悪化する日韓関係:打開は可能か?(改訂版)

日韓関係が急速に悪化をしており、このブログでも前回(8月9日)にそのことについて書かせて戴きましたが、その後さらに状況が深刻になってきています。この問題について、日本側の主張は法的には正当ですが、国際関係についてはそれ以外の考慮もあり得るかもしれません。そうした観点も含めて私の考察をさらに進めてみましたので、ここに成果を記させて戴きたいと思います。御興味のある方には、御高覧を戴ければと思います。

「悪化する日韓関係:打開は可能か?」

Ⅰ.   はじめに

 ー日韓関係が急速に悪化している。
 ー従軍慰安婦問題、元徴用工個人補償問題、輸出管理規制強化、そしてついに(GSOMIA)軍事情報包括保護協定の破棄にまで発展した。
 ー事態がここまで悪化すると、日韓のみに限らず、北東アジア、世界にも影響する重大な問題。
 ー事態の理解、今後の対応の方向性について冷静な判断をもつ必要。
 ーそのためには、まず、急速な悪化の経緯を知る必要。
 ーそして悪化の背景と意味を理解する必要。
 ーその上で、今後の対応について冷静な判断の手がかりを考えたい。


Ⅱ.  日韓関係悪化の経緯

 1. 従軍慰安婦問題での裏切り

  第一は、慰安婦問題で、日韓の間で「最終的かつ不可逆的」な解決として合意された事項に、文在寅政権が異論を唱えて事実上、両国間で達成された合意を反故にしたことである。

  2015年12月28日に朴槿恵政権と日本政府が、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決で合意し、16年7月28日には元慰安婦を支援する「和解・癒し財団」が発足した。それを受けて日本政府は8月24日に財団への10億円拠出を閣議決定。ところが12月30日に韓国の市民団体が釜山の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像を設置した。

  韓国政府は日本政府と「最終的かつ不可逆的解決」に合意したのであるから、合意に反するこうした行為は当然厳しく取り締まるべきだったが、全く無策だった。それは両国間の信義にもとる態度であり、それへの抗議の意味を込めて日本政府は長嶺安政駐韓大使を一時帰国させた。2017年初頭は韓国は朴槿恵大統領糾弾の大衆運動で騒然としており、3月10日には韓国憲法裁判所が朴槿恵大統領罷免を決定した。後日、大統領に就任した文在寅氏はこの少女像を抱擁し「彼女を寂しがらせないよう国民全体で慰安婦問題に取り組もう」と呼びかけた。

  5月10日に就任した文在寅大統領は11日に安倍首相と電話で会談し、日韓合意について「韓国国民の大多数が感情的に合意を受け入れていない」との見方を伝えた。そして7月31日、韓国外務省は慰安婦問題に関する日韓合意を検証する作業部会を省内に設置した。12月27日、作業部会は「合意に非公開な部分があった」として、合意に否定的な報告書を発表。これを受けて文大統領は合意に「重大な欠陥」があったとする声明を発表。翌年1月4日には文氏は元慰安婦9人と面会し合意について謝罪を表明した。

  こうした文政権の言動によって、元慰安婦の一部や支援団体は、文政権が「合意」を破棄するのではないかとの期待感を高めたことが推察される。文政権の康京和(カンギョンファ)外相は2018年1月9日この問題に対する新方針を発表したが、そこでは日本政府に対して日韓合意の再交渉は求めなかったが、日本に対して「自発的な真の謝罪」を要請した。この対応に韓国の支援団体らは不満で合意の破棄を改めて求めた。日本政府は「合意」を無視してさらなる謝罪を求める韓国政府の要求には一切応じないとしている。

  慰安婦問題は、その後、知日派として知られる文喜相(ムンキサン)韓国国会議長が米国ブルームバーグ通信とのインタビューで「天皇(平成)が元慰安婦の手を握って本当に申し訳なかったと言えば、問題はすっかり解消される」と述べたと同通信が1月9日に明らかにした。日本側はこの発言に抗議し、発言の撤回と謝罪を要求したが、彼はそれを拒否した。韓国反日派の対日批判の強硬化はとどまるところを知らない。

 2.  レーダー照射問題

  それは2018年12月20日に起こった。能登半島西方海域で監視業務をしていた海自のP-1哨戒機に対して韓国海軍駆逐艦(クアンゲト・デワン)から射撃管制レーダー(FCレーダー)が輻射された事件である。現場海域では距離1000m程度離れたところで上記の韓国艦、海洋警察庁警備艦および小型船が作業しており、海自機は一定の距離を置いて近接。第二回の近接時に海自機はFCレーダーを探知。直ちに距離を離して5000m程度の距離から継続監視をしたが、その際にも複数回のFCレーダー波を探知した。海自機はFCレーダーの意図確認のため無線電話をかけたが韓国艦からは応答なし。

  FC レーダーの照射は、攻撃準備のためのレーダー照射なので、不測事態の発生または不時の交戦防止のため、各種国際規則で禁じられている。また通常、どの国でもFCレーダーの照射のためには艦長の許可が義務付けれられているので、もしFCレーダーが照射されたとすればそれは何らかの理由による意図的な行為と言わざるを得ない。

  
  海自ではレーダー波の受信結果を詳細に検討し、FCレーダーであるとの確証を得たが、韓国側が事実を否定しつづけるので、その波動音を開示した。これに対して韓国側はその波動音を逆用して、それは海自の捏造であるとし、日本を糾弾する動画を作成して8ヶ国語で世界にアピールした。

  一方、海自の事実究明への呼びかけには韓国側は全く応じなかったので、海自は呼びかけは無意味と判断して、取りやめるに至った。

 3.  元徴用工個人補償問題

  文氏は大統領に就任後も、元徴用工の補償問題は、国家間では解決しているとの認識を示したかと思えば、就任100日後の記者会見(2017年8月25日)では、「両国間の合意は個人の権利を侵害できない」と発言して、個人補償請求の権利があるとの認識を示し、それまでの両国政府の考え方を事実上覆した。

  日本と韓国の政府は1965年6月22日に東京で、日韓基本条約を締結し、その中で日韓請求権協定として元徴用工の補償については「完全かつ最終的に解決された」(協定第二条)との合意をし、韓国歴代政権もその理解を踏襲してきたが、2012年に韓国大法院(最高裁判所)は元徴用工の個人の請求権は国家間の合意に含まれていないとして請求権を認める判断を下している。

  そして2018年10月30日、韓国大法院は、元徴用工が新日鉄住金を相手取って損害賠償を求めた訴訟の差し戻し上告審で、同社の上告を棄却した。この決定で、2013年にこの元徴用工に賠償を認めた2013年7月のソウル高裁の判決が確定した。この判決の意味は極めて大きい。現在でも元徴用工を名乗って賠償請求をしようとしている予備軍は少なくとも数百人はいるとされ、この判決を契機にそうして損害賠償請求が陸続と拡大することが懸念される。

  しかしそれよりももっと本質的なことは、それは1965年の日韓基本条約という両国のそれ以降の関係を基本的に規定する国際協定を覆すもので、その協定に基づいて推進されてきた日韓両国間の協力関係を根本的に崩壊させる危険を含むということである。

  この問題はとりわけ重要なので、以下に項をあらためてやや詳細に説明することにしよう。


Ⅲ. 元徴用工個人補償問題

 元徴用工に対する個人補償問題について、日本政府(当時、佐藤栄作政権)は1965年の朴正煕政権の韓国との合意で完全に解決済みとの立場を堅持している。なぜなら日韓両国が1951年のサンフランシスコ講和条約を受けて、戦後国交正常化に向けて14年間の交渉を経てようやく締結した日韓基本条約で明記された日韓請求権・経済協力協定の第二条には「請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決された」と明記されているからだ。そして日本は韓国に当時の額で8億ドルに上る経済援助を提供することとした。

 8億ドルは当時の韓国の国家予算2年分に相当する額である。朴政権はこの資金を韓国経済発展のためのインフラ整備や鉄鋼産業など主要産業の支援のために活用し、その結果、韓国経済が「漢江(ハンガン)の奇跡」とされる目覚ましい経済成長を達成したことは良く知られている。高度成長する韓国に対して日本企業も積極的に投資し、韓国の企業と日本企業の間には、密接な相互補完関係が築かれ、その後の日韓の深い産業連携に基づく経済発展が促進されたことは周知である。

 この間、国家と国家の合意で補償問題は解決済みと理解されたが、それとは別に個人の補償問題はしばしば提起された。元徴用工の個人補償の訴訟は、該当する日本企業に対して提起されたが、日本での裁判結果は、1965年の日韓合意の理解の下で、ことごとく原告敗訴に終わっている。一方、韓国では、文在寅政権が発足するまでは、歴代の政権で個人補償の問題は韓国の国家が責任を持って対応するという理解が維持された。

 たとえば、革新系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権でさえ、2005年、請求権協定に伴う日本の3億ドルの無償協力に関し「強制動員被害補償の問題解決の資金が包括的に勘案されている」との見解を表明。元徴用工の個人が日本企業に賠償を求める問題の解決の責任は韓国政府が持つべきだとの認識である。ちなみに盧武鉉氏は文在寅氏の師匠でもある。

 ところが2012年、韓国大法院は、徴用工の賠償請求を退けた高裁判決に関し、個人請求権は消滅していない、との初判断をしめして審理を差し戻した。その理由は、個人請求権消滅について韓日両政府の意思の合致があったと解する十分な根拠がない。1965年の請求権協定は両国政府の政治的合意であって「不法な植民地支配に対する賠償を請求する交渉ではなかった」という理屈づけである。これは日本から見れば勝手な事後解釈というほかはない。しかし2018年10月30日の大法院の判決は、この2012年の判決を踏襲する形で、元徴用工が強制労働の「慰謝料」を要求する権利は認められるとの判断をしめした。

  この判断にもとづき韓国大法院は10月30日、徴用で強制労働をさせられたとして新日鉄住金を相手に損害賠償を請求していた韓国人4人の訴訟の差し戻し上告審で、同社の上告を退ける判決を言い渡した。この判決によって、4人に請求全額の計4億ウォン(約4000万円)の支払いを命じたソウル高裁判決が確定した。

  元徴用工の損害賠償請求訴訟は、10月末時点で、上告審では新日鉄住金と三菱重工、2審では両社ならびに不二越、日立造船、そして3審では日本企業の約90社が対象になっている。これらの訴訟で損害賠償を請求している原告は遺族は1000人以上にのぼる。韓国政府の推計では、損害賠償が可能なら請求をしたい元徴用工は22万人にのぼるという。2018.10.の大法院判決は原告1人につき1億ウォン(約875万円)損害賠償。22万人に支払えば総額は1.925兆円に達する。

  2019年1月8日、新日鉄住金に賠償を命じた元徴用工訴訟で、韓国の大邸(テグ)地裁浦項支部が同社の韓国内資産の差し押さえを認める決定を下した。日本政府は韓国の裁判所による資産差し押さえ通知が新日鉄住金社に届いたことを確認し、1月9日、秋葉剛男外務次官が外務省に李洙勲(イスフン)大使を呼び、文書と口頭で日韓請求権協定にもとづく政府間協議を正式に申し入れた。ちなみに日韓請求権協定では第3条で協定の解釈や実施をめぐる紛争は外交協議によって解決する、と明記されている。

  2019年1月9日、文在寅大統領は年頭の記者会見で、「元徴用工を巡る大法院判決を韓国政府は尊重しなければならない。日本政府は不満があっても、基本的にはどうしようもないという認識を持つべきだ」と言明した。

  なお、大法院の判決の直後、韓国の李洛淵(イナギョン)首相は、「司法の判断を尊重し、関係省庁や民間の専門家などと諸般の要素を総合的に考慮して対応策を講じていくとの政府見解」を述べたが、その後は明確な対応はなく、個人の賠償問題の責任は韓国政府にあるという1965年の日韓合意の考え方については態度を曖昧にしたままだった。上記の文大統領の言明は曖昧から踏み込んで、1965年の日韓合意の精神を明らかに否定したものと言える。

  その後、河野太郎外務大臣をはじめ政府当局は韓国側に何度も重ねて政府間協議をの開催を催促したが、韓国側は日本側の要請に応じていない。一方、原告団や支援団体は訴訟対象の日本企業の差し押さえた資産を現金化する準備をしている。早ければ2019年8月にも現金化が開始される可能性がある。これを放置すれば、問題は他のアジア諸国などで解決済みの賠償問題を再燃させかねない取り返しのつかない事態になる恐れもあるので、日本政府は危機感を強めている。

  政府では韓国側が再三の協議申し入れにも応じてこないので、協議が開催できない場合、次のステップとして協定に位置付けられた「仲裁委員会」の開催を申し入れることを検討した。仲裁委員会はは日本、韓国、第三国の委員で構成されるが、第三国の委員を選ぶためにも日韓の協議が必要だ。しかし外務省の担当者などには「委員の選任は容易ではない」との見方が強い。 

  
  日本政府は国際司法裁判所(ICJ: International Court of Justice)への提訴も視野に入れ、すでに国際裁判専門の弁護士選定などの準備を進めている。しかし、韓国側は訴えに応ずる義務がある「義務的管轄権」を受諾していないため、審理が実現する可能性は低い。こうしてみると日本が国際社会にその正当性を訴えられる環境条件は極めて限られているといわざるを得ない。

  こうした中にも、3月15日には韓国地裁が不二越の資産仮差し押さえを決定、3月22日には韓国地裁が三菱重工業の資産差し押さえを決定、4月4日、元徴用工らが日本コークス工業など4社を相手取り追加訴訟、4月29日、元徴用工らが三菱マテリアルなど9社を相手取り追加訴訟、5月1日、原告側が日本製鐵と不二越の資産売却手続きに着手するなど、事態は時事刻々悪化している。

  こうした事態を受け、自民党内では強硬な意見が台頭してきた。例えば、駐韓大使の一時帰国、訪日ビザの免除停止、韓国製品の輸入関税の引き上げや日本にある韓国企業の資産差し押さえなどの対抗措置を求める声があがった。

  2019年6月19日、韓国外務省は日本と韓国の企業が自発的に資金を出し合い原告と和解する案を日本政府に提示したと明らかにした。これに対し、河野太郎外務大臣はツィッターで「韓国の国際法違反の状態を是正することにならず、受け入れられない」と拒否。韓国側は、日本がこの案を受け入れるなら、日韓請求権協定にもとづく二国間協議に応ずる用意があるとした。日本政府は日本企業に負担を求める韓国側の案は両国の請求権問題の完全かつ最終的な解決をうたった1965年の日韓請求権協定に反するとして拒否の立場だ。

  安倍首相は2019年6月28と29日にかけて大阪でG20サミットを議長として開催した。韓国は安倍首相との首脳会談を望んだが、安倍首相はこれに応じなかった。2日間のサミットで、両首脳が接近したのは、28日の会議と夕食会で安倍首相が各国首脳を迎えた時だけだった。

  その背景には韓国が6月19日に公表した日韓の企業が自発的に資金を出し合って原告と和解する案があった。日本側は事前に提示された段階でこれを拒否していたが、それにも関わらず韓国政府はこの案を公表した。文氏は6月26日の聯合ニュースなどとのインタービューで「現実的な解決案だ」とし、安倍首相に会談を呼びかけて「この機会を活用できるかは日本にかかっている」と日本側の責任を強調していた。

  これまでの経緯の中で、文氏は「司法の判断を尊重する」としてきたが、1965年の日韓請求権・経済協力協定を守る意思があるのかは明確にしていない。日本政府側には文在寅大統領は、この半世紀以上、日韓協力の基盤となってきたこの合意の見直しを提起してくるのではないか、との疑念と警戒感がある。


Ⅳ. 対韓国輸出規制管理強化

  日本政府は2019年7月1日、韓国にたいし、半導体製造などに必要なフッ化水素など3品目の輸出管理につき「外国為替および外国貿易法」(外為法)に基づき規制を強化すると発表した。対象の3品目は、半導体の洗浄に使うフッ化水素、不マートフォンのディスプレーに使われるフッ化ポリイミド、半導体の基板に塗る感光剤のポリイミド。

   韓国はこれまで輸出手続きを簡略化する優遇措置を受けられる27カ国の「ホワイト国」の一つとして認定されていた。今回の措置は韓国をこのホワイト国から外すということである。

  
   これら3品目は、半導体大国・韓国を狙い撃ちにするには最も効果的とされる。いずれも日本が世界で7~10割近いシェアともち、サムソングループ、LGグループ、SKハイニックスなど韓国企業はほぼ全量を日本から調達している。

   しかし、韓国製の有機ELパネルやNAND型フラッシュメモリーではサムスンが4割の世界シェアを持っており、それらの部品提供を受けている日本メーカーには影響が出る可能性もあり、対韓国輸出規制の強化はやがて世界のサプライチェーンを混乱させる恐れがある。

   安倍首相は、7月1日、読売新聞とのインタービューで「国と国との信頼関係の上に行ってきた措置を見直したということ」とし、韓国との信頼関係が損なわれたため管理強化に踏み切ったとの考えを示した。政府には、徴用工問題が日韓関係の根幹をゆるがす深刻な問題であることを韓国側に認識させるべきだとの考えが強い。

   一方、韓国の成允模(ソンユンモ)産業通商資源相はソウルで「韓国大法院の判決に対する経済報復措置であり、WTO提訴をはじめ対応措置をとっていく」と述べた。Financial Times紙(電子版)は「日本の自由貿易の偽善を露呈するもの」と批判。ある外電は、安倍首相は政治問題に経済的武器を使うトランプ流の戦術を採用したようだが、結局、損害は自らにも及ぶとコメントした。

   この事案を担当する経済産業省は輸出規制導入の理由について「不適切な事案が発生したから」としているがその内容は守秘義務として説明していない。また世耕弘成経済産業相は「輸出管理を適切に実施するため、運用上の対応をしている」とし、韓国側のWTO協定違反との批判にたいしては、日本側はGATT21条の「安全保障上の例外措置」であって違反ではない、と説明している。7月12日、日韓事務レベル会合に出席した韓国当局者は、日本側がWTOの協定違反には当たらないと主張したのにたいし「理解も納得も同意もできない」と述べた。

   一方、安倍首相は7月3日、日本記者クラブ主催の党首討論会で「1965年の日韓請求権協定で互いに請求権を放棄した。国と国の約束をたがえたらどうなることか、ということだ」「約束を守らないうえは今までの優遇措置は取らない」と述べており、最高責任者の見解では、輸出規制強化措置の理由は明らかというべきだろう。

   日本政府は対韓国輸出規制を二段階で実施する方針だ。第一段階はリスト規制として対象品目を上記3品目に限定して7月4日に発動された
が、第二段階は非リスト規制として8月末以降に発動されると見込まれる。そこでは韓国をホワイト国から除外し、食品や木材などを除く全品目のうち、経産省が指定する品目のすべてが対象となる。

 
   7月18日、韓国外務省は、日本政府が1965年の日韓請求権協定にもとづいて要請していた仲裁委員会の設置に応じない方針を正式に示した。一方、日本政府による事実上の対抗措置とみられる半導体材料の輸出規制強化では、韓国がWTO(世界貿易機関)に提訴すべく準備をしている。

   7月23、24日、WTOの一般理事会がジュネーブで行われた。韓国は日本の輸出規制強化問題をWTOの第一次審査の前段階である2国間協議のテーマとして取り上げるべく参加国の賛同を求めたが、一般理事会は加盟164カ国・地域に共通する貿易課題を議論するのが主な目的なので、加熱する日韓の対立の解決になぜ一般理事会が使われるのか、この段階では参加国の理解は必ずしも得られなかった。しかし韓国の代表者は記者会見で「反応がなかったことは韓国側の提案が支持された証拠だ」述べた。

   注意すべきは、韓国はWTOを舞台にした貿易紛争ではかなりの実績があることだ。例えば直近では、福島など東北8県の水産物に対する韓国の輸入禁止措置を、日本がWTOルール違反として訴え、一審では勝訴したにも関わらず、2019年4月の最終審では逆転敗訴した苦い経験もある。

   この時、一審で敗訴した韓国が最終審で勝つべく入念な準備をしたと言われる。あるWTO関係者は、韓国は最終審での口頭尋問に備え、ジュネーブのホテルに約2週間、缶詰になって予行練習したと打ち明けたという。今後、韓国は大規模はロビー活動を含め、周到に準備してくる可能性がある。

   ポンペイオ米国国務長官は、ASEAN地域フォーラムが開かれるバンコクで、7月31日、河野太郎外務大臣と韓国の康京和(カンキョンファ)外相と懇談し、日韓対立の仲介役を買って出る意向を示し懇談したが、具体的な成果はなかった。ポンペイオ長官の行動は数週間前にトランプ大統領が必要なら仲介役を買って出ても良いと述べたことを受けてのことと思われる。

   そして2019年8月2日、政府は輸出管理を簡略化する優遇対象国から韓国を除外する政令を閣議決定した。半導体材料の韓国向け輸出管理の厳格化につづく第二弾である。8月7日に公布し、28日に施行する。韓国むけの輸出の際に食品と木材を除くほぼすべての品目に経済産業省が個別審査を求めることができるようになる。

   日本政府が韓国を優遇対象から除外する政令改正を閣議決定したことについて、文在寅氏は「今後起きる事態の責任も全面的に日本政府にある」とし、「盗っ人たけだけしく大口を叩く」と日本を批判した。日本の措置に応じて我々も段階的に措置を強化する」と言明。文氏の発言を受けて、洪楠基(ホン・ナムギ)経済副首相は「韓国も優遇対象国から日本を外し、輸出管理を強化する」と表明した。

   
    さらに8月5日、韓国政府は、主要な部品・素材の国産化に向け研究開発投資に7年間で7.8兆ウォン(約8600億円)をあてると発表した。日本政府が輸出優遇国から韓国を除外したことへの対応策で100品目を戦略品目に指定した。このうち日本が輸出管理を強化した半導体材料3品目を含む20品目は1年以内に「脱日本依存」を達成するとしている。

    ところで、8月8日、「外国為替および外国貿易法」(外為法)に基づいて輸出規制の管理をする立場にある経済産業省が、7月初に輸出管理を厳格化すると発表してからはじめて半導体3品目の一部(サムソン向けレジストと見られる)を許可すると発表した。世耕弘成経産相は「韓国政府から『禁輸措置』との批判があり例外的に公表した」が、審査は公正に実施していると説明した。

    しかし、韓国政府は8月12日、安全保障に関わる戦略物資の輸出管理の優遇対象国から9月中に日本を除外すると発表。日本の輸出管理強化への報復である。

    そして8月15日の光復節(日本の併合から解放された記念日)に、文在寅大統領はそれまでの強烈な日本批判のトーンを緩和し、「日本が対話と協力の道に出てくれば喜んで手を握る」と述べ、日韓対立の沈静化に期待をにじませたと受け取られた。


Ⅴ.   軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄

    それから1週間経った8月23日、韓国政府は日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA:General Security of Military Information Agreement)の破棄を日本政府に通告した。協定は毎年更新することになっており、8月24日までにどちらかが破棄を通告しなければ、自動延長される。それを韓国政府は一方的に破棄通告することで協力体制を終了させたのである。

    この協定は、日韓両国が暗号情報や戦術データなどの防衛機密を共有するもので、当初は2012年に締結の予定だったが、韓国からの申し入れで2016年に締結された。2016年は北朝鮮が長距離ミサイルの発射と核実験を加速させていた時期にあたる。日米と米韓はそれぞれ安全保障条約を締結しているが、日韓両国ではこれは唯一の安全保障がらみの条約であり、アメリカを頂点として日本と韓国がいわば二等辺三角形の底辺として日米韓の安保体制を支える構造の重要な道具である。

     この情報共有体制は、例えば、北朝鮮のミサイルの軌跡を分析したり予測したりする時に役に立つ。韓国国防省はミサイル発射直後の情報をいち早く入手できる立場にあるが、着弾点近くの情報は日本のイージス艦などの情報収集がより精確であるとされ、日米韓の情報を迅速に総合することで、この地域の防衛体制の運営がより的確になる効果がある。

 
     日韓の対立が、元徴用工問題から輸出管理の強化問題へと発展する中で、韓国は(GSOMIA)を更新するかどうか検討するとして、日本から譲歩を勝ちとる材料としてきた経緯がある。日本政府は安全保障問題は取引に使うべきものでないとして更新を要請しつづけてきた。

     最近になって、韓国の態度に懸念を深めたアメリカは7月22日にビーガン北朝鮮担当特別代表を、同月下旬にはボルトン大統領安全保障補佐官、8月上旬にはエスパー国防長官を派遣して韓国に慎重な対応を促してきた。韓国政府内でも国防省筋はGSOMIAの継続を望んだが、大統領府の強硬派の意見が押し切ったとされる。

     8月23日にGSOMIAを発表した韓国当局者は「事前に米国の理解を得ていた」と主張したが、ポンペイオ国務大臣はじめ米国政府の高官は異口同音に「強い懸念と失望」として韓国政府の言い分を真っ向から否定した。これは同盟国に対する批判表現としては異例の強さである。

     韓国大統領府の関係者は発表後の記者会見で、文大統領が8月15日の光復節での演説で日本批判を抑制したにも関わらず日本側が無反応だった態度は「外交努力」を欠いていると批判し、これがきっかけであることを匂わせた。

     日米の安全保障関係者には、文大統領は安全保障の意味を理解していないのではないかとの疑念も生じているが、韓国大統領府関係者には、日米韓の密接な協力を前面に出すことは朝鮮民族の南北融和のさまたげになるという全く異質な考えもあるようだ。そこには文大統領が南北の融和と民族の統一を何よりも重要視するのに対して、日米は現状の南北の対立を前提として地域の安定と安全を確保するという安全保障観の大きな相違が伏在している。

     安全保障観の相違はともかくとして、GSOMIAの突然の破棄がこの地域の安全保障にどのような弊害とリスクを孕むかについては後述する。実際、破棄発表の翌日8月24日、北朝鮮は新型の短距離ミサイル2発の発射実験敢行した。それまでは、8月5日から20日までの米韓合同軍事演習への反発と位置付けていたミサイル発射をこの時点で行う意味は明瞭だろう。     


Ⅵ.    文在寅氏の思想と政権の体質

  今回の日韓関係の悪化の意味と背景そしてこれからを考えるには、文在寅という人物と彼の政権のあり方を理解する事がまず何よりも重要と思われる。

  太平洋戦争直後、朝鮮半島は米ソの勢力によって38度線を境に事実上分割統治されたが、1948年8月15日、李承晩がソウルで「大韓民国」建国を宣言。その直後、9月9日に金日成が「朝鮮民主主義共和国」の成立を宣言した。李承晩は併合時代の日本統治に反発してアメリカに亡命し、ハーバード大など最高学府に学ぶとともに朝鮮独立運動に一身を賭けたが、38度線をソ連に提案したアメリカに失望し批判を深めた。

  李承晩大統領失脚後、韓国の政治は”保守”と”革新”陣営の激しい相克の歴史を刻むが、私見では、保守というよりも日本の力を認めそれを利用しようという陣営と、革新というより反日・容共の陣営の対立図式と理解した方が解りやすいように思う。

  日本利用派の先駆は朴正煕大統領だ。朴は日本の帝国陸軍で訓練を受けた軍人(日本名は高木正男)だが、1961年クーデターで政治の主導権を握った。1965年朴正煕政権は時の佐藤栄作政権との間で日韓基本条約を締結した。基本条約に付随して元徴用工補償問題の原点になる「請求権協定」も締結された。この条約締結の見返り?として日本は韓国に8億ドルに及ぶ資金提供を行い、それがインフラや基幹産業の整備に注入されて後に「漢江(ハンガン)の奇跡」の原動力と言われたことは上述した。

  軍事ジャーナリストとして活躍している高橋浩祐氏はこの日韓基本条約の性格と韓国人の見方について鋭い観察をしている「RONZA」(2019.8.17)。その要点はこうだ。基本条約が結ばれた頃は冷戦がアジア地域でも深刻化していた時で、アメリカは共産勢力に対する防波堤として日韓の国交正常化そして基本条約の締結を急がせた。

  その頃、日本は高度経済成長の真っ最中で、所得は急速に上昇し、国際的にもアジア開発銀行をアメリカと組んで創設するなど存在感を高めていた。一方、韓国はまだ開発途上で一人当たりGDPは日本の1/8に過ぎず、日本の援助で高度成長のきっかけを掴みたい朴政権は日韓の国力の圧倒的な差の下で「不平等条約」を結ばされたという思いを問題意識のある韓国人は抱いているという。

   朴正煕大統領は自分の部下に暗殺されたが、朴政権の日本利用の系譜はその後、全斗換、李明博、朴槿恵政権への受け継がれていく。

   これに対して、日韓併合を民族の屈辱と捉え、日本の戦争についての謝罪も賠償も不十分で、戦後の体制を日本に根本から反省させ、日本を利用しようとしてきた”保守派”のこれまでも清算させねばならないという強烈な反日、そして必然的に親北朝鮮の流れがある。それは尹ボ善、盧泰愚、金泳三、金大中、盧武鉉、そして文在寅に受けつがれる。その系譜の中でも、文在寅は特別に強力な反日そして容共派と言える。

   それは単に思想的な信条だけでなく、彼の場合には、経済的そして国際政治的力量も、彼の理想を実現するために充分にあると自分自身考えていること、そしてそれは単に画餅でなくそれなりの実績を挙げているという自信に裏付けられた行動に結びついているという点で、彼の先輩達にはない強烈さを秘めていると言える。

   一つには、現在の韓国の経済力が彼の先輩達の時代とは比較にならないほど高まっていることがある。1960年代には韓国の一人当たりGDPは日本の1/8だったが、近年では名目的には日本の85%、実質的には同等以上。サムソンなど主要先端企業は世界市場で大きなシェアを誇っている。

   今一つは、親北派の悲願である南北対話を金委員長と手を取り合って休戦ラインを超えるという劇的な形で実現したばかりでなく、トランプ大統領に接近して米朝首脳会談の契機をつくったという自覚が国際政治のリーダーとしての自己認識となっている。

   これらの経済的ならびに国際政治的プレゼンスの高まりは相対的に韓国にとって日本の地位と重要性を低下させる。一方の安倍首相は日本憲政史上最長の首相になるなど国内的また国際的リーダーとして強い自己認識を持っており、互いに容易に譲歩や妥協はしない状況になっている。

   ちなみに、文在寅氏は1953年、韓国南部の巨済島の生まれ。両親は現在に北朝鮮地域出身のいわゆる「失郷民」で、今も叔母が北朝鮮にいる離散家族。大学時代、朴正煕政権を批判する民主化運動に参加して逮捕、服役を繰り返す。出所後、司法試験に合格するが前歴から検事や判事にはなれず、人権弁護士として知られていた盧武鉉と出会い、合同法律事務所設立。盧武鉉が大統領当選後は最側近として青瓦台で要職を歴任。

   盧武鉉は退職後、親族らが相次いで贈賄容疑で逮捕され、自身も検察の聴取を受け2009年5月自宅裏山の崖から投身自殺。文在寅は盧武鉉の国民葬を取り仕切ったあと政界入り。2012年大統領選に出馬、統合民主党の有力候補になったが、セヌリ党の朴槿恵に惜敗。しかしセヌリ党の内紛や崔順実事件で「共に民主党」は党勢回復。文在寅も朴槿恵大統領糾弾の1000万人ローソク集会などを推進し、朴大統領弾劾免職後は彼自身選挙を経て大統領となった。

   元駐韓国全権大使武藤正敏氏は大統領選直前の文在寅氏になんとか面会をすることができたが、彼は日韓関係の発展などには全く興味はなく、もっぱら北朝鮮との融和、竹島など日本との領土問題そして歴史問題に関心が集中していた印象を受けたと記している。武藤正敏『韓国人に生まれなくてよかった』1917年。南北融和と民族統一が最大の目標で、北の核は自己防衛で韓国攻撃はあり得ないと確信している模様。 

   日本の輸出管理強化に直面して文在寅氏は8月5日、「南北の経済協力で私達は一気に日本に追いつくことができる」と発言。高橋浩祐氏は文在寅氏の頭の中では 韓国にとっての敵性国家は北朝鮮ではなく日本になっているのではと思わせる発言と指摘している。    


   
Ⅶ.     日韓政府対立の展開と影響

   日韓政府の対立は、安倍政権が政治的動機から輸出管理強化という経済的手段にを採用したことから、アジア地域だけでなくより広い世界のサプライチェーンに混乱を発生させる可能性が出てきた。すなわち日韓の対立は日韓のみに限られず世界経済に波及する可能性があるということである。

   それだけでなく輸出管理強化という手法は、日本はトランプ流の経済的脅迫を採用するのか、あるいはFT誌が「日本の自由貿易主義は欺瞞だ」とコメントするなど国際社会での理解が得にくい。経済産業省は日本の輸出品が例えば北朝鮮に流れるなどのことがないよう韓国当局が充分に管理しているかといった安全保障上の管理であり、韓国の現状の管理を全面的に信頼できない面があるので、規制を強化すると説明している。実際、審査を厳格にした結果、レジストなど一部の製品については輸出を許可して”公正性”を演出している。日本政府は公式にはそのような技術的側面を強調しているが、それが国際世論の支持を得るように戦略を工夫し最大限の努力を傾注して行くことが肝要だ。

   一方、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄に至った日韓両政府の対立の展開は、東アジア地域での安全保障協力の重要な一環が損なわれたということで、日米韓の安保協力体制にほころびが発生したことを意味する。それは小さなほころびかもしれないが、協力体制の機能不全はいわゆる「力の空白」を生む恐れが大きい。実際、北朝鮮は軍事情報共有体制の欠陥を突くかのように短距離ミサイルの実験を繰り返している。また2019年7月末にはロシアの早期警戒管制機が竹島周辺で領空侵犯をし、また中国とロシアの核搭載可能な爆撃機が韓国の防空識別圏に侵入するなどの事件が発生している。日韓両国の対立が激化して協力が不在であることを見透かしての挑発であるように思われる。本当に力の空白が生じた時には他の力が介入してくることは歴史が繰り返し証明している。


Ⅷ.    今後の対応について

  それではこの事態にはどのように対応すれば良いか。

  文在寅氏とその政権の主眼は南北の融和と民族の統一にあり、その先には南北の協力強化と統一すら志向されていると思われる。また自国の国力増加の認識と自分の国際的役割の高まりの自覚から日本の地位と重要性は大きく低下しており、日本への妥協や譲歩の可能性はますます遠のいている。

  文在寅氏の歴史問題へのこだわりは強く、1965年の日韓基本条約は日韓の国力の大きな格差の下で強制された不平等条約であるから歴史的に清算しなくてはならないとの信念は固く、それが2018年10月の大法院判決を「尊重する」との発言に反映している。文政権の底流には1965年の日韓基本条約は全面的に見直すべきとの考えがあっても不思議ではない。併合時代の日本帝国の統治の正当性を弾劾し、謝罪と全面的な賠償を請求しようという考えである。

  一方、日本政府は1965年の日韓基本条約は正当な国際条約であって二国間の約束の遵守は信頼関係の基礎と考える。さらに言えば、この条約は1951年のSF講和条約の規定に基づいている。SF講和条約では日本への賠償請求は大半の締結国が放棄したが、日本でなくなった地域との請求権問題は特別に取り決めを締結して解決すると規定した。韓国とはこの規定をふまえ65年に請求権協定を含む日韓基本条約を結んだ。この協定を改定することは戦後体制を規定してきたSF講和体制の前提も崩しかねない。

  しかも仮に日本が徴用工の個別補償に応ずると、それは請求権を一括して処理したことになっているアジア諸国で、賠償問題を敢えて蒸し返すことにつながりかねず、日本としては断じてそうした展開は認めることはできない。

  このように考えると、日韓の直面する対立の問題には、文在寅政権が続く限り解決の手がかりも可能性も見えにくい。

  こうした状況と条件を前提にすると、日本が採りうる対応は、日本が国際条約を順守する法的正統性について国際的理解を叶う限り求める努力を行う一方、文在寅政権の韓国の日本との信義や信頼を無視した要求や行動には取り合わず、無視ないし静観するのが成熟国としての合理的対応ということになろう。

  それはそれとして、最近、旧知の韓国知識人達とこの問題について深く語り合う機会があり、その中でこれからの日本の対応のあり方として参考になる示唆を得たように思うので、この機会に触れておきたい。これは8月末にベトナムで行われた国際プロジェクトに参加した際のことで、彼らは日本を良く知り、私と協力してこの国際プロジェクトを長年実行してきたことからも親日派の知識人である。教授達とこの問題について深く意見交換する機会があった。

  そのひとり、R教授によると、韓国の多くの人々は、慰安婦が戦時に日本の兵隊にレイプされたのに、日本からは”心からの謝罪”がない。そこに、韓国を信頼できない国としてホワイト国リストから外すという仕打ちを受けたので、反日感情が炎上した、という。その限りでは文喜相国会議長の発言に共感する人々も多いという。

  M教授は、今回の日韓対立問題は、法的正義と道義的正義の二面があり、法的には安倍政権の主張には理がある。しかし、国際関係は法的ルールだけで処せない道義的側面もあるのではないか。1965年の日韓基本条約は日韓の経済力に大差がある時に、しかも冷戦たけなわで日韓関係正常化へのアメリカからの圧力もある中で結ばされたいわば不平等条約である。対等な関係で条約を結びたいという道義的な意味も理解しても良いのではないか。

  比喩的に言えば、江戸時代末期に欧米列強との国力の大きな格差の下で日本が結ばされた安政の不平等条約について日本は大いに不満を持ったが、日本の国力が高まる中で、陸奥宗光らの活躍で不平等条約を30年以上経た後にようやく改正した故事もあるではないか、と指摘した。

  R教授は、慰安婦問題への謝罪について言えば、日本は本当に韓国と信頼関係 を築こうとしているのか、という疑問があるという。その問題を考える時、参考にされるのが、ナチドイツのホロコーストに対する謝罪のあり方がある。私もこの問題は学んでいるが、戦後ドイツはイスラエルはじめ被害を与えた多くの国々に対して”信頼できる関係”を構築することを最大の目標として、謝罪も賠償も真剣に行ってきた経緯がある。

  日韓関係の改善には、法的正義だけでなく、日本が隣国韓国と真に信頼できる関係を築こうという意思があるかも問われているように思う。法的正義を貫くと同時に隣国との信頼をどう構築するか、日本が近隣諸国とこれからの長い将来に向けてどのような国際関係を築きたいのか、政治家のみならず私達国民全体としてこの機会に改めて考える価値があるように思う。

悪化する日韓関係:打開は可能か?

