブロックチェーン活用)ビッグデータ活用
     エネルギー転換、脱炭素化イノベーション、Fin Tech, Cashless化
  ー産官協議会、未来投資会議
 ・評価:▲

5.  金融の出口戦略
 ・デフレ脱却をめざして黒田日銀がベースマネーの供給を増やしつづけた結果、今や、ベース 
  マネーのストックはGDPに匹敵する巨額に達している。リーマンショック後、超金融緩和で
  ベースマネー供給を増やしてきたが2015年にそれを停止した時のベースマネーストックは
  GDP 比で約2割。それでも出口戦略を完結するには10年以上かかるとされている。

 ・日銀はすでにGDPに匹敵するベースマネーを提供しており、出口戦略をいかに実現する
  かは想像を超える。大量の国債を市場で売却すれば価格が下がって金利が暴騰する
  リスクがあり、金利の正常化はマネタリーベース(大部分は銀行から預かっている当座預金)
  の金利を引き上げるので、日銀の経営を圧迫するリスクがある。

 ・田幡直樹氏は日銀保有国債の満期到来額を平準化し、市場と情報を共有しつつ再投資を漸次
  停止するなどの方法で混乱を最小限にできると提言している。これは平時ソフトランディング。

6.  出口戦略が機能しない場合のリスク
 ・異次元緩和にそもそも出口はあったか?
 ・390兆円の当座預金の金利1%↑でも4兆債務超過。莫大な評価損。
  2017.9.の質的緩和から長期国債購入↑。金利↑→評価損↑。
 ・藤巻健史氏:現在の日銀を破綻させて日銀の債務である通貨を解消。新しい日銀設立
 ・国民は税負担を忌避するので、財政再建は、ハイパーインフレで政府債務を圧縮=事実上、
  国民に政府債務を負担させるのが、打開策?
 
 ・評価:✖︎
 
   第三期安倍政権発足時の総合評価:  ✖︎、✖︎、▲、▲、✖︎ =25点
 
 
Ⅹ.   安倍首相が追求すべき真のレガシーとは
 1.  日本の深刻な累積財政赤字問題
 ・日本の財政は深刻な累積赤字問題を抱えている。累積財政赤字はGDP比220ないし240%
  (財政赤字の定義による)に達し、国際的にも歴史的にも最悪の状況。歴史的には敗戦後
  の205%をはるかに上回る。
 ・日本は1990年までは赤字比率はEUの財政基準をクリアーするほど低かったが、2000年には
  世界最悪となった。1990年以降、日本経済がほとんど成長せず、賃金に連動する社会保障
  拠出が伸びなかった反面、高齢化が急進して社会保障給付が膨張したことが、社会保障会計
  の赤字を急増させ、その差額を賄う国債発行が大きく増えたことが主たる要因。
 ・”失われた”期間に、日本の雇用と社会構造は大きく変容し、不安定雇用の増大で勤労世代の
  1/4ほどは家族の再生産が困難な状況に陥っている。

 2. 迫る財政破綻の危機
 ・2020年代前半には、70歳代の人口が急増するので、財政赤字の累積は加速すると予想される
  が、それは何らかのショックで財政破綻につながる危険を孕む。
 ・財政破綻のトリガーはいろいろあるが、高齢化の進展にともなって、現在1300兆円ほどの
  家計純資産総額の伸びが鈍化している反面、1200兆円ほどの財政累積赤字総額が増え続けて
  おり、今後、10~15年に両者が逆転する可能性が高い。そうなると新規に発行される国債
  を購買する国民の資金がなくなるので、海外投資家に期待することになるが、海外投資家
  は財政不安を抱えた国の国債を現行の”日銀相場”では購入しないだろうから、国債の利回り
  そして金利が高騰するおそれが大きい。それは政府の国債発行と民間の資金調達を
  困難にするので、財政破綻から経済破綻に陥るおそれが大きい。

 3.  財政ー経済破綻の怖さ
 ・世界では数年ないし10年に一度くらいの頻度で経済破綻が起きており、日本だけ例外では
  あり得ない。ロシア経済破綻(20世紀末)時は、GDP激減、平均寿命↓。
 ・日本はWWII直後、財政破綻に直面。政府債務は推計 GDPの205%(現在240%)。政府は
  財政破綻を避けるため、預金封鎖、新円切り替え、財産税で国民の資産を収奪。それは
  明治憲法下。今はそんな手段は取れないが、藤巻氏はハイパーインフレは同じ効果という。 
 ・危機サバイバルの手段:(1)農業で食料確保、(2)安全通貨(ドル?)保有、(3)
  仮想通貨?

