フランス: マクロン氏への期待と可能性

1. 奇跡の登場
 
 2017年5月7日に行われたフランスの総選挙はそれまでの予想を超える驚くべき結果となった。それまで極右の国民戦線を率いるルペン候補と中道系独立候補のマクロン氏に絞り込まれた大統領選の決選投票は、大方の予想を超えて、マクロン氏の圧勝となったのである。その結果は、

マクロン 66.1%(2075万票)、ルペン 33.9%(1064万票)

 エマヌエル・マクロン氏:39歳、オランド政権の経済相、中道系独立候補。対するマリー・ルペン氏が勝てば、彼女の主張にしたがってフランスもEU離脱をする可能性があった。多くの中産階級や経済人らはマクロンの勝利に安堵。

 この決選投票に前段の、第一回投票では、これまでフランスの政治の根幹になってきた共和党と社会党という大政党が大きく後退するという地殻変動が明白に現れた。4月23日に行われた第一回投票の結果は以下の通りである。

             マクロン       24%
             ルペン        21.3%
             フィヨン(共和党)  20.0%
             メランション(極左) 19.6%
             アモン(社会党)   6.4%

  大統領は上位2人の決戦投票で決まるので、この第一回投票結果によって、これまでフランス政治を リードしてきた中道右派共和党と左派の社会党候補が揃って破れるという前代未聞の事態となった。共和党と社会党の2大政党合わせても得票率は27%に過ぎず、社会党はたったの6%を獲得しただけだった。

  マクロン氏の選挙公約は:
    既成政党の刷新(ルペンと同じ)
    移民包摂・多様性の価値、欧州統合・独仏関係深化、ナショナリズム抑制、
    解放経済と国際協調の促進(以上はルペンと正反対)
 マクロン氏の支持派は、中大都市の住民と上中所得層などであった。一方、ルペン氏の支持層は、地方の低所得者層やラストベルト(経済成長に取り残された旧工業地帯)の労働者層などであることが投票結果の分析から明らかになった。


2.  マクロン大統領の政権と政策 

  マクロン氏の政策構想は大胆で画期的だが、実現可能性について、また大統領の実行力について当初、内外から疑義が提起された。

  例えば、マクロン氏は EUを連邦型にしたいと主張。そのためにはEUの財政統合を進める。具体的にはEU予算、財務相を置き、銀行同盟で規制と監督を強化するなどである。

   これに対して、理想は良いが、膨大な予算負担と事務量が必要となり非現実的。例えば、EU予算のために、フランスは現在の国家予算の半分もの付加的負担が必要になるとの批判。危機の回避なら加盟国間で緊急資金拠出など対応できる。極端な制度改革より市場原理を活用すべきだ、との批判。また、国内改革できるか?硬直的労働市場、莫大な政府部門とその非効率性、それらを解決することが宿題なのではないか、といった批判。さらに、マクロン氏は政治基盤がないので、そうした改革を主張して国民の支持得られるか?国民議会選挙で勝てるか、などの疑問が内外から提起された。


3.   国民議会選挙で圧勝

   こうした懸念や批判を尻目に、マクロン氏は2017年6月の国民議会選挙では、大統領の「共和国前進」が308議席と過半数(総数577議席)を獲得、中道連合を入れると350議席で6割を占めた。既存の共和党は113席、社会党は29議席、極右ルペン党首率いる国民戦線はわずか8議席にとどまった。
 
   マクロン大統領は議会で過半数と獲得したので、公約の公務員削減、財政再建、労働時間規制の柔軟化などこれまで主張してきた大胆な構造改革を提案。これにより、生産性を高め、フランス経済の再生を図る方針を強調した。


4.   マクロンの人気低下と上院選挙で後退

   これら改革提案はそれが国民や労働者の既得権の見直しを迫るものだったので、不人気だった。とりわけ緊縮財政で政府支出の8兆円削減や住宅手当の削減、またフランス軍幹部の大統領批判に対しての総司令官としての高飛車な反論の仕方などが国民の反発を招いた。

 
   8月になると支持率は4割以下となり、不人気だったオランド前大統領の同時期の支持率を下回った。しかし、8月、労組幹部に労働市場改革で合意取り付けるという画期的な成果を挙げ、その労働改革は59%の国民支持率を達成した。一方、マクロン氏は企業に対しては国内企業の損益状況で、海外で利益が上がっていても国内での損益状況が悪ければ解雇を可能にする税法改正を提案したが、これは経済界からは歓迎された。

   こうした動きをふまえた9月24日の上院選挙ではマクロン大統領の与党は後退した。「共和国前進」系正統派29議席から28議席(非改選9議席含む)へと議席を減らした。しかし、権限の大きい下院で過半数占めているので、マクロン陣営は所期の改革は追求できる、としている。ちなみに、上院の定数は348、今回はそのうち、171議席が改選された。なお、憲法改正には両院で3/5(555議席)以上の賛成が必要である。


5.   EU統合深化策提案(ソルボンヌ大学での講演)

 
   マクロン大統領は2017年9月26日、ソルボンヌ大学での講演で、 EUの統合深化策について画期的な提案を行った。その要点は以下のとおりである。  
    ・各国共通防衛予算
    ・急進的技術革新担うEUの専門機関
    ・利益あげた国での課税(グローバル企業のタックスヘブン利用阻止のため)
    ・法人税率統一(低税率国で生産:social dumping防止)
    ・富裕層減税capital gainsに同一税率(flat rate)

   マクロン大統領の改革提案は急進的でプロビジネスである。マクロン氏は大統領当選当初、既存の政治基盤を持たず、また政治指導力も未知数だったので、同氏が主張する改革が実行・実現できるのかについて懐疑的な見解が多かったが、その後、マクロン氏は国内のパワーネットワークをかなり掌握しており、意外にしたたか、という評価が増えている。 

   国内政治で地歩を固めつつ、特に、ユーロ共通予算の編成とユーロ財務相ポストの新設など懸案の財政統合に踏み出すものと見られる。一方、ドイツの選挙後、求心力が低下したメルケル首相も、マクロン氏の唱えるEU条約改正への取り組みには一定の理解を示している。

   しかし、彼女が率いる与党CDUは、2018年3月にようやく辿りついた大連合におけるメルケル氏のSPDにたいする妥協に不満で、SPDが主張してきたマクロン流のユーロ圏改革には反対もしくは消極的な態度を強めており、マクロン流のユーロ圏改革がどこまで進むかは現段階では不透明だ。


6.  労働組合との対決ーフランス国鉄労組のスト

   2018年4月3日、フランス国鉄(SNCF)の労働組合はフランス全土でストに突入した。スト初日の4.3.には、フランス国内の鉄道運行本数は、高速鉄道(TGV)は1/8、都市間移動の列車は1/5に減らされ、事前通告はあったが、一部の主要駅では人があふれ、自家用車の増加でパリ都市圏の道路は渋滞した。

   同労組は、4.3.から6月まで3ヶ月、5日に2日の頻度でストを続ける計画。フランスではストはたびたび起きているが、今回のストは早期に解決されなければ、2010年や2013年に発生した大規模ストに近いものとなると見込まれる。

   ストの理由は、3月にフランス政府が発表したSNCFに対する改革法案。社員の多くが終身雇用や年金優遇を受ける「鉄道員」として働くが、この運用区分をを今後の採用から廃止、同社を公的な法人から株式会社に改組し、規制も一般企業に近ずけるという改革。同社の累積債務は現在約545億ユーロ(約7.1兆円)。合理化でこうした債務も削減を見込む。

   マクロン大統領の改革は、これまで、労働者や公的部門が享受してきた特権的な保護や報酬を、大胆に見直し、組織の効率性と柔軟性を高めて、生産性を向上させ、フランス経済の活力と競争力を強化しようというものだが、その進め方は大胆で急進的なので、反発も強い。今回の鉄道労組のストは、トランプ大統領の経済改革が成功するか頓挫するかを占う重要な結節点になると見込まれる。トランプ政権は、このストでも妥協せず、改革を貫徹する姿勢で臨んでいる。

   トランプ大統領の大きな目標は、欧州とりわけユーロ圏の根本的な構造改革であり、それを実現するためには、まず国内で、不退転の指導力を示し、改革の成果を挙げることが必要になる。鉄道労組の全国ストは、トランプ氏の政治家としての指導力を試す重要な試金石になりそうだ。

ドイツの指導力への期待と陰り

1.  島田村塾ドイツ研修

 2017年7月、島田村塾では、恒例の海外探訪すなわち研修訪問でドイツを訪ねることにした。ドイツは、英国がEU離脱を決めて以来、とりわけ欧州の大国としてその存在感を増しており、しっかり勉強すべき国として村塾として選択したのである。

 この旅について企画を立て、アレンジをし、研修訪問の半分ほど現地で案内をするなど全面的に協力してくださったFranz Waldenberger博士にこの場を借りて深甚の謝意を表したいと思う。Waldenberger先生は今、ドイツの日本研究所の所長をしておられるが、本来はミュンヘン大学の経営学部の教授で、マクロ経済学、欧州経済、日本経済など幅広い専門を持たれた研究者である。Waldenberger 博士のご好意とご尽力で、普通なら会えない多くの方々に会い、貴重な勉強をすることができた。

 私たちの訪問は、実質、1週間の短い滞在期間だったが、その中で、ミュンヘン、ベルリン、フランクフルトなどの主要都市を訪ね、企業、地域行政府、議会などで、産業人、官僚、政治家、研究者など多様な人々に会って、様々な意見を聞き、知見を得ることができた。

 私は20年以上前に、日独文化交流プログラムの事務局の一端を担って、両国の学者、ジャーナリスト、企業や労働組合の幹部などの日独相互訪問と討論会の準備や運営を手伝っていたことがあり、その関係で、ドイツは数回訪ねたことがあるが、20年以上経って、訪ねたドイツは大きく様変わりしていた。

 ミュンヘンは当時と比べると一段と発展しており、多くのグローバル企業と中堅企業が集中して人々の生活も格段に豊かになっているように見えた。実際、ミュンヘンは近年ではドイツで最も繁栄した地域になっているようである。そのミュンヘン郊外で、休日を利用して、ダッハウの強制収用所跡を訪ねたのは有意義な経験だった。

 私も村塾の諸君も、イスラエルを訪ねるのは必修にしており、エルサレムのホロコースト記念館は何度か訪ね、第二次大戦中のヒットラーによるユダヤ人弾圧については一通り勉強したが、集団殺戮のアウシュウビッツはポーランドにあり、ドイツ本国で、ナチスの偏見によってユダヤ人はじめ多くの民族や人々が残酷な仕打ちを受けた強制収容所の発端となったダッハウ収容所の見学は当時のドイツやナチについて多くを考えさせられた。

 ベルリンはベルリンの壁の崩壊直後から2度ほど訪ねたことがあるが、今回のベルリンの印象は当時とは全く異なっていた。ベルリンは、壁によってソ連の共産主義体制と欧米の資本主義市場体制の東西地区に分断されていたため、壁の崩壊後も、その発展は大きく遅れていた印象があったが、今回訪ねたベルリンの印象は、ベルリン市が今、注力している目標でもある”Start Up City”としての全く新しい顔だった。ベルリンは今や、激しく変化する欧州の若者が参集する”自由都市”になっており、若々しい活力が満ちている様子が感じられた。

 一方、フランクフルトは伝統的な金融中心であり、ドイツ連銀も欧州中央銀行もマイン河を臨むビジネス街に位置し、悠然とした雰囲気を漂わせていた。折しも、英国がEU離脱を決め、かつての欧州の金融中心であったロンドンから世界の金融機関が流出を始める地殻変動を引き受ける年の自信と風格を感じさせた。

 以上、私たちが訪ねた都市の印象に触れたが、そのことを語るのは、本エッセイの本題ではない。村塾のドイツ訪問の詳細な記録はhttp://www.haruoshimada.com/shimadasonjuku/activities/world_travel/2017/germany/report/で閲覧できるので、興味のある方はそれを見て戴ければ幸いである。

2.  選挙の下馬評はメルケル陣営の圧勝

  私達がドイツを訪ねたのは、2017年7月下旬だったので、ドイツ総選挙の2ヶ月弱前だったが、ドイツではどこに行っても総選挙の最終段階であることを感じさせられた。この選挙戦は中盤でSPDが一時、勢いを増して、メルケル首相が率いるCDU・CSU連合を追い上げて話題を提供したが、それ以降は、やはりメルケル陣営が優勢となり、私達が訪ねた頃には、いつものメルケル神話、すなわち、選挙になると必ずメルケルが勝つ、という信仰がひろまっているように見えた。

 今回の総選挙でも、これまでのようにメルケル率いるCDU+CSUが圧勝し、第二党であるSPDが加わって与党大連合を組み、安定したドイツが再出発する、との印象を持って私達は帰国した。

3.   総選挙の結果

 そして9月23日に総選挙が行われたが、その結果の報道を見て、私は目を疑った。なんと、CDUは大きく後退し、SPDに至っては統一ドイツ発足後、最悪の結果になった。そして注目すべきは、最近、急速に伸びてはきたが、これまで連邦議会に進出する最低限の得票を確保できなかった極右政党のAfGが、大きく得票を伸ばし、なんと連邦議会に第3党としての議席を占めたことである。

以下、選挙結果を各党の得票率ならびに括弧内に前回選挙からの変化を記そう。
     1.  CDU+CSU    32.9 %(―8.6%)     246議席(ー65議席)
     2.  社会民主党(SPD) 20.5%(―5.2%)  153議席(ー40議席)
     3.  AfD 12.6%(+7.9%)   94議席(+94議席)
     4.  自由民主党(FDP) 10.7%(+5.9%)  80議席(+80議席) 
     5.  左翼党(Die Linke)  9.2%(+0.6%)  69議席(+5議席)
     6.  同盟(Bundnis) 90+緑の党(Die Grunen)8.9%(+0.5%)  67議席(+4議席)

 ここで、ドイツの議会の制度と政権成立の条件について少々説明しておきたい。ドイツ連邦は16州から構成されている。投票者は小選挙区の候補者と政党に記名して投票する。比例代表による法定定員は588議席、連邦総投票数で5%未満の党は連邦議会には議席を持てない。また小選挙区選出議席と比例代表議席は同数となっている。

 上記のような条件があるので、これまでAfGは連邦議会には進出できなかった。この最低得票率の足切り制度は、戦前のドイツでミュンヘンから出発し、バイエルン州で急激に伸びたヒットラー率いるナチスの政党がたちまちのうちに、連邦議会で第一党になり、ヒットラーの独裁を許す結果になったようなことを避けるいわば安全弁として上記のような条件を課したと言われる。

4.  政権組成の難題

 この選挙結果は、メルケル氏が率いるCDU+CSU与党連合だけでは、議席の過半数を確保できず、単独では安定政権を構成できないことを意味した。したがって、他の主要政党と大連を組むことが不可欠になった。当然の選択は、これまでも大連立を組んでいたSPDとの連立である。ところが、シュルツ党首が率いるSPDは頑なにこれを拒否した。

 SPDはこれまで3期12年という長期にわたってCDU+CSUと大連立を組んでいたが、その間、持続的に地盤沈下が進んでいた。とりわけ今回の選挙では、東西ドイツ統一以後、最悪の得票結果となり、SPDの党員や関係者の間で深刻な危機感が募った。彼らは、メルケル氏と連立を組んだ結果、メリットは全てメルケル氏に帰属してしまい、SPDは大連立に埋没し、独自のアピールができなかった。これ以上、連立を続けるとSPDは埋没どころか消滅しか寝ないという存亡の危機感を抱いた。

 SPDが連立に応じないので、メルケル氏は、FDP(自由民主党)とDie Grunnen(緑の党)と連立のための交渉を開始した。しかし、両党とも、CDUとは政策が大きく異なるので、連立交渉は不調に終わった。連立が組めないとなると、政権組成のために残される選択肢は二つになる。一つは少数政権を樹立すること。いまひとつは、再選挙である。少数政権では政策の採択と執行の能力が著しく低下して、ドイツの国家運営に多くの支障が生ずることが予想される。再選挙の選択肢はメルケル氏は否定しない、としたが、今回の選挙でこれまでの与党大政党が大きく後退し、極右のAfDが躍進したことなどを考えると、選挙結果はさらにドイツの政治を不安定化させることになる恐れが大きく、リスクが高い。

 総選挙が済んで、3ヶ月近くが経とうというのに、連邦政権が組成できないという事態は歴史的にも空前の異常事態である。内外から決められないドイツの政治に対する批判は当然高まった。そうした中で、12月に入ると、シュルツ党首が、連立は必ずしも拒否はしないという姿勢に変化した。12月8日には、メルケル氏と協議しても良いと言明したが、それでも、閣外協力という選択肢もあり、とにかく大連立の呑みこまれて埋没することは避けたい、という態度。

 SPDは2013~17年の大連立では成果は皆メルケル氏に帰属してしまい、その結果、2017の選挙は歴史的惨敗になった。したがって、何としても独自色を出したい。シュルツ氏は、仮に連立するにしても、フランスのマクロン大統領の主張に共鳴するような例えば、United States of Europeと言った思い切った構想をSPDの主張として公約に盛り込めないかなどの主張を展開した。12月16日には、シュルツ氏は、政権無きドイツは放置できない、しかし過去の大連立の延長は忌避する、との態度を再度強調した。

  18.1.13:MerkelーShultz 5日間のマラソン討議が行われ、党首合意が達成された。そこではドイツの経済と政治力挙げて欧州統合深化のためマクロン氏らと協力する、欧州予算に協力することにも、前向きな方向で一致したとされる。

  18.1.21のSPD党大会で大連立可否を決定する予定だったが、1.15. SPDのいくつかの地区代表と一般メンバー(特に左派と青年層)が、健保、住宅、移民、短時間労働者対応の政策が不充分として大連合に反対。SPDは2017.9.の選挙で史上最悪の結果になったのは、CDUとの大連立に埋没したためとして大連立忌避の傾向が強い。1.21の大会で承認される可能性が予断を許さなくなった。SPDが承諾しない場合は、残された手立ては総選挙のやり直ししかない。
 
5.   メルケル政権の指導力の低下と回復の可能性    

 メルケル氏主導の長期政権がつづいたドイツは、経済的に大きく躍進したと同時に政治的にも欧州の主軸としての存在感を高めてきた。今回の政権組成の未曾有の遅れに象徴されるメルケル氏の政治的凝集力の低下は、これからの欧州そしてより広い世界に向けてどのような意味を持つのだろうか。

 メルケル氏は、2005年、シュレーダー首相の後を受けて、ドイツで初めての女性首相としと登場した。それから2005→2017年の12年間、メルケル首相は長期政権を維持し、内外に絶妙のバランス感覚で指導力を発揮してきた。

 内外の際立った政策として、例えば、2008年のリーマンショックにつづく大不況に直面し、メルケル氏は金融安定化のために大胆な政策を敢行し、経済を回復に導いた。2010~2014年のギリシャ問題によるユーロ危機に際しては、EUの首脳をリードして解決に大きく貢献。また、2015年、東ウクライナ問題で、シャトル外交を展開し、ミンスク合意を取り付けた、など輝かしい成果を残している。

 2015年から急増した中東からの難民の受け入れに関しては、メルケル氏は、人道的観点からドイツとして大量の難民受け入れを宣言するとともに、EU各国にも受け入れ割り当てを提案したが、メルケル首相のこの難民受け入れ政策は内外から強い反発を招き、今回の総選挙における排他的な極右のAfDの急進に象徴される大きな社会政治変動にもつながったと言える。

 今回の総選挙でのCDUの敗北と政権組成の遅れに象徴されるメルケル氏の求心力と指導力の低下は、欧州そして世界におけるドイツの存在感を低下させたと言わざるを得ない。一方、2017年5月の総選挙で予想外の大勝を果たしたフランスのマクロン大統領は大胆で根本的なユーロ圏の改革を唱えているが、ドイツがフランスと協力して、このところ後退しつつあるように見えるEUの統合化と深化をどこまで推進できるかが問われている。

6.  大連立への険しい道とその成立

  2017.1.21のSPD党大会は、メルケル大連立体制に参加することに対する反論、Martin Schultz氏など党執行部への批判、またSPDの改革要求:難民問題(受け入れ制限 月1000人まで)、医療改革(公的保険と民間保険の格差解消)、雇用(有期雇用契約の大幅な制限)などを巡って紛糾したが、ギリギリ大連立に向けての協議に入ることについては了承された。ただ、シュルツ党首の指導力についての党内評価が大きく低下した。シュルツ氏の発言が責任回避的との印象を与えたことが響いたようである。

  SPD党大会でのギリギりの了承を受けてメルケル氏とシュルツ氏の間で、連立実現のための協議が行われ、大連合の閣僚指名も議題になった。シュルツ氏はドイツ国内政治にはこれまで参加しなかったが、EU議会の議長を務めるなど、国際派として自他共に許す地位にあった。しかし、大連立に対しSPD内で多くの反対論や批判論がある中で、シュルツ氏は大連立内閣が組成されれば当然と思われていた外相には就任しないことを早々と宣言せざるを得なかった。

  こうした動きの中で、メルケル氏は大連立内閣の主要閣僚に、SPDの若手人材やメルケル 批判派を多数、登用せざるを得なくなった。Jens Spahn、Daniel Gunter, バオル・ツィーミヤク氏などメルケル批判派が声を挙げ、世代交代を主張してくる中で、メルケル氏は そうした批判を受け止める姿勢を示すために、党の要である幹事長に、かねてミニ・メルケルと評された中堅の女性政治家、Kramp Karrenbauer氏を登用した。

  2月25日に発表された大連立内閣の閣僚名簿には、メルケル批判派であるSPDのSpahn氏が保健相、財務相にSPDのOlaf Scholz氏が登用された。現メルケル内閣からは官房長官のAltmeier氏が経済相に、また国防相にはVon de Alaien氏が留任した。SPD党内にも人事 抗争があり、大連立内閣で当初外相に予定されていたSigmar Gabriel氏がこの段階で突如引き下ろされ、法相候補だったが外交については全く未経験で未知数のHeiko Maas氏が指名されるというドンデン返しがあった。

  大連立への参加を公式に認めるかどうかのSPDの意思決定は最終的には党員投票にかけられれることになった。党員投票の結果は2018.3.4. 公表された。結果は、賛成66%、反対34%だった。この投票結果によって、2017年9月23日の総選挙から、半年近くを空費してようやく第4次メルケル大連合政権がスタートすることになった。

  しかし、大連合編成の過程で、上記のような混迷を続けた結果、誕生した内閣はメルケル氏への不満が凝縮された構成になっており、メルケル氏がこれまでのように欧州を代表する偉大なリーダーとしての采配を振るえる状況にはとてもなっていない。とりわけ財務相や外相という主要閣僚をSPDに譲らざるを得ず、しかも外相は外交は全く未経験という構成に対してCDU党内からは不満と批判が募っており、メルケル首相は困難な舵取りを迫られそうだ。

  実際、2018.4.15.にはCDU-CSUは議会会派の公式見解として、フランスのマクロン大統領が提案するEuropean Monetary Fund構想について明確な否定見解の報告書を提出した。これはマクロン大統領がユーロ圏改革の協議のためにベルリンを訪問する2日前というタイミングである。CDUのユーロ改革に対する否定的もしくは消極的態度はSPDからも批判されている。