Ⅰ. はじめに

 このところ日韓関係が急速に悪化している。2017年5月に韓国で文在寅政権が成立してから、日本人の神経を逆なでするような事件が相次いだ。たとえば、従軍慰安婦問題について2015年末に日韓両政府が「最終的かつ不可逆的解決」とした合意を事実上、反故にした。2018年末には能登半島西方海域で、韓国の駆逐艦が遠くから監視業務をしていた海上自衛隊の哨戒機にたいして攻撃用の射撃管制レーダーを照射した。

 さらに2018年10月末には大法院(韓国最高裁判所)が元徴用工の強制労働に対する個人損害賠償訴訟について、個人請求権は否定されないという新解釈を示して訴訟対象企業であった新日鉄住金の上告を退け、損害賠償を命じたソウル地裁に判決を支持し、同社が損害賠償を請求されることになった。

 しかし、これは1965年の日韓請求権・経済協力協定を否定することになるので、日本政府は同協定にもとづいて日韓協議を申し入れたが、文在寅政権の政府は応ぜず、そのことで1965年以来半世紀以上にわたってつづいた日韓の協力的な関係の根幹が崩れることを憂慮した安倍首相以下日本政府は事の重大性を韓国側に認識させる意味もあって韓国への輸出に関してこれまで提供してきた優遇措置(ホワイト国)を除去するという対応に出た。

 文在寅大統領以下韓国の政権はこの措置に激しく反発し、日本を糾弾するとともにWTOに提訴する準備に入り、一方では半導体製造部材などを日本に頼らずに自前で製造するために全力を傾注し、他方では日本製品不買運動や日本への旅行自粛など強力な反日運動を展開している。

 日韓関係のこうした悪化は、単に両国の問題だけにとどまらず、世界貿易に影響するとともに、日韓の協力を要としているアジア地域における安全保障体制にも隙間もしくは揺らぎを発生させかねない。トランプ政権はそれを心配して仲介の労を取ろうとの姿勢すら見せている。

 このエッセイでは、そうした日韓関係の展開を事実に即して跡付けて理解し、その意味を考え、膠着し悪化する関係を打開する方策を探る手がかりを得たいと思う。このエッセイでは最近数年の悪化する日韓関係の事実を展望しているが、日韓関係の展開を規定する要因は国内そして国際的な環境条件の歴史的展開に深く影響されている。そうした環境条件の理解なくして現在の日韓関係の動きの意味を立体的かつ総合的に捉えることは難しい。その課題はあまりに大きくて本エッセイの範囲を超えるので、その課題への挑戦はまた別の機会に譲りたいと思う。

 

Ⅱ. 日韓関係悪化の経緯

 1. 従軍慰安婦問題での裏切り

  第一は、慰安婦問題で、日韓の間で「最終的かつ不可逆的」な解決として合意された事項に、文在寅政権が異論を唱えて事実上、両国間で達成された合意を反故にしたことである。

  2015年12月28日に朴槿恵政権と日本政府が、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決で合意し、16年7月28日には元慰安婦を支援する「和解・癒し財団」が発足した。それを受けて日本政府は8月24日に財団への10億円拠出を閣議決定。ところが12月30日に韓国の市民団体が釜山の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像を設置した。

  韓国政府は日本政府と「最終的かつ不可逆的解決」に合意したのであるから、合意に反するこうした行為は当然厳しく取り締まるべきだったが、全く無策だった。それは両国間の信義にもとる態度であり、それへの抗議の意味を込めて日本政府は長嶺安政駐韓大使を一時帰国させた。2017年初頭は韓国は朴槿恵大統領糾弾の大衆運動で騒然としており、3月10日には韓国憲法裁判所が朴槿恵大統領罷免を決定した。後日、大統 領に就任した文在寅氏はこの少女像を抱擁し「彼女を寂しがらせないよう国民全体で慰安婦問題に取り組もう」と呼びかけた。

  5月10日に就任した文在寅大統領は11日に安倍首相と電話で会談し、日韓合意について「韓国国民の大多数が感情的に合意を受け入れていない」との見方を伝えた。そして7月31日、韓国外務省は慰安婦問題に関する日韓合意を検証する作業部会を省内に設置した。12月27日、作業部会は「合意に非公開な部分があった」として、合意に否定的な報告書を発表。これを受けて文大統領は合意に「重大な欠陥」があったとする声明を 発表。翌年1月4日には文氏は元慰安婦9人と面会し合意について謝罪を表明した。

  こうした文政権の言動によって、元慰安婦の一部や支援団体は、文政権が「合意」を破棄するのではないかとの期待感を高めたことが推察される。文政権の康京和(カンギョンファ)外相は2018年1月9日この問題に対する新方針を発表したが、そこでは日本政府に対して日韓合意の再交渉は求めなかったが、日本に対して「自発的な真の謝罪」を要請した。この対応に韓国の支援団体らは不満で合意の破棄を改めて求めた。日本政府は「合意」を無視してさらなる謝罪を求める韓国政府の要求には一切応じないとしている。

  慰安婦問題は、その後、知日派として知られる文喜相(ムンキサン)韓国国会議長が米国ブルームバーグ通信とのインタビューで「天皇(平成)が元慰安婦の手を握って本当に申し訳なかったと言えば、問題はすっかり解消される」と述べたと同通信が1月9日に明らかにした。日本側はこの発言に抗議し、発言の撤回と謝罪を要求したが、彼はそれを拒否した。韓国反日派の対日批判の強硬化はとどまるところを知らない。

 2. レーダー照射問題

  それは2018年12月20日に起こった。能登半島西方海域で監視業務をしていた海自のP-1哨戒機に対して韓国海軍駆逐艦(クアンゲト・デワン)から射撃管制レーダー(FCレーダー)が輻射された事件である。現場海域では距離1000m程度離れたところで上記の韓国艦、海洋警察庁警備艦および小型船が作業しており、海自機は一定の距離を置いて近接。第二回の近接時に海自機はFCレーダーを探知。直ちに距離を離して5000m程度の距離から継続監視をしたが、その際にも複数回のFCレーダー波を探知した。海自機はFCレーダーの意図確認のため無線電話をかけたが韓国艦からは応答なし。

  FC レーダーの照射は、攻撃準備のためのレーダー照射なので、不測事態の発生または不時の交戦防止のため、各種国際規則で禁じられている。また通常、どの国でもFCレーダーの照射のためには艦長の許可が義務付けれられているので、もしFCレーダーが照射されたとすればそれは何らかの理由による意図的な行為と言わざるを得ない。
  
  海自ではレーダー波の受信結果を詳細に検討し、FCレーダーであるとの確証を得たが、韓国側が事実を否定しつづけるので、その波動音を開示した。これに対して韓国側はその波動音を逆用して、それは海自の捏造であるとし、日本を糾弾する動画を作成して8ヶ国語で世界にアピールした。

  一方、海自の事実究明への呼びかけには韓国側は全く応じなかったので、海自は呼びかけは無意味と判断して、取りやめるに至った。


 3. 元徴用工個人補償問題

  文氏は大統領に就任後も、元徴用工の補償問題は、国家間では解決しているとの認識を示したかと思えば、就任100日後の記者会見(2017年8月25日)では、「両国間の合意は個人の権利を侵害できない」と発言して、個人補償請求の権利があるとの認識を示し、それまでの両国政府の考え方を事実上覆した。

  日本と韓国の政府は1965年、日韓請求権協定を締結し、元徴用工の補償については「完全かつ最終的に解決された」(協定第二条)との合意をし、韓国歴代政権もその理解を踏襲してきたが、2012年に韓国大法院(最高裁判所)が元徴用工の個人の請求権は国家間の合意に含まれていないとして請求権を認める判断を下している。

  そして2018年10月30日、韓国大法院は、元徴用工が新日鉄住金を相手取って損害賠償を求めた訴訟の差し戻し上告審で、同社の上告を棄却した。この決定で、2013年にこの元徴用工に賠償を認めた2013年7月のソウル高裁の判決が確定した。この判決の意味は極めて大きい。現在でも元徴用工を名乗って賠償請求をしようとしている予備軍は少なくとも数百人はいるとされ、この判決を契機にそうして損害賠償請求が陸続と拡大することが懸念される。しかしそれよりももっと本質的なことは、それは1965年に日韓請求権協定と経済協力協定という両国のそれ以降の関係を基本的に規定する国際協定を覆すもので、その協定に基づいて推進されてきた日韓両国間の協力関係を根本的に崩壊させる危険を含むということである。

  この問題はとりわけ重要なので、以下に項をあらためてやや詳細に説明することにしよう。

 

Ⅲ. 元徴用工個人補償問題

 元徴用工に対する個人補償問題について、日本政府は1965年の朴正煕政権の韓国との合意で完全に解決済みとの立場を堅持している。なぜなら日韓両国が戦後国交正常化に向けて14年間の交渉を経てようやく締結した日韓請求権・経済協力協定の第二条には「請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決された」と明記されているからだ。そして日本は韓国に当時の額で8億ドルに上る経済援助を提供することとした。

 8億ドルは当時の韓国の国家予算2年分に相当する額である。朴政権はこの資金を韓国経済発展のためのインフラ整備や鉄鋼産業など主要産業の支援のために活用し、その結果、韓国経済が「漢江(ハンガン)の奇跡」とされる目覚ましい経済成長を達成したことは良く知られている。高度成長する韓国に対して日本企業も積極的に投資し、韓国の企業と日本企業の間には、密接な相互補完関係が築かれ、その後の日韓の深い産業連携に基づく経済発展が促進されたことは周知である。

 この間、国家と国家の合意で補償問題は解決済みと理解されたが、それとは別に個人の補償問題はしばしば提起された。元徴用工の個人補償の訴訟は、該当する日本企業に対して提起されたが、日本での裁判結果は、1965年の日韓合意の理解の下で、ことごとく原告敗訴に終わっている。一方、韓国では、文在寅政権が発足するまでは、歴代の政権で個人補償の問題は韓国の国家が責任を持って対応するという理解が維持された。

 たとえば、革新系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権でさえ、2005年、請求権協定に伴う日本の3億ドルの無償協力に関し「強制動員被害補償の問題解決の資金が包括的に勘案されている」との見解を表明。元徴用工の個人が日本企業に賠償を求める問題の解決の責任は韓国政府が持つべきだとの認識である。ちなみに盧武鉉氏は文在寅氏の師匠でもある。

 ところが2012年、韓国大法院は、徴用工の賠償請求を退けた高裁判決に関し、個人請求権は消滅していない、との初判断をしめして審理を差し戻した。その理由は、個人請求権消滅について韓日両政府の意思の合致があったと解する十分な根拠がない。1965年の請求権協定は両国政府の政治的合意であって「不法な植民地支配に対する賠償を請求する交渉ではなかった」という理屈づけである。これは誠に勝手な事後解釈というほかはない。しかし2018年10月30日の大法院の判決は、この2012年の判決を踏襲する形で、元徴用工が強制労働の「慰謝料」を要求する権利は認められるとの判断をしめした。

 この判断にもとづき韓国大法院は10月30日、徴用で強制労働をさせられたとして新日鉄住金を相手に損害賠償を請求していた韓国人4人の訴訟の差し戻し上告審で、同社の上告を退ける判決を言い渡した。この判決によって、4人に請求全額の計4億ウォン(約4000万円)の支払いを命じたソウル高裁判決が確定した。

 元徴用工の損害賠償請求訴訟は、10月末時点で、上告審では新日鉄住金と三菱重工、2審では両社ならびに不二越、日立造船、そして3審では日本企業の約90社が対象になっている。これらの訴訟で損害賠償を請求している原告は遺族は1000人以上にのぼる。韓国政府の推計では、損害賠償が可能なら請求をしたい元徴用工は22万人にのぼるという。実際、新日鉄住金の上告審への大法院の判決が出てから、支援団体による追加訴訟への動きが加速している。彼らは大法院が賠償命令を確定させた日から「原則6ヶ月、最長3年」の間は新たな訴訟を起こせると理解して訴訟準備を進めている。

 2019年1月8日、新日鉄住金に賠償を命じた元徴用工訴訟で、韓国の大邸(テグ)地裁浦項支部が同社の韓国内資産の差し押さえを認める決定を下した。日本政府は韓国の裁判所による資産差し押さえ通知が新日鉄住金社に届いたことを確認し、1月9日、秋葉剛外務次官が外務省に李洙勲大使を呼び、文書と口頭で、日韓請求権協定にもとづく政府間協議を正式に申し入れた。ちなみに日韓請求権協定では第3条で協定の解釈や実施をめぐる紛争は外交協議によって解決する、と明記されている。

 ところで新日鉄住金にたいして原告側の弁護士は同社が3%超を保有する韓国製鉄大手ポスコ株を名指しした。ただ同社が持っているのはポスコ株の現物ではなくADR(米国預託証券)なので差し押さえが可能な「韓国内の資産」には該当しないと見られる。三菱重工業については差し押さえ可能な韓国内の資産はほぼ皆無とされる。しかしむしろ両社は例外で、多くの企業は差し押さえ可能な資産を韓国内に保有している。不二越は元徴用工との訴訟で、2000年に韓国人の元女子挺身隊員に「解決金」を支払って和解した。


 日本政府は11月はじめに、訴訟を受けているまたは受ける可能性にある日本企業に対して数次にわたって説明会を開催し、元徴用工の損害賠償問題は、1965年の日韓合意で解決済みであり、企業が賠償する責任はなく、決して安易に妥協しないよう、そしてまず日本政府に相談するよう繰り返し指示した。1社でも損害賠償に応ずれば、それが「蟻の一穴」になって、これまで半世紀以上にわたって日韓の信頼と協力関係を支えてきた法的基盤が瓦解しかねないからである。

 2019年1月9日、文在寅大統領は年頭の記者会見で、「元徴用工を巡る大法院判決を韓国政府は尊重しなければならない。日本政府は不満があっても、基本的にはどうしようもないという認識を持つべきだ」と言明した。なお、大法院の判決の直後、韓国の李洛淵(イナギョン)首相は、「司法の判断を尊重し、関係省庁や民間の専門家などと諸般の要素を総合的に考慮して対応策を講じていくとの政府見解」を述べたが、その後は明確な対応はなく、個人の賠償問題の責任は韓国政府にあるという1965年の日韓合意の考え方については態度を曖昧にしたままだった。上記の文大統領の言明は曖昧から踏み込んで、1965年の日韓合意の精神を明らかに否定したものと言える。

 その後、河野太郎外務大臣をはじめ政府当局は韓国側に何度も重ねて政府間協議をの開催を催促したが、韓国側は日本側の要請に応じていない。一方、原告団や支援団体は訴訟対象の日本企業の差し押さえた資産を現金化する準備をしている。早ければ2019年8月にも現金化が開始される可能性がある。これを放置すれば、取り返しのつかない事態になるので、日本政府は危機感を強めている。

 政府では韓国側が再三の協議申し入れにも応じてこないので、協議が開催できない場合、次にステップとして協定に位置付けられた「仲裁委員会」の開催を申し入れる方針。仲裁委員会はは日本、韓国、第三国の委員で構成されるが、第三国の委員を選ぶためにも日韓の協議が必要だ。しかし外務省の担当者などには「委員の選任は容易ではない」との見方が強い。 
  
 日本政府は国際司法裁判所(ICJ: International Court of Justice)への提訴も視野に入れ、すでに国際裁判専門の弁護士選定などの準備を進めている。しかし、韓国側は訴えに応ずる義務がある「義務的管轄権」を受諾していないため、審理が実現する可能性は低い。こうしてみると日本が国際社会にその正当性を訴えられる環境条件は極めて限られているといわざるを得ない。

 こうした中にも、3月15日には韓国地裁が不二越の資産仮差し押さえを決定、3月22日には韓国地裁が三菱重工業の資産差し押さえを決定、4月4日、元徴用工らが日本コークス工業など4社を相手取り追加訴訟、4月29日、元徴用工らが三菱マテリアルなど9社を相手取り追加訴訟、5月1日、原告側が日本製鐵と不二越の資産売却手続きに着手するなど、事態は時事刻々悪化している。こうした事態を受け、自民党内では強硬な意見が台頭している。例えば、駐韓大使の一時帰国、訪日ビザの免除停止、韓国製品の輸入関税の引き上げや日本にある韓国企業の資産差し押さえなどの対抗措置を求める声があがっている。

 2019年6月19日、韓国外務省は日本と韓国の企業が自発的に資金を出し合い原告と和解する案を日本政府に提示したと明らかにした。これに対し、河野太郎外務大臣はツィッターで「韓国の国際法違反の状態を是正することにならず、受け入れられない」と拒否。韓国側は、日本がこの案を受け入れるなら、日韓請求権協定にもとづく二国間協議に応ずる用意があるとした。日本政府は日本企業に負担を求める韓国側の案は両国の請求権問題の完全かつ最終的な解決をうたった1965年の日韓請求権協定に反するとして拒否の立場だ。

 安倍首相は2019年6月28と29日にかけて大阪でG20サミットを議長として開催した。韓国は安倍首相との首脳会談を望んだが、安倍首相はこれに応じなかった。2日間のサミットで、両首脳が接近したのは、28日の会議と夕食会で安倍首相が各国首脳を迎えた時だけだった。日本政府は早い段階から首脳間の公式会談は見送る方針だったが、結果的には短時間の接触すらなかった。

 その背景には韓国が6月19日に公表した日韓の企業が自発的に資金を出し合って原告と和解する案があった。日本側は事前に提示された段階でこれを拒否していたが、それにも関わらず韓国政府はこの案を公表した。文氏は6月26日の聯合ニュースなどとのインタービューで「現実的な解決案だ」とし、安倍首相に会談を呼びかけて「この機会を活用できるかは日本にかかっている」と日本側の責任を強調していた。

 これまでの経緯の中で、文氏は「司法の判断を尊重する」としてきたが、1965年の日韓請求権・経済協力協定を守る意思があるのかは明確にしていない。日本政府には文在寅大統領は、この半世紀以上、日韓協力の基盤となってきたこの合意の見直しを提起してくるのではないか、との疑念がくすぶっている。

 

Ⅳ. 対韓国輸出規制管理強化

 日本政府は2019年7月1日、韓国にたいし、半導体製造などに必要なフッ化水素など3品目の輸出管理につき「外国為替および外国貿易法」(外為法)に基づき規制を強化すると発表した。対象の3品目は、半導体の洗浄に使うフッ化水素、不マートフォンのディスプレーに使われるフッ化ポリイミド、半導体の基板に塗る感光剤のポリイミド。

 韓国はこれまで輸出手続きを簡略化する優遇措置を受けられる27カ国の「ホワイト国」の一つとして認定されていた。経産省は、韓国をホワイト国から外す。経産省は安全保障にかかわる品目について、外為法にもとづき管理している。今回3品目を規制することとした理由については「不適切な事案があった」としか指摘していない。当面は3品目が対象だが、これからはそれ以外の製品についても個別申請が必要になる。審査には通常90日ていどかかる。政府は基本的に輸出を許可しない方針で事実上の禁輸措置になるとみられる。

 これら3品目は、半導体大国・韓国を狙い撃ちにするには最も効果的とされる。いずれも日本が世界で7~10割近いシェアともち、サムソングループ、LGグループ、SKハイニックスなど韓国企業はほぼ全量を日本から調達している。しかし、韓国製の有機ELパネルやNAND型フラッシュメモリーではサムスンが4割の世界シェアを持っており、それら部品提供を受けている日本メーカーには影響が出る可能性がある。対韓国輸出規制の強化はやがて世界のサプライチェーンを混乱させるので関係者全体に被害が及び、貿易規制の強化は結局、勝者が居ない結果になると見込まれる。

 安倍首相は、7月1日、読売新聞とのインタービューで「国と国との信頼関係の上に行ってきた措置を見直したとういこと」とし、韓国との信頼関係が損なわれたため管理強化に踏み切ったとの考えを示した。政府には、徴用工問題が日韓関係の根幹をゆるがす深刻な問題であることを韓国側に認識させるべきだとの考えが強い。

 一方、韓国の成允模(ソンユンモ)産業通商資源相はソウルで「韓国大法院の判決に対する経済報復措置であり、WTO提訴をはじめ対応措置をとっていく」と述べた。Financial Times紙(電子版)は「日本の自由貿易の偽善を露呈するもの」と批判。ある外電は、安倍首相は政治問題に経済的武器を使うトランプ流の戦術を採用したようだが、結局、損害は自らにも及ぶとコメントした。

 経済産業省は輸出規制導入の理由について「不適切な事案が発生した」としているがその内容は守秘義務として説明していない。また世耕弘成経済産業相は「輸出管理を適切に実施するため、運用上の対応をしている」とし、韓国側のWTO協定違反との批判にたいしては、日本側はGATT21条の「安全保障上の例外措置」であって違反ではない、と説明している。7月12日、日韓事務レベル会合に出席した韓国当局者は、日本側がWTOの協定違反には当たらないと主張したのにたいし「理解も納得も同意もできない」と述べた。

 一方、安倍首相は7月3日、日本記者クラブ主催の党首討論会で「1965年の日韓請求権協定で互いに請求権を放棄した。国と国の約束をたがえたらどうなることか、ということだ」「約束を守らないうえは今までの優遇措置は取らない」と述べており、最高責任者の見解では、輸出規制強化措置の理由は明々白々というべきだろう。

 日本政府は対韓国輸出規制を二段階で実施する方針だ。第一段階はリスト規制として対象品目を上記3品目に限定して7月4日に発動されたが、第二段階は非リスト規制として8月末以降に発動されると見込まれる。そこでは韓国をホワイト国から除外し、食品や木材などを除く全品目のうち、経産省が指定する品目のすべてが対象となる。

 
 7月18日、韓国外務省は、日本政府が1965年の日韓請求権協定にもとづいて要請していた仲裁委員会の設置に応じない方針を正式に示した。一方、日本政府による事実上の対抗措置とみられる半導体材料の輸出規制強化では、韓国がWTO(世界貿易機関)に提訴すべく準備をしている。

 7月23、24日、WTOの一般理事会がジュネーブで行われた。日本の韓国に対する輸出規制強化がWTOのルール違反に当たるかどうかを韓国側は論点とすべく問題を提起したが、韓日の議論は平行線だった。韓国は日本の輸出規制強化問題をWTOの第一次審査の前段階である2国間協議のテーマとして取り上げるべく参加国の賛同を求めたが、一般理事会は加盟164カ国・地域に共通する貿易課題を議論するのが主な目的なので、加熱する日韓の対立の解決になぜ一般理事会が使われるのか、この段階では参加国の理解は必ずしも得られなかった。しかし韓国の代表者は記者会見で「反応がなかったことは韓国側の提案が支持された証拠だ」と述べた。

 注意すべきは、韓国はWTOを舞台にした貿易紛争ではかなりの実績があることだ。例えば直近では、福島など東北8県の水産物に対する韓国の輸入禁止措置を、日本がWTOルール違反として訴え、一審では勝訴したにも関わらず、2019年4月の最終審では逆転敗訴した苦い経験もある。

 この時、一審で敗訴した韓国が最終審で勝つべく入念な準備をしたと言われる。あるWTO関係者は、韓国は最終審での口頭尋問に備え、ジュネーブのホテルに約2週間、缶詰になって予行練習したと打ち明けたという。今後、韓国は大規模はロビー活動を含め、周到に準備してくる可能性がある。

 ポンペイオ米国国務長官は、ASEAN地域フォーラムが開かれるバンコクで、7月31日、河野太郎外務大臣と韓国の康京和(カンキョンファ)外相と懇談し、日韓対立の仲介役を買って出る意向を示し懇談したが、具体的な成果はなかった。長官の行動は数週間前にトランプ大統領が必要なら仲介役を買って出ても良いと述べたことを受けてのことと思われる。

 2019年8月2日、政府は輸出管理を簡略化する優遇対象国から韓国を除外する政令を閣議決定した。半導体材料の韓国向け輸出管理の厳格化につづく第二弾。8月7日に公布し、28日に施行する。韓国むけの輸出の際に食品と木材を除くほぼすべての品目に経済産業省が個別審査を求めることができるようになる。

 日本政府が韓国を優遇対象から除外する政令改正を閣議決定したことについて、文在寅氏は「今後起きる事態の責任も全面的に日本政府にある」とし、「盗っ人たけだけしく大口を叩く」と日本を批判した。日本の措置に応じて我々も段階的に措置を強化する」と言明。文氏の発言を受けて、洪楠基(ホン・ナムギ)経済副首相は「韓国も優遇対象国から日本を外し、輸出管理を強化する」と表明した。
   
 さらに8月5日、韓国政府は、主要な部品・素材の国産化に向け研究開発投資に7年間で7.8兆ウォン(約8600億円)をあてると発表した。日本政府が輸出優遇国から韓国を除外したことへの対応策で100品目を戦略品目に指定した。このうち日本が輸出管理を強化した半導体材料3品目を含む20品目は1年以内に「脱日本依存」を達成するとしている。

 

Ⅴ. 文在寅氏の思想と政権の体質

 戦後の韓国政治には二つの大きな党派の潮流がある。これは通常、保守と革新と表現されるが、私見では、その形容はあまり適切でない。私は、保守というよりは日本を認め日本の力を利用しようとする流れと革新というよりは反日と容共の流れと表現した方が適切であるように思う。前者は朴正煕大統領から朴槿恵が象徴した流れであり、後者は金大中から盧武鉉を経て文在寅に至る流れである。

 この二大政治潮流は、時に拮抗し、時に交代して戦後の韓国の政治史を特徴付けてきたが、その中で、文在寅は後者のもっとも先鋭的な政治家であると言える。彼は前任の朴槿恵大統領を引きずり降ろし、朴槿恵氏が達成した日本との関係をすべて否定し破壊し去る力学を懸命に追求しているように見える。彼の行動を理解するには、それをこうしたより大きな構図の中に位置付けて見る必要があるように思う。

 今日の政治現象を理解するには、戦後の大韓民国成立以来の政治の流れのみならず、日本が朝鮮を併合していた”日帝時代”、さらにそれ以前の歴史の残滓も知る必要がある。こうした展望は本エッセイの範囲を超えるので、また別に機会に考察して見たいと思う。

 

Ⅵ. 日韓政府対立の波及効果

 日韓政府の対立は、安倍政権が政治的動機から輸出規制強化という経済的手段にを採用したことから、アジア地域だけでなくより広い世界のサプライチェーンに混乱を発生させる可能性が出てきた。すなわち日韓の対立は日韓のみに限られず世界経済に波及する可能性があるということである。

 また、日韓の協力は、アジア地域における安全保障体制の要である。それが適切に機能しなくなることは、いうなればこの地域に力の空白が生ずることを意味し、それは必ず他の力の介入によって安全保障の均衡が動揺もしくは崩れる危険を意味する。日韓が2016年に締結した(GSOMIA)軍事情報包括保護協定の更新方針を検討するかもしれないと韓国が示唆することは、とりわけ北朝鮮が中距離ミサイルによる攻撃力を高めているこの時期にきわめて危険なことであり、また最近、竹島に接近したロシア、中国の空軍機を韓国機が威嚇射撃をしたなどの事象は看過できない危険をはらんでいる。アメリカのトランプ政権が日韓の対立緩和の仲介を申し出るのはそれなりの意味がある。

 日韓対立の先鋭化は単に両国やこの地域に限らず世界大の経済そして安全保障の安定を確保するうえでも大きな意味があることに留意する必要がある。

 

Ⅶ. 解決の可能性と方向性

 日韓の対立は解決の方向もしくは糸口がないかのように見える。しかし対立は解決ではなくとも改善させることは必ず可能なはずだ。改善とは、国内そして国際社会で経済面でも安全保障面でも無用な破壊、損害、動揺を起こさないようなあり方を確保することだ。

 政治現象は、指導者とそれを支える大衆の思想、判断、選択と行動によって左右され規定される。安倍晋三首相は、日本憲政史で最長の権力保持者の栄誉を担うことがほぼ確実視される政治家であり、残された時間にそれにふさわしいレガシーを残そうとするだろう。安倍首相が1965年の日韓合意にこだわるのは韓国程度の国に彼の歴史的偉業をこの時点で汚されたくないという思いが作用したとしても不思議ではない。

 一方、文在寅氏は自分が師と仰いだ盧武鉉氏を反面教師としてその失敗を繰り返さないため、国民の支持を最大限に確保する行動を追求する。民族統一を掲げて米朝指導者に働きかけるという自意識も、また多くの面で日本に劣らない経済力を確保したという自信もあり、日本に対しては戦争責任の追究の手をさらに強化したいとの思いがあるだろう。

 彼ら指導者の行動はしかし国民そして国際社会の理解と支持があってはじめて実現する。韓国の国民は戦前の日本のように扇動されやすく、また韓国の国際アピールはより効果的に見える。日本の国民は対韓国の問題についてはそれほど敏感でもなくおそらく興味もない。また日本の国際アピールはかなり拙劣だ。

 こうした国民と国際社会と前にして、両国がその関係を改善するには、国民と国際社会にまず正確で多面的で詳細な情報をわかりやすく提供することが大前提ではないか。

 日韓両国の対立行動を展望して、両国政府の行動と思想がどれほど国民と国際社会に理解されているかが甚だ心もとない気持ちを禁じ得なかった。両国の指導者と政府が国民と国際社会への情報提供を充実し、彼らの理解と支持を確保して、国民と国際社会の迷惑にならない政治選択をすることを望みたい。

『激変する世界と日本の針路』(4)

本エッセイ「激変する世界と日本の針路」は、私が2019年1月28日に行った島田塾の年頭講演の講演メモを、今回から4回に渡って掲載するうちの第4(最終)回です。

Ⅶ.   安倍長期政権とレガシー
 1. 安倍第三期政権の誕生
 ・2018.9.21.安倍首相は自民党総裁選に勝ち、順当に行けば、2021.9まで3年間、自民党総裁
  の地位を確保。現在の自民党と安倍一強の状態が続けば、あと3年間、首相の地位も事実上
  確保したことになる。その暁には、安倍首相は、日本の憲政史上最長の首相となる。

  安倍氏が総裁選に勝って、史上最長の首相になり得るのは、自民党の総裁任期について規約
  変更が行われたからだ。その議論は2016年頃から自民党内で提案されるようになり、2017年
  の自民党総会で、これまでの連続最長3年2期から3年3期までの延長が認められた。
 
 ・今次、総裁選の対抗馬は、石破茂氏。総裁選では、安倍氏が国会議員と一般党員票の69%
  を獲得。総投票数553のうち、安倍氏は議員票329、党員票224を得た。石破氏は議員票は
  73だったが、党員票181を獲得して予想外の善戦と言われた。

 ・石破氏が党員票の45%を獲得した事実は重い。安倍一強態勢の中で、地方の一般党員といえ
  ども、反安倍に票を投ずることはそれなりの覚悟と勇気が要る。それにも関わらず、45%
  もの安倍批判票が出たことは、自民党員ですら安倍氏にたいするある種の”不信感”が根強い
  ことを示唆する。一般国民ならなおさらだろう。

  ・安倍氏の人気は2016年後半から急速に低下していた。それは安倍氏の任命した閣僚などに
   不始末や不祥事が頻発して任命責任を問われる事態がつづいたこと。それ以上に、森友
   問題や加形学園問題など安倍氏自身が関わったのではないか、と猜疑を持たざるを得ない
   ようなスキャンダルが政界のみならず世上の大きな関心事となったことが大きい。

  ・これに対して、安倍首相は、野党の追及も巧みにかわし、問題を官僚機構の欠陥として
   その改善に注力するという建前で、結局、問題解明はされずに、2017年10月の総選挙の
   勝利で、事実上の幕引きとなった。国民の多くが、正面からの説明を避けて問題の隠蔽
   を図る安倍首相の態度や対応に、不信感を募らせたことは否定できない。一般党員の45
   %が批判票を投じたことには、このような背景があったと思われる。

  ・国民は安倍氏の努力を評価する一方、安倍氏の性格や手法について一定の疑念や不信を
   抱いているだけに、残された3年の任期をフルに活用して、大多数の国民をなっとくさせる
   骨太の政治を今ことしてもらいたいと思う。


2.  歴代政権のレガシーと安倍首相の意欲
 ・安倍氏はその任期を全うすると、国民が良く記憶しているどの首相よりも任期は長くなる。
  例えば、吉田茂、鳩山一郎、岸信介、佐藤栄作、田中角栄、中曽根康弘、小泉純一郎など。
 ・任期満了が視野に入ると、政治リーダーは、国民の記憶に残るレガシーづくりに注力する
  ようになる。それは国民の関心を最後まで引きつけ、また、歴史に名を残すためである。
  安倍氏もおそらく例外ではないだろう。

 ・日本の歴代の首相は、どのようなレガシーを残したか?
  国際政治面では、吉田茂氏はサンフランシスコ講和条約を締結した。鳩山一郎氏は日ソ国交
  回復を達成した。佐藤栄作氏は沖縄返還を実現した。田中角栄氏は日中国交回復を実現
  した。小泉首相は北朝鮮と平壌宣言に合意し、拉致被害者の一部帰国を実現した。

 ・また、国内政治や経済政策の面では、田中内閣は”列島改造”を成し遂げ、中曽根内閣は国鉄
  民営化を達成し、小泉内閣は郵政民営化を実現した。

 ・これら歴代首相の業績に比して、安倍首相の業績は何か?