 4.  財政再建問題に取り組まない安倍政権。
 ・安倍政権は財政再建に真剣に取り組まず、むしろ逆行している。2015年に予定されていた
  消費税引き上げを2回延期し、ようやく2019年に実行することにしたが、4年間の延期で
  財政赤字は約100兆円も増えた。
 ・また、2019年度予算では、消費税2%P引き上げから期待される5.6兆円を教育無償化や消費
  増税対策費などで増ほぼ相殺し、財政再建を遅延させている。
 ・累積財政赤字は、財政破綻のリスクだけでなく、世代会計で見た世代間の格差を極端に拡大
  しており、日本は世界でも、世代間で最も不公平な構造の国となっている。

 5.  財政再建こそ安倍政権の真のレガシー
 ・この深刻な財政問題は小手先の財政操作で解決できるような問題ではない。しかし、
  解決策はある。
 ・消費税を例に取るなら、1%は約2.5兆円の税収。20%は50兆円。これを24年続ければ1200
  兆円の財政赤字は吸収できる。高齢社会に増える相続税収も活用すれば再建は加速する。
 ・他方、国民に安心を提供して納得を得るためには、現在の年金、医療、介護、失業保険
  だけの社会保障でなく、生涯にわたるシームレスな「安心保障」システムを1200兆円
  かけて構築する。
 ・両面を50年かけて同時並行すれば、日本は財政再建と安心社会の構築を実現できる。これ
  は、付加価値税20%の成熟欧州諸国と同様な姿であり、半世紀をかけて「安心国家」を
  つくること、それこそ安倍首相が将来のために国民に残すレガシーではないか。

 5. 後継者の育成は最善のレガシー
 ・安倍首相が今ひとつ心がけるべきは、後継者の育成である。組織はGoing Concernである
  から、そのリーダーの最大の使命は後継者の育成と言われる。国家の指導者も同様。
 ・偉大なリーダーであった田中角栄氏は7奉行を育て、その中から総理大臣を輩出した。
  安倍首相自身も、小泉純一郎首相の後継者として帝王学を学ぶ機会を享受したのでは
  なかったか。
 ・その安倍首相について内外の関係者がもっとも憂慮しているのは後継者の不在であり、
  さらに言うなら、安倍首相自身が後継者の台頭を抑圧しているように見えることである。
  総裁選に挑戦した石破茂氏の処遇、安倍氏の意に沿わなかった小池百合子氏への対応など
  は残念な事例だが、安倍首相が国家の真のリーダーとして残すべきもっとも大切なレガシー
  は後継者であることを銘記すべきと思う。


Ⅺ.   世界経済の展望と課題
 1.  長期持続景気終焉の兆し
 ・世界経済はリーマンショックのを底にして、その後、アメリカ経済を筆頭に長期景気回復を 
  続けてきた。アメリカ経済は、2009.6を谷に景気回復をつづけており、2019.1で115ヶ月。
  もし2019.7まで続くと121ヶ月で戦後最長記録を上回る。日本経済は2012.12から景気回復
  がはじまり、2019.1.には74ヶ月で戦後最長になる。

 ・日本経済の長期景気回復は、四半期で連続マイナス成長がないという条件で達成されたもの
  で、6年間の成長は年率で1%前後の緩やかなもの。したがって好景気の実感がなかった。
  2016年後半からは成長率がやや高まったが、これは世界経済の好調を反映する面が大きい。
 ・長期景気回復は世界的に成熟段階に達している。それは労働需給の逼迫、資産価格の上昇、
  また期待成長率の漸減による投資活動の低下などに反映。長期景気が成熟してくると、
  何らかのショックで景気後退に陥る可能性が高まる。2019は長期景気が終焉するリスクを
  多分に含む展開に。