  メルケル氏率いるCDUーCSUは、マクロン大統領の唱えるユーロ圏改革(EMF, Euro圏共同予算、Euro圏経済相設置など)は費用がかかり過ぎるとして批判を強めており、またNATOへの分担金負担支払いを引き上げることに対しても消極的である。

  マクロン大統領が登場し、欧州を代表する政治家のメルケル氏が力を合わせて、Euro圏の構造改革やEU統合進化のために画期的な注力をすることが、半年前までは、期待されただけに、メルケル氏の求心力低下、そして予想される指導力の当面の低下は誠に残念である。

米朝首脳会談への道程

 2018年4月27日、朝10時、朝鮮半島の休戦ラインにある板門店の空は穏やかな晴天に恵まれていた。この日は、第二次大戦後の朝鮮半島にとって歴史的な日として記憶されることになる。

 なぜなら、この日、1953年の朝鮮戦争休戦以来、北と南に分断されていた朝鮮半島の北朝鮮(朝鮮人民民主主義共和国)と韓国(大韓民国)の首脳が、初めて休戦ラインを超えて、板門店の韓国側にある「平和の家」で会談をし、共同声明に調印することになっていたからである。これまでに南北会談は3回行われたが、そのうち、2回はいずれも韓国の首脳が北朝鮮を訪ねて行われたもので、北の首脳が休戦ラインを超えて、韓国側に足を運ぶのは今回が初めてであり、その意味でも今回の首脳会談は歴史に記憶される出来事とされた。

 この日の歴史的瞬間を捉えようと、両国のメディアはもちろんのこと、世界中からメディアが参集してその経緯を世界に発信する態勢をとっていた。特筆すべきは、両首脳の休戦ラインを超えた解后と会談の様子が、メディアに対して同時中継が許可されていたことである。これは韓国側の事前の要請に北朝鮮側が応じたということでこれまでの両国の関係からは信じがたい決定であった。

 午前10時、休戦ラインの北側にある北朝鮮側の建物から、金正恩委員長が、多くのSPに囲まれて正面の会談を歩いており、ほどなくSPは離れ去り、金委員長が一人、休戦ラインの際に立つ文在寅韓国大統領に歩み寄り、二人で握手を交わす。その後、二人は互いに休戦ラインを二度超えて韓国側の「平和の家」で一つのテーブルを囲んで親しげに会話を交わす。双方とも映像が撮られていることを意識してか、精一杯の笑顔で友好的雰囲気を演出した。

 昼食は別々にとった後、再び、両首脳は会合し、その後、二人だけで散歩路を辿って、休戦ラインの近くに設営されたブルーの橋の中程のベンチに腰をかけ、40分ほど話し合い、最後に共同声明に署名の儀式が行われた。共同声明には、両国は、朝鮮半島の完全な非核化をめざし、半島の平和と繁栄と統一をめざして努力する趣旨が明文化された。

 この共同声明について、非核化の具体的な日程や方法などが書き込まれなかったので、不充分とのコメントもあったが、第一回の首脳会談としてはその意義は十分果たされたと言えるだろう。5月末か6月上旬には、金正恩氏とトランプアメリカ大統領との米朝首脳会談が予定されており、具体的な内容のある真の非核化への合意は、その会談のためにとっておかれたとも言える。言い換えれば、今回の南北首脳会談は、来るべき米朝首脳会談への予備段階としての役割は充分に果たしたというのが妥当な評価だろう。

  このブログでは、2018年4月12日に、「北朝鮮と核ミサイル問題」と題して、北朝鮮の近年の弾道ミサイルと核開発の問題を取り上げ、その歴史的経緯や、それが極東地域や世界に及ぼす影響や問題などについて詳しく解説した。北朝鮮の核とミサイルの無謀な開発は国際社会に深刻な脅威となっていたが、北朝鮮のミサイルや核実験の続行という危険な行動が、2018年冬の平昌オリンピックを契機とするオリンピックへの北朝鮮選手団の参加をめぐる韓国と北朝鮮のやりとりを通じて、にわかに北朝鮮が融和的態度をとり、友好ムードを盛り上げる態度に変わった。その流れを決定的にしたのが、3月8日、韓国代表団と金正恩委員長との会談の結果を報告するため、ホワイトハウスにトランプ大統領を訪問した際、トランプ氏が即刻、自分は金正恩委員長に直接会うと言明したことである。

 それ以降、北朝鮮は、おそらくそのための環境醸成のために韓国側と連携しつつ様々な対応をとり、今回の4月27日の首脳会談の開催となった。このエッセイでは、トランプー金正恩による米朝首脳会談に向けてどのような経緯があったかをやや詳しく振り返ってみたいと思う。

 以下、下記の項目に沿って事実経過を辿ってみたい。

1. 平昌冬季五輪への北朝鮮の参加と北朝鮮の融和攻勢
2. 3月5〜6日、訪朝した韓国特別使節団と北朝鮮金正恩委員長との会談とその意味、
3. トランプ大統領、訪米した韓国特別使節団代表に、3月8日、金委員長と会談の意向表明
4. 3月28〜29、金正恩委員長が極秘裏に北京に習近平国家主席を訪問
5. 4/17〜18 安倍首相とトランプ大統領、フロリダで首脳会談
6. 4/18 トランプ氏、ポンペオCIA長官(次期国務長官)の金正恩氏との会談を追認。
7. 4/20、朝鮮労働党、党中央委員会総会で、核・ミサイル実験中止、実験場廃棄と決定
8. 4/27、板門店での金正恩委員長と文在寅韓国大統領の南北首脳会談
9. 米朝首脳会談の背景、展望、課題


1.  平昌冬季五輪への北朝鮮の参加と北朝鮮の融和攻勢

 韓国の文在寅大統領は、従前より、北朝鮮との融和の重要性を説き、究極の目標として半島統一を希求してきたことは周知である。文氏は、韓国では金大中、盧泰愚大統領という左翼政党の系譜に連なる政治家で、彼はとりわけ強固な反日主義者であり、同時に北朝鮮との融和を強調してきた。2017年5月に大統領就任後、トランプ大統領の会談でも、トランプ氏の強硬路線に対して、北朝鮮との交渉の重要性を主張しつづけた。

 文氏は、2018年2月に開催される平昌オリンピックは、北朝鮮との融和ムードを国際的にアピールする絶好の機会と考えていたことは容易に想像できる。文大統領は2017年12月14日に北京に習近平国家主席を訪問し、北朝鮮問題は、対話による解決が重要であるとの共通の認識を確認している。

 北朝鮮側もこの機会を南との融和ムードを盛り上げるために利用できると考えたと推察される。2018年年明け早々、北朝鮮は韓国側との間で途絶えていた直通回線を2年ぶりに再会することに同意した。そして1月9日には、南北閣僚級会談で、北朝鮮は平昌五輪の成功のために全面協力を約した。この会談には、北朝鮮側からは、李善権、祖国平和統一委員長、韓国側からは趙明均統一相らが出席した。なお、この会談後、共同報道文が発表されたが、そこには、朝鮮半島問題は民族同士で、対話を交渉を通じて解決すると明記されており、これはアメリカなど超大国の影響を意識して釘を刺したものと言える。

 この会談直前の1月4日、文大統領はトランプ大統領と電話で会話をしたが、トランプ氏はその際、五輪開催中は米韓軍事演習を延期しても良いと発言したという。米国務省も南北会談は前向きな進展と評価。また1月10日、トランプ大統領はWall Street Jounarlとのインタービューで、金正恩氏と会えば、良い関係を築ける、発言したと伝えれらた。

 1月19日、韓国政府は、李洛淵首相への2018年業務報告で、平昌五輪を機に、米国と北朝鮮が直接対話に乗り出すよう「外交力を集中する」と述べた。

 北朝鮮は、平昌五輪に対して、アイスホッケーで南北合同チームで参加、また開会式には、金正恩労働党委員長の実妹である金正与氏、ならびに北朝鮮の序列2位である金永南最高人民会議常任委員長が代表として参加。2月9日の開会式にはアメリカからペンス副大統領も出席しており、北朝鮮代表との会談の打診をしたが、実現しなかったとされる。北朝鮮は大規模な「芸術団」と応援団も派遣し、大会中、融和ムードを盛り上げた。また北と南は選手団がそれぞれの国旗を使わず、白地にブルーの朝鮮半島をデザインした南北合同旗を用いた。文大統領は五輪期間中、北朝鮮の代表団に密着して歓迎に専心。韓国国内では合同チームや合同旗について批判の声も上がったと報道されたが、大きな盛り上がりにはならなかった。

 平昌五輪(2月23日終幕)後、金英哲(ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長ら北朝鮮高官代表団が2月25〜27日の3日間の行程で韓国を訪問、文大統領らと会談して27日帰国した。金英晢氏は、北朝鮮の韓国砲撃や韓国海軍艦艇などを指揮したとされ、韓国では警戒されている人物。3日間に渡る訪韓で韓国側首脳部との会談の内容は詳らかにされていないが、南北関係”前進”の重要性を強調したと報道された。


2 .   訪朝した韓国特別使節団訪朝と北朝鮮金正恩委員長との会談

 平昌五輪への北朝鮮の参加をめぐる一連の協議で、北朝鮮側から金正恩委員長の実妹を含む高官がたびたび訪韓したことへの返礼の意味も込めてか、韓国から3月5〜6日特別使節団が訪朝し、金正恩委員長を表敬して会談の機会を持った。

 金委員長は、歓迎の夕食会に、実妹の金与生氏や夫人の李雪主氏まで同席させるなど異例の歓迎をした。特別代表団との4時間半に及ぶ会談の席で、金委員長は、朝鮮半島の非核化に言及し、また米国首脳と会談の用意があると発言したと伝えられたが詳細は明らかにはされなかった。

 文在寅大統領の特使として訪朝し、6日に帰国した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長が記者会見で、会談の要点を報告した。
ー4月末に、板門店で、第3回南北首脳会談を開催
ー首脳間のホットラインを設置
ー北朝鮮は朝鮮半島の非核化の意思を表明。
 北に対する軍事的脅威が解消され、北の体制の安全が保障されるなら核保有は意味ないの意。
ー北は、非核化問題の協議および米朝関係正常化のために米国と対話する用意がある。
ー対話が続く間は、北は追加の核、ミサイル実験をしない。核兵器を南に向けて使用しない。

  この会談では、「非核化」が重要だが、非核化を実現するための具体的なステップや行動についての言及はなかったという。


3.  トランプ大統領、訪米した韓国特別使節団代表に3月8日、金委員長と会談の意向表明

 トランプ大統領は、3月8日、文在寅韓国大統領の特使としてホワイトハウスを訪問した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長と徐薫(ソ・フン)国家情報委員長と面会した。鄭氏によると、鄭氏は正恩氏の「トランプ大統領と可能な限り早い時期に会いたい。直接会って話すれば、大きな成果を出すことができる」と伝え、さらに、正恩氏の本気度を感じた、と強調したという。するとトランプ氏は、大きくうなずきながら「よし会うぞ」と即答したという。

  ホワイトハウスにはWest Wingと呼ばれる庭に向かって開かれた記者団や訪問団などとのオープンな会見場所がある。ここは大統領が重要な問題を比較的オープンに発表する時に良く使われるが、トランプ大統領の特別な計らいで、鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長らの韓国特別使節団代表はこの場所で、内外の記者に対して会見を行ったという。
  トランプ大統領と韓国特別使節団との会見につき、大統領報道官は以下の声明を発表した。
 ートランプ大統領は金正恩氏との会談を受け入れる。
 ー会談の詳細な日程と場所は未定
 ーすべての制裁と最大限の圧力は継続

 鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長の記者発表要旨
 ー金正恩氏が非核化の意志を示すとともに、核実験、弾道ミサイル発射実験を控えると約束
  したとトランプ氏に伝達
 ー正恩氏は韓米合同軍事演習の継続に理解
 ー正恩氏はトランプ氏とできるだけ早い会談を熱望
 ートランプ氏は正恩氏と5月までに会うと発言


4.   金正恩委員長が極秘裏に北京に習近平国家主席を訪問

 3月25日夜、中朝国境の町、遼寧省丹東市の駅に、深緑色の特別列車が滑り込んできた。周囲は厳戒態勢。自ずから北朝鮮の首脳が中国に列車で訪問してきたとわかる。目ざとい中国人の野次馬が「太っちょの三男坊」の訪中とネットに書きたてたので、金正恩委員長の中国訪問は事実上、知られていたといえるが、金正恩氏の隠密の北京訪問が公式に発表されたのは、3月28日、中国国営新華社と北朝鮮の朝鮮中央通信のニュースだった。

 訪問は3月25日夜から28日まで足掛け4日間。その間、習近平夫妻は金正恩夫妻を2回食事でもてなし、会談、そして夫妻で見送るなど最大限の歓待だったようだ。会談の詳細は明らかにされていないが、金委員長は、朝鮮半島非核化について、北朝鮮の体制が保障されなら非核化を実行する意思はあると強調したとされる。

  Financial Times 3月29日版は、習氏と金氏の関係は、あたかも父親が非行の息子をさとすようだった、いまや従順になった息子とstern and benevolent(厳しくも寛大な)父親、と表現している。実際、金正恩氏は、父親の金正日氏から王朝を譲り受けていらい、北朝鮮の対中国関係を取り仕切っていた義理の叔父にあたる張成沢国防委員会副委員長を処刑、実の兄、金正男氏をマレーシアで殺害、また中国にとって外交上重要な節目でも無謀な核・弾道ミサイル実験を繰り返して中国の面子をつぶすなど”乱行”もしくは”悪行”を繰り返してきたから、今回の神妙な訪問がそのように表現されるのもわかる。

 金氏にとっては、トランプ氏との会談を前にして、これまでのような国際的孤立状態では甚だ心細いので、かつては”血の同盟”を誓い合ったこともある大国、中国の後ろ盾が欲しかったのであろうし、一方、中国にとっては、トランプー金の直接会談で事態が決まってしまうことは、中国の影響力の低下を意味するから、なんとしてもここで北朝鮮の後見人の役割を演じて、国際的影響力を確保したかったといえよう。この会談はそうした意味で両者の利害が一致するので、北朝鮮からの再三の会見要請に、このタイミングで中国が応じたというのが真相と推察される。


5.  安倍首相とトランプ大統領、フロリダで首脳会談

 4/17〜18、安倍首相はトランプ大統領とフロリダで首脳会談を行った。両首脳の会談は2017年11月、トランプ大統領がアジア歴訪の際に日本に最初に立ち寄った時の会談以来、半年ぶりである。この間、国際情勢はとくに北朝鮮問題をめぐって大きく動いた。とりわけ2月以来、北朝鮮が急に融和ムードを演出する”微笑外交”に転じてから、極東をめぐる国際関係は激動した。

 冬季オリンピックを利用した文在寅韓国大統領と北朝鮮の金正恩委員長の掛け合いはあたかも出来レースのように進み、日本はこの重要局面でプレイヤーの役割が果たせず、いわば観客の立場で、置き去りにされた印象を持つ向きの多かったのではないか。日本にはこの局面でカードがなく、ひたすらアメリカと協調して、北朝鮮が完全な非核化を実行するまで経済制裁などの圧力をかけ続けるとアメリカに強調する以外に打つ手はなかったように見える。

 そうした状況の中での日米首脳会談だった。フロリダでの初日は、ゴルフ好きの両首脳がまずゴルフを楽しみ、それから、安全保障問題を中心に議論した。そこで、安倍首相は、北朝鮮が完全な非核化を実行するまで圧力をかけ続けるべきだ、との既定路線を強調したようだ。その際、拉致問題について、米朝首脳会談でトランプ氏が北朝鮮に誠意ある対応をするようにと要請した。

 そして、翌日の経済討議に進む予定だった。ところがそこで異変が起きた。安倍首相との初日の会談を終えた夜、トランプ氏は、ツイッターに次のように書き込んだのだ。「TPPは日本などがアメリカを復帰させようと望んでいるようだが、あれは最低だ。2国間の取引の方がアメリカの労働者にとってははるかに有利に交渉できる」と。安倍首相は、トランプ氏が1月のダボス会議でTPP復帰を匂わせて以来、その復帰を実現させるためにあらゆる環境整備を進めてきた。首脳会議2日目は経済が議題なのでそれが主題になるはずだった。

 Financial Times 4月19日号は、”これが最も重要な同盟国に対する仕打ちか?しかも安倍首相がスキャンダル問題で最も困っている時に、これ以上最悪な振る舞いはない”と批判している。トランプ氏は3月にいきなり鉄鋼とアルミについて高い付加関税をかけると宣言したが、その後、NAFTA交渉相手のカナダ、メキシコ、また欧州はじめ多くの同盟国は当面その適用除外とした。同盟国で適用除外になっていないのは日本だけである。日本は中国のように報復措置はとらず、ひたすら恭順にしているのに、この仕打ちは何だ、とFT社説は率直のトランプ氏を批判している。

 米朝交渉を控えて、世界諸国が、世界の安全と平和のためにそれぞれどのような役割を演じられるか工夫と努力をしている時に、北朝鮮の核とミサイルなどの影響を韓国と並んで最も受けやすい立場で、しかも経済的には世界に大きな貢献をしている日本は、トランプ氏から見れば全く何の価値もないように見えるのだろうか。


6.   4/18 トランプ氏、ポンペオCIA長官(次期国務長官)の金正恩氏との会談を追認

 トランプ大統領は、4/18ツイッターで、「マイク・ポンペオが、先週、北朝鮮で金正恩と会談した。会談は順調で、良い関係を構築できた。・・首脳会談の詳細を今調整中だ」と書いた。ポンペオ氏の訪朝は17日にワシントンポスト紙が報じたが、同紙によると、訪朝期間は4月1日のイースター休暇の間。ポンペオ氏は3月13日に国務長官に指名されたばかりで、訪朝当時はまだCIA長官のままだった。

 トランプ氏は前国務長官のTillerson氏とは見解のそりが合わず、トランプ氏は国務省を重視せず、CIAの情報機能を重用する傾向がある。CIAでは昨年5月に「朝鮮ミッションセンター」を立ち上げ、北朝鮮や韓国の情報機関と頻繁に連絡をとって情報活動を進めているようだ。しかし、国際問題は過去の経緯や政策問題が前提になることが多く、国務省にはそのための専門家が多いが、単なる情報機関であるCIAの重用はリスクがあると指摘する向きも多い。トランプ式外交の特徴が吉と出るか凶と出るか、見守る必要がある。


7.  朝鮮労働党、党中央委員会総会で、核・ミサイル実験中止、実験場廃棄と決定

 北朝鮮の朝鮮中央通信は、金正恩委員長が、4月20日、党中央委員会の報告で、「核実験や中長距離ミサイル、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射も必要がなくなり、北部核実験場も使命を終えた」と報道した。総会はこの日採択した決定書で、核実験とICBMの発射実験と中止し、北朝鮮北東部・豊渓里(ブンゲリ)の核実験場を廃棄すると表明した。

 これは新たな実験をしないと発表しているだけで、それが非核化に具体的にどのように繋がるのかの道筋が見えないこと、また、これまで4半世紀の間、北朝鮮は、非核化をすると何度も宣言して、その都度、制裁の解除や援助を獲得してきたが、結局、それらの約束は一つも守らなかったという経緯があるので、今回の発表は、”口先だけ”と取る向きが多い。


8.    板門店での金正恩委員長と文在寅韓国大統領の南北首脳会談

 そして4月27日、史上3度目になる今回の歴史的南北首脳会談が板門店で開催された。その状況についてはやや詳しく冒頭に述べたので、ここでは、両首脳による「板門店宣言」の要点と、ここにいたまでの非核化についての首脳などの発言の経緯を整理しておきたい。

○南北首脳による板門店宣言の要旨
ー完全な非核化と通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認
ー朝鮮半島の非核化のため、国際社会の支持と協力と得るよう努力
ー今年中に終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換
ー南北と米国の3者または、南北と米国、中国の4者による会談の開催と推進
ー南北首脳で定期的に会談
ー文在寅大統領が秋に平壌を訪問。

○非核化をめぐるこれまでの首脳発言の経緯
ー2018.3.5.
  金正恩と韓国特使団による会談(韓国政府発表)
  ・北朝鮮に対する軍事的脅威が解消され、体制の安全が保証されるなら、核を保有する理由
   はない。
  ・非核化問題の協議と米朝関係正常化のために、米国と対話する用意がある。
  ・対話がつづく間、追加の核実験や弾道ミサイル発射など挑発を再開しない。

 ー2018.3.26.
   中朝首脳会談での金正恩氏の発言(中国外務省発表)
  ・「遺訓に基づき、半島の非核化に力を尽くす」
  ・「朝米首脳会談と行うことを願っている」
  ・「南朝鮮と米国が善意をもって我々の努力に応じ、平和の実現のために段階的で同時並行
    的な措置が取られるのであれば、半島の非核化問題は解決にいたることが可能になる」

 ー2018.4.9.
   朝鮮労働党中央委員会政治局会議(朝鮮中央通信)
  ・金正恩氏が北南関係の発展方向と朝米対話の展望を深く分析して評価

 ー2018.4.20.
   朝鮮労働党中央委員会総会
  ・金正恩氏「核実験や中長距離ミサイル、ICBMの試射も必要なくなり、北部核実験場も
   使命を終えた。

 ー2018.4.27.
   南北首脳会談での板門店宣言
  ・南北は完全が非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認。

 
9.   米朝首脳会談の背景、展望、課題

 最後に米朝首脳会談の背景、展望そして課題についてコメントしておきたい。

 まず、背景として、なぜ2018年に入って急転直下、これまで4半世紀にわたって想像することもできなかった米朝首脳会談がにわかに実現する方向になったのか、その背景を考えたい。

 
 第一は、これまで、核兵器を持つこと、しかもそれがアメリカの首都や東部の大都市を攻撃できるICBMに搭載できる核兵器であることは、北朝鮮の悲願だった。朝鮮戦争で血の同盟を誓った中国も、ゴルバチョフ以降のロシアも、北朝鮮にとっては敵国である韓国と1990年代初頭に国交を結び経済協力協定まで結ぶという状況変化の中で北朝鮮は国際的に孤立した。

 その孤立の中で、金王朝の存続を保証できる唯一の条件が上記の核・ミサイルによる攻撃能力であると金親子は考え、その実現に邁進してきたのである。世界最強のアメリカは北朝鮮の核兵器開発を阻止しようとしたが、果たせず、北朝鮮はアメリカが本気で武力行使に踏み切らないので、クリントン、ブッシュ、オバマ歴代アメリカ政権の足元を見て、核とミサイル開発を続けた。

 ところが、トランプ政権は対応が違った。トランプ氏は「すべての選択肢はテーブルの上にある」と武力行使も排除しない姿勢を示したが、トランプ氏は、世界情勢にも歴史にも疎い、というより興味がなく、Dealだけを信ずるいわば興行師である。彼はただ、2000年の大統領選に勝てば良い。そのためには、北朝鮮からの核ミサイルの脅威は「俺がつぶした」と選挙民の前で勝ち誇れればよい。そのためには、場合によれば本当に武力行使をするかもしれない。