3.  国際政治面でのレガシー
 ・国際政治面では、日米関係、日中関係、日露関係が重要。

 ー日米関係:
 ・安倍政権は良好な日米関係を発展させるために注力した。オバマ大統領やトランプ大統領
  と個人的な信頼関係を築くために傑出した努力をしたことは評価される。
 ・制度的にも”積極的な平和主義”にもとづき軍事的な協力を強化する安保条約の改定、武器
  輸出三原則の緩和による日米協力の強化、米国からの武器輸入を拡大する安全保障大綱の
  見直しなどは米国から歓迎されている。日米関係の強化と発展は重要で評価すべきだが、
  これらはレガシーというよりはルーティンの充実。

 ー日中関係:
 ・2015年の尖閣列島問題以来、日中の政治的関係は冷却していたが、日中国交回復40周年に
  当たる2018年には、李克強総理の訪問はじめ関係がやや進展し、2019年には習近平主席の
  訪日も企画されているようだが、これは多分に、トランプ氏の貿易戦争に対する中国の味方
  づくりの意図?
 ・2018年10月には安倍首相が中国を訪問し、習近平主席と会談したが、両国の関係強化
  を謳ったものの実質的進展はなかった。日本にとってこれから中国の重要性は政治的にも
  経済的にも大きく高まることは確実だが、信頼できる関係を築くには、相互理解を大きく
  深める必要がある。中国は安倍首相の政治スタンスに疑念を持っており、安倍首相も本格的
  な信頼醸成を進めようと考えているのか、大きな課題が残る。
 
 ー日露関係:
 ・安倍首相はプーチン大統領と、24回も会談しており、個人的に親密な関係。
 ・安倍首相の最大の関心は北方領土の返還。これをレガシーにしようとの思いがにじむ。
  しかしプーチン大統領は手強い交渉相手であり、北方領土の返還が実現するかは不透明。
  2018年9月にプーチン大統領が提起した平和条約先行案に乗って、結局、良くて主権なき
  2島返還と多大な経済協力に終わる可能性。
 ・果たして北方領土の返還を今、多大なコストを払って追求することが国益か検討必要。
  名目的一部返還がありえても、それはレガシーには相当しないのでは。
 
4. 国内政治と経済政策でのレガシー
 ・憲法改正、アベノミクス、そして累積財政赤字問題が重要。

 ー憲法改正:
  ・憲法改正は安倍首相がおそらく最大のレガシーとして実現したい課題だろう。
  ・1955年の自民党結党の趣旨の一つは自主憲法の制定であり、レガシーにしたい意欲
   はわかるが、それを今、拙速で追求することが国益になるか疑問。
  ・現実的な改正案の焦点は、憲法9条の2項を残したままで「自衛隊」の項を付加する?
   それ自体論理矛盾であり、公明党や批判的世論への妥協。むしろ2項削除で自衛隊を  
   位置付ける石破案の方が判りやすい。しかしそれは拙速で追求すべきはない。
  ・戦後、現代史の教育をしてこなかった日本では、国民の理解が不十分。そこで拙速な
   改憲の推進は、いたずらに左右の不毛な論争を助長するだけで国益とは遠い。むしろ
   現代史教育の充実に注力すべきではないか。

 ーアベノミクス:
  ・安倍内閣が提唱し推進してきたアベノミクスは、重要な経済戦略であり、一定の成果
   を挙げている。これがレガシーになるか、以下に詳細に検討。
 
  ・総合評価:アベノミクス5年=45点
        第三期安倍政権経済政策評価=25点
 
Ⅷ.    アベノミクス5年の評価
 1.  第一次アベノミクス:三本の矢
  ・安倍内閣の目標:デフレの脱却、財政再建、持続的経済成長
  ・それを実現するための三本の矢

  1)第一の矢:金融    
  ・デフレは貨幣供給の不足が原因との認識
  ・黒田東彦日銀⇒異次元的金融緩和
   2013年4月言明:
    ベースマネー供給を2年間で2倍:130兆円から270兆円へ⇒2年以内に2%インフレ達成
  ・世界投機→円安→株価↑、2012末8000円から2013.5、1.5万円、最近2万円強、
   企業利益↑
  ・インフレ:2013年やや↑、2014年央から失速、その後も2%目標に届かず。
  ・ベースマネーストックはGDPに匹敵(500兆円)、出口戦略の大きな課題

  2)第二の矢:財政政策
  ・機動的積極的財政政策:大型財政支出、年次予算と補正予算(災害対応、消費税対策等)
  ・財政再建目標(2020年、基礎的財政収支Primary balance均衡or黒字)遠のく。
    →莫大な財政赤字(GDP比220~240%)→財政危機の可能性

  3)第三の矢:成長戦略
 ー第一次成長戦略は、2013年6月に閣議決定。その内容は:
    ・日本産業再興プラン:(産業、人材の新陳代謝:「産業競争力法案」)
    ・戦略市場創造プラン(健康、エネルギー、次世代インフラ、稼げる地域育成)                
    ・国際展開戦略プラン(FTA比率を19%から70%へ)。TPP 、RCEP (東アジア地域
    包括的経済連携) FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)華々しい提案だがいささか抽象的。

  ー第二次成長戦略、安倍首相は自ら岩盤規制に穴を開けるドリルの刃になる覚悟と称して、
   2014年6月に発表した。これは確かに意欲的な構造改革戦略で分量も詳細に見れば
   数千項目に及ぶ膨大な計画で、海外では、The Third Arrow ではなくThe Thousand
    Needlesと評されたが、それなりに評価された。

   ー内容は主な分野だけでも:
     1)企業統治と資本市場の改革
     2)競争力強化法(2013年12月制定)
     3)TPP参加と交渉プロセス
     4) 農業改革
     5)働き方の規制改革
     6)女性の活躍支援:
     7)地方創生:
     8)社会保障:
     9)医療改革:
     10) 国家戦略特区
     11)賃金引き上げ:
     12)法人税引き下げ:2018年29%へ(5年間で7%)

   ーこれらの取り組みのめぼしい成果は(1)企業統治と資本市場の改革はコーポレート
    ガバナンスや収益率の改革を通じて日本の企業行動や資本市場に一定の改善。
   (3)TPP参加と交渉プロセスは参加12ヶ国とのマラソン交渉を成し遂げそのための
    農業を始めとする国内の構造改革もかなり進展した。(4)農業改革は減反制度の廃止、
    農地所有制度の改革、農協改革など困難な分野に相当な進捗があった。

   (5)働き方の規制改革では、成果報酬制度や解雇の金銭補償などが実質的に進まなかった
    のは残念。(6)女性の活躍支援も声だけ。(8)社会保障は構造改革の本丸だが、ほと
    んど何も進まなかった。(9)医療改革は混合診療改革に一定の進捗が見られたが、膨大
    な重要項目はほとんど触れられなかった。意欲的な取り組みは大いに評価されるが、
    構造改革の困難さが浮き彫りにされた。

  ー第三次成長戦略は、2015年6月に発表された。その柱は生産性向上、イノベーション、
    サービス産業、ローカルアベノミクスとされ、その主な内容には、産業の新陳代謝の
    促進、雇用制度改革・人材力の強化、大学改革・イノベーション、市場創造などが並んだ
    が、実質的な内容がほとんどなく失望。安倍首相の関心がもっぱら新安保法制に注がれ
    た時期のため?安倍政権の経済戦略に取り組む熱意がこの頃から感じられなくなった。

 2. 第二次アベノミクス:一億総活躍を実現する新三本の矢
  「一億総活躍」(2015年11月):若者も高齢者も、女性も男性も、障害や難病の人も、一度
   失敗をした人もみんなが包摂され活躍できる社会」と定義。それを実現する三本の矢:

  ー第一の矢:”希望生み出す強い経済”⇒2020年までにGDP 600兆円   
      投資促進、生産性革命、イノベーションベンチャー創出力強化、成長担う人材創出、
      名目成長率3%を実現しつづけていけば2020年には600兆円達成可能。

  ー第二の矢: ”夢つむぐ子育て支援”⇒2020年代半ばまでに希望出生率 1.8 実現
      若者の雇用安定と待遇改善、サービス産業生産性向上、結婚支援充実、妊娠・出産・育児
      支援、子育て支える三世代同居・近居しやすい環境づくり、多様な保育サービス充実、
 
   ー第三の矢:”安心につながる社会保障”: 介護離職ゼロ 
     高齢者ニーズに対応した介護サービス基盤、介護人材の確保、高齢者に多様な就労機会確保、
     障害者、罹病者の活躍支援、介護家族が介護休業、休暇をとりやすい職場環境

   ー海外の高い関心と期待:(The Economist とAdam Posen FT)
            ・”Overhyped, under appreciated” The Economist July 30, 2016
            ・Adam Posen “Abe’s stimulus is a lesson for the world” FT, 2016.8.3.
        先進成熟国はどこも人口高齢化と労働力増加の低減で潜在成長力低下に直面。
     安倍政権の「一億総活躍」は先進成熟諸国にとって注目すべき挑戦・実験。

 3. アベノミクス5年の総合評価
  1)経済成長
   ・景気回復:2012.12に開始、2019.1に74ヶ月、戦後最長。
     いざなぎ景気(57ヶ月)、小泉景気(73ヶ月)
   ・景気回復の実感がない?
     安倍景気:経済成長率1%強、いざなぎ景気(平均10%)は高度成長期
     安倍景気回復は困難な環境:
      サービス化で生産性成長1%、労働力減少-0.7%、純潜在成長力0.3%
     潜在成長力を上回る長期成長は評価できる。
   ・評価:▲
 
  2)サプライサイド:労働力参加↑
   ・潜在成長力を上回る経済成長必須の時代
     デフレギャップ(総供給ー総需要)が縮小ないし解消
     総供給力↑必須:技術革新で生産性向上、人口減少化で労働力↑

   ・労働力率↑戦略課題:女性、高齢者労働力率↑の実績↑
     労働力率:近年(最近5年ほど)女性の労働力率の高まりによって労働力人口が増加
     する傾向。2017年労働力人口:6528万人(前年を1%↑)。97年の過去最高6557
     に迫る。女性とシニアの労働参加↑で15~69歳女性労働力率67%(2012)→68.2
     (2017)。女性の就業率、今やアメリカ以上。しかし、2025年には限界?↓予期。
  ・評価:▲

  3)自由貿易圏の推進
   ・TPP:2018年12月発効
     アメリカが2017.1.に離脱した後も粘り強く協力、推進。
     11カ国、6億人、アメリカ除いてもなお大きなシェア
     もっとも進化した総合的自由貿易協定。物品、サービス、知的所有権など。
   ・日欧自由貿易協定:2019年2月発効
     5億人の大きな先進国市場
     世界の自由貿易枠組み維持に大きな役割
  ・評価:●

  4)働き方改革
    ・「働き方改革」はアベノミクスの成長戦略の中で最重要と位置づけられた改革
      ・日本はサービス経済化が進むにつれて労働生産性が主要国に比べて立ち遅れ。
     それは日本の労働時間にもとづく賃金制度が、労働の成果が問われるホワイトカラー
     労働になじまないため。また雇用制度が硬直的で環境変化に対応しにくい欠陥も。

    ・安倍政権は成長戦略の構造改革として「成果報酬制度」と「解雇の金銭補償」を
     提案したが、労働組合、野党の反対、そして労働省の抵抗もあり、2013年の問題提起
     から5年を要して2018.6.29に成立した「働き方改革の関連法」は生産性向上にかけた 
     安倍首相の企図とはかけ離れたもの。
    ・「解雇の金銭補償」は門前払い、「成果報酬制度」は年収1075万円以上の非常に少数
     の対象者に限られ、その反面、労働時間短縮と賃金の格差是正には厳格な規制と監督
     が課せられることになり、企業の負担が高まる反面、労働生産性向上の効果は
     ほとんど望めない結果となった。
    ・評価:✖️

  5)外国人労働力の導入
   ・2018.6.5「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」で”外国人の受け入れを
    拡大するため、新たな在留資格と創設”と課題提起。
   ・政府部内の検討と国会審議を経て、2018.12.8. 「出入国管理・難民認定法(入管難民
    法)」改正案は参院本会議で可決、成立。
   ・在留資格として「特定技能1号」と「特定技能2号」を新設。
    1号には、技能実習3年の経験または日本語と技能試験に合格すれば資格取れる
     ただし、家族帯同は不可。単純業務14業種想定。
    2号は、さらに高度な試験に合格。家族帯同・事実上の永住可。
   ・特定技能者は、2019.4から5年間で34万人想定
   ・特定技能で見込む14業種:介護6万、外食5.3.、建設4、ビルクリーニング3.7、農業3.7.
   ・入国在留管理庁へ格上げ。300人増員。
   ・参考:在留外国人263万人。うち働く外国人218万人:
     永住・結婚45.9万人、留学アルバイト29.7、技能実習25.8、専門研究23.8
  ・評価:▲

  6)インフレ目標
   ・安倍政権の経済戦略の主眼はデフレ脱却。
   ・黒田日銀はインフレ目標2%追求。
   ・2013年にはややインフレは高まったが、2014年中頃から停滞。以降、1%強にとどまる
   ・デフレマインドの定着?
   ・2%実現目標の先延ばし。果たして2%実現に固執し、ベースマネー供給を増やし続ける
    ことは必要か?出口戦略の困難などむしろ弊害が大きいのではないか。
   ・アベノミクスの主眼だったインフレマインド醸成は失敗?
  ・評価:✖️
  アベノミクス5年の総合評価:▲、▲、●、✖️、▲、✖️=45点
 
 
Ⅸ.    安倍政権の新たな経済政策
1.  消費税引き上げと対策
  ・2019.10。消費税8%→10%への引き上げ予定。
  ・増税にともなう消費減への対応として、2兆円ほどの対策を2019年度予算に盛り込み。
  ・消費税2%増税にともなう国民負担増はそのままでは5.6兆円。軽減税率1兆円、教育無償化
   1.5兆円を差し引くと、実質国民負担増は3.2兆円。
  ・増税対策約2兆円:
    キャッシュレス決済でポイント還元5%、0.3兆円(オリンピックまで9ヶ月)
    プレミアムつき商品券 0.2兆円
    住宅ポイント制度給付金 0.2兆円
    住宅ローン減税、自動車税減税、防災・減災公共事業 1.3兆円
  ・対策後の実質負担は1.1兆円
  ・5.6兆円の増税にたいしてここまで対策をとる必要があるのか?増収は1.1兆円止まりに。
  ・増税の消費への影響を過度に懸念? 財政健全化に資さない増税の意味はあるか?
 ・評価:✖️
 
 2.  教育無償化
 ・教育無償化論は2017.10.総選挙の論点として急浮上。安倍首相は、消費税8%→10%の2%
  増税で期待される5.6兆円の増収分をこれまでは財政健全化に使う方針だったのを、3兆円
  ほど教育と社会保障の充実に使う使途変更をしたいので、総選挙で国民の信を問いたいと
  した。なぜか教育無償化は野党もこぞって主張していつの間にか社会通念化?

 ・教育無償化は、義務教育の前後すなわち保育と高校の無償化を企図。当初、2兆円規模
  想定。そのうち0.3兆円は安倍氏は産業界から支援期待とした。2019年度予算では結局
  1.5兆円を見込む。

 ・教育無償化には意味があるか?保育と高校教育はほとんどの家庭がすでに負担しており、
  「無償化」による若干の支援は家庭への付加給付となり、進学促進になるかは疑問。
 ・むしろ優秀で意欲もあるが、家庭の困窮で進学や学業持続が困難な学生をきめ細かく
  重点的に支援すべきではないか。
 ・また優秀な学生に留学などさらなる支援で出る釘を伸ばす支援の方が人材戦略として
  は効果的ではないか。
 ・安倍政権の「教育無償化」にはバラマキによる選挙対策の色彩?
・評価:✖️
 
3.   2019予算
 ・2019年度予算は史上最大の101兆4564億円。
 ・歳入は税収62.49兆。新規国債発行32.66兆(税収が増えたので、国債発行は3.1%↓)
 ・歳出は、社会保障34.59兆(自然増)、消費税対策2.28兆、防衛5.26兆など。
 ・社会保障改革手付かず。財政再建さらに遠のく。
・評価:▲
 
4.   技術革新による生産性の向上
 ー産業競争力会議報告 2018.6.15.
  ・「未来投資戦略218:”Society 5.0” ”データ駆動社会”への変革」

  ー「新しい経済政策パッケージ」(2017.12.8.閣議決定)
   ・2020までの3年間を、生産革命・集中投資機関とし、大胆な税制、予算、規制改革
   ・Society 5.0の実現に向け、最先端、総合取り組み
    第四次産業革命の社会実装、現場のデジタル化と生産性向上、データを共有財産とする
   ・GDP600兆実現

  ー生活と産業の変容
   ・自動化:移動、物流革命で人手不足、移動弱者解消
   ・次世代ヘルスケアシステム構築
   ・遠隔、リアルタイム化:地理的、時間的制約の克服
   ・経済の糧:分散型セキュリティー(ブロックチェーン活用)ビッグデータ活用
     エネルギー転換、脱炭素化イノベーション、Fin Tech, Cashless化
  ー産官協議会、未来投資会議
 ・評価:▲

5.  金融の出口戦略
 ・デフレ脱却をめざして黒田日銀がベースマネーの供給を増やしつづけた結果、今や、ベース 
  マネーのストックはGDPに匹敵する巨額に達している。リーマンショック後、超金融緩和で
  ベースマネー供給を増やしてきたが2015年にそれを停止した時のベースマネーストックは
  GDP 比で約2割。それでも出口戦略を完結するには10年以上かかるとされている。

 ・日銀はすでにGDPに匹敵するベースマネーを提供しており、出口戦略をいかに実現する
  かは想像を超える。大量の国債を市場で売却すれば価格が下がって金利が暴騰する
  リスクがあり、金利の正常化はマネタリーベース(大部分は銀行から預かっている当座預金)
  の金利を引き上げるので、日銀の経営を圧迫するリスクがある。

 ・田幡直樹氏は日銀保有国債の満期到来額を平準化し、市場と情報を共有しつつ再投資を漸次
  停止するなどの方法で混乱を最小限にできると提言している。これは平時ソフトランディング。

6.  出口戦略が機能しない場合のリスク
 ・異次元緩和にそもそも出口はあったか?
 ・390兆円の当座預金の金利1%↑でも4兆債務超過。莫大な評価損。
  2017.9.の質的緩和から長期国債購入↑。金利↑→評価損↑。
 ・藤巻健史氏:現在の日銀を破綻させて日銀の債務である通貨を解消。新しい日銀設立
 ・国民は税負担を忌避するので、財政再建は、ハイパーインフレで政府債務を圧縮=事実上、
  国民に政府債務を負担させるのが、打開策?
 
 ・評価:✖︎
 
   第三期安倍政権発足時の総合評価:  ✖︎、✖︎、▲、▲、✖︎ =25点
 
 
Ⅹ.   安倍首相が追求すべき真のレガシーとは
 1.  日本の深刻な累積財政赤字問題
 ・日本の財政は深刻な累積赤字問題を抱えている。累積財政赤字はGDP比220ないし240%
  (財政赤字の定義による)に達し、国際的にも歴史的にも最悪の状況。歴史的には敗戦後
  の205%をはるかに上回る。
 ・日本は1990年までは赤字比率はEUの財政基準をクリアーするほど低かったが、2000年には
  世界最悪となった。1990年以降、日本経済がほとんど成長せず、賃金に連動する社会保障
  拠出が伸びなかった反面、高齢化が急進して社会保障給付が膨張したことが、社会保障会計
  の赤字を急増させ、その差額を賄う国債発行が大きく増えたことが主たる要因。
 ・”失われた”期間に、日本の雇用と社会構造は大きく変容し、不安定雇用の増大で勤労世代の
  1/4ほどは家族の再生産が困難な状況に陥っている。

 2. 迫る財政破綻の危機
 ・2020年代前半には、70歳代の人口が急増するので、財政赤字の累積は加速すると予想される
  が、それは何らかのショックで財政破綻につながる危険を孕む。
 ・財政破綻のトリガーはいろいろあるが、高齢化の進展にともなって、現在1300兆円ほどの
  家計純資産総額の伸びが鈍化している反面、1200兆円ほどの財政累積赤字総額が増え続けて
  おり、今後、10~15年に両者が逆転する可能性が高い。そうなると新規に発行される国債
  を購買する国民の資金がなくなるので、海外投資家に期待することになるが、海外投資家
  は財政不安を抱えた国の国債を現行の”日銀相場”では購入しないだろうから、国債の利回り
  そして金利が高騰するおそれが大きい。それは政府の国債発行と民間の資金調達を
  困難にするので、財政破綻から経済破綻に陥るおそれが大きい。

 3.  財政ー経済破綻の怖さ
 ・世界では数年ないし10年に一度くらいの頻度で経済破綻が起きており、日本だけ例外では
  あり得ない。ロシア経済破綻(20世紀末)時は、GDP激減、平均寿命↓。
 ・日本はWWII直後、財政破綻に直面。政府債務は推計 GDPの205%(現在240%)。政府は
  財政破綻を避けるため、預金封鎖、新円切り替え、財産税で国民の資産を収奪。それは
  明治憲法下。今はそんな手段は取れないが、藤巻氏はハイパーインフレは同じ効果という。 
 ・危機サバイバルの手段:(1)農業で食料確保、(2)安全通貨(ドル?)保有、(3)
  仮想通貨?

 4.  財政再建問題に取り組まない安倍政権。
 ・安倍政権は財政再建に真剣に取り組まず、むしろ逆行している。2015年に予定されていた
  消費税引き上げを2回延期し、ようやく2019年に実行することにしたが、4年間の延期で
  財政赤字は約100兆円も増えた。
 ・また、2019年度予算では、消費税2%P引き上げから期待される5.6兆円を教育無償化や消費
  増税対策費などで増ほぼ相殺し、財政再建を遅延させている。
 ・累積財政赤字は、財政破綻のリスクだけでなく、世代会計で見た世代間の格差を極端に拡大
  しており、日本は世界でも、世代間で最も不公平な構造の国となっている。

 5.  財政再建こそ安倍政権の真のレガシー
 ・この深刻な財政問題は小手先の財政操作で解決できるような問題ではない。しかし、
  解決策はある。
 ・消費税を例に取るなら、1%は約2.5兆円の税収。20%は50兆円。これを24年続ければ1200
  兆円の財政赤字は吸収できる。高齢社会に増える相続税収も活用すれば再建は加速する。
 ・他方、国民に安心を提供して納得を得るためには、現在の年金、医療、介護、失業保険
  だけの社会保障でなく、生涯にわたるシームレスな「安心保障」システムを1200兆円
  かけて構築する。
 ・両面を50年かけて同時並行すれば、日本は財政再建と安心社会の構築を実現できる。これ
  は、付加価値税20%の成熟欧州諸国と同様な姿であり、半世紀をかけて「安心国家」を
  つくること、それこそ安倍首相が将来のために国民に残すレガシーではないか。

 5. 後継者の育成は最善のレガシー
 ・安倍首相が今ひとつ心がけるべきは、後継者の育成である。組織はGoing Concernである
  から、そのリーダーの最大の使命は後継者の育成と言われる。国家の指導者も同様。
 ・偉大なリーダーであった田中角栄氏は7奉行を育て、その中から総理大臣を輩出した。
  安倍首相自身も、小泉純一郎首相の後継者として帝王学を学ぶ機会を享受したのでは
  なかったか。
 ・その安倍首相について内外の関係者がもっとも憂慮しているのは後継者の不在であり、
  さらに言うなら、安倍首相自身が後継者の台頭を抑圧しているように見えることである。
  総裁選に挑戦した石破茂氏の処遇、安倍氏の意に沿わなかった小池百合子氏への対応など
  は残念な事例だが、安倍首相が国家の真のリーダーとして残すべきもっとも大切なレガシー
  は後継者であることを銘記すべきと思う。


Ⅺ.   世界経済の展望と課題
 1.  長期持続景気終焉の兆し
 ・世界経済はリーマンショックのを底にして、その後、アメリカ経済を筆頭に長期景気回復を 
  続けてきた。アメリカ経済は、2009.6を谷に景気回復をつづけており、2019.1で115ヶ月。
  もし2019.7まで続くと121ヶ月で戦後最長記録を上回る。日本経済は2012.12から景気回復
  がはじまり、2019.1.には74ヶ月で戦後最長になる。

 ・日本経済の長期景気回復は、四半期で連続マイナス成長がないという条件で達成されたもの
  で、6年間の成長は年率で1%前後の緩やかなもの。したがって好景気の実感がなかった。
  2016年後半からは成長率がやや高まったが、これは世界経済の好調を反映する面が大きい。
 ・長期景気回復は世界的に成熟段階に達している。それは労働需給の逼迫、資産価格の上昇、
  また期待成長率の漸減による投資活動の低下などに反映。長期景気が成熟してくると、
  何らかのショックで景気後退に陥る可能性が高まる。2019は長期景気が終焉するリスクを
  多分に含む展開に。

 2.  トランプの煽り景気とその反動
 ・トランプ政権は、その経済戦略として、大規模減税、大規模インフラ投資、高率関税付加。
 ・超完全雇用経済に大減税→インフレ加速。→減収と財政赤字。インフラ投資も同様。
  関税戦争はリスク↑→リスクプレミアム↑
 ・トランプ政策は世界経済に大きなリスク要因。景気後退の引き金引くおそれ大。

 3.  米金利上昇と世界景気下押し懸念
 ・トランプ政策による景気過熱を抑制するためPowell FEDは利上げ継続。それは必要。
  トランプ氏は利上げを批判しているが、利上げで抑制なければスタグフレーション。
 ・成長期待と貿易戦争リスクにPowell 利上げが重なって長期金利↑傾向。
  新興国や弱小国から資金がアメリカに流出→ドル高。借金国の財政破綻。世界景気後退。
 
 4.  Brexit, 貿易戦争の経済縮小効果
 ・Brexit、貿易戦争などは、世界経済縮小(成長率1~2%↓)とリスク↑

 5.  自国第一主義と国際協調
 ・世界景気後退への対応策、財政・金融政策での国際協調不可欠。
 ・トランプなど自国第一主義は国際協調を阻害し、景気後退への対応を妨げるおそれ。

 6.  狭まる選択肢と活路の可能性
 ・来るべき景気後退に際しては、リーマンショック時にくらべ、選択肢の幅が狭い。
 ・財政赤字↑で財政出動の余地少ない。アメリカ以外は超低金利で金利刺激の余地乏しい。
 ・狭い政策選択余地の中で、いかに景気後退を緩和し、景気回復をめざすかは大課題。

7. 総括展望
 ー長期景気の終焉:長期景気(アメリカ10年、日本6年)の成熟。
   労働力不足、不動産など資産高騰、成長期待↓で投資停滞。

 ー景気は減退?後退? ソフトランディング? ハードランディング? クラッシュ?
  ・10~15年後には財政危機(国民純資産総額<政府総債務)
  ・オリンピック後の不況
  ・2019夏のクラッシュ?(Bernankeコメント)
 
 ーハードランディングもしくはクラッシュのTriggerは?
 (1)トランプ経済政策の破綻:加熱景気、インフレ、金利↑、輸出↓、弱体国、債務国危機。
 (2)No Deal Brexitの衝撃:流通、金融に打撃、GDP:数%~1%↓
 (3)中国:景気後退、株価↓、(Yellen議長時、利上げを延期)
 (4)途上国、弱体国、債務国:通貨↓、インフレ↑、金利↑、→世界景気↓。
 (5)日本:異次元緩和の出口戦略機能せず、金利↑、円安⬇︎、crashの引き金も?

 ーTriggerはどう作用し、ハードランディング or クラッシュになるか:リーマン危機の教訓
  ・21世紀初頭、ITバブルから長期景気、成熟、加熱
  ・アメリカのサブプライム膨張、返済不能、2007 ベアスターンズ証券債務不履行問題
   メガ投資銀行に波及、リーマン破綻、AIG(破綻保険など)救済
  ・G20結成→国際経済協力(財政、金融)、中国4兆元(60兆円)景気対策など。
  ・波及:日本はサブプライム浸透なかったが、輸出↓で株下落最大。

 ー上記5つのトリガーは、いずれも世界景気ハードランディングの引き金を引き得る。

 ーリーマン時と現在の違い。
  ・リーマン時は経済にクッションがあった。高金利、財政力
  ・現在:低金利、財政赤字累積。クッションがない。
   ショックへの抵抗力、耐久力弱い。ハードランディングになりやすい。
  ・リーマン時、国際協力機構機能していた。
   今、国際協力は、トランプ流の自国中心主義、ナショナリズム台頭で阻害。

 ー景気後退は景気循環現象で避けがたい。
  ・安倍政権は、2019.10の消費税2%↑の影響緩和として消費税対策2兆円など。
   景気下押し圧力緩和への微調整に注力している時か?
 ーショック抵抗力、耐久力の不足、国際協力の機能不全を踏まえ、危機をどう克服するか。
  今年の最大課題。

 ー日本は国際経済協力で役割果たせる。
   TPP11(2018.12発効)、日欧FTA(2019.2発効)は重要な成果
   G20議長国(2019.6)に国際経済政策協調でリードすべし。
    G20に政策協議+監視機能機関を。(田幡直樹「日経」2018.12.22)
 

『激変する世界と日本の針路』(3)

本エッセイ「激変する世界と日本の針路」は、私が2019年1月28日に行った島田塾の年頭講演の講演メモを、今回から4回に渡って掲載するうちの第3回です。

Ⅴ.   北朝鮮の脅威と展望
ー北朝鮮問題は2018年の6月まで世界の最大の関心事だった。
・北朝鮮が米国に届くICBMの開発をほぼ完成させた?
・その事実を容認すれば、北朝鮮は”核保有国”になる。このやり方は世界に拡散する可能性が
 あり、世界全体の安全保障にとって重大な脅威になる。
・日本はアメリカの核の傘に守られて68年間、安全を享受してきた。日本にとっては、その核の
 傘が形骸化する恐れがあり、日本は戦後の米国に依存した安全保障戦略全体を見直さなければ
 ならないかもしれないという重大問題に直面する。
・2018.6.12のトランプ大統領、金正恩委員長の米朝会談以降、情勢はやや沈静化したが、朝鮮
 半島の”非核化”をめぐる本質問題は何も解決されていない。
・これまでの経緯を展望し、今後の展開と課題を考える。

 1. 核と弾道ミサイル開発に盲進する北朝鮮

 ー2017.11.29、北朝鮮は最新の火星15型弾道ミサイルの発射実験を敢行した。
  それはロフテッド軌道(真上に打ち上げ)で宇宙4800kmの高度に達した模様。
 ・韓国国防省の推定では、これは通常軌道だと1万3000kmほどは飛べる能力。
  その意味は重大だ。その飛距離は米国東海岸全域を射程内に収めることになるから。

 ー北朝鮮は真剣に核保有国をめざしている。核保有国とは仮想敵国から抑止されない
  核武力を持った国である。北朝鮮が核保有国化すると、アメリカは攻撃を抑制せざるを
  得ない。日本はアメリカの核の傘を抑止力とする日米防衛体制の下で平和を享受してきた
  ので、アメリカが北朝鮮の脅威に対して抑止力を使用しにくくなると日本の安全保障体制
  は根底から形骸化する恐れがある。

 ー北朝鮮が核保有国になると、イラン、サウジなどの紛争国やテロ集団など多くが北朝鮮の
  跡を追って核武装を求める可能性がある。今、北朝鮮の核保有国化を阻止しないと、世界
  の崩壊に繋がる核拡散は防ぎようがなくなる可能性がある。

 ー北朝鮮の創立者、初代労働党委員長の金日成の時代に、核ミサイル開発を構想したが
  国力がなく、夢物語だった。当時、友好国だったソ連、中国から技術面の支援が得られな
  かったのも困難の原因。1985年、北朝鮮はNPT(核不拡散条約)に加盟させられ、IAEA(国
  際原子力機関)の監視下に置かれた。
 
 ーしかし、冷戦終結(1980年代末)で、事態は大きく変化した。ソ連が崩壊し、同国の核
  ミサイル技術のノウハウが技術者と共に流出した。ちなみに核兵器の多くはソ連邦の一部
  (民族共和国)だったウクライナにかなり集中していたし、技術者も多かった。パキスタン、
  イラン、北朝鮮などは、これらの技術者の協力で核開発が可能になった面が大きい。新し
  い技術人材や資源を得て核開発に着手した北は1993年3月、NPTを脱退した。

 ー過去20年ほどの間に、下記のミサイルが開発された。
   ・スカッド(短距離弾道)最大射程 300~1000km
   ・ノドン(準中距離弾道)同1300km:日本全域
   ・テポドン1型(1500km):日本全域
   ・ムスダン(中距離弾道)2500~4000km →グアム
   テポドン2型(大陸間弾道)6000km
  ーしかしこれまで技術水準は低かったが、2017年5月頃からミサイル開発技術レベルが
   飛躍的に高まった模様。
   ・北極星1型。潜水艦から発射。SLBM: submarine launched ballistic missile
   ・北極星2型。2.21、5.12.発射。北極星1型を地上型に改良。固体燃料、移動自由
     発射位置特定しにくく、攻撃されにくい。実用性は高い。
   ・火星12型(グァムを射程)、ムスダンの後継、ロフテッド軌道で、5.14発射。
     なお、8.19、9.15にも発射。ロフテッド軌道。日本上空通過、襟裳岬沖。
   ・火星14型(ICBM) 7.4,  7.28発射。アメリカ本土ほぼ全域射程内に。
   ・火星15型(ICBM) 最大飛距離13000km。東海岸含むアメリカ本土全部。

2.  北朝鮮はなぜ弾道ミサイルと核の開発に執着するのか

  ・第二次大戦後74年がすぎ、朝鮮戦争勃発から59年が経過しているが、朝鮮戦争はまだ
   終わっていない。朝鮮半島では1953に南北朝鮮間で休戦協定が結ばれたが、未だ38度線
   の休戦ラインを境に南北は軍事的に対峙している。

  ・その現実の中で、国家体制存続の保証を取り付けるためアメリカに核ミサイル保有に
   よる核武力を認知させることが唯一の体制保障になるとの戦略に固執している。

  ・中国は、朝鮮戦争の際、人民解放軍の義勇兵(実際には中国軍)を大量に送り込み
   北朝鮮を助けた。この共闘は”血の同盟”と言われた。ソ連は、最新鋭のジェット戦闘
   機部隊を戦略的に派遣し、北朝鮮と中国の同盟軍を支援した。中ソの参加と支援が
   あって朝鮮戦争は初めて休戦に持ち込むことができた。

  ・そのソ連が、まずゴルバチョフ時代、北朝鮮を見限って韓国に接近し、1990年に韓国と
   国交回復をした。1992年には韓国ロシア基本関係条約が締結された。中国も1992年
   に韓国と国交を樹立。1998年には中韓協力パートナーシップ、2008年には戦略的
   パートナーシップを締結し、互いの経済交流を深めている。こうした動きは北朝鮮か
   ら見れば裏切りの驚愕。そうした中で北朝鮮は事実上、国際的に孤立化した。
3.    北朝鮮を誤解させたアメリカの対北戦略とトランプ大統領の登場

    ・北朝鮮が核開発に着手し始めた1994年、クリントン政権は北朝鮮と核開発の凍結・国交
   正常化の道筋をつける合意。それを反故にされたので、北への武力攻撃を考えたが、韓国
   で100万人規模の犠牲者が出るとの情報で中止。カーター特使を派遣して金日成とアメリカ
   の派兵停止と核開発の代わりに軽水炉援助の「米朝枠組み」合意。しかし、その後、北が
   核開発凍結を破棄。枠組みは崩壊。2003年から6カ国協議で北が時間稼ぎの食い逃げ
   外交。ブッシュJrJ大統領は北朝鮮をイラク、リビアと並べて「悪の枢軸」と非難しテロ
   支援国家に指定したが、2008年に取り下げ。オバマ大統領は、北への軍事力行使という
   オプションを完全に放棄し、”戦略的忍耐”。。

  ・こうした対応が20年以上も続いたため、北朝鮮の内部には一つの神話ができたのでは
   ないかという観測。それは、北朝鮮が何をしてもアメリカは武力攻撃はしてこない。
   「アメリカが北を怖がっているからだ」という考えがあったとすれば、それは妄想。
   ただ、日本がかつて、生産力が10倍も大きいアメリカを相手に太平洋戦争に挑んだ頃
   の日本のメディアの喧伝や軍部の戦略判断を思いやると、北朝鮮の”妄想は四半世紀の
   経験の基づいているだけ、日本のかつての経験より”実証的”かもしれない。
       ・2017.1.のトランプ大統領の登場を契機に、アメリアかはこれまで24年間の実質的放置か
   ら軍事力の行使も辞さない姿勢へ大きくを舵を切った。トランプ氏は独特のツィッターを
   使った”口撃”も繰り返しており、レトリックが激しい。例えば、2017.7に北朝鮮がグアム
   島攻撃を示唆した際には、「世界が見たこともないような炎と怒りに包まれるだろう」と
   述べ、また2017.9.19の国連演説では「防衛のためには、北朝鮮を完全に破壊する以外、
   選択肢はない」と公的に威嚇した。

4.    北朝鮮を非核化できるか
 ・”すべてのオプション(手段)はテーブルの上にあるとして軍事攻撃も示唆。
 ・軍事攻撃の前に、国連などを使った外交非難と忠告。ならびに経済制裁による圧力

 ・軍事手段としては、(1)先制攻撃で国境付近の砲撃能力を壊滅、そしてミサイル発射
  装置の破壊、すべての攻撃能力の排除、(2)斬首作戦として金正恩への直接攻撃。但し、
  これはその後の混乱が大きい。(3)外科手術(surgical strike):まずサイバー攻撃で
  北朝鮮の情報機能を麻痺(手術の前段の麻酔に匹敵)させ、強力な戦力で北朝鮮の
  戦力を完全破壊、などが考えられ、計画された。
 
 ・一方、金正恩はこれまでの対米経験を踏まえ、米国の意思と能力を侮っていた可能性。
  米国が本気になるとどれほど怖いか、をトランプ政権とのやりとりの中で自覚。米国は
  軍備(Bi, Fシリーズ、ミサイル、空母)を持つだけでなく、毎年のように実戦している。
  実戦で鍛えられた戦力ほど強力なものはない(小泉首相)ことを自覚して直接交渉を
  模索した?
 
5. 米朝首脳会談への道

 ・冬季五輪が韓国平昌で開催される機会に、北朝鮮チームを招きたいと文在寅韓国大統領が
  懸命なラブコール。文在寅氏は人も知る熱烈な親北朝鮮派。北朝鮮は渡りに船と融和攻勢。
  南北朝鮮は急遽、合同チームで五輪参加。北朝鮮からは音楽隊の応援団も参加。

 ・訪朝した韓国特別使節団訪朝に北朝鮮金正恩委員長が直々の会談。金委員長がトランプ
  大統領に会いたい旨を語る。トランプ大統領が、金委員長の思いを伝えに訪米した韓国特別 
  使節団代表に3月8日、金委員長と会談の意向表明。トランプ氏は会うと即答。その件を
  特別使節団代表にWHのWest Wingで記者団にブリーフィングさせるという特別扱い。

 ・金正恩委員長が3.26~27、極秘裏に北京に習近平国家主席を訪問。習近平主席は、父親が
  厳しくかつ優しく諭し迎えるような対応だったという。金正恩の核ミサイル実験で何度も
  メンツを潰された習近平氏との関係修復。トランプ氏に会う前に後ろ盾が欲しかった?

 ・4/27、板門店で南北朝鮮首脳会談。30年ぶり。当日は快晴。文在寅大統領と金委員長が
  手を取り合って38度線を越えるという演出。全世界にTV実況中継。しかし、会談の結果
  は具体策なし。南北の合意は(1)非核化によって核のない朝鮮半島を実現する共同目標。
  (2)今年中に”終戦”を宣言し、休戦協定を平和協定に変換。その他。非核化の具体的
   段取りなどは米朝首脳会談に先送り。

 ・米朝首脳会談は6/12にシンガポールで開催決定。5/25、トランプ大統領が、金委員長
  のメッセージを問題として、突如、会談の中止を発表。トランプ氏独特の脅し取引。
  金委員長、文大統領の支援要請。5/27、金委員長、文大統領の再会談。また習近平
  主席をも訪問相談。
 
6.  米朝首脳会談とその結果
 ・6.12. 米朝首脳会談。全過程をネットで中継する演出。会談の結果、共同声明。内容乏しい。
  要点は二つ(1)トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えることを約束、(2)金委員長 
  は朝鮮半島の完全非核化への確固で揺るぎのない約束を再確認した。

 ・この会談結果には、重大な欠陥がある。それは最大課題であったはずの非核化の具体案、
  手続き、スケジュールなどについて一切言及がなかったこと。非核化については”確固で
  揺るぎない約束の再確認”という口約束にもならない文言が声明文に書き込まれただけ。

 ・しかも会談後、記者会見したトランプ氏は上機嫌で、北朝鮮は正しい方向へ進めば素晴
  らしい国になる、北朝鮮の今後の経済発展のためには韓国と日本が経済支援をすれば良い、
  米韓軍事演習は費用もかかるので、やらなくても良い、などとアドリブでコメントし、
  関係者を驚愕させた。

 ・会談は今後もやろうという含みを残し、これからの詳細な詰めは、Pompeo国務長官と
  北朝鮮の担当高官の協議で行うこととされた。トランプ大統領は、最大の関心は11月の
  中間選挙であり、米朝会談の成果は、”もうアメリカに北朝鮮のICBMは飛んでこない”
  と胸を張ることであったのかも。

 ・2018年年末にかけて、金委員長から会談の打診があり、トランプ氏も関心を示しているが、
  Pompeo長官らとの事務レベルの折衝では、北朝鮮は(1)非核化については具体的な対応
  を示さず、(2)経済制裁の停止が前提、という主張で、米朝はかみ合わず、どのような展開
  になるか不透明。北朝鮮は金日成・クリントン大統領の折衝以来、約束を守ったためしが
  ない交渉巧者であることも多いに念頭に置くべきか。

 ・2019年2月末をめどに、2回目の米朝首脳会談を、ベトナムで開催する方向。両者の思惑。
  トランプ氏:壁問題など制約される内政の不評を、外交で得点ねらう?
  金正恩氏:第一回首脳会談で政体保証や米韓演習中止を引き出し、さらなる成果を?
 ・米朝会談の結果、核・ミサイル実験の危険は↓。しかし非核化のプロセスには時間が
  かかる?