 2.  トランプの煽り景気とその反動
 ・トランプ政権は、その経済戦略として、大規模減税、大規模インフラ投資、高率関税付加。
 ・超完全雇用経済に大減税→インフレ加速。→減収と財政赤字。インフラ投資も同様。
  関税戦争はリスク↑→リスクプレミアム↑
 ・トランプ政策は世界経済に大きなリスク要因。景気後退の引き金引くおそれ大。

 3.  米金利上昇と世界景気下押し懸念
 ・トランプ政策による景気過熱を抑制するためPowell FEDは利上げ継続。それは必要。
  トランプ氏は利上げを批判しているが、利上げで抑制なければスタグフレーション。
 ・成長期待と貿易戦争リスクにPowell 利上げが重なって長期金利↑傾向。
  新興国や弱小国から資金がアメリカに流出→ドル高。借金国の財政破綻。世界景気後退。
 
 4.  Brexit, 貿易戦争の経済縮小効果
 ・Brexit、貿易戦争などは、世界経済縮小(成長率1~2%↓)とリスク↑

 5.  自国第一主義と国際協調
 ・世界景気後退への対応策、財政・金融政策での国際協調不可欠。
 ・トランプなど自国第一主義は国際協調を阻害し、景気後退への対応を妨げるおそれ。

 6.  狭まる選択肢と活路の可能性
 ・来るべき景気後退に際しては、リーマンショック時にくらべ、選択肢の幅が狭い。
 ・財政赤字↑で財政出動の余地少ない。アメリカ以外は超低金利で金利刺激の余地乏しい。
 ・狭い政策選択余地の中で、いかに景気後退を緩和し、景気回復をめざすかは大課題。

7. 総括展望
 ー長期景気の終焉:長期景気(アメリカ10年、日本6年)の成熟。
   労働力不足、不動産など資産高騰、成長期待↓で投資停滞。

 ー景気は減退?後退? ソフトランディング? ハードランディング? クラッシュ?
  ・10~15年後には財政危機(国民純資産総額<政府総債務)
  ・オリンピック後の不況
  ・2019夏のクラッシュ?(Bernankeコメント)
 
 ーハードランディングもしくはクラッシュのTriggerは?
 (1)トランプ経済政策の破綻:加熱景気、インフレ、金利↑、輸出↓、弱体国、債務国危機。
 (2)No Deal Brexitの衝撃:流通、金融に打撃、GDP:数%~1%↓
 (3)中国:景気後退、株価↓、(Yellen議長時、利上げを延期)
 (4)途上国、弱体国、債務国:通貨↓、インフレ↑、金利↑、→世界景気↓。
 (5)日本:異次元緩和の出口戦略機能せず、金利↑、円安⬇︎、crashの引き金も?

 ーTriggerはどう作用し、ハードランディング or クラッシュになるか:リーマン危機の教訓
  ・21世紀初頭、ITバブルから長期景気、成熟、加熱
  ・アメリカのサブプライム膨張、返済不能、2007 ベアスターンズ証券債務不履行問題
   メガ投資銀行に波及、リーマン破綻、AIG(破綻保険など)救済
  ・G20結成→国際経済協力(財政、金融)、中国4兆元(60兆円)景気対策など。
  ・波及:日本はサブプライム浸透なかったが、輸出↓で株下落最大。

 ー上記5つのトリガーは、いずれも世界景気ハードランディングの引き金を引き得る。

 ーリーマン時と現在の違い。
  ・リーマン時は経済にクッションがあった。高金利、財政力
  ・現在:低金利、財政赤字累積。クッションがない。
   ショックへの抵抗力、耐久力弱い。ハードランディングになりやすい。
  ・リーマン時、国際協力機構機能していた。
   今、国際協力は、トランプ流の自国中心主義、ナショナリズム台頭で阻害。

 ー景気後退は景気循環現象で避けがたい。
  ・安倍政権は、2019.10の消費税2%↑の影響緩和として消費税対策2兆円など。
   景気下押し圧力緩和への微調整に注力している時か?
 ーショック抵抗力、耐久力の不足、国際協力の機能不全を踏まえ、危機をどう克服するか。
  今年の最大課題。

 ー日本は国際経済協力で役割果たせる。
   TPP11(2018.12発効)、日欧FTA(2019.2発効)は重要な成果
   G20議長国(2019.6)に国際経済政策協調でリードすべし。
    G20に政策協議+監視機能機関を。(田幡直樹「日経」2018.12.22)
 

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