 これまで常識あるアメリカの歴代大統領を見てタカをくくってきた北朝鮮、特に金正恩氏はアメリカの段違いの武力と、それを場合によれば使うかもしれないというトランプ大統領の実際的な脅威を、状況を分析するうちに理解したのだろう。日本の首相として初めて北朝鮮の金正日氏と対峙し拉致被害者の帰還を実現した小泉純一郎氏の感想を聞いたことがある。小泉元首相は、「アメリカは軍事力をただもっているだけでなく、毎年のように実戦で使っているので、その本当の戦力は圧倒的だ」と指摘しておられた。それを金正恩氏も理解し、トランプ氏に会いたいと韓国の特別使節に伝えたのだろう。

 一方、韓国の特別使節団からその報告を聞いたトランプ氏は、これはDealで生きてきた俺がやらざるを得ない。国務省の秀才どもに任しておいてはできるものもできなくなる、ということでその場で「会おう」と決断したのだろう。以上が、私の考える、今回の米朝首脳会談の背景である。

 次に、それでは交渉はどうなるか、その結果はどうなるか、すなわち展望を考えたい。北朝鮮は4月27日の南北首脳会談で、半島の完全非核化を目標とすると言い、それは板門店宣言にも書き込まれた。「完全非核化」はまさにキイワードであり、それがどのように実現するのか、世界中が固唾を飲んで見守っている。

 その言葉自体は明白だが、実際に、それが何を意味するのか、どのようにして実現していくのか、ということになると、そこには核兵器やミサイルの種類、どの段階で何をするのか、査察はどうするのか、査察で本当にわかるのか、などなど莫大な可能性の組み合わせがある。また朝鮮半島の非核化という場合、半島には北朝鮮だけでなく韓国もあり、韓国には米軍が常時駐留しており、必要とあれば核を動員することはわかっている。したがって、朝鮮半島の非核化とはそれも含む膨大な分野ということになる。

 私はある会合で、韓国大統領外交安保特別補佐官、文正仁氏の講演を聞いたことがある。氏は非核化ひとつをとっても上記のような多様な解釈と複雑なステップがあり得るので、その実現には膨大な交渉、査察、実行の手続きが要ると述べておられたのが印象的である。その文正仁氏が今年5月に入って「休戦協定を平和協定にするなら、米軍の存在は不要になる」という解釈を示して韓国首脳部で物議を醸したと報道されたが、論理的にはそうした可能性も排除できないということだろう。以上のように、米朝首脳会談の展望は、誠に複雑かつ不透明というほかはない。

 ちなみに、文正仁氏は、半島統一についても言及した。文在寅韓国大統領は二言目には民族の悲願として「半島統一」を叫んでいる。文正仁氏によると、統一にもいろいろな種類と段階があり、南北が完全に普通の単一国になることは困難でも、国家連合や連邦のような様々なヴァリエーションで将来像を描くことは可能との見方を示され、統一も全くの夢物語ではないことを感じさせられた。

 最後に課題、特に日本の課題について述べたいと思う。上記のような複雑な可能性の枝が森のように入り組んでいる中で、気の短いトランプ大統領が、自分の選挙第一(彼は実はAmerica firstではなく、Trump Firstなのだ)に結論を出すとどうなるか。それは要するにアメリカの自分の選挙区に核弾頭つきミサイルが飛んで来なければ良いのである。それを選挙民に約束すれば彼は次期大統領に再選されると信じているのだろう。

 それだけが条件ならば、金正恩氏も乗りやすい。核弾頭つき大陸間弾道弾をトランプ氏が見ている前で廃棄し、その生産設備も発射装置も破壊すれば良い。その他の兵器は温存できる。それもすべて廃棄なら彼は当然、米軍の半島からの撤退を要求するだろう。その他の兵器の中には何年も前に完成されたノドン、テポドンなどの中距離弾道弾は当然含まれる。日本全土はそうした中距離弾道弾の着弾域にある。

 それらはアメリカの脅威ではないから、トランプ氏が核ICBMの廃棄で良しとするなら、アメリカは北朝鮮が攻撃しない限り、アメリカが北朝鮮を攻撃することはない状態、すなわち、北朝鮮の事実上の核保有国化が実現することになる。その時、これまで日本を守ってきた日米同盟の「核の傘」はただの番傘になってしまう。

 すなわち日本の課題は、核の傘が形骸化もしくは事実上失われた状況の中で、国家と国民の安全と平和をどう守れば良いかというまさに朝鮮戦争以降、65年間、一度も真剣に検討したことのない問題に直面するということだ。

 一部の人々は、核保有国に対抗できる軍事力を持てば良いというかもしれない。なるほど日本には何十基も原発があって核技術はあり、プルトニウムは大量に保有しており、人工衛星打ち上げ技術も世界水準であるから、その気になれば10年も経たないうちに技術的にはそうした軍事力は持てるかもしれない。しかもそれは最も安易で安価な対抗手段かもしれない。

 しかし、戦後、唯一の被爆国として平和戦略を追求してきた日本民族と日本を取り巻く国際社会にとってそれは困難な選択だろう。それでは、核の傘がない状況で、この険しい国際状況の中で、信頼され、尊敬され、したがって安全が保障されるような国づくりと国際関係に陶冶を進めていくにはどうすれば良いか、それがこれからの日本にとって真の課題であると思う。

島田村塾三期生有志の中国湖南省研修訪問:とりわけ現地での議論の内容の紹介

Ⅰ.   はじめに

 島田村塾の有志と私は、2018年4月19日から22日まで、中国湖南省を訪問した。島田村塾では2年前にも同地を訪問して大変、有意義な経験と学びをしたので、前回の訪問の際に全面的にご指導を戴いた段躍中先生(日本僑報社)にお願いして、今回も充実したプログラムを企画・運営・ご指導を戴いた。まずはじめに段先生の格別のご厚情とご指導に心から感謝申し上げる次第である。

20180421_2

 今回の報告は、前回の湖南省訪問の報告や通例に島田村塾の海外研修旅行の報告とはかなり趣を異にする。今回は、現地での学生諸君や応対してくださった政府機関などの方々との質疑やdiscussionの内容を詳しく報告することとした。そうした理由の一つは、前回(2016年)の湖南省訪問で、湖南省や湖南大学などの訪問先については詳細に説明(英語)したが、今回も訪問先はかなりダブルので、そうした説明は省略することとしたこと。

 今一つの理由は、今回、湖南大学での学生諸君との質疑の質は前回にも増してかなり高度で充実していたので、最近の中国の一流大学の学生諸君の知的水準と彼らの関心事を、私のこの報告でやや詳細に伝えたかったこと、また湖南省の湘潭県(長沙市の隣の県)経済開発特区での議論は、かなり突っ込んだもので私の長いコメントに対し相手方が最終的に大いに共鳴されたので、意味があったのではないかと思い、日中の議論の一つの有益な例としてこの報告で紹介したいということ、である。

 今回の研修旅行の日程の概要、ならびに参加者については参考のために以下に記します。

○研修旅行日程の概要
4月19日(木)9:25羽田発(JL081)にて上海へ、上海市内にて「歓迎昼食会」、
       長沙へ移動(高速鉄道)、長沙市内にて夕食会、長沙泊
4月20日(金)午前  長沙市内見学(馬王堆漢墓 他)、湖南大学学長主催「昼食会」、
       午後 島田晴雄先生特別講演会(於:湖南大学)、
       湖南省政府主催「夕食会」、長沙泊
4月21日(土)午前 毛沢東旧居見学、午後 湘潭県経済開発特区視察、
       湘潭県政府主催「夕食会」、長沙泊
4月22日(日)長沙出発、上海経由、14:00上海(浦東)発(JL876)にて帰国

○参加者リスト
島田晴雄、段躍中、倉持茂通、宮澤伸幸、磯野謙、秋山友紀、松田梨奈、阿座上正博、神内佑大、欧陽延軍


Ⅱ.  湖南大学でのセミナーでの質疑応答

 湖南大学は中国各地に展開するおよそ20ほどの一流大学の一つで、中国でももっとも歴史の長い名門大学である。湖南省は現代中国の創始者毛沢東を始め、胡耀邦、劉少奇、朱鎔基ら戦後を代表する中国指導者だけでなく清帝国を太平天国の乱から救った英雄、曽国藩などを輩出した特別な地域で、その中核的学塾としての伝統を守る湖南大学は、5万人の学生を始め多くの研究者と優れた研究・教育の成果をあげる誇り高い総合大学である。

 私は2年前の訪問の際に、同大学で、学生諸君200余名と教職員のために講演・討論会を行い、客座(客員)教授の名誉を戴いたが、今回も段献忠大学学長はじめ教職員ならびに段躍中先生の御尽力で同様の講演と質疑の貴重な機会を戴いた。私の中国語での30分に及ぶ講演『世界における中国と日本の地位と役割』のあとで、学生諸君と英語ならびに日本語での質疑があったが、彼らの質問の的確さの背後にある鋭い関心と問題意識が特に印象的だったので、以下で、その内容を詳細に報告したいと思う。なお私の中国語の講演は、私の中国語ブログ『島田中文説』(http://www.haruoshimada.net/chineseblog/2018/05/post-1969.html)に再録されているので、興味のある方はご参照ください。以下は、その講演に続く学生諸君との質疑の詳細の紹介です。

201804202
○男子学生、ビジネスカレッジ、英語

 Q:日本では労働者の労働時間が長く、超過勤務(残業)や過労死などが深刻な問題になっていると聞いています。この現象は、勤労者の生活の質(Quality of working life)にとっても重要な問題を提起していると思います。政府はこの問題に対してどのような政策対応をしているのでしょうか?

 A:   これは大変、良い質問です。なぜなら、これはまさに現在の日本政府すなわち安倍政権が”働き方改革(work way reform)”というテーマで最も重要な政策課題として取り組んでいる問題だからです。

   働き方改革には二つの重要な側面があります。ひとつは、残業を減らし、労働時間を減らして、勤労生活の質を高めるという課題、いまひとつは労働の報酬を労働時間ではなく成果に対して支払う、”成果報酬(pay by performance)”制度の導入です。後者のテーマは、経済のサービス化が進む現代にはますます重要な課題になりつつあります。サービス労働はベルトコンベアーの製造業とは異なり、その成果は必ずしも労働時間に比例しません。労働時間は短くても工夫と努力で大きな成果を挙げることができるからです。

   安倍政権は、働き方改革という政策を進める上で、この二つの課題に取り組んで来ました。労働時間の短縮は残業時間の上限を設けるなど、進展して来ました。その一方で、成果報酬制度の導入は足踏みしています。成果報酬を導入するために、政府は”脱時間給”という考え方を労働組合や経営団体に受け入れてもらうよう努めて来ましたが、労働組合などは抵抗しています。
 
   今次国会に、政府は、成果報酬制度の導入を含む”働き方改革”の法案を提議しました。厚生労働省は、そのための審議の資料として、成果報酬制度で働く勤労者の労働時間が比較的短いという統計データを示しましたが、そのデータの信憑性に疑義が持たれ、野党から激しい攻撃を受けたため、政府は結局、働き方改革法案から、”成果報酬”制度導入の部分を削除することを余儀なくされました。欺瞞のあるデータを提示した厚生労働省の作為とは思いたくありませんが、これは安倍政権にとっては打撃でした。

   なぜなら、労働時間短縮と成果報酬制度の組み合わせで、働き方改革はバランスがとれるからです。労働時間短縮だけでは、労働コストの上昇になりますが、仕事の質ないし生産性向上を刺激する成果報酬制度と合わせて、労働生活の質の向上と経済の効率化が同時に実現されるからです。

○女子学生、ビジネスカレッジ、英語

 Q:  トランプ大統領は、アメリカが輸入する鉄鋼やアルミニウムに対して高い付加関税を課しました。アメリカに大量の鉄鋼を輸出している中国は大きな影響を受けるので、中国は対抗措置としてアメリカから輸入する農産物に対して報復関税を課すと発表しています。このような応酬は、貿易戦争に発展するのでしょうか?このような状況の中で、日本はどのような立場をとるのでしょうか。日本はどう対応するのでしょうか?

 A:  トランプ大統領が、3月に鉄鋼については25%、アルミニウムについては10%の付加関税をかけると言明しました。一部の同盟国や、NAFTA改革を協議中のカナダとメキシコ以外は、例外なく、この関税を適用するとしています。日本も例外ではありません。中国は構造的に鉄鋼生産の過剰設備を持ち、過剰生産せざるを得ず、アメリカに対する最大の鉄鋼輸出国なので、最大のターゲットにされています。

   中国は、アメリカの関税攻撃に対して、アメリカから輸入する農産物に高い関税をかけるという対抗処置をうちだしました。これは特にトランプ大統領の支持基盤である中西部の農民層を狙ったとも言われています。これに対してトランプ氏はさらなる対抗処置を講ずる用意があると脅しをかけています。

   しかし、中国は最近、これまで外資を厳しく制限していた金融市場の抜本的な開放政策を宣言しました。例えば100%外資でも参入可能にするとしていますが、それが実現すれば、数年以内に金融産業は大きく国際化されるでしょう。中国の政策当局は、金融のような基幹産業でも、開放できる実力を身につけたとの自信を持ったのでしょう。トランプ氏のさらなる攻撃目標はIT産業や知的財産権問題とも言われています。

   こうした状況の中で、大きな鉄鋼輸出国である日本は、比較的、冷静に対応しています。その理由は、日本からアメリカに輸出される鉄鋼は高品質の特殊鉄鋼が多く、それらは品質で差別化されているので、高関税を付加されてもアメリカの需要産業は買わざるを得ないという競争上の優位がある場合が多いからです。そのため、今のところ、日本はアメリカに日本を付加関税の対象から除くよう要望は出していますが、アメリカの対して中国のような対抗措置はとっていません。

   トランプ氏は、日本に対し、日本はアメリカを利用するばかりで、アメリカ製品に対して十分な市場開放をしていないと非難しています。アメリカは、これから日本に対して、特別な市場開放を迫ってくる可能性はあります。また、トランプ氏は、一度離脱したTPPに、もしアメリカに対してより良い条件を提供するなら、復帰しても良いと言っていますが、TPP11を推進してきた日本政府は11ヵ国で合意されたTPPの条件は原則的に変えないという立場です。

○女子学生、ビジネスカレッジ、英語

 Q:   日本の右翼(right wing)について聞きたい。日本では近年、右翼の活動が活発化していると聞きますが、実際は?日中関係は、かつては友好な関係の時もあったが、最近の日中関係は必ずしも友好とは言えない。”右翼”の活動の活発化で、友好関係の前進が阻害されないだろうか。

 A.:   まず、貴女は、右翼という言葉で何を意味しているのか、具体的にどのような勢力や人々を指しているのかを知りたいと思います。

  日中関係について言うと、戦後の日中関係の正常化(国交回復)に最大の貢献をしたのは田中角栄氏と思います。田中首相は、毛沢東時代、周恩来総理と交渉をして日中国交回復を実現しました。田中氏は戦後日本の最大の政治家と思う。彼は保守本流の政治家で日中国交回復という大事業を成し遂げたが、右翼ではない。

 一方、戦後日本には、ソ連のコミンテルンの影響を受けた共産党があり、それらと深い関係を持つ社会党、その後の民主党などの系譜がある。彼らは、中国共産党にも親近感を持つだろう。コミンテルンの影響下で発展したという意味では兄弟のような関係とも言える。これらは日本では一般に”左翼”と呼ばれている。

         ただ、日本では、これらの勢力は単に政権党に対して批判するだけで、国家を治める対案を提示してこなかった。彼らの主張は、現代社会から遊離した非現実的なもので、責任ある政治勢力ではない。しかし、国民の間に一定の支持はある。2009年から3年間、この流れを汲む民主党が政権をとった時期があったが、結果は、日本の混乱と衰退で無残だった。

   安倍首相については、国際的にもナショナリストという評価があるし、日本では”右翼”という人々もいる。しかし、彼は責任ある政治指導者である。一般に、政治家は皆、ナショナリストではないか。トランプ氏はAmerica Firstを標榜しているが、どの国のでも政治家は自国優先、自国firstは常識だろう。ただ、トランプ氏のAmerica Firstはその他の国々を犠牲にしても構わないという極めてegoisticなAmerica Firstなので、世界的指導者としては無責任でむしろ危険な存在だ。世界諸国のまともな政治家の”自国first”は、世界の共存、共栄のバランスをふまえての自国firstだ。

   日本の政治は基本的に”保守勢力”の政治。彼らは野党の批判は十分認識した上で政治を行なっている。それが責任ある政治ということである。単純に、日本の政治にRight wing(右翼勢力)の影響がある、とするのは、表現として不適切であり、実体の理解を妨げる危険がある。

 ○男子学生、法学部、英語

  Q:  日中交流は重要と思うが、メリットと同時に、ジレンマがあるのではないか。中国が台頭し、存在が大きくなってくると、国際社会には、それが国際秩序を変えようとしている、という懸念が高まる。とりわけ、アメリカは、中国の発展が、国際経済を大きく巻き込む ”一帯一路(One belt, one road)” やそれを支えるAIIBのような発展につながること、また、特に、”2025年情報化計画” などがアメリカを脅かす可能性があると認識して、中国の発展を抑え込もうとしている。

   日本にとって、中国の発展はどのような意味を持ち、どのように受けとめられているのか。中国の発展は、日本にとって、脅威なのか、それとも機会(チャンス)なのか、見解を聞かせて戴きたい。

  A:  結論的には日本にとって中国の発展は機会(chance)と考える。しかし、機会とするには日中双方にとって多くの努力が必要。

    中国の発展が世界に脅威を与えるように見えるのは、それが世界秩序に変更を迫るように思われるからだ。既存の世界秩序とは、覇権国やその勢力が確立した秩序。現在の世界ではそれは欧米諸国が確立した秩序だ。それは、例えば、自由、人権、競争、民主主義などに象徴される秩序でである。これはフランス革命、英国の産業革命、アメリカ合衆国の独立など欧米諸国の発展を通じて醸成され、確立された。

    後発国が覇権国を追い上げる過程で、両者の間では対立関係が先鋭化することが多い。よく知られた「ツキディデスの罠」はアテナとスパルタの対立が戦争に発展した故事からの教訓を説いたもの。近代では、19世紀の英国とロシアの”Great Game”と言われた対立、20世紀前半の日本の急激が発展による欧米列強との対立、そして現在に米中対立などはその例。このような後発国と覇権国の対立は、世界史を通観すると、約2/3は戦争になっている。

    欧米の秩序や価値観から見れば、中国は明らかに異質。異質の中国が発展し、その世界におけるプレゼンスを高めることは、そのままなら確かに欧米にとって脅威だろう。日本は今、建前として欧米の価値観を受容している。そうであるとすれば、中国の発展について欧米と同様の脅威感を共有するのだろうか?

    しかし、日本は第二次大戦前は、日本特有の価値観、国家観を奉じかつ主張していた。それは皇国史観にもとづいた”神の国”という国家観。神の国だから鬼畜米英に負けることはありえないという価値観で国民を戦争に駆り立てた。

    その日本は1952年、サンフランシスコ講和条約を契機に、急遽、それまでの価値観を捨て、米欧と価値観を共有すると宣言した。欧米は、市民革命や独立戦争などの試練を経て、このような価値観を醸成したが、日本は、被占領状態解除のいわば条件として、欧米流の価値観を受け入れたのであって、自分の努力で勝ちとったものとは言えない。

    日本は歴史的には、中国から1000年以上にわたって文明を吸収し、それを消化して日本の伝統や価値観を醸成、構築してきた。日本は、中国的価値観や国家観を研究してきた歴史があり、中国的価値観を理解する素地がある。中国は3000年に及ぶ世界でももっとも長い文明史があるが、多くの民族が入り乱れて王朝が変遷する歴史なので、必ずしも一貫していない。中国はそれ自体、異民族、異文化の葛藤と共存を繰り返してきた。

    現在の中国は、習近平国家主席の指導力の下で、中国的価値観と国家観を内外に向けて強く主張し始めている。これは現代中国の経済発展を主導した鄧小平が唱えた”韜光養晦(爪を隠して実力を磨く)”の考え方とは対照的。習近平体制で求められる価値観や国家観が何を意味し、何を求めるのか、を日本はもっと研究し、理解する必要がある。

    日本は、歴史的、文化的、地政学的にそれができる立場にある。ツキディデスの罠に陥ってはならない。共存・共栄の行き方を示せる可能性がある。その時、中国の発展は日本にとって、脅威ではなく、機会になるだろう。

  ○女子学生、外国語学院院生、日本語

  Q: 中国とアメリカの間で貿易戦争になりかねない対立が高まっています。最近、アメリカは中国のハイテク企業のアメリカ進出を禁止しました。トランプ氏は、鉄鋼やアルミへの高関税の付加、投資活動の制限、輸入制限措置の強化などの排他的、攻撃的政策を発動していますが、その理由は何なのですか?トランプのこのような対外通商政策は、アメリカにとって、また世界にとってメリットになるのでしょうか。中米対立がますます激化しそうな状況ですが、そうした中で、日本は、アメリカか中国か、どちらに付くのでしょうか?