7.  北朝鮮問題の今後と日本の役割

 ・北朝鮮の核・ミサイル開発は、世界の安全保障体制に重大な危険をもたらすと懸念された。
  危険をとり除く鍵は、北朝鮮の”非核化”である。2018.6.12の米朝会談への世界の期待は、
  トランプ氏が北朝鮮の非核化についてどこまで具体的な約束を取り付けるかに注がれた。
  米朝会談では、上述のように具体的な約束はとりつけられなかったが、非核化が問題の核心
  であることに変わりはない。
 
 ・その後の米朝交渉では、北朝鮮は経済制裁の停止を要求する一方、非核化については具体的
  な対応を示していない。北朝鮮は非核化についてはこれまでも約束破りを繰り返してきた狡猾
  な交渉者なので米朝の折衝も成果を挙げられるかは不明。

 ・北朝鮮は、今回の一連の交渉で、朝鮮半島に「終戦」をもたらしたいとしている。終戦が
  確定すれば、日本に対して正式に賠償請求ができると期待しているのだろう。日本と韓国は
  朴正煕大統領の時代、日本は平和条約を結んで多額の援助をし賠償問題には決着を着けた。
  それがこれまでの日韓の理解だったが、文在寅大統領は、慰安婦問題、徴用工問題などで
  も、決着済みの問題を一方的に蒸し返して日本に大きな賠償を迫るという挙に出ている。
  終戦で南北平和条約が結ばれれば、北朝鮮はかつての日本の”侵略”にたいして法外な賠償
  を求めてくる可能性がある。

 ・2018.6.12の米朝首脳会談後の記者会見で、トランプ氏は北朝鮮の今後の経済発展のため
  には日本や韓国が経済援助をすれば良い、と口走った。日本がそうした援助をするため
  には、どのような条件が必要か?

 ・北朝鮮と日本の間には、拉致問題をはじめ、深い溝がある。日本が経済援助を可能に
  するような相互理解や相互信頼は醸成できるのか。本格的な研究が必要だろう。 

Ⅵ.   プーチン・ロシアの現況と北方領土問題

 1.  プーチン第四期政権の展望と課題

  ー2018.7. 島田村塾ロシア研修訪問
     ー プーチン政権 第一、第二期(2000→2008)
   ・原油、LNG価格などエネルギー価格の持続的上昇による高度経済成長、年7%
    2000~2008で、GDPは83%増大、所得↑、中間層↑、貧困率↓。
   ・2008年訪問時のエピソード:”プーチンストップ” ピロシキ屋のプーチン絶賛

  ーメドベージェフ政権(2008→2012)
   ・2008年9月、リーマンショック⇒2009年GDP ー7.9%
   ・しかし平均4%程度の成長は確保

  ープーチン第三期政権(2012→2018)

   ・メドベージェフ政権時代に憲法改正、大統領任期を4→6年に。
   ・首相から大統領就任、全国で批判噴出、大規模デモ↑
   ・Hillary Clinton国務大臣が支持を公言したことをプーチン氏は根に持つ。
     Hillary Clinton(オバマ政権(2008→2016)氏らの扇動と認識。
   ・2014年3月、クリミヤ併合、西側諸侯はアメリカ主導で経済制裁
    →2015、2016年は経済縮小(マイナス成長)、2017年はようやく1.5%

  ープーチン第四期政権(2018→2024)
   ・経済戦略:大統領令の国家目標
    (1)経済成長、経済安定
     世界5大経済大国(韓国や英国抜く)、インフレ4%以下、世界平均以上成長率達成
    (2)人口増加、国民生活水準向上
     人口持続的自然増、寿命78才へ(現在72、M67、F77)2030までに80才。
      実質所得の持続的↑。インフレ以上の年金伸び確保、貧困半減。
    (3)快適な生活環境:住宅環境と自然環境改善

   ・総合構造改革が必要、Alexei Kudlin前財務相主導の戦略策定センター
     これまでも同様な目標→プーチン戦略体現していたが実現していない。
    ・第一次2010年発展戦略(2000策定)、第二次2020年発展戦略(08策定)
     ・第三次発展戦略諸機関で論争が、今回の第四次2024発展戦略(2018策定)に続く?

  ー年金問題で支持率急落
    ・メドベージェフ首相、2018.7.年金支給開始年齢引き上げ発表
      M:60→65(2028まで)、F:55→63(2034まで)、国民反発、全国デモ。
      プーチン支持率、80%→60%へ。
    ・年金問題でプーチン大統領が条件緩和
     2018.8.29. プーチン大統領は国民の反発を意識して、これまで提示していた
     年金支給の開始年齢引き上げ 55才→63才を、55歳→60歳とすると修正。
     それでも国民の不満は高まったまま。
    ・ロシアは財政赤字はわずかだが、貧弱な社会保障にしわ寄せ。

 2. プーチンロシアの他国評価と自己認識
  1)西側諸国のイメージとプーチン政権の自己認識に大きな乖離
   ・西側諸国から見ると、プーチン政権の外交戦略は、攻撃的、侵略的、非民主主義、
    人権無視。スパイ活動など。 深刻な脅威。当然、制裁(経済、軍事)の対象。
    そもそもNATO(北大西洋条約機構)は冷戦時代以来のロシア(旧ソ連)の
    軍事的脅威に対抗するために創設された。

  ・プーチン政権の自己認識は全く異なる。正反対
     西側諸国による政治的、思想的脅威。それはロシア国民の一体感と団結を
     崩す恐れ。裏庭から侵食。自己防衛のために強圧的、攻撃的手段も必要。

 3. プーチンロシアの攻撃的な安保・外交戦略の例
   ・チェチェン共和国への攻撃(1994~96、1999~2000) 
   ・グルジア(ジョージア)のバラ革命(2003)
   ・ウクライナのオレンジ革(2004)
    ⇒これらはカラー革命と呼ばれ、ロシアは包囲されているとの被害者意識↑?
     Hillary国務長官が後ろ盾と警戒。
   ・グルジア攻撃(2008.8 北京オリンピック時)南オセチア、アブハチア独立宣言           
   ・クリミヤ併合(2014.3)   
   ・東ウクライナ容喙(2014)  
   ・シリア、ISへの政治、軍事介入(2009)
     オバマ大統領が、アサド政権がRed Line(化学兵器を民間人に使用)を超えたのに
      攻撃を逡巡した時、プーチンはすかさず介入して指導力発揮
   ・アメリカ大統領選(2016)へのサイバー介入の疑い
     ロシア側の意図:Hillary Clintonだけは排除すべし?
     Hillaryでなければ良い。トランプは利益取引型(Deal)なので与し易いかも。
     トランプ陣営は皆素人。フリン補佐官、クシュナー、トランプJrなど
     プーチン陣営はトランプ側の実力評価せず、相手にせず。
 
    ー欧州選挙(2017)への介入の疑い。ロシア、EUの弱体化画策
     マクロン大統領(2018.1)偽ニュースから民主主義守る法制度導入表明
     米英仏がロシアの情報工作対策に乗り出す。
     クレムリンのプロパガンダ(政治宣伝)機関と批判される国営対外発信メディア
      「RT」や「スプートニク」の監視強化、包囲網を狭める。
 
    ・プーチン(2018.3.1)年次教書発表:
      通常の倍2時間演説、40分、兵器詳説
      新型ICBM開発発表、複数核弾頭搭載。米国ミサイル防衛網(MD)も突破。      
 
    ・英国で元スパイの毒殺未遂事件(2018.3)
 
    ・周辺小国への脅威(ジョージア、マケドニア、バルト三国)
       プーチン第四期。経済低迷は不可避。大国意識と強い指導者のアピール
       対外(周辺小国)への強圧的行為に出る危険意識。

    ー西側諸国のロシア脅威感
      ・民主主義否定、
      ・人権否定
      ・国際法違反:力による現状変更(1928パリ不戦条約違反)
      ・経済制裁の正当化と執行

    ー抜きがたい地政学的被害者意識
     ・西側諸国の介入、浸透、侵蝕への警戒、恐怖感
     ・NATO軍事包囲網への対抗
     ・ロシアの価値観、国家主義、一体感の侵蝕。政権基盤の弱体化
     ・ロシアの懸念と論理は理解できるか、共有できるか。ロシア理解には必要?

 4.  プーチン・安倍会談と北方領土問題
    ー安倍首相は就任以来、ロシアとの北方領土解決に熱心に取り組んで来た。
     プーチン大統領との会合は、2019.1会談で25回目。
           ー本題の北方領土問題は、WWII後、ソ連はSF平和条約に調印しなかったため、
     日ソは別途、二国間での平和条約締結をめざし、1955年に交渉を開始。しかし領土
     問題では決着がつかず、翌1956年10月にモスクワで平和条約でなく日ソ共同宣言に
     調印。共同宣言では歯舞群島と色丹島を平和条約が締結さらた後に引き渡すと
     された。日本は鳩山首相、ソ連ブルガーニン首相らが出席。

    ー1993年10月、エリツィン首相来日、細川首相との間で「東京宣言」に調印。宣言では 
     「両国は過去の遺産は克服すべき。北方四島の帰属について真剣に交渉。この問題を
     解決することにより平和条約を早期に締結するよう交渉を継続する」とした。東京
     宣言後、両国の空気は改善し、1998年4月の橋本・エリツィン会談では、領土問題
     は解決寸前に近づいた。そこでは橋本首相が「日ロ間で締結する平和条約で、領土
     問題は別途日ロ間で合意するまで、日本はロシアが四島で施政権を行使することを
     認める」と提案。エリツィン大統領はこ「面白い」としたが、同行の報道官がこれを
     国に持ち帰って検討するよう進言し、その場で合意はならなかった。もし合意して
     いたら領土問題は大きく前進した可能性。この時期はロシアが経済的苦境にあり、
     日本と協力的な関係を欲したいた稀有のタイミングだった。

    ーエリツィンから大統領職を引き継いだプーチン氏は領土問題に関心が深くまたもっとも
     勉強した大統領。彼はロシアは交渉には応じるし、解決への意思もある。しかし
     ロシアには受け入れ可能な妥協が必要。いわば柔道の「引き分け」のようなもの
     が必要、との考え。

    ー安倍首相は領土問題に強いこだわりがあり、2016年5月、プーチン氏に「双方が
     受け入れられる解決策」に向け「新たな発想のアプローチ」で交渉を加速する提案。
     プーチン氏も賛成し、それ以降、頻繁に接触。同年12月にはプーチン大統領を自らの
     故郷の山口県長門市と東京に招き会談。両国で「共同経済活動」を検討する合意。

    ー領土問題は、平和条約や経済協力も合わせ、双方が合意できるような形を創出する
     必要。交渉上の立場には互いの経済条件も影響。当面は返還の可能性は乏しい?
     また返還にはメリットもデメリットもある。しかし、国境や領土問題は法と正義に
     照らして主張しつづけるべき。

    ー2018.9.12ウラジオストックで開催中の「東方経済会議」に出席していたプーチン
     大統領は、安倍首相、習近平氏と同席のパネルで、まったく前触れなしに「日本と
     無条件で平和条約を締結してはどうか」と爆弾発言。
    ・日本は領土問題を解決してから平和条約を結ぶという立場。換言すれば、領土問題
     の解決は平和条約の前提条件、という立場なので、プーチン氏の発言をそのまま
     受け入れるわけにはいかない。日本政府は同氏の真意を分析中。

    ー2018.9.16. 日露両政府と企業は、82件の経済協力に関する合意文書を交わした。
     8項目の協力分野:医療、都市づくり、中小企業交流、エネルギー、ロシア産業
     多様化、極東の産業振興、先端技術、人的交流。日本側企業にはなお慎重論も。

    ー2018.11.14。安倍首相とプーチン大統領は、シンガポールで会談。安倍首相は1956
     の日露共同宣言を基礎に平和条約交渉を進めていく考えを示した。同共同宣言には
     平和条約締結後、歯舞、色丹2島の引き渡すとされている。プーチン大統領は引き渡し
     ”主権”の返還を意味しないとの立場。安倍首相は2021年の任期中に歴史を一歩進め
     たい、との思い。
    ー2018.12.1.安倍首相はプーチン大統領と会談。平和条約と領土交渉は今後、外相
     以下事務当局の交渉で詰めていく方針合意。日本政府の4島返還主張は消えた?
     安倍首相サイドは「2島+アルファ」の思惑?

   ー2019.1. 14:事務レベル交渉:河野外相、ラブロフ外相。
    ・ロシア側主張:大戦の結果、北方4島はロシア領土。ロシア主権を前提にすべし。
    ・日本側主張:4島は歴史的に日本固有の領土。56年共同宣言は平和条約後、歯舞、色丹
     返還を明記。
   -2019. 1. 22安倍ープーチン会談(25回目)
     ・平和交渉と日露経済協力に重点、領土問題は?
     ・2019.6にまた首脳会談、それをめざして息長く準備
 

『激変する世界と日本の針路』(2)

本エッセイ「激変する世界と日本の針路」は、私が2019年1月28日に行った島田塾の年頭講演の講演メモを、今回から4回に渡って掲載するうちの第2回です。

3. メルケル政権後のドイツ

 1)2017.9総選挙の与党大敗からメルケル退陣へ
 ・2017.7に島田村塾はドイツに研修訪問をした。4年に一度の総選挙を2ヶ月後に控えて、
  ドイツは選挙モード一色だった。その中で印象的だったのは、メルケル氏が4選するとの
  見方が多かったことだ。
 ・メルケル首相は、中東などから大量の難民・移民が欧州をめざして流入し始めた2015年に、
  人道的立場から彼らを受けいるべきと主張し、EU各国に受け入れの割り当てを提案する
  に及んで、EU諸国のみならずドイツ国内からも強い批判を浴びて人気が急落した時期が
  あった。メルケル首相はその後、受け入れ政策に慎重になったが、そうした負の遺産が
  あるにも関わらず、選挙に強いメルケル氏の”神話”はなお健在に見えた。
 ・メルケル氏は牧師の娘で東ドイツ育ち。ライプツィヒ大学物理学部卒の理化女。ドイツ統一
  を成し遂げ、Euroに道を開いた大政治家Helmut Kohl氏の寵愛を受け、出世街道を駆け上り
  CDUの代表。社民党のSchroeder政権後、ドイツ連邦首相になって3期12年連投した。
 ・その間、リーマンショック後のドイツ経済の復活に尽力、Euro圏を危機に陥れたギリシャ
  問題を決着させ、また東ウクライナ紛争ではモスクワとウクライナのシャトル外交でプーチン
  と渡り合ってミンスク合意を取り付けるなど輝かしい業績は枚挙にいとまがない。EUを
  代表する大政治家の評価。
 ・そうした栄光が今なおメルケル神話を定着させているのかと思えた。
 ・ところが選挙の結果は、メルケル率いるCDU+CSUの大敗だった。各党の得票は以下の通り
           1.  CDU+CSU    32.9 %(―8.6%)     246議席(ー65議席)
     2.  社会民主党(SPD) 20.5%(―5.2%)  153議席(ー40議席)
     3.  AfD 12.6%(+7.9%)   94議席(+94議席)
     4.  自由民主党(FDP) 10.7%(+5.9%)  80議席(+80議席) 
     5.  左翼党(Die Linke)  9.2%(+0.6%)  69議席(+5議席)
     6.  同盟(Bundnis) 90+緑の党(Die Grunen)8.9%(+0.5%)  67議席(+4議席)
     ・CDU+CSUの大敗とは対照的にAfDの驚異的躍進が目立った。AfDは移民排斥を唱える
   ナショナリスト政党。ドイツの選挙制度では、連邦レベルで5%以上の得票率を得ないと
   国政に参画できない。AfDはそれまで地方の小政党だったが、今回の総選挙で一気に第3党
   に躍り出た。ドイツの選挙民がどれだけ移民受け入れの負担を忌避していたかが浮き彫り
   になった。対照的に、移民受け入れを唱えてきたメルケル氏に世論は背を向けた。
  ・CDU+CSUは第1党であってもそれだけでは過半数を取れないので政権は担当できない。
   これまで12年間連立を組んできたSPDが大連合を組んでくれれば政権を担えるが、Shultz
   氏率いるSPDは今回は頑ななに大連立を拒否した。大連立ではCDUの影に隠れて選挙民に
   アピールできない。これまでも独自性を出せなかったが、今、大連立を組むと、次の選挙
   では埋没どころか消滅さえしかねないという危機感をSPDは抱いていた。
 
  ・メルケル氏はやむなくFDP(自由民主党)とDie Grunnen(緑の党)と連立のための交渉
   を開始した。しかし、両党とも、CDUとは政策が大きく異なるので、連立交渉は不調に
   終わった。総選挙が済んで、3ヶ月近くが経とうというのに、連邦政権が組成できないと
   いう事態は歴史的にも空前の異常事態である。内外から決められないドイツの政治に対
   する批判は当然高まった。
  ・そうした中で、12月に入ると、シュルツ党首が、連立は必ずしも拒否はしないという姿勢
   に変化した。拒否はしないが、埋没を避けるために政策や人事で多くの要求を突きつけ
   た。何回も何時間にもわたるトップ交渉で調整が行われた。それだけでは済まず、地域
   組織や一般組合員の了承も得なくてはならなかった。2018.3.4に発表された最終的な党員
   投票の結果、ようやく大連合が了承された。総選挙から実に半年が経過していた。
  ・大連立内閣の構成は、多くのメルケル反対派が要職を占めており、メルケル首相の指導力
   はひどく低下していた。また、空費されたこの半年の間に、メルケル氏の求心力は著しく
   低下、ドイツの国際政治におけるプレゼンスも矮小化した。  
 
 2)ドイツ政治の立て直しと復権は?
  ・大連合はようやく成立したが、その前途には、選挙民の厳しい審判が待っていた。
   2018.10.14 南部バイエルン州の州議会選挙は、同地域を牙城とするCSUが大敗。
 
  ・得票率は、CDU+CSU37.2%(前回に比して-10.5%)、SPD9.7%(-10.9%)
   対照的に、緑の党17.5%(+8.9%)、AfD10.2%(+10.2%)
  ・さらに10.28のヘッセン州議会選挙でも、メルケル氏率いるCDU+CSUと大連合を
   組むSPDは大敗した。
  ・大連合再成立にいたるまでの半年以上かかった迷走はCDU+CSUとSPDという既存大政党
   に対する選挙民の失望を買い、さらに2015年にメルケル氏が主唱した難民の積極的受け
   入れ方針に対する国民の反発は深く潜行していたと言わざるを得ない。
  ・これらの選挙結果を受けて、10.29、メルケル首相は、CDU党首の座を降りること、
   しかし連邦政府首相の職務は2012年末の任期満了まで務めることを発表。
   メルケル氏は、CDU代表の後任候補としてメルケル氏が長年嘱望してきた
   Annegret Kuramp-Karrennbauer(AKK)氏を推すことを明らかにした。メルケル氏
   は残る任期を首相として政務を全うすることで、AKK氏が党務に注力できる環境を
   用意する?。
  ・AKKは、2018.12.7.CDU党大会での党首選で、決選投票の結果、党首に選出された。
   彼女の当面の仕事は、CDUの団結であり、最大の課題は、ドイツ連邦の政治的再集結。
   AKKはCDU幹事長に、政府の難民政策を批判してきた若手のツィーミャク氏を登用して
   党内融和を演出。メルケルの中道左派路線を継承するAKK氏には、左右の反発が一層
   強まることも予想され、ドイツの統合と復権の前途は容易ではない。

4. マクロン改革は実現可能か
 1)マクロン大統領誕生と果敢な改革
 ・2017年4月13日、フランス大統領選挙の第一回投票が行われた。その結果、驚くべき地殻
  変動が明らかになった。それはこれまでのフランス政治を支えてきた共和党と社会党という
  伝統的な大政党が大きく後退し、極右、極左や新興政党が躍進したこと。以下参照。
             マクロン       24%
             ルペン        21.3%
             フィヨン(共和党)  20.0%
             メランション(極左) 19.6%
             アモン(社会党)   6.4%
 ・誰も過半数を取れなかったので、マクロン氏とルペン氏による決戦投票が5月7日に行われた
  その結果は、大方の予想を超えてマクロン氏の圧勝となった。
     マクロン 66.1%(2075万票)、ルペン 33.9%(1064万票)
 ・エマヌエル・マクロン氏:39歳、オランド政権の経済相、中道系独立候補。対するマリー・
  ルペン氏が勝てば、彼女の主張にしたがってフランスもEU離脱をする可能性があった。
 ・マクロン氏の政策構想は大胆で画期的だが、実現可能性について、また大統領の実行力に
  ついて当初、内外から疑義が提起された。
  例えば、マクロン氏は EUを連邦型にしたいと主張。そのためにはEUの財政統合を進める。
  具体的にはEU予算、財務相を置き、銀行同盟で規制と監督を強化するなどである。
  これに対して、理想は良いが、膨大な予算負担と事務量が必要となり非現実的。例えば、
  EU予算のために、フランスは現在の国家予算の半分もの付加的負担が必要になるとの批判。
 ・また、国内改革できるか?硬直的労働市場、莫大な政府部門とその非効率性、それらを解決
  することが宿題なのではないか、といった批判。さらにマクロン氏は政治基盤がないので、
  そうした改革を主張して国民の支持得られるか?国民議会選挙で勝てるか、などの疑問。
 ・こうした懸念や批判を尻目に、マクロン氏は2017年6月の国民議会選挙では、大統領の
 「共和国前進」が308議席と過半数(総数577議席)を獲得、中道連合を入れると350議席で
  6割を占めた。既存の共和党は113席、社会党は29議席、極右ルペン党首率いる国民戦線は
  わずか8議席にとどまった。
 
 ・マクロン大統領は議会で過半数と獲得したので、公約の公務員削減、財政再建、労働
  時間規制の柔軟化などこれまで主張してきた大胆な構造改革を提案。これにより、生産性
  を高め、フランス経済の再生を図る方針を強調した。
2)マクロン大統領のEURO圏改革案
 ・マクロン大統領は2017年9月26日、ソルボンヌ大学での講演で、 EUの統合深化策について
  画期的な提案を行った。その要点は以下のとおりである。  
    ・各国共通防衛予算
    ・急進的技術革新担うEUの専門機関
    ・利益あげた国での課税(グローバル企業のタックスヘブン利用阻止のため)
    ・法人税率統一(低税率国で生産:social dumping防止)
    ・富裕層減税capital gainsに同一税率(flat rate)
 ・マクロン大統領の改革提案は急進的でプロビジネスである。マクロン氏は大統領当選
  当初、既存の政治基盤を持たず、また政治指導力も未知数だったので、同氏が主張する
  改革が実行・実現できるのかについて懐疑的な見解が多かったが、その後、マクロン氏は
  国内のパワーネットワークをかなり掌握しており、意外にしたたか、という評価が増えて
  いる。 
 ・国内政治で地歩を固めつつ、特に、ユーロ共通予算の編成とユーロ財務相ポストの新設
  など懸案の財政統合に踏み出すものと見られる。一方、ドイツの選挙後、求心力が低下した
  メルケル首相も、マクロン氏の唱えるEU条約改正への取り組みには一定の理解を示して
  いる。

3) マクロンの成果と課題
 ・マクロン大統領は、内政と外交で目覚ましい成果を挙げてきた。
 ・内政では、フランス経済の効率化の一環として、労働改革を提起。鉄道ストライキなど
  労働組合の激しい反発を受けながら、労働組合トップとの交渉で労働条件の弾力化など
  の合意を獲得して労働法大改正への糸口をつけた。
 ・就任1年で、テロ対策法など20本の法律制定もしくは改正を達成。
 ・いよいよ公務員の削減という大課題に取り組む。
 ・外交でも存在感。メイ首相が国内の反対でトランプ大統領を国賓として迎えららなかった
  のに対し、2018.4.14.パリ祭の機会にトランプ氏を国賓として迎え最大級の歓迎をする一方
  で、トランプ氏を前に、自国中心主義を批判、国際協調の重要性を内外にアピール。
 ・2018.11.11.第一次大戦勃発100周年記念式典をパリで開催。各国首脳を招いた席で
  「古い悪魔が再び目覚めつつある」とナショナリズムの台頭に警鐘。
 
 ・その一方で、問題も。
 ・閣僚の相次ぐ辞任。2018.10初頭、Gerard Collomb内務相、Nicolas Hulot環境相、Laura
      Fresselスポーツ相。マクロン氏の政治手法に反発。
 ・ミスや失言が不人気や批判を呼ぶ。:子供が”Manu”と呼んだのに対して大統領閣下と呼べ、
  と叱責。議会をベルサイユ宮殿に呼びつけて説諭、人々を”彼らは無意味だ”と批判。

4)大衆の反発とマクロンの挫折?
 ・2018,11月末からパリを中心にフランス各地で大デモ勃発。毎週末、大動員。
  断続的に二ヶ月続く。12月はじめのデモでは死者3、数百人が重軽傷。デモ隊は
  一様に黄色のベストを着ているので、gilets jaunessと呼ばれる。政府は非常事態を宣言。
 ・彼らの直接の主張は、マクロン大統領が提起した”燃料税引き上げ”への反対。
  燃料税引き上げは、マクロン政権の財政健全化の一環。政府赤字のGDP比を3%以内に
  抑えるというEU財政規則遵守のため。しかしガソリン代の引き上げは、車依存度の高い
  庶民とくに農業者や商工業者には大きな負担。
 ・一方でマクロン大統領が就任早々に富裕層に有利な税制改正をしたことが社会的不満を
  蓄積していたところに、燃料税引き上げで、庶民の生活を不当に圧迫するとして不満が
  爆発。
 ・マクロン大統領はもともと富裕層や大企業を大切にし、庶民や労働者階層を犠牲にする
  とのイメージを持たれており、投票者の48%とされる反マクロン派の存在を軽視した
  とも言える。
 ・2018.12.4. マクロン政権は、2019.1に実施予定だった燃料税引き上げを撤回。
 ・この結果、財政赤字の3%以内実現は困難?おそらく3.2%に。これはEU諸国に対して
  財政基準の遵守を呼びかけてきた独仏主導路線の信頼が揺らぐ可能性。
 ・マクロン氏のEU、EURO改革は、財政統合が目玉。EU共通予算、EU財政相の設置
  などで、通貨統合だけの矛盾を克服しようという大構想。これは欧州統合をめざして
  尽力したJan Monetらが掲げた理想だったが、Charles de Gaulleの強い反対で実現
  できなかった。今回の燃料税撤回→財政赤字の抑制困難はマクロン氏の大構想追求
  を阻害するおそれがある。

5. Eurosceptism(反欧州主義)の台頭
 1)反欧州主義政党の台頭
 ・欧州で Eurosceptism(反欧州主義)の政党がこの1~2年で急速に台頭。EUの基本政策を
  批判。
   ギリシャで は20115.1.にはSYRIZA政権誕生。
   ポーランドでは2015.10.には「法と正義」(PiS)(EUの難民受け入れ分担
    政策を批判)が与党に返り咲き。
   オーストリアでは2017.12から自由党(移民受け入れを強く批判)が国民党との  
    連立政権。
   イタリーでは2018.3の総選挙でEUの財政規律を批判する「5つ星運動」が
    得票率1位。EUの移民対策を拒否している「同盟」との連立政権が2018.6誕生。
   ハンガリーではフィデス・ハンガリー市民連盟(EU懐疑政党としては早く2010
    から政権担当していた)が2018.4の議会選挙でも圧勝し、オルバン首相続投。
   ドイツでは移民受け入れ反対のAfDが社会民主党(SPD)を抜いて支持率2位(複数
    の世論調査)に浮上
・欧州で、ナショナリズム、ポピュリズムが勢力を増している背景には、ユーロ導入に
 かかわるEUの政策と移民問題がある。
・ユーロ導入は、生産性が低く通貨価値の低かった南欧諸国にとっては、高価値で安定した
 ユーロを得たことで、外資の借金もしやすくなり、不動産価値も上昇したが、政府債務が
 膨張。リーマンショックで外資が逃避したため、深刻な債務危機になった。
・EU当局は欧州金融安定化基金(EFSF)や欧州安定メカニズム(ESM)など救済機関と通じて
 ギリシャなど債務危機に陥った国に金融支援。その条件として、緊縮財政や年金カットなどを
 約束させた。この緊縮財政の結果、財政状態は改善したが、これらの国々の市民はEU統合の
 厳しい政策に強い不満を持つようになった。
・そこに2015年頃から、イラクやシリアなど中東各地での大量の難民が欧州目指して流入。
 それを受け入れる政策を主導したメルケル首相らEU執行部の政策に、最初の上陸地となる
 ギリシャやイタリア、経由地となるオーストリア、ハンガリーそして最終目的地ドイツでは
 大量の移民・難民にたいして激しい排他的感情が高まった。
2)イタリー政権の危険な動き
・今、反EUの急先鋒としてEU官僚支配、独仏主導の欧州統合に反旗を翻しているのがイタリア。
・「5つ星運動」党首のディマイオ副首相はイタリアの一人当たりGDPがユーロ導入時の水準を
 下回るユーロ圏唯一の国であることを念頭に「イタリアの歳出プランは欧州再生の処方箋」と
 主張し、2019年度予算では、前政権がEUに約束した財政赤字比率0.8%への引き下げを反故
 にし、逆に、その3倍の2.4%まで高める積極財政を採用し、1.5%の成長を達成すると強調。
・イタリーの財政難を市場は読んで、国債利回り↑。国債多量保有の銀行資産毀損。中小銀行は
 貸付能力↓、経済下押し圧力に。
・財政破綻→金融危機(金融機関資産毀損)のおそれ↑、
 イタリー経済はギリシャの10倍。EUの救済機構(EFSFやESMなど)やIMFなどで救済
 できるか? 悪性インフレ、金利↑、EURO↓など。
 EU崩壊のリスクも?
 →世界不況のトリガー?
6. EU瓦解の可能性と帰結
 1)2019.5.の欧州議会選挙
  ・欧州議会選挙は、2019.5.23~26に実施。議会選挙は加盟国単位でその期間内に実施。
   2018年現在 定員751(ほぼ加盟国人口比例)。2019選挙ではこれまで英国に割り当て
   の73議席のうち、27議席を他の加盟国に割振り。定数は705。
  ・欧州懐疑主義の潮流が認識されるきっかけは2014議会選挙。14年欧州議会選挙では英国で
   英国独立党(UKIP)、フランスで国民戦線(FN)、ギリシャで急進左派党(SYRIZA)がそれ
   ぞれ得票率で1位。イタリーでは新興政党「5つの星運動」が得票率2位。ドイツでも新興
   政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が得票率5位に。とりわけUKIPの躍進は注目された。
      ・欧州議会はEU閣僚理事会と並ぶ立法機関。EU閣僚理事会は加盟国の閣僚から
   構成。議会は、直接選挙で選出される議員(任期5年)で構成。当初は理事会の
   補佐機関だったが、「EUの決定はブラッセルの一部高級官僚で行われ市民の声
   が反映されていない」との批判を受けて、漸次権限が強化。2009,12発効の
   リスボン(EU)条約で、閣僚理事会と同等の権限を持つ立法府となった。
  ・欧州議会の政治会派の要件:「25人以上の議員参加、加盟国の1/4以上の参加。
   2018年現在、8会派。最大政治会派は、欧州人民党グループ(EPP)=中道右派。
   ついで、欧州議会社会民主グループ(S&D)=中道左派。
 2)EUの瓦解は始まったか?
  ・2019.5に実施される欧州議会選挙をひかえて、今、イタリーの極端なナショナリスト政党
  「同盟」党首サルビーニ副首相が最も力を入れているのが、EU各国のナショナリストや
   ポピュリストに呼びかけての国際ポピュリスト同盟の創設。国際ポピュリスト同盟が勝利
   すれば、欧州議会を反EUのシンボルと位置づけ、EU大統領などのトップ人事に積極
   的に介入する構え。サルビーニ氏は1月、PolandにPiSを訪問。「欧州の春」運動↑を宣言。
 
  ・欧州議会の7月開会を受けて2019.9月には欧州委員会の執行部(EUの政策立案機関)が
   刷新されるが。メルケル首相は、2014選挙を受けて委員長となったユンケル氏の後任に、
   EPP代表のマンフレッド・ウエーバー議員(ドイツ)を推しており、同時期に任期満了を
   迎えるドラギECB総裁の後任に、腹心のドイツ連銀総裁のイエンス・バイトマン氏を推す
   ことは諦めた模様。
  ・もしサルビーニの思惑通り、国際ポピュリスト同盟が欧州議会選挙で勝利すれば、欧州
   委員会や独仏はEUの安定のため、サルビーニなど各国のナショナリストやポピュリスト
   の意見に耳を傾けざるを得なくなる。
  ・中島精也氏は、この状況は「ナチズムの支配を許した90年前のワイマール共和国の悪夢を
   連想させ、戦後、自由と民主主義を謳歌してきた欧州政治の終わりの始まり」を示唆する
   としている『国際金融』(2019.1.1)。
 
Ⅳ.   習近平の中国と米中対抗
 1. 習近平第二期政権の志向するもの
  1)習近平 ”一強” 体制確立の意味と意図
   ・中国共産党第19回全国代表大会(党大会):2017,10.18~10.24開催。 
   ・初日18日:習近平総書記政治報告3時間20分
    「小康社会の全面的完成の決戦に勝利し、新時代の中国の特色ある社会主義の偉大
     な勝利を勝ち取ろう」
   ・新時代:2020年(2021年は中国共産党創立100年)までに小康社会の全面完成
   ・21世紀半ば(2049年は新中国建国100年)までの30年間を2段階に分けて
        「社会主義現代化強国」を実現する時代、と規定 
 
  ー「核心」志向:党規約に習思想を行動指針として明記、毛沢東を意識?
   ・2017年10月24日党規約修正案承認→その後、2018.3の全人代で憲法に規定。
   ・鄧小平氏が定着させた国家主席任期10年の慣行を廃止。習近平主席の”終身化?”
      ・丹羽宇一郎氏の異論(『習近平の大問題』)
        任期撤廃は、レームダック効果を避けるため。まだ体質改革は途上。   
 
  ー第19期中央政治局常務委員:
    習近平64:
     李克強62:首相←留任:胡錦濤に近い、共産党青年団
     栗戦書67(リージャンシュー):全人代常務委員長←中央弁公庁主任 習近平に近い
     汪洋62(ワンヤン):政治協商会議首席←副首相  胡錦濤に近い
     王りょう寧62(ワンフーニン):中央書記処書記←中央政策研究室主任江沢民ブレン
     趙楽際60(ジャオルオージー):中央規律検査委員会書記←中央組織部長王岐山後任
     韓正63(ハンジョン):筆頭副首相←上海市党委員会書記 江沢民の地盤、上海勤務
   ー独裁政治志向?→後継候補考えず?
    ・皆、60歳以上、江沢民も胡錦濤も若手(50歳代)登用を考え、引き上げてきた。
       ・丹羽宇一郎氏の異論:
         若手を中央政治局員に任命しなかったのは不思議でない。
         中央政治局員以外からの抜擢は十分あり得る。過去にも実例。
 
  2)第13期全国人民代表大会(全人代)
    ・第13期全国人民代表大会(全人代)第一回会議は2018年3月11日、国家主席・国家
     副主席の任期撤廃などを柱とする憲法改正案を出席者の99.8%の賛成で可決。
    ・3月17日、習近平氏は全人代出席者2970名の満票で国家主席に再任。王岐山氏は
      わずか1票の反対票で国家副主席に選出。王岐山氏は腐敗撲滅で辣腕を振るったが
      そもそも経済・金融のエキスパート。米国とも太いパイプ。
    ・経済面で注目は、劉鶴副首相(政治局員)。前職は国家発展改革委員会の副主任。
     大臣未経験者の第抜擢。習近平氏の信頼厚い?劉氏は、2013年11月中国共産党
     第18期中央委員会第3回全体会議(三中全会)が採択した「決定文書」を起草した
     中心メンバー。「資源配分において、市場が決定的な役割を果たす」と指摘。
  3)「韜光養晦」から対外覇権志向へ
   ー新型大国関係(太平洋を米中で支配?)を2013オバマ対話で提案。
   ー一帯一路:呼びかけとその後の展開
     一帯:インド洋→アラビア海→地中海 2ルート
     一路:中国→中央アジア→中東→欧州 2ルート  
   ーAIIB(Asian Infrastructure Investment Bank)の発足とその後、
    ・一帯一路基金(10兆円目標:事業規模は100兆円超える)
   ー南シナ海人工島問題
    ・南シナ海の南沙(Spratly)諸島や西沙(Paracell)諸島や多くの岩礁を、中国はこの
     海域全てに中国の主権があると主張して人工島の建設を進め、軍事施設も整備。
     南沙に近いフィリピンや西沙に近いベトナムと領有権紛争。フィリピンの訴えで
     2016.2.12.オランダ・ハーグの仲裁裁判所は国際法上の根拠なしと断定。中国
     はこの裁定に反論・無視。米国は近海に「航行の自由作戦」を展開。
  4)国内強権政治と情報統制
    ー突然の介入→経済に不確実性(洪氏の述懐)
    ・産業界には、トランプの主張をむしろ受け入れて、根底から統治構造を変えた方が
     中国の経済・産業発展には資するのではないか、との見方も。
    ー地方行政も怯えて停滞
     ・地方の経済・建設プロジェクトなどの契約・執行につねに共産党細胞(例えば
     上司の行動を部下が監視)の監視などがあり、業務執行が萎縮する傾向も。1
 2. 成長の鈍化と先進経済への挑戦
  1)成長鈍化の意味
      人口増鈍化趨勢、労働力制約で成長鈍化は不可避、想定内。
  2)二重のチャレンジ
     ・中所得国のディレンマ、成熟経済への
     (1)鄧小平以来の成長モデル脱却必要
       低賃金労働の無制限供給+改革開放路線下の外資導入(資本、技術、経営)
       ⇒輸出ドライブ→高度成長、1980s初頭→2010年代初頭まで30年間10%成長
     (2)中進国のディレンマ:高賃金(一人当たりGDP8000ドル超え)
       外資から見た魅力↓、生産性↑不可欠
       成熟経済の挑戦:高賃金で労働力供給縮小、高齢化の社会的費用↑、
       生産性向上を内発的イノベーションで。
     (3)「新常態」経済。習近平政権、2014年5月に提唱。
        イノベーション技術革新と国内経済構造転換で高生産性経済を実現。
        1.  経済成長は高速成長から中速成長へ
        2.  経済発展パターンは規模拡大と速さ重視の粗放型発展から質と効率を重視
         する集約型発展へ
        3.   経済構造は規模拡大・能力増強からストックの調整へ
        4.   経済発展の牽引役は伝統的な成長リード産業から新たな成長リード産業へ
      ・その後、中高速成長から「質の高い発展」に修正
        また「サプライサイド」の構造改革を強調。
  3)中国の二重構造:新しい中国と中国の構造問題
           (1)新しい中国
     ー先端技術=企業は世界最新レベル、情報化の目覚ましい進展
     ー世界イノベーション企業50(アメリカ調査企業)のうち、
       テンセント12、華為(ファーウェイ)技術45、レノボ50。
     ー世界IT大手10のうち中国4社
      Google, Amazon, Face bookにつぎ、アリババ、テンセント、百度、京東集団
 
     ーイノベーション中心、深圳の目覚ましい発展、特許出願は中国の46%
       シリコンバレーしのぐ活力。トランプの排外政策を嫌って人材は深圳に。
     ー深圳に倣って特区ブーム:1992年10月上海浦東新区、2006年5月天津濱海新区、
      2010年5月:重慶両江新区、2011年以降、新区ラッシュ、習近平政権肝いりで
      19番目に国家級新区。「雄安新区」展開。河北省保定市。
    (2)中国ハイテク企業発展の物語      
    ーアリババ集団
      ・浙江省杭州市の英語教師、馬雲 1999.3設立 企業間電子商取引仲介サイト
       ネットバブル崩壊→苦難の連続、資金難、リストラ
       転換点:2003.5. C2Cの陶宝(タオバオ)事業
       2003頃、C2Cの中国市場、eBAYが圧倒的、
       2004アリババ決済サービス支付宝(アリペイ)導入、当時eBAYが圧倒的シェア 
      ・買い手が代金をアリペイの口座に預け、送付された商品に問題なければアリペイ
       に支払い指示。欠陥なければ支払い。届けたのに支払い遅滞などの売り手の不安
       なし。支払ったのに商品届かないという買い手の不安も解消。
      ・eBAY シェア↓8%に→撤退
      ・当時法律なし。「問題起きれば僕が刑務所に」
      ・全額補償と手数料無料化ーアリペイの進化 
      ・2010.6. 中国人民銀行「非金融機関決済サービス管理弁法」で、第三者決済
       サービス機関にライセンス付与。
      ・11.11.独身の日。膨大取引量、当時大型システムはIBM, オラクルなど集中型。
       それではパンク。オープンソース、分散型アーキテクチュア
       2012自前のアリババクラウド完成でTモールの20%、2013で75%、
      ・技術革新と経営努力、政府は後追いで承認
    ーテンセント(騰訊控股)
     ・1998.11設立、オンライン・コミュニケーションアプリ(QQ)からスタート
      現在、スマホ向けアプリWeChat(微信):世界200カ国、ユーザー10億人以上。
      WeChat中心に総合関連サービス
    ・創業者 馬化騰、システムエンジニア出身。
    ・QQはイスラエルのMirabilis社のインスタントメッセンジャーICQのヒントで開発。
     中国語版開発。ICQは自宅のPCからの接続想定。中国のPC普及は遅れた現状。
     ユーザーの保存したいデータをサーバー保存。使い勝手↑、ソフトサイズ圧縮。
    ・2000.02. モバイルインターネット総合サービス  
    ・有料会員制サービス導入、商品マネジャー制度、社内競馬制度、
    ・2004.8. MSマイクロソフト、メッセージサービスMSNの研究開発センター中国設立
     QQのversion upでMSを圧倒。
    ・技術革新、市場ニーズに対応、経営努力、政府は後追い。
 
    (3)中国の構造問題 
     ー過剰設備、過剰生産、過剰債務、国有企業問題、不良債権=金融リスク
     ー過剰生産、過剰設備、過剰負債:4兆元経済対策(2008年)の構造的後遺症
     ・3中全会(習政権1期目改革:第18期中国共産党中央委員会第三回全体会議)
       高成長→中成長⇒供給側改革必要「市場に資源配分の決定的役割担わせる」
     ー国有企業の整理・改革は?
     ・しかし、その後、公共投資↑、国有企業補助金↑→改革に逆行?
     ・地方では、鉄道、道路、公共事業→債務↑
     ・国有企業改革?、実際は合併、独占↑、ゾンビ企業温存は権力基盤維持? 
     ー既得権との戦いは?ーむしろ逆行?→共産党の企業管理↑:
      ・実質国家管理強化:企業買収海外企業、合併企業から技術奪取
      ・ハードランディングは失業↑、社会・政治不安↑で避けるべき。
       しかし安定重視のあまり、政府指導で成長確保は??
      ・リコノミクスは消滅した?
 
     ー金融リスクの増大:4兆元経済対策(2008年)の金融的後遺症
      ・債務残高のGDP比は2008年末の141.3%から2018.3末には261.2%に。
       IMFも危険を懸念。
                  ・政府債務GDP比は2018年47.8%だが、国有企業が本来政府の債務を肩代わりして
       いると考えると、政府債務は、179.1%に達し、日本の220%の債務構造に近い?
       当面、中国の債務問題が暴発する可能性は低いとしても、中長期的には金融
       危機的状況が発生する可能性。
    4)経済減速への緊急対応
     ・米中貿易戦争の影響が出始め、景気減速懸念が高まったこともあり、
       2018.7.23.国務院常務会議は景気刺激策を発表。
        1. 財政政策の一段の積極化
         2.  金融政策の穏健中立から穏健への緩和
         3.  小型・零細企業へのサポート強化
         4. 建設中のプロジェクトの資金手当支援
      景気サポートのため、緒に就いたばかりのでレバレッジ政策が棚上げされる懸念も?
     ー中国経済:急減速。→公式発表 6.6. or 6.4.%、28年ぶり(天安門後の最悪期)
           実際はもっと低い?            
      ・貿易戦争の影響だけでない。貿易戦争の影響は2019春から。減速は2018秋から
      ・国有企業の問題、政府債務の肩代わり
      ・金融不良債権の累積~財政債務の悪化
      ・過度の介入、検閲→自由な企業活動、産業活力↓?
 
2. 米中貿易戦争とハイテク覇権闘争
1) 米中首脳会談と米側の要求
ー2018年12月1日、アルゼンチンでのAPEC総会に出席した習近平国家主席とトランプ大統領は、
 ブエノスアイレスのホテルで首脳会談。首脳会談の結果は、共同声明はなかったが、両国が
 それぞれ会談の要点を公表した。
・米国側の声明では、巨額の対中貿易赤字について中国側が農産品やエネルギー輸入を拡大
 すると約束。またサイバー攻撃や技術の強制移転など知財侵害について協議するため、12月1日
 から90日間は予定していた関税引き上げを猶予するが、90日間の満了となる2019年2月末日
 までに合意が得られなければ、中国からの輸入のすべてに対して高率追加関税を課けると通告
 した、との内容が公表された。
 中国側の声明では、中国からの対米輸出品に対する関税引き上げは90日間猶予されたこと以外
 に詳しい内容は公表されなかった。
ー90日内に解決に向けて合意すべき事項として米国側が求めている主な項目は以下の4点。
  (1)技術移転の強要:
   米国企業が中国の大きな市場で事業機会を得ようとして進出するとき、中国側では
  米中合弁企業を設立することを条件とし、その事業活動を通じて米企業の技術を中国側に
  提供することを強制すること。
 (2)知的財産権の保護
   中国側が米国企業の製品やノウハウを無断でコピーするなど知財権の侵害行為。
 (3)非関税障壁
   さまざまな規制などの非関税障壁を設け、米企業の中国市場での活動を阻害すること。
 (4)サイバー攻撃とサイバーによる窃取
   中国の人民解放軍を含む多くの組織が米国の企業などにサイバー攻撃をしかけ、企業
  秘密やノウハウを窃取すること。
2)華為技術副会長の逮捕
 2018.12.8. ファーウェイ(華為技術)副会長兼最高財務責任者の孟晩舟(Men Wanzhou)氏を
カナダ司法当局が逮捕。カナダ司法当局は、アメリカ司法当局の要請で逮捕したという。逮捕の理由はイラン制裁違反。ファーウェイが香港の設立したダミー企業「スカイコム」を通じ、イランに2009~2014にわたり米企業の通信機器を納入した疑い。
 孟晩舟氏は中国では中国産業界を代表する女性の経営者として英雄のように人気が高く慕われ
ている。しかも彼女は中国ハイテク産業をリードする世界企業であるファーウェイ社の創業者、
任正非会長の娘であり、中国政府首脳部の信任も厚い。彼女は従業員思いで知られ、ファーウェイ社員の士気は非常に高いという。この逮捕にたいし、中国政府はカナダ当局に猛烈に抗議。本件に直接関係のないカナダ人外交官2人を逮捕、また麻薬密輸容疑でカナダ人一人を中国で死刑判決。孟晩舟氏は11日夜に仮釈放、自宅で監視状態に置かれることになった。 
 米国はカナダとの「犯罪人引き渡し条約」にもとづいて、60日間すなわち2019.1末までに孟氏
の引き渡しをカナダ当局に強く要請。中国は、「もし引き渡せば重大な結果に繋がるだろう」と
カナダ当局に圧力。この1件は、米中両国が、第三国を巻き込んで、事実上の戦争状態ともいえるほどの緊張状態に入っていることを示唆。
 
・華為技術への嫌疑、憶測
  ZTEは中核技術とチップを持たない弱点につけ込み、チップの供給遮断の制裁で屈服
 巨額な賠償金、現在は米国派遣監視員の監視下。華為技術は技術的な弱点がないため、
 共産党や人民解放軍と密着しスパイ活動などのでっち上げ嫌疑で制裁模索。
  任正非会長は青年期に人民解放軍に服役、どの国でも当然。任会長の父親は文化大革命中、
 政治犯(反革命分子)だった。だから政治に距離を置き、技術畑に没頭。工兵部隊の技術者と
 して入隊したが、腕が認められず、除隊後、転々として「華為」を起業。政府の支援のある
 国有企業とは差別扱いをされたため、常に自力自立を説いた。創業初期、深圳の小屋(10数
 m2)に父母と同居し、ベランダで炊事、市場で捨てられた野菜や死んだ海老や魚をおかずに
した(中国ネット記事)。朱建栄『参考消息42号』(2019.1.5)
3)米国の中国ハイテク企業締め付け戦略
  米国の中国ハイテク企業攻撃の背景には、実は、2018年夏に米議会で超党派の多数で可決
 された根拠法がある。それは、「2019年度米国防権限法(NDAA2019)」(2018.8. 上下
 両院で超党派の賛成多数で可決)。
  同法によれば、2019.8.13以降、下記5社製品を組み込んだ他社製品を政府などが調達するのを禁止する。さらに20.8.13以降は、5社製品を社内で利用しているだけで米政府とのいかなる取引も不可となる。この法律に基づき、米政府は、2020.8.から、ファーウェイなど中国ハイテク企業の製品を使用しているだけで米政府との取引禁止方針を打ち出す予定。市場から中国ハイテク企業排除の動きが進めばサプライチェーンにも重大な影響が出ると予想される。
 ちなみに、米国が特に安全保障上のリスクがあるとして警戒しているのは下記の5企業。
    ・ファーウェイ、
    ・ZTE(中興通訴)
    ・杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)監視カメラ大手
    ・浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)
    ・海能達通信(ハイテラ)
3.  習近平の”中国夢”と強国戦略
 1)アヘン戦争以来の屈辱の歴史の超克
      ・中国は古代から近代まで東洋の圧倒的な超大国であり、文化の中心であり、最大の覇権国
   だった。 
  ・中国は特に1840~42年のアヘン戦争と1856年のアロー号事件で、イギリスに事実上植民地
   化され、欧米列強が相次いで中国に利権を設定し、20世紀前半には日本によって蹂躙され
   るに至った。
     ・中国は1980年代以降、鄧小平の指導による積極的な開放改革戦略で目覚ましい発展を遂げ
   た。鄧小平は事実上の超大国への道を急進するこの期間、”韜光養晦”(爪を隠して内に
   力を蓄える)という路線を堅持した。しかし、2012年、国家主席に就任した習近平は、
   中国の力を内外に誇示する戦略に転換した。
  2)中国夢
   ・習近平は、盛んに”中国夢”を唱え、中国は今や、アヘン戦争以来170年の屈辱の歴史を
    乗り越え、中国人民にふさわしい世界の大国、強国になるのだと国民を鼓舞した。
    そのキャッチフレーズが”中国夢”である。
         ・習近平政権が追求する”中国夢”は、170年間の屈辱の歴史の克服と払拭そして欧米
               列強の歴史的横暴に対するリベンジであり、中国人民の国家的復権をめざすもので
               ある以上、それは実現せねばならぬ国家の基本戦略である。それを実現する最大の
               基礎は経済力、特に質の高い競争力に裏打ちされた経済力である。その戦略の重要
                な一環として、中国政府は「中国製造2025」というビジョンそして工程表を提示した。
  3)中国建国100年強国構想
          ー中国は、2021(共産党創設100周年)を念頭に、
       2020:小康社会の全面完成
       2035 :社会主義現代国家建設
       2049(中華人民共和国建国100周年):社会主義現代化強国。
      ・そのためには創新(イノベーション)が基本戦略
        4)「中国製造2025」に象徴される経済強国化戦略
   ・中国国務院が2015.5発表の産業政策『「中国製造2025」は、次世代情報技術や
     ロボットなど10の重点分野を設定、製造業の高度化をめざす。
             ・2005年、胡錦濤政権時、ハイテク産業育成のため「創新(イノベーション)」政策が
      強調されたが、それはハイテクだけに着目。ハイテクが発展するためにはそれを支える
      関連産業の発展が必要。李克強の国務院で策定された「製造2025」は関連産業を網羅。 
      米国などの専門家はそれを脅威と捉えた。
        ・中国は建国100年の2049に「世界の製造強国の先頭グループ入り」をめざす。
          「中国製造2025」はその長期戦略の第一歩。
   ・発展途上国に多かれ少なかれ共通する国家主導発展戦略
      例:戦前・戦後の日本、19世紀のドイツ、韓国、シンガポールなど
   ー参考:
   ・に製造強国への工程表
     1. 第一段階(2015→2025):製造大国(規模)→製造強国の仲間入り
     2. 第二段階(2025→2035): →製造強国の中等水準
     3. 第3段階(2035→2049): →製造強国の先頭グループへ躍進。
         ・「中国製造2025」
    ⓵  次世代情報技術:
    ⓶  高度なデジタル制御の工作機械・ロボット
    ⓷   航空・宇宙設備
    ⓸  海洋エンジニアリング・ハイテク船舶
    ⓹  先端的鉄道設備
      ⓺ 省エネ・新エネ自動車
      ⓻ 電力設備
    ⓼ 農業用機材
      ⓽  新素材
      ⓾ バイオ医薬、高性能医療機械
 
 4.  ツキディデスの罠と国際社会
  1)ツキディデスの故事
     ーギリシャの歴史家ツキディデス、新興国アテネの覇権国スパルタへの挑戦
     ・結局、ペロポネソス戦争に。アテネの勝利
     ・過去2000年間の覇権争いは半分以上が戦争に。
   2)19世紀のGreat Game:英国とロシアの覇権争い
     ・覇権国大英帝国へのロシア帝国の挑戦
  3)20世紀後半の米ソ冷戦
    ・1950年朝鮮戦争ー冷戦開始、アメリカによる共産圏封じ込め、
     1991年ソ連崩壊。派遣闘争:40年かかってソ連崩壊
  4)1980年代の日本の追い上げと日米摩擦
       ・1985年、日本のGDP/Nはアメリカを2年間上回った。
      ・アメリカは日本の発展戦略を問題視、・プラザ合意による円高↑の強要
      ・日本、円高で競争力維持のため財政・金融で景気拡大政策→過剰流動性→
      ・バブル↑→崩壊↓→失われた20年→日本の退潮
  5)2018年以降の米中貿易戦争
                  ・1980~2010の中国、鄧小平の改革解放で大発展
      ・2012年以降、習近平主席の大国思想、新型大国関係
      6)  ペンス米国副大統領演説と新冷戦の可能性
   ・Michael Richard Pence(Mike Pence)氏の(2018.10.4)Hudson Instituteでの講演
   ・1980年代以降の鄧小平主導「改革解放」戦略による中国の目覚ましい発展
    を踏まえて、米欧は中国の発展による自由化を期待し、中国をengage(取り込み)
    しようとWTO加盟も支持し、手を差し伸べてきたが、裏切られた。習近平政権
    は経済的に攻撃的、軍事力↑志向。
   ・アメリカは中国が不公正な貿易で米国に被らせた赤字を容認しない。
   ・中国共産党は「中国製造2025」を通じ、世界の先端産業の9割支配をめざしている。
   ・中国の覇権志向は失敗する。
   ・中国はここ数年、自国民への統制と抑圧を強化。少数民族への迫害↑。途上国に
    借金漬け外交を強要。台湾の孤立化を画策
   ・中国はトランプ政権の打倒を狙って、アメリカ国内政策と政治への干渉を強化。
    2018年中間選挙、2020大統領選挙へに向けた取り組み、ロシアをはるかに上回る。
   ・米通商政策の転換のために対中投資米企業に圧力。
       ーペンス演説は、トランプ政権のみならず民主党の中国警戒、強硬派も含め、米国の
   establishmentの対中国観を集約・代表するものと受け取られている→新冷戦?
  2. 米中経済安全保障再考委員会(USCC)報告(2018.11.14)
  ー米議会の超党派諮問機関、米中経済安全保障再考委員会(USCC)は11.14、中国の
   ハイテク技術が米国の安保上のリスクになると警告する報告書公表。
5.  米中対決と日本の役割
 ・米国と中国の貿易戦争は両国にとってもそれぞれマイナスであるだけでなく、両国を合わせ
  れば世界GDPの4割に及ぶ世界第一と第二の超大国の対決による経済の減退は、サプライ
  チェーンの阻害などさまざまな経路を通じて世界全体の経済にマイナスの効果を及ぼす。
 ・日本は米国とは安全保障の同盟国でありまた経済的に深い相互依存関係にある。また中国
  は日本の輸出産業にとって最大の市場であり、政治的にも近年は友好関係を進めようとの
  動きがある。米中の間に位置し、両国と経済関係が深く政治的にもそれなりの友好関係を
  持っている日本は、世界にマイナスの効果を生む米中の貿易戦争を緩和するために何らか
  の仲介の役割を果たせないか、と考えるのは自然。
 ・米中の対決は、基本的に”覇権闘争”であり、双方は容易に妥協はしないだろう。中国は
  輸入増や制度改革など多少の譲歩はするかもしれないが、中国夢の根本は変えないだろう。
  アメリカは覇権維持のために強硬な姿勢を貫いているが、トランプ大統領のDealによる
  関係調整はあるかもしれない。
 ・日本の仲介で、両国が方針を変えたり、妥協をしたりすることは考えられない。双方の
  妥協や譲歩を引き出すような力は今の日本には考えられないし、その余地もないだろう。
 ・今、日本に求められるのは、仲介よりも、米中との理解をもっと深めることではないか。
  アメリカは65年にわたる同盟関係の実績から、相互理解があるものと日本は前提している
  が、国際関係や国際政治はそれほど単純ではない。つねに理解を深める努力が必要。
 
 ・それは中国については一層重要な課題。中国は日本のとりわけ安倍政権を信頼していない。
  安倍首相も中国にたいしては心を開いて理解しようという態度は見せていない。中国も
  それを知っており、一定の距離を置いた付き合いになっている。
 ・米中の仲介といった分不相応な役割を夢想するよりも、日本の将来のために、あらゆる
  側面で中国と相互理解と相互信頼を深める努力が必要。果たして安倍首相にその意図や 
  覚悟があるか?
 
 

『激変する世界と日本の針路』(1)

本エッセイ「激変する世界と日本の針路」は、私が2019年1月28日に行った島田塾の年頭講演の講演メモを、今回から4回に渡って掲載するうちの第1回です。

Ⅰ.   はじめに

 ー世界は激動ー戦後70年つづいた世界史の転換点
 ー何が起きているのか、全体像の理解必要
 ・トランプの現状破壊、貿易戦争、Brexit, EU危機、中国、北朝鮮、ロシア、安倍政権
 ・世界と日本の景気・経済展望
   景気減退 or 後退? ソフト、ハードランディング? クラッシュ?
 ーそのうえで、日本経済の行方、日本の針路を考えよう。

Ⅱ.   トランプ政権下の米国の実情と問題
1. トランプ発貿易戦争
  ・今、世界が最も関心をもち、心配しているのは貿易戦争
  ・世界の景気後退の引き金引くおそれ
  ・冷戦の再来の可能性
  ・その経緯と内容を理解し、意味を考えよう。

 1)鉄鋼・アルミへの追加関税
  ・トランプ氏は2016の選挙中から、中国や日本などからの工業製品の輸入に高関税をかけて
    アメリカ労働者の雇用を守ると公約。しかし、2017年中は大型税制改革などの議会対策
    に忙殺されて関税問題に取り組めなかった。

  ・2018.3.1. トランプ氏は鉄鋼とアルミの輸入増が安全保障上の脅威になっているとして
   輸入制限を発動する方針発表。鉄鋼25%、アルミ10%。その理由は耳を疑う。

   ・その根拠は、米通商拡大法232条。これは1962年に制定。産品の輸入が米国の安全保障を脅かす
     恐れがある場合。これまで、79年のイラン原油輸入禁止措置、82年のリビア原油輸入禁止措置
     のみ。日本や欧州など同盟国にも適用する米国の主張に正当性があるか疑問。 

  ・3.22. トランプ大統領は知的財産権の侵害などを理由に中国製品に関税を課す
     大統領令にも署名。500億ドル相当の中国製品に高関税をかける制裁措置表明。
   ・その根拠は米通商法301条。同法は米国は外国による不公正な貿易慣行に対し、調査した
     うえで、一方的に制裁措置を発動できるとしている。

  2)中国知財侵害への制裁関税
  ・WHの貿易政策担当の補佐官として対中国強硬論を展開しているナバロ(Peter Navaro)氏
   は、アメリカは中国の不公正貿易のおかげで莫大な貿易赤字を被り、経済成長が阻害
   されてきた、と非難。

 
  ・2018年3月に公表されたUSTRの調査では、中国に進出した米企業が不当な技術移転を求め
   られたり、米企業の買収に中国政府の資金が使われたなどの「知的財産権の侵害」がある
   と結論。4つの手口を詳細に指摘。
       ⓵   外資規制で技術移転を強要:
     ⓶   技術移転契約で米企業を差別的扱い
     ⓷     先端技術を持つ米企業を買収
     ⓸   米国企業に人民解放軍がサイバー攻撃:鉄鋼や原発など情報収奪。

   ・5月に2回、米中通商協議:
    アメリカの高圧的な要求。中国側(劉鶴副首相代表)は、輸入増大などでアメリカの
    赤字削減に努力すると提案。ムニューチン代表(財務長官)がそれを評価して、付加関税
    執行をしばらく猶予すると発表。

   ・ところが6月に入りトランプ氏が中国からの2000億ドル(約22兆円)相当の製品に対し
    10%の追加関税措置検討すると発表。”トランプ氏のチャブ台返し”  背景に、WH内
    での対中強硬派の巻き返し。

   ・中国は姿勢を二転三転させる米国に不信感↑。米国が仕掛けた貿易戦争に、中国側は
    トランプ政権の要求にある程度譲歩し、同時に米国のestablishment層の中国叩きをかわ
    そうと対応をしてきたが、ここで中国の対米認識が大きく変わり、6月に入って中央外事
    工作会議では韜光養晦論を軌道修生し「以戦止戦」の方針を決めたとされる。

   ・その後、関税戦争は3次にわたる米中の関税引き上げ応酬の実戦段階に:
   ・7.6 トランプ政権は、産業用ロボットなど340億ドル(約3.8兆円)分に25%の第一次
    制裁関税を発動。中国も直ちに応酬。
   ・8.23. 制裁関税の第二弾を発動。半導体や化学品など、279品目。160億ドル相当。 
    中国も直ちに同規模の報復。
   ・9.24 トランプ政権は、約2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品に10%の追加関税
    第三弾を発動。中国も600億ドル相当の米国製品に5~10%を上乗せする報復関税を
    即日実施。
   ・中国の対米輸出は約5000億ドル。アメリカはその半分に高制裁関税。中国のアメリカ
    からの輸入は1300億ドル。中国はすでにその8割に付加関税。余地ほとんどなくなる。
   ・トランプ氏は、中国からの輸入品2670億ドル(約30兆円)相当(残り全部)にさらに
    関税をかける用意があると脅し。
 
  3)NAFTAからUSCM?へ
   ・アメリカ、メキシコ、カナダ3国は、これまでNAFTA(北米自由貿易協定)。
   ・メキシコとカナダからはアメリカに関税なしで輸出できたので、両国だけでなく日本や
    EUなどからも両国に企業が進出し、北米を中心に貿易量が増え、世界経済の発展に寄与
   ・トランプ氏は、他国がアメリカの市場を利用して儲け、アメリカは被害を被っている、
    としてNAFTAの全面改訂を要求。
   ・メキシコ大統領選で現職大統領が負けた残任期間につけこんでメキシコと改訂合意。
   ・同様の改訂をカナダに要求。応じなければカナダを除外すると脅して改訂合意取り付け
   ・カナダ、メキシコからの対米輸出に数量制限、低賃金輸出の禁止など全面改訂。
    WTO違反のおそれ。
   ・これは両国に大規模に進出している日本企業にも大きな影響。企業戦略見直し必至。

  4)自動車追加関税の脅し
   ・トランプ氏は5月に自動車にも安全保障を理由に制裁関税をかける検討に入ると言明。
   ・日本やEUは鉄鋼関税ではそれほど大きな影響はないが、自動車は甚大な影響。
   ・EUの強い反発に、トランプ政権は7月、自動車以外の関税や非関税障壁ゼロをめざす
    交渉開始を条件に、自動車関税は当面猶予。
   ・日本とは9月、TAG(Trade Agreement of Goods、物品協定)の交渉開始で合意。
    協議中は自動車への関税はかけない。
   ・トランプ対日貿易問題に乗り出す可能性、日本G20議長国になる6月が山場?

  5)中国不公正貿易非難と圧力
   ・米中貿易戦争の背景には、トランプ氏だけでなく米国指導層の対中認識の大きな変化。  
   ・10.2. Mike Pence氏のHudson Instituteでの講演が象徴的。
    ・ペンス氏は、中国が不公正な貿易で巨利を得、アメリカに敵対的な戦略をとっている
     と強く非難。
    ・ペンス演説は、トランプ政権のみならず民主党の中国警戒・強硬派も含め、米国の
     establishmentの対中国観を集約・代表するものと受け取られている→新冷戦の開始?
    ・米議会の超党派諮問機関、米中経済安全保障再考委員会(USCC)は11.14、中国の
     ハイテク技術が米国の安保上のリスクになると警告する報告書公表。

 3. トランプの選挙公約とその実践
  1)トランプの選挙公約
   ・トランプ氏は2016年選挙戦中から、保護主義的な主張を繰り返し強調していた。
     例えば、中西部や南部ラストベルトの選挙民にたいし、彼らの雇用機会(job)は中国や
     日本に騙し取られている。俺はそれを取り返してやる(”Your jobs have been ripped
     off and shipped off to China and Japan. I will get them back to you guys”)
   ・具体的には:
    ・NAFT見直し
     ・TPP離脱と二国間FTA主張
     ・対米黒字国に対し不公正貿易への対抗措置として高関税、など。
 
  2)アメリカ第一主義
  ・トランプ氏は”America First(アメリカ第一主義)を至上命題とする。これはトランプ
    流のナショナリズムであり、排外主義、保護主義であり、国際協調の否定でもある。
  3)オバマ全否定とオバマケア撤廃
  ・トランプ氏は、オバマケア(医療保険制度改革法)、TPP, イラン核合意、気候変動に
   関するパリ協定、金融規制のDodd-Frank法、キューバとの国交回復などオバマ前大統領
   の業績を全て否定している。
  ・トランプ氏は、とりわけオバマケアを目に仇にした。アメリカは先進国なのに、これまで
   国民皆保険がなかった。オバマケアは皆保険をめざした。トランプ氏はこの撤廃をめざし
   たが、共和党内の反対派説得など議会工作につまずいて撤廃ができず、修正案に留まった。
   しかし、2017年末の税制大改革の中で、オバマケアで課された保険加入義務違反に対する
   罰金の廃止盛り込まれ、オバマケアは実質的に骨抜きになったとされる。

  4)イラン核協定離脱
  ・これまで30年間、核開発疑惑のため米国の経済制裁を受けていたイランが、今後10年間
   核開発をしないと約束するなら、経済制裁を解除するというイラン核合意が、オバマ前
   大統領の肝いりで、イランと米欧6カ国で2015年に協定された。
  ・トランプ大統領はイランは合意を守っていないと非難し、米国は合意協定から離脱し、
   経済制裁を再開。イランと取引する諸国に対しても制裁を課すとしたために、多くの
   国々が、原油や金融取引から撤退。イランは猛反発。緊張が高まっている。

  5)パリ協定離脱
  ・地球温暖化対策の国際的枠組みとして、初めて最大のCO2など排出国である中国や
   アメリカを含む195カ国が署名した画期的な「パリ協定」が2015年に締結された。
  ・トランプ氏は2016年の選挙選中から「米国に不利益、他国の利益で非常に不公平」
   と非難していたが、2017.6.1.脱退を表明。
  ・国際社会からも、また米国の産業界からも批判を浴びている。
  6)WTO批判と攻撃
  ・トランプ大統領は、WTOが中国などを利するのみで、適正に機能していないと選挙選中
   から批判。
  ・2017.8.27. 9月に任期切れとなる上級委員の再任拒否を伝達。
  ・WTOの紛争解決手続きは二審制。一審に相当する紛争処理委員会で決着がつかなければ、
   上級審に提訴できる。上級委員は定員7人。選任は全150加盟国の同意が必要。アメリカの
   反対で再任が妨害されているため、2018年12月には上級委員は一人。審査は3人で行われ
   るので、上級審は機能不全。
  ・多くの国がトランプ政権の追加関税を提訴しているが、アメリカには及ばない状況。WTO
   の機能は事実上停止状態。

  7)移民(不法)排斥とメキシコとの国境に壁建設
  ・トランプ大統領は就任直後に、イスラム系7カ国に対しアメリカ入国禁止大統領令。
  ・ワシントン、SF、ホノルルなど連邦地裁から差し止め命令。2017.6.最高裁は禁止令を禁止
   の範囲を狭めた条件付きで容認。
  ・メキシコからの不法移民を排除するために国境に壁を建設するとの選挙公約。
  ・費用はメキシコが負担せよとの要求はメキシコが拒否。
  ・かなりの部分はアメリカ負担で建設されたが、2018.11の中間選挙で民主党が下院で多数
   を握ったため、2019年度の壁建設予算は議会で阻止。トランプ大統領は壁予算が承認され 
   ねば、予算署名を拒否するとして、一部政府機関が2ヶ月以上機能停止状態。
  ・「壁」にこだわるのは目に見える選挙公約。民主党は取り締まり強化が重要と主張。
 
 4. 猜疑と”恐怖”のホワイトハウス
  1)異形の大統領
  ・既成の政治と政治家そしてワシントンの権力に倦怠感と嫌悪感を持っていたアメリカ国民
   が選んだトランプ氏は、これら既成勢力や機構と無関係なマヴェリックな実業人。
  ・内外の政治の経緯や制度に無知。当然かも。そして不勉強
  ・政治手法としてDealと直接交渉を好む。不動産業者としての体験。Multilateralism忌避
  ・独特な直感。
  ・Tweet で数億人に直接伝える手法は斬新。政治の情報伝達の歴史を変えた。
   既存メディアの否定。既存マスメディアでは政治発言は幾重にもscreenされ編集される。
  ・公約は強力に追求。そして実現。一定の成果。
 
  2)内幕本が伝えるWHの実態
  ・Michael Wolf " Fire and Fury”、Bob Woodward “Fear”内幕本がベストセラーに。
  ・トランプ氏、自分のスタッフに才能や力量より、忠誠心のみ求める。
  ・強力な権力信仰。権力の核心はFear(恐れ)と言ってはばからない。
   人事や決断の予測不可能性が恐怖を生む。Jurasic Park のティラノサウルスの恐怖に似る
  ・WH内は、独裁者の下で、互いの猜疑、裏切り、中傷、権力闘争。
  ・ちなみに、Steve Banon氏は、2016年のトランプ選挙戦略を立案推進したデマゴーグ
   (扇動家)。WHでは”ラスプーチン”のような権勢を振るった、女婿クシュナー氏らと対立
   2017.8にWHを去った。その状況は”Fire and Fury”に詳しい。
 
 3)追放される常識派と国際協調派
     ・Gary David Cohn(NEC)委員長が、2018年3月6日、トランプ氏の高率関税賦課の
  方針に反対して辞任した。トランプ氏はの後任に、Larry Kudlow氏を指名。Kudlow氏は
  保守系の知名度の高いTV評論家。レーガン政権時代にホワイトハウス入りの経験も。近年
  は、インフレなき経済成長を説く。大型減税で企業は投資↑→生産性向上→物価↓で
  インフレなき成長可能との主張でトランプ政策を支持。
 ・ Rex Tillerson国務長官が、3月13日、解任された。Tillerson氏はトランプ氏のツィツター
  で解任を知ったという。 Tillerson氏は2017年夏にトランプ氏をmoron(低能)と評した
  として物議を醸した。国際協力を否定するトランプ氏と馬が合わなかった。
 ・Jim Mattis国防長官は、海兵隊大将の経歴。mad dogの異名を持つが、8000冊の蔵書に
  親しむ読書家で真摯、思慮深い人物。同盟国の重要性をトランプ氏に説き続けた。2018.
  12. ISに勝利したのでシリアから撤兵を決めたトランプ氏の決断に辞表。トランプ氏は
  2019.2末の解任を1.1に早めた。WHで唯一、信頼できる”大人”が去ったと惜しまれた。
  後任はPatrick Sharahan氏。
 
4)極端な自国中心派が牛耳る国家戦略
 ・Tillerson氏の後任にMike Pompeo氏を指名。彼はComey氏の後任としてCIA長官に任命
  されていた。Pompeo氏はイラン核合意は最悪の協定として批判、CIAによる拷問を容認。
  イスラム教徒の入国禁止も支持しており、トランプ氏は”思考回路を共有できる”としている
 ・3月23日、安全保障担当の最高補佐官Herbert R. MacMaster前陸軍中将を解任。後任に
  John Bolton元国連大使を3月22日に任命。Bolton氏はBush Jr.政権で国務次官や国連大使
  を歴任。北朝鮮やイラクへの攻撃を主張するなど超タカ派のネオコン(新保守主義者)。
 ・Peter Navaro氏、WHの貿易担当補佐官、強硬な反中国派。Harvard大経済学博士という
  がトランプ氏の重商主義を信奉して理論化するという扇動者?
 ・Robert Lighthauser氏、USTR代表、対中交渉の責任者。中国を不公正貿易国と見立てて
  非難、攻撃。

 5. ロシア疑惑とトランプ再選の可能性
  1)トランプのロシア疑惑は明らか
   ーサイバー攻撃(機密情報入手)、フェイク(偽)ニュースのネット散布。
   ・スイング州での獲得選挙人:トランプ290人、クリントン227人
     スイング州獲得票数:Hillary 7万票差のみ。全国全票数:Hillary: 290万票多
   ・ネット効果は少なくとも100万人? ロシア妨害効果明らか。
   ーオバマ大統領は、この件、確信しており、9月の杭州でのG20で、プーチン氏に
     「大統領選へのサイバー攻撃での干渉をやめない場合、深刻な結果を伴う」と
      直接警告したことを12月に明らかにした。
   ・2016.12.7、米政府は民主党全国委員会に対するサイバー攻撃について「ロシア
      政府が指揮した」と断定し、名指しで非難声明。
   ・2016.12.29. ロシアのサイバー攻撃での米大統領選への干渉に対し、ロシア外交官
      35人の国外退去の制裁措置を発表。
   ートランプ氏の対応:Mike Flynn補佐官解職:ロシアとの接触を偽証したとの理由。
   ・James Brien Comey Jr.CIA長官解職:フリン捜査やめよとの圧力(司法妨害)に
    抵抗したため。

  2)Mueller調査の進展
   ・2017.5.17. Mueller、Robert特別検察官任命。Mueller氏はベトナム戦勇士として国民的
    人気、FBI長官として関係者から信頼が厚く、8年任期を10年に延長奉職。
    Mueller特別検察官は精力的に調査活動を開始。
    8月には調査結果に基づき、トランプJrやマナフォート氏の疑惑につき大陪審を招集。
    10.30:Paul Manafort,  George Papadopoulos(トランプ選対幹部)起訴
    12.3. フリン偽証罪で追訴、また本丸の選挙妨害についてもロシア在住の被疑者13人
    を起訴、Trump Jr.のロシア弁護士との接触など疑惑解明を続けている。
   ・2018年には、Mueller検察官の地道で綿密な調査はさらに進展。様々な疑惑の解明
    につながる事実が明らかになるにつれて、フリン元補佐官、マナフォート元選対部長
    さらにトランプ氏の最側近として彼を支えた弁護士のCohen氏など起訴された重要
    関係者が次々に、司法取引に応じており、重要事実の関連が明らかになりつつある。
   ・Muelller検察官の調査で、トランプ氏のロシアと組んだ選挙妨害工作、司法妨害、
    ロシア関連の資金洗浄、女性スキャンダルの隠蔽工作などの実態が解明されつつ
    あり、それらを踏まえて、最終報告書が近日中にまとめられ、公表されると見込まれ
    ている。

  3)大統領弾劾の手続き
   弾劾(impeachment)の手続きは:
    1. 下院本会議が過半数で弾劾訴追を決定→上院へ      
    2.  上院:最高裁長官が議長。弾劾裁判。下院が議決した弾劾訴追項目を審議。それぞれ
     の項目につき、有罪か無罪の採決。2/3以上が有罪に賛成すれば大統領は罷免される。
   ・2018年11月8日の中間選挙の結果は、下院では民主党が改選前の193議席から41議席を
    増やして234議席を獲得、共和党は改選前の235から199へと減らした。民主党は過半数
    を大きく確保したので、弾劾訴追を決定することができる。実際ペロシ下院議場は
    2019年1月の新議会会期冒頭に”弾劾の選択は排除しない”と発言している。
 
   ・一方、上院は、共和党が中間選挙で議席を増やし、これまでの51:49から53:47へと
    その差を4議席に増やしたので、、トランプ氏は中間選挙結果は”最高”と自賛した。
    ”弾劾”は上院の”裁判”で決まるので、彼は弾劾は回避できたと安堵した?
   ・しかし、Mueller Reportが発表されると、その中でトランプ氏のあまりに醜い反国家的
    行状が明らかになり、それが国民の眼に広く晒されると、民主党はもとより、共和党
    の議員の中にも、果たしてそうした大統領を支え続けることが、彼らがこれから選挙民
    の支持を確保する上でプラスになるのかどうか、疑問が生まれる可能性がある。Report
    の結果によっては、トランプ氏の弾劾もあり得ない訳ではない。
 
   ・ペロシ議長はじめ民主党の執行部は、しかし、今、トランプ氏を弾劾しても、制度的に
    はペンス副大統領が昇格するだけで、トランプ路線は継続される。それよりも、この
    2年はトランプ氏を泳がせておいて、2020年の選挙でホワイトハウスを奪回することが
    望ましいとの思惑もあるとされる。
 
  4)大統領再選の可能性
   ・トランプ氏は、ロシアゲートを回避できれば、2020大統領選で再選される
    可能性が少なくない。
   ・トランプ氏には選挙民の約4割の根強い支持者層があり、また選挙公約を
    トランプ流に実現してきたことがその支持をより強固にしていると見られる。
   ・さらに民主党には多くの顕在と潜在候補者がいるが、求心力のある候補者が見当たら
    ないことがある。ただ、アメリカでは、大統領候補者は1年半あればつくり出せると
    される。多くの候補者の絞り込みのプロセスで選挙民の共感が得られれば、民主党
    のWH奪還も不可能ではないかもしれない。

 6. トランプ政権の経済政策とアメリカ経済
 ・トランプ政権が重視する三大経済政策:大減税、大インフラ投資、関税政策
 
 1)大減税とアメリカ経済
 ・トランプの大型税制改革は2017年末に上・下両院の折衷法案として成立。
 ・その内容は:
      ・法人税率21%(34%→21%)
      ・個人所得税:最高税率39.6→37%へ。税率区分3段階→7段階へ。基礎控除↑
      ・資金還流税制:海外留保金に一時重税。海外子会社からの配当課税廃止
      ・投資促進税制:固定資産取得の即時償却
      ・減税規模 10年で1.5兆ドル。
 ・アメリカ経済は、2008年から10年間、景気上昇を続けており、2017~2018年はほぼ
  完全雇用状態。トランプ政権の拡張型の経済政策の下で、名目経済成長率は2018年央か
  ら米国経済の潜在成長率(約2%)を大きく上回る4%前後の成長を記録している。そう
  した加熱状態の経済に、大規模減税が実施されれば、労働需給は逼迫し、インフレを加速
  する。また、減税で歳入が減るので、財政赤字は増加する。
 ・FedはYellen議長時代、2015.12にそれまでのゼロ金利政策を解除し、慎重に金利正常化
  をはかったが、トランプ政権下でインフレの加速が懸念される中で、Powell議長率いる
  Fedは経済安定を維持するために、FFレート引き上げペースを早め、2018年末には2.25
  ~2.5%レンジまで引き上げた。2019年にはさらに利上げ。

 2)大インフラ投資と財政赤字
 ・トランプ氏は、アメリカの老朽化したインフラを更新するためとして、2018.2に
  大規模なインフラ投資計画(Infrastructure Initiative)を発表。
 ・10年間で1.5兆ドル規模の財政出動。
   共和党案:連邦2000億ドル、残りは州、地方政府、民間セクターで。
   民主党: 連邦の負担過少と批判
 ・現段階(2019年初)では、計画の詳細は詰められていないが、この大規模財政出動が実行されると、それはインフレを助長すると同時に、財政赤字を膨張させる。

 3)高付加関税政策
 ・トランプ政権は2018年後半から中国はじめアメリカへの主要輸出国に対して、安全保障上
  あるいは不公正貿易などの理由で、高付加関税をかけ始めた。高関税政策は、輸入財の価格 
  を押し上げ、供給量を減らすので国内需給を逼迫させ、インフレを助長する。
  GMは高関税によるコスト高で5工場閉鎖、1,5万人リストラ。トランプ激怒。GMは合理的。
 ・米国の輸入はGDP12%程度。高関税による経済下押しリスクはそれほど高くない? 
 