  A:   たしかに貿易や通商をめぐる米中対立は大いに懸念されます。貿易戦争に発展するかどうかと言えば、その可能性はなくはありません。しかし、最近の中国は金融など重要な面で開放政策を発表するなど、対立の激化や紛争を避ける方向に努力しており、私はその努力は評価しています。

    トランプ氏がこうした排他的、また攻撃的通商政策を仕掛けてくる理由は明白です。トランプ氏は選挙中から、アメリカの労働者の雇用機会は中国の不当貿易で騙しとられ(rip off), 奪われた(ship off)のだから、それをとり返してやる、と繰り返し発言していた。それは彼の公約となった。その手段としてトランプ氏は必要なら40%もの高関税をかけると脅していた。今回、その公約を、鉄鋼には25%、アルミには10%という関税を付加することで実行した。

    トランプ政権のこうした行動が、アメリカや世界にメリットがあるかと言えば、それは全くない。逆にデメリットが大きく拡大する。なぜなら中国や日本からアメリカに輸出される鉄やアルミ製品は、アメリカ企業の製品の原材料や工作機械などに使われる生産材である。これらに高関税がかかると、アメリカ企業製品の価格が上昇し、生産量は下がる。これはアメリカ経済や消費者にとって悪影響を及ぼす。世界にとっても同様の影響で、価格上昇と生産縮小につながり世界市場は収縮する。

    実際、1930年代の大不況後、アメリカのSmoot Hawley法に基づく、関税引き上げが国際的な関税引き上げ競争を加速させ、それが第二次大戦の引き金になったという説もある。第二次大戦後の世界は、その誤ちを繰り返さないため、アメリカ主導で、自由貿易と守るための国際協力の枠組みを整備してきて。その仕組みをアメリカ大統領であるトランプ氏が、アメリカ第一のスローガンの下で、事実上、私利私欲の暴挙を行っていることは誠に残念。

    このようなアメリカと中国の対立の中で、日本はどちらに付くのか、という質問ですが、経済面では、日本は自由貿易と国際協力という戦後のアメリカが主導してきたシステムを活用して発展を実現してきた。TPPもその延長線上にある。
    一方、安全保障面では日本は日米安保が基本。日本の安全は今はアメリカに依存している。どちらに付くかは、経済と安全保障の総合的判断の結果。日本は経済では自由貿易を標榜しているが、パートナーとしての中国の重要はますます高まっている。中国とどのような関係を築くかについては先の質問者への答えのような努力が必要。

  ○男子学生、日本語

   Q:    日本では人口の減少と高齢化が進んでおり、労働力が不足していると聞いている。日本は移民が必要ではないか。日本政府や人々は、移民についてどう考えているのかを聞きたい。

   A: 移民はこれからの日本にとって極めて重要な課題と思います

    日本では現在、移民を厳しく制限しています。実際、日本には日本に受け入れる人々を管理する法律としては入国管理法と難民認定法しかなく、移民法も整備されていません。それが象徴するように、日本には移民を受け入れるための戦略もありません。

     移民受入の必要については、戦後、労働力不足の局面で、3回ほど議論が高まった時期がありました。それらは、高度成長で労働力が不足した1960年代、バブルで労働力が不足した1990年代、そして人口の長期的減少と高齢化によって長期的に労働力不足が懸念される現在です。

     歴史的に見れば、日本は移民で成立した国と言えます。5000年前には日本列島には縄文人と呼ばれる先住民がいました。彼らは主として南洋方面からの人種と思われます。3000年前頃に、中国やモンゴルを起源とする弥生と呼ばれる異人種が日本列島に参入し、縄文人は大部分排除されました。そして日本に古代文明が芽生えてから今日に至る2000年間は、日本には大量の移民受入れはありませんでした。

     私は日本では移民の推奨者です。ただ、移民はしっかりした受入の準備なしに受け入れると社会の低層に追いやられて差別される傾向があり、彼らにとっても気の毒ですし、受け入れた国でも深刻な社会問題となります。そうした弊害を避けるために、私は移民を受けるなら、7つの基本的人権を保障して受け入れよと主張しています。それらは、失業保険、医療保管、傷害保険などの公的保険や生活保護、住居で差別されない権利、子供が教育を受ける権利、地方選挙権などです。そして多くの国で法制化されている「移民法」を整備することは日本の基本的な課題です。

     世界史を見ても成熟国で移民を受け入れずに存続した文明はおそらく無いので、移民問題はこれからの日本にとって大変重要な課題です。

  ○男子学生、3年生、日本語

   Q:日本の職場の現状について伺いたい。特に職場慣行について聞きたいのだが、女性が差別されており、正規労働者と非正労働者との間の所得格差は大変、大きいと聞いている。それは本当か。また、女性が外で労働するためには、家事と外の仕事のバランスをうまく取らなくてはならず、そのあたりは日本では政策的にどのように対応しているのか。

   A:  確かに日本の職場で、男女間の格差はある。しかし、格差は次第に縮小している。女性でも、資格や高い技能を持った女性には男性との間で基本的に格差はない。

     しかし企業の中には、仕事の内容がほぼ同じでも、職位で工夫して女性の仕事には別の名称をつけて事実上、格差を維持している場合もある。ただ、こうした実情も時間の経過とともに着実に改善してきている。例えば、男女平等とされるアメリカでも40年前には、女性医師は非常に少なく、医学部に学ぶ女性が少なかった時代がある。それが今では、女性が医師の過半を占めている。日本はこうした状態を30年遅れで追随している。

     女性は家事労働の負担があるとされるが、日本の女性の外での仕事志向は高い。女性の外での就業を妨げる要因の一つは家事の負担。しかし、家事の負担は、技術の進歩で、年々減少している。例えば、洗濯機、掃除機、炊飯器などの電化製品やロボットの使用などで急速に減っている。企業の職場観光も影響する。また家族や夫の理解も大きい。しかしこれらの全般にわたって女性の外での就業を妨げる要因は減少し、女性の就業は増加の傾向にある。

  ○女子学生、日本語

   Q:日本での就職に興味があります。日本の職場では中国人への差別がありますか?

   A:  昔は、中国人が日本で就職するには困難があった。学卒の就職でも中国人は不利だった。私は大学で教えていたが、20年ほど前までは中国人の学生は日本での就職に苦労していた記憶がある。

     しかし、最近は、中国人社員へのニーズが高まり、需要が増えている。ユニクロなどはその代表的な例。中国人材への需要が増えているので、能力さえあれば差別はない。中国人材への需要は大きく増えているので、実情をよく調べて就職活動をすることをお勧めする。

20180420by

Ⅲ. 湖南大学MBAの学生諸君との対話

 学部学生諸君との大会場での質疑応答の後で、別室のセミナールームで経営大学院のMBAコースの院生諸君と座談会を行った。この座談会では、島田村塾の塾生諸君と湖南大学院生諸君との対論が主な趣旨であった。

中国院生: 今の国際情勢では、日中が協力してビジネスチャンスを増やすべき時。対日貿易に関わるビジネスチャンスをどう増やすかが課題と思う。

中国院生:私は日本企業のあり方などは映画やドラマで知る程度。日本では職人気質の技能者がおり、それが日本の工業の基礎になっていると聞く。しかし、今はITで毎日技術が変化しているので、職人気質だけでは対応が難しい時代になっているのではないか。

中国院生:仕事の仕方は、中国では、まずプロジェクトを立ち上げ、細かいところは後で詰める。日本はむしろ細部から積み上げて、全体を完成させる方式のようだ。

欧陽:私は投資業務に関わっているので、沢山の企業の現場を見てきているし、多くの調査分析もしている。その経験から言うと、日本はmicro innovation は強いと思う。hardware のkey components, consumer electronics製品、semi-conductor,などは強い。これに対し、ITのサービスは中国が優れている。ITはデータの規模が競争力も源泉になるので、人口が多い国が有利になる。日本は細かい部分は強い。ただ、中国も進歩している。お互いに、長所を組み合わせて双方とも発展することは可能と思う。

島田:中国政府は、今後10~20年以内に、中国の自動車を全てEV化するという大方針をうちだしたが、それは自動車産業の現場にはどのようなimpactをもたらしたのか?

中国院生:自動車生産のvalue chainは企業集団(中国企業、JV, 外資の独資など)や地域によっても大きく異なるので、一概にはいい難い。どのようなvalue chainを作るかが鍵になる。

欧陽: 中国の自動車の生産ラインでは、high endのロボットが足りない。

中国院生:生産ラインの完全なロボット化は、テスラでもできない。中国は技術を海外から獲得してきた。J way社はその国産化を進めている。low end,  middle endのロボットは今めざましく進歩している。

松田: 私は自動車部品製造メーカーの社長をしているが、私の業界では、給料を日本の2~3倍出しても日本の熟練技能者が中国企業に引き抜かれる例が後を絶たない。中国のITは例えばAI搭載機器などの形でも大きく進んでいる印象だ。

中国院生:私はMBAの院生として中国国内企業を見学する機会は多いが、租州には多くの日本企業が進出している。そうした企業の現場を見学したいができるか?

島田:それは大いに可能と思う。私は日本に留学している中国の研究者の高度研究の助成金の審査員をしているが、多くの中国人研究者が日本企業の研究調査に携わっている。良い研究計画を用意し、人脈をたどっていけばできるはずだ。

中国院生:私は社会的な課題に応えるビジネスに関心がある。そうしたビジネスinnovationの可能性はあるか?

島田:日本には今、ITやゲノム解析など最先端の技術を活用した医療ベンチャーが多く台頭している。一方、中国からは特に富裕層の人々が大量に、日本に良い医療を求めてやって来る、いわゆる医療ツーリズムが成長している。中国の健康保険システムは、未整備で多くの大衆はその欠陥の被害を受けている。そうした状況の中で、多くの富裕層の中国人が中国には期待せず、日本の医療を求めてやって来る現象が高まっている。日本でも最新技術を持った医療機関や医療研究ベンチャーがそれを受け入れている。ここには中国ベンチャーが介在する余地が多様にあるのではないか、そしてそれは社会的な課題に応えることでもある。


Ⅳ.   湘潭県経済開発区

  20180421_3 湘潭県は湖南省州都長沙市に包摂される自治体だが、ここは毛沢東をはじめ中国の数々の指導者の活躍の場となり、経済活動も盛んな意欲の高い自治体。その経済開発区の本部を訪問して県幹部と懇談をしたが、その議論が、日中の相互理解にとって重要な内容に触れるものとなったので、以下にそこでの議論の内容を紹介したいと思う。

 段副主任:湘潭県は外国企業誘致に関心が高い。医療や自動車部品などの分野はその例だ。(段副主任ー中国共産党湘潭縣委員会副書記、縣長段偉長氏)

 
 島田: 自動車産業のsupply chainはご当地ではどうなっている?自動車は数万点の部品を組み立てて製造される。その調達網は複雑に広域にわたって構築されるので、地域間の協業が大切なはず。ここではそれがどのような構造になっているのか知りたい。特に中国政府が、10~20年先には、自動車を全てEVにするという大方針を打ち出したので、自動車産業のsupply chainは根本的な構造変化を迫られるハズ。それがどう受け止められどのような対応が始まっているのか知りたい。

 中国側: 政府の2016~2020計画では、政府はEV公用車の支援をするとしている。2020年までには16万台が目標。当地ではEV生産はまだ5%に過ぎない。全国的には吉林省には自動車産業が集中している。北京汽車やVWも。日本からは、トヨタ、ホンダ三菱などが進出している。

 島田:私達の仲間の、磯野謙氏は、「自然電力」という企業を立ち上げ、電力の地産・地消を進めている。地産・地消なら送電線は不要。地域の発展と独立に役立つ。中国は広大なので、電力の地産・地消はとくに地域の発展と自立に貢献できると思う。

 
 磯野:中国の電力事業には外資は参入できるか。

 中国側:外資は参入できるが、それは発電機や発電所の分野だ。電力供給サービスは政府の管轄だ。

 磯野:100%外資は参入できるか?

 段副主任:それはものによる。

   太陽光発電は、中国では設備品質がもうひとつと思う。必ずしも成功していない。外資の対中投資は、投資に興味があれば原則全てOKだ。投資拠点作りたければそれもOK. 現状の上に何かプラスアルファの開発を進めてくれるような投資は大歓迎。

   湘潭県の特産は、コメ(ビーフン)、豚(豚料理)、ハスの実。

   また地中鉱産物「海泡石」の埋蔵量は豊富。海包石は炭酸の原料になるが、9億トンと推定。
 島田:それら地中埋蔵物は輸出するのか。

 段: 輸出はしない。海外の先進技術を持った企業が中国に進出し、地元企業を共同開発をしてくれるのはとくに歓迎だ。今は開発はもっぱら地元の中小企業が担っている。

 段:今ひとつ、湘潭県は長い歴史と伝統にもとづく人文と文化の蓄積が豊かだ。

   私達は当地で、文化産業を育てたいと思う。湘潭県は朝鮮戦争で中国軍の総司令官として米軍と戦った彭徳懐将軍の出身地であり、水墨画の巨匠、斉白石の生地でもある。近年韓国人が当地の文化に興味を持ち、文化産業の企業も進出して文化交流を進めている。

   日本の企業やNPOの進出に期待したい。そして文化産業と文化交流の発展に貢献してもらえたら、と思う。

 島田:文化産業に育成と交流は大賛成。ここでそうしたことを考える上で、巨視的な視点からコメントしたい。とりわけ日本との関係について少々時間を戴いて述べたいと思う。

 
            日本は古来、中国から文化、文明を学んできた。奈良時代以前、日本には人々が話す日本語はあったが、文字はなかった。中国は3000年も前から漢字を開発した超先進国。

   日本は中国からその文明を学ぶために、役人、僧侶、学者などが遣唐使、遣隋使などとして訪中、留学して中国文明を学習し、吸収し、その過程で、中国の行政制度や仏教などの宗教も導入された。奈良時代の朝廷では、おそらく例えば今日の日本で日本語と英語が併用されるような形で、中国語がそのまま話されていたのではないか。

    平安時代に入って、日本では仮名文字が開発された。それには宮廷の学問のある女官たちが大きく貢献したと言われる。仮名文字、平仮名などが開発され、それと漢字を組み合わせた日本独自の言語体系が発展した。この時代以来、近世まで、中国は1000年以上にわたって日本の師範だったと言える。日本の知識人は中国を尊敬し、憧れた。明治時代まで、日本の知識人は中国文化に親しんでいた。優れた知識人には、中国古来のエリート養成制度である「科挙」に合格するほど中国文化に通暁する人々もいた。彼らにとっていわゆる四書五経は薬籠中の教養だった。

    1850年代以降、欧米列強の圧力が日本にも及んできた。欧米諸国は、産業革命で強化した工業力を背景に国力を増強し、軍備を拡大し、アジア諸国の収奪を企んだ。中国はその餌食となり、アヘン戦争、アロー号事件などで搾奪された。欧州列強の暴威に対して無力だった清王朝を見限って、太平天国を樹立する太平天国の乱が起きた。これは清帝国そのものが直面する危機となるので、湖南省を代表する知識人でありかつ武人だった曽国藩が兵を起こして反乱を平定し、清帝国を救ったことは有名。

    欧米列強の脅威は日本にも及んだ。1853年のアメリカペリー艦隊による開国への圧力に続き、英、仏、ロシアなどが通商を求めて日本に圧力をかけたが、これは日本にとっては半植民地化への脅威だった。日本は、植民地化を避けるために、”文明開化”の掛け声とともに、欧米文明を猛烈に吸収した。

    幕末の開国以来、わずか20~30年間で、日本は西欧文明を急速に吸収した。それは科学・技術、経済・産業、行政制度、文化、医学など広範に渡り、明治20年頃には、これらのすべてが日本語に翻訳され、日本で学べるようになった。日清戦争に敗れ、科挙の制度を廃止した中国から、日本で西欧を学ぶために年間1万人にも及ぶ多数の中国のエリートが日本に留学したほどである。日本に留学した中国人の中で湖南省出身者が最多だったことは特筆されよう。そうした中でも、中国文化は日本の知識人にとって不可欠の教養であり続けた。

    ところが第二次大戦後、中国は日本の知識人にとって尊敬の対象になりにくくなった。それは、中国が、毛沢東時代、共産主義を強調するあまり、中国の宗教を否定し、古来の自らの文化遺産を尊重しなくなったからである。自らの文化遺産を軽視する中国は、日本の知識人にとって尊敬や憧憬の対象になりにくくなった。

    私は、かつて、中国社会科学院の副院長から次のような質問を受けたことがある。「日本人にはアメリカが好きな人が多く、中国を嫌いな人が多いと聞く。アメリカは先に戦争で原爆で罪のない日本国民を30万人も殺し、日本全土を焦土にし、310万人もの日本人の命を奪った。中国は日本に侵略されたが、日本を侵略したことは一度もない。それなのに、なぜ、日本人はアメリカが好きで、中国を嫌うのでしょうか?」

    これは大変重要な質問であった。私は次のように答えた。「確かに戦争中、アメリカは無差別爆撃などで、民間人も子供も含めて310万人の命を奪い、日本全土を焦土にしたので、日本人はしばらくアメリカを憎みました。しかし、ほどなく日本人のアメリカを憎む感情は薄れ、むしろアメリカを好きになり、アメリカを憧れる人々が増えてきました。

    それはAmerican way of lifeが日本人を魅了したからでしょう。自動車、電化製品、摩天楼、ハリウッドの映画、大学、等々。アメリカは日本人留学生を大量に受け入れました。それはまず、Fulbright上院議員の提案で、第二次世界大戦集結で、用済みになった大量の兵器の売却代金を、世界各国からの留学生の奨学金に充てたのです。そのおかげで日本だけからでも数十万人の留学生がアメリカの大学で学んだのです。それは多くに若者がアメリカを理解し、好きになり、そして尊敬する基礎になりました。

    実は、日本政府は、戦後の復興過程にも拘らず、経済援助の一環として毎年、数万人の中国人留学生をを受け入れてきました。その数は、戦後の半世紀で数十万人に及びました。その他にも多くの民間や私費留学生が日本に留学したので、その総数は200万人規模に達しているでしょう。その半数くらいの人々は日中の通訳ができるでしょうから、中国で日中の通訳のできる人は100万人はいるでしょう。それに比べ、日本人で日中の通訳ができる人は1万人もいるでしょうか。私は何度もこれまで中国を訪れていますが、日本人の通訳に日中の通訳をしてもらった経験はありません。

    日本に留学した中国人が日本を好きになったかどうかには様々な説がありますが、日本がまだ貧しい時代に、多くの中国人留学生に奨学金を提供してきた事実は注目すべきであり、留意すべきです。

    中国は今、世界中に、500箇所にも及ぶ「孔子学院」(Confucious School)を設立して中国語と中国文化の普及に努めていますが、私は中国に、むしろ、大規模な世界からそして日本からの留学生招聘計画を推進してはどうかと提案したいと思います。例えば、日本から毎年10万人の留学生を招いてはどうでしょう。それは日本の若い世代の中国理解を深め、中国ファンを増やし、中国を尊敬する次の世代を形成する上で大きく貢献するに違いないと思います。

    私はその意味で、段副主任が言われる文化交流の振興には大賛成です。」

 段副主任:習近平主席もこれから文化外交、文化交流に注力するとおっしゃっています。

 島田:文化戦略は、ソフトパワーの平和戦略で、大いに推進する価値があると思います。

北朝鮮と核ミサイル問題

l.   はじめに

 現在(2018年4月初旬)、世界の最大の懸念でありまた関心事は北朝鮮の核とミサイル開発問題だろう。北朝鮮はこの数年、核と長距離弾道ミサイルの開発を加速してきたが、それはアメリカ全土を核ミサイルで攻撃できる能力をほぼ入手できる段階に達してきたと考えられる。

 アメリカはそれは絶対に許容しない、ということで、国際社会に働きかけて北朝鮮に対する経済制裁を強化し、また必要であれば武力行使も辞さないという強硬な態度を取り続けてきた。日本はアメリカの同盟国として忠実に経済制裁路線にしたがっている。

 ところが、2018冬季(平昌ピョンチャン)オリンピックを契機に、韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領の呼びかけに、北朝鮮側が応じて、オリンピックに選手団と応援団を参加させることになり、その交渉のために板門店での交渉、そして韓国入りした北朝鮮の高官使節団への答礼として北朝鮮を訪れた文大統領の特使に、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)委員長自身が応対するという厚遇の中で、金委員長は、「トランプ大統領と会う用意がある」「非核化について検討しても良い」という驚くべき言質を与えたとされる。

 文大統領の特使達は間をおかずにホワイトハウスにトランプ大統領を訪ね、北朝鮮の金委員長との会見の報告をすると、トランプ氏は二つ返事で、「私が金委員長と会おう」と発言。この歴史的会見は5月末までに実現する、とされた。それを受けて、北朝鮮側は、ピョンチャン・オリンピックを利用しての”微笑外交”に引き続き、中国をはじめ、欧州各国と積極的な接触を展開している。特に、中国に対しては、金委員長が突然、列車で北京入りし、習近平首席に面会したことが事後、報道され世界を驚かせた。こうした一連の動きの中で北朝鮮の核ミサイル開発を巡って、いつ戦争になってもおかしくないという緊張感が急速にほぐれ、対話による解決への期待感が世界的に高まっている。

 対話による解決とは、非核化とはいえ、それだけの核ミサイル能力を確保した北朝鮮を事実上の核保有国として認めることになると思われる。それはアメリカ、中国、ロシア、欧州主要国のように既に核保有国となっている国々にとっては、それほどの衝撃ではないが、アメリカの核の傘を命綱としてこれまで60年以上にわたって平和と経済的繁栄を享受してきた日本にとっては、大げさに言えば、地盤が崩壊するほどの大きな影響をジワジワと受けざるを得ないだろう。

 北朝鮮の核とミサイル開発の問題は、世界平和にとって大きな脅威であるという同時に、特に日本にとっては国家の基本戦略を見直さなくてはならないほどの大きな負の影響をもたらすという意味で、極めて深刻な問題である。今回から数回にわたり、私は北朝鮮の核とミサイル開発問題の事実、意味、そしてその世界と日本に対する衝撃もしくは影響について考えてみたい。そしてそうした新しい歴史の段階で日本のとるべき方向について私見を述べたいと思う。

ll.    北朝鮮の核・ミサイル問題の深刻さ

 1. 核と弾道ミサイル開発に盲進する北朝鮮

    2017.11.29、北朝鮮は最新の火星15型弾道ミサイルの発射実験を敢行した。
   それはロフテッド軌道(真上に打ち上げ)で宇宙4800kmの高度に達した模様。
   日本海側では火の玉の落下が目撃されたとの証言もあった。大気圏突入の際、数千度
   で燃え尽きたと推定される。 

    韓国国防省の推定では、これは通常軌道だと1万3000kmほどは飛べる能力という。
   そうであるとすればその意味は重大だ。その飛距離は米国東海岸全域を射程内に収める
   ことになるからだ。この実験の直後、金正恩氏は「我々は核戦力を完成した」と宣言し 
   た。ただ、専門家筋は、この能力が実戦配備されるにはまだ少なくとも以下の3条件が
   満たされる必要があるとする。

    それは(1)弾頭の大気圏再突入を円滑に実現する技術、(2)精密誘導技術、3.
   弾頭が狙った通り爆発するか、という技術である。これらの意味で、実戦配備の技術
   や体制、また搭載核弾頭はまだ完成していないと見られる。これらの条件を満たすに
   は、 早ければ半年、遅ければ数年と専門家の見解にも幅があるが、それは結局、時間
   の問題と考えられる。

  2.  核保有国をめざす北朝鮮

    北朝鮮は真剣に核保有国をめざしている。核保有国とは仮想敵国から抑止されない
   核武力を持った国である。アメリカ東海岸に届く核弾頭つき長距離弾道ミサイルの保有
   は、一撃でアメリカの政治経済の心臓部に深手を負わせる能力であり、その能力を持た
   れてしまうとアメリカも簡単に抑止できなくなる。

  3.   北朝鮮の核保有国化と米、日への衝撃

    北朝鮮が核保有国化すると、アメリカは攻撃を抑制せざるを得ない。日本はアメリカ
   の核の傘を抑止力とする日米防衛体制の下で平和を享受してきたので、アメリカが北朝
   鮮の脅威に対して抑止力を使用しにくくなると日本の安全保障体制は根底から形骸化す
   る恐れが大きい。アメリカの核の傘のない日米安保は言うなれば”張り子の虎”だ。その
   影響は軍事だけでなく通商でも領土問題でも交渉力の低下は不可避。アメリカの抑止力
   の効かない場合の防衛戦略をどう構築するか、これからの日本が直面する最大の課題に
   なる。
 