 4)インフレ、高金利、株安、ドル高と景気後退
 ・こうした状況でインフレが進むと、Fedは経済安定化のために利上げを重ねざるを得
  ない。トランプ氏は利上げを続けるPowell Fedが ”狂っている” と中央銀行の独立性を
  無視した危険な批判を繰り返しているが、金利でコントロールしなければ、アメリカ経済
  はインフレが昂進して悪質なスタグフレーションに陥るだろう。
 ・しかし、金利の引き上げは、株安を招き、また期待成長率とリスクプレミアムの高い
  トランプ政権下のアメリカ経済では長期金利が高まらざるを得ない。長期金利の上昇
  はドル高を促進し、それはアメリカ経済の輸出競争力を削ぐだけでなく、弱小の新興国から
  の資金のアメリカへの流出によって通貨下落や、ドル建て負債を抱えた国々の破綻を招く
  など、世界レベルでの景気後退と経済縮小を招くおそれが高い。
 ・トランプ政権が第二期に入ると、その三大経済政策が全開するので、こうした悪夢の
  シナリオが実現する可能性が一層高まるだろう。
 
 ・リスク: 
   インフレ↑→金利↑→長期金利↑
     →輸出減退
     →弱体国:トルコ、アルゼンチンなど。通貨↓、インフレ↑、金利高騰↑
     →債務国:経済↓、破綻、default, 通貨↓失業↑
     ⇒世界経済収縮

Ⅲ.    混迷する欧州と伏在する危機
 1. Brexitの経緯と顛末
  ・Brexit問題は欧州のみならず世界の緊急かつ重大な関心。
  ・離脱期限の2019.3末までに円滑な離脱ができず、No Deal Brexit(合意なき離脱)になる
   と英国、欧州だけでなく世界経済に甚大な衝撃と経済活動阻害の後遺症。

  1)世紀の愚策:キャメロン首相による国民投票
  ・2016年6月23日に行われた国民投票の結果は、Brexit派が51.9%対48.1%僅差で勝利。
  ・青年層、高学歴層、ロンドンなど大都市の市民は残留、地方在住、低学歴者、中高齢者層
   はほどんど離脱投票。多くの知識層は残留を当然と考えて投票に行かなかった?
  ・国民投票の背景。2015年の総選挙を前に、英国独立党の急伸や保守党内の対立に悩んだ
   キャメロン首相が1975年のウィルソン首相(労働党首)がEC加盟を国民投票にかけた成功
   経験に倣い、国民の関心の外部化をはかって国民投票を約束?
  ・2015.5.の総選挙は、保守党が大勝。国民投票は約束の2017でなく2016.6.23に前倒し実施
  ・国民投票の前にキャメロン首相はEU当局と交渉、一定の理解と譲歩を得たので残留が得策
   と考えて国民に分厚いパンフレット配布してアピール。詳細すぎて選挙民の理解超えた?
  ・キャメロン首相が頼みにしていたBoris Johnson ロンドン市長やMichale Gove氏が離脱派
   の旗手になったのはキャメロン氏には痛手。離脱派は反移民を感情的に訴え、離脱すれば
   EU から金が戻るとの虚偽の喧伝をして国民を扇動した。

  2)義務感で硬直したメイ首相
  ・国民投票で負けたキャメロン氏は首相を降板。キャメロン内閣で内相を4年担当した
   Theresa May氏が消去法で首相になった。対抗馬が辞退などしたため、議員選挙も
   党員選挙も経ずに2016.7.首相になった。
  ・首相就任後しばらく(8~9月)はメイ首相の発言は旗色不鮮明だった。彼女はもともと
   残留派だったので、国民投票は実は法的には参考意見に過ぎないという理由で、ウヤ
   ムヤにするのでは、との観測も一部にはあった。それができたら大政治家かも。
  ・しかし、彼女はやがて「国民投票の結果は明白であり正当だ。離脱は離脱(Brexit is
    Brexit)との立場を明確にするようになった。メイ首相は10月の保守党大会で強硬離脱
  (hard Brexit)の旗色を鮮明にした。彼女はもともと残留派だったが、首相になるやその
   職責上、自分の信条とは正反対の”強硬離脱”に政治生命をかけるようになった。
  ・2017.3.29 リスボン条約50条に基づき、メイ首相はEU本部に”離脱”を正式に通告した
   離脱期日は、2年後の2019.3.29となる。
  ・予備交渉のためブラッセルを訪ね、離脱条件を打診した際、彼女はBrexit Bill(手切れ
   金?)が莫大であることを知る。英国の欧州への寄与や特殊性を訴えて、減額を要請
   したが、メルケル首相に ”Rule is rule” と撥ね付けられて帰国。
  ・メイ首相はそこで、総選挙という賭けに出る。1. 圧倒的多数をとってEUにたいする交渉力
   を強めること、2. 総選挙を経た首相になること、が動機?下馬評は保守党の圧勝が大勢。
   ところが選挙結果は、予想外に保守党の大敗。メイ氏の賭けは完全に裏目にでた。選挙を
   動かしたのは若者の投票行動と言われた。労働党の若者におもねる授業料無償化、福祉増
   額などの公約が若者を引きつけたとの解釈もあるが、2016.6の国民投票にまさかBrexitに
   なるとは思わず、投票に行かなかった若者が投票したことが大きいのではないか。
  ・6/8の英国総選挙でメイ首相率いる保守党は12議席も議席を減らし、318議席と過半数
  (326議席)をも割り込んだ。労働党は逆に229から262議席へと議席を大幅に増やした。
   そこでメイ首相は下院で10議席を有する北アイルランド保守政党の民主統一党(DUP)に
   擦り寄り、閣外協力で合意を得て、ようやく政権は継続できることになった。しかし、
   このことがいわゆるアイルランド国境問題として、その後メイ首相を苦しめつづけること
   になる。
  ・2017年の年末に向けて、離脱条件の交渉が大詰めを迎えた。離脱には大別して三つの条件
   をクリアーすることが必要だった。
   1)Brexit Bill(手切れ金=離脱請求書)、英国がEUに負っている債務の清算分。
   これは(EU予算の未払い分、EU官僚の年金負債、EIB(欧州投資銀行)融資の保証分など)
   であり、当初EUは600億ユーロ(8兆円)を要求したが英国が特別扱いを要求。困難な交渉
   の結果、12月に入ってようやく英国側が400億~450億ユーロ(5~6兆円)を英国が受け
   入れたので原則合意が得られた。

   2)在英のEU市民と在EUの英国市民の権利保護

   3)英国とアイルランドの国境問題の解決
    アイルランド問題は17世紀の宗教革命から今日まで続く対立と紛争の歴史に血塗られた
   困難な問題である。現在はアイルランド共和国(南、カソリック多い)と北アイルランド
  (英連邦、北部地域、プロテスタントが多い)に分割されている。
    南北ともこれまではEU加盟国だったが、英国の離脱で、北が英国領である限り非加盟と
   なる。 EUは南北国境をヒト、モノ、カネの自由流通を保証することを離脱の条件として
   要求している。 メイ首相は2017.12.13~14のEU首脳会議に向け、それを受け入れる意向
   を提示した。
    これにたいし、12.8.北アイルランドDUP(民主統一党)のフォスター党首は閣外協力
   の撤回も辞さずと強硬に反対。自由流通・移動だとアイルランド共和国側から移民が北に
   無制限に入国することを排除できない。国境問題は今後の通称協議で継続審議ということ
   で、12月13.14のEU首脳会議の段階では玉虫色で一応決着した。アイルランド国境問題は
   その後も関係者が納得する解決策が見出せず、現在までBrexit問題の桎梏になっている。
    EU首脳会議(Brussels)では、英国はenough guaranteeを示したとして離脱条件に
   関するE.Commission Recommendationを承認した。以上が、英国のEU離脱条件に
   関する原則合意である。それをふまえて、Brexitは、本丸の通商条件の交渉に入ること
   になる。

 3)アイルランド国境問題
 ・南北アイルランド問題は、300年以上も続いた紛争の歴史。1998年4月にいわゆる
     Good Friday Agreement(ベルファスト合意)で一応の決着がつくまでに、戦後だけで 
  も紛争で3000人もの犠牲者が出た。英国とアイルランド共和国がEUに加盟してからは
  南北アイルランドには事実上、国境がなくヒト、カネ、モノが自由に行き来した。英国
  がEUから離脱すると、南北の間にはまた国境ができる。それは紛争に苦しんだアイル 
  ランドの人々は感情的に許容できない。
 ・しかし国境のチェックがなければ、南の共和国から北アイルランドに移民が自由に
  やってくるし、密輸も横行する。それは認められない。Brexit実行後、英国はこの
  アイルランド国境で、厳格な国境管理のない国境という稀有の状態を実現しなくては
  ならない。
 ・問題は、それをどのような形でいかに具体的かつ現実的に実現するかである。
  メイ政権は、後述するように2018年7月はじめに発表した政府白書(通称Chequer’s Plan)
      で、厳格な国境管理を回避する具体策としてITの先端技術を駆使して、関税事務所や関税
  手続きの目に見える作業なしで、事実上、関税業務を実現させる新しい入国審査や関税業務
  のあり方を提案した。しかし、これはこれまでには世界のどこでも実施されていない未踏の
  空想的な技術であり、現実性・具体性がないとしてEU首脳から全く評価されなかった。
 ・EU当局は、メイ政権が具体案を示せずに時間が浪費されることにしびれを切らし、2020
  年末までの「移行期間」については、北アイルランドだけを関税同盟に残すという案を
  提示したが、これに対しては、メイ首相が、それは英国を分断するに等しいので、全く
  認められない、と拒否した。
 ・具体的な解決策が見つからずに窮地に追い込まれたメイ首相は、2018年11月になって、
  英国の分断を回避し、かつ厳格な国境管理をしないで済む方策として、北アイルランドを含む
  英国全土をしばらくの間(当面は「移行期間」)、関税同盟に残すという対案を提案した。
 ・関税同盟に当面残留することについて、英国労働党は肯定的な反応を示したが、メイ政権内
  および与党保守党の強硬離脱派は激しく反発している。離脱後の英国が当面(明確な期限は
  未定)関税同盟に残留することは、その間、英国はEUの諸規則の制約を受けることになり、
  EUからの国家主権の完全回復を求めて選択された国民投票の趣旨に完全に反するという理由
  である。

2. 離脱案の提案、再提案と英国政治の葛藤
1)Checker’s planとEU首脳の批判
 ・2018年7月はじめ、メイ首相は、離脱後のEUとの通商関係に関する英国政府(メイ政権)
  の基本方針を取りまとめた。これは98pにおよぶ文書で、将来の通商関係に関するメイ政権
  の方針を体系的に記述している。メイ首相は、彼女の別荘Chequer's Houseに内閣の関係
  閣僚を招いてこの案を提示・説明したことから、この文書は「白書」もしくはChequer's
  planと通称されることになった。
・その内容は、基調としてEUと特権的な関係(privileged link)を保持することを謳っている。
 英国はモノについての自由貿易域(free trade area)を維持し、アイルランド国境を含め国境の
 すべてにおいていかなる摩擦も回避するようIT技術を活用して精緻に構築された仕組みによって
 EUの関税同盟のメリットを享受する。しかし、英国のGDPの80%を産出するサービスについて
 は英国とEUとの間により緩やかな関係を提案。すなわちサービスについては英国は自律的に
 ルールを設定できる自由度を確保する、という趣旨。
・この案にたいし、EU当局者は、英は「いいとこ取り」と警戒。EUの首席交渉官(chief
  negotiator)であるMichel Banier氏は、英国はモノの取引だけで単一市場型のメリットを享受
 して、サービスやヒトの移動の分野をそうした扱いから除外することは許されないと警告し、
 英国とEUがあたかも合同の関税領域にいるような状況つくるIT技術の実現性についても疑問を
 呈した。
・一方、英国の離脱強硬派は、白書の提案では、英国が離脱後もEUのルール作成に関与でき
 ないままEUルールに一方的に縛られることになるので、主権を取り戻すためのBrexitの趣旨に
 全く反するとして激しく批判した。それは深刻な事態に発展した。メイ政権発足当初から、
 Brexit問題を担当してきたDavid Davis離脱相が7.8夜、さらにBoris Johnson外相がその15
 時間後に辞任を表明したのである。
・EU首脳部は、2018.9.20~21にかけ、10月の定例首脳会議の一ヶ月前に臨時のEU首脳会議を
 Saltzburgで開催し、メイ首相を招いて、より率直に英国案について、EU加盟国首脳の意見を
 伝え、改善を求めようとした。EU首脳達はChequer's planを検討した上で、「提案はいいとこ
 取りで、その主張はEUの単一市場を掘り崩すものと厳しく批判。メイ首相はEU首脳は彼らの
 批判に反発。結局、10.18~19に予定されていたEU首脳会議での最終決着は事実上断念され、
 懸案は11/17~18の臨時首脳会議に持ち越されることになった。

  2)再提案と英国政治の障害
 ・膠着した事態の打開をはかるため、メイ首相は新しい協定案は2018.11.14に公表した。
  協定案は585pにおよぶ文書で離脱協定案、市民の権利、北アイルランド問題など広範な
  課題を網羅している。
 ・その要点は、英国はすべての財政的責任を果たし、離脱の結果、EU加盟国の負担が増える
  ことのないようにする。英国は、400兆ないし450兆ユーロの負債を完済し、英国在住のEU
  市民に充分な権利を保障する。
 ・2020年末までで合意された「移行期間」はEUと英国双方の合意で延長することができる。
 ・北アイルランド問題(30job):北アイルランドへのbackstop(安全策)は英国全土がEUの
  関税同盟に残留することで保証される。これは、メイ首相のred lineであるアイルランド海峡
  や国境で税関審査をしないことを保証する。
 ・公平なビジネス機会を保証するため、英国はEUの競争法などのルール、EU労働法、環境規制
  そして税制を遵守する。
 ・この新協定案が公表されると、Dominic Raab 離脱担当相が辞任を宣言。彼は、メイ首相の
  案は英国の誠実さへの脅威であり、保守党の公約違反であり国民の信頼を裏切ると批判。
  Raab氏につづいてEsther McVey労働・年金相、さらにSuella Barverman離脱担当副大臣
  またShailesh Vara北アイルランド担当相も相ついで辞任した。
 ・これに対してメイ首相はこの新提案をひっさげて、たとえ保守党が激動してもやり抜く覚悟。
  11.25の緊急EU首脳会議で、離脱協定案とともに正式決定したい、決意を強調した。そして
  11月25日、BrusselsでEU緊急首脳会議が開催され、メイ首相が提出したEU離脱新協定案は
  正式に承認された。 

 3. No Deal Brexit(合意なき離脱)の衝撃とこれからの展開
  1)移行期間なしの離脱の甚大な破壊効果
 ・2018.12の英国議会(下院)では、メイ首相の新提案が野党ならびに与党強硬離派の
  反対が多く、承認に見通しが立たないので、採決は2019年1月に延期された。そこで
  どのような展開になるか、現時点では見通しは立たないが、もし適切な合意が得られる
  ずに、No Deal Brexitになると何が起きるか、産業界はじめ各界でその懸念が高まっている。
 ・合意なき離脱となると、EUと合意している2020年末までの「移行期間」も無効になるので、
  突然、英国は海図なき荒海に漂流することになる。
 ・目に見える衝撃として、2019.3末から19.3末から急遽、英仏国境で通関手続き必要となる。
  準備期間や施設が足りない。港湾当局はトンネルを2分足止めでも27km超の渋滞となると
  想定。英国に立地する多くの工場は物流が事実上ストップし、サプライチェーンは機能不全
  となる。その結果、英国産業の空洞化が進み、それは世界経済の縮小に繋がる。
 ・また金融面では、英中銀は、合意なしの離脱の場合、英国に集中している想定元本ベースで
  最大41兆ポンド(約6000兆円)のデリバティブが不安定な状態におかれると警告。合意なき
  離脱となるとその天文学的な契約の書き換えや見直しが急遽要請されるので、英国や欧州
  のみならず世界の金融取引の大きな部分が麻痺状態になり、世界経済に深刻な影響を及ぼす。

 2)その後の展開
 ・メイ首相の次のハードルは、欧州首脳の承認を得た離脱案を、英国議会の下院で承認
  を得ること。当初、議決は2018年12月中旬に実施される予定。首相は、英国にとって
  この最終案を承認をすることの重要性を説き、また否決することの破壊的な影響の深刻
  さについて議員諸氏に熱烈に説いて、一人でも賛成票を増やすことに注力した。
 ・12月上旬にメイ首相の不信任案が議会に提出されたが、それは否決され、メイ氏は
  首相として信任された。
 ・しかし投票予定日の直前になって、票読みをした結果、反対派が、野党ばかりでなく
  与党の強硬離脱派や閣外協力をするはずの北アイルランドのDUP(民主統一党)
  なども加わり、はるかに多数になることが見込まれたので、メイ首相は投票を一ヶ月
  ほど延期する決断。
 ・投票は、2019年1月15日に予定されたが、メイ首相は、なんとか賛成を増やそうと
  「否決すれば、我々はuncharted water(海図なき荒海)に漂流することになると警告。
 ・1月中旬の状況は、メイ首相の牽引力の低下のもとで、議会による新たな離脱案の提出や
  国民投票のやり直しなどの意見が浮上しているが、投票の結果、どのような展開になるか
  現時点では極めて不透明。「合意なき離脱」の混乱も否定できない状況。
   ・2018.1.15夜、メイ首相の離脱案に対する下院の投票が行われた。結果は、賛成202
  反対432という歴史的大差で、首相の離脱案は否決。反対票の中には、保守党の造反票
  が118も含まれていた。
 ・翌日、労働党が提出した内閣不信任案にたいし採決が行われたが、ここでは不信任案
  は僅差で否決され、メイ首相は続投することになった。
 3)今後のシナリオ
 ・首相の再修正案提出:1/21にメイ首相が再修正案を提出して採決を求める。

 ・1/21:メイ首相、微修正、現状打開策示せず。
      アイルランド安全策(backstop)、当面(強調)英国全土関税同盟残留
      強硬離脱派は絶対反対
 ・再度の国民投票:これを求める声が高まっているが、メイ首相は国民の信頼を裏切るとして、
   断固拒否をしている。首相が信任されている以上、再投票は困難。
 ・ただ、労働党は党首以下再投票支持。与党内にも少数の支持。この動きが広まる可能性も。
 ・EUと再交渉:EUは再交渉には応じないとしており、これも困難。
 ・議会の一部に修正案模索の動き、大きな動きになっていない。
 ・3月29日までに、大多数の関係者が納得できる名案が見つかるか。不透明で困難。
 ・合意なき離脱のおそれ。
  →英国:経済に数%のマイナス可能性
  →EU:1~2% マイナス、世界経済:1%前後のマイナス
  →世界不況のトリガーのおそれ大

激動する世界と中国の課題(2)トランプ発貿易戦争をどう克服するか

Ⅳ. 対中追加関税の発動と中国の報復
 1.  第一次対中追加関税発動2018.7.6
  ー7.6 トランプ政権は、6日、中国の知財侵害に対する制裁関税を発動した。
   産業用ロボットなど340億ドル(約3.8兆円)分に25%の関税を課した。
   中国も同規模の報復に出る構え
   トランプ大統領は中国の出方次第では、中国からの輸入品全てに関税をかける
       可能性も示唆。

 2.  第二次対中追加関税発動2018.8.23.
   -8.23.  トランプ政権は、23日、知財侵害を理由に、中国への制裁関税の
            第二弾を発動。
    半導体や化学品など、279品目。160億ドル相当、に25%の関税上乗せ。
    中国も直ちに同規模の報復。

 3.  第三次対中追加関税発動2018.9.24.
   ー9.24、トランプ政権は、約2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品に
            10%の追加関税を課す対中制裁関税第三弾を発動。
   ・中国も600億ドル相当の米国製品に5~10%を上乗せする報復関税と即日
            実施。
   ・両国の貿易戦争はお互いの輸入品の5~7割に高関税を課す危険水域に。

 4.  第四次対中追加関税の脅し
  -9.9  トランプ氏は9.7. 中国からの輸入品2670億ドル(約30兆円)相当に
         新たに関税をかける用意があると表明。第3弾の2000億ドル相当とは別。


Ⅴ.  米中対立と衝突の構図
  1.  目覚ましい中国の発展と市場主義への取り込みの期待
   ー1980年代、鄧小平の主導する改革解放戦略で目覚ましい発展。
    ・1980~2010までの30年間、GDP平均年率10%で成長
   ーアメリカと西側諸国は、発展する中国は、中産階級↑、
           自由選択→市場競争→民主主義と考え、自由主義・民主主義に同化すると
           期待。
   ー取り込み戦略(engagemen),  WTOへの参加を認めたのもその一環。
    中国の発展を支援。

  2.  中国の歴史的発展と大戦略
  (1)アヘン戦争以来の屈辱の歴史の超克
            ー中国は古代から近代まで東洋の圧倒的な超大国であり、文化の中心で
               あり、最大の覇権国だった。 
            ー中国は特に1840~42年のアヘン戦争と1856年のアロー号事件で、
               イギリスに事実上植民地化され、欧米列強が相次いで中国に利権を設定
               し、つづいて20世紀前半には日本によって蹂躙されるに至った。

          ー中国は1980年代以降、鄧小平の指導による積極的な開放改革戦略で
               目覚ましい発展を遂げた。鄧小平は事実上の超大国への道を急進する
               この期間、”韜光養晦(爪を隠して内に力を蓄える)という路線を堅持
               した。しかし、2012年、国家主席に就任した習近平は、中国の力を
               内外に誇示する戦略に転換した。

  (2)中国夢
    ー習近平は、盛んに”中国夢”を唱え、中国は今や、アヘン戦争以来170年の
               屈辱の歴史を乗り越え、中国人民にふさわしい世界の大国、強国になる
               のだと国民を鼓舞した。
     そのキャッチフレーズが”中国夢”である。

           ー習近平政権が追求する”中国夢”は、170年間の屈辱の歴史の克服と払拭
               そして欧米列強の歴史的横暴に対するリベンジであり、中国人民の国家的
               復権をめざすものである以上、それは実現せねばならぬ国家の基本戦略で
               ある。それを実現する最大の基礎は経済力、特に質の高い競争力に裏打ち
               された経済力である。その戦略の重要な一環として、中国政府は「中国製
               造2025」というビジョンそして工程表を提示した。

  (3)中国建国100年強国構想
          ー中国は、2021(共産党創設100周年)を念頭に、
       2020:小康社会の全面完成
       2035 :社会主義現代国家建設
       2049(中華人民共和国建国100周年):社会主義現代化強国。
      ・そのためには創新(イノベーション)が基本戦略

         (4)「中国製造2025」に象徴される経済強国化戦略
   ー中国国務院が2015.5発表の産業政策『「中国製造2025」は、次世代情報
            技術やロボットなど10の重点分野を設定、製造業の高度化をめざす。
         ー中国は建国100年の2049に「世界の製造強国の先頭グループ入り」を
             めざす。
          「中国製造2025」はその長期戦略の第一歩。
    ー発展途上国に多かれ少なかれ共通する国家主導発展戦略
      例:戦前・戦後の日本、19世紀のドイツ、韓国、シンガポールなど

  ○「中国製造2025」
   ー中国国務院が2015.5発表の産業政策『「中国製造2025」は、次世代情報
            技術やロボットなど10の重点分野を設定、製造業の高度化をめざす。

   ー中国は建国100年の2049に「世界の製造強国の先頭グループ入り」を
            めざす。
   「製造2025」はその長期戦略の第一歩。

   ○製造強国への工程表
     1. 第一段階(2015→2025):製造大国(規模)→製造強国の仲間入り
     2. 第二段階(2025→2035): →製造強国の中等水準
     3. 第三段階(2035→2049): →製造強国の先頭グループへ躍進。

           ○「中国製造2025」
    ⓵  次世代情報技術:
         集積回路と専用機器:半導体チップ国産化
          情報通信機器:新型コンピュータ、高速インターネット、第5世代
                          移動通信
          基本ソフト(OS)、業務用ソフト:ソフトの核心技術で飛躍
    ⓶  高度なデジタル制御の工作機械・ロボット
        高度な工作機械、ロボット 
    ⓷   航空・宇宙設備
        航空用機器:大型航空機開発、ヘリコプター、無人航空機
        宇宙用機器:次世代運搬ロケット、有人宇宙飛行、月面探査
    ⓸  海洋エンジニアリング・ハイテク船舶
       深海探査システム、海洋事業機器強化、豪華クルーズ船
    ⓹  先端的鉄道設備
         新材料、新技術、省エネ、デジタル化、スマート化、ネットワーク化
          で世界トップレベルの鉄道交通体系構築
     ⓺ 省エネ・新エネ自動車
        電気自動車、燃料電池車開発支援。自動車の低炭素化、情報化、
                  スマート化の核心技術掌握、自主ブランドをトップレベルに。
     ⓻ 電力設備
       超大容量水力発電、原子力発電、重量型ガスタービンの製造能力向上。
         新エネ、再生エネ、スマートグリッド用送電、変電機器開発
    ⓼ 農業用機材
       農業機器重点開発、大型トラクターなど。
    ⓽  新素材
       超電導素材、ナノ素材、グラフェン、生物学的基礎
    ⓾ バイオ医薬、高性能医療機械
      化学薬品、漢方薬、生物薬品の新製品開発。バイオ3Dプリンター開発、
                  応用。

 3.  ツキディデスの罠と覇権競争
   (1)ツキディデスの故事
     ーギリシャの歴史家ツキディデス、新興国アテネの覇権国スパルタへの
                  挑戦
     ・結局、ペロポネソス戦争に。アテネの勝利
     ・過去2000年間の覇権争いは半分以上が戦争に。

      (2)19正規のGreat Game:英国とロシアの覇権争い
     ・覇権国大英帝国へのロシア帝国の挑戦

    (3)20世紀後半の米ソ冷戦
      ・1950年朝鮮戦争ー冷戦開始、アメリカによる共産圏封じ込め、
       1991年ソ連崩壊。派遣闘争:40年かかってソ連崩壊

    (4)1980年代の日本の追い上げと日米摩擦
       ・1985年、日本のGDP/Nはアメリカを2年間上回った。
      ・アメリカは日本の発展戦略を問題視、・プラザ合意による円高↑の
                     強要
      ・日本、円高で競争力維持のため財政・金融で景気拡大政策→
                     過剰流動性→
      ・バブル↑→崩壊↓→失われた20年→日本の退潮

    (5)2018年以降の米中貿易戦争
                  ・1980~2010の中国、鄧小平の改革解放で大発展
      ・2012年以降、習近平主席の大国思想、新型大国関係

    (6)  ペンス米国副大統領演説(2018.10.4)と新冷戦の可能性
      ・Michael Richard Pence(Mike Pence)氏のHudson Instituteでの
                     講演
      ・新冷戦の開始を示唆?


Ⅵ. 大国中国の自己認識と世界の評価
  1. 中国は発展途上国か?
     1)失われた屈辱の180年
     ー1840年のアヘン戦争以来、欧米列強と日本に蚕食された屈辱の歴史
     ー今こそその屈辱の歴史を超え、本来の中国人民にふさわしい強く豊かな
                  国をつくる

    2)中国の格差構造:沿岸部と内陸部
      ー沿岸部は高度に発達、所得水準高く、世界の先進国と同等
      ー内陸部:経済発展の遅れ、所得水準低い、あたかも別の国。

    3)中進国の罠と人口減少の制約
     ー一人当りGDP 8000ドル、中進国としての発展段階へ
     ・賃金上昇、高まるコストを上回る技術革新、生産性向上急務=中進国の
                 罠 
     ー人口増加頭打ち、高齢化と人口・労働力の減少=成熟国の活力↓ 
     ・人口ボーナスから人口オーナス、技術革新、innovation, 生産性↑
                  重要     

 
  2. 誰が見ても「超大国」の中国
           1) 発展途上を主張するにはあまりに巨大な存在
     ・世界第二の経済大国、アメリカ経済の2/3、PPP(購買力平価)では上回る?
     ・中国成長6%、アメリカ成長3%:20年後には中国GDPがアメリカを上回る?

    2)国際機関での存在感主張
     ・IMF. WB, ADB(アジア開銀)などでトップはたは幹部役員を狙い
                  働きかけ
     ・自前の国際機関、AIIB,
    3)中国のアジア、ユーラシア、アフリカ戦略
     ・「一帯一路」”AIIB(アジアインフラ投資銀行)”

  3.   技術最先進国の中国
    1)巨大な先進情報企業と情報ネットワーク
    2)ユニコーンを生む起業のエネルギー
    3)技術導入と移転に関する特殊性
     ・後発国は先進国の技術導入、模倣によるcatch upは当然
     ・中国の技術水準はアメリカと同格?

  4.   中国の国際世論影響戦略
    1)注目される中国のsharp power
     ・対象国の世論、政治への働きかけ、影響工作
     ・Pence氏の激しい批判。

            2)  孔子学院の展開
     ・孔子学院の狙いは?


Ⅶ.   米中は新冷戦に突入するか
  1.  ペンス副大統領演説(2018.10.2)は新冷戦の始まり?
   ーMichael Richard Pence(Mike Pence)氏のHudson Instituteでの講演
   ・1980年代以降の鄧小平主導「改革解放」戦略による中国の目覚ましい発展
    を踏まえて、米欧は中国の発展による自由化を期待し、中国をengage
            (取り込み)
    しようとWTO加盟も支持し、手を差し伸べてきたが、裏切られた。
            習近平政権は経済的に攻撃的、軍事力↑志向。
   ・アメリカは中国が不公正な貿易で米国に被らせた赤字を容認しない。
   ・中国共産党は「中国製造2025」を通じ、世界の先端産業の9割支配を
            めざしている。
   ・中国の覇権志向は失敗する。
   ・中国はここ数年、自国民への統制と抑圧を強化。少数民族への迫害↑。
            途上国に借金漬け外交を強要。台湾の孤立化を画策
   ・中国はトランプ政権の打倒を狙って、アメリカ国内政策と政治への干渉を
            強化。
    2018年中間選挙、2020大統領選挙へに向けた取り組み、ロシアをはるかに
            上回る。
   ・米通商政策の転換のために対中投資米企業に圧力。

       ーペンス演説は、トランプ政権のみならず民主党の中国警戒、強硬派も含め、
          米国のestablishmentの対中国観を集約・代表するものと受け取られている→
          新冷戦?

  2. 米中経済安全保障再考委員会(USCC)報告(2018.11.14)
  ー米議会の超党派諮問機関、米中経済安全保障再考委員会(USCC)は11.14、
         中国のハイテク技術が米国の安保上のリスクになると警告する報告書公表。

   ー経済:
   ・多国間枠組みでは中国の不正な商慣行を十分是正できない
   ・外資企業は中国の報復を恐れ知的財産権保護を主張しにくい。
   ・中国は国家主導でIoT関連開発。米企業や個人の情報流出も。
   ・中国がハイテク分野の国際標準で主導権握れば安全保障リスクに。
   ー安全保障:
   ・中国軍は2035愛でにインド洋や太平洋の全域で米軍に対抗勢力
   ・一帯一路を名目に整備した港湾は中国の軍事拠点にもなる。
   ・米政権は台湾の自己防衛に役立つ軍事協力をすべき。


Ⅷ. トランプ現象をどう見る?
 1. トランプ個人の特異性
  ・貿易戦争に象徴されるトランプ政権の激しい中国への批判と攻勢や、
         第二次大戦後のアメリカが主導してきた経済や安全保障面での国際協力・
         協調体制を否定するトランプ
   政権の態度は、トランプ氏個人の信条や性格に起因するものなのか、それとも
         もっと広く深い背景があるのか。
  ・トランプ氏の政策には、”Deal”を好むなどトランプ氏個人の手法などが色濃く
         反映されている面もあるが、トランプ政権が追求している方向性は、もっと
     広い背景に起因すると思われる。

 2. 世界で進む「トランプ」現象
  ・それは”トランプ現象”とも言うべき世界の大きな構造変化そして思潮の変化
         である。
  ・戦後世界の経済発展を促進した最大の力は技術革新であり情報化である。   
         それは”グローバリゼーション”と言う世界経済全体を包摂する大きな地殻変動
         に帰結した。
  ・グローバリゼーションの下では、情報化によって資源はもっとも効率的に配分
         される。
   例えば、もっとも安く作れるところで製品を作りもっとも高く売れるところで
         販売される。その結果、賃金などコストの高いアメリカなどから、工場は
         コストの低い発展途上地域に移転し、新しい技術についていけないアメリカな
         どの労働者が失職する。
  ・また、賃金の安い国や地域から賃金の高い国への移民が増加し、コストの高い
         国の労働者の雇用を脅かす現象が広まった。
  ・こうした世界の構造変化を背景に、技術革新と情報化に取り残された人々の   
         不満が高まり、それは2016年6月のBrexitに、そして同年11月のトランプ
         大統領選出という現象を生み出した。

 3. 同盟国を攻撃するトランプの愚
  ・トランプ大統領は、彼が仕掛ける貿易戦争で、カナダ、EU、日本、韓国、
         オーストラリアなどアメリカの伝統的な同盟国にも追加関税をかけたため、
         これら同盟国は困惑し、対米不信感が高まっている。
  ・中国にとって、アメリカの伝統的同盟国における対米不信の高まりは、
         中国がアメリカと対抗する上での機会を提供する。

 4. どちらが世界を味方につけるか
  ・アメリカは、第二次大戦後、ソ連が主導する共産圏を包囲する形で地政学的に
         展開している国々に、経済発展のための援助と安全保障協力を提供し、
         これらの国々を同盟国としてきた。冷戦体制時代にアメリカが構築したこれら
         同盟国とのネットワークはアメリカの伝統的資産である。
  ・一方、中国はアメリカのような形で同盟国を構築してはこなかった。
         冷戦時代、ソ連と密接な関係は持ったが、それは時に対立・対抗関係も含み、
         同盟関係とはいえない。
   また、鄧小平時代は”韜光養晦”の方針の下、国際政治面では積極的な主導権を
         取ることはなく、あえて同盟国のような味方をつける戦略は撮らなかった。
  ・トランプ発貿易戦争に代表される米中の”覇権闘争”が不可避になりつつある
         現状では、
   米中のどちらが国際社会でより多く有力な味方を確保するかが重要な鍵になる
         ように思う。

 5. 中国に求められる世界説得力
     ・このような状況下で中国に求められるのは、世界の諸国が中国とともに歩みた
        いと思うようにする説得力だろう。
  ・説得力の中核となるのは、社会を構成し、経済を主導する価値観。


Ⅸ. 中国の世界説得力
1. 欧米の価値観
 1)フランス市民革命が起源:自由、平等、博愛
 ・現在の欧米主要国の統治の価値観は18世紀末のフランス革命に淵源がある。
      フランス革命では絶対王政の貴族政治で抑圧されてきた人民が、そうした体制
      からの解放を求め、貴族政治の打倒をめざして革命を起こした。その基本理念
      が、自由、平等、博愛である。

 2)人権、市場競争、民主主義
 ・フランス革命は旧体制の多くの国々に影響をもたらし、封建的な絶対王政に代わ
      る近代国民国家が多く誕生した。現在の欧米主要国は、フランス革命に淵源を
      持つ近代思想を”人権、自由な市場競争、民主主義”として共通の価値観として
      いる。

2. 現代中国の価値観
 1)コミンテルン流の共産主義
 ・現代の中国すなわち中華人民共和国は1949年に毛沢東率いる共産党によって
      建国された。
 ・毛沢東は、1930年代から40年代にいたる蒋介石率いる国民党との対抗の中で、
 ソ連が国際共産主義敷衍活動として推進していたコミンテルン運動から多くを学び、影響を受けた。

 2)中国型の社会主義
 ・その後、毛沢東はソ連型の共産主義ではなく中国の土壌の上で独自の社会主義を
      構築していった。

 3)鄧小平以降の社会主義市場経済
 ・鄧小平は毛沢東体制を克服して、現代中国の目覚ましい発展を主導したが、   
      そこでは中国型の社会主義は維持するものの、経済発展のためには欧米諸国や
      日本のような競争原理にもとづく市場経済を導入する必要を強く認識し、
      ”改革開放”の旗印の下に中国型の社会主義市場経済体制を樹立し、年率10%成長
       を30年間つづけるという世界史的な成果を達成した。

3.  中国は世界の普遍的主導原理を創れるか?
 1)市場主義経済は世界に共通
 ・中国の社会主義市場経済に取り込まれている”市場経済”の考え方は、今やロシア
      をはじめ多くの国々で肯定され、世界に共通の価値観となっているといえる。

 2)中国型社会主義市場経済は中国特殊型
 ・一方、中国は”共産党主導の社会主義”という理念は堅持しており、これは中国の
      統治概念の基本だが、世界の多くの国々に共有される概念ではない。

4.  中国の古典思想の歴史的蓄積と知恵
・中国が現在の統治概念を堅持しつつも、世界の多くに国々に理解され共有されうる
    思想を提示できるか。その一つの鍵は、中国の古典思想に求められるように思う。
    中国には2500年前に儒教思想を明示した孔子の「論語」をはじめ、孟子、老荘
    思想、朱子学、陽明学などの深い思想の歴史がある。これらの思想は、ひとつには
    朱子学に代表されるような帝王の心得としての思想であるが、これら全てに貫かれ
    るのは ”仁” の概念に象徴される万物の調和と共存の考え方である。
・それをそのまま説くのではなく、現代社会や経済のあり方に対して、現代的具体的
   な調和と共存の理念を再構築して世界に訴えることは可能であり有意味であると
   考える。中国や日本のアジア思想の本質を現代世界の問題解決のために新たに提起
   する価値があるのではないか。


追記:
上海で、12月12日午後、上海交通大学での3時間半にわたる講演とパネル討論そして200人ほどの聴衆との質疑など大変有意義な意見交換、また、翌日13日には上海森ビル内「雲間美術館」の会議室で上海を中心とした各界の有識者との3時間にわたる討論の機会がありました。この機会における情報共有と意見交換が大変有意義だったので、私の北京の友人が好意で私が時折書く短文をWeChatの私の購読アカウント『島田中文説』に中国語に翻訳して掲載してくれるので、下記の文章を送って中国語での掲載を依頼したところ、当局から削除の措置をうけたと友人から連絡がありました。このわずかな体験で中国の関係当局がこのような問題に非常に神経質になっていることと、中国の情報管制の凄さを実感した次第です。以下に参考のために、私が投稿した日本語の短文を掲示します。

「トランプ発貿易戦争と中国の対応」

私は、12月12日、13日に上海で、上海交通大学の特別講座ならびに森ビルで特別セミナーをしました。その議論の要点を以下に紹介したいと思います。

トランプ大統領が12月1日のブエノスアイレスでの習近平首席との首脳会談で、付加関税の実施については90日の猶予を与えるが、それまでに中国の知的財産権の侵害を改める合意が得られなければ、来年2月末日以降、高付加関税をかけると言明しました。その後、アメリカは、カナダ司法当局にファーウェイ副会長の孟晩舟氏を逮捕させるという暴挙に出ました。

今回、上海ではこれら一連の問題をどう理解し、どう対応するかというテーマを中心に議論をしました。

アメリカが、中国がまだ発展過程の段階なら黙認できるが、アメリカと並ぶ超大国になった現在、不公正貿易は許されないと主張していることについては 、中国の人々からは、中国はGDP総額は大きいが一人あたり所得は世界の30番そこそこで、まだ発展途上にあるとの意見が多く出されました。

また、米中対立問題を克服するのに、日中の一層緊密な連携が必要との意見も出されました。その関連で、日本政府がファーウェイの製品を買わないと言明したことが、今の時点では日中関係に水を差すのではないかとの意見もあり、重要な指摘と思いました。

米中貿易戦争は世界の歴史的大転換を象徴する事件であり、その行方は長期的には米中のどちらが、より多くの国々の理解と支持を得るかにかかっているという指摘がありました。

アメリカは過去半世紀以上に渡って安全保障と経済援助で、多くの同盟国を作ってきましたが、トランプ大統領は同盟国にも付加関税をかけて信頼を失っています。

中国は「一帯一路」戦略で、多くの国に投資をしていますが、その一部は借金で苦しみ、南シナ海や魚釣島では近隣諸国と緊張が高まっています。

アメリカの「アメリカ第一主義」で世界が失望している今は、中国が友邦を増やすチャンスですが、そのためには、中国が国際社会が受け入れやすいより普遍的な共存の原理を提唱し、それを行動で示すことが鍵と思われます。

 
 

激動する世界と中国の課題(1)トランプ発貿易戦争をどう克服するか

Ⅰ. はじめに

 2018年12月12日に私は上海交通大学日本研究センター特別セミナーで表記のタイトルで講演した後、交通大学の教授5人とパネルで議論また聴衆の有志と質疑応答をし、同13日には上海森ビルで開催された島田義塾特別セミナーで有識者の皆さんと議論をした。その概要をこのブログ上で今回から2回にわたって紹介したいと思う。

Ⅱ. 米中首脳会談の宿題

1. 米中首脳会談(2018.12.1):その期待と不安

  2018年12月1日、APEC総会に出席した習近平国家主席とトランプ大統領は、総会の開かれたアルゼンチン、ブエノスアイレスのホテルで首脳会談を行った。首脳会談の結果は、共同声明はなかったが、両国がそれぞれ会談の要点を公表した。

 米国側の声明では、巨額の対中貿易赤字については中国側が農産品やエネルギー輸入を拡大すると約束した。またサイバー攻撃や技術の強制移転など知財侵害について協議するため、12月1日から90日間は予定していた関税引き上げを猶予するが、90日間の満了となる2019年2月末日までに合意が得られなければ、中国からの輸入のすべてに対して高率追加関税を課けると通告した、と言う内容が公表された。

 これに対して、中国側の声明では、中国からの対米輸出品に対する関税引き上げは90日間猶予されたこと、また、中国が台湾を孤立せるよう国際的に圧力をかけていると米国が非難している問題について、米国は「一つの中国」政策を引き続き是認するなどの点が公表された。

また会談で、米国は「中国製造2025」(ハイテク産業育成策)の撤回を要求したが、この問題については中国は譲れていない。米国が中国が南シナ海の軍事拠点化を図っていると非難している問題について中国は軍事目的を否定。さらに、中国の「一帯一路」戦略で被投資国が”借金漬け”になっている問題については、アメリカはインド太平洋地域へのインフラ投資の

強化もしくは支援で対抗している。

 このように両国の公表内容は大きく異なっており、双方が国民に対してこの首脳会談が成功であったと主張できる内容になっていることは留意される。

2. 貿易戦争の一時休止と米国の90日内の強硬要求

 それでは、90日内に解決に向けて合意すべき事項として米国側が求めているものは何か。

それは以下の5項目に大別される

   (1)技術移転の強要:

   米国企業が中国の大きな市場で事業機会を得ようとして進出するとき、中国側では

  米中合弁企業を設立することを条件とし、その事業活動を通じて米企業の技術を中国側に

  提供することを強制すること。

 (2)知的財産権の保護

   中国側が米国企業の製品やノウハウを無断でコピーするなど知財権の侵害行為。

 (3)非関税障壁

   さまざまな規制などの非関税障壁を設け、米企業の中国市場での活動を阻害すること。

 (4)サイバー攻撃とサイバーによる窃取

   中国の人民解放軍を含む多くの組織が米国の企業などにサイバー攻撃をしかけ、企業

  秘密やノウハウを窃取すること。

 (5)サービス、農業

   サービス業や農業に存在する米企業等に対するさまざまな障碍。

 

  これらの問題を解決するための具体的な合意が90日間すなわち2019年2月末日までに成立しなければ、1月から課す

  2000億ドル分の中国製品への追加関税を10%から25%に引き上げるとトランプ氏は言明している。

3.   華為(Huawei)技術副会長孟晩舟(Men Wanzhou)氏逮捕の波紋

 2018.12.8. ファーウェイ(華為技術)副会長兼最高財務責任者の孟晩舟氏をカナダ司法当局が逮捕。カナダ司法当局は、アメリカ司法当局の要請で逮捕したという。逮捕の理由はイラン制裁違反。ファーウェイが香港の設立したダミー企業「スカイコム」を通じ、イランに2009~2014にわたり米企業の通信機器を納入した疑い。

 孟晩舟氏は中国では中国産業界を代表する女性の経営者として英雄のように人気が高く慕われている。しかも彼女は中国ハイテク産業をリードする世界企業であるファーウェイ社の創業者の娘であり、中国政府首脳部の信任も厚い。彼女は従業員思いで知られ、持株の多くを従業員に分け与えたとされ、ファーウェイ社員の士気は非常に高いという。この逮捕にたいし、中国政府はカナダ当局に猛烈に抗議し、カナダ人関係者を別件で逮捕するという対抗策をするなどし、孟晩舟氏は11日夜に仮釈放、自宅で監視状態に置かれることになった。

 この1件は、米中両国が、第三国を巻き込んで、事実上の戦争状態ともいえるほどの緊張状態に入っていることを意味している。トランプ大統領が知財侵害の解決策を中国側に提案させるために高率追加関税の賦課を90日間猶予して交渉に入ろうとした矢先の事件で、交渉と妥協がかなり難しい状況になったことを推察させる。

 4.  米国の中国ハイテク企業締め付け戦略

  米国の中国ハイテク企業攻撃の背景には、実は、2018年夏に米議会で超党派の多数で可決された根拠法がある。それは、「2019年度米国防権限法(NDAA2019)」(2018.8. 上下両院で超党派の賛成多数で可決)。

  同法によれば、2019.8.13以降、下記5社製品を組み込んだ他社製品を政府などが調達するのを禁止する。さらに20.8.13以降は、5社製品を社内で利用しているだけで米政府とのいかなる取引も不可となる。この法律に基づき、米政府は2020.8.から、ファーウェイなど中国ハイテク企業の製品を使用しているだけで米政府との取引禁止方針を打ち出す予定。市場から中国ハイテク企業排除の動きが進めばサプライチェーンにも重大な影響が出ると予想される。

 ちなみに、米国が特に安全保障上のリスクがあるとして警戒しているのは下記の5企業。

    ・ファーウェイ、

    ・ZTE(中興通訴)

    ・杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)監視カメラ大手

    ・浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)

    ・海能達通信(ハイテラ)

Ⅲ. トランプ発貿易戦争

 ここでこのような事態が発生するまでの経緯を「トランプ発貿易戦争」として特に中国に焦点を合わせて簡単に振り返っておこう。

1. トランプ氏の2016選挙戦中の公約と実行

 トランプ氏は2016年選挙戦中から、保護主義的な主張を繰り返し強調していた。例えば、中西部や南部ラストベルトの選挙民にたいし、彼らの雇用機会(job)は中国や日本に騙し取られている。俺はそれを取り返してやる(”Your jobs have been ripped off and shipped off to China and Japan. I will get them back to you guys”)

   彼は貿易に関して以下のような主張を繰り返したが、それは事実上の公約であり。選挙民はそれを信じて投票したと思われる。その要点は:

    ・NAFT見直し

    ・TPP離脱と二国間FTA主張

    ・中国を為替操作国と認定して45%関税

    ・米企業の海外移転を止めるための国境税

    ・対米黒字国に対しダンピングや非関税障壁など不公正貿易への対抗措置として高関税

     等々の保護主義主張。

 トランプ大統領が主張した経済政策では、大型減税、大規模インフラ投資、高関税による雇用機会の確保が主な3つの柱。このうち議会工作が必要な大型減税を実現するのに2017年の大半を費やした。関税戦略は2018年に入って本格的に着手した。特に2018年3月に言明した鉄鋼とアルミ輸入品に対する大幅追加関税がその端緒となった。


2.   トランプの時代錯誤の「重商主義」

 トランプ氏の経済観は独特な重商主義。重商主義とは16~18世紀の欧州の急速な経済発展期に、英国やオランダなど海洋国家が輸出を輸入以上に伸ばして国富を蓄積し、経済成長→発展を促進しようとする考え方。これはその後、帝国主義と植民地収奪の源流となった。トランプ氏はそれを現代の世界で追求しようとしているように見える。

 帝国主義時代の末期1930年代に、この考え方は列強の排他的関税戦略から第二次世界大戦の引き金となり破綻。戦後は、比較優位に基づく特化と開放的な貿易による世界経済の発展が、世界諸国の発展にもつながるという考え方が主流となり、開放的な国際貿易と国際協調による世界経済発展が志向され、大きな成果を挙げてきた。

 そうした国際協調による世界的な発展戦略を主導したのがアメリカだったが、トランプ氏はそうした歴史も実績も理論も知らず(あるいは知らぬふり?)、これまでのアメリカが主導して構築してきた国際協力の仕組みを破壊している。

3.   ホワイトハウスの内情

 トランプ政権は、これまでのアメリカ政治史上に類例を見ない特殊な政権。予測不能でかつ独裁的なトランプ氏が専横を振るう政権であり、その実態は互いの猜疑、密告、中傷と激しい勢力闘争で明け暮れている模様。その実態は、ベストセラーになったMichael Wolf “Fire and Fury”ならびにBob Woodward “Fear”などでも詳細に描かれている。

 

 貿易戦争の観点からは、この政権の中で、対中強硬派であるPeter Navaro 大統領通商政策補佐官とRobert Lighthauser USTR代表の役割が突出して大きいこと、また貿易交渉は閣僚レベルで合意しても、トランプ大統領にひっくり返されかねない不確実性が、とりわけ留意すべき特質。

4. 鉄鋼・アルミへの高率付加関税(2018.3.)

 2018.3.1. トランプ氏は鉄鋼とアルミの輸入増が安全保障上の脅威になっているとして輸入制限を発動する方針発表。鉄鋼25%、アルミ10%。

 米通商拡大法232条。これは1962年に制定。産品の輸入が米国の安全保障を脅かす恐れがある場合に適用される。これまで、79年の対イラン原油輸入禁止措置、82年の対リビア原油輸入禁止措置のみ。日本や欧州など同盟国にも適用する米国の主張に正当性があるか疑問。

 3.8 トランプ大統領は、鉄鋼とアルミの輸入制限する文書に署名。関税上乗せ措置は23日から発動。当面、カナダ・メキシコは除外(NAFTA交渉に関わるので)するとした。通商交渉や軍事負担でアメリカに譲歩した国は適用を除外する考えも。

 3.23. トランプ政権は、鉄鋼、アルミへの高付加関税による輸入制限を発動。対象は、最大で600億ドル(6.4兆円)に及ぶ。それに先立つ3.22.には、トランプ大統領は知的財産権の侵害などを理由に中国製品に関税を課すと発表。大統領令にも署名し、500億ドル相当の中国製品に高関税をかける制裁措置を表明した。

  米通商法301条では、米国は外国による不公正な貿易慣行に対し、調査したうえで、一方的に制裁措置を発動できるとしている。これは1980年代から90年代初頭、主に日本市場の閉鎖性に制裁を加える手段として適用された。

 しかし、95年にWTO協定が成立し、WTO紛争処理に付託して紛争を解決することが義務付けられた。したがって近年、米国は通商法301に基づく一方的な制裁を控えてきた。しかし、今回中国にたいして発動されている追加関税は、WTO紛争処理を経ずに一方的に発動されており、WTO協定に違反する可能性が高い。

5. 中国を不公正貿易国とする制裁関税(2018.5)

1)  ナバロペーパー

 ホワイトハウスで、貿易政策担当の補佐官として対中国強硬論を展開しているナバロ(Peter Navaro)氏はこれまで以下のような中国非難を繰り返してきたことで知られている。

 

 曰く、世界貿易はペテン師にやり込められている。中国は最大のペテン師、米国に最大の  貿易赤字を蒙らせている国。1947から2000年まで米国の平均成長率は3.5%だったが、2002年以降は1.9%に低下している。その一因は中国のWTO加盟だ。中国がWTOに入って大手をふるって世界規模で輸出を不公正に拡大してきたからだ。そうした不正をトランプ政権は我慢しない。貿易の不正がつづくなら防御的な関税を課す。

 こうしたナバロ氏の主張は2016年9月に発表された文書「ナバロ ペーパー」に簡潔にまとめられている。

 その要点は以下:

    ・貿易赤字解消でGDP押し上げ

        ・中国のWTO加盟で米成長率が低迷

        ・為替操作があれば報復関税課す

        ・中国が世界貿易で最大のペテン師

        ・関税は貿易不正をやめさせる交渉手段

        ・不正が止まらないなら関税を発動

        ・貿易赤字が減れば給料も↑インフレを相殺できる

        ・韓国、ドイツ、日本には原油や天然ガスの輸出増を要求。

   ナバロ氏は中国をペテン師と罵倒しているが、私見では、ナバロ氏こそ正真正銘のペテン師に思える。Bob Woodward氏のベストセラーとなった近著『Fear』では、ナバロ氏が、トランプ大統領の直感を素晴らしいと評価し、彼の直感を理論的に正当化するのが自分の経済学者としての役割だ、と主張するくだりが詳細に紹介されている。経済学者は理論→実証→政策のサイクルを経て確認された学説を説くのが本来のあり方である。国際経済の分野ではそうした知的・実践的蓄積の上で、各国がその得意分野に特化(比較優位)して、不得意な分野は輸入等で補う解放的な自由貿易が世界の所得を拡大することが、理論的にも実証的にも確認されている。トランプ氏の荒唐無稽な主張はアヘン戦争時代の”重商主義”まがいの主張であり、そのような有害な理屈を正当化するのが自分の”学者?”としての使命とうそぶくナバロなる人物こそ正真正銘のペテン師と言わざるを得ない。彼の履歴はハーバード大学経済学博士ということになっているが、それは果たして本当なのだろうかと疑いたくもなる。

 

2)USTRの調査報告書(通商法301条に基づく対中報告書:2018.3)   

 2018年3月に公表されたUSTRの調査では、中国に進出した米企業が不当な技術移転を求められたり、米企業の買収に中国政府の資金が使われたなどの「知的財産権の侵害」があると結論している。

 技術移転の強制が行われてきたという米政権の懸念を同報告書は4 つの手口として紹介している。

  ⓵   外資規制で技術移転を強要:

       EVなどの中核技術を中国企業との合弁会社に移さないと事業できず。

 ⓶   技術移転契約で米企業を差別的扱い

       米企業が中国企業に技術供与契約を結ぶとき、中国企業間ではかけない厳しい

       規制をかける。

 ⓷     先端技術を持つ米企業を買収

        中国企業が特許侵害で争う米プリンター大手を買収。中国政府が資金支援。

 ⓸   米国企業にサイバー攻撃

        人民解放軍の攻撃を受け、鉄鋼や原発など米企業から情報漏洩。

3) 第一回米中通商協議(2018.5.3~4)

  2018.5.3~4:ムニューシン財務長官を団長とし、ライトハイザー通商代表、ロス商務長官らを含む交渉団が訪中して通商協議をした。これがトランプ氏が中国への制裁関税を発表してからの第一回の公式交渉だった。

  その通商交渉の内容をつぶさに検討した世界的に高名な評論家Martin Wolf氏(Financial   

 Times コラムニスト)は、米国が中国に突きつけた要求は馬鹿げていると激しく非難している(FT 2018.5.9)。


 彼が指摘する米国の要求の要点は:

 

   ・1000億ドルの赤字(imbalance)を2018.6.から12ヶ月以内に削減

    さらに1000億ドル(11兆円)を2019.6から12ヶ月で削減。

   ・中国は過剰生産につながるあらゆる補助金を全面撤廃。

   ・中国は米企業から不当に技術を獲得するすべての手段を撤廃 

   ・中国は米国の輸出規制法に同意する。

   ・中国はWTOに対する関税や知財に関するすべての訴えを取り下げる。

   ・中国は米国が採択するあらゆる政策に対する報復をしない。

   ・中国は米国のハイテク分野への投資に対する米国の制限や処罰に反対せず

   ・米企業の対中投資に対して中国は完全な自由を提供する。

   ・2020.7までに、中国はハイテク以外の分野での関税を米国と同等に引下げる。

   ・協定は四半期ごとにモニターされる。もし米国が中国は忠実に協定を実行していないと

     判断すれば、さらなる制裁や罰則を科す。中国はそれに反対してはならず、受容すべし。

  このような要求は、独立国に対するものではない。不平等条約の再来か?中国は即刻、拒否

  すべし。諸国は協力して米国の狂気の要求を阻止し、自由貿易を確保すべし、と主張している。

4)  第二回米中通商協議と”手打ち”とトランプのちゃぶ台返し

 2018.5.20.:第二回の交渉を踏まえ、中国側がアメリカ農産物や石油関連産品の購入増加などで2000億ドルの赤字削減に努力する前提で、アメリカは、1500億ドル分の輸入に対する関税賦課を、しばらくhalt(休戦ー一時保留)とするとムニューシン財務長官が発表。これに対してトランプ政権内部のタカ派からは、曖昧な口約束で信頼できない、などと批判も。

    2018.6.1. G7財務相、中央銀行総裁会議は、鉄鋼・アルミの輸入制限を強化した米国に非難集中。日本などはWTOルール違反と指弾。米国と6ヶ国は1:6に分裂。

 2018.6.18 トランプ氏は、6.18.、中国からの2000億ドル(約22兆円)相当の製品に対し、10%の追加関税措置検討すると発表。6.16発表の500億ドル相当の報復関税に対する報復。

5) 米政権内の強硬派主導

 2018.5月以降、重ねた交渉では、トランプ政権内の強硬派が勢いを増し、中国では定まらぬ米側の姿勢やハイテク摩擦への発展に態度を硬化させている。

 強硬派ライトハウザー氏はWHで関税の必要性を力説。メディアが「勝者は中国」などと書き立てると、弱腰批判を嫌うトランプ氏は対中交渉の進捗に不満表明。政権は強硬派に傾斜。中国の産業振興策「中国製造2050」に照準。巨額の補助金を使った米ハイテク企業の買収停止要求。人民解放軍を使ってサイバー攻撃をしているとまで主張。

6) 中国の”以戦止戦”覚悟

 中国は姿勢を二転三転させる米国に不信感↑。6月初旬の最後の公式協議で、中国は農産品やエネエルギーの輸入拡大策を提示。しかし追加関税の撤回が条件とくぎ。米側の前言撤回を恐れ。米中が探った6月中旬の協議は流れ、互いに関税リストを公表。

 米国が仕掛けた貿易戦争に、中国側はトランプ政権の要求にある程度譲歩し、同時に米国のestablishment層の中国叩きを交わそうと行った対応をしてきたが、しかし、その後中国の対米認識が大きく変わり、6月に入って、中央外事工作会議では韜光養晦論を軌道修正し、そして対米方針では、「以戦止戦」の方針を決めたと見られる(朱建栄「視点・論点」以戦復降 vs  以戦止戦」(2018.8.20)。


Brexit の経緯と課題(3)

Ⅶ.  合意なし離脱の悪夢

○高まる合意なし離脱のリスク
ー英国とEUの合意なき離脱(No Deal Brexit)を回避するギリギリの期限は、離脱の条件や方法を
 規定する「離脱協定案」と離脱後の通商協定など将来の英EU関係の大枠を提示する「政治宣
 言」が2018年末までにいわゆるクリスマス合意として達成されることである。この期限をすぎ
 ると、EUの27加盟国で議会承認の手続きに要する少なくとも3ヶ月の時間を確保できないの
 で、合意は不成立となり、英国は合意なき離脱に漂流することになる。また、2018年末までに
 英国とEUが合意できるためには、いうまでもなく、英国側はその議案を議会で承認を済ませて
 いることが大前提となる。
ー2018年11月末現在では、メイ首相は英国案をなんとか内閣で承認させたが、12月の議会で
 承認されるか大きな不確定要因があり、前後は不安ぶくみだ。その意味で、残された時間が
 刻々と少なくなっていくのに反比例して、合意なき離脱のリスクが高まっている。

 ○合意なき離脱の被害
 ー産業界は合意なき離脱のリスクが高まる中で最悪のシナリオに身構え始めた。
 ー欧州トヨタ会長(ディディエ・ルロワ)は「工場の生産停止を避ける方法はない」
  トヨタのバーナストン工場は、部品在庫を4時間しか持たない。物流が滞れば一時生産停止。

 ー1日5000台のトラックが行き交う英仏海峡トンネルでは、合意なき離脱で移行期間が白紙に
  なると、19.3末から英仏国境で通関手続き必要。準備期間や施設が足りない。港湾当局は
  2分足止めでも27km超の渋滞となると想定。

 ー英南部のスウィンドンホンダ工場も部品在庫は半日分。トラックの通関が15分遅れると
  1.2億円のコスト増。

 ー独BMWの英工場。「ミニ」部品の6割がEU製。完成車を欧州大陸に輸出するまでシャフトは
  英仏海峡を4回渡る。そこで生産拠点の一部をすでにオランダに移転した。

 ーオランダやフランスは通関業務の急増に備えて、税関職員を数百人ずつ増員。
  英では5000人の増員が必要とされるが現状ではその手当は1000人どまり。

 ー英・EU感の2017年モノの貿易総額は約62兆円。合意なし離脱なら英GDPは最大10.3%
 (31兆円)縮小するという試算もある。
  EUについても域内GDPが長期的に1.5%減少の試算。IMFは「EU離脱に勝者はいない」と
  している。

○製造業の心配
 ーメーカーが懸念するのは、税関手続きが2019.3に復活し、輸入の停滞でサプライチェーン
 (部品供給網)が混乱すること。
 ー日本は、トヨタ、日産、ホンダ 合計80万台(2017)生産し、欧州各国に輸出。
 ーパナソニックは10月、欧州本社を英国からオランダアムステルダムに移転。
 ー英国拠点を縮小し、EUの人員を増やす動きが加速すれば英国産業の空洞化進む懸念。

○金融産業への影響
 ーCityの金融界も神経を尖らせている。多くの金融機関が一部機能をフランス、ドイツなどに
  移す方針を発表。
 ー合意ある離脱では、離脱後の2年間は現在の関係が実質的に変わらない「移行期間」が前提。
  しかし、合意なき離脱(無秩序離脱)になると移行期間もなくなり、突然の変更を迫られる
 ーこうした不確実性のために、企業は業務体制が決められないまま損失が拡大する。

 ○金融取引への障碍
  ー英・EU間のデリバティブや保険など金融取引の継続性に不安が強まっている。
  ー英中銀は、10月10日条件合意なしの離脱の場合、想定元本ベースで最大41兆ポンド
   (約6000兆円)のデリバティブが不安定な状態におかれると警告。

  ーIMFは合意なき離脱の場合、それは企業や経済に多大な損害を与え得ると警告。
   そのコストは国民生産の1~2%に及び、英国経済や財政運営に大きな障碍となる。


Ⅷ.  May首相のBrexit新協定案

 1. メイ首相のBrexit新協定案

○新協定案の骨子
ー新協定案は2018.11.14に公表された。協定案は585pにおよぶ文書で離脱協定案、市民の権利、北アイルランド問題など広範な課題を網羅している。
ーその要点は、英国はすべての財政的責任を果たし、離脱の結果、EU加盟国の負担が増えること
 のないようにする。英国は、400兆ないし450兆ユーロの負債を完済し、英国在住のEU市民に
 充分な権利を保障する。
ー2020年末までで合意された「移行期間」はEUと英国双方の合意で延長することができる。
ー北アイルランド問題(30job):北アイルランドへのbackstop(安全策)は英国全土がEUの
 関税同盟に残留することで保証される。これは、メイ首相のred lineであるアイルランド海峡
 や国境で税関審査をしないことを保証する。
ー北アイルランドに、どれだけ自由に商品がEU域内を流通できるかを規定するEU非関税規約が
 適用されても、英国はもっと基本的な非関税方式を北アイルランドに提供する。それによって
 関税、数量制限、原産地規則などは英国とEUの通商で適用不要になる。
ー公平なビジネス機会を保証するため、英国はEUの競争法などのルール、EU労働法、環境規制
 そして税制を遵守する。
ー英国とEUは共同委員会を設置し、アイルランド国境とその安全策の修正や廃止を決定する。
 これは双方が互いの誠意ある対応を保証するためのものである。 

ー労働党のCorbyn党首は、この案はまだ ”生焼け”と批判したが、一方、これを批判する
 保守党の強硬離脱派は自らの首を絞める結果になる。英国の最優先課題は「合意なき離脱」
 を回避することではないか、とFinancial Timesは論評(2018.11.15)

○ラーブ離脱相の内閣離脱
ーメイ首相のこの新協定案が公表されると、Dominic Raab 離脱担当相が辞任を宣言。
 彼は、メイ首相の案は、英国の誠実さへの脅威であり、保守党の公約違反であり、国民
 の信頼を裏切るもの、と辞任の理由を述べた。
ー彼の辞任につづいてEsther McVey労働・年金相が、首相は国民投票の結果を尊重していない
 として辞任。さらにSuella Barverman離脱担当副大臣、またShailesh Vara北アイルランド
 担当相も相ついで辞任した。
ーRaab離脱相の辞任は、パンドラの箱を開けたかも、メイ政権の終わりの始まりか、とも言わ
 れる。

○メイ首相の方針。
ーメイ首相は、この新提案をひっさげて、たとえ保守党が激動してもやり抜く覚悟。メイ首相は
 今後の方針について以下のように主張。
  ー11.25の緊急EU首脳会議で、離脱協定案とともに正式決定したい。 
  すでに585Pにおよぶ英EUは政治レベルでは合意済み。26p政治宣言案でも
  合意したので、11.25に向けて前進。
 ーモノの貿易で、野心的な自由貿易圏創造。サービス貿易でもWTOをはるかに上回る自由化
  を目指す。
 ー金融サービスは「同等性評価」の仕組みを相互に導入。
  (英金融機関はEUが金融規制を同等と認められればEU域内で営業可能)。
 ー20年末の移行期間については「最大1~2年」の延長が認められる。
  (なお、これまで延長は一回限りで合意があったが、いつまでの延長するかは未決定だった)
 

Ⅸ.  今後の展開

○各界の反応
ー強硬離脱派はメイ首相の新協定案に強く反発している。メイ首相不信任案を画策する動きも
 あるが、不信任投票を求める書簡を保守党に提出したリースモグ議員は「自身は首相に就任
 するつもりはない」としている。また、Boris Johnson議員は「協定案をなげすてよ」など
 舌鋒は鋭いが、代替策や自身の首相就任の意思は明言していない。

ーメイ内閣には、強硬離脱派に近い立場のMichael Gove環境相など数人が、新協定案の
 修正案をつくる動きがある。

一方、EU当局は、新協定案の再交渉に応ずることはないとの立場だ。EU加盟国の中には、この
 協定案の作成についてBarnier交渉官が譲歩しすぎたとする批判もあり、EUはこれ以上譲歩は
 できないのが実情。

ービジネス界はメイ首相の新提案を一応歓迎しているが、全面的に賛成という訳ではない。
 新協定案は、サービス業で英国が独自性を持つことを強調しているが、金融サービスに
 ついては、equivalence ruleが明記されており、英国の金融規制がEUと同等と評価された
 場合にのみEU内での営業が認められる。EUは金融規制が英国より厳しいので、金融産業
 をめぐる環境はこれまでより厳しくなることへの懸念がある。
 また、政界の混乱・激動を懸念して、万が一に備えた用意は怠らないとしている。

ーメディアは、新協定案が、大部の文章の割には具体性が乏しく、EUにたいする譲歩と妥協
 が多いとして厳しい評価が多い。交渉のし直しか、合意なき離脱の方が望ましいという声
 もある。

ーアイルランド共和国は、hard border(厳格な国境管理)を避けるback stop(安全策すなわち
 当面英国全土が関税同盟に残留することで、これまでの現状を維持する)を確保するよう
 強く要請。

ー一方、北アイルランドのDUPの幹部は「議員の選択は、英国全体のために立ち上がるか
 EUの属国となるために賛同するか」と協定案を批判。協定案は将来の通商関係の内容
 が決定されるまで英国全体をEUの関税同盟に残す」として北アイルランドに配慮した
 内容だが、それでも北アイルランドだけに物品基準などEUの規制が残る内容に、DUP
 は「英本土から分断される」と強く反発。ちなみにDUPは頑迷なプロテスタント信者の政党
 で筋金入りのEurosceptic(欧州嫌い)である。

ー英メディアには、DUPと保守党強硬離脱派10人が反対して協定案は否決されるという
 観測もある。保守党は下院(650議席)で議長を除き315議席しかないので、協定案を
 承認するには10議席のDUPの協力が欠かせない。

○今後の展開
ーメイ首相に対する不信任投票で不信任が否決されれば、メイ政権は維持されるが、
 可決されると、首相選出の選挙になる。
ー12月の下院議会で新協定案が可決されれば、秩序あるBrexitに進む。
 否決されると1. 合意なき離脱、2. 再交渉、3. 再国民投票のいずれかになる可能性。
ー労働党から内閣不信任案が提出される可能性もある。
 不信任案が否決されればメイ内閣は継続。
 可決されると、メイ内閣は退陣。新たに総選挙になる可能性がある。

○11月25日、Brusselsの緊急首脳会議で正式決定
ー2018年11月25日、BrusselsでEU緊急首脳会議が開催され、メイ首相が提出したEU離脱新協定
 案は正式に承認された。これでBrexitの進捗は、しばらく前まで懸念された2018年末ギリギリ
 というタイミングより1ヶ月早まり、EU加盟各国議会での協定承認の手続きの時間に余裕が
 生まれる。しかし、英国内では、野党労働党が新協定案に反対するだけでなく多くの与党議員
 やメイ内閣に閣外協力をしてきた北アイルランドのDUPが反対に回る可能性があり、協定案が
 英国議会(下院)で承認されるかどうか、予断を許さない。否決されれば、合意なき離脱か、
 交渉のはじめからのやり直しか、場合によっては再国民投票が、現実の選択肢として浮上
 する。BrusselsでEU側との正式決定を確保したメイ首相の次の難問は議会をいかに説得する
 かになる。
 
ーBrexitの展望には、まだこのような大きな不確実性があり、年末にかけて正念場がつづく。


Ⅹ.   Brexitの意味するもの
 1. 国民投票選択の失敗
 ー2016年6月の国民投票の実施は、世界史にも記憶される最悪の政治判断だったというほかは
  ない。David Cameron首相は2013年当時から保守党内の亀裂や英国独立党などの急激な台頭
  に悩まされ、1975年、Wilson首相(労働党首)がEC残留をめぐって国民投票を実施し、世論
  の集約に成功した体験をおそらく参考にして、2015年保守党が総選挙で過半数を得た機械に
  EUに残留するか離脱するかの設問で国民投票を実施した。結果は僅差で離脱となった。

 ー選挙結果を分析すると、情報を持った大都市市民や若い国民は残留、地方の低学歴、熟年層
  は離脱を選択したことが明白だ。メディアで情報に接している人々は、EUを離脱することが
  経済的には大きなマイナスになることを知っていたので、当然、残留が多数と信じて投票に
  行かなかった人が多かったという。