    また、文在寅(ムンジェイン)韓国大統領は半日の確信犯であり、逆に北朝鮮に対し  
   ては融和を唱えて土下座外交も辞さない。今回の五輪外交は北の宣伝戦に極めて効果的
   に利用された。北朝鮮はオリンピックに平和の”楽団”を派遣して平和ムードを盛り上げ  
   た。そうした空気と国際社会衆目の中で米韓軍事演習はしにくい。事実、軍事演習は
   オリンピック後しばらく経って開始されたが、規模は通例よりはるかに小規模となっ
   た。北朝鮮の外交戦略の巧みさが光る。北は「非核化を検討する意思がある」とする
   が、これまでにも何回も交渉相手を騙してきた実績があり、現時点では、米朝トップ
   会談がどのような結果になるか予測はつきにくい。
     
  4)世界核拡散の危険 
    北朝鮮が核保有国になると、イラン、サウジなどの紛争国やテロ集団など多くが
   北朝鮮の跡を追って核武装を求める可能性がある。今、北朝鮮の核保有国化を阻止しな
   いと、世界の崩壊に繋がる核拡散は防ぎようがなくなる可能性がある。この段階に達し
   た北朝鮮問題の核とミサイルの脅威は、世界そして人類的な規模の大問題と言わざる
   を得ない。   
  

lll.    北朝鮮の弾道ミサイルと核開発の経緯

 1.   開発の経緯

  (1)核開発
    北朝鮮の創立者、初代労働党委員長の金日成の時代に、核ミサイル開発を構想したが
   国力がなく、夢物語だった。当時、友好国だったソ連、中国から技術面の支援が得られな
   かったのも困難の原因。1985年、北朝鮮はNPT(核不拡散条約)に加盟させられ、IAEA(国
   際原子力機関)の監視下に置かれた。
    
    しかし、冷戦終結(1980年代末)で、事態は大きく変化した。ソ連が崩壊し、同国の核
   ミサイル技術のノウハウが技術者と共に流出した。ちなみに核兵器の多くはソ連邦の一部
  (民族共和国)だったウクライナにかなり集中していたし、技術者も多かった。パキスタン、
   イラン、北朝鮮などは、これらの技術者の協力で核開発が可能になった面が大きい。新し
   い技術人材や資源を得て核開発に着手した北は1993年3月、NPTを脱退した。

  (2)弾道ミサイル開発
    過去20年ほどの間に、下記のミサイルが開発された。
   スカッド(短距離弾道)最大射程 300〜1000km
   ノドン(準中距離弾道)同1300km:日本全域
   テポドン1型(1500km):日本全域
   ムスダン(中距離弾道)2500〜4000km →グアム
   テポドン2型(大陸間弾道)6000km、テポドンの派生型は1万km以上の飛距離をもち、
   主に人工衛星打ち上げなどに利用された。ただし、2017.4頃までは成功率は極めて低
   かった。例えば、ムスダン2016.4 以降、8発中7発失敗している。これらは旧ソ連の技術
   を使って、北朝鮮で実用化を図ったものである。

  (3) 2017.5.からの様相変化
    ところが、2017年5月頃からミサイル開発の様相が大きく変化した。技術レベルが
   飛躍的に高まったのである。その経緯を振り返ると、開発は以下のように加速度的に
   進んだことがわかる。
   ・スカッド後継。5.29発射。海上艦船狙える。精密操縦誘導システム。誤差7m?
   ・北極星1型。潜水艦から発射。SLBM: submarine launched ballistic missile
   ・北極星2型。2.21、5.12.発射。北極星1型を地上型に改良。固体燃料、移動自由
     発射位置特定しにくく、攻撃されにくい。実用性は高い。
   ・火星12型(グァムを射程)、ムスダンの後継、ロフテッド軌道で、5.14発射。
     なお、8.19、9.15にも発射。ロフテッド軌道。日本上空通過、襟裳岬沖。
   ・火星14型(ICBM) 7.4,  7.28発射。アメリカ本土ほぼ全域射程内に。
   ・火星15型(ICBM) 最大飛距離13000km。東海岸含むアメリカ本土全部。

  (4) 大気圏への再突入問題
    このように飛距離は飛躍的に伸びたが、これらのミサイルを実用化する、すなわち
   実戦配備するにはまだいくつかの課題が残されている。

    2016.6.からロフテッド軌道で発射実験を6回行っている。それはムスダン1回、北極星
   2型が2回、火星12型が1回、そして火星14型が2回である。これらの発射はデータ収集が
   主たる目的であったと考えれる。ロフテッド軌道での発射を繰り返して行い、データを収
   集して搭載する核弾頭の実用化にメドをつけようということと思われる。
 
    ロフテッド軌道は真上に打ち上げて、真下に落下する軌道だが、大陸間のような長距離
   弾ミサイルの場合、大気圏に再突入する際の通常軌道の射角は10度くらいとされる。この
   入射角度でのデータはまだおそらく未入手だろう。もし大陸間長距離弾道ミサイルでその
   実験をするとすると、ミサイルはアメリカ大陸の周辺に打ち込まなくてはならない。それ
   はアメリカはじめ国際社会の激しい反発を引き起こすので、その規模の実験でデータを
   収集することは容易ではない。データとは、例えば、摩擦温度、振動、加速度、軌道の
   ブレと命中精度への影響などである。
  
 (5)搭載核弾頭
    北朝鮮の発表では、2017.9.3.に水爆実験は成功したという。それは火星14型に搭載
   する核弾頭を入手したということかもしれない。しかしそれを搭載するミサイルは現段階
   ではまだ未完成ではないか、と推測される。

  (6)長距離ミサイルの誘導システム   
     現在のICBMでは、計画軌道と打ち上げ後の位置の誤差を修正するのに、おそらく北
    朝鮮が利用していると思われる、ミサイルそのものに搭載される慣性航法装置とGPS
    だけでは不十分である。これはピッチャーが直球を投げるようなもので、何千キロ
    という長距離の行き着く先での誤差がかなり大きくなる、すなわち目標に打ち込めない
    リスクが大きいということである。

     アメリカでは、ミサイルの発射後、星の位置を測定して弾道ミサイルの軌道修正に利用
    する技術が確立している。例えば、ミニッツマンのような12000km級の大陸間弾道ミサ
    イルで、着弾地点での誤差は経ったの80mに抑えられるという。もっとも、北朝鮮は
    米軍のようなピンポイント攻撃は殻なずしも必要ない。北朝鮮のICBMはアメリカ軍の
    ようにミサイルサイロのような小さな目標でなく、大都市狙いなので80mもの精度は
    不要だが、誘導システムは不可欠だろう。また、核弾頭の小型化も必要だ。北朝鮮は
    彼らの戦略目標に合わせて、種を絞って開発を集中化する方向に注力しているのでは
    ないかと推察される。

lV.  北朝鮮はなぜ弾道ミサイルと核の開発に執着するのか

  1.  朝鮮戦争は終わっていない

     第二次大戦後73年がすぎ、朝鮮戦争勃発から58年が経過しているが、朝鮮
    戦争は現実にはまだ終わっていない。朝鮮半島では1953に南北朝鮮間で休戦協定が
    結ばれたが、未だ、38度線の休戦ラインを境に南北は軍事的に対峙しており現在でも
    休戦中の状態にある。

     北朝鮮は通常戦力は量は大きいが装備も古くて弱体。その中で長距離砲兵部隊と
    スパイなど特殊部隊とサイバー部隊は突出している。北朝鮮はこれまで25年にわたり
    核とミサイルに偏った軍備を進めてきたので軍備の実態は以上のように極めて偏って
    いる。北朝鮮は正規軍120万人と準軍隊20万人を擁している。それは全人口2500万人
    のうち、18人に1人が軍役についていることになる。ちなみに徴兵制を敷く韓国が、
    国民約75人に一人の比重。北朝鮮の人的資源は伸びきっていると言える。

     その現実の中で、国家体制存続の保証を取り付けるためアメリカに核ミサイル保有に
    よる核武力を認知させることが唯一の体制保障になるとの戦略に固執している。
  
  2.   冷戦後に孤立した北朝鮮

     北朝鮮は、ソ連も中国も、アメリカのように駐留軍を置いて守ってくれてはいない
    したがって、北朝鮮は自力で自国防衛をしなくてはならない。その意味でも戦争状態
    が続いていると言える。

     中国は、朝鮮戦争の際、人民解放軍の義勇兵(実際には中国軍)を大量に送り込み
    北朝鮮を助けた。この共闘は”血の同盟”と言われた。ソ連は、最新鋭のジェット戦闘
    機部隊を戦略的に派遣し、北朝鮮と中国の同盟軍を支援した。中ソの参加と支援が
    あって朝鮮戦争は初めて休戦に持ち込むことができた。これがなければ、圧倒的
    な米軍の戦力の前に金日成指揮下の北朝鮮は国家として崩壊していたはず。

     そのソ連が、まずゴルバチョフ時代、北朝鮮を見限って韓国に接近し、1990年に
    国交回復をした。1992年には韓国ロシア基本関係条約が締結された。中国も1992年
    に韓国と国交を樹立。1998年には中韓協力パートナーシップ、2008年には戦略的
    パートナーシップを締結し、互いの経済交流を深めている。こうした動きは北朝鮮か
    ら見れば裏切りの驚愕と見えたはず。そうした中で北朝鮮は事実上、国際的に孤立化
    した。これは例えば、アメリカが日本を飛び越して北朝鮮と国交回復した状況を想像
    すれば、北朝鮮にとっての深刻さが理解できるだろう。

     かつて、私が長女と一緒に、1990年スイスのダボス会議に参加した際、参加
    各国も行っているような北朝鮮のディナーミーティングに出席したことがあった。
    外国人の参加はわずかで、日本人は私達と読売新聞の記者が一人だけだった。参加者
    は皆、胸に金日成の徽章をつけており、彼らが口を揃えてソ連を厳しく非難してい
    たのが印象的だった。ソ連からは何も援助ないし、むしろ北朝鮮を妨害していると
    行った不満を述べていた。これはソ連が韓国と国交回復した頃の率直な感情だったの
    だろう。ちなみに私は帰国後、京都の公安係官から何度も訪問質問を受けたことが
    記憶に残っている。

V.    北朝鮮を誤解させたアメリカの対北戦略

              北朝鮮が核開発に着手し始めた1994年、 アメリカは核開発の中止(核放棄)を要求
    した。しかし、その後24年間、クリントン、ブッシュJ, そしてオバマ大統領は抑止の
    ための軍事力使用をためらい、もっぱら国連による経済制裁と6ヶ国協議の対話に期待を
    かけたが、結局、その成果はなく、北朝鮮は上述のような核とミサイルの開発で長足
    の進歩を遂げた。
   
     クリントン政権時、米国は北朝鮮国内での核開発の凍結、国交正常化の道筋をつける
    枠組みで北朝鮮と合意をした。しかしそれは結局、反故にされたので、クリントン政権
    は、一旦は北への爆撃と地上軍攻撃を計画したことがあった。しかし地上戦が起きれ
    ば、韓国で100万人規模の民間人の犠牲者が出るというアメリカの研究機関の報告が
    あり、クリントン氏は攻撃の決断を躊躇した経緯がある。そして94.6.クリントン大統領
    は、カーター元大統領を特使として平壌に派遣した。そこで金日成はアメリカの派兵
    停止と新たな援助と引き換えに、核爆弾製造可能な黒鉛炉の導入と運転の停止を約束、
    見返りに軽水炉導入の「米朝枠組み」に合意した。その直後に金日成は死去した。

     クリントン政権はその合意を受けて1995年に「朝鮮半島エネルギー開発機構
   (KEDO)を設立。しかし、結局、北が核凍結を破棄して核施を再稼働させたため、2003
    年、枠組み合意は崩壊し、その後、北朝鮮は核と弾道ミサイルの開発を再開した。

     米朝枠組み崩壊後、2003年から6ヶ国協議(北、アメリカ、韓国、中国、ロシア、
    と日本)開始されたが、結果から見ると結局、北朝鮮による一次的な時間稼ぎに利用さ
     れただけと言えるだろう。6ヶ国はそれぞれ事情も違い、関心も違う。日本は拉致
     問題が重要だが、他の諸国はそれを共有しない。そうして齟齬を北朝鮮は巧みに
    「食い逃げ外交」に利用してきた。

     ブッシュJ大統領は北朝鮮をイラク、リビアと並べて「悪の枢軸」と非難し、テロ支援
    国家に指定した。しかし任期の末期(2008)にそれを取り下げている。

     オバマ大統領に至っては、北への軍事力行使というオプションを完全に放棄してし
    まった。こうした経緯を振り返ると、北朝鮮の核疑惑が顕在化した1993年からオバマ
    大統領の退任する2017年初までの24年間、アメリカは実質、何もせずに来たと言わざ
    るを得ない。その間に北朝鮮は実験を重ね、長距離弾道ミサイルと核弾頭の開発に注力
    してきた。 
  
     こうした対応が20年以上も続いたため、北朝鮮の内部には一つの神話ができたのでは
    ないかという観測もある。それは、北朝鮮が何をしてもアメリカは武力攻撃はしてこな
    い。「アメリカが北を怖がっているからだ」という考えがあったとすれば、それは妄想
    という他はない。ただ、日本がかつて、生産力が10倍も大きいアメリカを相手に太平洋
    戦争に挑んだ頃の日本のメディアの喧伝や軍部の戦略判断を思いやると、北朝鮮の”妄想”
    は四半世紀の経験の基づいているだけ、日本のかつての経験より”実証的”かもしれない。

Vl.   2016年から変わった米朝関係

 1.  アメリカの認識の変化

   北朝鮮の弾道ミサイルの開発が新段階に入り、米本土攻撃が現実味を帯びてきた2016
  年頃からアメリカの認識に変化が起きたようだ。アメリカはその頃から攻撃準備態勢に
  入ったと観測される。たとえば、2016.10.ネバダ州で核爆弾投下実験が行われ、それを
  ”公表”した。通常、このようなことは軍事上の秘密にされるのが常識だが、公表には、核
  の使用を辞さないとの意思表示が含まれていると見てとれる。そして、2016から2017に
  かけて北朝鮮を十分に射程内にとらえる最新鋭の大陸間弾道( ICBM)ミニットマンの発
  射実験を5回以上も行っている。

   2017.3.北朝鮮は日本近海に向けてテポドンの発射実験を4回行った。北朝鮮はそれは日本
  に設置されている米軍基地を攻撃目標と想定していると明言した。それは、アメリカの一部
  である在日基地に駐する米軍人を人質にとるということで重大な意味がある。ムスダンの成功は
  グアムを射程内に捉えるということだ。米本土の前にアメリカの一部である基地を照準としたのである
  しかし、オバマ大統領は戦略的忍耐(strategic patience)を続けた。

   オバマ大統領は、かつてシリアに対して、化学兵器などで一般民衆を殺害した時は、それを
  シリア政府が”Red Line”を超えたと見なし、その時は武力制裁も辞さない、としていたが、
  実際に、国連の機関が、明らかに化学兵器で殺害されたと見られる多数の民間の犠牲者の被
  害について報告したとき、オバマ大統領は、自ら示したレッドラインを超えても、議会に
   図って攻撃の判断を保留し武力攻撃を控えた。中国はそうしたアメリカの足許を見て
   南シナ海の埋め立てを進めたという観測がある。
      
 2.   トランプ大統領の登場

       2017.1.のトランプ大統領の登場を契機に、アメリアかはこれまで24年間の実質的放置か
   ら軍事力の行使も辞さない姿勢へ大きくを舵を切ることになった。実際、2017年4月、
   シリアのアサド政権が化学兵器を使ったとしてシリア政府軍の空軍基地を突如、ミサイル
   で攻撃した。しかもそれはトランプ氏がフロリダの”別荘”に迎えた習近平首席との会食中
   という劇的な行動で、それは北朝鮮への強烈なメッセージを意図されたものとされる。

    トランプ氏は独特のツィッターを使った”口撃”も繰り返しており、レトリックが激しい。
   例えば、2017.7に北朝鮮がグアム島攻撃を示唆した際には、「世界が見たこともないよう
   な炎と怒りに包まれるだろう」と述べ、また2017.9.19の国連演説では「防衛のために
   は、北朝鮮を完全に破壊する以外、選択肢はない」と公的に威嚇した。

    
Vll.    北朝鮮を非核化できるか

  1.  ”すべてのオプション(手段)はテーブルの上にある

    トランプ政権は「すべてのoptionはテーブルの上にある」と繰り返し警告しているが、
   これは必要なら武力攻撃も辞さないというメッセージである。
     
  2.   外交と経済圧力
    国際協力による外交圧力としては、国連安保理事会での合意がある。そこでは、北朝
   鮮の危険な朝鮮に対して非難と警告そして経済的な制裁協議の合意が段階的に強化され
   てきた。
 
    経済制裁による圧力としては以下のような対策が取られている。
    ・国際協調:北朝鮮の石炭など産品不買、北朝鮮に資材を不売、
     北朝鮮の収入を遮断:交流国への出稼ぎ収入、鉱産物販売収入、ミサイル収入など
     を遮断
     石油の禁輸:最近の制裁:国連合意(2017.12.22):石油製品9割禁輸
    ・これらの制裁は徐々に効果を発揮してきていると観測される。例えば、北朝鮮国内 
     の市場では外国品が姿を消し、ほとんど国産品となっているが、それは禁輸措置が
     影響を持ってきているので、当局は国産奨励しているからではないか。それは経済
     制裁への危機感の反映と考えられる。
   
  3.  軍事手段
   ー先制攻撃
     アメリカはしばしば先制攻撃を仕掛ける。アメリカが最後の手段として武力を選ぶ
    場合、国連、同盟国にすら相談せず、戦略的に最適のタイミングを選んで、
    一方的かつ強烈な一撃を加える。例えば、1990年湾岸、2001年アフガン、
    2003年イラク戦争などが前例だ。

     ただ、北朝鮮の場合、同盟国ソウルと日本に深刻な被害の可能性がある。ソウルは
    長距離砲兵隊の展開地から2〜30kmしか離れておらず、日本はノドン、テポドンの
    射程距離内にある。

  ー斬首作戦:
    こうした脅威に対してピンポイントで金正恩の殺害を図る斬首作戦が有効という見方
   もあった。それは事前の諜報で金委員長の可能な所在拠点を把握して超高精度の攻撃で
   殺害するというもの。これは金体制の崩壊を狙うが、崩壊後の安定化の見通しが立たな
   ければ混乱助長してむしろマイナス。あくまで非核化が目的なので、現体制は維持する
   方が現実的との見方が現在は主流。

  ー外科手術(surgical strike)
    これは、北朝鮮を迅速に効果的に”無力化”するための軍事作戦である。
    まず、手術の前には麻酔で神経を麻痺させる作戦。すなわち、サイバー攻撃で情報
   ネットワークを妨害して遮断し、通信を混乱させて機能不全状態にする。直後に、
   ミサイル発射装置、軍施設、司令装置などをピンポイントで攻撃して破壊する。
   その際、長距離砲兵隊(火砲8500門とされる)、戦車3500輌、核兵器とミサイル部隊
   と各種防空施設は重要な攻撃目標。それら所在場所の情報が鍵となる。

    第一次攻撃は最初の5〜6時間。東西海岸沖からの艦艇、潜水艦からのトマホーク。
   グアムから出撃のB1やB52など爆撃機による巡航ミサイル攻撃。
    第二次攻撃は第一次で破壊漏らした残存戦力や施設に:F16や海軍のFA18など
   有人戦闘爆撃機投入でwipe outする。

    こうした攻撃が迅速に実行されれば被害は最小限に抑えられ、例えば、韓国に在住する
   米民間人約20万人も移動の必要はないという見方もある。多数の人々の移動は戦闘を用意
   しているとうシグナルを敵に送ることになり、負の効果があるとされる。
   
      4.   迫るタイムリミット

    北朝鮮が火星15級ミサイルの大気圏突入データ収集と突入対応技術、着弾誘導
   精度向上技術と核弾頭の小型化を進めて実戦配備するのにかかる時間は今や秒読みの
   段階にあると見込まれる。そのX dayはいつか?アメリカ本土を射程に入れる核ミサイ
   ルが完成間近とすれば、アメリカは独自の情報で躊躇なく軍事行動起こす可能性がある。
    2018年平昌冬季オリンピックを契機に、北朝鮮が積極化した微笑外交、
   それに応ずる姿勢を見せているトランプ大統領。

    2018年2月以来、事態は大きく変化。次回のエッセイでは、現下の新展開について論じたい。

Brexit(英国のEU離脱)

Ⅰ.   はじめに

 英国は2016年6月の国民投票の結果、EU(欧州共同体)離脱を選択した人々が多かったので、その後の政治プロセスの中で、英国としてはEUを離脱することになった。ところが、その離脱を具体的にはどのような内容とプロセスで実現するのか、について、英国内、また政権党である保守党内でも意見は統一しておらず、さらに相手であるEU当局、またそれを構成するEU27ヵ国の政府との間でも、合意を達成することが容易ではない。

 現在(2018年春)の段階では、2019年の3月末に、EUを離脱(Brexit)することになっているが、その期限までに多くの交渉案件などについて合意を確定できるかといえば、事実上、困難との見方が多く、最近になってようやく、それ以降もさらに21ヶ月の”経過期間”(transitional period)を置くことでEU側と合意を見た。

 しかし、Brexitの内容とプロセスについては、依然として、多くの不明確な部分が多く、その全容はかなりの不確実性につつまれている。その事は、英国に投資をしている日本を含む世界の多くの企業にとって困難な問題を提起することになる。

 すなわち、Brexit以降、それらの企業はどのような条件で、英国やEU諸国の中で、投資、雇用、営業などをすれば良いか、その条件が不明確なので、企業に意思決定が迅速に的確にしにくいという企業経営にとっての大きな阻害要因となるからである。

 この問題には、多くの国々が関わるので、世界的にもさまざまな障碍要因となる。以下では、Brexitが国民投票で採択されてから今日に至るまでに、英国内で、またEUとの間で何が起き、何が決められたのか、を振り返り、、そしてこの先はどうなるのか、などの点について考えてみたい。


Ⅱ.   Brexit国民投票(2016.6.23)の結果

 2016年6月23日に行われた国民投票の結果は、Brexit派が僅差で勝利した。投票結果は51.9%対48.1%だった。投票のうちわけを見ると、青年層、高学歴層、ロンドンなど大都市の市民は残留を選択し、地方在住、低学歴者、中高齢者層はほどんど離脱派であり、国民の地域、学歴、社会階層などによって投票の傾向が明確に異なっていたことが判明している。

 このような投票結果の分布は、その底流に、技術進歩と知識層が推進するグローバル化の急速な流れから阻害された人々の根強い不満が色濃く反映していることが見てとれる。そのような技術革新やグローバル化に対する抵抗や反感が、このような投票結果に現れたようだ。グローバル化の流れの中でも、とくに移民の問題が多くの国民には容認しがたい問題だったようである。  


Ⅲ.   国民投票にいたる事情

  国民投票は2013年に当時のDavid Cameron保守党党首が、2015年総選挙で保守党が勝てば 2017年末までに実行すると約束。その約束をした背景に、2015年に迎える総選挙をどう戦うか についてCameron党首は、対策に頭悩ませていたことがある。そのひとつは英国独立党が2006 年以降急速に躍進し、2014年には27%という最高得票率を得たことに脅威をいだいたこと。また保守党内も一枚岩ではなく、党内意見の対立が深刻だったことがある。

 Cameron党首はそうした内憂外患の状況の中で、保守党の分裂を回避し、人々の注意を国内政治の外にそらすために、Brexitの可否を国民投票に委ねるといういわば賭けに訴えたようだ。

  これには、実は前例がある。1975年に、同様な党内の意見分裂に悩んだ当時のWilson首相(労働党首)がECに残留するか否かという設問で、対立する党内の争点の”外部化”をはかって国民投票を実施した結果、大差で残留が決定し、世論も集約されたという成功例である。 Cameron首相はこの前例をふまえて、国民投票に期待した可能性がある。

  EUに対する英国民の不満と批判は、英国主権が浸蝕される、移民の流入、社会保障の負担が高すぎる、環境規制が厳しすぎる、原発を抑制するために電力が高価になる、高いEU会費とその使い道、EU政府の過度な官僚主義などに対して募っていた。

  また、英国は歴史的にEUに対して批判的であった。英国はEUには参加したが、Euroには非加盟である。英国はこれまでも独自の自己主張が強く、いうなればEUの問題児だった。英国はEUの理念にも理想にも基本的に関心はな、実利だけで付き合ってきたといえる。また、サッチャー首相の厳しいEU批判も(主権と自由の侵害)英国人の考え方に色濃く影響している。

 サッチャー首相は、英国の選挙民に選ばれてもいないEUの首脳や官僚が英国の国内問題にまで干渉するは英国の主権への干渉であり、自由の侵害だと強く批判していた。

  2015年5月の選挙結果は予想に反して保守党が大勝し、単独で政権を担うことになった。

 その結果を受けて、国民投票は2017年でなく2016年6月23日に前倒しされた。保守党の内部でも、さらに内閣の内部でもEU離脱如何については意見は分裂していた。

   Cameron首相の盟友であり、Boris Johnson前ロンドン市長を、Cameron首相は自身の後継者にと考えていたとされるが、そのJohnson氏がCameron氏と裏切り、離脱派の扇動者となった。さらにCameron氏の盟友である法相のMichael Gove氏が離脱派に参加することとなったのは Cameron氏にとっては大きな打撃だった。

  Cameron氏はEU当局と交渉して、英国の要望をできるだけEU側に伝え、ある程度の理解と譲歩を得たので、残留が国益になるとの信念を強め、残留を強く訴えた。Cameron氏ら残留派は離脱がいかに国民にとって損になるか、残留が利益になるか、を詳細なブックレットにして選挙民に配布するなどしたが、結果的にはその内容は詳細すぎて人々には良く理解されなかったようだ。

  これとは対照的にJohnson, Gove氏らの離脱派は、「EU離脱で、外国人労働者の脅威が無くなる。EUに支払う負担が減る」ともっぱら情緒的に訴えた事が奏功したとされる。彼らは真っ赤なバスに「我々は毎週3.5億ポンドをブリュッセルに送金している。その金を医療充実に使える」と大書して全国遊説をした。それは、英国がEU本部に加盟国として毎年、支払っている分担金などが戻ってくる、という趣旨だったが、後述するように担金は戻るどころか、離脱の前提条件としてのこれまでの分担金などの未払い分を負担しなくてはならないことが判り、このスローガンは国民を欺く嘘であることが後日、明らかになった。

  また、離脱派の勝利後、離脱派のリーダー達の不可解な行動が世間を驚かせた。離脱派の急先鋒ファラージュ英国独立党党首は、投票直後に雲隠れし、Johnson氏は国民投票についての責任回避の発言をした。後日、EU離脱で債務清算金支払い義務が発生し、離脱が得にならないことなど離脱派の欺瞞行為が明らかになるにつれて、巷では「離脱派に騙された」「こんなことになるなら投票に行ったのに」「BrexitでなくBregretだ!」の悔悟の言葉も聞かれたという。


Ⅳ.   May首相の登場とhard Brexit宣言

 
  国民投票の結果、僅差とはいえ、離脱派が多数を占めたので、残留を主張していたCameron党首は辞任し、後任にTheresa Mary May首相が就任し、彼女は2017年3月に正式にBrexitを宣言してEU当局にその意志を通知した。ここでは、May首相就任の経緯と彼女のEU離脱宣言に至る経緯を確認して置くことにしたい。

 ーなぜMay首相になったのか?:

  保守党の党首選は2段階で行われる。まず、下院議員が選挙する。そして一般党員(現在12万人?)が選挙するという2段階だ。今回は、離脱運動を主導したBoris Johnson氏が当然の首相選挙の候補と目されたが、彼に対しては、長年の盟友Cameron氏を裏切って離脱派を宣言したことが、次期首相狙いの野心と見られて関係者の間で反感もあったため、Johnson氏は出馬を回避した。

   Johnson氏に代わって、Johnson氏の後ろ盾的な存在であり、離脱派の黒幕と目されていたMichael Gove氏が「ジョンソンには離脱問題を仕切る指導力がない」と自ら党首戦に出馬する意向を表明した。こうした経緯は、キャメロンがジョンソンに裏切りで刺され、こんどはジョンソンがゴーブに刺されるとう、あたかもシェイクスピアの戯曲さながらの展開だ。

 ーTheresa May(テリーザ・メイ)とはどんな人物?        

   Theresa Mayはいわゆるエリートの出身ではない。彼女は1956年10月1日、イングランド南部のイーストボーンで、イングランド国教会牧師の一人娘として誕生。父の影響で政治家を12歳から志す。公立進学校卒業、オックスフォード大学セント・ヒューズカレッジ進学し、地理学。卒業後、イングランド銀行を経て、決済サービス協会に勤務。傍らロンドン市の保守党区会議員。1997年ロンドン西部メイドンヘッド選挙区から立候補、下院議員に初当選。3度目の挑戦だった。 

   2010年の総選挙で保守党が勝利してキャメロン政権が誕生すると、内務大臣に任命。

  2015年第2次キャメロン政権でも留任。内務大臣は首相、財務大臣、外務大臣と並び国家の4大要職とみなされる。この要職を6年間無事に勤め上げた。彼女の人柄については残留派の重鎮とされるKen Clark氏が”Bloody difficult woman(ひどく難しい女)”と評したことが知られているが、これは”手強いヤツ”という程度の意味で、むしろ力量を認めた表現だろう。また彼女は世間ではとかくthe ice Queen or Cold Fishとも言われている。

  ー第一回投票(7月5日)の結果

   第一回投票の結果は、メイ199、レッドサム84、ゴーブ46で 最下位のゴーブが敗退。

 その後、対抗馬のレッドサムが決選投票前に7月11日に、選挙戦から撤退を表明したのでメイ氏が自動的に首相になった。この選挙プロセスは、メイ首相の正当性にやや問題があるとする見方もある。メイ氏はキャメロンの後継首相ではあるが、議員選挙も、党員(約15万人とされる)も経ていない。そして決選投票前にレッドサム候補が辞退をしたので党首選挙も経ていない。この問題は、メイ首相の中で、総選挙で国民の信を問う必要があるとの気持ちとして残ったようだ。

  ー当初の優柔不断:

   首相就任後しばらく(8〜9月)はメイ首相の発言は旗色不鮮明だった。彼女はもともと残留派だったので、国民投票は実は法的には参考意見に過ぎないという理由で、ウヤムヤにするのでは、との観測も一部にはあった。私見では、それができたら彼女はしたたかな政治家と思う。しかし、彼女はやがて「国民投票の結果は明白であり正当だ。離脱は離脱(Brexit is Brexit)。我々はそれを成功させる、との立場を明確にするようになった。

  ー10月保守党大会での宣言:

   彼女は10月の保守党大会で、強硬離脱(hard Brexit)と世界の英国という宣言とし、旗色を鮮明にした。党大会での演説で、彼女は、「大英帝国は独立国であり、司法制度でEUの支配は受けない。」「大英帝国はglobalな帝国であり、EUとも世界のあらゆる地域、国々とも友好関係を維持し発展させる。」「政府は必要なら市場に介入する。

  保守党は労働者のための党だ。」などの点を強調した。


Ⅴ.   国民投票の 正当性とEU離脱通告:

  ー国民投票でのEU離脱決定は妥当か?

   この点に関して2人の議員から「6月の国民投票には法的拘束力がない。参考意見でしかない。」との理由で、EU離脱に関する「第50条訴訟」が提起された。訴訟の審理は2016.10.13. 高等法院で開始。11.3には「議会の承認必要」と主張する原告側が勝訴した。メイ政権は直ちに上告。最終判断は最高裁で2018.1.に。予断は許さない。

   ー離脱通告:

    2017.3.29 リスボン条約50常に基づき、メイ首相はEU本部に”離脱”を正式に通告した。離脱期日は、2年後の2019.3.29となる。しかし、党内では依然、離脱派と残留派が対立して低次元の内部闘争が進行中。そのため。政治が混乱し、機能不全状態に陥っている。


Ⅵ.   6月8日の総選挙とMay首相の賭け敗北:

  メイ首相は、6月8日、総選挙を挙行した。彼女は総選挙によって、1. 総選挙を経た首相となること(その理由は上記)、そして 2. 圧倒的多数をとってとりわけEUに対する交渉力を高めることを目論んだ。しかし、結果は完全に裏目に出てしまった。

   6/8の英国総選挙でメイ首相率いる保守党は12議席も議席を減らし、318議席と過半数(326議席)をも割り込んだ。労働党は逆に229から262議席へと議席を大幅に増やした。そこでメイ首相は10議席を有する北アイルランド保守政党の民主党一党(DUP)に擦り寄り、閣外協力で合意を 得て、ようやく政権は継続できることになった。

  しかし、少数与党の脆弱さは否定できず、メイ首相の指導力の低下は目を覆うばかりである。与党内の意見対立もあり、交渉態勢も整わない。2017年7月に島田村塾の有志がドイツ研修旅行でベルリンを訪問した際、ドイツの人々は、離脱交渉のテーブルで英国交渉代表者達が書類ゼロで臨むFTの写真が英国側の準備不足を露呈していると指摘(失笑)していた。

  メイ首相は、単一市場からの脱退と移民制限を両輪とするhard Brexit路線を固持している。

 しかし、この政治情勢では、単一市場残留を主張するsoft Brexit派のパワーが高まるのは必至であり、先行きは極めて複雑だ。


Ⅶ.   離脱交渉の条件ーBrexit入り口での3つの障碍:

 1.  Brexit Bill(離脱請求書)、英国がEUに負っている債務の清算

   これは(EU予算の未払い分、EU官僚の年金負債、EIB(欧州投資銀行)融資の保証分など)であり、当初EUは600億ユーロ(8兆円)を要求したが、英国が特別扱いを要求。これにたいし、EU(メルケル氏)は”ルールはルール”として妥協しなかった。困難な交渉の結果、12月に入ってようやく英国側が400億〜450億ユーロ(5〜6兆円)を英国受け入れたので、原則合意が得られた。 

 2.  在英のEU市民と在EUの英国市民の権利保護

 3.  英国とアイルランド国境の問題

   アイルランド問題は17世紀の宗教革命から今日まで続く対立と紛争の歴史に血塗られた困難な問題である。現在はアイルランド共和国(南、カソリック多い)と北アイルランド(英連邦、北部地域、プロテスタントが多い)に分割されている。

   南北ともこれまではEU加盟国だったが、英国の離脱で、北が英国領である限り非加盟となる。 EUは南北国境をヒト、モノ、カネの自由流通を保証することを離脱の条件として要求している。 メイ首相は12.13〜14のEU首脳会議に向け、それを受け入れる意向を提示した。

 これにたいし、12.8.北アイルランドDUP(民主統一党)のフォスター党は閣外協力の撤回も辞さずと強硬に反対。自由流通・移動だとアイルランド共和国側から移民が北に無制限に入国することを排除できない。

  国境問題は今後の通称協議で継続審議ということで、12月13.14のEU首脳会議の段階では玉虫色で一応決着した。

  EU首脳会議(Brussels)では、英国はenough guaranteeを示したとして離脱条件に関するE.Commission Recommendationを承認した。


Ⅷ.   離脱交渉の条件ーBrexit入り口での3つの障碍:

     1. Brexit Bill(離脱請求書)、英国がEUに負っている債務の清算
      (EU予算の未払い分、EU官僚の年金負債、EIB(欧州投資銀行)融資の
     保証分など)当初600億ユーロ(8兆円)英、特別扱い要求。EU(メルケル
     氏)”ルールはルール”12月に入ってようやく400億〜450億ユーロ(5〜6
     兆円)を英国受け入れ、原則合意。 
 
     2. 在英のEU市民と在EUの英国市民の権利保護

     3.  英国とアイルランド国境の問題
      ・アイルランド問題は17世紀の宗教革命から今日まで続く対立と紛争の
        歴史。
        現在はアイルランド共和国(南、カソリック多い)北アイルランド
       (英連邦、北、プロテスタント多い)に分割。
      ・南北ともこれまでEU加盟国だったが、離脱で、北は非加盟。
                     EUは南北国境をヒト、モノ、カネの自由流通を離脱条件に要求。
                     メイ首相は12.13〜14のEU首脳会議に向け、それを受け入れる意向を提示。
      ・12.8.北アイルランドDUP(民主統一党)のフォスター党首から閣外
        協力撤回も辞さずと強硬反対。(自由流通だとアイルランドから移民
        が北に無制限に入国)
      ・国境問題は今後の通称協議で継続審議、玉虫色で一応決着
      ーEU首脳会議(Brussels)では、英国はenough guaranteeを示したと
        して離脱条件に関するE.Commission Recommendationを承認。


Ⅸ.   これからの通商交渉:

   これからの通商交渉については、以下のような順序で、交渉が進められるもの
   と予想される。

    ー2018.10まで:
     ・英政府、将来の対EU関係の要望を提示)(FTAなど)(国内法整備)
     ・移行期間の合意、21ヶ月(2018.3.決定)
     ・アイルランド国境問題解決(夏まで)

    ー2019.3.29まで:
     ・EU27国が離脱最終案承認
     ・離脱後の英とEUのFTA大枠決定

    ー2019.3.29→移行期間終了まで
     ・安全保障、治安、刑事協力枠組み協議・決定
     ・EUや非EU諸国との新FTA交渉:協定見直しは750件もあると予想され
      る(日経18.1.9)


Ⅹ.  経済に深刻な不確実性と負の連鎖効果をもたらす

  ー交渉担当、推進の能力:
    問題は果たしてこれだけの交渉を限られた期間にこなせるのか? 英国は
   国民投票後に国際貿易省を設立したが、貿易交渉ができる官僚の数と質が絶対
   的に不足している。離脱の期限に間に合わず、貿易協定交渉がタイムアウトにな
   れば、協定もなしに英国はEUから放り出される。そのような場合は相当の混乱
   は不可避。

  ーBrexitに伴う負の効果:
    国民投票直後はポンドレートが下落したため英経済は好況になった。しか
     し、ポンドレートは次第に低下し、英国経済は不況の様相が見えてきてい
     る。 
    EUメンバーとしての特権(非関税、金融パスポート:ライセンス、高技能移
    民)を失う損失は大きい。
 
    新体制の諸条件が不明で不透明。それは大きな不確実性であり、企業の投資
    の意思決定を阻害する。投資が縮小あるいは遅滞すれば経済に大きな負の効果
    をもたらす。

    英国経済だけでも離脱により長期的に年率GDP換算0.9%のマイナス予測が
     あるが、そうした負の効果は英国だけにとどまらず、世界経済の密接な相互
     依存関係をつうじて世界全体に負の波及効果をもたらす。

トランプ政権のアメリカ:(5) トランプ政権の展望と日本の対応

トランプ政権の展望と日本の対応

Ⅰ.  トランプ政権の展望

 トランプ政権のこれからを展望する上では、今後の経済情勢、アメリカ社会の分断傾向、民主党の実力をどうみるか、が重要と思われる。以下、それらのファクターについて考えてみよう。

 アメリカ経済の景気は今(2018年4月)絶好調である。株価は2018年春まで最高値だった。トランプ大統領が3月にアメリカが輸入する鉄鋼とアルミニウムについて高関税をかけると突然宣告し、中国がそれに対して対抗手段を発表したため、貿易戦争に発展しかねない状況となって株価が若干下落したが、景気情勢は今のところ好調でPowell連銀議長がさらなる金利引き上げを示唆するなど、むしろ加熱が心配される状況である。

 アメリカ景気は世界経済を主導しているが、この好況をトランプ支持者はトランプ経済政策のおかげと誤解しているふしがある。トランプ政権は発足以来、1年3ヶ月を経たが、その間に成立した経済の法律は大規模減税を謳う税制改革だけであり、それもこれから実施されるので、これまでのところ主要な経済政策はまだ何も始動していない。アメリカ経済と世界経済はここ数年好調を加速しているのは、リーマンショック以来行われた数々の構造改革政策や中央銀行の舵取りが奏功したものと評価すべきだろう。トランプ氏が忌避しているオバマ政権時代の経済政策がここにきて効果を産んでいると言える。

 ただ、トランプ氏の大減税、大規模インフラ投資などの掛け声が、株式市場に、大きな期待感を抱かせ、それが株価の急上昇に結びついた面は否めない。トランプ氏の支持者は新聞も読まない人々なので、今の好景気をトランプ政権のおかげと信ずる傾向があるようだ。この景気がまだ続くとすると、それは2018年11月の中間選挙で、トランプ陣営に有利に働く可能性がある。

 民主党系に限らず、アメリカの知識層は、トランプ政権は一期で終わると観測または願望する向きが多いようだが、トランプ氏が中間選挙で負けずにロシア・ゲートの追求をなんとかに逃げきれれば、トランプ政権は2020年以降の第二期に繋がる可能性は低くない。その可能性を強めるのは、上記の景気に対するトランプ支持者の誤解に加え、民主党の対抗力の弱さである。

 民主党は、2016年の大統領選で、いくつかの戦略的誤りを犯したが、その最大のものは、黒人、イスラーム、アジア系などこれまでマイノリティーと目されてきた人々の比重が増えつつあり、これまで差別を受けたり比較的恵まれない立場にあった彼らがやがて全体としてアメリカ国民の多数を占めるようになる長期的未来を見越して、彼らの地位向上を始め、彼らに主眼を置いた選挙戦略を推進した。

 それが、白人労働者に焦点を合わせたトランプ陣営との選挙戦に敗れた大きな原因のひとつと考えられる。それ自体は長期展望として間違いではなないが、次の大統領選は事実上、2019年から始まる。この1~1.5年ほどの短期間に、トランプ陣営に勝てる戦略をどのように再構成するのか、また、トランプ氏に対抗できる新しいスターを発掘、育成できるのか、民主党には大きな課題がある。そうした民主党の弱さを鑑みると、トランプ氏の第二期続投の可能性は低くないと思われる。


Ⅱ.  トランプ政権の挫折あるいは持続:日本と世界への影響

 そこでトランプ政権がロシア・ゲートその他の原因で挫折する場合、あるいはトランプ政権がロシア・ゲートを逃げ切って第二期も持続する場合の二つのケースについてその影響やそれに対して何をすべきか考えてみよう。

 1. 挫折のケース:
 トランプ政権が、挫折する場合として最もあり得るのは、ロシア・ゲートで弾劾・罷免されるケースであろう。その場合、トランプ氏の残任期間は、ペンス副大統領が大統領に昇格する。ペンス氏はトランプ氏よりも常識的なので、トランプ流の混乱はいくらか少なくなると思われるが、基本路線は変わらないだろう。

 2.  トランプ政権が持続するケース:
 トランプ氏がロシア・ゲートで破滅せず、2020の大統領選で勝利する場合、トランプ政権の第二期は、トランプ氏の基本政策が作動する時期になるので、私見では、かなりの混乱が拡大すると思う。とりわけ経済政策面で矛盾が噴出する恐れが大きい。トランプ氏の経済の基本政策は(1)大減税を謳う税制改革、(2)大規模インフラ投資、(3)保護主義的貿易政策の3つである。

 トランプ政権第二期には、新しいトランプ税制がフルに稼働する。この大減税はすでに完全雇用で加熱している経済に対して施行されるので、経済成長を増幅する余地はほとんどない。したがって減税の財源の調達は、政権の目論見よりはるかに困難になる。それでなくても累積しているアメリカの財政赤字はさらに増大し、減税の財源負担は、結局、勤労大衆にかかってくる。それはトランプ氏を支持していた人々の負担になるので、”裏切り”と映るだろう。

 また、1兆ドル以上とされる巨額なインフラ投資の財源は手当が困難で、それも結局、勤労大衆の負担になるだろう。さらに、保護主義的な貿易政策は、2018年3月のトランプ氏の鉄鋼、アルミニウムへの関税大幅引き上げが貿易戦争の引き金を引きかねない状況からも推察されるように、結局、輸入中間財の価格上昇がアメリカ国内の物価を上昇させ、勤労大衆の実質賃金低落を通じて彼らの生活水準の実質的引き下げとなる恐れが大きい。

 このようにトランプ経済政策は、支持者達に負担を強いる”self-defeating”な帰結をうむ恐れが大きく、それは事態の経済的悪化のみならず政治的反発と混乱を生み、そのネガティブな衝撃はアメリカのみならず、全世界に波及する恐れがある。日本は、トランプ政権が持続するとこのような事態になり得る可能性をふまえ、そのような事態に備えた”プランB”を今から用意するべきではないかと思う。

 
Ⅲ.   トランプ現象の底流と日本の対応

 トランプ現象は、トランプ氏個人の個性に由来する部分もあるが、大局的には、より大きな社会の潮流の変化によるものと思われる。それは技術革新とグローバリゼーションの急速な流れに取り残された大衆の不満の鬱積が生み出した現象だからである。したがって、現代社会の”トランプ現象”は仮にトランプ氏が失脚しても消失しない。また次のトランプ型の政治家が取り残された人々の不満を吸収して登場する可能性が高い。

 この現象は、アメリカだけでなく、Brexitショックに揺れる英国でも、nationalismと排他主義が勃興する欧州でも同様に見られる。日本では、その現象はそれほど表面化してはいないように見えるが、底流では共通していると考えられる。

 近年、世界を席巻しつつあるこの現象は、第二次世界大戦後に、世界諸国が協力して営々として築きあげてきた発展と繁栄のパラダイムを壊す可能性がある。その地殻変動を克服する救済策はまだ見えていない。産業革命以来の世界の経済発展は、幾度もその矛盾が累積し、破壊的結果をもたらす中で、人々の叡智と努力によって克服されてきた。トランプ現象はそうした人類史的な大きな問題を我々に投げかけているように思う。

トランプ政権のアメリカ:(4) ロシアゲート

ロシア・ゲートがトランプ政権崩壊の最有力因

Ⅰ.  はじめに

 トランプ政権はその発足当初から、クレムリンとの隠された関係が問題とされた。トランプ氏は以前から、資金洗浄に関わるなどロシアとの黒い関係が取りざたされて来たが、2016年の大統領選の最中に、ロシアが民主党本部にハッキングなどのサイバー攻撃を仕掛け、マル秘の情報を手に入れて、それを踏まえて多くのフェイクニュースをSNS上で流すなど、クリントン陣営攻撃を行って、選挙結果に重大な影響を及ぼしたのではないか、また、クレムリンにそうすることをトランプ陣営が働きかけたのではないか、との疑惑が持ち上がった。