 ー議会制民主主義の英国では、国家の正式な決定は議会でなされるので、制度的には国民投票
  は参考意見に過ぎない。実際、英国の高等法院は国民投票の法的拘束力についてそのような
  判断をくだしている。しかし、メイ首相は、国民投票の結果は、政治的に尊重すべきとして
  Brexitを政治方針として採択した。それは政治決定として理解されるが、これが、その後の
  すべての混乱の元になった。

 ーEU当局とのやりとりを通じて、Brexitの道程は容易ではなく、また膨大な経済的負担もしく
  は損失につながることが明らかになるにつれて、国民投票のやり直しを主張する人々が増え
  たが、法的議論はともかく政治の信義として国民投票の重さはもはや否定できなかった。
 
 2. Brexitに共底する世界の構造変化
 ー2016年6月のBrexitの選択は、その後の世界の多くの地殻変動現象の先がけとなった。たとえ
  ば2016年11月のトランプ氏の大統領当選がある。彼はナショナリズムと排外主義を強弁して
  はばからない異形な人物で、戦後70年間の世界史では考えられない政治家である。その後も
  欧州各地でそうした政治家や政治潮流の台頭が相次いでいる。その根底には、情報化が進み
  グローバル化が進み、世界規模での競争の激化で取り残された人々の不満と怒りの鬱積が
  ある。トランプ氏の登場は、彼個人の問題ではなく、トランプ現象とでも形容すべき現代
  経済社会構造の地殻変動の発現とみるべきだろう。
 
 ーEUは、二度の大戦の戦場となって莫大な犠牲を払った欧州の先覚者達が二度とこのような
  過ちを繰り返さないために、狭隘な国益を超えて、近代を超えるポストモダーンな超国家の
  政治組織として構想し、高い理想と強い決意と莫大な労苦を経て構築してきたいわば理想の
  超国家である。しかし、グローバル競争に取り残されたと考える人々にとっては、理想より
  も競争の脅威、とりわけ移民による身近な競争が耐え難い脅威に映るのであろう。Brexitは
  そうした世界史的な地殻変動の一つの発現形態と見ることもできる。

 3. メイ首相の奮闘と英国政治の堕落
 ーTheresa May氏は、Brexit問題については、残留派だった。しかし国民投票後の政治混乱の
  中で、本文で詳述したように、彼女は消去法で首相の重責を担うことになった。彼女は裕福 
  でも社会的に恵まれた家庭環境で育った人ではない。苦労して国会議員になった刻苦勉励の
  人である。しかし一旦、首相になったからには、国民投票の結果を彼女なりに重視して全力
  でBrexitを実現しようと苦闘してきた。言うなれば、彼女は責任感と使命感の塊のような
  人物である。

 ー彼女の苦闘は、本文を読んで戴ければ容易に理解されると思うが、EU27加盟国という巨大
  な集団を代表するMichel Barnier首席交渉官に象徴されるEU官僚機構とその集団を構成する
  27ヶ国の首脳との闘いはいうまでもないが、それ以上に、与党保守党の強硬離脱派といわれ
  るBoris Johnson, Michael Goveらの人々の内輪の反乱が彼女を背面からたえず危機にさらす
  ことになった。

 ーMacronフランス大統領は彼らが現実を軽視する嘘つきと表現している。敢えてつけ加えるな
  ら彼らの多くは信義を重んじない裏切り者と言わざるを得ない。彼らの裏切りのために多く
  の混乱が生まれ、英国、欧州そして英国と通商関係の深い日本など関係諸国は英国の政治 
  過程の理のない混乱と不確実性から多大な被害を被ってきた。英国はかつて民主主義の模範
  と目された時代があったが、Brexitに見られる英国の政治の劣化はまさに目を覆うばかりだ。

 ーまた、野党の労働党は今、左翼扇動家のCorbyn党首が率いているが、彼は国民投票時に残留
  を唱えたが全く行動をせず離脱派の勝利に結果として貢献した。2017年6月の総選挙では予
  算の裏付けのない無責任な政策を若者向けにアピール。彼は極端なユダヤ排斥主義者で国際
  社会で問題視されており、また労働党の影の内閣では、鉄道の再国有化など時代錯誤の政策
  綱領を唱えている。この労働党は、2017年6月の総選挙で大勝しているだけに、離脱協定案
  の下院否決や合意なき離脱の混乱の中で、保守党の内部分裂があれば、政権党として浮上
  する危険もある。

 ーメイ首相は、2017年6月、総選挙という賭けに出た。そして大敗を喫した。政権を維持する
  ために北アイルランドの地域政党DUP(民主統一党)の閣外協力を懇請したが、これが
  政権を困難な罠に陥れることになった。アイルランド国境問題は本文で詳述したので省略
  するが、2018年12月の下院議会で、離脱協定案を葬る鍵は実はDUPが握っている。彼ら
  は頑迷なプロテスタント信者だが、積年のアイルランド闘争の怨念で、深層では英国に
  悪意を抱いているようだ。メイ首相はこうした手強い人々を相手に、持病の糖尿病
  を抱えて、毎日インシュリンを打ちながら孤軍奮闘しているという。

 4. 合意なき離脱の打撃
 ー2016年後半から英国は政治とりわけ与党内の意見分裂の混乱で貴重な時間を浪費したため、
  Brexitプロセスの遅れを懸念したEU当局は、メイ首相が宣言した2019年3月末の離脱期日の
  後で、1年9ヶ月の「移行期間」を設定して秩序あるBrexitの実現を期待した。また、2018年
  11月25日にEU当局とメイ政権の間で正式決定された離脱協定案では、両者が合意すれば、
  「移行期間」をさらに一年程度延長することもあり得ると明記された。

 ー移行期間を利用して、秩序ある離脱をするのが、合意ある離脱だが、英国議会が協定案を
  否決するようなことがあれば、英国は合意がないまま離脱の海に漂流する恐れがある。
  その場合には、上記の「移行期間」も適用されないことになる。すなわち、2019年3月末
  をもって突然、英国もEUも互いに第三国を相手にするのと同様の高い関税や数量規制や
  国境審査やヒト、モノ、カネ、サービスの制限措置などに直面することになる。

 ービジネスなどの組織は常にできるだけの確実な情報を元に意思決定をするが、合意なき
  離脱は、事前の準備ができない状況の中で、諸条件の激変に直面するので、産業活動は
  不確実性の衝撃の下で莫大の損害を被ることになる。

 5. Brexitの英国、欧州、世界への経済的impact
 ー一方、合意の下での秩序ある離脱は互いにできるだけの準備ができるから、合意なき離脱に
  よる以上のような衝撃は、回避あるいは少なくできるが、Brexitそのものは、英国、欧州
  そして英国と通商関係のある世界諸国にとって大きな経済的損失をもたらすことは避けがたい。
 ーそれはEUがこれまで提供してきた、EU内でのヒト、モノ、カネ、サービスの自由な移動が
  英国との間で、ある程度制限されることになるからである。IMFをはじめ多くの関係機関や
  調査研究機関は、Brexitが英国や欧州そして世界経済に数%から1%程度のGDP減少をもた
  らす可能性があると試算している。Brexitは政治が人為的に世界にもたらす最悪の災禍
  である。しかし、Brexitは何らかの形て実現されると思料されるので、私たちはまたも
  世界のこの不幸な現実に立ち向かっていかねばならない。

Brexit の経緯と課題(2)

Ⅲ.   通商協議開始と移行期間の設定

 1. 通商協議入りの停滞
  ○入り口の停滞
  ー2017年末、つまり国民投票から1年半かかってようやく離脱の三条件についてまがりなり
   にも暫定合意が得られ、Brexit本丸の離脱後の英国とEUの通商関係についての交渉が開始
   される段階になったが、それがなかなか進まない。

  ー離脱条件の一つとして基本合意されたはずの「清算金」についてEUから上積み要求が出
   出され、また2017年7月に予定された第二回交渉を前にしてメイ首相は、7.17. EU離脱を
   めぐり、移民制限や司法権の独立など英国の権利回復を優先すること、また単一市場から
   完全に離脱すると表明。2016.6の国民投票の民意を尊重するとして、強硬離脱路線を強調。

  ー7月20日に開催された第二回交渉では、「清算金」に関する英国とEUの溝が埋まらず、
   通商協議に入れるか展望開けず。英与党保守党内の議論もまとまらず、英国の交渉姿勢
   不確定。総選挙に大敗したメイ政権の求心力が著しく低下し、政治が動揺する中で、
   産業界には、英国とEUの交渉がまとまらず合意なき離脱という最悪のシナリオも
   あり得るのではないか、との懸念↑。

  ○メイ首相の来日
  ー2017年8月末、メイ首相が初来日。彼女は30社ほどの英企業幹部を引き連れての来日。
   Brexitで英国に直接投資している日本企業のつなぎとめ、とさらなる対英投資の勧誘
   を意図。その際、日本とのFTAも提案。これは彼女が主張しているGenuin Global
   Britainの手がかりの模索?日本はすでにEUとFTA交渉が大詰めにかかっているので
   行方の判然としないBrexitを抱えた英国に不用意に言質を与えるわけにはいかない、
   という消極姿勢の終始。

  ーちなみに、メイ首相が京都から東京に向かう前日、私はBBC世界TV放送で、メイ首相
   についてのコメントを求められた。「メイ首相のFTA提案に対して日本は消極的
   だが・・」とういう質問。私は「日本とEUとのFTA交渉の手前、日本政府として慎重
   にならざるを得ない。しかし日本人は英国を評価して応援しているので、頑張れ!」
   とメイ首相にエールを送った。

  ー2017.10、EU離脱第5回交渉。英国の政権内部で意見錯綜。「清算金」問題で停滞。
   通商協議への展望もてず。離脱交渉に残された時間が少なくなる中で、関係企業は
   英・EUの交渉決裂に備える動き↑。

 2.  移行措置の検討
 ー交渉がとりわけメイ首相の求心力の低下と保守党の内部混乱で停滞している一方、
  交渉の課題は膨大なので、EUは早くも暫定措置として「移行期間」設定の提案。
  EUと英国は、「移行期間」について2018年3月合意をめざす。しかし離脱の
  激変緩和措置としての「移行期間」については、延長の余地や各種権利の保持
  で溝が多く、交渉は綱渡り。

 ー2018.3.2. メイ首相はロンドンで演説。英国はEUと世界一緊密なFTAを結ぶ。
  英国は独自に規制を定める権限を取り戻す一方、製造業については無関税など
  の恩恵は維持したいと主張。May首相の見解にたいしてEU側は「いいとこ取り」
  と反発↑。FTA交渉が円滑に進むか予断を許さない。EUと合意が得られなければ
  2019年3月末の無秩序離脱のリスクも残る。

 ー英国とEUは、移行期間をめぐり暫定合意。2020年末まで1年9ヶ月の延長。
  2018.3.22開幕のEU首脳会議で、英離脱の「移行期間を2020年末までと設定し暫定合意。
  移行期間中の単一市場残留問題について4月から準備協議を開始することで暫定合意。
  しかし、アイルランド問題は複雑で、本格協議は先送り。なお英国はTPP参加の可能性を
  排除しないとした。

  3.  通商協議開始
 ー2018.3末でようやく本丸の通商協議に入るメドが立った。これからは時間との闘いとなる。
 ー2018.5. 金融の扱い焦点。BoE(イングランド銀行)は独立性、独自ルール設定を望む。
  Treasury(財務省)はCityの現状維持で税収を望む。EUは妥協案としてequivalence rule
  (同等原則)を提案。しかしEUのequivalence ruleは規制色が強い。英金融関係者は、City
  は競争力があるので、EUの統制志向は回避し、できるだけ自律性独自ルール設定力)を維持
  することが望ましい、との立場。

 ーこの点に関し、上述した私とCity of Londonの金融関係者が、「Cityは、英国のEU離脱で
  EUの単一市場や関税同盟のメリットを受けられなくなったとしても、これまでの世界最大
  の取引実績、技術・制度インフラ、そして何よりも金融人材の厚い蓄積があるので、それほど
  大きなダメージは受けないでやって行けると思う」と静かな自信を見せていたのが、印象に
  残る。


Ⅳ.   アイルランド国境問題
アイルランド国境問題とは何か
○北アイルランドとアイルランド共和国の国境
ーBrexitで最大の難関となったのが、アイルランド国境問題である。それは何か?そしてそれが
 なぜBrexitの最大の難関となるのか?

ーアイルランド国境問題とは、アイルランド島の北部にある英領北アイルランドと南部を占める
 アイルランド共和国の間の国境である。

ー英国の国民投票の結果としてBrexitの方針が採択されるまでは、英国本土も北アイルランドも
 アイルランド共和国も皆、EUの加盟国ないし加盟地域だったので、国境問題はなかった。
 EUは単一市場と関税同盟を採用しており、EU加盟国や地域の間では、ヒト、モノ、カネおよび
 サービスの流れは全く自由で、入国審査や関税検査などはなかったからである。

ーところが、Brexitが実現すると、北アイルランドと英国本土はEU非加盟となるので、北アイ
 ルランドとアイルランド共和国の間の約500kmにわたる国境では、ヒト、モノ、カネの移動
 についてチェックが必要になる。

○メイ政権のアキレス腱
ー単独では下院で過半数を確保できないメイ政権率いる保守党は、北アイルランドの地域政党
 DUP(民主統一党)の閣外協力でようやく過半数を維持している。このDUPは、2016年6月
 の英国の国民投票の際に、北アイルランドが全体として「残留」が多数だったのに、「離脱」
 を掲げ、また、厳格な国境管理には絶対反対の立場で、事実上国境管理のない国境のあり方
 を実現・維持することをメイ内閣への閣外協力の条件とした。

ー英国がEUを離脱、すなわち関税同盟を離脱すると、必然的に国境管理は英国のEU加盟以前の
 ように復活せざるを得ない。しかし、復活が不可避となれば、DUPは閣外協力から脱退し、
 そうなればメイ政権は崩壊する。それを避けるには、英国はEU非加盟国としてDUPの要求
 する事実上国境管理のない国境のあり方を実現するという難問を解決せねばならない。その
 現実的な具体策がこれまで(2018年11月)英国から示されてこなかったために、交渉は
 膠着状態で遅々として進まない。これがアイルランド国境問題がBrexitの最大の難関と
 なっている所以である。

 2. アイルランド国境の歴史的背景
 ○17世紀から20世紀初頭まで
  ー1600年代半ばに、イングランドの宗教改革後の混乱を受け、清教徒革命が起きて
   クロムウェルが政権を取ると、カトリックの巣窟だったアイルランドに侵攻して
   カトリック教徒の大虐殺が起こり、宗教戦争の様相。
  ーその後の名誉革命(1688年)の際にも、宗教が絡んで、オレンヂ公ウィリアムによる
   アイルランド遠征が行われ、イングランドが完勝してアイルランドは完全に植民地化。
  ーその後もアイルランドの対英反乱が繰り返され、手を焼いたイングランドは、徐々に
   アイルランド議会の権限拡大を認めるなど、現地プロテスタントを通じた支配を行っていく  
   が、差別された被支配カトリック教徒を服従させることはできなかった。

  ーところがフランス革命からナポレオン戦争に至る過程で、カトリック教徒たちは、
   フランスに触発されて第反乱を起こし、さらにはナポレオンと軍事的に提携する動きを
   見せたことから、イングランドは、アイルランド議会を通じて、1800年には連合法を
   成立させ、翌年アイルランド併合に踏み切った。その結果、グレートブリテン連合王国
   はグレートブリテン&アイルランド連合王国になった。

  ーしかしアイルランドでは、人口でプロテスタントを大きく上回るカトリック勢力が
   反乱やカトリック差別の解消を求める大デモなどを通じ、徐々に英国議会内における
   政治勢力を伸ばし、20世紀に入ると自治に向かっていた。

  ○第一次大戦から北アイルランド紛争まで
  ーところがそれが実現されようとする矢先に第一次大戦が勃発して実現が遅れた。
   これを不満とした強硬派が、大戦に追われる英国の隙をついて、英国からの完全な
   独立を訴えて武装蜂起。その反乱は英国軍の武力で鎮圧されたものの、1918年の
   選挙で勝利した独立派は1919年1月には再び武装蜂起してアイルランド共和国の成立  
   を宣言。アイルランド独立戦闘に突き進んだ。

  ーこの独立戦争はおよそ1.5年にわたって続き、1921年12月にようやく休戦協定が
  成立。そして大英帝国とアイルランド共和国暫定政府の間で条約が結ばれ、アイルランド
  に英連邦内の自治領として「アイルランド自由国」の建国が許された。

 ーその際、プロテスタントの多いアイルランドの北部6州は大英帝国に留まることを選択。
  カトリックの多い南部の26州はアイルランド自由国に加わることを選択。その結果、
  アイルランドは北部6州からなる北アイルランドと南部26州からなる「アイルランド自由国」
  に分断。

 ーアイルランド自由国は、1922年に英国国王の名のもとに正式に発足したが、国内では
  異論が渦巻いていた。その不完全な分断状態が、再びプロテスタント対カトリックの争い 
  と結びついて激しい内戦になった。内戦は1922年から約1年続き、多くの犠牲者が出た。
 ーその後も、北アイルランドでは、英国のプロテスタント支配から脱して、南北アイルランド
  の統一を求める人々が半数近くを占めた。アイルランド自由国は1937年に英連邦から離脱
  したが、南北分断への不満はくすぶり続け、1960年代になると、北アイルランド内での
  カトリック差別への不満が武力闘争に転化し、3000人を超す死者を出す北アイルランド紛争
  が起こる。

○Good Friday Agreement(ベルファスト合意)
 ーその紛争解決に向けた長い和平プロセスを経てやっと「聖金曜日合意(ベルファスト合意)
  が結ばれたのが1998年4月。この和平合意によってアイルランドは国民投票によって憲法を
  改正し、北アイルランド6州の領有権主張を放棄した。

 ーその和平合意が実施され、やっと北アイルランドの自治政府が成立したのは2007年。
  そこでは統合派(プロテスタント)と民族派(カトリック)の両方の政党が代表を
  出しており、現在も微妙なバランスを維持している。

 ーしかし和平プロセスは英国やEUの経済支援もあって機能しており、孤立した和平反対
  の単発的なテロはあるが、政治問題としての北アイルランド紛争は決着している。

 ーEUは和平合意をサポートする目的で毎年数百億円相当の予算をアイルランド向けに支出
  している。(このEUの資金援助も北アイルランドが残留を支持した理由の一つ)。
  こうした歴史背景のもと、今回の国民投票では、北アイルランドは、離脱反対が55.8%
  を占めた。

 ー紛争中は治安当局がチェックしていた南北アイルランド国境は、和平の一環として自由に
  往来できるようになったが、英国が離脱したら、それが制限されかねない。さらに英国が
  離脱すると、南はEU,北は非EUということになり、関税問題も。またEUに残るアイルランド
  では、これまで通り、EU諸国から自由に移民がやってくる。その移民たちが理屈続きの北
  アイルランドに入ってくるのを国境管理なしで止められるかという差し迫った問題がある。

 ーまた離脱後、北アイルランドはEUから開発支援を失うので、経済水準向上という和平
  プロセスへの支持基盤を維持するため、これに代わる経済支援を英国が見つけなければ、
  という難問もある。

 ーアイルランド国境での「厳格な国境管理」に反対する北アイルランド人の心情を、ある
  政府高官は率直に語っている(日経2018.10.22)。「厳格な国境管理の復活は政治的、感情
  的に受け入れられない。北アイルランド紛争では3000人以上の犠牲者が出た。国境の復活が
  すぐ紛争とはならなくても国境警備官への攻撃などはありうる。経済も重要だ。英国は
  アイルランドにとって最大の輸出先。北と共和国の間では数千の中小企業がビジネスが
  行われ、ヒト、モノ、カネが行き交っている。合意なき離脱と国境復活のどちらを選ぶか
  は飢饉か疫病かを選択しろということだ。」
 
○メイ政権の提案、EUの代案、英国の与野党の見解
 ーBrexit実行後、英国はこのアイルランド国境で、厳格な国境管理のない国境という稀有の
  状態を実現しなくてはならない。EUは英国の直面するアイルランド国境問題という難問
  について「厳格な管理のない国境(no hard border)」を実現するという原則で英国と
  合意している。

 ー問題は、それをどのような形でいかに具体的かつ現実的に実現するかである。
 ーメイ政権は、後述するように2018年7月はじめに発表した政府白書(通称Chequer’s Plan)
      で、厳格な国境管理を回避する具体策としてITの先端技術を駆使して、関税事務所や関税
  手続きの目に見える作業なしで、事実上、関税業務を実現させる新しい入国審査や関税業務
  のあり方を提案した。しかし、これはこれまでには世界のどこでも実施されていない未踏の
  空想的な技術であり、現実性・具体性がないとしてEU首脳から全く評価されなかった。

 ーEU当局は、メイ政権が具体案を示せずに時間が浪費されることにしびれを切らし、2020
  年末までの「移行期間」については、北アイルランドだけを関税同盟に残すという案を
  提示したが、これに対しては、メイ首相が、それは英国を分断するに等しいので、全く
  認められない、と拒否した。

 ー具体的な解決策が見つからずに窮地に追い込まれたメイ首相は、2018年11月になって、
  英国の分断を回避し、かつ厳格な国境管理をしないで済む方策として、北アイルランドを含む
  英国全土をしばらくの間(当面は「移行期間」)、関税同盟に残すという対案を提案した。

 ー関税同盟に当面残留することについて、英国労働党は肯定的な反応を示したが、メイ政権内
  および与党保守党の強硬離脱派は激しく反発している。離脱後の英国が当面(明確な期限は
  未定)関税同盟に残留することは、その間、英国はEUの諸規則の制約を受けることになり、
  EUからの国家主権の完全回復を求めて選択された国民投票の趣旨に完全に反するという理由
  である。


Ⅴ.  Chequer’s plan、離脱相と外相の辞任

Chequer's plan
○Chequer’s Plan(メイ政権離脱白書)の公表
ー2018年7月はじめ、メイ首相は、離脱後のEUとの通商関係に関する英国政府(メイ政権)
  の基本方針を取りまとめた。これは98pにおよぶ文書で、将来の通商関係に関するメイ政権
  の方針を体系的に記述している。メイ首相は、彼女の別荘Chequer's Houseに内閣の関係
  閣僚を招いてこの案を提示・説明したことから、この文書は「白書」もしくはChequer's
  planと通称されることになった。

ーBrexitの交渉は、離脱の方法などを規定する「離脱協定案」と離脱後の通商協定
 など将来の英EU関係の大枠を提示する「政治宣言」に大別される。Chequer’s planは
 後者に当たる。

○白書の概要
ーその内容は、基調としてEUと特権的な関係(privileged link)を保持することを謳っている。
 英国はモノについての自由貿易域(free trade area)を維持し、アイルランド国境を含め国境の
 すべてにおいていかなる摩擦も回避するよう精緻に構築された仕組みによってEUの関税同盟の
 メリットを享受する。しかし、英国のGDPの80%を産出するサービスについては英国とEUとの
 間により緩やかな関係を提案。すなわちサービスについては英国は自律的にルールを設定でき
 る自由度を確保する、という趣旨。

ーモノの自由貿易地域では、アイルランド国境も含めてEUの関税同盟のメリットを享受し、国境
 のすべてにおいていかなる摩擦も回避するように精緻に構築された仕組みを活用する、として
 いるが、その焦点がアイルランド国境にあることは明らか。これまで繰り返し述べてきたよう
 に、この問題については、北アイルランドのDUPから国境管理のない国境を実現するよう厳し
 い注文がつけられている。この要請に答えるため、当初は、500kmの国境でなく、港あるいは
 海上でフェリーの上で税関業務をするという案も検討された模様。それはEU地域向けの商品
 の関税徴収を英国の税関が輸入側のEU加盟国側の税関に代わって行うことになるため、EU当局
 から主権にかかわる問題として棄却された。

○厳格な国境管理を避ける夢の技術
ーそうした試行錯誤の結果、Chequer’s Planでは、最先端のITを駆使した目に見えない方法で
 事実上の税関業務を行うという夢物語が語られている。具体案はつまびらかでないが、例えば
 貿易商品にICチップを埋め込んで、税関吏の現場での作業なしに、関税審査などが実行される
 といった未来志向の構想のようだ。しかし、このような技術はこれまで世界のどこでも実用
 されたことがなく、近い将来に実現する保証もないので、EU首脳からは問題外と批判された。

ーメイ首相はこれまで、離脱後には関税同盟を脱退するとの方針を掲げてきた。EUはそれなら
 FTA が唯一の選択肢と主張。しかしFTAなら原則として税関手続きの復活が不可避となる。
 またEUへの輸出品が英国製であることを証明する原産地規則も適用される。

○白書の特質
ー今回のChequer’s Planでの英国提案の自由貿易圏は「関税ゼロで税関手続きも不要」という
 現状の恩恵を享受しようというもので、英国にとってかなり都合の良いことを書き並べている
 が、メイ首相がホンの半年前まで主張していた強硬離脱路線からは大きく転換し、穏健離脱(soft Brexit)にむけて舵を切ったことは明らか。

ーまた、英国GDPの8割を占めるサービス(金融が大きい)については、英国は自律的に独自の
 ルールを設定する権能を保持するという原則論を掲げている。すなわちサービスについては
 独自色を強調しているが、詳細かつ具体的な言及はない。

ー一方、離脱後もEUからビザなし短期観光・ビジネスを容認し、企業間異動や高度人材、留学生
 受け入れを促進するとしている反面、移民の受け入れについては制限するという基本的立場を
 主張している。

2.  白書への批判:EU当局と英国強硬離脱派
○EU当局者の批判
ーこれにたいし、EU当局者は、英は「いいとこ取り」と警戒。EUの首席交渉官(chief
  negotiator)であるMichel Banier氏は、英国はモノの取引だけで単一市場型のメリットを享受
 して、サービスやヒトの移動の分野をそうした扱いから除外することは許されないと警告し、        英とEUがあたかも合同の関税領域にいるような状況つくるIT技術の実現性についても疑問を
 呈した。

○英国強硬離脱派の批判
ー一方、白書の提案は、英国が離脱後もEUルールに縛られることを意味する。離脱後は英国はEU
  ルールの作成や変更に関与できないため、一方的な順守迫られることになる。EU離脱で国家
  主権を取り戻すことを訴えてきた強硬離脱派から見るとメイ首相の提案は譲れない一線を
  超えた?

3.  離脱相と外相の辞任
○離脱相と外相の辞任
ーそして破壊的な事態が起きた。7.6のChequer’s Houseでの閣議で、メイ首相穏健離脱方針に
 閣議全閣僚が同意したが、7.8夜、Davis離脱担当相が辞任。同氏は2016年7月から離脱担当相
 として交渉に当たってきたが、M首相の穏健離脱方針に反発した。さらに、デービス離脱担当相
 につづき、D担当相辞任発表の15時間後、ジョンソン外相が7.9辞任した。

ー両氏の辞任の引き金は、離脱後のEUとの経済関係の交渉方針を決めた7.6の特別会議。
 M首相は10時間を超えるマラソン閣議で、EUとの自由貿易圏創設、工業製品の規格・基準の
 EU との共通化を提案。強硬派からは関税同盟に残るとEUに譲歩を迫られやすい弱い立場に
 なるとして批判。ジョンソン氏ら強硬離脱派はEUの単一市場から撤退し、他国と自由貿易を
 拡大すべしと主張。

○メイ首相不信任の動きも
ー保守党の規定では、党議員の15%(48人)の同意で、不信任投票が開始できる。メイ内閣は
 危機的状況に陥った。


Ⅵ.  Saltzburg9月臨時EU首脳会議、Brussel10月EU首脳会議

SaltzburgEU臨時首脳会議
○Saltzburgでの臨時EU首脳会議の開催
ー2018,9.20〜21にかけてSaltzburgでEUの臨時首脳会議が開かれた。EUは英国に対して
 アイルランド国境問題の具体的な解決策をはじめ、離脱後の通商関係をついての
   workable(実装可能)な構想を提示するよう宿題を出していた。Chequer’s Planはメイ
 政権のそれへの回答という位置付けだったが、その白書が公表されると、EUの首席
 交渉官Michel Barnier氏はじめ多くの関係者から厳しい批判が寄せられた。

ーEU当局は、問題の重大性に鑑み、2018年10月の定例首脳会議の一ヶ月前に、臨時の
 EU首脳会議を開催し、メイ首相を招いて、より率直に英国案について、EU加盟国首脳
 の意見を伝え、改善を求めようとしたものと思われる。

ーEU首脳は、メイ首相が登場する前にすでに意見を述べ合い、メイ首相が登場した時には
 あたかも待ち構え得て批判・攻撃するような形になった。

ー首脳の発言のいくつかを紹介しよう。フランスのBruno Le Maire蔵相は、Chequer’s planは
   欧州の基本信条を掘り崩すもので、これを認めることは欧州の終焉を意味する。英国はEUを
 離脱するが単一市場のメリットはすべて享受するというのではそれは欧州主義の否定だ。
 マクロン大統領は、2016年の離脱派の勝利は、容易な解決策しか考えない嘘つきの人々が
 仕組んだものと批判し、Brexitはコストと帰結を伴うことを知るべきだ、と強調。
 デンマーク、ベルギー、オランダなど英国と密接な通商関係を持つ国々からは、英国の
 このような「いいとこ取り」が許されるなら、我々の国は地盤沈下してしまう。

 ーDonald Tusk EU委員長は、「Chequer’s Planは”いいとこ取り”で、具体的な提案が
  なく、その主張はEUの単一市場の仕組みを崩すものだ」と批判し、10月の定例EU
  首脳会議までに4週間あるから、それまでにより良い案を提示してもらいたい」と
  要望した。

 ー総攻撃を受けたメイ首相は、かなり激昂して「Donald Tuskは、我々の提案は機能
  しない。それはEUの単一市場を掘り崩すものだ、と非難したが、彼はそれがどのように
  掘り崩すのか、その理由も具体的説明もない。そして対案も示さない。Brexit交渉の
  全過程をつうじて、私は常にEUに敬意を払ってきた。貴方方も英国に対して少しは
  敬意を払うべきではないか」と論駁。

 ーSatzburgの顛末を伝えた報道機関は、このサミットの意味するところは、これは
  論理の対決というより力の対決であり、力で勝るEUが英国提案を”いいとこ取り”
  として批判し拒絶したということ(Financial Times, 2018.9.22.) また、英国政府
  は自らの力を過信して、失敗した。これは正義の有無ではなく力の有無が左右した
  場面だった、と論評。

 ー結局、定例の10月18.19のEU首脳会議での最終決着は事実上断念され、懸案は
  11/17〜18の臨時首脳会議に持ち越されることになった。

2. 英国保守党大会
 ○メイ首相、保守党大会乗り切り
 ー018.10.3.保守党大会が開催。大会では、メイ首相が閉幕前に演説。持論の主張を繰り返した
  が、力がこもっており、大会の空気を主導。「「必要なら無秩序離脱も恐れない!」と自ら
  の離脱方針を維持する立場を強調、迫力あり。Boris Johnson氏らも演説したが、具体的内容
  に乏しく、しかもメイ首相に対抗して保守党党首を奪取しようという気迫なし。大会はメイ
  首相ペース。メイ首相の国内での復活を感じさせた。

3.  国民投票の再投票問題
 ○再投票問題への関心の高まり
 ー労働党は関税同盟の維持などEUとの関係重視を求め流が、メイ首相の離脱については
   拒否する構え。労働党では党員の9割が再投票支持。
 ー再投票の運動を推進するジョン・カー上院議員(EU条約の離脱条項策定に携わった)はなぜ
  に答えて”informed concent” だ。

 ースコットランド国民党の党首は、英国下院の35名の議員はもし再投票になれば疑いなく
  参加して英国のEUとの交渉が決定的な結果を産むよう議会をつうじて働きかける、とした。

  ○再投票は民主主義の毀損
 ー再投票の最大の被害は、democracyの毀損(Financial Times2018.10.8 )
 ー再投票は国民を分裂させる(Financial Times◉)
 ー再投票をすれば、今度はEU残留が多数を取るのでは、との観測が多々なされるが、私が
  2018.10末に懇談をしたロンドンの金融や大学の関係者は、民主主義国家としてあの国民
  投票の再投票をさせることは考えられない、との見解。それは国民への信義の問題という。

4.  10月EU首脳会議
○10月首脳会議の重要性
 ー10月17〜18に予定されているEU首脳会議を前に、バルニエ交渉官は今回の首脳会議が
  合意なし離脱を回避できるのかどうかの「決定的瞬間になる」とした。

 ーこの会議では、英国を除くEU27加盟国の首脳らは17日の夕食会で英国離脱を議論。
  一方、英国は16日に開く閣議でEUへの妥協案を協議する方針。交渉打開につながる
   提案をメイ首相が示せるかが鍵。

  ーEUと英国は各国の議会承認の手続きの時間を確保するため、10月首脳会議で
  (1)離脱の手順や条件などを定めた「離脱協定案」、
  (2)通商協定など将来関係の大枠を示す「政治宣言」の合意をめざしてきた。
   しかし、英国内の離脱方針をめぐる混迷で交渉は停滞。
  ー9月中旬、ザルツブルグで開いた非公式EU首脳会議では10月合意を断念。代わり
   に、EUは10月首脳会議で、交渉の「最大限の進展」(トウスクEU大統領)を 
   確認できれば、11月17〜18に臨時の首脳会議を開いて合意をめざすと表明。
   その進展がなければ「合意なき離脱」が一気に現実になる。

○首脳会議の結果
ー10.17〜18開催のブリュッセルEU首脳会議。行き詰まる交渉の打開策描けず。
  11月の最終合意をめざしてきた英・EUは最終期限をクリスマスまで伸ばしたが、
  実現のハードルは下がっていない。
 ーEUのトウスク大統領は「十分な進展はなかった」と18日、首脳会議閉幕後の記者
  会見で淡々と語った。
 ーアイルランド紛争の再発を避けるために英・EUはno hard border(厳しい国境管理
  を避ける)で2017.12に合意。英国は具体的な解決策を示すと約束したがEUの
  理解をも得られる妙案を出せていない。

 ○EUの暫定案
 ーこの問題では、EUは、まず、英国がEU関税同盟から完全離脱する2020末までに
  解決策を見つけられなければ、北アイルランドのみを関税同盟に残す、と提案。
 ーメイ政権はこれに反発。最長2021末まで英国全体を関税同盟に残す案を6月に公表。 
 ーEUは英提案が、21年末以降の国境管理の復活を避ける安全策(back stop)を欠いている
  と批判。
 ー開幕直前の14日、EU当局は(1)EUが英国全体を関税同盟に当面残す英提案を受け入れ、
 (2)英提案が機能しなかった場合の「第二の安全策』としてEU提案も残すとの暫定案を提示

  ○消えた暫定案
  ー暫定合意案に、Boris Johnson氏ら強硬離脱派は「投げ捨てるべきだ」と激怒。これでは
   アイルランド問題の解決策がみつからなければ、英国は永久に関税同盟に残り、離脱後
   もEUルールに縛られ続ける、と猛反発。

  ーメイ首相は、EUとの合意を急げば、メイ政権の強硬派閣僚が更に複数辞任するとの観測。
   メイ首相はそこで土壇場で合意案に「待った」をかけた。14夕、ラーブ英離脱担当相は
   急遽ブリュッセルにバルニエ交渉官を訪ねてメイ首相の懸念を伝達。暫定合意案は幻に。

 ○合意期限を12月に延期
  ー10.16、バルニエ首席交渉官は、英を除く27加盟国閣僚らに「合意なし」の
   離脱を避けるための交渉の最終合意期限は12月になるとの見通しを伝えた。
  ーただ、以降期間中の英国はEUの法律や規制に縛られ、EUへの拠出金の支払い
   義務も残る一方で、EUの意思決定に参加できない。英国の主権回復を掲げて
   きた強硬派を中心に以降期間を短くすべき、との声も根強い。

 ○メルケル首相の発言
  ーメルケルドイツ連邦首相は、EU首脳会議は、もっと柔軟な考え方で、Brexitの
   進展を阻害しているアイルランドの国境問題の解決に取り組むべきではないか、
   と発言。

 ○10月首脳会議以後の展開
 ー10.20. EUのトウスク大統領は移行期間の延長を「英国が決断すれば各国首脳も肯定的に
  検討するだろう」
 ー一方、英与党保守党の強硬離脱派は、延長案は、問題解決の先延ばしに過ぎないと反発。
  移行期間が伸びれば英国がEUルールに従い、EU予算に拠出する期間が長引くから。
 ー閣外協力の北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)も移行期間延長は国境管理の
  厳格化をしない保険にはなっていないと批判。DUPは本土と北アイルランドの分断に強く
  反対し、具体策を求め続けてきた。

 ○アイルランド問題で浮上した二つの打開策成立せず
  1. 物理的な国境は設けない代わり、双方の地元の工場など生産拠点で、製品が安全基準を
   満たしているかなど通関に必要な手続きをする。英政府はこれで厳格な国境管理の回避
   と判断? しかし、動物検疫や食品検査は国境でのチェックが必要。また、DUPは明確
   な国境がなくても通関手続き自体が事実上の国境と問題視。英国分断の関税障壁ができる
   なら予算案に反対と声明。
  2.  メイ首相は11日夕関係閣僚集めて「Ir 問題解決まで一定期間、英国全土を関税同盟に
   残す」案を提示。10月14日のラーブ離脱相とBarnier交渉官で一致、17日のEUサミット
   で大枠合意めざした。しかし、この案には保守党内強硬離脱派が反発。問題解決策が
   みつからないで、英国が永久に関税同盟に残り、EUルールに従い続ける中途半端な離脱
   になることを懸念。

  ージョンソン氏は「閣僚は首相案に反乱せよ」と主張。メイ首相はこの案を強行すれば閣僚
   辞任や予算審議で造反を懸念。この案も断念した。
  ー17日のEUサミットで設定されたクリスマスまでという期限に、合意なき離脱を回避できる
    かの、まさに正念場。

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