 もしこれが事実なら、これはアメリカの民主主義を外国勢力を使用して破壊しようとしたわけであるかから、重大な国家反逆罪ともいうべき犯罪となる。アメリカは三権分立の民主国家であり、その疑いについて、司法当局も調査を進めており、その疑いがある程度立証されれば立法機関である議会がそれなりの対応をとることになる。トランプ氏はさまざまな手段でこの疑惑を否定し、追及を回避しようとしているが、これがトランプ政権の暗部に関する米国最大の事件となっている。

 もし、その疑惑が立証され、議会がそれをアメリカの民主主義に対する妨害もしくは破壊行為であると認定すればトランプ大統領は弾劾され、トランプ政権は崩壊するだろう。しかし、その疑惑が充分に立証されないか、あるいは立証されたとしても議会が、弾劾に踏み切らなければトランプ政権は存続し、それはアメリカだけでなく、世界に対しても重大な意味を持つことになるだろう。このエッセイでは、トランプ氏のこのロシア・ゲートについて事実を追いつつ、考えたいと思う。


Ⅱ.  大統領選でのロシアのネット妨害

 2016年の大統領選をつうじて、クレムリンが情報機能を使って、選挙に介入しているのではないかという疑惑が取りざたされた。

 それは、ロシアの、おそらくクレムリンの関係者が、サイバー攻撃などで、民主党本部の機密情報を入手し、それを利用して、クリントン候補を意図的に陥れるために、フェイク(偽)ニュースを、例えばウィキリークスなどを使ってネット上に散布したのではないかという疑惑である。

 大統領選は、多くの世論調査の結果による限り、選挙戦が事実上開始された2015年から。本番の2016年中とつうじて、クリントン候補への支持率がトランプ氏を上回り続けた。ところが、11月8日の結果では、大方の予想に反して、トランプ氏が選挙人獲得数で圧勝し、大統領に当選してしまったのである。

 アメリカの大統領選挙制度は、George Washington初代大統領の時代からの制度で、大統領選の勝敗は、国民の投票数ではなく、各州に割り当てられた選挙人の獲得数で決まる。これは通信が発達していなかった時代に、アメリカ大陸という広大な地域で選挙を行うには必要な知恵だったのだろうが、今日の高度情報社会ではいかにも古色蒼然とした奇妙な制度である。しかし制度は制度なので、アメリカはこの制度に従って大統領選を行っている。この制度では、選挙人は各州の人口などに比例して定められているので、人口の多い州を制した候補が選挙人を総取りするので、影響の大きい17州がスイング州とされている。

 選挙の結果は、スイング州での獲得選挙人はトランプ候補が290人、クリントン候補が227という大差だった。選挙人の数は総取り制度なので、このような結果となったが、これらのスィング州全体の投票数では、なんとHillary Clinton候補が7万票ほどトランプ氏を上回っていたのである。また、全米での獲得票数では、Hillary候補は、トランプ氏を290万票上回っていたことが判明している。

 スィング州での票獲得数で、Hillary候補がたったの7万票しか下回っていなかったことは、トランプ氏のロシア疑惑に対して重要な意味を持つ。それは、ロシアの情報関係者がHillary攻撃のフェイクニュースをネット上に散布したとすると、新聞も読まず、ネットの情報に偏りがちな最近のアメリカの大衆がフェイクかどうかの判断もつかずに、Hillary離れを起こしたことは容易に想像される。またそれがロシア・ゲート関係者の狙いでもあった。

 例えば、一億人を超えるスィング州の投票者のうち、こうしたフェイクニュースの影響で、反Hillaryになり、トランプに投票した人は少なく見ても100万人程度はいただろう。もしこうしてフェイクニュースの妨害がなければ、これらの人々はHillaryに投票していただろうから、選挙結果は、おそらくHillaryの圧勝になったに違いない。つまりロシア・ゲートはアメリカの民主主義の健全性を崩壊させる上で深刻な意味を持っているということである。


Ⅲ.   オバマ大統領の怒り、ロシア外交官追放

 オバマ大統領は、この件をおそらく確信しており、早くも(あるいは遅きに失したかもしれないが)9月の中国、杭州で開催されたG20の会場で、プーチン氏に「大統領選へのサイバー攻撃での干渉をやめない場合、深刻な結果を伴う」と直接警告したことを12月に明らかにした。その時、プーチン大統領はそんなことは知らぬと嘯いていたようだ。

 大統領選がトランプ氏の圧勝に終わった後で、我慢できないオバマ氏は2016.12.7、米政府として民主党全国委員会に対するサイバー攻撃について「ロシア政府が指揮した」と断定し、名指しで非難声明を発表した。そして2016.12.29. ロシアのサイバー攻撃による米大統領選への干渉に対し、ロシア外交官35人の国外退去の制裁措置を発表したのである。


Ⅳ.   トランプ大統領への疑惑の発端

  オバマ大統領のこうした行動を別とすれば、トランプ大統領のロシア・ゲート疑惑の発端は英情報機関OB、Cristopher Steele氏が書いた35p(17章)の文書、通称ドシエー(dossier)とされる(尾形聡彦『乱流のホワイトハウス』2017)。

 この文書が書かれたのは2016年秋とされるが、FBI等米情報機関が信憑性を調査し、濃厚な疑惑があるということで、2017年1月第1週に、情報機関幹部がオバマ大統領とトランプ次期大統領ほか一部の政府高官に提出した。政府情報機関はこの時点ではまだオバマ政権下だったので、この文書を要所に配布することで簡単には消せなくしたのはオバマ大統領の指示か、とも憶測される。

 このニュースをCNNは1.10夕方のニュースで同文書を情報機関が調査中と報道した。その夜、オンラインメディアのBuzzFeedが35p全文をネットに掲載、騒ぎは一気に広まった。トランプ氏が1/11午前、初めての記者会見の席上、CNNとBZをフェイクニュースと罵倒し、大荒れとなった記者会見にはこうした背景があったのである。


Ⅴ.  フリン疑惑と解職

 2016.12.29.フリン氏がトランプ陣営幹部(クシュナー?)の指示でロシアのキスリャク駐米大使と電話で5回ほど会談したとする疑惑が表面化した。それはフリン氏がロシア大使にたいし国連のイスラエル占領地入植非難決議に反対してくれれば、アメリカのロシアにたいする経済制裁を緩和するという趣旨の会話だったと伝えられた。

 その件を、1.12.ワシントンポストが情報機関の盗聴の結果として報道した。2.8.フリン氏はその疑惑を否定。2.9.それを受けてペンス副大統領はCBSのインタビューでそうしたことは一切なしと言明した。ということは、フリン氏はFBIにも副大統領にも虚偽の説明をしていたことになる。それは充分、偽証罪に相当する。トランプ大統領は2.13.フリン氏を迅速に解任した。これは予想外に早い決断と思われたが、オバマ氏らからフリンは危険と事前に警告があったというのがもっぱらの観測である。


Ⅵ.  Comey CIA長官解任

    2017.5.9, トランプ大統領は、Comey CIA長官を突然解任した。トランプ氏はHillary候補のメール疑惑調査の不手際を理由としてが、それは表向きの理由で、本当は、Comey氏はトランプ氏のロシア関連疑惑について調査を始めたことを危険視して妨害行為に出たとうのが、関係者のもっぱらの受け止め方だった。

 2019.6.9. Comey元長官は議会で証言し、トランプ氏から”フリンの捜査を止めよ”との圧力がかかったと証言した。もしそれが事実ならトランプ氏は司法妨害の罪に問われることになる。


Ⅶ.  Mueller検察官の任命

 2017.5.17、トランプ氏のロシア・ゲート疑惑に関してRobert Mueller特別検察官が任命された。任命したのはRosenstain 司法省副長官である。本来ならSessions司法長官が任命するはずだが、Sessions長官はトランプ氏のロシア・ゲートに関しての議会証言に偽証の疑いが持たれており、この件についてはノータッチとされていたからである。特別検察官はその捜査活動について、ホワイトハウスを含む行政機関等から規制や影響をされずに独立に活動ができることが法制度的に保証されている。

 Mueller氏は、前CIA長官であり、解任されたComey長官の前任者である。Mueller氏はベトナム戦争でも戦功をあげた勇者として国民的人気があり、正義を貫く検察官僚として評判が高く、CIAの長官職の任期10年を延長し、12年長官を務めた人物である。

 Mueller特別検察官は2017.8.5.大陪審招集し、トランプJr、マナフォート氏の疑いなどを調査した。トランプ氏はMuellerを解任しようと画策しているとの噂がもっぱらだが、下院は解任したら再度任命するとトランプ氏に警告している。


Ⅷ.  被疑者起訴

 2017.10.30 Mueller特別検察官はトランプ氏の選挙対策本部の幹部であったPaul Manafort氏とGeorge Papadopoulos氏を起訴した。起訴の理由はウクライナのヤヌコビッチ大統領から多額の顧問料を受け、さらに資金洗浄に関わった疑いである。

 さらに2017.12.3:フリン氏を偽証罪で追訴。フリン氏は司法取引に応じた。トランプ氏はフリン氏を解任した理由として「副大統領とFBIに嘘をついたから」としていたが、トランプ氏が本当の事態を認知していたならトランプ氏は司法妨害の罪に問われることになる。


Ⅸ.  トランプのロシア疑惑

  トランプ氏のロシア疑惑は広範かつ多様にだが、その主要なものは以下のように整理できるだろう(中島精也氏)。

    1. ロシア政府と共謀して選挙妨害
    2. 捜査過程での司法妨害
    3. ロシアへの機密漏洩
    4. トランプ就任前の二重外交(フリン)
    5. 資金洗浄(ロシア関係者がトランプ資産購買)
    6. モスクワでのセックススキャンダル


Ⅹ.  弾劾の可能性

 トランプ氏がロシア・ゲート疑惑に絡んで、大統領選をロシアの力を借りて妨害するなどの行為をしたことが明らかになれば、それは国家反逆罪にも相当する罪であり、議会の権能に定められた弾劾が適用される可能性がある。以下、弾劾の手続きと可能性についてここで整理しておこう。

弾劾(impeachment)の手続きとその可能性:

 1. 下院本会議が過半数で弾劾訴追を決定し、その結果を上院へ伝える      
 2.  上院では最高裁長官が議長となり弾劾裁判が行われる。そこでは、下院が議決
       した弾劾訴追項目を審議する。それぞれの項目につき、有罪か無罪の採決がなさ
       れる。2/3以上が有罪に賛成すれば大統領は罷免される。

大統領の弾劾は、下院、上院の2段階で審議し、決定を下すのはあくまで議会。従って、その決定は議会の構成が大きく左右することになる。

 参考としてこれまで弾劾で解任されそうになった大統領は、戦後ではNixon氏とClinton氏である。Nixon大統領は、1974年、下院司法委員会が弾劾訴追を決定したところで、自ら辞任した。一方、Clinton大統領は、1998.12. 下院本会議が弾劾訴追を決定。99年に始まった上院での弾劾裁判で無罪となり、罷免を免れた。

 クリントン氏の時は上下両院とも共和党が多数を占めていたので、弾劾裁判まで進んだと言える。ニクソン氏の場合は、彼が辞任した1974年には中間選挙があり、ニクソン弾劾に反対した下院議員はほとんどが落選し、逆に民主党が大躍進をした。Nixon氏は民主党優位の議会構成では弾劾・罷免は不可避と判断し、自らの名誉と守るために辞任したとされる。

 2017.4時点での機会の構成は、
  下院(定数 435。欠員4)共和党238、民主党193。共和党員の20数人必要
  上院 共和党52人のうち19人賛成必要
となっており、中間選挙の結果が事態を左右するが、そこでは世論の動向が決定的。

  トランプは就任100日目のWashington PostやABCの世論調査では2016年11月に投票者した人々の96%がトランプ氏に再び投票すると回答しており、支持率4割を維持している。従って、トランプ氏はこの岩盤にほんのすこし浮動票を乗せるだけで勝利できる可能性が高い。ただし、選挙はやって見なければ判らないのが通例であり、2018年11月の中間選挙で民主党が勝てば、状況変わる可能性も十分にありうる。その場合は、トランプ大統領は弾劾・罷免されるだろう。

トランプ政権のアメリカ:(3) トランプ政権の基本経済政策

トランプ政権の基本経済政策:減税、インフラ投資、貿易:喧伝と現実

Ⅰ.   はじめに

 トランプ政権の基本経済政策は、減税、インフラ投資、そして貿易政策がそ主なものと言える。これらについてもトランプ氏は選挙戦中から声高に喧伝していたので選挙公約と言って良いだろう。

 これらのうち、減税については、超大型減税を2017年末に議会で成立させたので、トランプ氏は大きな公約の一つは実現させたと言える。インフラ投資についてはお題目は唱えているが、その中身は詰められておらず、まだ喧伝の段階だろう。

 貿易ないし通商については、トランプ氏は2018年3月8日、突然、アメリカに対する世界の主要な鉄鋼とアルミの輸出国に対して、鉄鋼は25%、アルミは15%の関税を上乗せすると発表し、世界の貿易相手国のみならずホワイトハウスの中でも大きな波紋を引き起こした。

 以上のトランプ政権の経済政策の主要3項目について展望しよう。


Ⅱ.   税制改革(大型減税)

 2017.4.26 トランプ政権の税制改革(大型減税)案がホワイトハウスから発表された。これはMnuchin財務長官とGary Cohn CEA(経済諮問会議)議長が協力して用意したものとされる。

その主な内容は:
 1. 法人税の税率を15%とする
 2. 所得税の最高税率を引き下げ、同時にこれまで7段階だった課税率を3段階に簡素化する。
 3. 相続税の廃止。
というものだった。

 税制改正のような主要な政策は、米国では、議会の審議と法案作成のプロセスを経て、法律化され、実施に移される。まず、議会で法案が作成され、審議を経て、法律として制定され、それから政策として実施されるという段取りを踏む。言い換えれば、政権(ホワイトハウスと政府の省庁=税制の場合は財務省)は法律の原案を作成して議会に提案する。法案そのものは議会が作成する。議会では上下両院でそれぞれ審議して、法案を策定し、互いに調整して、法律化するという手続きを踏む。議会が法案を策定する作業には通常、半年はかかる。

 今回の場合、このプロセスは意見調整に手間取って、かなり遅れ、2017年11月にまず、下院で法案が策定され、ついで上院でも策定。そして年末ギリギリに上下両院の法案(両院で調整したいわば折衷案)が策定され、両院の合意を得て、法律として制定された。

 このような手続きを経て成立したトランプ政権の新しい税法の要点を以下に記そう。

   1.  法人税率を 21%に引き下げ。これまでは34%だった。
 2.  個人所得税:最高税率39.6%を37%に引き下げ。
   税率区分7段階を3段階へ。これによって税率の細かな差で支払わなければならなかった
   税を回避できる人々がいくらか増え、若干の減税効果が見込まれる。
   基礎控除の引き上げ。
 3.  資金還流のための税制。企業の海外留保金に一時的に重税を課し、資金還流を促進する。
   海外子会社からの配当への課税を廃止して配当による資金還流を促進する。
 4.   投資促進税制:例えば固定資産取得の即時償却など。

 このような措置により、減税規模は、10年間で約1.5兆ドルになると見込まれる。

 このトランプ税制に対しては以下のような批判が提起されている。

  1. これは大企業と金持ち優遇だ。法人税率をこれまでの34%から21%へ引き下げることはアメリカの歴史上もかつてない大幅減税になるが、その恩恵は企業所得の大きな大企業ほど大きい。同様に、所得の高い金持ちほど所得税率の引き下げの恩恵は大きい。所得税では税率区分を少なくして、細かい税率区分ので徴収されていた所得税をいくらか減らす工夫が中間所得層のためにこらされたが、その効果はわずかなものである。

 すなわち、トランプ税制は、大企業やトランプ氏のような大金持ちが得するものであって、多くの中間あるいは低所得層には恩恵はほとんどないということだ。留意すべきは、トランプに投票した人々は後者の階層であり、トランプ氏の経済政策は支持者に不利になる、いうなれば、Self Defeatingな効果を持つ可能性が高いということである。

 2. 減税は、それを賄う予算措置が必要である。減税で国家の財政収入そのものを減らすことはできないからだ。トランプ税制を賄う費用は2兆ドルにのぼるとされる。トランプ政権は、減税によって経済成長が刺激されるから、経済成長から得られる増収で、減税の費用は賄えると主張している。しかし、多くの専門家は、トランプ政権の成長予測は毎年1%ていどの過大推計になっていると指摘している。すなわち、トランプ税制が施行されると遠からず、アメリカの財政赤字は大きく膨らんでゆくということだ。

 3.  現在のアメリカ経済は絶好調を謳歌しており、労働市場は超完全雇用状態となっている。

  Fed(連銀)議長に新任したPowell氏は、このようないわば加熱状態のアメリカ経済なので適切に利上げを続けていく必要があると指摘している。そのような状態の経済では、本来は大減税は不要であり、むしろそれは成長を刺激するよりインフレを加速する可能性が高い。

  完全雇用状態のアメリカ経済をさらに加熱させるような大減税は通常の経済運営としては正当化されないということである。

 4. 元財務長官であり、ハーバード大学総長であったLawrence Summers氏は、トランプ税制改革はとても税制改革といえるような代物ではなく、単なる思いつき案であり、したがって多くの弊害が危惧されると警告している。
 
 トランプ氏は、この法案の議会通過は、トランプ政権の大勝利であると自賛し、その大減税がアメリカ経済をいかに活性化するか大いに喧伝するよう政府を鼓舞した。しかし、上記のような問題だらけの税制改定の欠陥と弊害は、私見では、それが実施されれば1〜2年で明白になるだろう。

  新税制は、大企業や金持ちを優遇するが、減税によって財源不足は拡大し、その財源は、結局、勤労大衆の負担増となる。そして、完全雇用時の大規模減税は、経済成長を促進するよりも、インフレを加速し、悪くすればインフレ下の不況(Stagflation)につながりかねないことが危惧される。


Ⅲ.   インフラ投資

 インフラ投資はトランプ政権の経済政策の目玉である。これはトランプ氏が選挙戦中から強調していたもので、選挙公約である。トランプ氏は、選挙戦中は、1兆ドルのインフラ投資と喧伝していたが、最近では、1.5兆ドルと増額しているようである。

 たしかに、アメリカ経済は基本的なインフラの多くが老朽化している。道路、港湾、電装網、発電設備等々、枚挙にいとまがない。老朽化しているインフラの補強や更新あるいは新設はたしかに必要である。

 トランプ氏の1兆ドルのインフラ投資公約に、株式市場は敏感に反応した。そのような投資が行われるとすれば建設、交通、通信産業などには莫大な注文が集中するであろうから当然、これらの産業を中心に、株価の高騰が予想される。市場関係者は、実際に株価の上昇が起きる前に大規模投資をして儲けるのが習い性になっているから、トランプ大統領就任前から株式市場は急騰を始めた。それはその後も続いて、2018年初頭でも株式市場はfeever状態になっている。

 株式市場が思惑で加熱している反面、この大規模インフラ投資についての具体案はまだほとんどない。投資の具体案と並んで、重要なことは、その大規模投資の財源についての具体策も2018年春の段階ではほとんど明らかになっていないどころか議論もないことである。1兆ドルの大規模投資の財源をどうするのか、借金なのか、それを連邦債で調達するのか?いずれにしても、それがアメリカの財政赤字の累積を増幅することは明らかである。それは最終的には誰が負担するのか。借金か、連邦債による次世代への事実上の課税か、それとも、中間層、勤労者層への税負担か。トランプ氏のインフラ投資構想も、結局、彼の支持者に負担を課す、”self defeating” か ”voter deceiving”の政策に帰結するおそれが大きいように思える。


Ⅳ.    貿易政策

 トランプ氏は選挙戦中から、アメリカの労働者の雇用機会は中国、日本やドイツのようなアメリカに大量に輸出している国々によって奪われており、雇用を取り戻すために、それらの輸出国に対して高い関税をかけると主張していた。

 トランプ氏の主張は、米国の貿易収支の対外赤字は相手国の不公正貿易によるものという思い込みにもとづいている。彼の認識では、これらの国々は為替レート低め誘導や非関税障壁などによる事実上の輸入制限によって、米国の貿易赤字を増幅しているというものだ。

 この認識は、すでに述べたように、基本的に誤まっている。2国間の貿易不均衡は、それぞれの国の国内貯蓄と投資のバランスによって決まってくる。例えば、米国では貯蓄が投資より少ないので、対外収支は赤字になる。逆に中国は貯蓄が投資より多いので、対外収支は黒字になる。これはマクロ経済の投資・貯蓄バランスと対外収支の定義式である。アメリカの貿易赤字を減らしたいのであれば、トランプ氏が本来やるべきことは、アメリカ国内の貯蓄を増大(消費を抑制?)して投資を増やし、生産性を高めて、輸出競争力を高めることだ。そうした経済構造の転換なくして貿易収支を変えることは困難である。

 トランプ氏がこのように主張して、関税引き上げなどによる貿易制限を示唆していたため、2017年には、それを見越して、輸入品に対する駆け込み需要がむしろ高まり、米国の貿易赤字は大きく増加した。そして、トランプ流の貿易制限が実現すれば、輸入価格は上昇するから、アメリカでは輸入インフレが加速し、それは結局、労働者の実質賃金を引き下げるという形で労働者の利益を損なう結果になることは十分に予想されることである。

 トランプ氏のこのような主張に対しては、当然、多くのエコノミストも、国際社会からも批判の声が高まり、また、アメリカ国内の産業界からもこうした考え方はアメリカの国内産業の生産性向上を妨げるものだ、との批判の声が上がった。

 しかし、トランプ氏は、突如、2018年3月1日、米国の鉄鋼とアルミニウムの輸入増加が、米国の安全保障上の脅威になっているという理由で、それらについて輸入制限を発動するとの方針を発表した。鉄鋼とアルミニウムは防衛に欠かせない産業なので、保護する必要があるという理屈であり、これは米国通称拡大法232条にもとづく措置であるという。鉄鋼については25%、アルミニウムについては10%という新たな関税を上乗せするという措置である。

 そして、3月8日、鉄鋼とアルミニウムの輸入を制限するという文書に署名し、その発動は3月23日とした。その際、メキシコとカナダは北米自由貿易協定の再交渉中なので、当面、その適用から除外するが、その他の国々は日本など同盟国も含め、適用するとした。

 最大の輸入制限対象国となる中国はこの措置に、強く反発し、中国国務院は、4月1日、米国産の豚肉やワインなど計128品目に最大25%の関税を上乗せすると発表し、4月2日から発動した。これにたいし、米国は、中国の知財産業などを標的にしたさらに大規模な制裁措置を準備していることを発表するなど、対立と対抗措置はエスカレートし、文字通り貿易戦争に発展しかねない様相となっている。これは重大なテーマなので、改めてブログの新しいエッセイで取り上げたいと思う。

トランプ政権のアメリカ:(2)国際協力への無理解と阻害行為

国際協力体制への無知と無理解そして阻害と破壊

 今回のエッセイでは、前回の「トランプ新政権への懸念と実際」を受けてトランプ氏がいかに国際協力体制の意義と重要性について無理解であるだけでなく、そもそも無知であり、また国際協力への諸国の努力をいかに阻害あるいは破壊しようとしてきたかを事実を振り返りながら述べたいと思う。

1.  TPP離脱とTPPのその後の展開

 トランプ大統領は、選挙戦の頃から、TPPはひどい国際協定だと非難し、大統領に当選すると、ホワイトハウスの執務の第一日目に、アメリカはTPPから離脱すると公表した。そして実際、大統領としての執務初日に、大統領令で離脱を命令した。

 TPPは今日の世界で、おそらく最も先進的かつ総合的な国際自由貿易協定である。アメリカが離脱する前にTPPに参加した12か国のGDP総計に占めるアメリカの比重は約6割に達していたのでアメリカが離脱するとTPPは自然消滅するのではないか、との観測もあった。またベトナムなどいくつかの国々にとっては大きなアメリカ市場に関税なしで輸出できることが魅力だったので、アメリカが参加しないなら、自分たちも参加しないという意向を示したこともあった。

 しかし、やがてアメリカ抜きでもここまで精緻に皆で協議してきた画期的自由貿易協定を消滅させるのは長期的には世界にとって大きな損失だとの見方で多くの国々も賛同し、特に残った11ヵ国中最大の市場を持つ日本が主導して交渉が進められた。そして2017.11.9にベトナムのダナンで”TPP11についての大筋合意”が達成され、2018年3月8日午後、チリのサンティアゴには11ヵ国で署名が行われた。

 トランプ大統領は、2018年1月末、スイスのダボスで開催されたダボス会議に初めて出席し、TPPについては、その内容が、アメリカにとってもっと有利になるよう改定されるなら、TPPに復帰しても良いと述べた。その真意は今のところまだ判然としないが、TPP11の参加各国はアメリカのために内容を変更することには慎重な態度をとっている。

 
2.   フリーライダー非難と無知

 トランプ氏は大統領選の最中に、たびたびアメリカの防衛戦略の同盟国に対して暴言とも言える非難を繰り返していた。それは、日本、韓国、ドイツなどはアメリカに防衛をおんぶするだけで本来負担すべき費用を払っていない。彼らはフリーライダー(ただ乗り)だ。日本について、もし適切な負担をしないなら、アメリカは日本から米軍を引き上げても良い。そしてさらに、アメリカの核の傘がなくなる日本が自国を守るために核武装が必要と考えるならそうすればよい、とまで言及した。

 トランプ氏はこうした発言にどこまで本気なのか、どこまで責任を取るのか、を私は危惧した。もしこれが本当なら日本は、日米安保条約に調印した1952年以来の安全保障戦略を根本から見直さなくてはならないからだ。トランプ政権に関する前回のエッセイで、私は島田塾の事業家の方々と2017年4月にトランプ政権調査のためにアメリカを訪問したことに触れたが、そうした調査訪問を企画したのは、このような点の真偽を知るためでもあった。

 この問題は、その後、James Mattis国防長官の日本訪問で、少なくとも表面的には氷解したと思う。私は島田村塾という若手事業家の勉強塾を主宰しており、そこでは2年間のプログラムの中で一度は必ず沖縄に、日本の戦争の歴史と安全保障の問題を考えるために訪問 することにしている。その際、米軍の協力が得られる限り、アメリカが国外に保有する最大 の空軍基地とされる嘉手納空軍基地を訪ねることにしている。

 嘉手納基地は旧嘉手納町の町域の8割以上を占有し、隣接する2つの町にまたがる広大な基地である。この広大な基地については日米安保条約に基づき、インフラや施設そして基地運営のための多くの人権費など、およそ米軍人の給与と戦闘機の費用など以外はほとんど負担している。日本の米軍駐留経費の負担は、全体で、74.5%に達している。もしこれ以上の負担をするとなれば、米軍士官・兵士の給与や戦闘機の費用まで負担することになる。それでは米軍はアメリカ合衆国の軍隊ではなく、日本の傭兵集団になるだろう。実際、同盟国の韓国は40.0%、ドイツは32.6%の負担という。要するに、トランプ氏はこうした事実を全く知らずに暴言を吐きつづけていたと思われる。

 Mattis国防長官は、2017年2月初頭に来日し、安倍首相、稲田防衛大臣と階段をしたが、会談後の2月4日の記者会見で、「日米安保は他国の見本」と称賛した。Mattis氏は、任命直後、アメリカでは”Mad Dog(狂犬)”の異名をとる人物と日本ではもっぱら伝えられた。

 それは、海兵隊の将軍としてアラブ各地での戦闘を指揮し、「ゲリラを撃ち殺すのは気持ちが良い」と言ったとされることなどからそうした評判になったもののようだが、Mattis氏を良く知る人々の間では、米軍きっての読書家であり、敬虔で冷静、沈着な名将と評価されている。彼はトランプ氏の暴言が問題を起こさないうちに早期に同盟国を訪ねて問題の沈静化をはかったのだろう。そのニュースがトランプ氏の耳に入ることをMattis氏はおそらく期待しただろうが、TVとSNSしか見ないトランプ氏がそれを知ったかどうかは不明である。

 3.   イスラム入国制限とその後

 トランプ氏は執務開始直後、矢継ぎ早に大統領令を打ち出した。それは選挙期間中に数々の暴言ともいえる発言(大統領になればそれらは撤回しない限り、公約と受け取られる)を繰り返したが、それを真に受けて投票した支持者に対するパフォーマンスでもあったと思われる。TPP離脱に次ぐ、早い段階に、彼は、イスラム教徒の入国を禁止する大統領令に署名した。

 トランプ氏によれば、アメリカ大統領は自国民の安全を守る使命がある。近年多発しているテロ事件にはイスラム教徒が多く関わっているので、国民の安全を守るためにイスラム教徒の入国を禁止するという命令である。この大統領令で入国が禁止されたのは多くのイスラム教国のうちたったの7ヵ国であった。それらの国々はトランプ氏が経営するホテルやゴルフ場がないことが共通項であることが後で判明した。トランプ氏の公私混同は目に余るものがあるが、これもその例だろう。なお、イスラム教徒入国禁止という極端な大統領令を背後で推進したのが、トランプ氏の選挙戦で最も影響力があったという外国人排斥主義のSteve Bannon氏であったと言われる。

 この大統領令は、あからさまな人種差別であり、人種差別を無くそうと努力してきたこれまでのがアメリカ合衆国の歴史的方向性に逆行し、法的にも問題が多い。そうした違法性に着目して、直後から、ワシントン州や、サンフランシスコ市の連邦地裁が、2017年2月中に、この不当な入国禁止令にたいして、差し止め命令を発した。差し止め命令が有効な間、入国禁止は実行できないことになる。また、この極端な差し止め命令に対して多くのハイテク企業が批判の声をあげた。なぜなら、アメリカはこれまで世界から多くの多様な人々と才能を集めて、産業発展を実現してきたのであり、ハイテク企業は今やアジアや東欧、イスラムなど多くの民族の才能と努力で成り立っているからである。

 トランプ大統領は裁判所の差し止めに対し、大統領令を修正して抵抗した。そして2017年6月26日に、連邦最高裁が大統領の修正入国禁止令につき、条件付きで発効を容認する決定を行った。それは家族への合流、留学手続きが完了している入学者などは除外するということで、入国禁止の範囲をやや狭めた決定である。トランプ氏はこの決定を”偉大な勝利”と自賛している。

 4.   地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」離脱 

 
 トランプ大統領は 2017.6.1、ホワイトハウスで声明を発表し、地球温暖化対策の国際枠組みであるいわゆる「パリ協定」は「非常に不公であり米国に不利益。他国の利益を優先するもの」として激しく非難し、この協定から離脱すると宣言した。

 これはトランプ氏の選挙戦中の公約でもあり、それを実現したということだが、パリ協定は195ヶ国が署名するこれまでにない大きな広がりを持った協定であり、世界最大の産業力を持ち、しかも最大のCO2排出国である米国の離脱はこの国際協力の目的を実現するためには大きな打撃となるトランプ氏の離脱宣言の具体的理由はアメリカ国内の石炭産業支援にあると言わる。

 すなわち石炭産業に従事する労働者の雇用を守るというのがトランプ氏の選挙公約だが、アメリカの石炭産業は衰退産業でもあり、また自動化で雇用量は極めて少ない。

 石炭産業の雇用を守る効果より、地球温室効果を防ぐための様々な技術革新や新産業の発展がもたらす雇用機会を失うことのマイナスの効果がはるかに大きいことは多くの専門家や研究機関が明らかにしており、トランプ氏のこの決定は極めて非合理的である。当然のことながら、多くのハイテク企業はトランプ氏の決定に強く反発している。なぜならパリ協定から離脱することで、アメリカは地球環境保護のための国際的なルール設定から疎外されるので、環境技術の開発に大きな遅れをとるからである。

 
 また進んだ技術を持ち、しかも世界最大の温室ガス排出国であるアメリカの離脱は国際協力を阻害するものとして国際社会は厳しく批判している。どう見ても正当化の困難はパリ協定離脱の意思決定は、国際協定推進にオバマ大統領が熱心であったことからオバマ氏への”意趣返し”が、トランプ氏の真の動機かもしれない。

 5.    NATOでの無知とG7、G20での態度とメルケル首相

 2017年5月、NATOの首脳会議に出席したトランプ氏は意外にもNATOの役割を評価する発言をした。その理由として9.11.テロの際、NATOが集団自衛権条項発動してテロリストの戦いに協力したことなどを挙げた。トランプ氏は大統領選挙戦中NATOは時代遅れで何の役にもたっていないとの批判を繰り返していたので、意外感をもって、受け止められた。

 ちなみにトランプ氏は見方を変えたのか、と聞かれ、「私はゴルフ場の経営だけをやってきたので、NATOなど知らなかった。勉強してそれが役にたっていることが判った」と答えたと伝えられているが、もしそうなら彼は大統領になるべきではなかった。

 それほど無知な人が世界最大国の大統領になることは世界にとって甚だしい迷惑でありトラブルの因となる。大統領選終盤のTV討論で、Hillary Clinton候補がトランプ氏を指差して”You are unqualified”と繰り返し批判していたことに同感である。

 
 NATOの会議では、トランプ氏は欧州のNATO加盟国が国防費のGDP比2%の負担をするよう強く要請した。その一方で、ブラッセルのNATO本部にある「米欧相互防衛の誓い(pledge)」には敬意を表さなかった。これは歴代米国大統領としては初めてのことであり、それが単に冷戦時代の欧米の対ソ協力としてNATOが設立されたことなどを単に無知で知らなかったのかどうか、何れにしても欧州首脳はトランプ氏の態度にいたく失望したという。

 2017.5.28、メルケル首相はミュンヘンのビアホールで解されたCDUの友党であるCSUの大会で、 “The times we can fully count on others are somewhat over・・” と発言して世界から注目された。これは言外に欧州はもうトランプのアメリカには期待できない、と述べており、バランス感覚が売り物のメルケル氏のこの控え目な発言のニュースは世界を駆け巡った。

 メルケル氏はその前にトランプ氏をホワイトハウスに訪ねた時には握手をトランプ氏に拒否されており、もともとトランプ氏には好感はもっていなかったと思われるがこの時のNATOの会議での彼の傍若無人さに呆れ、無知に失望したのではないか。またその後、イタリーでのG7とドイツでは7月にHumburugでのG20が開催されたが、トランプ氏はいずれでも首脳の間に嫌悪感を持たれたように思われる。

 6.   イラン核協定破棄問題。

 2017年10月上旬:トランプ氏はイランが核合意を順守していないと声高に非難した。イランの核合意とは、2015年に結ばれたイランと米欧6ヶ国の合意の核開発の自制をめぐる合意ある。それはイランが今後10年間、核開発をしないと約束するなら、それまで30年間続いた経済制裁を解除する、というもので、オバマ大統領の平和外交の象徴的成果とされるものである。

 トランプ氏はそのイランがテロ組織の支援をしており、合意を順守していないと 難癖をつけ、この合意を破棄しても良いと脅しをかけた。合意の結果、アメリカは これまでの経済制裁を解除し、イランは国際社会に復帰し、世界の多くの国々や企業がこれを機会に、イランとの経済交流を深めようとしてきた矢先である。

 トランプ氏の難癖に対して、イランは猛反発し、アメリカとイランの対立が再燃しかけている。この間までは対立は激化する可能性があり、イランはアメリカがそうした主張を続けるなら戦争も辞さないと反発している。この不穏な動きはそれでなくとも摩擦の多いこの地域にさらに地政学的な紛争のリスクを増幅することになりかねない。

 2017.10.14. トランプ氏は議会に「イラン包括法を提出した。トランプ包括法案では、違反の場合の罰則などオバマ条件と変わらない。ただ、経済制裁を再開するかどうかの判断権能を議会に付与したことは今後、国際社会に混乱を招く恐れがある。

 いずれにせよ、米欧6ヵ国が正式の手続きを踏んで慎重に判断して決めた合意をトランプ氏の一存で反故にするようなアメリカにたいしては、今後、国際信用が大きく損なわれる可能性がある。

 7.    中国対応、4月フロリダ会談、11月北京会談、習首席の勝ち?

 2017年4月、トランプ氏は中国の習近平首席をフロリダの自称別荘「冬のホワイトハウス」Ma la lago(これは実は会員制のクラブで、トランプ氏の別荘ではない。トランプ氏がそこに要人を招いて首脳会談をするので、特別警戒など、Ma la lago側 は大いに迷惑しているとも伝えれる)に招いた会談をした。

 この首脳会談で、トランプ氏は中国に、北朝鮮への圧力を強化し、核やミサイル の開発を制御するよう要請した。その際、夕食会でデザートが配られた頃、トランプ氏は習近平氏に、シリアの政府軍基地に対してミサイル攻撃をした、と突然、通告した。これは「武力の行使も辞さない」という意志を見せつけるトランプ流の示威力外交で、この行動にたいしてはその後、アメリカ世論の受けも良い。トランプ氏の報告を聞いて習近平氏は賛意を示したと発表されているが事実は定かではない。

 トランプ氏は中国が北朝鮮を制御してくれるなら、それへの見返りとして、これまで中国を罵ってきた、通貨操作国、不当貿易国などの非難は取り下げるとした。

 会談後、トランプ氏は、「こちらを手伝おうという国を批判することはない。これが私流のDeal(取引)だ」と胸を張ったという。

 中国側もトランプ氏にたいしてお土産を持ってきていた。それは米中の貿易促進のための「100日計画」と喧伝されたが、アメリカはそれを貿易赤字削減策と理解し、一方、中国側は経済交流促進策と理解するという具合に、明らかに同床異夢だった。

 その後、トランプ氏は、中国は北朝鮮に対する制裁、制御に積極的でないとして、貿易慣行への批判を再開している。

 2017年11月、両首脳は北京で再び直接の首脳会談を行った。これはトランプ氏にアジア歴訪の旅の一環として行われたものである。トランプ氏は中国にたいして北朝鮮へのさらなる圧力の強化を要請したが、中国はその場では確約しなかった。習氏はトランプ氏を明と清の王朝の皇帝が住んだ故宮でもてなした。これは破格の待遇だったが、国内では、10月の共産党大会で国家主席第二期就任を圧倒的多数の指示できめ、一強体制を確立した習近平氏には何に批判はなかった。

 トランプ氏は、米中関係は最重要であると強調し、直接、貿易観光の批判を避けた。それだけでなく米中の貿易不均衡は前任者オバマのせいだ、としてあらぬ方向に矛先を向けた。中国は2500億ドル(28兆円)にのぼる商談の締結を提案したが、これは民間ベースのことであり、どれだけ進むかはこれからの展開にかかるだろう。11月の第二次米中首脳会談は終始、第二期政権体制を確立して自信に満ちた習近平氏のペースで習近平氏の優勢勝ちだった。

 8.   貿易収支と不当貿易の主張、America First空回り、しかしAPECなど妨害

 トランプ氏は、アジア諸国歴訪中も、またその一環としてAPECの会議に臨んだ時もアメリカとアジア諸国の貿易不均衡の原因がアジアの対米貿易国の不当貿易と主張し、中国、日本、そして他のアジア諸国を非難した。

 トランプ氏のこの批判は、重商主義者の批判とも言えるが、彼が市場経済の原理を全く理解していないことを反映している。貿易不均衡は基本的に当該国の投資と貯蓄のバランスの問題に帰着する。アメリカのように国内貯蓄が投資を下回っている国は、貿易赤字になり、逆に中国のように貯蓄が投資を上回っている国は貿易黒字になる。投資・貯蓄バランスと対外貿易収支の関係は、マクロ経済の”定義式”であって、貿易慣行とは基本的に無関係である。トランプ氏はペンシルバニア大学を出ているというが経済理論に全く無知のように思える。

 したがって、彼がAmerica Firstを主張して、具体的には、関税、国境税、企業立地への介入によってアメリカの貿易赤字を減らそうとしているがそれは空回りするほかはない。もし彼が正しくその目標を実現したいのなら、アメリカ国民に消費を抑制して貯蓄を増やし、あらゆる手段で労働生産性を高める努力と鼓舞するべ気だろう。

 11月のアジア歴訪は、訪問国でも、APEC会議でも不当貿易非難を繰り返し、企業立地に介入するなど、効率的に構築されたSupply chainの展開を妨げて、国際経済システムの円滑かつ効率的な運行をいたずらに阻害する破壊的結果につながるだけだった。

 9.   メキシコの壁、NAFTA再交渉、WTO問題

 トランプ大統領は選挙戦中から、メキシコからの不法移民の侵入を遮断するためにメキシコとの国境に高い壁を構築する。その費用はメキシコ側に払わせると主張していた。 

 
 大統領になってすぐ、トランプ氏はメキシコ側に壁の費用負担を要請した。これに対してメキシコ大統領は強く反発し、トランプ氏のワシントンDCへ来て話し合わないか、との呼びかけを拒否した。メキシコが対応しないので、結局、壁は米国の費用で建設することになった。

 トランプ政権は2017FY後期予算にそのために15億ドル分を載せるよう議会に要請した。しかし、財政の壁で政府閉鎖を避けるため、共和党が反対し、これは実現していない。

 10.  NAFTA再交渉

 NAFTA(北米自由貿易協定)の抜本的な見直しもトランプ氏の選挙公約だった。その趣旨は、NAFTAのおかげで隣国のメキシコやカナダで生産された産品がアメリカ市場に低いあるいは非関税で流入してくるので、アメリカ国内の雇用機会が奪われるので、条件を見直し、安い産品がアメリカに容易に流入できないようにしたい、ということである。

 この交渉を担当するのはUSTR(US通商代表部)だが、その代表としてトランプ 氏が選んだ、Lighthauser氏の承認手続きが遅れ、2017.8.になって通商交渉はようやく始動した。トランプ政権では、アメリカ第一主義の旗印の下、NAFTA域内国との貿易赤字の削減を明記するよう迫った。これに対し、カナダとメキシコは貿易赤字の削減明記に反発している。

 一方、アメリカ国内の産業界は原産地規制強化に反対している。アメリカ産業は メキシコやカナダから安価に部品などを調達できるメリットが失われるとしてトランプ流のNAFTA見直しには反対している。トランプ氏は交渉がうまく行かないならNAFTAからの脱退も有り得るとしている。トランプ氏のNAFTA見直しについては、このように内外の批判が高まっており、トランプ流の強硬姿勢を貫けるか、その可能性は高くないだろう。

 
 11.   WTO批判

 トランプ氏はWTOは不公正で機能していないと批判している。2017年春にWTOに提出された意見書の冒頭には「アメリカは他国が決めたルールに従う意図も義務 もない・・」と通商に関してルールに基づく国際協力を全面否定するような文言が 書き込まれていることをFinancial Timesが報道したことがあった。この原案はトランプ氏に極端なNationalismを焚きつけてきたSteve Bannon氏が書いたと伝えられる。

  WTOはそもそもアメリカ政府が戦後の通商に関するルールづくりが不充分だ、としてクリントン政権時代にアメリカ政府が主導して実現した経緯がある。なぜ戦後の通商に関する国際ルールづくりが不充分だったのか。それは第二次大戦後、戦後体制構築のために金融や通商などで世界経済を管轄する国際機関づくりに必要が叫ばれ、金融ではIMP, 貿易ではITO(International Trade Organization)などの組織が策定されたことがあった。

 これはアメリカ主導の構想だったが、アメリカ議会がITO設立を承認しなかった ために、暫定的なGATT(General Agreement ofTrade and Tariff)という組織でその後、半世紀をやりこなしてきた。クリントン時代に初心に還っって本格的な通商管轄の世界機関を作ろうということでWTOが設立れたという経緯がある。

 それをアメリカの大統領であるトランプ氏が壊そうというのである。2017年末に至り、アメリカはWTOの基幹委員会に任命しているアメリカの委員を選任しないとし、WTOの組織運営妨害の挙に出た。2017.12.13、WTO閣僚会議ではアメリカの反対で6年ぶりに宣言が採択できなかった。トランプ政権のこのような横暴を抑制できなければ、WTOそのものが機能不全になり、崩壊の恐れもあるという指摘もある。

 12.   イェルサレムをイスラエル首都に認定

 トランプ氏は2017年末、イェルサレムを、アメリカはイスラエルの首都と認定すると発表して国際的な物議を醸し、イスラエル周辺のアラブ諸国などで激しい反対運動が起きている。

 イェルサレム=首都宣言も、トランプ氏の選挙公約である。トランプ氏の宣言は、実はかつてアメリカで策定された法律に基づいている。その法律は議会で多数を得て成立したものだが、それ以降、歴代の大統領はこの問題の国際的な難しさを考慮して法律があっても、その法律に基づいて、例えば、アメリカ大使館を今のテルアビブからイェルサレムに移すなどの行動は慎重に避けてきた。

 イェルサレムは周知のようにユダヤ教の聖地であると同時に、キリスト教、イスラム教の聖地でもあり、過去、数千年の間にその支配権は戦いを経て幾度も変更されてきた。そのイェルサレムに対してトランプ氏がイスラエルの首都宣言をすることは、いたずらに、残り火に不要な油をそそぐようなもので、百害あって一利なしの行為である。トランプ氏はユダヤ人脈と深いつながりがあり、最愛の娘イヴァンカの婿クシュナーはユダヤ人である。彼の判断がまた公私混同なのかどうか、いずれにしても理解に苦しむ暴挙というほかはない。

  以上、トランプ氏の国際問題への対応を、事実を追って述べてきた。彼の一連の発言や行動は、彼が国際問題についていかに無知であるか、また、国際協力の意義や重要性をいかに理解していないか、そして、彼の行動が、意図的かどうかはともかく、結果的に世界に無用な混乱をもたらし、世界の繁栄と平和に害をもたらしているかが、以上を振り返ると明白だろう。

«トランプ政権のアメリカ:(1) トランプ新政権への懸念と実際